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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第六十八章 海上警備部隊、第六十九章 アル=サーヤブ、第七十章 R4始動

 ロンドンに戻り、ド=ラ=クロワ大佐から、メンバーの報告を受けた。予想以上に良質な士官が出てきて、予算内で雇いきれないと聞かされる。


「軍縮の煽りを受けて、かくも有能な者が、アルバイトで食い繋ぐ生活を強いられています」


 一応保留との形で、連絡先をファイルしたと渡される。その場で内容を確認した。


 ――空軍管制官に、陸軍運行管理者。海軍船務掌給責任者、沿岸警備隊潜水士か。他にも海上警備とは軸が少しばかりずれているが、役にたちそうな奴がいるな!


「ファイルを預かっておこう。こちらで就職先を探してみるよ」


 努力を無下に却下しない。部下としてはそれだけでも、とても遣り甲斐を感じるものである。


「宜しくお願いします。自分と警備司令補らは、いつでも行動可能です」


 それ以下も二日以内に、いつでも出動出来ると括る。まだ船が手元に無いので、焦る必要は全くないのだが。


「結構だ。大佐らは一足早く、モガディッシュに入るぞ」


「はい。部下はモカに置きましょうか?」


 当初の予定通り、港はイエメンを使うことになった。記憶からモカ港の風景がフラッシュバックする。


「向こうの風に慣れさせよう。モカ港にすぐわかる喫茶店があるが、そこでテロリストや海賊退治に来たと茶を飲んでいたら、現地情報も集まるだろう」


 地元商売人が難儀しているから、と言葉を補う。あまりに具体的な指摘をされたので、以前に島が作戦したことがある地域なのだと勝手に解釈した。


「そのように言っておきます。ヘリ操縦士はいかがいたしましょう?」


 こちらも手元にはないが、機体だけ借り受けて私的な足に使うのが合理的だろう。スケジュールが組みやすくなる。


 ――艦隊との交信もやらせておけば、多少だが親密化もはかれるか。遊ばせておくよりも役割を与えてやろう。


「ヘリを一機レンタルするんだ。大佐に任せる、請求はアフマド部長に」


「了解です、閣下」


 それだけ指示しておけば、あとは大佐が全て予定を組んでくれる。逆に言うならば、これより事細かに噛み砕く必要があるようならば、大任など割り振ってはならない。

 用事は概ね済んだので紅茶を飲みながら、雑談をしようと楽にするように呼び掛ける。


「大佐は軍の関連会社に残らなかったんですか?」


 職務外では、長幼の序を意識している。こればかりは生まれ育ちがあるので、直せと言われても抵抗があった。

 欧米系の人物からは不思議がられるが、東洋系では自然と受け入れられた。友人だとまた違うのだろう、まずは会話の機会を増やすことから始める。


「それをしたくても、現役時代に袖の下を渡さなかったのでお断りされました」


 どこの世界でも、癒着など不正の代償を求めるような奴等が必ず居るものだ。それが大規模になればなるほど根は深くなる。公的私的は関係無く、利権が多くを占めた。


「軍に、国家に不利益を与えた者が潤うわけですか。無くなりはしないだろうけれど、関わりたいとは思えませんね」


 腐敗は世の常で、資本主義だろうと共産主義だろうと必ず忍び寄ってくる。改善をしてもすぐに別のところが腐るのだ。

 ある一定の線を越えても自浄作用が働かなくなったら、制度の崩壊が始まる。そうなってしまうと、修復よりも廃止からの再建を目指す。それが人類の歴史の一つのカテゴリーとすら言えた。


「真面目ばかりが損を見る。悔しいですが、現実は憎たらしいものです」


 紅茶を含み、何度も嫌がらせを受けた過去を思い出す。不平を抱きはしても、それを社会にぶちまけたことはなかった。ド=ラ=クロワとはそのような人物である。


「細やかながらそうではない社会を目指したいと考えています。そのコミュニティーが小さかろうと、努力が認められる何かを」


「閣下は実践なされた。率直に称賛致します」


 ニカラグアの事実を知っていた大佐は、年下の上司に好感を抱いている。自分では出来ないことを既にやってのけたと。


「次にまたやれと言われても、上手くやる自信はないですよ。幸運が大挙押し寄せてきた結果、それだけでしかありません」


 実際がどうだったかなど関係なかった。奇跡だろうと謀略だろうと、結果今に至っているならばそれのみを評価する。


「では、自分にも幸運が押し寄せてくると願いましょう」


「そういうことなら、私も一緒に願っておきますよ」


 ファイルの精査をするため島が席を立つ。ド=ラ=クロワは、脇を締めて彼に敬礼した。


 モガディッシュに飛ぶまでに、レティシアに言われた通り、ロマノフスキーにファイルを丸投げした。彼が良いと判断したなら、自分もきっとそう判断するだろうと。際限なく雇うわけには行かないが、専門家になればなるほどいざとなったら手当がつかなくなる。

 居ないならば居ないで済む、または済ませることが出来ない役割は存在する。


 空港のゲートでは、二人の大尉が並んで待っていた。チョッパーを調達しいつでも飛び立てるように準備万端らしい。


「大佐、今夜はホテルでディナーにしよう、俺からの奢りだ」


「ありがとうございます、閣下。挨拶回りですが、特に順番がなければ、こちらで調整しますが」


 中には後回しにされた、などとわめく奴が居たりする。度量の小さいやつと好きに言わせておいても良いが、R4社に迷惑をかけてはいけない。馬鹿らしいと感じる部分にも、気配りは在るべきだ。


「一任する。代表の都合がある、最初だけはUKで頼むよ」


 イギリス海軍の面目を保つように、大枠だけを示す。様々な事情でそれだけは譲ることが出来ない。


「閣下は副官を置かないので?」


 ――実はサルミエを呼ぶか迷っている。一人でも構わんが、やはり格好がつかんかね。俺に直接話しづらい内容もあるか。


「近く合流する。休暇の最中でね」


 様々な観点から、大佐の指摘を受けて是正することにした。疑問に思ったならばそれは不自然だったからに他ならない。


「そうでしたか。では、合流まではウッディー中佐をお使いください」


「うむ、そうするか。宜しく頼むよ中佐」


 中佐に雑務をさせるのは気が引けるが、断るよりはマシだと判断した。二日あればサルミエ中尉も戻るだろうと。


「何なりとご命令下さい、閣下」


 最近になりようやく慣れはしたが、やはり閣下は仰々しすぎる。これを機に社内での呼称を改めさせようと試みる。


 ――何と呼ばせたものかな。ディナーまでに考えておこう。


 それ以後は特に何も語ることなく、大佐の誘導に従った。極端な話、島は責任者としてそこに存在してさえいたら、それで構わないのだ。とやかく口出しして責任だけは部下に転嫁する、どちらも耳にする態度であった。


「随分早かったじゃないか」


 黒の軍服から国章を外していた。サルミエ中尉は電話して翌日、モガディッシュに現れた。


「はい。ロマノフスキー中佐に、ヨーロッパで待機しているよう言われましたので」


 ――出来る男は違うね。ロンドンではなくモガディッシュにすぐ着いた、つまりはローマかパリあたりに居たわけだな。サルミエはイタリアコミュニティーだった、ならば前者だ。


「本場のパスタは食べてきたか? あれは納得の出来映えだぞ」


 知識の範疇からそのように受け答えする。図星だったようで、少し笑いながら「本物は素晴らしかったです」と頷いた。


 目配せすると最下級なこともあり、サルミエが皆に向けて自己申告する。


「クァトロ所属、サルミエ退役中尉です」


 ド=ラ=クロワ大佐はクァトロの意味を理解した。だが他の面々はクァトロが何なのかわからず首を傾げる。


「ド=ラ=クロワ大佐だ。中尉は英語が苦手かね」


 勉強の甲斐があってか、会話は可能になったようだ。まだまだ拙いが。


「目下習得中です」


「そうか。一応ハッキリさせねばならぬから聞くが、現在のクァトロを説明するんだ」


 チラリと視線を島に送り、特に反応しないので自らの考えを言葉にした。


「クァトロは、イーリヤ准将の私的な兵です」


 あまりにも明確な答えに皆が呆気にとられた。歯に衣着せぬ返答は、彼らに好印象を与える。


「わかったな皆。閣下がいかなる存在かが」


 批判ではなく人望を称えた。事実は金の力でしかないが、クァトロが何かと言われたら公式には存在しない。非公式には私兵集団で何一つ誤りはない。


「その件だが」島が割り込み、この場で訂正を求める「以後は俺をボスと呼んでくれ。閣下なんて気軽に使っては、他所の閣下に失礼だからな」


 他所の閣下のところで爆笑を誘った。命令には違いないので、徹底するように大佐が皆に指示した。

 一般的な呼称としてボスはかなり便利だ。規模を問わずに使えるあたり、情報漏れにも効果がある。准将では調査範囲はやたらと狭いが、閣下でも絞り込みに寄与してしまう。その点ボスならば、そこから調べようとの気にもならないものだ。


 サルミエ中尉がウッディー中佐から、業務連絡を受けて引き継ぎする。中型チョッパーが離陸を開始した。


 イギリス海軍巡洋艦に着艦した。一行は下士官の先導で、艦橋にと上がっていった。ここではストロー中佐が人脈を発揮した。

 サルミエ中尉以外は警備服である。階級章は軍の物を似せて作ったものをつけていた。これについては、世界の至るところで同じ様に運用されている。島だけはスーツ姿だ。


「艦隊司令官は、マクガイア少将です」サルミエ中尉が傍で囁く。


 室内に案内され少将に挨拶する。


「R4社のCSOイーリヤです。面会いただきありがとうございます」


「マクガイア少将です。作戦本部長から話を聞いております、我々は貴殿方の行為を支持致します」


 根回しが効いているようで、和やかな空気が流れる。


 ――おや? あれは……


「マロリー少尉じゃないか?」


 艦橋の随員に懐かしい顔を見付けた。向こうは気付いていたようで、敬礼で返答した。


「中尉と面識がありましたか」


「はい。さる一件で、中尉は優秀さを示しました」


 昇進したのを受けて、すぐに階級を訂正する。司令官の随員とはやはり有望視されているのだろう。


 何だったかを簡単に説明するように少将が尋ねる。


「イーリヤ氏は、テロリストと対決し秩序の維持を遂行した時のリーダーです」


「なるほど、ミスターイーリヤはロイヤルネイビーと握手するに、相応しい人物のようですな」


 紳士然としたマクガイアが部下からの言葉を採り、信頼に値すると判断した。一期一会とはいうが、軍という業界社会は案外狭いらしい。


「ソマリア航路の安全のため、弊社を宜しくお願いします」


 仕事を済ませる。双方が面倒な形式だとわかっているため、一応は協定書などの取り決めをした。副官同士が文書を交換した、手元に残る証拠はそれだけでしかない。

 事務レベルの内容は双方が大佐に任せた。二人は司令官室で紅茶をたしなむ。


「提督、実際のところ海賊被害は減っていますか?」


 ざっくばらんに切り込む。密室での会話なのが二人を大胆にさせる。


「件数は減りましたよ。ですが被害額はさして変わりません」


 中小の船を襲わず大型タンカーなどを狙った事件、それには変化がないことを明かす。


 ――沿岸をさ迷うような小者はマルカに雇われたか。見返りが大きい、言わばプロの海賊は改心するつもりは無いらしいな。


「我々が細かい船を集めて、まとめて警備します。提督は本来の警備に集中していただければ」


 ゴミみたいな船でもタンカーでも、公務となれば対応せざるを得ない。効率よりも信義を取らねばならないからだ。その結果、全体から漏れてしまうのが被害に遭ってしまう。


「そうして貰えたら、非常に助かります。いつでも救援要請していただいて構いません」


 殆んど毎日が暇なのだ。事件を知り得てさえいたら簡単に対処可能なのだが、いかんせん事後に聞かされるばかり。

 民間と外国の連合艦隊、しかも国ごとに別々ときたら上手く連携出来ると考える方が異常だろう。


「ご配慮痛み入ります。いずれ手勢を増やし早期発見に尽力致します」


 優しい目付きで白い髭に手をやり小さく二度頷く。


「ミスターイーリヤ、何か妙案でもお持ちでしょうか」


 質問ではなかった。あると解っていながら、話しやすいように言葉を掛けたのだ。イギリス紳士らしい態度だ。


「現在マルカで警備船舶を増強しております。これを護衛につけ、海賊を減らす試みを」


 投げられたボールを放り返す。隠すつもりは無いが殊更あちこちで吹聴するつもりもない。


「不足の機材ですが、艦隊の予備から貸出が可能になるよう取り計らってみましょう」


 直ぐに何が弱いかを見抜き、補強を提案してくる。伊達で少将を拝命したわけではない、安定感を見せる。


「重ね重ねのご厚意、感謝の言葉も御座いません」


 頭を垂れる。会社への利益や利便についてではなく快い態度に。このあたりガンヌーシーを思い出してしまう。人とは社会が育てるものだと、はっきりと感じられた。

 柔らかさと暖かみは別とはいえ、好感を与えるのは間違いない。


 ――俺もこうなりたいものだ。精進が不足して久しいがね。


 目的以上の手応えを受け会談は終了した。かくなるうえは結果で報いる。いつものように難しく考えることはない。

 現場組も顔を見知った為、次の艦隊に移ることにした。二日かけて全てを巡りモガディッシュへと帰還する。


 翌日、モガディッシュからナイロビへと場所を移した。チョッパーは返却し操縦士はモカへと赴任させる。大統領府で面会の申し入れを行った。形式上、大統領との会談を求めたが、治安担当大臣が引き受けると返答がある。


 ――サイトティ大臣だな。背景がわかっているだけやりやすい。


 政府にも代表から連絡が事前に入っていたので、さして時間を掛けることなく庁舎で話をすることが出来た。政治の世界は根回しが必須で、元より拒否するつもりならば、わざわざ大臣が現れたりはしない。

 ある種の答えがわかっているからこそ、その先は難しい。互いにより以上を引き出そうとするからだ。


 恰幅がよいスーツ姿の黒人がやってきた。秘書官を引き連れのしのしと歩み寄る。大佐らは敬礼し、島は会釈する。立場の使い分けであるが、なかなか慣れないものだと内心で苦笑する。


「R4社のイーリヤです。忙しい中でお時間いただき恐縮です」


「サイトティ治安担当大臣だ。ロンドンから話は聞いている、まあ掛けたまえ」


 ソファを指して寛ぐよう勧める。


 島以外は起立したまま、後方に並ぶ。その動きを全く気にせず、話をするように促してくる。やや高圧的な感じがしたが、立場を考えたら自然なことだと理解する。


「ソマリア海域で起こっている、海賊対策として弊社が警備を行います」


 簡単な仕組みを説明し、各国の協力を依頼して回ってきたのを述べる。海上の連携は成った。丘ではケニアが筆頭であることも、多少の世辞を含めて語る。


「すると我が国は、具体的には何を求められるのか」


 頭の回転が鈍いわけではない。島に喋らせて、交渉の材料を出させようと、情報を集めているのだ。


 ――気持ちよく動いてもらえるなら、それで構わんだろう。


「通報があった時に、航空機による支援をお願いします。具体的には艦艇が到着するまで、海賊船を足留めしていただけたら」


 撃沈でも良いのだが、脅かして手をひくならば恐怖を持ち帰って貰った方が、戦略的に有利だと説く。何せ死人は喋らないが、臆病者が吐いた弱気な言葉は伝染する。


「猪突猛進というわけではないか。海賊が居なくなれば仕事がなくなるのでは?」


 利益を求める企業である、それはそれで困るだろうと牽制してきた。


「居なくなれば幸い、会社は解散します。やるべきことは幾らでもありますから」


 いともあっさりと返答した。ド=ラ=クロワ大佐はそうなると困るが、目的を果たすのを渋ることないだろう。雇用契約を結んだ者たちも、別に仕事が用意されるならば異存はないはずだ。


「高尚な思想の下に経営されていると?」


 簡単に信じるわけにはいかない。無論、職業柄の意味で。サイトティは根拠を示すように要求した。


「実は最大の株主は、海賊が消え去ると最大の利益を受けるものでして。そして自分と合わせたら、七割を越えて株式を保有しています」


 金が目的ではあるが、稼業ではないのを明言する。


「なるほど。ではイーリヤさんあなたはどうですか、何か利益が?」


 一番説明しやすい動機付け、金について食い下がってくる。島としても答えやすい。


「マルカの自由区域、彼の地にも投資しております」


「あれか。だが多くはスイス銀行のカルテルが占めたらしいが」


 知らん顔でそう語る。自身も一口乗っかっているくせに中々の役者である。


「そのようです。自分も閣下と同じ船に乗っていまして」


 笑みを浮かべてシュタッフガルドの采配を受け入れた、と述べる。流れからド=ラ=クロワ大佐らも勘づきはしたが、表情には一切出さない。


「それならば理解は早い。R4社が半端な動きをしないのを信用する」


 ――これだけでは、単なる談合に過ぎない。俺が目指すのはもう一歩先にある!


「ありがとうございます。海賊の略奪被害のうち、かなりが背後のテロ組織に流れているとCIAの見立てです」


 アメリカに限らず公然たる事実といえた。サイトティも承知しており、軽く肯定する。ソマリアのテロリストとは原理主義組織であり、ケニアの敵でもあった。


「陸路の侵入は、ラスカンボニ旅団が阻むと見ているが」


 昨今声明を出した、トゥルキー将軍の話を口にする。彼はイスラム原理主義とは距離を置くと宣言した。シャリーアは大切にするが、現実も無視できないと。思想としては中道左派と括って良いだろうか。ガンヌーシーの汎イスラム民主主義、あれにやや似通っていると言えそうだ。


「ケニアだけでなく、ソマリアだけでなく、より広くを視野にです」


 今までになく真剣に見詰める。共感を得られるかはわからないが、自身の信じる道を語る。


「一介の企業であるところが?」


「いえR4社ではなく、イーリヤがです」


 想いはわからなくもないが、今一つ伝わらない。肝心な部分が繋がらないからだ。


「個人が何かを成し遂げられたら、この世は希望に満ち溢れるだろうな」


 頑張りなさいと慰めの意を込めて、二回りは年下の男をに言葉を掛ける。情熱を語る若者が苦手な者は居ても、それを嫌う者は少ない。


「自分はニカラグア軍クァトロのイーリヤ退役准将です」


 つい先日、しかも隣国の話題である。サイトティは多国籍軍の活躍を知っていた。


「ほう、君が噂の男だったか。国を出てアフリカに傾倒する、その熱意を買おう」


 実績を示しただけだろうと、単純に受け答えする。ド=ラ=クロワ大佐らもそこまでは耳にしていた。アピールとして悪くない。数奇な道を辿ってきた島はそこで終わらなかった。


「クァトロはフランス語でキャトル、軍旗はフォーポイントスターを掲げております」


「ふむ……」


「イーリヤをスワヒリ語でキシワ」


 解する言葉を知るわけではない。ただ耳にしたことがあれば、島が何を言っているのかを理解はするだろう。


「すると君があの、キャトルエトワールのキシワ大佐?」


 サイトティは身を乗り出し、信じられないような目付きで尋ねる。


「はい、閣下。自分は国を揺るがし、民を蔑ろにする者を決して許しはしません」


 驕るわけではない、自分を知ってもらいたい、ただそれだけである。金儲けをしてどうしたか、それを明かされ彼は応じた。


「ケニアは全力でR4社を、いやイーリヤ准将を支持しよう。空軍から連絡要員を派遣しようじゃないか」


「御協力に感謝致します。なにぶん海は得意ではないので、こちらにいるド=ラ=クロワ大佐に任せます」


 現場責任者を紹介する。彼は貫禄充分で敬礼した。


「警備司令官、フランス軍退役大佐のド=ラ=クロワです」


「遠慮なく支援を要請したまえ。海賊に秩序のなんたるかを知らしめてやるんだ」


 肉親をテロ行為で喪っていた為、容赦の無い判断を下す。人権擁護を唱える団体とは、よく意見をぶつけ合っていた。


「了解です、閣下」


 うむ、と頷き視線を島に戻す。黒人の表情は解りづらいが、不機嫌さは微塵もない。サルミエ中尉が連絡先を交換し、要員の派遣について実務を担当する。


「サイトティ大臣閣下。自分はいずれテロリストを始めとした、地下組織に喧嘩を売ります。枠に填まりきらない者が居ましたらお声がけを」


 一つ大風呂敷を広げておく、欧米のセールスマンのように。真意がどこにあるにせよ、サイトティの記憶には残る。


「胸が熱いな准将。見ていてやる、君の生き様をな」


 この日、初めて彼は手を差し出す。それを握り返し政庁を後にした。


 ホテルに戻り、ド=ラ=クロワ大佐は湧いた疑問を解消してみることにした。事前に回答を出来ないならばそれはそれで構わないと、敢えて口にする。

 島としても部下の質問にどのように応じるべきか、素早く考える必要があった。いずれ解ることではあるが、過大に評価されては困る。認識にずれが生じてはならない。


「ボスはキャトルエトワールのキシワ大佐だったとか。もし宜しければ、経緯の説明を頂けないでしょうか?」


 ――海事や隣接地には情報網があっても、内地には少ないわけか。海軍士官だ、それは自然だな。


「大佐はコンゴ民主共和国に行ったことはあるか」


 職務範囲として、上官としての態度をとる。行ったことはなくとも、名前や政情位は知っているべきだろう。


「入国経験は御座いません。海外国際ニュース等で、事情を耳にしたことはあります」


 階級が高くなれば、比例して視野を拡げることになる。足元だけ見て、迫る危険に気付かないようでは片手落ちと言うもの。

 ましてや艦隊でどこかに移動するならば、地球規模でアンテナをもつのが、司令官らの本分である。


「彼の地は紛争鉱山や難民、民族抑圧、汚職と、様々な問題を抱えている。先進国とは二桁ほど違う規模でだ」


 認識の度合いを推し量りながら、話を続ける。困難を大きく、結果を小さく纏めようと修正する。


「北東部にルワンダとの隣接地域がある。最低の場所だ。俺はそこで作戦した」


「国連・ニカラグア軍が進駐した?」


 平和維持軍が駐屯していたはずだと、記憶から引き出す。場所までは定かではないが、首都でないならば渦中の地域にいるはずだと。


「いやクァトロが、キャトルエトワールを称して実行した」


「すると個人がですか?」


 そんなわけがないと、一度否定してから考え直す。何せニカラグア革命は、まさにそのクァトロが私設団として巻き起こしたのだから。


「アメリカの後援でも?」


「無い。あったのはレバノン人と南スーダン人の募集兵の支援のみだ」


「ではどうやって」


 愚問である。簡単に説明出来るわけがない。自身ならばどうするか数秒考えてみるが、すぐに手詰まりになってしまう。

 経験が足らない。それだけでなく、能力が不足していると悔しさが込み上げた。


「難民の支持を得て、蜂起を促し、自らが先頭に立ち死線を何度も越えた。運もあれば不運もある。結果、一地方のそのまた小さな区域に、警察権程度の自治を得られたに過ぎんよ」


 割りに合わないと考えたら、これほど合わないこともない。島が手にいれたのは、知ひとぞ知るただそれだけの名誉なのだ。答えになっただろうか、と目で問う。ド=ラ=クロワ大佐は敬礼した。


「余計な質問、申しわけ御座いません。以後任務にのみ集中致します!」


「結構だ」


 踵を返して退室する。体のキレはないが様になっていた。背もたれに体重を預け腕を頭の後ろで組む。天井を仰いだ。


 ――やってきたことに後悔はない。これからも悔いるような判断をするつもりもない。


 ノックが聞こえた。サルミエ中尉が書類を抱えてやってくる。


「決裁のサインをお願いします」


 軽く目を通しながら、近況を話題にする。


「休暇はどうだった」


「はい、楽しく過ごせました。ボスはいかがでしたか」


 アフガニスタンの一件が頭に浮かぶも「いつもの休暇と、さして変わりはなかったよ」書類を渡し肩を竦めた。中尉は敬礼し、書類を小脇に抱えて消えて行くのだった。


 ド=ラ=クロワ大佐らを先にモカへと向かわせて、島はサルミエ中尉と二人でレバノンへと寄った。大事を成そうとする時、必ず訪れる重要な場所である。ベイルート空港、来るたびに様々なことが思い出された。


「自分はここを訪れるのは初めてです」サルミエが想像していた風景と違ったのか、小さく喉を鳴らして周囲を観察していた。


「色々案内してやるよ。ロマノフスキーとあちこち探検したからな」


 懐かしい過去を振り返る。軍事顧問として滞在していたのが一番長かった。かれこれ七年、八年前になる。逆に言えばたかがその程度の期間に、こうも沢山の出来事があったのが信じられない。だが全て現実に起こったことで、目が覚めたらベッドの中などの夢ではないのだ。



「謹んで遠慮させて頂きます。こちらへの来訪ですが、エーン大尉のところで?」


 レバノンで一族が暮らしているのを聞かされていた、彼のところでなければ軍司令部だろうと、サルミエは考えていた。大尉を優先させたのは、何のことは無い同行をするのだろうとの判断からである。


「ああ、プレトリアス郷だが、実は少し苦手でね」


 大仰過ぎるんだ、などと理由をかいつまんで説明する。俺はただの人間だ、と謎の言葉が混ざり、中尉は理解出来なかった。それでも行けばわかるだろうと、タクシーを停める。

 アーメドを呼び出すこともないと、島は黙ってその誘導に従う。苦手で不完全な英語とフランス語を駆使して、行き先を告げる。プレトリアス郷だけでは通じなかったのだ。


 ――それだけ喋られたら充分だ。軍隊では決まった単語しか使わないからな。


 レジオネール時代は自分も大層苦労したものだ、言葉が通じないと生活もままならない。それでも周囲が皆使っているものだから、自然と身についていく。結局のところ、恥ずかしがらずに間違って使い続ける、それを聞いてくれる話者がいるのかが重要だった。


 車がやや荒れた地域へと入る。ところが少し走ると、やけに環境が整備されている地区に見えてきて、集落の傍は快適そうな空間が伺えた。全てプレトリアスが手を入れたのだろう、前回やってきた時と大分変わっていた。

 車を停めて下車する。外来者対応の担当なのだろう、男が一人近づいてくる。


「アッサラーム アレイユム」


 アラビア語の挨拶にサルミエ中尉が動揺する。


「ボンジュール あー」少し考えて「プレトリアス・エーン大尉はいらっしゃいますか?」フランス語で語りかけた。


「どちらさまでしょう?」


 当然言葉を理解して、何者かを尋ねてくる。

 ――そら、出るぞ。


「私はサルミエ中尉、こちらがイーリヤ准将です」


「イーリヤ……モン・ジェネラル!」大慌てで携帯電話を取り出して連絡を入れる。数分で山のような人だかりが出来、その場の責任者が車で中心部へ連れて行ってくれる。


 族長の邸宅の前で、左右に分かれて立ち並ぶ人々が、島を一目見ようとやってきていた。隣でサルミエがようやく島の呟きの意味を理解した。

 中から見慣れた顔が出てくる、後ろに族長を連れて。若者頭の成長に、老人が花を持たせたようだ。


「ボス、ようこそお越しくださいました。一報あらばお迎えに行きましたのに」


 ――これ以上盛大に迎えられたらかなわんぞ。


「いや、俺は運試しをしたかったんだ。不意に来てエーン大尉が居たらついているとな」


 唇の端を吊り上げ、エーンが二人を招き入れる。ギャラリーも中までは追っては来なかった。


「会社ですが、基幹となる要員の訓練中です。派遣中の面々を引き揚げ、教官に充てています」


 聞きもしないのに、知りたい内容を説明する。長らく島の傍に在ったのは伊達ではない。円熟味を増してきた行動にも、最近は感心することが多い。

 当初は戦闘以外での能力について懐疑的であったが、将校に上がってからはいよいよ秀でた何かを顕してきた。


「結構だ。ド=ラ=クロワ大佐にソマリア海域で警備活動をさせている。ロマノフスキー中佐には、フィリピンで陸兵と沿岸海兵を訓練させている」


 サルミエ中尉は、詳しい場所や内容は知らなかった。フィリピンで何をさせているのかと、注意を向ける。


「すると、自分は兵の確保と訓練で宜しいでしょうか?」


 専門分野を脇にして、指揮官を中佐が育成するならば、自らの役目がどこにあるかを考えた。いつものように、方向性に狂いはない。しかし、自身を安く見てしまう癖は直ってはいなかった。もっと価値があると言うのに。


「治安維持の警察兵、通信通訳兵、下士官兵長、そして――」

「捨て石ですね。お任せ下さい」


 わざわざ自らが足を運んだ理由、レティシアがカガメ大統領に持ち掛けていた、汚れ役の調達を頼みに来たのだ。

 エスコーラのゴメスではないが、島にそれを言わせまいと進んで言葉を遮った。エーンは幾度となく彼と同道し、似た立場の者同士、意見を交わしている。


「済まん。お前にしか頼めない」


 頭を下げ嫌な役回りを押し付けたのを詫びる。だがエーンはそれが嬉しかった。自らを頼りにしてくれたこと、その一点が心を満たしてくれた。


「どうかお気になさらずに。自分はボスの為に在るのですから」笑顔で続ける。「そんなことより、ハラウィ少佐にはお会いになりましたか?」


 折角レバノンに来たのだから、素通りは良くないとたしなめられる。


「いやまだだ。今夜一緒に食事でもどうだ、招待する」


 従弟らも全員と誘ったが、迷惑になるからと、エーン一人だけで参加する返事を貰った。拒否するのも失礼だと考えたのだろう。


「サルミエ中尉、コンチネンタルホテルのレストランに予約をしておくんだ」



 アロヨに借りた土地に基地を造ったロマノフスキー中佐は、フィリピンのテロ組織、アル=サーヤブについての情報を集めていた。

 首班のアルゴネスは、フィリピン産まれのフィリピン育ち、完全なる地元の人間である。イランに訓練に出掛け、帰還して後にトップになったのだ。


「功績一つで後は部下にやらせるわけか。エリート様だな」


「派手な勲章の一つもなけりゃ、お前がやれといわれまさぁ。インテリでもマシな方じゃ?」


 コロラドは口だけで一切の結果を出さなかった、政府組織の偉いやつらを沢山耳にしていた。それと比べたら、たった一つと言えども結果を出しているのは、まだ頷けるらしい。


 イランで訓練するテロリストと言えば、イスラム原理主義組織が殆ど。アルカイダに資金援助を受けて発足した、アルカイダ系テロ組織とはこのことだ。目指すのは自然への回帰、つまるところ文明の破壊である。


「バラバラだった弱小組織を纏めて、今や島で最大勢力か。やるならばこいつで間違いないな」


 テロリストの攻撃目標を選定し、準備を整えるところまでを指示されていた。


 実行前に何か仕掛けをするらしいが、そこまでロマノフスキーは聞いていなかった。尋ねる必要を認めなかったのだ。

 彼が知るべきならば、そう判断出来る何かがある。無かったのだから、このままで進めた、それだけである。


「中佐、どうするんで?」


 居場所を探るならば行ってくる、コロラドが申し出る。またどこからか上手いこと答えを拾ってくるだろう。問題はそれをどうやって仕留めるか、だ。

 政治的な支援が無い以上、大っぴらに戦闘などしては、一緒に逮捕されてしまう。かといって実行まで準備しなければならないのは変わらない。


 ――いかんせん俺はこの方面に向いてないな。だがやってみるか。


「居場所を探るのと、アルゴネスの実力がトップに適当かどうか疑問だ、とする噂を流布させろ」


「誘き出すってこって?」


「そうだ。テロリストを撃退した末の激戦ならば、警察も文句はあるまいよ」


 押し掛けて騒ぎを起こせば追求も厳しかろうが、テロリストが仕掛けてきたならば、感情的にも強くは言えない。いずれ何らかのサポートは要るだろうが。


 退出したら、マリー大尉に来るように伝えろと言付かり、不恰好な敬礼で承知した。何時までたっても軍人に見えてこない。


「マリー大尉、出頭致しました!」


 踵を揃え、背筋を伸ばして声を張る。軍人の見本のような姿勢に、こうも違うものかと幾度目かの感想を抱く。

 島に現地入りを命じられて後、ベルギーに居たマリーを呼び寄せていた。何をするにも彼に現場を任せなければ始まらない。


「まあ楽にするんだ、祭りは先だからな。現地語はやはり無理か?」


 島もロマノフスキーもタガログ語は不明である。外国語扱いで英語が使われているので、フィリピンで往生はしない。だがコンゴでも体験したように、興奮すると生活で使っている言葉が口をついて出る。


「根本の言語圏が違うので、困難です」


 発祥により言語は分類されるが、アジア系の島国はアフリカ諸言語並みに複雑である。地続きでないので、枝分かれが激しいのだ。


「突然変異のボスですら解らないんだ、無理もないか」


 類稀なマルチリンガルの島とレティシア、二人が手を上げたタガログ語、現地人通訳を混ぜるしかないと決める。


「信頼出来る二人を確保しています」


 現時点で百人は訓練中で、地元からの採用も多い。それなのにたったの二人。ここでも過去の教訓が活かされていた。


「少なくともあと一人、出来れば二人用意するんだ。司令部で通訳するだけならば、戦闘能力は除外して構わん」


「ダコール」


 通訳官とするならば、文官も選択肢に入る為、かなり幅が広くなる。極端な話、秘密さえ守るならば民間人でも女性でも良くなる。


「で、実家はどうだった」


 仕事は終わりだと体勢を崩し、半分興味本意で尋ねる。マリーもロマノフスキーが久し振りに家族と再会したのを知っていたので、話に乗ってきた。


「実家は農家なんですが、昔と変わりませんでしたよ。母親が作ってくれた、ポンム・ド・デュセスは懐かしい味がしました」


 芋の裏ごしフライを腹一杯食べさせられたのを語る。ついでが逆だろうに、入籍したとも明かした。


「お前も自由を貴重に思わない口か。特定の女を作るとは、人生損してるぞ」


 冗談めかして祝いを述べる。幸運をそこに使っちまった、と。


「独身貴族ですか。子孫を残さないといけませんよ、自分のためではなく」


「なに、結婚なぞせんでも子は作れるさ」


 問題はなかろうと胸を張る。言っていることはわかるが、世間では風当たりも強かろう。どこ吹く風ではあるが。


「するとどちらかにいらっしゃる?」


「さあな。居るかも知れないし、居ないかも知れない。愛なんてのは一期一会だ」


 やれやれ、と肩を竦める。女性歴を考えれば、ロマノフスキーに成人間近の子供が居ても、なんら驚きはない。

 妻が居ない部員は半数程で、そのうち更に半数は予定があるそうだ。少数派ではあっても、未だに三十代以下なので深くは考えていない。


「そう言う中佐はどうでした、十数年隔ててご両親に会って」


「うむ。元気にしていたよ。兄嫁は美人だった」


 さも何事も無かったかのように振る舞う。詳しくは語らない。


「兄ですか。中佐に似て、さぞかしアグレッシブな人生を送っていたでしょう」


 ――大正解。ロシア軍やターリバーン、アフガン軍相手に戦っていたよ。


 ど真中を射抜かれて「ああ、そうだな」と、軽く認める。


 ノックが聞こえた。扉を開けて下士官が「中佐、バスター大尉らが面会を求めています。いかがいたしましょう」伺いを立ててくる。


「自分は退出しましょうか?」


「いや、マリー大尉も居てくれ。バスター大尉らを呼べ」


 用件が何かは解らないが、そこに居るのだから話を聞いていけ、とマリーを留め置く。

 新しく雇い入れた者で、ド=ラ=クロワ大佐が探してきた士官らである。残念ながらR4で採用は見送られたが、納得いくならば雇用すると契約を結んだ。


「失礼致します。バスター大尉です」


 二人の中尉と共に入室する。特殊技能保持者であり、将校であったが、今のところラインに組み込まれてはいない。司令部付である。


「丁度良いから紹介しよう。マリー大尉だ」


 ロマノフスキーと同年代のバスター大尉は、一回りは年下のマリーに敬礼する。特段表情には出さないが、若僧が大尉なことに一瞬だが動きが止まっていたのを見逃さない。


「マリー大尉です。バスター大尉、初めまして。当部隊の実戦部隊長です」


 部署を耳にし、機関的な上官に当たるのを知ると、顔が渋くなる。


 階級が絶対の狭い社会である、反発は予想できた。そもそもが島が常にそうなので、ロマノフスキーは免疫力がついてしまっている。


「バスター大尉、我々はボスからテロリストを駆除する準備を命じられている。小島が多いこの国で、貴官が求められる役割はなんだろうか」


 態度を咎めるわけでもなく、目的に対する考えを探る。能力の程を知るのが上役の仕事でもある。


「沿岸上陸地点の偵察に安全確保です、中佐」


 フロッグマン。潜水士の技能を持つ彼は、水中より秘かに接近し本隊を誘導する役目があった。現場外から指示は難しく、指揮官が判断すべき部分が多々ある。


「そうだ。部隊でそれを指揮出来るのはバスター大尉、貴官のみだ」


「はっ、全力を尽くします」


「フロッグマン部隊を編成し、訓練を行え。実施の場所はこの国とは限らないし、河辺かも知れない。出来るな」


 クァトロとの契約には、確かに詳しい内容は書かれていなかった。何が目的かも先程一端を聞かされたばかりである。

 だがしかし、バスター大尉はそれでも構わなかった。清掃会社で屈辱的な仕事をするより、遥かにましだからだ。


「勿論可能です。三個班で一個部隊、十二名を仕上げて御覧にいれます」


 自らの特技を生かせ、更に給与も満足行く待遇の仕事など、いくら探しても無かった。もう惨めな生活には戻りたくはない。

 年下の上官なぞごまんといる、それを受け入れてしまえば、こんなありがたい職場は無かった。


「結構だ。隊員は大尉が選抜しろ。基地に居るので不適切ならば、人員を引っ張ってくるんだ」


「以前の部下を連れてきても良いと?」


 まさかの話につい確認してしまった。もしそうならば、喜んでやってくる奴を何人も知っていた。


「構わん。それで上手く行くならば、そうしない理由がないからな」


 詳細な数字はロマノフスキーも知らないが、オズワルト中佐の話によれば、人件費の問題は無いらしい。島の資産は日を追う毎に順調に積み上がり、余程の事件でもなければ不足はしないと。

 島本人にしてみても、オズワルト中佐とシュタッフガルド支配人に訊ねてみなければ、貯金以外ははっきりしないそうだ。そんな背景から、基地の人員は管理可能な範囲内としか言われていない。


 了解を示し、来たときとは反対の気持ちで帰っていった。言葉とは時として便利だけで表現しきれない力を発揮するらしい。


「見事なものですね、中佐。セミナーでも開いてみては?」


 鮮やかな仕切りに、ひねた称賛を向ける。才能と経験が何を可能にするか、目で見て驚きであった。


「受講料は高いぞ。こいつは俺の勘だが、ボスは半月以内にやって来る。一つ何らかの実績を示さねばならんとね」


 一気に本丸であるアルゴネスを倒せないだろうから、アル=サーヤブ関連の勢力を叩くつもりである。


「旧来の勢力、アル=サーヤブに吸収される前のですが。地元警察から情報を仕入れてみましょう」


「同じ組織でも仲好しこよしってわけじゃないからな」


 苦笑して発案を採用する。積極的に守ろうとする奴等と、知らんふりを決め込む奴等がいるはずだと。


「実戦演習には、丁度よい位のスパイスだと思いますがね」


「塩の加減はお前が好きにやったら良いさ。俺は隠し玉でも用意しておくとしよう」


 マリーはホンジュラスでのやり取りを思い出した。島に奥の手を勧めたのを。いずれは自分がそうしなければならないことも。


 カフェのラジオが国際情勢を伝えていた。運良くなのか、最初から翻訳するつもりがないのか、他社のニュースを丸々たれ流している。


「イラクに騒動が起きているらしい。スンニ派が首都に向けて侵攻中だとさ」


 トロピカルジュースをストローで吸い上げながら、他人事なのを良いことに、気軽に話題にする。いつもならば隣はレティシアなのだが、ルワンダで別れてから姿を見せない。

 供はサルミエ中尉である。英語放送を概ね理解したようで、所見を述べてきた。


「宗教戦争でしょうか? シーア派が暴れるのは度々耳にしますが」


 ことが大きくならねば報道されないので、これが全てではないだろうが、島も感覚が馴染まなかった。


「シリアも関わっているみたいだな。自治区にまで支援要請とは、イラク政府もかなり押されている。士気の低さは正義の欠如かも知れんな」


 兵士、特に民兵などは士気こそが戦闘力の根源である。何と無くや嫌々で命を投げ出させて、好結果が出るわけがない。


「どちらが被害を受けても、アメリカは嬉しい?」


「どうかな。イラクから手を引くと言った大統領は、このような事態は命取りだろうさ。ステイツとしては放置を選びたくとも、様々事情があるだろ」


 全ての問題に答えがあるようならば、世界は素晴らしく明るい。

 無関係の市民にとっては迷惑なだけである。国内難民がまた多数出るな、と一部の未来を想像した。


「迎えが来るまでまだ時間がありますね」


 アロヨがヘリを出してくれると申し出てくれたので、二人は空港近くで時間を潰していた。船でも構わなかったのだが、厚遇するような何かがあったのだろう。

 マニラ発の地元ニュースが報じられる。こちらは全く言葉が理解できない、仕方なく備え付けの棚から英字新聞を手にする。


 ――イラクの一件に、ブラジルでの警官ストライキ、ナイジェリアでの集団誘拐に、中国とベトナム船衝突、そして日本の戦闘機接近。ウクライナへのガス停止に、パキスタンの名誉殺人か。山積しているものが減ることはあるものかね。


 広告が盛大に紙面を占領していたので、一枚二枚を飛ばしてしまう。電子版にシェアが移ったのか、紙媒体は部数が減っているようだ。


 ――マニラ東でアル=サーヤブ系列の一派が壊滅的被害。やったのは対抗組織か? ……利権や縄張りならば非合法組織の争いだろうが、何やら臭うぞ。


「中尉、こいつを見て感想をもらえるかい」


「はい」


 手渡された新聞の記事を読み、変わった部分がどこなのかを理解しようとする。一社だけでなく、他の新聞を掴んで内容を見比べた。被害者が被害者なだけに扱いは小さい。


「詳しい捜査が行われておらず、結果のみを報じていますね。その割には各社が記載している。何らかの力が働いている気がしてきましたよ」


 口にしてから引っ掛かったようだ。その力の方向性が。


「かくも鮮やかな手並みに、地均しは万全だとアピールされたら、俺も何か報いてやらにゃならんな」


 金一封に酒樽位は用意してやろうと、サルミエに手配をさせる。


 ――アル=サーヤブでも犯人探しにやっきになる。不満が出たら対処しないわけにも行くまい。ボロを出したところで引導を渡すわけだが、俺の役目は後始末ってわけか。報復テロの対象を作ってやるとしよう。


 元の空軍少尉を名乗る男が、アロヨの屋敷にお連れします、と迎えにやって来た。試みに「少佐は壮健かね」尋ねてみると、「警備隊長殿も、閣下をお待ちしております」返してきた。


 ゆっくりと空を飛び、十数分の浮揚感を体験する。船と同様、あの揺れる感覚があまり好きにはなれない。固い地面に足がついているのが、どれだけ安心するか。


 島のヘリポートに着地する。脇に数名の姿が見えた。ローターの回転が徐々に遅くなり、騒音と爆風が収まったところでヘリから降りた。

 控えていた警備員が駆け寄り敬礼する。


「イーリヤ准将閣下、ようこそお出でくださいました」


「ロア少佐、わざわざすまないね。副官のサルミエ中尉だ」隣にいる彼を紹介する。


「クァトロのサルミエ中尉です」


「警備責任者のロアだ」


 お話は中でどうぞ、と二人を館内に招く。一度格の上下を認めたため、ロアの態度は非常に丁寧だった。

 洋上で景色を眺めていた島が、気になる光景について歩きながら話題にあげた。


「綺麗な花畑になったものだな。何か考えがありそうだが」


 前回訪れた時に、迫撃砲を設置すると仮定した小島について指摘する。熱帯雨林が繁っていた部分も全て伐採され、色とりどりの花が植えられていたのだ。


「隠れ場所を無くしました。異常があればすぐに発見可能です」


 それで終わりではないだろうと、目で先を促す。


「緊急時のヘリポートとしても利用可能です。地下壕も作り、救援が来るまで凌げるようにもしました。小型の電気エンジン付ボートを複数用意し、こちらから脱出可能なルートも作りました」


 予算は掛かったが、アロヨが良しとするならばそれは全く問題ない。現場としては十全の対策だと言えるだろう。


「そいつは安心だな。手勢とこの場所との制限内で、納得いく備えだと思うよ」


 意識して手放しで誉めてやる。ここにエーン大尉が居たら、真剣な顔で称賛していただろう。彼ら護衛らは、やり過ぎなどとの話は頭に無いのだ。職分なので咎めることはないが、呆れることは珍しくない。


 応接室で待つように言われ、ソファーに腰を下ろす。


 ――アロヨ以外にもチャンネルを持つべきだな。どの筋から行ったものか。


 信用の部分ではなく、影響力の及ぶ範囲からの考えであった。重なるヶ所があっても無くても構わないが、複数の基点を備えることが安定と成功に繋がりやすい。

 迎えまで出してもらったくせに、そのような考えが湧く。これも職業病の一種だと苦笑いした。


 扉が開いた。見覚えがある男が入ってくる。島は起立して近付くのを待った。


「アロヨさん、ヘリコプターを使わせていただいて、ありがとうございます」


「なに、構いはしないよ。それに操縦させてやらねば腕が鈍る」


 気にするなと軽く受け流した。ご機嫌な理由は恐らくあれに違いない。


「こちらの警備、かなり熱心にやっておられるようですね」


「あれか、そうだな。この前からマニラ警察の顧問をやっている。少なからず私も狙われることもあろうからな」


 ――顧問だって? するとあの記事には彼の力が働いているのか。


「軍や警察が遅延するようならば、自分の部下をお使い下さい。ロマノフスキー中佐が司令です」


 ヒントを与えられたので、間を幾つか飛ばして結論を述べる。


「そうさせてもらおう。マニラの署長に話をつけておく、問題が起きたら名前を出して構わんよ」


 双方が協力関係を提示し、その手を取り合った。世論の風向きが変われば、アロヨは多くのものを喪うような、不利な条件なのにも関わらずに。


「例の目標ですが、成功時には署長の功績ということで」


「栄転として、その後に外国特派員にでも推挙してやるよ」


 テロの対象にならないように、安全を担保してやる。ついでにロマノフスキーらの秘密も抱えて、フィリピンから離れてくれるわけだから、皆が満足する処置である。


 ――立場を強くさせる何かをしてやりたいが、何が出来るだろうか。金や地位は必要としていないだろうな。


「自分に何かリクエストがあれば承りますが」


 あれこれ考えてもわかるわけもなく、素直に聞いてみることにした。心にフェアな関係を求めるところがあった。


「私は妻を失った。希望は全て、たった一人残った息子に託したいと考えている」


 今さら後妻を迎えるつもりもないようで、子供の為に何かをしてやりたいと語る。


「息子さんはお幾つで?」


「二十三だ。右も左も解らぬ未熟者でね。陸軍中尉をしている。あれを准将の下で働かせてやってくれないだろうか」


 ――こいつは参ったぞ。だが確かに中々解決しないことがらだな。


「自分と居ると危険が尽きません。テロリストにも狙われるでしょう」


「平和に暮らそうとしても、突如命を落とすこともある」


 妻のように、と過去を振り返る。それについては島も納得した。


「ご存知のように、非合法不正規の活動をしております。国際犯罪者になる可能性もあるでしょう」


 起訴立件されたなら、島などどれだけの罪を犯しているやら。事件にならないだけで、責めが消えるわけではない。


「功罪半ばだとしても、自らの意思で進むことが出来るようになって貰いたい。頼めないだろうか」


「承知いたしました。結果、命を落とすこともあるのを理解していただけるならば」


 決して甘くはないことを強調する。特別扱いはしない、お客さんではないぞと念を押した。


「構わない。そうなればそれもあれの運命だろう」


 マニラ警察に足を運ぶ。ここは二人にとって、苦い想い出の蘇る場所である。

 入り口の警官がアロヨに敬礼して、署長室に案内する。


「顧問は警視監待遇でね。何一つ権限はないが、助言は自由に行える」


 ――少将として接することにしよう。首都警察署長は警視長か、准将見当だな。


 遺体の安置所とは反対、廊下を奥へ奥へと進む。隔絶された域内へ踏みいるが、警官は島のことに関心を持つことは無かった。余計な口をきかないのは賢い証拠だ。


「私だ、入るぞ」


 声を掛けて勝手に入る。椅子から立ち上がり、アロヨを歓迎する


「お早いお着きで。どうぞお掛けください」


 来客用の椅子を指して着席を勧める。署長手ずから、冷えた麦茶らしきものを淹れてくれた。


「紹介する。私の友人でイーリヤ君だ。彼に様々な便宜をはかってやって欲しい」


 上から目線とはこのことだろう。完全に署長の都合を無視して要求を一方的に伝える。


「イーリヤです。アロヨさんにお世話になっております」


「マニラ警察署長のボコス警視長だ。中国の方ですか?」


 どちらに問い掛けたか判然としない物言いで、出自を探ろうとする。


「ニカラグアです。少々ご迷惑をお掛けすることがあるはずで」


「迷惑なものか、署長、君も彼には恩恵を受けているんだからな」


 何のことだかわからなく、生返事をしてアロヨを見詰める。


「アル=サーヤブの一派を掃除したのは彼のところだよ。そのうち本家を駆除する、署長はイーリヤ君に不都合が無いように処理するんだ。そうすれば功績は警察のものになる」


「あの事件の!」いくら捜査をしても決定的な犯人が上がってこなかった。途中途中で中止をするように、上から介入があり何かあるとは感付いてはいた。「フィリピンの善良な市民の為に、是非とも協力させていただきます」


 余りにもストレート過ぎる言葉に唖然としてしまった。駆け引きも何もあったものではない。


 ――二人の間で何らかの上下関係があるんだろう。


「なるべく手間を掛けさせないように、善処させていただきます」


 元より警察に世話になるようでは失敗と言われてしまう。最悪の場合のセーフティネットとして、準備だけはしておく。


 街にまで来た足で、呼び出しておいたアロヨの息子に会うことにした。言って当日に対面することになるとは、島の常識から外れていた。


「勤務中だったのではありませんか?」


 司令部を通じての通話をしているのを、脇に居て少しだが漏れ聞いていた。誉められたものではないが、知ってしまったからには、一応の懸念を示す。


「抜け出す口実が出来たと考えたのでしょう。お恥ずかしい限りです」


 ――なるほど、ようやく解ってきたぞ。


 タクシーではなく、お抱えの車で小洒落た喫茶店へと入る。渋滞のせいで少し時間に遅れてしまった。


「はて、居らんな」アロヨが店内を見渡したが、息子の顔が無いらしい。


 突っ立っているのも変な話なので、一旦座って状況を確認しようとする。派手な服装の若者が入店するなり、片手を上げて近付いてくる。


「よう親父、待たせて悪いな」


「軍で急用でも入ったか?」


 それならば後回しで構わんと言う。島も公務を優先することに、一切異存無い。二人が見詰める相手はそうじゃないと否定した。


「途中で可愛い子が居たから、口説いてたら遅くなった」


 へらへらしながら勝手に着座してしまう。アロヨが目で謝ってきた。


 ――このタイプは今までに無かったな。はてさてどうしたものか。


「紹介します、愚息のファビオです。こちらイーリヤさんだ」


「チース、俺に用事って何?」


 ご丁寧に視線はウェイトレスに向かっていた。サルミエも呆れてしまい、信じられないものを見るような目になってしまっている。


「こんな息子ですが、本当にお願い出来るでしょうか?」


 肩を落として困り果てた表情のアロヨが再確認してくる。今さら無理とは言えないし、約束したことを反故にするつもりも無かった。


「完全にお任せいただけますね」


「はい」


 本人の目の前で処遇が承認なしで進められて行く。


「警視監閣下、中尉を無期限の出向に。衣食住を保証致しますので、生活の心配は御座いません」


「出向? なんのことだ?」


 中尉と呼ばれて自分の話なのに気付く。父親に視線を向けるが、無視されてしまう。その場で電話して軍の司令官に話を通してしまった。


「ファビオ、お前をイーリヤさんに預けることにした。もう一度やり直してこい」


 ガタンと椅子を蹴飛ばして立ち上がり、テーブルに手を叩き付ける。


「勝手なことしてんじゃねぇよ!」


 島が掴み掛かろうとするファビオの手首を捻り、テーブルに頭を押さえ付けた。喫茶店が騒然とする。


「アロヨ中尉、警視監閣下への暴行未遂で拘束する!」


 サルミエ中尉が島に替わって拘束を引き受けた。じたばたするが関節を極められてしまい、はね除けることが出来ない。


「糞、お前何者だよ!」


「イーリヤ退役准将だ。アロヨ中尉、貴官に命じる。速やかにニカラグアに赴任し、クァトロ・エスコーラに入校、校長が良しとするまで鍛え直してこい」


「んだよそれは! ふざけんな!」


 威勢良く反抗するが、サルミエがきつ目に腕を捻ると悲鳴をあげる。


「返事はどうした、中尉」


「わかった、わかったから放してくれ!」


「アロヨ中尉、閣下に対して無礼な態度は許さん。上官には敬意を払え!」

 サルミエ中尉が拘束を解かずに、ファビオの言葉遣いを注意する。


「しょ、承知いたしました!」


 ついに観念して大きな声で認める。誰かが通報したのだろう、制服警官が二人駆け付けてきた。


「何事だ!」警部補が原因らしきテーブルに近付く。


「警部補、何でもない職務に戻るんだ」


 アロヨが軽く手のひらを振る。何だと顔をじっと睨み、はっとして敬礼し退散してしまう。


「お騒がせ致しました、閣下」


「いや、こちらこそ申し訳ない。ところでクァトロ・エスコーラとは?」


 敵わないと知って大人しくなったアロヨ中尉を放っておき、話に出た名前が何かを尋ねた。


「軍の新人学校でして。配属前に今一度何をすべきかを考えさせる場所です」


「訓練施設ではない?」


「精神的な部分に比重が。そこの校長は元自分の部下で、更に遡れば上官でした。そして師匠でもあります」


 自分の教官で一から鍛えられ、苦難の時期には支えられ、今は念願の新人指導に専念しているのを説明した。ニカラグア人ではなく、ドイツ・オーストリア生まれの人物なのも付け加える。


「そのような方が! イーリヤさん、何卒よろしくお願いいたします」


 起立して頭を下げる。すぐにお顔を上げて下さいと言うも、数秒体勢を維持した。

 島は体をアロヨ中尉に向けて話し掛ける。


「いい歳をして、親に頭を下げさせるような自分が恥ずかしく無いのか? もし少しでも思う部分があるならば、死ぬ気で学んでこい」


 項垂れて然したる反応を見せないファビオをサルミエに任せ、二人は喫茶店を出た。


「閣下、部下をご紹介致します。訓練基地へご足労願えるでしょうか」


 最愛の一人息子を託してきた、その信頼に応える。場所はアロヨの私有地なので、運転手に命じ向かわせた。ロマノフスキーに一報を入れるのを忘れない。


 一時間程走ると、関係者以外立入禁止の看板が掲げられたフェンスに辿り着く。見張りが四人居て、車を確認すると封鎖を解いて招き入れた。バイクが一台先導し、枝分かれした道を奥へと進んで行く。


 ――迷い込んでも簡単には基地に着かないようにしてあるようだな。ソマリアの要塞とはまた違ったアプローチだ、誰の発想だったか聞いておくか。


「あの小屋の周辺にきっと、地下街が広がっていますよ」

 南スーダンを思い出し、予測を披露した。


 地下司令部に将校が集まった。ロマノフスキー中佐が代表して、二人を受け入れる。

 最前列右手にマリー大尉が立ち、バスター大尉以下順に並んだ。島を初めて見る者は、アロヨがボスだと信じて視線を投げ掛けていた。


「一同、イーリヤ准将閣下に敬礼!」


 ファイルの顔写真で見た奴等が、ちらほらと居た。島は対面する大尉らに軽く返礼する。アロヨの手前、ここでは英語を使用する。


「諸君、訓練ご苦労。それだけでなく、結果も出してくれたようで感心だ」


 そうだろ、とロマノフスキーに視線を流すと、彼はマリーを見た。釣られてそちらに目をやると大尉がそれに気付き、小さくだがはっきりと頷いた。


「閣下、司令のロマノフスキー中佐です」


 島が閣下と呼ぶのだから、自然と誰よりも上席なのがわかる。姿勢をただし、改めて敬礼する。


「素晴らしい面々だ、心強いな。師団一つ位は簡単に指揮できそうだよ」


 島もロマノフスキーも、そこまで多数の集団を指揮した経験はない。旅団と言っても名目であり、実際の規模は連隊相当までしか動かしたことがない。


 ――レバノン国境でやったように、指揮官を指揮する形で上手く行くならば良いが。こればかりは試すわけにもいかんからな。


「大層な評価をいただき恐縮です。戦争自体に物怖じはしませんが、大軍を率いる部分は未知です」


 将校の眼前だからと、気持ちを大きく持つことは無かった。謙遜でも何でもなく、経験不足を認めたのだ。


「規模が大きいほどに、上手くやる必要はなくなる。簡単な失敗を積み重ねない、そこが肝要だ」


「ご指導、ありがとうございます」


 忠告を真摯に受け止める。誰しもが何かしら長ずる面を持っていると信じて。

 実際に実力以上を常に求めては、たち行かなくなって当然なのだ。好結果、それも極めて良い側に偏った見通しばかりを採用して試算する、政府の部会試算などは信用してはならない。責任の所在など不明なのだから。


 ロマノフスキー中佐とマリー大尉だけが残り、他は解散した。


「改めて紹介します。ロマノフスキー中佐とマリー大尉。共に自分と長年在る者達です。こちらアロヨ警視監閣下だ」


「ロマノフスキー中佐です。アロヨ閣下と言いますと、あの?」


 意味ありげな質問口調をする。無論そうだと島が頷いた。


「イエメンでは失礼致しました」


 皆まで言わず、そう謝罪しておく。アロヨも一言で全てを理解した。


「目的は果たせた、気にすることはない。彼等の冥福は祈るがね。マニラの害虫駆除、応援させてもらうよ」


「ありがたいお言葉です。ボス、本番の計画も万端です」


 まずは若者の功績を称えてやろうと、マリー大尉に声を掛ける。


「新聞に出ていたアレは、マリー大尉の指揮か」


「はい。実地訓練にはなりましたが、もう少し手応えが欲しかったものです」


 不敵な笑顔で一方的過ぎたことを悔いる。主力を温存して仕掛けるべきだったと。


「心配するな、幾らでも湧いて出てくるさ。サルミエに酒樽と金一封用意させた、お前の好きなように別けてやれ」


「頂戴致します。奴等も励むでしょう」


 腰を下ろしてどうぞ、とロマノフスキーが勧めてくる。早速冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、一杯やりながら計画について話し始めた。一々喋って良いかなどの確認はしない。ここに同道したのが答えだと解釈して。


「アルゴネスを誘き出します。イタズラしたのが我々だと宣伝しなければなりません。名称をお決め頂けますか」


 クァトロでは不理解な地域ですからな、そうは言いつつ別に何でも構わないとも。


 ――警察の功績にしつつ、テロ対象をこちらに向けられる名前か。内部の一部署とはならんな。


「フォーポイントスター、そうするんだ。警察大臣の四ツ星を想定して、マニラ警察が協力した形を結末に。閣下、いかがでしょうか?」


 そのような組織ならば実態を探ろうとしても現れず、警察署長がテロ対象として執拗に狙われるのも避けられる。大臣は事実があろうが無かろうが、常にそうなので構わないだろうと割り切る。


「外国人の捕虜は許されないが」


 現場に遺棄されるならば秘匿するのは問題ないとする。規模が大きくなれば、一定の被害は発生するものだ。島がロマノフスキーを見た。


「奴等の捕虜になるくらいなら、死んだ方がマシだと思いますよ」


 激しい拷問が繰り広げられるのは、周知の事実である。アロヨもそれに納得した。


「やって来るのを待つ訳じゃあるまい」島がどこで花火を上げるのか問う。


「小島が多いと、攻める側は苦労しますな」


 アルゴネスが陣頭指揮をするにせよしないにせよ、穴蔵に籠ってばかりは居られない。少なからず現場近くに滞在しなければ、自身の功績を誇れないからだ。

 島を攻めるならば、最低でも対岸に陣取らねば話にならない。勇気を出したら船で様子を眺めるあたりだろうか。


「アロヨ閣下、無人島を一つ貸して頂けますでしょうか。多少焼け焦げても構わないところを」


「喜んで提供しよう。准将らの手並みは既に証明済だ、警察大臣にも耳打ちしておこう。無論、ことが終わった後にだがね」


 無価値の場所に拠点を据えるのはいただけないと、湾を持った三日月島を提供すると述べた。


 ――待てよ、そいつを海事訓練基地にしちまうか。


「そこですが、全て終わった後に訓練基地に借りられないでしょうか? 海賊対策のですが」


「余程の働き者だな君は。勿論構わんよ、私を隠れ蓑にして自由に利用したまえ」


 表面に出なくてもよいように申し出てくる。同じ傷跡を抱える二人が、道を供に歩もうとしていた。


 一旦イエメンに入り、警備団の準備具合を確認した。一つところに落ち着けないが、その忙しさが島のモチベーションに繋がる。

 ド=ラ=クロワ大佐が滞りなく仕事を進めており、幾つか懸案事項の承認と報告の確認をして役割が終了した。


 ――彼は優秀だ。必要な行動を適切にこなしている。唯一の弱点が濁流との付き合いと言うわけか。


 曲がったことが嫌いなのは島も同様であったが、時に好き嫌いでは選べない道が存在する。それを世間では現実と呼んでいた。


「ド=ラ=クロワ大佐、それと認めてウッディー中佐に一部の権限を委譲してはどうだろうか」


 頭ごなしに命じるのではなく、助言を与えるに留める。だが彼は素直にそれを受け入れた。己の我が儘で上官――島に迷惑を掛けまいと。


 十日経たないうちにフィリピンに舞い戻る。軍隊とは土木工事の専門家集団でもある。三日月島の手入れを行い、罠を準備するのにさほど長くは掛からなかった。ここでも島の仕事は結果の確認だけで終わる。


 ――順調ならば俺は要らないわけだ。いよいよ目には見えない仕事をこなさねばならないようになっちまったか。


 後始末までをロマノフスキー中佐に任せるとして、次の目標を考えることにする。


 ――国家や地域が少なからず力を持っているならば、それは自力で解決すべきだ。抑圧され外力なしでは希望がない、そのような者に力を貸したい。完全なる自己満足だ、だが好きにさせてもらう。


 島はエドサ・シャングリラ・マニラ・ホテルのロビーで腕を組んで目を瞑る。サルミエ中尉が反対の椅子に腰掛けて、黙って周囲に気を配った。


 ――見ず知らずの誰かに手を差しのべる。気でも狂ったかと言われちまうな。実際まともではあるまい、極めて特殊な考えだ。


「ボス、あちらを」


 直視しないよう、視界の端に何かを収める。そこには肌が白い男が距離を開けて二人歩いていた。


 ――白い肌のアラブ系? イラン人だろうか。ホテルだから外国人が目立つわけではないが、離れているのに歩調が合っているぞ、訓練を受けた奴等だ!


 軍人なのか別なのか、だが二人がグループなのはまず間違いないだろうと感じた。では何故それを隠そうとするのか、そこに疑問が出てくる。単なる習慣や実地訓練ならば構わないが。


 サルミエに少し監視をするよう告げる。思い過ごしでなければ、地域がらイスラム過激派と関係があるかも知れない。


 ――ホテルに宿泊してるならば、受付で身許を把握しているはずだな。結果次第でご注進だ。


 十分程で中尉が新聞片手に戻ってきた。立ち上がった用事を無理に作って。


「奴等が別々に乗ったエレベーターですが、両方とも五階に止まりました。他に居ないか少し待っていましたが、怪しいのは居ませんでした」


「五階か。レストランもバーも無いな」


 それだけでは何とも判断し難い。しかし気にかかる。


 ――直感に従うべきだな!


「何か喋ったりは?」


「終始無言です。一人は腕時計を右手にしていました」


 特徴を一つ思い出したようで付け加えた。左利きなのだろう。


 ――違ったら違っただ!


 ロビーの公衆電話からマニラ警察に通報する。担当の警部補に繋がったので、署長の名前を出して要注意人物を伝えた。


「承知いたしました!」


 たまたま電話を受けたのが幸運だと、張り切って返事をするのだった。


 三日月島地下司令室。特徴が無い戦闘服を着たロマノフスキーが、キャンプで使うような折り畳み椅子に座っていた。機能を優先して準備時間を短縮するのを目標にしたので、殆どの品が間に合わせである。


「余程トサカに来てるのかね」


 まんまと誘き出されたアル=サーヤブが、三日月島付近の海上を船で渡る姿が隠し撮られていた。撮影班はオビエト軍曹が率いている。


「ハマダ小隊準備完了。どこが一番楽しい祭りでしょう?」


 通信機の前でレオポルド曹長がにやける。グロックはニカラグアに行ってしまったが、彼はクァトロに残った。面々のうちプレトリアス一族は今回不在である。護衛についているわけでもなく、何をしているのか説明は無かった。


「さあな、少なくともこの部屋の中じゃあるまい」


 幾人かでも辿り着くようならば熱烈歓迎するよ、と笑いを誘う。

 開始の合図は海岸線に居るマリー大尉に一任してあった。部下の殆どを彼に預けている。アサド先任上級曹長だけは、島のところへ送っていた。


 ――新しい面々の実力を見せてもらうとしようか。


 マニラでテロリストの構成員が数名逮捕されていた。検挙の末のことではなく、暗夜襲われ素っ裸にされて大通に転がされていたのだ。

 警察官が油性マジックで体に書かれていた、アル=サーヤブからの贈り物、との文字に困惑を表していた。当初はそれが被害者かと思ったが、調べてみると手配犯で驚く。小者ばかりであったが、ニュースで報じられると市民の間で話題になった。


 立場が無いのはアルゴネスである。連日小馬鹿にされて苛立ちが隠せなかったが、相手が何者かわからないのだ。報復するに出来ずに組織にも不満が募っていた。

 そんな時に、三日月島で不審な工事が行われているとの情報が入った。調べてみるとあっさりとそいつらがやったことが判明する。おかしいとは思ったが、やらないわけには行かなくなり、兵力を集中して夜中に攻撃するに至った。


「大小合わせて全部で十七隻が向かってきます」


 画面でも確認しながら報復を取り次いだ。大きめの船が一隻だけ離れてやや後方に位置している。そこに指揮官が居るのは容易に予測できた、逃げ足も早いはずだ。


 船は湾とは反対側にゆっくりと接岸してきた。気付かれていないだろうと、息を潜めて足を濡らして上陸する。撮影されていることなど、想像すらしていないだろう。手には小銃を持っており、水にはつけまいと頭の上に掲げていた。


 木陰からそれを見ている者が居る。脱出されないように船を破壊するのが役目のブッフバルト中尉の部隊だ。やり直しが効かない重要な担当なので、未知の能力な新顔は充てていない。

 沖に残っている一隻にはロケットが届かない。そのことをマリー大尉に報告する。電話線を引いてきているので、それを使えばやり取りが漏れることはない。


「沿岸部隊、指揮所。接岸した十六隻の破壊準備完了。二キロ沖に一隻留まっている、対処不能」


「指揮所、沿岸部隊。合図があり次第十六隻を破壊の後に、敵兵を攻撃せよ」


 中尉が了解を示し、海に目をやる。何かが海面を滑るように動いているのが見えたが、すぐに所在を見失ってしまう。


 ――両端のやつを先に破壊すると煙で見えなくなるな!


「中央の側から順次手前を射撃するんだ」


 沿岸部隊は二つに分割されていた。その片方をサイード曹長に預けている。角度をつけた攻撃をしようと、数百メートル隔てて。

 テロリストの先発が小さな土手を越えて、島内に侵入する。後続の一部が船の周囲を警戒するために残った。不意に「全部隊攻撃開始」と告げられる。


 突然船が爆発炎上した。多少の前後はあったが、野火が延焼するかのように次々炎に包まれていく。小銃の連射音が響く。静かだった島が急に喧騒に巻き込まれてしまう。


「用心のためにもう少しロケットを叩き込め!」


 ブッフバルト中尉の命令で、操船可能な被害だけだった船に再度衝撃が走り、燃えながら沈没して行く。警戒していたテロリストの歩哨は、わけもわからず辺りに向けて銃を乱射した。

 炎に照らされながらも伏せていた彼等だが、大した時間差もなく同じ道を辿る。動く者が居ないかを探っていた兵が、救命ボートで逃げ出す奴を発見した。


「中尉、ボートが!」


 ――いかん、射程外になる!


「機関銃で掃射だ! 指揮所に連絡を、船を回してもらうんだ!」


 土手を越えた場所は盆地だった。だが大きく囲われているので、誰もそうだとは気付かない。

 すぐ後ろで突如爆発音がして、立ち上がる炎に振り返る。何があったと思った瞬間、銃撃を受ける。すぐに伏せた者が半数で、遅れた者が半数。一瞬が生死を分けた。


「待ち伏せだ!」


 誰かが声をあげた。船に戻るべきかを必死に幹部に問うが、そちらも襲撃されているので命令を躊躇う。そのうち進んで来た側からも攻撃をされ、進むしかないことを悟る。


「前に出るんだ! 本部を潰してしまえば勝ちだ!」


 大声を出すなり幹部自身が前に行ったので、部下もそちらがより安全地帯なのだろうと着いていった。セヴルガは東ティモールで経験を積んだ戦士だ、他の幹部らとは少しばかり毛色が違う。

 光源は海岸にあるが、光量の都合から待ち伏せ側の姿が浮かび上がることはない。それがプラスに働いた、セヴルガらが無遠慮に防衛線に迫り、これを抜いてしまったのだ。


「奴等は意気地が無いぞ、押せ押すんだ!」


 勇気づけられたテロリストらは、次々と包囲を突破し司令部がある建物目指して進んでいった。


「大尉、奴等が包囲を破りました」


 通信兵の言葉に渋い顔をする。予備を充てるタイミングすら無かった。


 ――糞、アイツは口ほどにない!


 新規メンバーで抱えたイタリア人少尉に任せていたが、粘り気のない結果に腹を立てる。


「オラベル曹長、阻止するんだ」

「ヴァヤ!」


 指揮所で待機していた彼に兵を預け、司令部との間に防壁として配備する。


 ――足留めしているあいだにブッフバルトを引き戻して、再度包囲だ!


 すぐに命令を下し、包囲部隊全ての指揮を執るようにさせる。


「ビダ先任上級曹長、指揮所。ボートの脱出を阻止、待機に移る」


 ――捕捉したか。船はどうだ?


 出発の報告を最後に連絡が無い。扇風機のようなスクリューがついた何かを手にして、フロッグマン部隊は海中に消えていったのだ。オビエトのカメラは未だにその船があり続けているのを映し出している。


 ――後は対岸か。


「ハマダ中尉に報告をさせろ」


 部隊全体を統括するため、目の前のことだけに気を使っていられなかった。大尉には権利と義務が重なっているのだ。


 ハマダ中尉は一隊を率いて、船着き場近くを制圧していた。テロリストが出航して、二陣がいるようならば撃滅するのと、取り逃がした奴等がいたら迎え撃つのとを役割にしている。

 比較的楽な受持ちなのには理由があった。それは彼等が既に一度アル=サーヤブらの攻撃に参加したメンバーだったからだ。功績が偏らないように配慮した結果だが、経験者が主戦場から多く離れたことも意味している。


「ハマダ中尉、指揮所。港に敵影なし、待機中」


「了解。現状を維持せよ」


 マリー大尉は遊兵をやや作りすぎたのに気付くが、今さらどうにもならない。活動の前半で手応えが無い相手に勝ちすぎたのが影響している。


 ――渋いな。ビダはフロッグマン部隊の援護をさせるが、バスター大尉からは何も無いぞ。


 全滅していない限りは要請なり報告なりがあるはずなので、じっとそれを待つしかない。

 視線を上げる。指揮所の周りは敵も無く、遠くで発砲しているのが耳に入る位だ。本部要員と手勢が十数人残っている。トスカーナ少尉からの報告は全く無かった。


 ――司令部が無防備になる、俺がしくじるのは構わんが、中佐に危険があってはならん!


「指揮所を司令部手前に移すぞ」


 脈絡もなくそう告げた。キール軍曹が了解し、器材を運ぶよう指示する。


「大尉、この場で指揮を執られるべきでは?」


 グレゴリー少尉が異見を発する。ここならば防備も確りしており、もし強襲されても百人位ならば防ぎきれると。

 彼の言葉が正しいのはマリー大尉にも理解出来た。時間経過で勝ち戦になることも解る。


「少尉の意見は正論だ。本来ならば俺はそうしなければならない」

「では何故?」

「編成をしくじり包囲を破られ、司令部の守りが薄くなってしまった。司令の安全を確保する為に、俺が代償を払わねばならない」


 部隊の配備も指揮も全てを中佐から一任されていた。責任を持たされているのだ。


「了解です、大尉」


 それ以上は彼も強く勧めはしなかった。一度は道を正そうと助言し、それを理解して貰えたのだ、後は上官の下した判断を遂行するのが役割だから。


「準備完了です、大尉」


「よし行くぞ」


 通信機を背負った兵士が短機関銃をぶら下げ、関連器材を手にする。荷重負担の面では彼が一番だろうとふと感じてしまった。


 アル=サーヤブの攻撃部隊はセヴルガに勇気を与えられ、かなりの人数が自由に活動していた。突破して後に逆に背面に展開し、ブッフバルト中尉らの部隊すらを釘付けにして、主力は司令部に接近している。


「敵は少ない、両翼から側面に出るんだ!」


 眼前の急造陣地には大した人数が居らず、ごり押ししたら勝てると踏んだセヴルガは、多少の被害に目を瞑って食い込ませる。東ティモールの実績でもそうだが、与えた被害が多大であるからこそ評価をされていた。受けた被害など計算外の話なのだ。


 岩場に身を隠して応戦するオラベル曹長だが、この場で抵抗を続ければ全滅すると悟り、破砕手榴弾を投擲し一斉射撃の後に煙幕を張って後退した。

 あまりに鮮やかな逃げっぷりに、テロリストらもすぐに追撃には移ることが出来ない。数秒を得たオラベルは、五十メートル程下がってまた抗戦を続けた。


「やるな! だが同じだ、左右から囲むんだ!」


 側面を取るために一度出た被害にとらわれず、再度同じ道を行く。やられる側は消耗戦に付き合わされてしまい困惑する。


 留まるも地獄、退くも地獄となれば正気を保っているのも難しい。突如奇声を発して敵に突っ込んだ兵士が、数秒で穴だらけになり崩れ落ちた。

 後方から交戦している音が近付いてきていた、セヴルガはさして余裕がないと解釈する。


「敵を踏み抜け! 本部まであと少しだ、アッラーアクバル!」


 そう檄を飛ばすとあちこちでアッラーアクバルと唱和し、果敢に足を踏み出した。ついに抗戦虚しく脇を抜けた奴等が背後に回り込み攻撃する。オラベルは腹に何か熱を感じ、そのまま目の前が暗くなって意識を失ってしまった。


「進め、進め! あの建物に目標が居るぞ!」


 別に確証があるわけではない、そう言い聞かせたら勢いが増すからだ。後方を気にすることなく、ただ前にと足を運ぶ。


 ――本拠地を落とせば俺がこの地区の指導者になれるぞ! 海上のアルゴネスに功績を奪われてたまるか、あの方に直接戦果を報告せねばならん。


 口先や頭でばかり従わせようとするアルゴネスを、彼は快く思っていなかった。指導者とは経験や実力を示して成るものだと信じて疑わなかった。


「中佐、包囲網が破られ一部がこちら側に抜けているようです」


 レオポルドは一部なのか殆どなのかわかりませんが、などとおどけてみせる。ロマノフスキーはそんな彼の態度を責めることはない。


「ほう、中々やるじゃないか。退路が失われたんだ、前に出るしかないのは事実だがね」


 だからと進めるかと言えば簡単ではない。やるしかないと解っていて、出来ないのが戦場のマジョリティーなのだ。


「勇敢な敵なんて幾らでも居るものですからね」


 どうしますか、通信担当が尋ねることもないが、実戦部隊の将校が部屋に居ないので代表して命令を乞う。事務や経理の幕僚に適切な助言など出来よう筈もない。


「ま、若いのが何とかするだろうさ。キラク伍長、入口近くで張っとけ」


「ウィ」


 手持ちの護衛を即応出来るように準備しておく。キラク伍長は自身で判断し進言するまでには至っていない。言われたことを実直にこなす、兵なのだから今はそれだけで充分だ。


「バスター大尉ですが、船の舵を破壊したようです。警察への贈り物にでもしますか?」


 ――俺なら沈めちまうがね。だが死体がなければ困るだろうからな、今回はそれが良かろう。


「扱いはマリー大尉に任せるさ。こちらからは返信しなくて構わん、受信だけするんだ」


 困った時だけ助けてやれと、口出しを禁じた。成長するためには失敗からの方が学べることが多い。もしマリーが沈没させる命令を出したら、それはその時に行く末を考えれば良い。


「指揮所、フロッグマン部隊。ご苦労、上陸し待機せよ」

「フロッグマン部隊、了解」


 レオポルドがロマノフスキーに視線を投げ掛けた、ご希望通りかと問いかけているようだった。


「指揮所、水上部隊。離脱する奴が居ないかを監視せよ」

「水上部隊、了解です」


 ――やけに雑音が混ざっているな、移動中か? 突破されて気に病んだか。責任感が強いと受け止めよう。


「キラク伍長に命令変更を伝えろ、少し離れて陣取りマリー大尉らが来たら援護してやれ」


 過保護だと笑ってくれ、と自嘲する。


「とんでもない、ありがたい司令殿で心暖まります」


 手近な兵を手招きして、入口へと向かわせるのだった。


 数回時間を違えて歩いた道を暗夜行く。三日月島に入って短いが、テロリストと比べたら一日の長があるのは確かだ。

 撃っても届かないだろう箇所に人影がちらつく、味方ならば申告があるだろうから、恐らくは敵なのだろう。


 ――オラベル曹長は守りきれなかったか。無事に退避していてくれよ!


 数分だけでも足を止められたら、ブッフバルト中尉らが追い付くはずだと考えていた。実際には意外にも頑強な抵抗にあっていて、未だに追撃には及んでいない。


「大尉、コンテストエリアです。交戦命令は自分の判断で行わせていただきます」


 キール軍曹が競合地域を感じとり、後手に回らないよう権限を要請した。無論マリー大尉に異存は無い。


「任せる」


 島がやってきたことが記憶に焼き付いていた、可能な限り仕事を部下に任せてしまう。時に大失敗もあるが、最終的にはお互いに良い結果をもたらしてくれるものだ。


 司令部まであと少しのところで、先の岩場に何者かが潜んでいるのに気付いた。キール軍曹が偵察班を先行させた。彼らが戻る前に横合いから銃撃を受けてしまう。


「伏せろ!」


 誰かが叫ぶが早いか皆がその場に這いつくばる。大体の見当で以て反撃をするが、次々とテロリストが姿を現す。


 ――挟まれる!


 マリー大尉が最悪の状況を想像する。が、それは良い意味で裏切られた。


「キャプテン、援護します!」


 岩場から兵が現れテロリストに向けて攻撃を始めたのだ。すぐにそれがキラク伍長の部隊だと気付き、匍匐で横からの射線から外れる場所まで急ぐ。


「大尉、先に退避を。自分は伍長と少し時間を稼ぎます!」


「頼んだ、軍曹」


 本部要員のみが足早に司令部に向かって行く。視界の端でそれを見届けると、敵を素早く一別する。


「キラク伍長、交互に支援し二十歩ずつ後退するぞ!」


「了解!」


 見よう見まねで相互支援を実行してみる。それぞれが勝手に退くよりも、随分と安定するものだとやってみて納得する二人であった。


 マリー大尉が司令部前面の警戒所に辿り着く。歩哨に誰何されるも、名乗ると受け入れられた。


「軍曹らが後退してくる、支援射撃の準備をしろ!」


 機銃の位置を一部置き換えて弾丸を寄せる。息を切らしたクァトロ兵の姿が見えたので、伏せろと警告を発する。味方が伏せたのを確認すると、物凄い発射速度で後方の暗闇を掃射する。複数の悲鳴が聞こえてきた。


「射撃停止! 軍曹、走れ!」


 大声で命令し、味方を招き寄せて収容すると、もう一度掃射を命じる。今度は懲りて射線から逃げたのか悲鳴は聞こえなかった。

 細かい掠り傷をあちこちに抱えてはいたが、行動に支障はなさそうで笑顔すら溢れていた。


「大尉、ご無事で何よりです」キール軍曹が呼吸を整えながら、視線だけは周囲を警戒して喋る。


「ご苦労、少し休め。傷の手当てをしておくんだ、細菌が感染したらつまらんからな」


 消毒をしておくように命じて、歩哨を警戒所に引き下げる。無傷の兵士を一時的に警備に充て、防御を厚くした。交代で治療しましょうと、キラク伍長が警備の指揮を申し出た。


 しかし軍曹の命令により、伍長らが先に手当てをするために司令部に入っていった。マリーはそれを見て心中で頷いていた。


「軍曹、もう一回り大きく防衛線を敷き直すんだ」


「イエッサ」


 通信兵に新たな報告が無かったかを確認する。彼は特に無いと首を横に振る。司令部の扉が開いてロマノフスキー中佐が姿を現した。


「賑やかそうで良いな」


 あちこち泥だらけになった姿に微笑を浮かべる。まっさらで折り目がついた戦闘服を見ても、何ら好感は抱かないだろう。


「申し訳ありません、失策を犯しました」


 苦痛の表情でミスを自ら申告する。だがロマノフスキーはその件に全く触れずに「世の中は年寄りから先に逝くように出来ている、勝手にくたばるなよ、大尉」すぐに司令部に戻っていった。


 ――その優しさが胸に突き刺さる。怒鳴られた方が遥かに気が楽なものだ。


「通信、ブッフバルト中尉を呼び出せ!」


 最早通信自体を秘匿する重要性が無くなっていたので、速効性を重視した。名指して呼ばれて中尉が返信するまで、十秒きっかりだった。


「こちらブッフバルト中尉」


 英語での呼び掛けだったので英語を使う。しかしマリーはスペイン語で応答した。


「マリーだ。ブッフバルト中尉、到達はまだか」

「後方に残った奴が頑強な抵抗をして――」

「温い! テロリストごときの守りを抜けずに戦争が出来るか!」

「スィン! すぐに撃破します!」


 言いたいことだけ伝えて直ぐに通信を切断してしまう。


 ――アイツは自身で先頭には立つが、中々部下を押しやれないからな。根が優しかろうと、今は心を鬼にしてもらおう。


 親友の性格を熟知している彼は、敢えて高圧的に出ることで心労を減らしてやろうと考えたのだ。簡単に消毒を済ませた伍長らが戻る。今度は軍曹が半ば無理矢理に現場から司令部に追いやられた。


「大尉、司令部に入り傷が無いかの確認をしてください」


 キラク伍長が医者からの伝言だと退去を要請する。現地病の一種が懸念されているようだ。


「健康維持も職務のうちだな。わかった、少ししたら戻るから頼んだぞ、伍長」


「お任せ下さい」

 生まれがほぼ全てであった部族から離れ、自らに価値を見出だしてくれたクァトロに対し、キラクはとても満足していた。


 エドサ・シャングリラ・マニラ・ホテル、島のスイートルームで夜明けを迎えながら三人がテレビを眺めていた。二十四時間放送のニュース番組である。


「戦闘は概ね終了し、船を拿捕するために警備艇が向かっているようです」


 サルミエ中尉が報告を纏めて書き留めている。概要だけで詳細はロマノフスキーから出てくるのを待つ。


「そうか。これで拠点の確保が認められるな」


 ――一定期間でまた次の成果をあげねばならんだろうが、暫くは良かろう。


 いつもならばエーン大尉が部屋の片隅にいるのだが、今はアサド先任上級曹長が控えていた。レバノンの会社が基盤を固めるまで、呼び出しをしないつもりだ。そのエーン大尉が後任に指名したのがアサドである、納得いく人選だと承認している。

 余計な説明はせずに結果のみを伝えているので、理由を承知しているのは、島とサルミエ、そしてレティシアのみであった。


 ――レティアのやつ、あれからどこで何をしてるやら。愛想つかされて放り出されたのかも知らんな。


 アロヨにも一報を入れておき、処理の経過観察を依頼しておく。もし風向きが怪しくなれば、島が部下を脱出させる手立てを用意するつもりで。


「准将のところでも被害が出ただろう、困ったら相談して欲しい」


 成果だけをもぎ取っても構わないのだろうが、自らのわだかまりがすっきりしたか、遠慮せずにと押してきた。


 ――警察自体が同じ温度ならば安心だが、この人は例外だろう。気持ちはありがたいが、別の部分で補填を求めるべきだな。


「閣下、お気遣いありがたくいただきます。方向性は違いますが、お願いがございます」


「何でも言ってみたまえ」


「海賊を管轄する海上保安部署の、責任者をご紹介者いただけないでしょうか?」


 いずれかの国の庇護を受けねば、シーレーンでの現場が窮屈な思いをするだろうと、話を通そうとする。慮外のことだったのか、一瞬言葉が返らなかった。


「一つ叩いて満足してしまっていた。そうだな、喜んで紹介させてもらう」


 改めて連絡すると言われて通話を終える。素直に結果だけを喜べないのは、頂点の宿命である。


「ボス、警官隊が外に」


「なにっ」


 窓から覗いてみると、サイレンを鳴らさずに警察車両が複数ホテルに横付けしてきていた。


「ボス、万が一に備えて脱出します」アサドがそう判断し、すぐに部屋から外へ誘導する。


 ――裏切られたかは解らんが、確かに身をかわしたほうが良さそうだな。違ったら違っただ。


 エレベーターは使わずに階段を降りて行く。靴音が響かないように絨毯の部分を意識して歩くようにする。最上階から四つ下ったところで人の気配がした。アサドが手で制して様子を窺う。


「出るぞ警察がホテルを来た」


 ――ペルシャ語? ダリー語? アラビア語と文法は違うが、何となく言っていることは解るな。となるとイランあたりの奴か。ん、もしかして?


 肌が白いやつを見たのは島とサルミエだが、言葉を理解できたのは島とアサドだった。ピンときたのは島のみになる計算だ。


 ――用事があるのは奴等じゃないか、警察がこんな時間に来るんだ、アル=サーヤブと関係があったんだ。するとアルカイダ系か。イランやアフガニスタンあたりの外れに勢力を持ったとこの幹部か。


「彼奴は敵だ、警察に協力するぞ」


 パズルピースからその場で判断を下す。二人は事実がどうあれ命令を了解した。


 三人のアラブ人はエレベーターが一階に停まっているのを目で確認した。ボタンを押したりはしない。階段を登る足音が微かに耳に入る。


「ヒュメディー様、非常階段から逃げましょう」


 護衛の若者が外に続く非常階段の扉を指して言った。中年のヒュメディーと呼ばれた男はそれに反応しない。廊下を左右素早く見て、従業員用の作業室を見付ける。


「作業用リフトがあるはずだ、それを使うぞ」


 足音を立てないように小走りに近寄り、鍵が掛かっていないことを確かめ、素早く中に入る。

 客用とは違い電気系統も独立して機能している。二重扉を開き下へのボタンを押す、やたらと音が響くので渋い顔をするが、ノロノロとしか動かない。


 ――何故ここがバレたか解らん。誰とも接触してないが? 別の手入れの可能性があるな。いずれにせよ離れた方が良いのは確かだ。


 切れ掛かった電灯がチカチカと小刻みに点滅を繰り返す。客用ならばすぐに取り替えるのだろうが、業務用は後回しにされているようだ。

 地下一階に到着し駐車場に向かおうとすると、警官隊が現れ銃を突き付けてきた。


 ――糞っ、ここまでか!



 概要一報を携えてロマノフスキー中佐がやってきていた。三日月島の作戦は、予想外の被害を受けて苦い勝利を得ていた。


「二百人余りのテロリストを死傷させ、アルゴネスを逮捕しました」


 マニラ警察はその多大な結果に大満足を示し、アロヨを経由して警察大臣からも感謝の意志が伝えられていた。今後の活動で様々な支援が見込めると、クァトロに正式な携帯許可を与えてくれる話もあった。


「こっちもラッキーヒットでヒュメディー師とやらを捕まえたよ。アル=サーヤブに資金提供していた、パキスタン聖戦士団の東南アジア指導者の一人らしい」


 垂れ込みが的中したようで、宿泊者カードから足がついたのだ。師は入国と携帯では別の旅券だったが、護衛二人の旅券は入国でも同じものを使っていたので、そこから入国防犯影像を調べて入管法違反で逮捕となった。激しく別件であるが拘束している間に他の罪が起訴されるだろう。


「オラベル曹長が死亡しました」


 他にも五人が死亡し、七人が重傷を負った。重傷者は半年か一年で復帰が可能だろうとの診断だそうだ。


「そうか、遺体は故郷に送ってやってくれ」


「ダー」


 ――前途ある若者だったが、運が悪かったんだろう。


 戦果報告の中にあるバスター大尉について話題が持ち上がる。


「バスター大尉はフロッグマン部隊か。舵を破壊して拿捕となったわけだ」


 沈没ではアルゴネスが行方不明になるだけで、生きて捕らえられたのは大きい。自爆しなかったのは勇気の欠如と見なして良かった、身許不明の死体ならばアルゴネス生存を主張出来るのだから。


「大海原では通用しませんが、ナイルやメコンあたりでは幅が拡がりそうですな」


 壊して沈めるだけでなく故障に留めるとなれば、遠くからは発見されづらい。馴染めば良い戦力になると評価する。


「して、このトスカーナ少尉だが、敵の突破を許し追撃では振り切られ、突撃では後ろに付いていったか」


 どこにでもこんなやつは居るのはわかるが、それにしたって不評を一身に受けている結果である。イタリアの優男は見るべきところが無さそうだ。


「解雇ではこいつが口を滑らしてしまいそうで、どこかに閉じ込めますか」


「本人はどう言ってるんだ」


 出来ないやつにやれと無理強いしても結果は変わるまいと、辞めたいなら辞めさせようと聞いてみる。少尉になったのだから及第点は何かしらあるのだろうが。


「それが、調理番だったとかで……」


 履歴書には書き忘れた、そうだ。本部勤務だったのは事実でも、まさかの担当である。


 ――イタリア人らしい話だ。司厨担当の軍人が必要なこともあろう、俺が組むのは御免だがね。


「トスカーナ少尉を兵営に転属させて、給養係に。将校から外して様子見を」


「パスタばかり作られたら参りますがね、危険な目に会うよりは幾分マシでしょう」


 是非ともそうさせていただきましょう、と請け負う。終わったことはここまでにして、未来について話を移す。


「俺はイエメンに行ってくるよ。警備が始まる」


 ド=ラ=クロワ大佐に期待しているのを漏らす。真面目で有能だと。


「そんな人物をほっぽりだすのだから、さぞかしフランス海軍は人材が余っているのでしょう」


 微笑して小官も成功を祈っております、等と伝言を託される。


「イスラム国とやらが随分と活発なようだ。世間の目はそちらに向いているが、あちこちで様々あるな」


 何かしらの意見があるならば言ってみろと、最後まで言わずに目を見る。順番など前後しても構わないのだ。


「オズワルト中佐が言ってましたが、オルテガ前大統領がニカラグアに戻ろうと画策しているようです」


「何だって」


 ――締め出された彼はロシア、いやその周辺のどこかに政治亡命しているはずだ。帰国を狙っているとなれば、それは政治闘争ではなく内戦になるぞ!


 オズワルトはパラグアイ勤務のままなので、国内情報と言うよりは外交官に耳打ちされた形なのだろう。サンディニスタ運動党はウンベルトに従ってはいるが、ダニエルが帰国したら過去の生活が忘れられずに掌を返す可能性は否定できなかった。


「パストラ首相に話をしてみる。俺達が心配したところで何が変わるわけでもなかろうがな」


「実際にその通りですが、聞いてしまい知らん顔も寂しいでしょう」


 中東での活動を検討しておきましょう。ロマノフスキーが締め括り部屋を出る。


 ――さてイエメンに飛ぶとするか。アサドを置いていったからには、護衛に残せとのことだろう。エーンの覚えがめでたいからな。


 隣の部屋にいるサルミエ中尉に「イエメン行きを三人だ」と声を掛けておく。準備の間に首相公邸に電話を掛ける。使用人がすぐに替わってくれた。


「閣下、イーリヤです」


「元気にやっとるかね、健康第一じゃぞ」


 怪我は仕方ないが健康は努力で保てると、昔自身が発した言葉を聞かされてしまう。


「寿命を全うするまでは元気でいるつもりです。小耳に挟みましたが、前大統領の件です」


「うむ、君も聞いたか。昨今海外政策に乗り気なロシア大統領が、随分と手を伸ばしているらしい」


 クリミア騒ぎの後に辣腕ぶりを発揮していて、アメリカ大統領は手腕の程を疑問視される始末である。直接的に力こそ正義だとは言わないが、行動が物語っている。


「釈迦に説法になりますが、クーデターを起こそうとしたらあちらに有利な時を狙います。何卒ご注意を」


 手口を知り尽くしている相手なので困りものだ。敵対する勢力が国内にある、それらが連携するとかなり苦しいだろう。


「オルテガ中将は信用できても、その部下がどうかと言うわけかね」


 肯定も否定もしなかった。蓋をあけてみねばどちらに転ぶかわからない連中は多数存在する。むしろそちらの方が多いのではとすら思えた。


「フェルナンド大佐と言うのが対クァトロ連隊を率いていましたが、彼はきっと国に忠実でしょう」


 捕虜にした際に一度だけ会話を交わしたのを思い出す。紳士的で部下からも慕われていたようだ、と。


「会ってみることにしよう」


 心配を掛けてすまんな、とパストラは電話を切った。


 ――今日明日の懸念ではなさそうだが、いずれ一発勝負を仕掛けてくる可能性はあるな。一つ安全弁を設けておく必要がある。命さえあれば巻き返しは出来るのだから。

 総司令部に電話を入れる。担当下士官が出たので、ロドリゲス大尉に繋ぐように要請した。だが相手は命令のつもりで受諾し、速やかに大尉の居場所を捜索し数分で通信を繋いだ。


「ロドリゲス大尉ですが?」誰からの緊急連絡だろうと怪訝な調子で伺う。


「イーリヤだ。突然で悪いが一つ頼まれことをしてくれないか――」



 サナア空港からヘリに乗り換えてモカに入る。軽く息を吐いて思い出された過去を忘れる努力をした。隣でアサドが苦笑している。


「ボス、必要ならばいつでもエアタクシーになります」


 モネ大尉が風に慣れるためにどうせ飛ばすので、遠慮せずにと申告する。直接採用を決めてくれた人物だけに、好感の程も違った。


「そうさせてもらうよ。何か不都合はないかい」


 四十絡みのモネ大尉だが、今の今までこんな上司にあたったことがなかった。叶わない願いではあるが、軍で出会っていたらと思ってしまった。


「ありません」


 口を真横に結び、現状に満足していると言い切った。


「結構だ。よし、大佐のところへ行こう」


 モカに連絡所を設置したとハワードが言っていたが、恐らくは形だけのものだろう。殆んど全てを司令船で処理し、倉庫を一つ借りたらことたりるのだから。

 港にユニオンジャックを掲げた船が係留されていた。船籍をイギリスにしたので、船主や船長がどうあれイギリスが権利を主張出来る。見張り員が居たが黒い顔がちらほらと混ざっていた。


 波止場は治外法権でもあるのか、武装していた。英語でそれ以上接近するなと警告を受ける。


「警備担当重役イーリヤだ」


 名乗るが黒人兵は理解しなかったのか、動くなと留め立てする。職務に忠実なだけならばよいが、不理解ならば都合が悪い。


「R4社のイーリヤ准将閣下だ。ド=ラ=クロワ大佐を呼んでこい」


 サルミエ中尉が脇からそのように口を出す。すると黒人はあからさまな動揺を見せて引き下がり、体を小さくしてしまう。


「軍が強い国でははっきりとした階級を示すべきでしょう」


「納得の光景だな。生憎軍人が卑下される国では、それを隠したがるんだよ」


 自衛官は浮かばれないね、肩を竦めて船からド=ラ=クロワ大佐がやって来るのを待った。


「お待たせしました、閣下」


 敏感に状況を悟った大佐は、ボスではなく閣下と呼んで敬礼した。兵は緊張で身を硬直させている。気分一つで解雇どころか、処刑されてしまうような地域で生まれ育ってきたから尚更だ。


「野暮用を済ませてきた。暫くはこちらに居ることにするよ」


 とんだ野暮用だとサルミエが内心苦笑した。


「司令船にご案内致します」


 大佐が先導しようとするのを引き止め、島が兵に声を掛ける。


「勤務ご苦労。貴官らがきっちり働いてくれていると、俺からカガメ大統領に話しておくよ。これからも頼むぞ」


 冴えない顔をしていた奴等が、急に表情を輝かせた。機敏な動作で敬礼し、更に後には捧げ筒で応える。


 ――民族性だな、個人に悪気はなかろう。


 その場を離れてから「上の者が見ているとわかるだけで、かなり気の持ちようが違うものでね」経験談だよ、と笑みを漏らす。


「ボスの行動を参考にさせて頂きます」


 確かに士気が上がると認める。成功しても失敗しても、努力は評価してやろうと大佐は受け止めた。


 ――トンではピンと来ないが、千トン級でこの広さか。


 ド=ラ=クロワ大佐が概要を説明してくれた。全長七十メートル、幅は十メートル、乗員三十名で戦闘能力も有していると。


 ――四十ミリ、いや六十ミリ砲を搭載か。ロケットあたりでは構える暇も無しで撃退だな。


 司令部は中心部にあるが、操舵室は見晴らしがよい上部に置かれていた。


 船長を紹介すると階段を上って行く。急な角度なのはどの船でもさして変わりは無い。

 五十代になり白い髭を生やし、袖に四本線をつけた男が二人に気付いて敬礼する。


「紹介します。元フランス海軍クレスト大尉、船長です」


「船長のクレストです。退官してからまさかこんな良い船を任されるとは思いませんでした」


 港のクレーン作業員をアルバイトでやって、何とか食っていたそうだ。息子が大学生で、金が掛かるのを心配していたので、すぐさま承知してアルバイトを辞めてきたらしい。


「警備担当重役イーリヤ退役准将だ。俺は海の素人だから、二人に全て任せるよ。思うようにやってくれ」


 船に乗り込んで何をするわけでもない。逆に戦力として計算されても困りものだ。


「お任せ下さい。まずはスエズ運河までクルージングです」


 船団が運河に集まっているのでそれに合流する。後にマルカに向かい、積み替えをしてからイエメン東までの危険地帯を警備する計画が初仕事だ。そこから先はシンガポールあたりまでに、バラバラに目的地に向かう。


 司令部に場所を移す。こちらは船団全体の指揮を執るメンバーが利用する部屋だ。ウッディー中佐が資料を読み込んでいた。ストロー中佐は空路スエズに先行して下準備していると聞かされる。


「満足行く装備は揃ったかい」


 どんな品が手に入ったか詳細の資料はあったが、性能を数字にされても理解の範疇から外れていた。現場の反応から結果を探る方が遥かに正確な見通しが解る。


「高性能レーダーが一基入手出来ました。本船に搭載しています、これがあれば彼方の動きまで判明します」


「そうか。あとは反応した船が海賊かを識別する方法だな」


 近くで直視したらわかることもあるが、航空偵察や無線のやり取りで判断しなければならない。そこは船乗りの経験から導き出してもらう必要があった。


「高速船を向かわせて警戒させます。中佐を同乗させ、判断する形を」


 ――海賊ならばそれを無視して接近するだろうな。無線が壊れたとか言い訳もするだろう。いずれにしても海が荒れていたらどうにもならん。


「もし襲撃されたらだが、ルワンダ兵に攻撃させるんだ。最終的な責任は俺が取る」


 使用者責任は現場担当のイーリヤが引き受ける、そう明言した。ゴードンを巻き込むつもりはない。


「ご命令とあらば……」歯切れ悪く小さく答える「そうします」


 ド=ラ=クロワ大佐はルワンダ兵に攻撃させることが嫌なのでもなく、自身が責任を取るのが嫌な訳でもなかった。島に責任を押し付け自らは回避するのが納得いかなかったのだ。


 ――大佐に無理強いは出来ない。汚れ役は俺一人で充分だ、そのためにわざわざ座乗しているんだからな。


「ところでバスター大尉らですが、別口で就職しました。少なくとも納得して働いてくれています」


 職務外の雑談を持ち出す。大佐らが見付けてきた人材だけに、収まり先が見付かったことに安堵する。任務が違えば充分採用されるだけの素地があっただけに余計だ。


「ありがたいことです。皆がみな軍人として生きてきました、今更他の仕事をしろと言われても、四人に三人は不満足な現実でしょう」

 五人に四人かも知れない、と呟く。軍隊の常識は世間の非常識と程近い、経理や流通などでなければ、荒事を受け持つ面々には警備会社位しかないのだ。


「少しでも役立てば嬉しいです。仕事が無くなればまた話も変わってくるはずですが、自分の見立てではそう簡単には無くならないと断言できます」


 半面無くなったら最高だとも断言出来た。紅海の中ではそんなにも海賊被害はない。小型の警備が多いだけでなく、陸地に挟まれているので逃げづらいからだ。


「数日は自由な時間です。宜しければ小型船舶の操作でもお教え致しましょうか?」


 短艇を使って実践すると説明した。さわりだけでも知ってみたいと興味が湧いてきたので、にこやかに申し出を受けることにした。


「やってみたいと思っていたんです、どうぞご教授下さい」

「自分もお願いします」

 サルミエ中尉も割って入ってきた。意外なところで積極性を打ち出してきたなと年長者らが微笑した。


「無論構わんよ。そっちの君もついでに教わっていきたまえ」


 将校らの会話に混ざらないように黙っていたが、船を操作出来れば護衛も幅が広がると、アサドも元気よく返事をした。


「そうだ、若者は素直が一番だよ」


 ド=ラ=クロワ大佐は息子と同年代の彼らを、とても身近に感じるのであった。


 スエズ運河で二日待機の後に船団が出航した。大小合わせて四十隻で纏まり航行を始める。先頭にストロー中佐が指揮する分艦が二隻、最後尾にはウッディー中佐の分艦が二隻、民間船の先頭に大佐の司令船が位置どっていた。


「良い門出になることを信じているよ」


 居場所が無かったので操舵室に一席用意させて、景色を眺めながらの航海に臨む。タンカーの歩みに合わせるせいで十二ノット前後でゆっくり海面を滑る。


 ――あの揚陸艇は傑作だったんだな。あの高機動で戦車を運べたんだから。


 最新の軍用と比較しても仕方無いのだが、ついつい思い起こしてしまった。遅いとは言え二日で千キロも移動するのだから侮れない。

 全てではなく大きめの船にだけ将校一人と下士官数名が乗船している。機銃を持ち込み守備隊として切り込みを阻止する目的だ。


「大尉、この船にも守備隊は居る?」


 軍艦ならば艦長と呼ぶが。民間船だけに船長呼称である。どちらか迷った末に大尉と呼び掛けた。そのあたりの機微が海上のそれはピンと来ないのは、陸兵で通ってきたのだから仕方あるまい。


「予算のお陰で運行や機関と兼任可能な下士官が、守備隊として正規の人数居ります」


「兼任だが、よくあること?」


 専任でなければ緊急時に感覚のズレが生じたりして、不都合がないかを尋ねる。


「はい。艦内で起きることは限られた乗員で解決しなければなりません。一人が何役もこなすことで、より良い結果を出すことが期待されております」


 ――確かに増援を呼ぼうにも、彼方からやってくるまでに何日も掛かったりすることもある。


「一部の専門よりも多数の万能が命を永らえさせるわけか。凝り固まった頭のデスクワーク参謀に説教してやりたいよ」


 苦笑して答えられない大尉を解放してやり、景色を楽しむ。向かって右手がアフリカ大陸、左手がアラビア半島だ。


「エリトリアに従弟がいますが、エチオピアとの国境から離れて暮らしているので、随分と治安も回復したとか」


 アサド先任上級曹長が祖国を眺めて思い出した内容を口にする。比較が当時の国境付近なので、そこは修正して聞いておく。日本は世界一犯罪率や安全率が高く、二位の台湾ともかなり差があると報道されている。低く見積もっても行き過ぎはまず無いだろう。


「エリトリアでは海賊はしない?」


 近所で似たようなものではないかと疑問をぶつける。


「高原民族でして、慣習だけでなく標高面でも」

 ――そうか気圧の差があるから体がついていけない。サウジアラビアはそもそもが海賊する必要がない金滿国民か。ソマリアとイエメンが候補なわけだ、ジブチはフランスからの援助があり、小国故の安定があるな。


「人口問題は難しいが、キリスト教の産児制限がない以上は貧困といたちごっこだ。バチカンは教えを変えはしないだろうがね」


 島自身子供は居ないが、制限だと言われても従うつもりはない。幾人居ても可愛いものだろうと信じて疑わないが、それと政治や宗教を一緒に語るつもりもない。

 独り身の部下に言ったところで困り顔を返す以外はないが。それこそ少子高齢化の文化的生活が幸せと感じるか、多産で若年死だが自然と一体の生活が幸かはそれぞれである。


「意地の悪い言葉ばかりで済まんね。諸君らも解放する、自由に過ごしてくれ」

 俺がいたら休まらないだろうからと、操舵室からも退散し、部屋で大人しくしているよと去っていく島であった。


 紅海を南下してアフリカの角、プントランドの北東を右手に掠めて航行する。イエメンとの国境もこの先で公海になる。

 いよいよ危険地帯に突入とのこともあって、警備艦隊にも二十四時間警備が発令された。元より二十四時間ではあったが、休息時間以外も自室待機や単独勤務が禁止されたりと、臨戦態勢一歩手前の状態になった。


「ボス、異状あらばお呼び致しますが」


 司令部に詰めているド=ラ=クロワ大佐が、休んでいて良いと申し出る。先は長いので最初に飛ばしすぎるのも良くないのだろうが。


「大佐の判断の一端を見ておきたい、疲れたら休むとするよ」


 司令官が何を考えどう判断するか、それを知りたかった。大佐も承知してそれ以上は言わない。

 最高のレーダーを司令船に搭載しているので、最初に気付くとしたらここである。


「ところで、レーダーの有効範囲はどのくらいなんだろうか?」


 航空機搭載ので四百キロとか聞いたことがあったが、果たしてどのようなものか。


「百キロ少しです」ド=ラ=クロワ大佐は悪びれることなくサラッと述べた。


「たったそれだけ?」


 予想より遥かに短いことに驚いてしまう。だが意外な顔をされてしまった。


「海賊船相手なのでそこまでしか、空飛ぶ海賊船があるなら遥か先まで探知可能ですが」


 地球が丸いのでどこまでいってもそれが限界と答えた。だが言われて大いに納得する。


「そうだったな、水平線のことをすっかり忘れていた。高性能になると?」


「離れていても船のサイズがはっきりとわかりやすくなり、自動の速度計算や予測航行範囲が一瞬です」


 ――相手の規模がわかるのは重要だ。タンカーや豪華客船が海賊船なわけがないが、小型の高速船が沖で航行していたら要注意か。波もあるからそのあたりで性能が生かされるか。


「双方が直線で接近しても、一時間や二時間の猶予が得られるわけか」


 警戒するには充分な時間が与えられる。司令官として結果を出すリミットでもあった。


「はい。こちらが護衛つきだと解って引き下がれば良いですが、切羽詰まればどうでてくるか」


 正常な精神を保っているやつが全てとは到底思えません。大佐の言葉には含蓄があった。


 モガディッシュ沖合い、マルカまで一日か二日あれば到着する場所で俄に天候が荒れた。航行に支障は無いと告げられるが、気分の良いものではない。大人しく椅子に座っていると、数隻が船団に近付いて来るではないか。


「操舵室より司令部。沖百キロ地点に六隻あり」

「司令部、了解」


 地図を見る限りはそこを通ると最短距離な島があるわけではない。漁場かも知れないが、荒れた日にわざわざ出航したとは考えづらい。


 ――ド=ラ=クロワ大佐のお手並み拝見だ。


 司令部にスタッフが召集され、分艦とも通信が開かれた。各船の守備隊にはまだ何も知らせていない。軍議よろしく大佐は何も発言せずに、スタッフが議論を尽くす。


「規模は二十人乗程度が一、五人乗程度が五」

「こちらに直進してきます」

「あの海域も荒れていて、漁は困難なはず」

「モガディッシュ港に情報が無いかを確認中」

「高速船を一隻哨戒に向かわせました」

「ヘリは離艦困難」

「将校待機発令」


 瞬く間に手配がなされて、どうするかを警備司令官に問う。取り止めるも執行するも大佐の一存である。


「無線での呼び掛けは」

「英語、フランス語、ソマリ語、アラビア語で呼び掛けましたが応答ありません」


 言葉が解らない人種のみが乗船しているとは考えづらい地域である。それが外国人ならば小型船なのが説明つかない。


「救難信号は」

「ありません」


 無線が故障している可能性は否定出来ない。方向を見失い、固まって移動しているならば助ける必要がある。


「モガディッシュ港からの該当は」

「調査中です。返答は確約しましたが、時間は当てになりません」


 仮に真面目に調査したとしても、偶然でもなければ簡単には見付からないと考えておかねば、何せ自分達が痛い目を見るだろう。


「ストロー中佐、二隻で接近し救助の要あらばこれを救え。ただし火砲の射程内には入るな」

「了解、二隻で向かいます」


「ウッディー中佐、前衛に移動し海賊船対策を行え」

「了解です」


「何か起こるにしても一時間ある、現在の職務担当を交替で休ませておけ。守備隊にはまだ何も知らせなくて良い」


 ――疲労度の分散化か。移動に時間がかかるから、前衛に出るのも事前の指示が必要か。陸とはやはり違うな。


 レーダー上でストロー分艦隊と六隻が接近する。光学望遠鏡の画像を見て中佐はそれが海賊船だと断定した。武装を施していたからだ。


「海賊へ警告する。こちらはイギリス船籍の海上警備船だ、機関を停止して速やかに投降せよ」


 通信で警告を入れて、空に向けて威嚇射撃を行う。するとどうだろうか、あっさり船首を陸に向けて逃げ去ってしまった。


「ストロー警備司令補、司令部。不審船は海域を反転しました」

「司令部、分艦隊。船団に帰還せよ」


 拍子抜けするような結果に肩透かしを喰らった気分になる。事なきを得たのは幸いと、待機命令を解除した。


「航海日誌に書く内容が一つ、といったところですか」


 ド=ラ=クロワ大佐は護衛が役立ち一安心する。結果だけでなくスタッフがきっちり自身で判断し働けたことに。


「時には立ち向かってくる奴等も居る。事前に戦闘部隊がいると教えてやるのは有効らしいな」


 抑止力と言われる効果である。この場で宣伝を港で大々的に行おうと方針が決められた。


「護衛が居る船団を避けて海賊行為をするわけですか」


 各国海軍の艦隊と、護衛とでは役割が全く違った。その意味では積極的に居場所を宣伝するのは、思考の範疇から外れていた。


「戦争の隠密行動が身に染み付いていると、簡単なことを見逃してしまうからな」


 ――チュニジアでの人探しでもそうだが、もっと客観的に視点を持たねばならんな。


「明日の昼にはマルカ港に到着します。出港はそれから四日後、上陸を許可しますのでボスも地面を懐かしんできて下さい」


 一般人にとって永らく船の上は、体調がおかしくなって当然と言ってくれた。確かにたかが数日でも陸が恋しかった。


「ちょっと散歩がてら挨拶回りしてくるとするよ」


 任せて構わないとは言われたが、最初位は仕事を完遂するまで視ていようと考えていた。


 ――シャティガドゥドにも会っておくか、現地の法人も見てくるとしよう。


「ボス、上陸時は常時警護させていただきます」


 アサド先任上級曹長が規定の発言をした。エーン大尉ならばこうするだろうことを、彼もきっちり踏襲している。


「ああ、宜しく頼むよ。その代わり上陸までは好きに過ごしてくれ」


 大型船が入港し係留するまで小一時間は掛かると聞かされ、司令船を先に陸付させた。同時にやってはいるが、警備艦は湾の入口で最後まで警戒している。


「俺はラ=マルカに泊まってるよ」


 緊急ならば電話で呼び出すように言い残して船を降りた。さてまずは何からやろうかと考え、ビールを引っ掛けようと歩き出す。


「サルミエ中尉、組合事務所の場所を聞いておいてくれ」


「スィン」


 スイス銀行のカルテルが現地に置いている法人、そこの事務所である。一等地に構えているだろうことは、想像にかたくない。


「ビア!」


 アサドが片手をあげてウェイターに注文する。つまみを二点適当に出すように追加した。


 ――相変わらず様々な顔が見えるな。色んな国からやってきている、それにプラスで船乗りもだ。


 軍服の見本が簡単に十種類は揃うだろう。一方で島はワイシャツにスラックス、サルミエもアサドも似たようなものである。先にあった酒場だけに古臭いが、味は現地色が薄く万人受けしそうな仕上がりになっている。その点で後発組は癖が強くなってしまう。

「場所を確認しました、ホテルの手配も済ませています。あちらも手配しましょうか?」


 サルミエが先を読んで尋ねてくる。


「あちらとは」


「シャティガドゥド委員長との会談です」


 ――言うようになったものだ。


「そうしてくれ。ビール一杯傾けてからでも遅くはあるまい」


 水滴が滴っているのを指差して、一息つくように勧める。来てからすぐで何もしていないのにまず休憩もないが、急いでも別段変わらないだろうと口に運んだ。


「ボス、サイトティ治安担当大臣に航空支援の話、確認しておいてはいかがでしょうか」


 警備が始まってから連絡をしていなかった。最初の連絡が緊急出動要請では確かに今一つだと認める。


「そうだな、連絡しておこう。他には何かあるか」島が中尉の思考回路を確かめようと、引き出しにかかる。


「ラ=マルカのニカラグア兵の視察、ランデイア大使に報告、場所柄ハーキー中佐にも活動を耳打ちしては?」


 ――大分先回りをするようになったな。こいつは案外伸びるぞ。


「なるほど、もう一声何かと言われたらどうだ」



 暫し真剣な顔で考え込む。アサドは無表情で辺りを窺っている。


「蛇足じみていますが、ジョンソン少将のところに寄ってみては?」


 ――近くにきて素通りするわけにもいかんな。


「結構だ。スケジュールは任せるよ」


 輝く笑顔とはこれだろう、全てを認めてもらいサルミエ中尉はビールを飲み下すと席を立った。短期間で驚きの適応を見せた、部隊を率いるよりも遥かに話が見えている。


 ――後方勤務担当にも適性に種類があるらしいな。奴は足りないのを補うと言うよりは、歩調を合わせるタイプか。マリーあたりは野戦司令官が終着点だろうが、こいつはより視野が広い職務をこなすようになるぞ。


「多くの軍人は」突然アサドが脈絡もなく切り出す「佐官以下で生涯を終えます」


「大佐から准将へは僅か三%程度らしいな、アメリカあたりは」


 記憶の片隅にあった数字を引き合いに出してみる。


「我々にとってボスは希望であり、多くの理由です。なんびとも代わりにはなりません」


「俺にとってもお前たちの代わりは居ないさ。孫を抱くまでくたばるなよ」


 ジョッキを掲げて二人は乾杯した。


 ホテルでニカラグア兵の働きを見て、オズワルトに称賛を伝えるのを約束してやる。各所に電話で連絡をとり、シャティガドゥドとも顔を合わせた。順調な、とても順調な経過と言えた。

 翌日午後には迎えの多目的ヘリが広場にやってきた。ドアを開けると懐かしい顔が目に入る。


「閣下、お迎えに参りました。ピザ屋ですよ」


 日焼けした顔の男が笑みを溢す。アメリカの好青年とは彼だろう。


「アンダーソン大尉か!」


 襟に三ツ星を輝かせていた。彼もまたリベラ同様にジョンソンとセットで運用されているようだ。


「覚えていて貰えて嬉しいです。どうぞお乗りください、何なら曲芸飛行の一つでもさせますが」


 パイロットが白い歯を見せて親指を立てている。頼めばやりかねない。


「そいつは敵を驚かせるまでとっておけ」


 三名様ご案内と搭乗を勧める。性格は変わらないらしい。一時間程度空の旅を過ごし、大型艦のヘリポートに着地する。当然だが民間船が束になって掛かったところでびくともしない威容がある。


 ――こんなのが居るとわかれば海賊船は悲鳴をあげて逃げ出す。しかもこいつが高速だから凄い。


「おう、来たか」


 司令官室で首を長くして待っていたジョンソン少将が声を上げる。隣にはリベラ中佐も居た。


「ノコノコとやって参りました」


 ――リベラも大佐に昇進していておかしくないが、何かあったものかね。


 まあそこに座れと言われ、クッションが効いた長椅子に腰を下ろす。機先を制してジョンソンが一言。


「そろそろ中佐が頂点で結果を示せとのお達しだよ、勲章でストップだ」


 ――なるほどな、アンダーソン大尉もその口か。


「中佐もカンザスで過ごしてこいと言うわけだ。一つ功績か、アフガンから撤収してるわけだからイラクあたりで挑戦だな」


 軍事顧問団の一員で参謀勤務、暫し勤めたら指揮幕僚大学への入校指示が検討される。後は本人の努力と才能次第というわけだ。


「自分はこのままでも構わないんですが、やってみろとの仰せ付けでして」


 リベラがジョンソンを見る。慣れ親しんだ幕僚を手放すのは、ひとえに中佐の未来のためである。それを理解している彼だからこそ、上官に負担をかけまいとする。絆と表せるだろうか。


「一年とせずにここの司令官を交替する予定だ」


 予定では半年で替わることになると残り期間を示唆する。固定の基地司令官とは違い、この手の勤務はあまり長期にならない。家庭があるからだそうだ。


「次の行き先は決まっているのですか?」


「さあな。月に行けとは言わんだろうが、どんな辺境に行かされるやら」


 アンデス山脈で芋でも観察してこいと言われたとしても、組織に属している限りは辞令を拒否は出来ないものだ。


「目的地を申請してみては?」


「なに。……敢えて難所を志願したら、恩着せがましくも承認なわけか」


 どうせ転任させられるならば、好きな地獄を自ら選ぶのも乙な趣だと自嘲する。人事権に精一杯の抵抗をしてもこのあたりが関の山だ。


「自分は今、手勢を自由に派遣できる状態にあります。閣下の手助けをしたく思います」


 今日に至るまで多大な借りを作ってきた、それに少しでも報いることが出来たならと漏らす。


「他人の、それも外部の手助けを折り込みで作戦など出来るか! 気を揉むな、どうしても必要な時には辞表片手に連絡する」


「閣下、出過ぎた真似をして、申し訳御座いません」


 その場で頭を下げて謝罪する。ジョンソンとて怒っているわけではないが、それが示しをつけると言うことだ。


「実際のところ何もかもが不足することもあろう。だが、それは知恵で補うものだ。閃きは偶然かも知れんが、それを実践するのは知識と経験が土台になる」


 ――耳が痛いな。苦境に陥ってようやく気付く前に、忠告を真摯に受け止めるべきだ。


「常に考えろと言われておりました。より以上の努力をしたく思います」


 ――来て良かった。俺もこう在りたい。


「話はこれくらいにして、バドでもやろう」


 アンダーソン大尉が冷えたビールを抱えてきて、机に纏めて林立させる。本国からの補給に必ずあるという缶が、最高の味を醸し出していた。


「先日結婚しました、妻はただ今行方不明ですが、元気にやっているでしょう」


 ルワンダで別れてから暫く音信不通なのに触れる。危険があっても自力で回避するだろうし、無理なら一報位はすると信じていた。


「聞くところによると、オチョアの娘だとか。お前も存外物好きだ」


 おめでとうと祝福してくれる。遅くはなるが何か品を贈ると話になり、自宅を尋ねられたが答えられなかった。


「うーん、住所不定だったとは。自身で気付かないとは重症ですね」


 ――司令部やホテル、艦艇に基地の宿舎、仮宿で暮らしてきてばかりだ。ベトナムのは短い間だが自宅と言えるのか?


「よし決めた、俺からの結婚祝いは家だ。腰を落ち着けたい場所が決まったら教えろ、ナイスなマイホームを建ててやる」


「そんな、とても頂けません」


 貰っても困るのはギャラリーも共感していた、高価なだけでなく様々な理由が簡単に浮かんでくる。手荷物二つだけで十年以上生きてきたのだから、不似合いにも程がある。


「閣下」リベラが小声で注意を促し、首を横に振っていた。


「そうか、ならば違うものにするか。コニャックでも贈ろう、近くの米軍基地に気付けでな。どこが良い?」


「米軍基地がありませんので、エドサ・シャングリラ・マニラホテルならば」


 昔ならば海軍も空軍も基地を持っていたが、現在は租借を返還してしまっている。


 そうしようとメモをとっておく。何故マニラなのかは触れずに。

 旧交を暖めたところでマルカに帰還する。ご丁寧にまたヘリで送ってくれた、手土産までつけて。ビールケースを小脇に抱えたアサドが微笑している。


 ラ=マルカに宿泊して三日目、地上ともあと一日でお別れになる。作業がどうなっているか港をフラフラして眺めた。港湾労働者が集まってきていて、クレーンが足りないのを補っていた。


「活気があって良いな」


 労働者は現地人が全てであるが、見物しているのは様々な人種がいた。出港までの暇潰しなのだろう、島らも他人のことは言えない。当然会話もバラエティに富んだ言語が行き交っている。

 アルコールが入り暇があるとろくなことが起きないのは、世界共通のことなのだろう。ぶつかったとか何とか言って殴りあいが始まった。


「喧嘩騒ぎですか、素手なら余興の一つですね」アサドは武器を持ち出さなければ問題ないと見ているようだ。


 ――警官がやってきて酔いが醒めるまで座らせておく位だな。確かになんら問題ない、よくある風景の一つだ。


 自由区域で入港する船に対して臨検が行われていない。つまりは何でも持ち込み自由と解釈しても違いはない。やられた側の男が限界を越えたのか、腰から拳銃を抜いて相手に向けようとする。


「パラ! パラール!」


 褐色の肌をした男が割り込んできて拳銃を叩き落とした。やりすぎを差し止める。


 ――ポルトガル語。あれはブラジル人じゃないか?


 希望峰回りでブラジルに渡る船も有る、スエズを通る方が早いし安全であるが。暫し仲裁を見ていると、人混みに何となく見た顔があった気がした。歩みより確認しようとすると、アサドも付いてくる。

 二人のブラジル人が冴えない英語で白人らを注意している。半ば恫喝に近いが態度を見る限りでは、覚えた単語が乱暴なだけだろう。


 ――はてあいつはどこかで見たな。……あ! レティアの護衛じゃなかったか?


 喧嘩を収めた二人が島の視線に気付いて寄ってくる。友好的とは言い難い。


「何か気になることでもあっか?」


 荒れた口調ではあるが、地廻りみたいなことをしているのではと感じた。


「いやあ君らが何をしているのか興味があってね。ブラジル人が何故?」


 ストレートに質問する。回りくどいことはしない、しても仕方無い人種なのだと解釈して。


「ショバを荒らされないように仕事だよ!」


 ――ショバねぇ。


「おいお前らどうした」


 島が観察していた男がやってくると、「兄貴」と早口のポルトガル語で報告する。だが島がそれを待たずして話し掛けた。


「ジョビンじゃないか、何しているんだこんなところで」


「イ、イーリヤさん!」


 名前を呼ばれて目が真ん丸に見開かれる。


「兄貴、なんすかこいつは」

「馬鹿野郎! ボスの男だ!」

「えっ、ボスは男色だったんで?」

「違う、ドン=プロフェソーラのだ!」


 飛び上がらんばかりに心臓がはねたようで、物凄い早口で謝罪するものだから聞き取れない。


「それは気にするな。で、質問の答えがないが」


 コンゴについてきた護衛、ゴメスの手下だったうちの一人である。イグアスでソマリア行きを告げられたボスの補佐をすべく、ゴメスからの指名を頂いていた。


 ジョビンが組織のことをドンの恋人だからと漏らして良いものか迷った。


 ――何か困惑気味だな、話題を変えてやるか。


「レティアは近くにいるのか? ルワンダで別行動してから音沙汰なしでね」


 新婚夫婦とは思えんね、などと近況を語る。するとジョビンが口を開いた。


「ドン・イーリヤ。ボス――オリヴィエラに従いマルカに勢力を張っています」


 口調も滑らかに申告する。プロフェソーラの夫ならばエスコーラのファミリーであり、自身より上の立場だと認めたのだ。レティシア在る限り彼女の次の地位になるだろうが。


「と言うことはレティアは居ないか。わかった、邪魔して悪かったな。困ったらラ=マルカにニカラグア兵が居るから頼るんだ、荒事には向かんがね」


 ――この分だとコンゴにも派遣してたりするかも知らんな。国際マフィアか、一代限りならばやってやれないこともないか。


 空振りしたが不機嫌になるでもなく、去っていく。ジョビンはボスに報告するときに何と表現したら良いか、暫く迷うのであった。


 積み替えをして大型船に纏め、マルカからシンガポールを目指す航路に出る。途中途中で海軍艦隊が居ると聞けば近くを通りすがり、無線で挨拶を交わして行く。この積み重ねがいざというときに力を発揮する。

 ソマリアからイエメン東側を抜けて、アラビア海インドへ向かうあたりで契約が完了した。無事に危険地帯で事なきを得たのは、初回任務だった意味合いからも大満足で終わる。


「成功するときには呆気なくことが進むものです。最悪を想定し勤務するよう、一層の注意を命じます」


 ド=ラ=クロワ大佐らしい発言に島が頷く。実際は長期間の集中など無理であるが、要所を押さえておけば大事には至らない。


「警備担当重役として現場の実務視察を終了する。警備司令官が居たら安心して全てを任せられるのがわかった」


 これからも宜しく頼む。がっちりと握手を交わして、モカ港を出る。エアタクシーを呼び出しサナア空港まで送ってもらうことにした。


「ボス、次はどちらに?」サルミエ中尉が確認する。


「君ならどうする?」

「レバノンに行きます」

「ではそうしよう」

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