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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第六十五章 RapidityRepelRelentlessRcciprocation、第六十六章 潜入アフガニスタン、第六十七章 ターリバーンの襲撃

 レティシアの側から親族が一人も出席出来ないため、式はこじんまりと行われた。甥がようやく身を固めたかと思って来てみれば、何と外国人、しかも天涯孤独というではないか。何時もは口うるさい叔母も、今回ばかりは珍しく島を誉めた。


「こんな歳にまでなって、独り身で定職にもつかずにぶらぶらして、ろくでもないと思っていたら、一つだけでも良いことをしたわね。彼女を確りと幸せにしてやりなさい」


 特に反論することもせずに、曖昧な感じに終始して時間を過ごす。斎藤から花と祝電が贈られたが、肩書だけは遠慮してもらった。形式だけ教会で宣誓となり、島はタキシード姿である。


 ――三度目になるが、この直後を注意せねば!


 スラヤの事件が尾を引いている。口には出さないがこれを境に、より一層の警戒を一緒に誓った。無事に全てをこなし、平穏な日々を満喫しようとしたところで連絡が入った。シュタッフガルド支配人が、例の海事民間軍事会社の初回株主総会を開催すると。場所はロンドン、世界的な信用を得るためには適切な本拠地だろう。


 ロンドン、相変わらずの視界不良な街である。ヒースロー空港からまずロンドン銀行に向かった。そこの私書箱に必要な書類が揃っていると、支配人に聞かされている。店舗責任者の立合で開けてもらい、株主総会出席の権利書を手にいれる。


 ――さて何が飛び出してくるかな!


 ホテル・ロイヤルにチェックインして日時を再確認した。


「今でこそ良くなったが、やはりイギリスでは食事を期待しすぎない方が良さそうだ」


「ふん、まあ、そうだね」


 何か言い返してやろうとしたが、特に違った感想を抱けなかったので、窓から外を眺める。古式縁のある街並みは一部で、発展した都市を主に感じた。彼女にしてみれば、今一つ陰気な街に見える。


「ウイスキーだけは裏切らない」


 それについてはレジオンでも定説だった。アルコールに限れば、並か上等以外は無いと断言できる。火がつく位にきついものでもだ。


「もう一つある」


 それは? 島が興味本意で合いの手を入れる。


「ローストビーフだ!」


 牛肉を焼いただけ。素材次第と言えば確かにそれもそうだと頷いた。


 ビッグベン近くのビルの三階、そこで初回の株主総会が開催された。とはいえ出席者は七名しか居ない。


 ――俺が二番目に出資が多いらしいな。といっても下の五人は五パーセント前後だけだ、差があるぞ。


 横並びでは上手くいくものもいかないのだろう、支配人の匙加減を信じて臨む他ない。


「皆さんお集まりいただきありがとうございます。仮に私が進行を務めさせて宜しいでしょうか? トーマス・ゴードンです」


 誰がやっても構わない中で、筆頭株主が立候補したのだから異存なかった。小さく、だがはっきりと承認されてゆく。代理人参加もあるようだが、それも納得出来る。金は出すが口を出さず、配当だけ期待するのは悪くない。


「では司会をさせていただきます。まず大まかな目的ですが、海上警備により利益を上げていく、これを目的としております」


 業種を限定して、その専門家を揃えて運営するべきだと述べる。そして紛争に対するものではなく、商船を対象に絞って経営する方向にしたいと言う。商船には各国政府の積み荷も含まれるのを補足した。


 下地があったのだろう、この時点では質問が出ることなく先を促す。


「さて、そのような企業目的を有するのを頭に、経営陣を決めたいと考えます。取締役は三名を選出したいのですが、異論は御座いますか」


 ――三人か。俺のところは一人だな。六人以上ならば二人入るかどうかだ。


 持ち株が少ない連中で一人出すことになり、指名権の割当てが決まる。島が手をあげて発言を求める。


「私は自身を指名します。ですが経営に関しては素人なので、現場の判断を担当したいと考えます」


 いち早く意思を示す。他の者は少し意外だったのか、経営権限が少なくて本当に構わないのか確認してきた。


「イーリヤさんは、それだけの投資をして経営には乗り気でない?」


「そちらは専門家に。私は海事民間軍事といった形に関心がありまして。単純な話、現場が成功しないと全てが悪循環です」


 無論逆もそうではあるが、経営と現場、どちらかに偏るのがいけないと考えを語る。


「バランス感覚は必要でしょう。イーリヤさんがそれを望むならば、私は賛成させていただきます」

 ゴードンが認めたため、それで決してしまう。


 もう一人は、少数株主で唯一代理を送ってこなかった、アメリカ人のジャック・ハワードが指名された。彼も経営陣に名を列ねることになる。

 中央集権型の組織にすべきだと、この下には事務や現場のトップ集団を直下に置いて、諮問会議などの機関を省くことにした。誰の責任かが明確で、迅速な対応が可能になる。


「RapidityRepel――素早い撃退なんて社名はどうだろうか」


 ゴードンが警備会社の名称に言及する。親会社――R2社の名前にあやかってのことだろう。彼に資金提供しているのが、そこなのだ。


「そいつにRelentlessRcciprocation――容赦無い仕返しあたりを付け加えたりは?」


「そいつは怖いな!」


 撃退だけではなく、その後にきっちり仕返しまでするとは、面倒な相手だと受け止めてくれたら万々歳だ。

 株主らも皆反対しない。合意を得てRapidityRepelRelentlessRcciprocation、通称R4に決定された。本社はロンドン。それ以外については、三人の取締役が改めて集まり決めることにした。代表権限はゴードンのみが保持し、島は言葉通りに現場に傾注することになる。


 翌日、レストラン・クイーンエリザベスに三人が集まった。あちこちに似た名前があるが、女王の人気を端的に物語っている。

 ゴードンはイングランド人、つまりはイギリス人で、島のイメージからあまり離れていない立ち振舞いが多く見られた。ハワードは典型的なアメリカ人とはやや違い、慎重な態度が窺える。


 ――となると俺が強気に出なければ、一事が万事弱気な結論になりかねんな!


「私としてはロイヤルネイビーの除隊者から、基幹メンバーを揃えたいと考えている」


 海軍経験者の層の厚さだけでなく、将校としての資質も高いだろうから、島もハワードも異存なかった。


「ですが複数の高級将校を指揮官に雇用すべきとも」


 これについてもやはり同意が得られた。ハワードとしては当然アメリカ海軍を想定しているだろう。


「イーリヤさんはどう考えて?」


「派閥争いになってはいけません。下級将校は別として、高級将校については、原則単一国籍に偏らない配慮が必要でしょう」


 これは経営陣にも言えることだと、既にアメリカとイギリスに票が一つあることを指摘する。


「それはあるな。イーリヤさんはニカラグア、重複は無さそうだ」


 人口比率的にだがね、と能力面ではないことを、はっきりと言葉にしておく。まだ互いのことを深く知らないだけに、余計な衝突を避けた。


「ですが指揮官の頭数は絶対に必要になります。人脈の意味からも、お二人からそれぞれ推薦いただきたい」


 利益の代弁者にならないように、参謀として加わるべきだとも指摘する。


「するとイーリヤさんはどこから?」


 ニカラグア海軍からだとしたら承知できないのは、島も同様である。


「イギリス、アメリカ、ロシア、フランス、中国。この中からならフランスを取りたいですね」


 微笑を浮かべて常任理事国を並べ、選択の理由らしい理由を作る。世界は繋がっている。こじつけであったとしても、納得しても良いと思わせるような響きはあった。


「それぞれが一人ずつ推薦して、指揮官については集めさせれば良いな」


 ゴードンがそのようにまとめたため、二人が賛意を示す。話し合わなければならないことは、まだまだ山のようにあるのだ。

「本社はロンドンでも、兵員の所在は別にあるのが望ましいだろう」


 イギリス周辺で武装して訓練を施すなど、治安面でも懸念がもたれるが、なにより滞在費用でものすごい圧迫を受けてしまうのが目に見えている。地中海でもその目は厳しい。ゴードンは二人にどの程度の意識があるかを探りにきた。


 ――フィリピンについては時期尚早だ。あちらは対テロリスト用の基地を完成させてからにせねば。となると多少の融通が利いて、現場から程近いのが条件だ。


「イエメンはどうでしょう。外貨で以って無理を通せる場面がありそうですが」


 島は因縁がある国を選んだ。少なくとも首相クラスでもやり方次第で動かせるのは、グロックが証明している。


「イエメンか……ハワードさんはどうでしょうか」


「固定維持費が少ない面では賛成です。船舶自体は動く不動産なので、最悪でも陸上拠点を捨てるだけでやり直しが出来ますので」


 当局の差し押さえや、不都合が生じた際の撤収などを考えているようだ。不測の事態というやつだろう。そうなったら、乗組員は現地で集めるわけにはいかなそうだが。


「イエメン政府なら」幾つかのルートを持っているようで、自信ありげに「交渉を行えるだろう。ソコトラ島というわけにはいかんだろうがね」


 インド洋西端に浮かぶ、もうひとつのガラパゴス島と注目を集めた場所は、このイエメン領であった。ソマリアとイエメンからの首都から等距離付近にあり、航路の外側といった使い道の大きそうなところでもある。

 世界遺産なのを初めとして、立地以外は不都合がむしろ多すぎた。


「我々の活動を押してくれる組織は?」


 この手の商売は、誰がスポンサーになるかでかなり左右されてしまうだろうことから、島は代表に質問をそのままぶつける。


「国際海事機関。これを通して各団体から幅広く資金を調達することになるだろう」


 国連の海事専門機関をあげる。航行時の国際ルールなどを提言している機構で、もしそれが成立するなら収入面では安定する。反面、無茶な行動は即座に世界からの非難を受けてしまう可能性がある。


「各船団からの護衛警戒料金による契約では?」

「額が細かい上に、一定しないが?」

「世界の海軍派遣艦隊らの警備行動に埋没するよりは、そう考えますが」


 渋い顔でゴードンが唸る。普通の思考能力があれば、最新鋭の軍艦らと比べられて勝てるわけもないのだから。


「背景を後回しににして、どのような護衛を行うかを先に策定しては?」

 ハワードがそちらの面を決めてから結論をと薦める。どうやら彼の能力はこのあたりにあるようだ。後方支援のスタッフとしての適正がある。


「そうしよう。我々は軍隊と交戦するわけではない。一部の不埒者を追い払うだけの能力を保持すべきだ」


 海の不埒者。海賊以外になにがいるかと言えば、領海と公言して迫る各国正規海軍である。後者とは争わないとするならば、求められるスペックが限られてくる。


「高速巡視艇の索敵集団と、司令船、海上戦力としてはこのあたりがあれば?」


「地上の広域レーダー基地、それと偵察航空機も必要でしょう」


 島がソマリア海賊と対峙したときの話を元に、航空機の必要性を訴える。


「司令船としては千トン級のを一隻、警戒には二百トン級の指揮船と百トン級の巡視船を想定している。長距離飛行可能な汎用ヘリコプターも二機は用意したい」


 海上給油の都合からも司令船は必要である。それにしたって一体幾らかかるのか、想像する金額と桁が一つ二つ違うのは覚悟しなければなるまい。


「艦船に人員で初年度四千五百万ポンド、航空機で三千五百万ポンド、基地その他で合計して一億ポンドはかかるでしょう」

 日本円にして百七十億円が経費というではないか。それは一部をリースにしたとしても、簡単に減らせるものではない。何せ人件費には給与のみしか計上されておらず、負傷手当や死亡保障を計上すると眩暈を起こす額になる。


「タンカー一件の保険支払いが回避出来るなら、その位はだすはずだ。ロイズも後援するだろう」


 超大手の保険会社ロイズはロンドンに会社がある。そのあたりも含めて、民間船団の護衛を主軸にした個別契約を目的とすることにする。そもそもがソマリアの海域では、この手の保険料率がとんでもない倍率で激増している。百倍の掛け金では保険が掛けられなくなっているそうだ。


 ――そういうものなのか。やはりこの男を代表に据えて良かった、俺では能力不足極まる。


「そうなると、顧客を見つける必要が出てくるわけだが」


 機関相手にしようとしていたせいか、船団との直接契約に不安を持ったようだ。ゴードンはどうやらその手の伝は弱いらしい。


「民間に限らず、船団を組んでいる者を対象にすればいいのならば、幾つか心当たりが」


 勝手は違うがおよそそのあたりだろうと、あたりをつけて発言する。島は穿った見方を決め込み、客の一団を想像した。


「具体的には?」


 重要な部分だけにゴードンが尋ねる。信頼を得るまでには、いま少し時間がかかりそうな雰囲気だ。


「スエズ運河を通って、地中海からインド洋に向かう船団。一部がソマリアのマルカ港に向かいます。その船主に対象を絞っては?」


 昨今始まった自由区域に乗り込む船主達である、ハイリスクハイリターンを承知であろう。そうなれば膨大な保険料を払えずに、護衛を選択することも考えられると。


「なるほど、保険を掛けられない程に値上がりしているから、そこを狙うわけか。港でも無保険の船を受け入れ難いだろうし、その手はあるな」


「イーリヤさんの案、悪くありませんね。ですが無保険者ではロイズの後援は受けられません」


 ハワードに指摘されて熱が冷めてしまう。確かにその通りで、本末転倒というか、矛盾が生じてしまうのだ。


 ――おっとそいつは参った。保険が割高なのは危険だからだ、そこを俺たちが負担するのはどうなのか。


「船団をまとめて」一つずつ考えながら「我々もその一部とし、こちらでロイズの保険に加入」出来るかどうかはさて置いて「護衛をつけるので割り引きを受けるようして、保険加入の促進と、安全性の向上を国際海事機関にも訴え」儲けを捻出するための一案を差し込むように「船舶の補助金や、派遣艦隊の支援を取り付けてみては?」


 無保険での混乱や、経済の乱れを抑えるための公共活動を、民間で行い承認と協力を求める。特定の国が行えず、さりとて誰もしないならば商売にもなるだろうと。


「その発想はなかった! かなり込み入った交渉を必要とするが、モデルケースとして成功すればこれ以上ない展望だ」


 民間軍事会社のイメージは低いが、それも多少は改善するだろうと、R2社の了解も得やすいと方針に期待を寄せる。


「では私は連絡所の開設準備や、契約関連を担当しましょう」


 ハワードが自らの役割の固定に入る。交渉は当然ゴードンが受け持ち、島も実務者らの組織を受け持った。


「後日、推薦者を顔合わせさせる。イーリヤさんは連絡の二日後にはロンドンに滞在していて貰いたい」


「承知しました」


 込み入った会議は終了し、ようやく料理が並べられた。だが主役はウイスキーであるのは言うまでもない。


「マッカランの十五年ものだ。私はこれが好きでね」


 香る果実の風味が抜群で、ここまで芳醇な物は初めて口にした。


 ――なるほどこいつは絶品だ!


「R4社の未来を祝して、乾杯」ハワードがご機嫌でグラスを掲げる。二人もそれを受けて「乾杯」する。未知の分野に踏み入れることになった。何事も経験だと怖気づくことはないが、他人の足を引っ張らないように注意を払わなければと、気を引き締める。

 だが自身の指名をどうするか、実はまだ全く決まっていなかった。


 ――なんとかするさ! やると決めたからには躊躇しないと決めたからな。


 ふさぎこんでも仕方がないとき、彼は常に前向きに生きてきた。これからもそれを変えるつもりは無かった。


 早速島は自身の推薦者を獲ようとパリに乗り込む。レティシアも上機嫌だ。それもそのはず、レストラン・ル=グランジェで予約を取ってあったからだ。これは島も楽しみにしている。


 ――全ての始まりだな。十数年前に来たときに、俺の人生は大きく変わった。


「そう言えば俺は、パリ支部の退役軍人会に登録していたはずだ」


 未だに名前があるかはわからなかったが、そんなことがあったのを思い出した。


「行ってみればわかるさ、違うかい」


「違わんね」


 どうなっているのか、誘いを受けた酒場に向かう。改装するわけでもなく、その店はそのまま営業されていた。カウンターに陣取りビールを注文する。店内を見渡すと、やはり退役してから雑談目当てで飲みに来ている者が、大半を占めていた。

 一人の中年と目があった為に、ビールを両手にテーブルに移動した。


「やあ調子はいいかい。退役軍人名簿を扱っていた奴を探しているんだが」


 二人に一杯ずつビールを差し出して尋ねる。パリ支部とやらを訪れても構いはしないが、どうせここにちょくちょく現れるだろうと話し掛けたのだ。


「あれなら毎晩やってくるさ、それが趣味だからな」

「いやいや、仕事と言ってやれよ」


 茶化して笑いをとる。どうやら放っておいてもあちらからやってくるらしい。


「名前はわかるかな?」


「サンジェルマン退役曹長だよ。騙されちゃいかんぞ兄ちゃん。奴は仲介屋に味を占めたらしいからな」


 奢りに気をよくして忠告を与えてくれた。


「仲介屋とは?」


「あれだよ、依頼を丸投げして利益を抜くってわけだ。今までもかなりの人数が泣かされたわけさ」


 ――もしかしてアイツがまだ?


「サンジェルマン退役曹長は、もう何年位ここで名簿管理を?」


 二人は顔を合わせてどのくらいかを考える。


「お前んとこの息子が学校行った時にはやっていたよな?」

「そうだな、ってことは九年以上になるか。長いな」


 ――あいつだ! あの時には右も左もわからなかったが、そんな噂を持たれていたのか。


「ありがとう、参考になったよ。もう一杯奢らせてもらおう」


 笑顔の報酬に二人はおどけて「そいつはどうも少佐殿」と、精一杯高めの呼び掛けをしてくれた。


 客の出入りを眺めながら、陽が落ちて何人目かに、どことなく見覚えがある男が入ってきた。


 ――あれがサンジェルマン曹長だな。


 支払った授業料を回収すべく、それとなく視界に入るように動く。普段見掛けない人物が居たため、名簿に加えるべく曹長が近付いてくる。


「ムッシュ、退役軍人会には入会済で――」


「やあ曹長、久し振りだね」


 一瞬表情が凍り付くが、すぐに柔らかな顔に戻った。日系の将校で、昔仕事を割り振ったのを思い出した。


「えー、確かシーマ大尉殿でしたね」


 失敗に終わってはいたが、結果がばれていないと考え、鴨がやってきたと笑みを浮かべる。


「ああ、コロー大佐はお元気かな?」


「はい。今日はお一人で?」


 相方のロシア人が居ないのを、ついでに思い出したらしい。


「妻と一緒だよ。ちょっと仕事をするにあたり、人材を求めていてね」


 ビジネスチャンスだと心が踊ったようで、頼みをするまでもなく大佐との夕食をと勧めてきた。無論、島も二つ返事で受けたのは言うまでもない。


 ホテル・サン=フランドゥール。上の下にあたる四ツ星評価を受けているホテルである。招待との形なのは、今回は島が依頼主になるだろうことと、昔に儲けさせてもらったからに他ならない。

 レストランに案内され、テーブルにつれられて行く。五十代後半あたりになったよう見える、コロー大佐が軽く手をあげて、存在をアピールしていた。隣でレティシアが、「胡散臭そうなおっさんだな」と呟いた。


 ――実はその通りだよ。


「お久し振りです」


「やあ島大尉、元気そうで何よりだ。まあ座りたまえ」


 当時から島に対する情報が更新されていないようで、大尉と呼んで優位に立った態度で椅子を勧める。レティシア知らん顔で黙って着席した。


「妻はコロンビア人でして。商談はフランス語で結構です」


 嘘はつかずに誤解を誘発させるつもりまんまんである。食前酒にワインが提供されるが、やはり上級品であった。あと一歩最高に対する踏み込みが無い。


「何やら事業を始められるとか。軍人は幅広い技術者を包括してる。役に立てると思うよ」


 ――大いに役立ってもらうつもりだよ!


「R4社のエグゼクティブになりました。海軍と空軍ヘリパイロットからそれぞれ人員を求めています」


 担当をCSO――チーフ・セキュリティ・オフィサーだと。無論将校をと付け加えた。退役者リストには将官以上も当然沢山収まっている。名誉顧問などの肩書が付け加えられて。なんら実態があるわけではないが。


「なるほど。R4社の専門は何かね」


「警備の指導です。詳しくは申し上げられませんが、海軍からは佐級将校一名、空軍からは大尉クラスを一名、まずは紹介いただきたい」


 二人で済むわけがないので、それを主軸に残り相性が良さそうなのを合計十人、そのような未来を想定する。ちらりとファイルを見てから、メモに数名ずつ名前と階級を書き出し、それを島に提示してくる。


 ――なに、ド=ラ=クロワ大佐だって? あの時の空母艦長じゃあるまいな。


「大佐、ド=ラ=クロワ大佐の経歴をお願い出来ますか」


 ファイルをまた軽く眺めながら、多少勿体ぶって読み始める。


「あー……各所の外地勤務を経て、空母サン=ジョルジュ艦長に就任。地上勤務にて除隊だ」


 ――あの人だ!


「大佐、ド=ラ=クロワ大佐を紹介いただきたい」


「こちらのスールト大佐の方を勧めるが。海軍地中海作戦本部勤務の逸材だよ」


 何故逸材がさっさと退役したか、そこを説明するつもりは無いらしい。


「いえ、彼を。それと空軍大尉はこの二名を面接して、どちらかを採用で」


 少しばかり嫌な顔をしたが、それに気付かないふりをして話を決めてしまう。


「では明日中に連絡する」


 差し支えない会話をポツリポツリ受け答えし、さして嬉しくもない会食を終えた。


 翌日、昼過ぎに三人の紹介が可能だと言われ、面会日時を確認してきた。すぐさまル=グランジェで今晩と返答し、決めてしまう。


「今夜は上手い酒が飲めるぞ。ホテル・ザッハーに優るとも劣らない」


 お気に入りレストランを手放しで誉めるが、真実そう感じているので彼女にも伝わった。


「野面を晒してる阿呆も肴かい」


「そうなるだろうね。R4社の第一段の成果だ」


 容赦無い仕返しをしてやると、因果応報を口にする。カルマなぞ知ったことではないだろうが、報復は当然だと彼女は頷いた。


 ル=グランジェに一足先に入ると、ネイと再会を喜びあった。


「ヨーロッパ旅行ですか、イーリヤさん」


「ああ、美食ツアーでね。ザッハートルテは素晴らしかった」


 コンシェルジュを誉めると、まるで自分のことのように笑顔を見せる。その気持ちは島にもよく理解できた。


「すると本日はご友人と?」


「いや、商談でね。民間軍事会社のエグゼクティブになった。そのメンバーを探しに来てね」


 ネイには社名も教える。苦笑いされて、用事が終わったら料理を出すので教えるようにと別れる。スーツ姿である。ゆえあって軍服は避けた。退役していても着用するのはなんら問題ないが、裏テーマとの兼ね合いである。

 敢えて上席に座り、あとから入ってきたコロー大佐に躊躇される。が、商売だと彼は反対に座った。


「紹介だが、個別にするかね?」


 契約内容が違うとやりづらかろうと、一応伺いをたてる。


「いや、三人とも中へ」


 隠して困るようなことは何もないと、一度に話し合いをするのを望む。これすらも全て布石なのだ。


 曹長に連れられて三人がやってくる。するとすぐにド=ラ=クロワ大佐が島のことに気付いた。


「なんと、イーリヤ大佐、君か!」


「ド=ラ=クロワ大佐、お久し振りです。まずは席にどうぞ」


「イーリヤ大佐? 島大尉、一体?」


 コロー大佐が事情を飲み込めずに、二人の間を行ったり来たりと視線を泳がせる。


「とある任務で大佐と関わってね。その時の呼称はイーリヤ中佐だったが、昇進を風の噂で耳にした」


 むむむ、と唸って自らの優位を少し喪ったのを認める。引き合わせてしまった以上、情報に価値を乗せることは出来なくなってしまった。壮年の大佐の隣で、中年の大尉らがそれぞれトリスタン退役大尉と、モネ退役大尉と申告した。


「R4社のエグゼクティブ、イーリヤです。警備会社を設立するにあたり、指導的な立場の人員と、チョッパーの操縦者を探しています」


 警備会社が好みでないならば大佐から断りやすいように、待遇までは明らかにしない。船団の司令官であることだけは明かした。同じ指導でも、地上勤務ならば失望するかもしれないと。


「海上警備ですか、して私の待遇は?」


 エグゼクティブ相手だからと、少し丁寧に応対する。待遇を聞いて断られては、今度は島が恥をかくことになりかねない。


「年棒三十万アメリカドル。危険手当てや死亡補償は最大二百万ドル」


 一発勝負で警備司令官待遇をぶつける。大佐は少しだけ眉をつり上げて、右手を差し出した。


「何の取り柄もない除隊者に、そこまで価値をつけていただき光栄です」


「大佐への評価はより高いですが、現段階での予算がありまして。昇給は検討します」


 手を握り成約を喜んだ。一人だけにしようと思ったが、適当な人物が見付からなければ困るからと、大尉二人とも年棒十五万ドルで契約を結んだ。契約金の五パーセントがコローに支払われるわけだが、ここでようやく仕掛ける。


「コロー大佐、成約しました。ものは相談ですが、そのファイルを渡して貰えませんか」


「なっ、これは会の大切な資料だ、渡せるわけがない」


 当たり前のようにそれを拒む。だがコローの悪行による被害が広まらないように、島も退くつもりはなかった。かといって奪い取るつもりもない。


「実はCIAに友人がいてね。一度とある件で照会したら、結果が違っていて騒ぎになりかけた」


 コローはそれだけで何を言っているか理解したようで、黙りこんでしまった。大佐らは口出しするわけでもなく、ただ背筋を伸ばして座っている。料理が運び込まれ、ネイ自身がコースの説明をしにきて、最後に島に「ごゆっくりどうぞ、モン・ジェネラル」と出ていった。


「ジェネラル?」


 コローがド=ラ=クロワに視線を向けるが、彼は否定した。


「おっとそいつを名乗って無かったね。社外ではイーリヤ退役准将だ、よろしく頼むよ」


「ばかな! 中途の除隊者が何故准将に」


 信じられないと島に抗議をする。そう言われたところで事実を変えるわけには行かない。


「失礼だなコロー大佐。貴官が認めずとも、私はニカラグア陸軍退役准将だ、除隊証明も見せてやる」


 そこには紛れもなく、国家が認めた身分証が存在した。穴が開くほど見詰めるが、書いてある内容が変わることはない。


「准将……閣下」


 仕方なく階級に対する尊敬を表し謝罪する。だがそれだけでは終わらなかった。


 何とも料理に手を出しづらい雰囲気が漂う。しかし追撃を緩めようとはしない。


「何故陸軍の将校を求めていないかはわかるかな、大佐」


「それは、既に揃っているから……ですね」


 つい先程までは遥か目下の鴨だと信じていたのに、あれよあれよという間に立場が逆転してしまい、一刻も早く場を離れたかった。そんなコローを締め上げて行く。


「そうだ。私は既に陸戦ユニットを新たに必要としていない」


 つまりは丘にいる限りは不足がないと言い切る。


「R4社だが、何の頭文字か教えよう。RapidityRepelRelentlessRcciprocationだよ」


「……」コロー大佐は最早取り返しのつかない事態にはまったのを、全面的に認めるしかなかった。「名簿ですが、ご自由にお使いください」


 ファイルを差し出して屈伏する。退路は遮断されてしまい、玉砕する勇気などとうの昔に忘れていた。


「そうか、そいつは済まないね。さあ料理をいただくとしようじゃないか諸君」


「お前は話が長い」


 レティシアが初めて喋りフランス語を発した。最早驚くこともなく、コローは味気無い食事を少しだけ口にして、最後まで喋ろうとはしなかった。


 三日後にロンドンで。そう約束して支度金を渡す。丸々自由な時間が出来たので、思い出して電話を掛ける。


「やあアフマドか」

「閣下、召集でしょうか」

「いや違うよ。フランスでの暮らしはどうだろう」

「それですが、言葉が通じず妻が少々疲れ気味で……」


 ――悪いことをした。アフマドも歳だ、軍務から外すか。


「今度ロンドンに警備会社が設立されて、そこの事務員を募集するんだが、イギリスに行くか?」

「え、閣下はそれで宜しいので?」

「家族も心配だろうし、アフマドが望むならば構わんよ」

「それではお願いします。先方に採用されるかはわかりませんが」

「いや採用だ、俺から伝えておくよ。取締役でね」

「それは嬉しい。いつからでしょうか?」

「一ヶ月以内で越してきてくれ、君だけは三日後にロンドンへ。他の取締役にも会わせる、何かしらの責任者になってもらうからな」

「重ね重ねありがとうございます」


 よし、と一息ついて空を見上げる。


 ――事務方に一人くらいは置かねば、いざというときに話が通じなくなるからな!


 気付けばタクシーのように、航空機に乗っている日々になっていた。ホテル・ナイツプリッジに部屋を取り、呼び寄せた面々が到着するのを待つ。

 ゴードンは交渉が忙しく出席出来ないと、早々に連絡があった。何せ最初が肝心である、時機を逸した話し合いは可能な限り回避すべきと島らも了承した。ハワードは順調に役割を進めているようで、顔合わせの一日をきっちり組み込んできた。

 島がとったスイートルーム、レティシアには遠慮してもらい話を始める。


 ――随分な巨漢だな、あれはイギリス人か。あっちのがアメリカ人だろう、どことなく軽い雰囲気がある。


「よく集まってくれた。私はR4社の警備担当重役イーリヤだ、まずは自己紹介してもらおう」


 ハワードに始まり、ド=ラ=クロワなど島が連れてきた面々が名乗る。国籍や簡単な最終経歴位までに留めた。そしてあの巨漢が口を開く。


「ロイヤルネイビー退役中佐のストローです。北海で主に活動を。潜水艦も見逃しません」


 ――巨漢のくせにストロー姓か! 偵察集団に属していたなら、うってつけと言うわけだ。


「元アメリカ海軍第5艦隊所属、ウッド百十一ディール退役中佐です」


「ウッド百十一ディール?」何のことだと島が割り込む。


「はい。ウッドとディールの間に百十一文字入るので省略しました。全て申告しましょうか?」


 そういう意味とわかり、ご多分に漏れず「いや結構」と流してしまう。世界には様々な姓名があるもので、インドあたりには五分近くも名前を名乗り続けなければならないような、それはもう大変な人物もいるようだ。


「ウッディー中佐と呼んでも良いかな」ハワードがそう示し合わせていたのか、簡略な呼び名に改めさせる。


「はい、それでお願いします」


 社内での書類その他でも、ウッディーにすることで正式に通るように決めてしまう。


「私とハワード氏、それにゴードン代表が社のエグゼクティブだ。ド=ラ=クロワ大佐には警備司令官として、現場の実務を一任する」


「お任せ下さい、閣下」


 階級面でも上下が逆になっては使いづらいだろうと、大佐を長とするのを警備担当重役の島が任じる。中佐らも何ら異存は無さそうだ。


「ストロー中佐、ならびにウッディー中佐は警備司令補とする」


 同列にして、グループを二つ作る予定なので、彼らの間に上下はつけなかった。また大尉らは職務上司令船に居ることになるので、警備司令官直属とした。懸念していたように、操縦士が応募にかからなかったので、それぞれを正規パイロットとして扱う。


「アフマド部長は警備部隊と事務方との窓口として、ハワード氏の下で働いてもらう」


 元軍人で民間企業にもいたり経営者でもあった彼ならば、双方の話がよく見えるだろうと据えた。社内での使用言語は英語を共通語に設定する。採用時にはこれを絶対として、理解しないものは余程の専門家でもなければ、代わりを探すことにした。


「警備司令官らで指揮官を集めるんだ。予定では千トン級司令船と、二百トン二隻、百トン数隻を調達。汎用ヘリコプターを二機だ。ソマリア沖からスエズやインドあたりで、船団の専属警備にあたる。何か質問は」


 初めて詳細に触れたため、かなりの質問があると予測する。すぐに答えられない内容も幾つか出るだろう。


 すぐにド=ラ=クロワ大佐から質問が発せられた。


「指揮官への待遇提示ですが、どの程度を?」

「キャプテンには十五万ドル、コー(副)には十万ドルを。死亡補償は一律百万ドル」


 ヘリコプターのパイロット等にも、コーパイロットを指名する権利を与えた。こちらも十万ドルと設定する。先進国の地位ある人物ならば不満の金額ではあるが、除隊者ならば多くが魅力を感じるはずで、後進のそれならば命を喪うことにも躊躇いはないだろう。


「着任はいつ頃に?」

「一ヶ月後までに。ロンドンでの滞在費は社で受け持つ。以後も衣食住の提供はするがね、早ければホテルを満喫できるよ」


 軽く笑いを誘う。船が定数揃うかはゴードン次第なのだが、目安は与えられていた。ド=ラ=クロワが上々な条件なので安心する。


「積載するレーダーですが、指定品を装備していただける?」

「イギリス海軍で使っている最新機器を提供可能かどうかは、現在代表が折衝中だ。比較的入手しやすい物しかない場合の想定で動くんだ」


 レーダーが肝であるのは島も承知している。当然、範囲が広い品ほど高価で入手困難となる。


 ――何故レーダーに言及したか、考えを聞いてみるか。


「ストロー中佐、質問の根拠は何かね」

「はい。スペシャリストを複数人揃えるべきかの判断の為です」

「して中佐の結論は」

「正副二名確保します」

「結構だ」


 一分の一では何か不都合が起きたときに、完全な手詰まりになってしまう。だが応急処置だけでも可能ならば、遥かに良い結果が得られやすい。予備は万全の能力である必要はない。七割程も満たせば充分控えとして計算できる。

 質問はそれだけだった。もっとあると思っていたが、島の過小評価だったのかも知れない。


「よし、それではここまでにする。何か名案があったり、不明なことがあれば言ってくれ。以上、解散」


 部屋にはハワードとド=ラ=クロワが居残った。部下には知られるべきではない部分を話し合うためである。


「あの待遇ならば、予想以上に集まる可能性すらありますね」


 軍縮が叫ばれている時代である、軍から放り出された者が社会に馴染めず、犯罪に走ることも少なくない。さもなくば失業、仕方なく低賃金で好まない職についたりもある。


「有能なやつを選抜するんだ。それでも両手から溢れたら教えてくれ、使える奴なら身の上は問わんよ」


「と、言いますと?」


 宗教や人種についてだろうと想像しながら、流れで聞いてみる。


「軍に指名手配されていても、使い途はあるさ」


 もちろんR4社は合法活動だよと、付け加える。ハワードがいるので社外のことはまだ話題にしない。


「海賊と交戦しなければならない状況ですが、死傷者を出したら犯罪に?」


 民間軍事会社の泣き所、国際的な権限や免責部分だが、これについては企業として好きにやれとは言えない。


「通報と威嚇射撃までだ。だが、国連海洋法条約批准国で海賊に厳しく、海の治安を大切にするところの船籍にする」


 主権国家が領有する陸地と違い、公海上の法律では国際条約が適用されやすい。批准国の船籍ならば相手が海賊の要件を満たしている限り、かなりの部分まで起訴を避けられる見通しなのだ。領海付近では主権国の法が適用されてしまうが、いずれにしても海賊はただではすまない。


「ソマリア軍の兵士を同乗させて、彼らに戦わせては?」


 ――ソマリア兵か、どうかな。少なくとも治安面での免責は心配ないか。まてよ、ならばソマリア連邦に対して派兵している外国軍から、一部の兵員をレンタル出来ないか?


「ド=ラ=クロワ大佐、良い視点からの意見だよ。弁護士にレンタル兵の法的根拠について確認しておく」


「確か湾岸戦争では民間軍事会社指揮官を護衛するために、現地軍が兵士を出すとの契約を聞いたことがありますね」


 ハワードが前例を持ち出してくる。それを聞いてもやはり民間軍事会社の者は、直接戦闘をしないようにするのが決まりなのがわかる。


「砲手らの国籍や所属が絡むわけですね。ハワードさん、もし可能ならば、下士官以下にそのような者を派遣契約する予定にします」


「アフリカの兵隊ならば、かなり安く雇えそうですね」


 ――そうだな、将校に年棒十万ドル支払っているが、月額で一人千ドルも払えば幾らでも派遣してくるだろう。中には年棒千ドルでもと志願するやつもいるはずだ。何せ年収からして千ドル相当な奴が多いからな。衣食住がついて、外貨払いで魅力が無いわけがない。


「外洋に遙々出るならば、百トンでは心もとありませんが」


 巡視艇のサイズに話を移す。駆逐艦あたりで五千トン前後のものがあったりもするが、巡視艇はそれらより随分と小さい。海洋巡視艇のうち、大型のならば三千トンあたりがそこそこあるようだが、それにしても百トンである。


「波が高いときには、転覆の恐れがあるからな。大佐の考えは?」


 現場の声を参考にしようと、どのあたりが適切かを述べさせる。


「数は少なくとも四百トン級の高速艇を。司令船は千トンで良いでしょう」

「多数の小型艇による襲撃に対処可能?」

「早期の発見が出来たならば」

「発見が遅れたら?」

「護衛船団に警備部隊を乗船させて、自衛能力を持たせては?」

「なるほど……それは、代表に相談してみよう」


 現場を知る経験者との話は、あちこちにヒントがあるものだと感心させられてしまう。どちらの計画になるにせよ指揮官は必要なので、募集計画はそのまま行わせることにした。


 ――上等な無線機器、それぞれの部隊にも必要になるな!


 幾つかの確認と調整が出てきた為、島がゴードンの居る場所へ出向くことにした。何処に居るのかと尋ねてみると、意外や意外ロンドンというではないか。近場に在りつつも顔合わせに出られない、それほどに忙しいのかはたまた別の考えがあるのか。

 国際海事機関に日参しているらしく、その傍にあるカフェで落ち合うことになった。会議中だけまたレティシアには外してもらう。


「ゴードンさん、幾つか案件が」


 度重なる折衝に、少し疲れが見える。それでも弱音を吐くことなく、毅然とした振る舞いをした。


「何だろうか」


「沿岸だけでなく遠洋航路を護衛するに際して、高速艦艇は数が少なくとも四百トン級を使いたいと。波が高いと司令船しか使えないのは極めて不都合です」


 元々は海賊も条件は同じだからと考えていたが、運を天に任せて出張ってきたら大変だと、考えを改めたことを伝える。


「そうなると多数に対抗出来ないが」


「高性能レーダーによる早期発見、これが最初の堰になります」


 それとなしに要望を一つ織り込んでおく。


「それでも数が多いと抜けてしまうのがいるでしょう。そこで商船にも警備部隊を乗船させ、自衛能力を持たせてはと、案が持ち上がりました」


「もし降伏を呼び掛けられても」弱気な商船ならば特に「警備部隊が元気なうちは、抗戦をする気持ちが保てる」


「民間軍事会社の社員では、海賊に命中させられません。免責の部分で、R4社の船籍は海洋治安維持に厳しい国を」


「それについては、イギリス船籍にすることで準備が出来た。UKは海賊を許しはしない」


 ――なるほど彼が断言するなら、その面での心配はない。


「それに付随して、下士官以下の者を、正規軍から派遣してもらう契約は出来ないかと。ソマリア連邦政府は大統領令として、ソマリア派遣軍に対して高度な免責特権を付与しております」


 弁護士からの回答は、ソマリア沖が心配ならば、ソマリア連邦と繋がっている派遣軍に所属していれば、治安維持に関して訴追は免除される特例がある、と結ばれていた。議会立法が間に合っていないため、大統領の非常大権による法的根拠を得ているそうだ。


「ふむ――」ゴードンはそれがイギリスとの取り決めに沿うかを思案し「イーリヤさんは、どの国の兵を考えて?」


「ソマリアとの場所と社の共通語を考えると、ジブチとルワンダが費用面でも良いかと」


 ジブチはフランス語とソマリ語、そしてアラビア語を理解する者が居る。ルワンダは英語とフランス語である。共に収入は極めて少なく、失業率の高さは異常だ。


「月棒千ポンド、いやその半分でも飛び付くな!」


「承認いただけますか?」


 経営のトップが認めればすぐに実行に移すつもりだ。その言葉が一つ欠けていた。


「それらに対する伝があるかね?」


 ――おっと失念していたな。


「はい。ソマリア派遣軍ジブチ代表ハーキー中佐とは、先のソマリア海賊掃討作戦で共に在りました」


「ルワンダは?」


「カガメ大統領と知己を得ており、協力を仰ぐにやぶさかではありません」


 日本風の言い回しに、一瞬だけ迷いを見せたが、どうやら交渉を任せて良さそうだとゴーサインを出す。


「担当してくれるならば、それでいこう」


「承ります。ソマリア海域の各国警備艦隊ですが、協力を得るために挨拶回りをしておきます」


 当然ド=ラ=クロワ大佐を連れていく予定だ。中佐らについても、都合がつけばそうさせる。


「在地イギリス海軍司令官には、私から訪問の一報を入れておこう」


 案件が一気に流れたことで、一段落といった雰囲気になる。


「この形態の事業をこの先も続けるのですか?」


 何と無くだが口にする。安定した仕事がいつまでもあるわけではないから。


「やっても十年位だろう。早くに世界の海が安全になるなら、すぐに廃業でも構わんがね」


「それなら私も文句はありません。馬鹿な考えをするやつは、決して居なくはならないでしょうが」


 人口が過剰になってきている今、自分が持っていなければ他人から奪うしかないことは普通にあり得る。


「ならば体力と運が続く限り、やれるだけやろうじゃないか」


 イギリス人らしいものの言い方に、島は好感を抱いた。


「やりましょう、明日の希望を得るために」


 ――忙しくなるぞ、また飛行機三昧だな!


 手始めにルワンダへと入国する。税関の係員が旅券の出入国スタンプを一瞥し、不審者ではと怪しげな視線を向ける。


「入国目的は」


 何を言っても疑われるだろうから、国の特性を生かして冷たく鋭く「カガメ大統領との折衝だ」と突き放す。すると係員は慌てて笑顔を作り、どうぞどうぞと二人を通した。


「空港なんざどこもこうだね」


 入国者は何かの不都合を起こしに来る、厄介者だと言わんばかりの態度だ。水際で犯罪者を差し止めるのが職務なので、あながち間違いではない。ロビーで案内役の職員が待っていて、二人はその男に連れられ大統領官邸へと向かった。何人か飛ばしてしまったようで、廊下を素通りする島らを凝視した。

 執務室に入るとカガメがにこやかに迎えた。事前に悩むような話ではないと、内容を知らされていたからに他ならない。


「大統領閣下、ご無沙汰しております」


「イーリヤ君、よくきた。さあこちらにきて座りたまえ、レディも」


 ご機嫌で二人に茶を振る舞う。自らも一休みだとソファーへと場所を移す。


「ルワンダ解放戦線をよくぞ散らしてくれた、お陰で少し緊張が和らいだ」


「あれはコンゴの住民が努力した結果です。自分の働きなど微々たるものです」


 茶を口に運ぶが、酸味と雑味が強く三等品なのがわかる。わざわざそれを出しているのは、国産だからとの意味だろう。


「そちらの女性は?」


「妻のレティシアです。先月一緒になりました」


「それは目出度い。レティシアさん、彼は真に戦士ですよ」


 真面目な顔でそう評価する。だが彼女がンダガグ要塞で共に戦っていたと知ると、自らの言葉など蛇足だったと笑い飛ばした。


「今後はソマリア海域で、海賊からの船団護衛を行います」


「その件だが、我が国はキヴ湖で活動の水上部隊しかないが」


 地勢的に内陸国なので、海軍と誇れるものなどは無い。一応の形式だけは整えてあるが、精々百人程度の小規模なものでしかない。


「英語とフランス語が喋られて、機関砲が使えたら構いません。下士官ならば月棒千ドル、兵ならば五百ドルで」


「アメリカドル?」


「はい、閣下」


 信じられないとの顔で聞き返してしまった。


「定員限界まで下士官を出す」


 支払いは軍ではなく政府に、と注意をする。


「士気が低下しないように、何らかの手当は特別に割り当ててやって下さい」


 支払いと俸給に差がありすぎると、動きが悪くなる恐れがあった。何せ短気な連中である、失敗が即座に死に繋がる以上、島の段階で甘い顔をするわけにはいかなかった。


「選抜に際して日額一ドルを追加してやるよ。あまり高いと軍内で軋轢が産まれる」


 ――事情はあるだろう。それにしても九割以上上前を跳ねるとは、現実は厳しい。


「飲み食い位は良い想いをさせてやります」


「酒保に基金を積むなどして、一部を割り振る。数が足りなくなれば、いつでも言いたまえ」


 人員の派遣ほど手軽なものは無いと、今から追加を売り込まれて苦笑いする。


「命令不服従、怠慢、不注意による能力の欠如があれば、現場判断で帰国させられる権限をいただけますか」


 トラブルを起こしたらすぐに追い出されるとわかれば、少し位は我慢もするだろうと、遠慮がちに伺いを立てる。警備司令官以上の裁量だと、おいそれと出来ないように制限はするが。


「返品されたら恥だと、軍司令官に釘を刺しておく」


「死亡補償に関してですが、どのように?」


 負傷に関しても、ルワンダ軍の規定があるはずなのでそれに準じる。


「死亡は年棒分を一時金、後遺症は給与の一割、負傷は程度によるが、重傷でも雀の涙だよ」


 ――死亡で三百ドル程度では死にきれんな!


 これまた高く提示してしまうと、自殺するやつが出てしまうと注意される。世界には様々な背景が多々あるものである。アフリカの奇跡と呼ばれたルワンダですらこれなのだから、他での待遇など恐ろしくて聞けない。

 大人しくしていたレティシアが、突然変なことを口走る。


「陸兵についても、派遣は可能かい?」


「レディ、それは警備会社に?」


「ああ、こいつのやっているやつとは別にだ」


 カガメが島に視線を向けてくるので、代わりに尋ねる。


「具体的には?」


「例のエーンが立ち上げる訓練会社だよ。使い途はあるんじゃないかい」


 ――あれか。陸となると、それこそ大変な制約があるからな。仮に相手がテロリストならば、場所によっては出番があるかも?


「国内ならば全く問題ないが、他国ならば協定の有無によるな……」


 二人がそうだなと納得しているところに、冷ややかな言葉を差し込む。


「何を温いこと言ってんだい。金次第で身代わりになれるかを聞いてんだよ」


 膝に片肘を載せて身を乗り出す。大統領もあっけにとられている。


「はっはっはっ、こいつは一本とられたな。イーリヤ君は元気の良いパートナーを得たようだ」


 不正を持ち掛けたのだから、激怒して追放されても文句は言えないだろう。流石の島も言葉が見当たらない。


「で、どうなんだい。死ねと言えば死ぬならば、務所くらいわけないだろ」


「私としては回答は出来ない。だが、極めて現実にあり得そうな話だとは思うよ」


 それで悪事を働くような男ではないだろうと、笑みを絶やさずにいる。


「軍司令官とやらを紹介しな、稼がせてやるよ」


「秘書官も同行させよう」


「好きにしな」


 ――おいおい、勘弁してくれよ。


 あれよあれよと言う間に話が進み、いつしか自分がついでになってしまったような、変な感覚に陥ってしまう島であった。



 用事があるからお前一人で行け。新婚の妻にルワンダで突然別行動を言い渡されてしまう。


 ――稼業の仕込みか、口出しはやめておこう。


 各所の実施までにぽかんと空白が出来た、半月は長い。さてどうしたものかと考えたとき、親友の顔が浮かんだ。


 ――ウズベキスタンに行ってみるとするか!


 連絡を入れてみると、無事に実家で休暇を楽しんでいるようだった。カイロから首都タシュケントにと空路渡り、テルメズという街に向けて乗り換える。


 ――ウズベク語はロシア語のキリル文字だけでなく、アラビア文字でも表すのか。何となくだがわかるな。


 それでも英語だけを使って全てをこなす。空路だけならば不都合は何もなかった。テルメズ空港へは毎日便があったので、近くで一泊との事態はさけられた。しかし予定の時間には遅れて、あたりは暗くなってしまう。国際線ならばまだしも、ウズベキスタンの国内線ではきっちりいくほうが稀だろう。列車なりバスなりにしても全ては予定や目安であって、時間通りやって来るとは誰も思ってはいないのだ。


 ロビーを見渡すと、一際大きな体をした男が近付いてくるのが目にはいった。


「古臭い感じがする場所でしょう」


「郷愁そそられるとしておこうじゃないか」


 握手を交わして腕を軽く叩き笑みを向ける。先導されるのに従い、目線だけであちこちを観察する。


「内陸国だから砂漠ってわけでもないもんだな」


 空気もさほど乾いておらず、適度な湿度と気温で意外な程だ。タシュケントは少なくとも、想像したのとあまり違いはなかった。


「大きな河があってそれでです。河なのに港があるのも、また珍しいでしょう」


 事実、そこまでの機能を持った河港は、世界でも稀である。ソ連軍による手が入っていたりもするが、そこに街が建てられた一因として、河川の利用をしやすい地勢なのがあげられる。何十年前に造られたか判然としない煤けた乗用車には、どことなく似た面影がある女性が乗っていた。姪だと紹介され、なるほどと頷く。


「ナターシャ・ロマノフスカヤです」


「ルンオスキエ・イーリヤだ。わざわざ済まないね」


 二十歳位だろう彼女に言葉を返しながら、狭い車内後部に二人が座る。


「ナターシャ、マーケットに寄ってくれ」


「はい、叔父様」


 地物の扱いを観察してみてください、と寄り道をさせる。滅多に来ないのだから、見学してみようと島も乗り気な反応をした。

 情勢が不安定になったり、支払うための外貨が不足すると、店舗に物が並ばなくなる。どうですかと見せられて、何とも言葉を失ってしまった。


「いつから並んでいるかわからないこいつが、取り合いになるわけか」


 間違いなく痛んでいるだろう中味の包みを、そっと棚に戻す。二重内陸国の不利はあるにしても、ここまで酷いと政治の責任は問われるべきだろう。


 ――ロマノフスキーの心情が伝わってくるな。だがいかんともし難い。


 比較的新しいだろう鶏肉を手にして、カウンターに向かう。現地通貨で恐ろしい値段がついていたが、ドル紙幣を取り出してこいつでどうだと持ち掛けると、喜んでポケットにとしまい込んだ。それにしたってイスラム国家なのが色濃く見受けられた。その中で彼のような異教徒は、果たしてどのように育ったのか。国民の九割以上がムスリムなのだ。


 車に戻ってから、突然スペイン語を使い「兄を一緒に助け出していただけませんか」協力を求めてきた。当然島の返事は一つである。


「喜んで力になるよ」


 何ら質問を挟まずに、自宅に到着する。ボロの木造建築かと思っていたが、頑丈なコンクリート製の建物だった。聞いてみるとテルメズは、建材が特産だと言う。


「友人のイーリヤさんです」


 ロシア語で家族一人ずつを紹介する。父母、ロマノフスキーの義姉と姪が暮らしている。父母はまだ六十歳を過ぎて少しらしいが、栄養状態の悪さからかかなりの老人に見えた。


「あなたがニコライの……何もありませんが、どうぞゆっくりしていって下さい」


 ニコライとは誰かと思ったが、ロマノフスキーの名前がそうだったと、一瞬だけ戸惑ってしまった。


 ――すると父親がアレクサンデルってわけか。


 客間があるわけではないようで、ロマノフスキーと一緒に兄の部屋を使わせてもらうことになった。示し合わせて散歩にと出掛けることにする。皆が口数少なく、どうやら余計なことを言わないよう過ごしているようだ。社会主義支配の生活が長かったから、その影響に違いない。


 翌朝、川辺を歩きながら兄について尋ねる。四十歳前後の人物だとのこと以外、全くわかっていない。


「兄は自分が居なくなってから家族を支えてきました。それが一昨年、姿を消しました」丁度ロシア軍から無罪放免を通知されたあたりだったらしい。昔の兄を思いだしながら続ける「ロシアの圧力外交が弟を殺したと。単身アフガニスタンへ渡り、現地でゲリラへ入り、ロシア軍と戦っていたのですが……」


 ――ロマノフスキーの兄っていうんだ、戦いの素質はあるだろうな!


「敗走したときにターリバーン勢力に捕まり、拘留されていると知りました」


 ロマノフスキーがムスリムでないのだから、兄も違うはずで、そうなればターリバーンが仲間として遇するわけもない。


「それが二ヶ月前の話です。帰国して聞かされ、すぐにアフガニスタンの情報を集めましたが、わかったのはここまでです」


 ――あまりにも難しい場所だ、昨日今日始めた位ではいつ辿り着くかわからんぞ! それにロシア軍と戦っていたなら、帰国しても危険は無くならないだろうな。


「仮に兄を救出したとしたら、テルメズは安全とは言えなくなる。移住先を決めておくべきじゃないか?」


 もし先祖代々住んできた土地から離れたくないならば、兄だけをどこかに匿うしかない。どちらが良いかはわからないが、テルメズで平和に暮らすわけにはいかないのだ。


「義姉がトルクメンなので、トルクメニスタンに移るよう説得します」


「ロマノフスキー、お前は移住とウズベキスタン政府の協力を得るんだ」


「ウズベク人の保護と説明し、出国についても了承を得ておきます」


 宗教は少数派であっても、自国民であることは変わらない。また憎いロシアに一矢報いた人物ならば印象も違う。かなり複雑な勢力図であるが、ターリバーンを敵とするならば細かい部分は目を瞑る者がいるはずだ。


「俺はCIAと話をしてみる。ターリバーンの情報と引き替えに、何らかの手助けを求めてみる」


「ありがとうございます」


 神妙な顔付きで頭を下げる。その彼の肩に手を置いて「その言葉は成功してからにしてくれ」同じく真剣な顔をした。


 数日後、島はパキスタンのぺシャワールに入っていた。ジョンソンとの交渉で、海事民間軍事会社の警備を、ソマリア海域で開始するとの情報も射し込んでおく。ジョンソンの管轄で治安が向上するのだから、素直に喜んでくれた。

 CIAのアジア太平洋局長を紹介しようと努力してくれたが、案件が案件だけにパキスタンアフガニスタン担当監督官を充てられた。


「そのカールマルというエージェントですが、信用度の程は?」


「抜群だよ。家族がステイツにいてね、結果次第でアメリカ国籍を与えることになっている」


 即ち裏切りは自身と家族が不利益を被り、成功は希望を叶えられる。仮に生きて帰れなくとも、殉職ならば家族の面倒は見てもらえるのだ。


「パキスタン人?」


「パシュトゥーン人だよ。アフガンからトライバルエリアに逃げ出してきた。通商をして生計をたてていたようだから、顔がきく」


「何故逃げ出して?」


「息子が二人いるが、ターリバーンに取られそうになった。勢力下の思想教育だね」


 ――反ターリバーン勢力に伝があるわけか。となると都市部だな。


「実績は?」


「北部同盟との紛争で、ターリバーン側の動員をいち早く察知した。また麻薬の流通を二度差し止めるのに成功している。どうだね」


「文句ないですね」


 裏切るよりあと一度二度成功させたほうが、より良い状態だと考えられた。それに情報面で強いのがはっきりしていて安心である。


「カールマルとはパシュトゥーン語で、働き者の意味だよ」監督官は笑みを浮かべた。


「ぴったりですね。ロマノフスキーですが、救出出来れば北部で役に立ちます。テルメズ生まれでムスリムではないウズベク人です」


 価値がある人物だと刷り込んでおく。中佐の兄が無能とは思えないし、仮にそうだとしたらロマノフスキーが隠さずに申告しているはずだと。


「弟が准将の部下と聞いたが、もし同等の素質があるなら、私も買いだと思うよ」


 何せ君らはCIAの有力協力者リストのAランクにいるから、などと漏らす。スーダンを手始めに、ニカラグア、アルジェリアで結果を出しているのを指摘する。他のは軍への協力に主軸があるらしい。


 ――それでいてターリバーンのブラックリストでもAランクなわけだ。


 ぺシャワールの一角でカールマルと接触する。この付近を歩いていて、全く違和感がないのがすぐにわかった。


 ――中佐も現地人だから、俺だけが怪しいわけか。東洋人だからまだましといえばましだな。


「やあカールマル。ザ・カンパニーのオーストラフだ」


 CIAのことを職員はザ・カンパニーと呼称する。島も臨時でその名を借りることにし、コードネームをオーストラフにした。沿海州の離島で育ったロシア人に偽装し、言葉が不十分なのを地方訛りのせいにする。カールマルとは英語でやり取りするが、対外的にはロシア語のみを使うつもりで臨む。


「カールマルです。アシスタントディレクター?」


「ああ、今回が大成功なら君は望みを叶えられる。そうでなければ、あともう一度だろう。評価を任されているよ」


 カールマルの表情に決意の色が見られた、やる気を引き出すのに少しは役だったようだ。


「何せ頑張ります。何なりとお申し付け下さい」


「頼むよ。アレクサンデルヴィチ・ピョートル・ロマノフスキー。ウズベク人でロシア正教信者だ、彼を探しだし脱出させる」


 北部でゲリラ活動中にターリバーンに拘束されたことを告げる。他にもわかる範囲で手懸かりを伝えた。


「CIAのエージェントですか?」


「いや違う、協力者の家族だ。アメリカは国家に益する人物の苦悩を見逃さない。君が忠誠を誓い誠実に尽くしている限り、国家は家族を庇護してくれるだろう」


 そんな枝葉の者まで保護してくれるものかと、彼は驚く。


「ターリバーンは南部に勢力を置いています。北部から移送したなら、目撃情報が必ずあるはずです」


「やり方は任せる。連絡は監督官に行うんだ、救出実施では俺も現場に入る」


 こんな冒険は滅多にするものではないが、親友の頼みを断るつもりなど全くない。やるからには全力を尽くすのみである。


「民族衣装にターバンをしていたら、瞳の色からは露見しないでしょう」


「まずは見た目ってわけだな。真新しいものでは怪しい、着なれておくことにしよう」


 ありがたく忠言を受け入れて、僅かでも瑕疵を減らすよう努める。一度しくじると警戒されたり、処刑されたりしてしまうので、注意は余計にした。


 CIAの口利により、パキスタン入国のスタンプを、日本旅券にも捺印してもらう。イーリヤとしてウズベキスタンとパキスタンをうろうろしていたら、怪しまれる原因になるからとの配慮だった。オーストラフ旅券については、ウラジオストクで出国、イスラマバードで入国とされていた。そのため、出身地とウラジオストクまでの詳細な資料を渡され、よく頭に叩き込んでおくようにと厳しく注意された。


 ――自身の為だ、待機中は繰返し記憶しよう。


 テルメズに戻ると、ロマノフスキーが一人で迎えにきてくれた。


「先方の受け入れが認められました。こちらのお偉いも計画を承知で、部分的な協力をしてくれます」


 人や金は出さないといった意味合いだろう。彼は短期間できっちりと、やらねばならないことをやってのけた。


「ザ・カンパニーも決裁してくれたよ。派遣社員を一人貸してくれた、歴年のね」


 誰かが聞いても商談だろうと思える言葉を選んで会話した。もう作戦は始まっている。


「この前から新しい情報は入っていません」


 少し落ち込む彼を横に、それは処刑されたなどの変化がないことだと、前向きに受け取ろうと励ます。


「互いの呼び名を決めておこう。階級は厳禁だ、俺はオーストラフだよ」


 イエメンを思い出すな、などと呟く。あれは苦い経験だった。


「ではニコライで。街中で叫べば何人振り向くやら」


 ロシア風の名前は聖人などからつけられている。当然バラエティーは少ないので、多くが同じ名前なのだ。大概は姓を使うため、名前が何だったか解らないロシア人は多い。


「現地の道具に慣れておこう。と言っても、コンゴで山とあったあれだな」


 カラシニコフ博士が作り出した、AK47突撃銃。アフガニスタンで、最も一般的な小銃である。砂嵐があろうと、質の低いグリースだろうと、簡単に使えなくなることがない為、まさにゲリラ勢力と対で語られることが多々ある。名人は道具を選ばないが、名品は人を選ばない。


「レジオンの第8中隊から今の今までなので、渇きには強いのが救いです」


 ――あれは体験した者にしかわからないからな。事前に慣らしておく必要もあるか。


「ところで兄の顔写真はある?」


 似ているのはわかるが、やはり一度見ておくとはっきりする。


「一切ありません。処分してしまったようです」


 何せ反社会的な行為をするために出ていったのだ、それくらいは手回しするだろう。


「家族から見て、現在のニコライとピョートルは似ている?」


 毎日顔を会わせていたら、差違がはっきりわかる。その家族が似ていると言うなら、そっくりなのだが。


「自分より線が細い感じで髭もじゃです。目鼻は似ているはずですが、家族が見間違いすることはないでしょう」


 ――目鼻か。ターバンや貫頭衣を着ていてもわかるかも知れないが、こちらから名前で呼び掛けないような警戒はいるだろうな。


 他人を連れ出すようなことがあっては、どうにも申し開き出来ない。ロマノフスキーが近くに居ないときに、自身のみで判断しなければならないことも考慮する。


「家族は先に?」


 直前まで動きを見せないのは鉄則である。移住に障害が出きる前に、済ませてしまうのも手であるので判断を委ねた。


「家族のせいで兄が救えなくなると、悔やみきれません。直前にします」


「わかった」


 島が返したのは、たった一言、それだけであった。


 カールマルが掴んだ情報を、監督官が伝えてきた。どうやらそれらしき人物が、ザランジ周辺に連れられて行ったようだ。ザランジはアフガニスタンの南西端にあり、河川の隣の街である。その先はすぐにイランだ。


「参ったな、そんな奥地か! 渡河して逃げられたらお手上げだ」


「ザ・カンパニーとしては、イランでの戦闘行動は支援出来ない」


 出来ないというよりはしない、するわけにはいかないのだ。ぺシャワール付近ならばどうとでも追い回せるのだが。


「脱出はそうなると、南に進んで渡河して荒れ地を抜けてパキスタン……」


 その方面では、ウズベク人勢力の協力も期待できない。アフガニスタンにはスティンガーと呼ばれる、アメリカの対空兵器があるため、おいそれと奥地にチョッパーを入れることは出来ない。これについては軍というより、国家としての失策と皆が認めている。


「パキスタン側にまできたら、そこから空輸するのは任せて欲しい」


 ――直線距離で二百キロか! ピョートルが歩けない状態なのも想定して、準備せねばならんぞ。


「衛星写真を」


 用意してあったものを見せられる。ザランジからパキスタンのブッキィまでで、自身が調べた地図と大きく異なる点があった。


「ヘルマンド河が写っていませんが?」


 ザランジの西側をうねっている筈の河が、何故か見当たらない。目を凝らして見ると、ようやくそれらしき細い線が浮かんできた。


「昨今の干ばつで水量が激減している。歩いて渡るのは無理だが、船が行き来するのも困難な状態になっている」


 場所によっては筏くらいなら渡すことが出きるかも知れない。渡河も一筋縄ではない部分を指摘する。


 ――橋を大っぴらに使うわけにはいかんな、見張りが絶対にいる。検査されたら一発で拘束されるぞ。


「イランやパキスタンとの往来は、普段どのように?」


「出入国審査がある、橋が複数箇所に。橋自体は政府が支配しているが、周辺はターリバーン勢力だ。二重に徴税されてしまう」


 ――どちらにとっても適切な者が、二重の税金を支払い使うわけか。物価は極めて高そうだな。だが行きはそれを使えそうだぞ。


「ブッキィに、医師とチョッパーの手配をお願いします」


「わかった。連絡方法はどうするかね」


 ――電話など通信機は持ち込めないな、すぐに怪しまれちまう。何も言わずにこちらの行動を知らせて、状態を把握出きるものか。


「ひよこ豆や、いちぢくのような見た目の発信器は作れませんか?」


「それは可能だろう。三日もあれば用意できるが?」


「食品の行商を装い、ザランジに正面から入ります」


 物資の不足が著しく、食品の通過ならば政府もターリバーンも認めるだろうと。何より本業だったのだから、カールマルもやりやすかろう。


「君達は商隊の労働者か」


 成否の程を試算しているようだ。それなりに可能性がある証拠だろう。


「ロシア人が居るべき理由となる扱い品目とは?」


 ――あまりに特殊な物はいかん。それでいて利益を産まないものは論外だ。わざわざ運び入れて、俺が必要な理由か。アフガン人は茶が大の好物だったな。茶うけも茶そのものも甘いのが当たり前か。まさかあのイチゴ大福が身を助けるとは、考えもしなかったね。


「ロシアから砂糖を売り込みに来たことにします」


「砂糖?」


 パシュトゥーン人が砂糖の一大消費者であるのはわかっていたが、監督官には何故砂糖を選んだかの理由が理解できなかった。


「砂糖には種類があり、甘みや口当たりにかなりの差があります。色や風味だけでなく、熱による溶け具合も」


「グラニュー糖?」


「いえ、和三盆や三温糖の類いです」


 聞いたこともない単語を翻訳出来ず、インターネットを開いて画面を見せながら説明する。


「精製段階での違いか」


「食べたら違いがわかります。菓子用に店舗に売るため、産地から出向いてきた触れ込みを」


「ザ・カンパニーが、現地の企業一つを影響下に置くようしておこう」


 監督官から入国に関するゴーサインが出た。数日観光以外で滞在しても、怪しまれない商用が出来たのは大きい。


 ――あとは救出だな。橋を渡る手前、川沿いの荒野に貯蔵所を設置しておけば、脱出の際に追撃を撃退可能になる。入国時に丸腰では往生するぞ、武器を手に入れねば!


 もう一度写真に視線を落とす、何か解決策を模索しだした。


「途中で野盗あたりに出会しても対抗可能な武器を持ちたいですが、入国で検査されて問題発生とはいきませんね」


 武器に見えない武器、この選択は難しい。偽装させても察知されたらそこまでなので、見付かっても理解の範囲外なのが望ましい。


「爆薬程ではないが、固まっていたら被害を与えられるものならある」


「それは?」


 監督官がご機嫌で記憶から単語を引っ張り出してくる。


「塩素酸カリウムと硫酸だよ」


「それを混合する?」


「それだけでは犬も振り向いてくれないだろうね。前者と砂糖を混合し、硫酸を加えたら、派手に燃え上がり炎を撒き散らす」


 いつかやってみたかったのだろう、満面の笑みで意外な武器を提示してくる。


「砂糖を! 爆発的な火焔びん、しかも火は要らないわけですか」


 ――硫酸と塩素酸カリウムとやらを別にしておけば、そんな化学反応を見抜くやつはいまい! 言うからには入手に問題はなかろう。離れた奴に攻撃する手段が必要だ。弓矢とはいかんが、クロスボウならば俺でも二度に一度は当てられる。


 現地で銃器を受け取るのは計画するにしても、国境から都市に辿り着くまで、その間自衛しなければならない。空路入ればフルマークされてしまうのは、目に見えているからだ。

 物品の手配を済ませて、カールマルの帰還を待った。ロマノフスキーもぺシャワールに呼び寄せ、ついに開始をする。現地に水が無いのを承知で、トラックを使って商品と共に運び込むことにする。当初は現地で手に入る馬なり何なりを使うとの選択肢もあったが、納得の上で案を引っ込めた。


「ブッキィまで三日もあれば到着します。途中でガソリンスタンドは殆んど無いと考え、予備の燃料も積んでいきます」


 英語を共通語にして三人は話し合う。車はトラック二台で、パシュトゥーン人三人が雇われていて、戦闘要員でもある。それぞれ全くバラバラに雇用したので、まとめて裏切られる心配は極めて少ない。これらが一族などならば、示しあわせて反乱する心配があるのだ。

 ロマノフスキーの役処をどうするか悩んだが、ウズベク語通訳兼整備士とすることにした。外人部隊で一通り整備訓練をしたが、難しいことはお手上げである。


「壊すのなら得意なんですがね」


「そいつは俺もだ」


 島とカールマルが同じトラックに乗り、道すがら現地知識を引き出そうとする。運転手らは皆、英語を理解しない。確かめるために何度か不穏な言葉を咄嗟に呼び掛けたが、不理解との顔でぽかんとしていたので盗み聞きはない。


「ザランジ周辺のどのあたり?」

「はい、東の山がちなところに居るようです」

「何故そんな場所に遙々移送を?」


 これについては島もロマノフスキーも疑問だった。たかがゲリラ一人をわざわざつれ回す必要がどこにあるのかと。


「そのロマノフスキーは、北部ウズベク人による武装組織、ウズベク国民運動戦線の戦闘指揮官らしいです」


 ――血は争えないな! つまりは何等かの価値があるから、即座に処刑せずに生かしているわけだ。その理由はなんだろうか。


「軍事拠点でも吐かせようといったわけかな」

「何等かの強力な兵器を管理していたようです。それが何かははっきりしませんが」

「捕虜になったとわかれば、保管場所を変えるだろう」

「ならば生かしている理由は?」


 逆に問われるが、これだといった答えが出なかった。


 ――用があるから処分しないんだ、事情があるんだろうな。


「確率は半々としよう」


 トラックには回りと同じような、茶色系統の幌を採用していた。遠目に解りづらく、軍の砂漠迷彩に違いが民間の代物を選んでいる。商用品や旅必需品と一緒に、少し妙な道具も積載してた。砂から脱出するための足場に使う、そんな触れ込みで合板の筒が連なったものが、車体両脇にくくりつけられている。実のところは単発式のクロスボウであり、飛距離と実用性を犠牲にして奇襲武器に改造してあった。


 ――試射の結果は、デリンジャーよりは有効って位だったな。


 非力な女性ですら、手のひらに簡単に収まる銃。しかも単発または二発までしか射てない、護身用と大差がない。致命傷を与えるには、何等かの弱点に命中させる必要がある。クォレル――矢には鉛筆が使われるため、各自が数本身に付けていた。

 延々と揺られて、ようやくブッキィに到着した。一日を休養に充てると同時に、試しに一度砂糖を販売してみた。


「こいつは旨いな!」


 宿の主人が茶にとかして、あっという間に飲み干した。


「今回は宣伝分としてしか持ってきていません。三ヶ月か四ヶ月後に販売にきますので、事前に連絡させていただきます」


 カールマルがパシュトゥーン語に通訳して、英語で島に伝える。エージェントを完全に信用し、複数の通訳を置かない。少なくともそのような姿勢を見せる。せがまれたために、一キロ入りの袋を十袋余計に渡してやる。その日の夕食が豪華で割安だったのは言うまでもない。

 日本で精製したものをわざわざロシアで詰め直したのだ、仕上がりは最高である。


 翌日、ゆっくりとトラックを北に向けて走らせる。程なくして国境に検問所が置かれているのが見えた。朝早いせいかそこそこの列が出来ていた。順調に人の数が減って行き、次といったところで休憩になってしまった。だがそれを足留めとは考えない。砂糖を使ってみてくれと差し出すと、すぐに係官らがクレクレと殺到した。二十袋を隊長に渡すと、旅券に砂糖商人と追加署名まで貰い通過を許可された。


 アフガニスタン側でも同じように、砂糖を求められた。


 ――紙幣を賄賂に渡すより、余程効果があるな!


 辺境任務なせいもあるだろうが、飲み食いに関する部分は誰しもが強い興味を持っているようだ。ターリバーンの徴税係もそうであってくれと、願望を抱く。

 川辺に隠したとされる武器の類いが、無事に発見できるかが頭を過った。監督官が別の筋から用意しているはずだ。


 ――しかしここまでやるからには、CIAとして採算がとれる算段があるんだろうな。ピョートルについて、事前に何等かの情報を掴んでいた可能性があるぞ。アメリカがそこまでして回収したい何か。アフガニスタンという場所柄を加味して考えれば、アレがあるな。


 人道上だの正義だので動くのとは違い、一部局とは得られる結果と掛けられる費用で天秤をはかるものだ。


 ――俺とロマノフスキーがタダ働きと考えれば、丁度よいから後押しに費用を割ける等だろうな。ロシアからの無罪通告、もしかしてそこまで計算して……なんてことはないか。だがCIAならばやりかねんぞ、その位の知恵があるやつが十年単位で計画する案件は多々あるはずだからな。


 砂漠からステップのような淡い緑が拡がる場所を走っていると、不意に物陰から現れた男に停められた。手には小銃を持っていて、顔を布でくるんでいる。


「ターリバーンだ、積み荷の検査を行う」


 四人ずつトラックに近寄り、有無を言わさずに荷台に入り込む。二人が少し離れた場所でその動きを見ていた。指揮官である。


「積み荷は砂糖です、どうぞご確認下さい」


 カールマルが平然とした顔で説明する。荷台では兵士が「砂糖だ」と結果を口にしていた。特に怪しいものはないのを認め、通行税を求める。その時、一人の若い兵士が、びんに入った透明の液体を見付けてこれは何だと尋問する。


「消毒液です。食品なので衛生に注意してまして。劇薬だから薄めて使うものです」


 危ないから素手では触らないようにと注意する。これといって他に何もないので、通ってよしと告げられた。


 ――銃でも見付かれば終わりだったな。徴税をしたが砂糖には食指を動かされないか。真面目な指揮官なのかも知れん。


 河を渡ったあたりで、別のターリバーンによる徴税が再度行われた。


 複数の団体に別れていると聞いていたが、独立した団体が集まっている、そんな感じがした。金で済むならことを荒げる必要もないため、黙って支払いザランジにと辿り着く。ぺシャワールを発ってから七日目であった。

 市役所がとても大きく、一エーカー近い広さに一階建ての妙に真新しい庁舎があった。サッカーグラウンド一面分と考えたら理解しやすい。


「多額の費用をかけて建て替えられました」


「ちょっとした要塞みたいだ」


 政府は空港があるザランジを保持するために、人口の割りには税金を多額投下していた。そのため、都市の住人は政府よりの支持を与えている。南部に於いて政権が支配しているのは、点と線でしかない。多大な不毛地帯はテロリストの独壇場である。

 まずは砂糖を売り込むために真面目にまわる。そうした実績を残して後に、武器を譲ってくれるという相手を訪問した。取扱いの業種は違っても、こと砂糖に関しては自宅用それも一族や近所で使う分としたら、それなりの数字になったので怪しまれない。とんだ副次的効果もあったものである。


 夕暮れを越えて、あたりが薄暗くなる。これから新たに出掛けようとする者は、極めて少なくなるだろう。窓を締め切った部屋に並べられた武器を、じっくりと観察する。徐に一つを手にした。


「ある程度使い込んだモノの方が、銃も女も具合が良い」


 島は付き添っているだけで、ロマノフスキーとカールマルに全てを任せる。ただの砂糖商人との立場を逸脱しない。商隊の武装になるからと、同席しているだけだ。


「そうでしょう、ここにあるのは実証ずみの品だけです。旦那方にも満足いただけるはずですよ」


 支払はドル紙幣で行う。カーブルのダラーショップにいけば、アフガニスタンで目玉が飛び出るような価格の品が普通に手に入る。外貨の威力は絶大だ。


「このあたりの盗賊はどのような装備を?」


 AK47を肩付してみながら、雑談口調で尋ねる。わからないと答えるわけにもいかず、「ここに並んでいるのと、ほぼ変わりません」などと口にする。つまりは双方に通じている可能性の示唆でもあった。


「ロケットの類いは並んでいないが?」


「あれは保管に細心の注意が必要でして」


 出し惜しみをしていると思われたらたまらないと、目録としてメモを差し出してくる。


 ――アメリカ製の品とソ連、中国もか。


 ちらりと島もメモを見るが、あとは動きを見せない。新旧混合であったが、どちらかと言えば新しい物が目につく。旧い安価品は手にはいらないのか、買い手がいるのか。


「アメリカ製のロケット、新しいのを買いましょう」


 カルザイ政権から流出したのか別ルートからなのかははっきりしないが、アフガニスタンに駐留しているアメリカ軍が、現地軍に供与したのと同じ型であった。考えていたのよりは上等な装備を買い入れる。値引きを求めない代わりに、とある提示をしてみた。


「武装組織に卸せるだけの数は用意できるか?」


「えっ」


 ロマノフスキーが個人の購入客とは全く違った感じで、不意に話を振った。裏切りの警戒と同時に、利用可能ならばそうしてみようとの布石でもある。


「……例えばの話ですが、どの位の規模でしょうか?」


 相手を確かめようとはせず、数のみを聞く。


 背後を探らないというのは、彼にとっても安全策なのだ。余計なことは知らない方が長生きできる。


「数個中隊だな」


 ロマノフスキーもまた、ブラフを見抜かれまいと手探りで続ける。もっともその位の人数ならば、数ヶ月で立ち上げるだけの経験は持ち合わせていた。それにウズベク人は既にそのような組織が複数あるため、既存のものを利用も出来た。


「お代は?」


「好きな通貨を現金払いしてやる」


「時間をいただければ、やります」


 やれますではなく、やります。意志の度合いが違う答えが返ってきた。CIAがこの先にピョートルを動かすつもりならば、こいつを引き合わせてやろうと画策する。


 ――上出来だ。河南の貯蔵所は通らなくてもなんとかなるかも知れんな。


 十平方キロあたりに一人以下の人口密度である、偶然どころか奇跡が起きない限り場所が見付かることはない。仮に見付かったとしても、持ち出そうとすると通知がもたらされる仕組みになっているはずだ。受け取りを翌日午後にし、砂糖を渡して引き払う。取引の証拠を残すために。



 滞在四日目の朝一番で、宿に現地人がやってきた。カールマルに呼ばれ彼の部屋で対面する。抜け目なさそうな顔つきをした中年であった。体格も貧相で、ポイントを節目節目で稼いでいくようなタイプに見える。


「彼等にも、もう一度同じ話を」


 指示されれば何度でも繰り返すとばかりに、嫌な顔をせずに話始めた。


「ここから北東に十キロあたり、ターリバーン・ザランジ地区拠点から、ウズベク人が北部に護送されます」

「ウズベク人とは誰だ」ロマノフスキーが曖昧な箇所を指摘する。

「ウズベク国民運動戦線のロマノフスキー」

「北部とは」

「不明です。首都方面ではないので、東でないなら北しかありません」

 西はイラン、南はパキスタンなので、確かにカーブルでないならばそうなる。

「首都ではないのは何故だ」

「首都には輸送車が別に向かいました。ハシシュなどの不定期便で一昨日出ています」


 ――麻薬の水際阻止はこいつがソースか? だとしたら確度は高いな。


「出発はいつだ」

「今日これから。直前になって知らされた」


 ――何か状況に変化があったんだ!


「ロシア語でも説明出来るか?」

「それは無理です」


 説明させたいわけではなく、理解しているかを問いたかっただけである。だがしかしロマノフスキーは虚偽を警戒して、昔のようにロシア語とドイツ語をまぜこぜにして島に話し掛ける。


「やりましょう。拠点から離れた場所で宿営中を」

「集落に入るかも知れんが、存在を確認したら仕掛けよう」

「パシュトゥーン人の三人も使える?」

「ああ、戦闘要員だ。能力は未知数だがね」

「では臨機応変に」


 素早く要点を固めて、目の前の男に向き直る。


「案内出来るな」

「もちろんです」

「すぐに出よう」


 カールマルに主導権を戻して、追跡の準備に取りかかる。何キロと離れていても視界に入るため、かなり距離を隔てて追いかけることになる。見付けやすい、即ち守り側が極めて不利になってしまう。これは全てのことに言えた。警備など一年のうち殆んどが完璧でも、たったの十分隙をつかれたら失敗なのだ。


 ――奇襲して保護するのは、不運がなければ問題ない。脱出は容易ではないぞ!


 先進国の道路とは違い整備がされていない地域は、どこに行くにしても道が少ない。ましてや砂漠や荒れ地では、根本的に設置が不可能な部分が多い。風が強ければ五分で轍など無くなってしまう。ところが雨が降らない乾燥地帯では、黙っていたら何年でもそのままなのだ。

 カールマルがそれらしい轍を睨み跡を注意しながら車を走らせる。砂塵が立ちづらいように、二台は距離を空けていた。


 大きな集落は政府が押えているため、野営にポイントを絞る。島は敵が襲撃を受けた際に、どうしてくるかを想像してみた。


 ――護送するわけだから奪還するか、さもなくばもろとも消しに来るはずだ。通信手段はなんだろうか? 一般携帯電話や無線は使えない、伝令かアメリカの傍受を承知で通信衛星携帯を使うしかない。前者ならば馬鹿正直にザランジに戻らず、近くの拠点に駆け込むはずだ。タイミング次第で待ち伏せされてしまう。確実に足を奪わねば! 逆に言うならば、多少派手にやったところで心配はない。渡河が鍵になる。橋を通らねばならない、残りが徒歩というわけにはいかん。


 腕にさしてある鉛筆をチラリと見る。先っぽに重心があり、芯が本当に鉛で出来ているフェイクだ。持てば重いのがわかるが、普通に書けるためにそれ以上疑問を持たれることもない。


 ――橋を渡ってから武器を拾いに行くか、真っ先にパキスタンに向かうかはその時に判断しよう。


 どちらが良いとは解らない部分を先送りにしてしまう。その行動に固執する必要はない。

 暗くなってからも、無灯火で運転が続けられた。速度はかなり落としている。ちょっとした丘に登る度に双眼鏡で辺りを見回した。カールマルが光を発見する。


「揺らめいています。火を焚いているのでしょう」


 自分達の影響下にあるためだろう、無警戒に火を使っているのが島にも確認できた。


 ――車なら一時間の距離か。多少風が出てきたが無風に近いな。


「エンジン音はどのくらいまで届くだろうか?」


 密林ならば数百メートルだが、開放されていて音がない世界ではどれほどだろうか。耳が良い現地人と鼓膜を痛め付ける軍人の差もある。


「三キロメートル程、あの手前の丘の麓までならば心配ありません」


 返答を聞いて、そこまで進出することを決める。軽い食事をして、交代でそれぞれが二時間弱仮眠をとった。完全な闇に焚き火が揺らめいている。野獣が襲ってくるのを遠ざける為だろう。

 闇に目をならしておく、先頭を歩く者以外は光を直視させない。焚き木がはぜる音すら聞こえてくる、二百メートル程にまで近寄ってきた。警戒しているのは二人いた、他は全て寝入っているようだ。


 ――車両が四台か、十人やそこらは居るだろうな!


 ピョートルが居るのはどこかを目で探してみる。火にあたっている男達の視界には入っているはずだ。幾つか毛布にくるまっている、それらの塊とは別だろう。視線を流すとやや離れて一つだけミノムシのようなのがあり、また離れて塊が幾つかあった。


 ――あの単独のだ。


 ロマノフスキーに指さしをして場所を確認させる。ゆっくりと頷いてどこに居るかを意識の中に刷り込む。次いで後ろにいる四人にも合図を送る、いざ始まるまでは伏せているようにと。車両を真っ先にロケットで狙うよう指示してあった。


 ロマノフスキーに目配せをして、島が左、彼が右の不寝番を処理するのを決める。ナイフを手にしてゆっくりとにじりよる。音をたてずに背後にまでくると筋力にものを言わせて一瞬で起き上がり、後ろから片手で口を塞いで腎臓に刃先をめり込ませた。あまりの激痛に声も出せないまま即死する。

 ロマノフスキーがいち早く単独転がっているところに近付く。チラリと顔を覗くと老けはしたが共に育った兄がそこにいた。


「兄さん」


 口を押さえてからウズベク語を小さく囁く。何かと目をさましたピョートルが驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。言葉は発しない、体だけを覚醒させるためにところどころに力を入れたり抜いたりを繰り返す。

 島は寝ているやつらの口にナイフを押し込み、一人、また一人と処理して行く。誰も目を醒まさないまま永遠の眠りについた。


 思いがけず完全奇襲に成功したため、パシュトゥーン人二人にトラックを取りに行かせた。その間に死体を砂地に埋めてしまい、使えそうな装備を剥ぎ取る。


 ――車を破壊すべきだろうか?


 一瞬考えたがやはり破壊することにした、修理されて使われてはたまらない。ガソリンを抜いて車体にかけてやり、少し離れてから射撃すると火花で以て着火した。これでロケットが節約できたと微笑する。

 ニコライに抱えられてトラックに乗ると、ピョートルがようやく口を開いた。用心深いのか周囲に彼しか居なくなりやっとだ。


「ニコライか」

「はい、兄さん」

「彼らは?」

「仲間です」

「どこへ?」

「パキスタン、そこから脱出します」

「家族は?」

「無事です。国を離れますが」

「俺がやるべきことは?」

「怪我はありませんか?」

「問題ない」

「では、道すがら説明を聞いてください――」


 危惧していた部分が、全て最高の状態で推移していた。ここまでくると早めにトラブルがあったほうが、逆に安心するとすら思ってしまった。

 ザランジには寄らずに街の東を走る。途中途中交替しながら給油以外では車を停車させない。疲労が蓄積されてしまう。陽が暮れる頃には橋まで数時間という所まで来ていた。


 真夜中は休むことにし朝方に出発、一番で橋を渡るよう計画する。


 メレゼ村で唯一、村長宅に電話があった。村とはいうが極めて小さな集落でしかない。ターリバーン人員で人口があるかのように、偽装して行政権を維持しているのだ。

 そこの住民で、砂漠に昨晩のうちに入ってきた車を見かけているものがいた。朝になってすぐに水を売りに行こうとしていたら、黒煙を上げて燃えているではないか。

 すぐさま村長のところに駆け込み報告をする。調査をするために人を送ると同時に、ザランジにある連絡所に一報を入れておいた。


 異変に気付いたターリバーン・ザランジでは、北部に四両で移動している奴等がいるのを明かす。情報漏れをしないように、集落に寄らせなかったのが仇になってしまう。上層部と下とでの訓練度の違いが、現場で失敗を起こさせた。


「今追わせている。一応向こうでも警戒させておく」


 渋い顔で受話器を置いた。これから召集を掛けて第二陣を出しても間に合わないだろうと。仕方なく地区外の味方に情報を渡すことにする。だが繰り出した一陣が成功を報告してくるかどうか、暫し待つことにした。


 橋がある場所へ向けて最短距離を行く。ターリバーン・ザランジの地元の利だ。検問から十キロも離れたら、それこそ戦闘の音も聞こえなくなる。距離を隔てて北側を警戒した。三人一組で一台に乗り込み数十キロ単位で偵察を繰り返す。

 三時間程で最後に引き返してきた奴等が、蜃気楼の向こうに動くものを見たと報告してきた。


 ――他に車が何台もいるとは考えられんな!


 指揮を任されていたヒメディーは、思いきりが良いことで知られていた。一か八かでその影に全力で当たることにする。失敗したら発見できなかったと告げれば良いと。


「そこに先導するんだ!」


 今までも当たりを二度引き当てて、現在の地位に就いていた。多少の実力に運が加わりもう一度と狙う姿勢は悪くない。


 今のところは平穏であったが、他山の石とすべく火を使うことは無かった。乾燥した肉を生温くなった水に浸して口にしている。


 ――しかしこのピョートルだが、もの凄い鋭さを持つやつだな。体格にしてもロマノフスキーより痩せてはいるが、骨格は変わらん。栄養状態が少し悪いようだが数ヵ月できっと立派になるぞ!


 視線に気付いたピョートルが話し掛けてくる。あらましは聞いているだろうから、余計なことまで喋らないようにするだけだ。


「オーストラフ、君がニコライの友人なのは聞いた。だがこいつらが手助けするのは金か?」


 小声なだけでなく、ロシア語を使うため会話が聞かれたりはない。それだけに一対一である。


「まあ色々だろう。金もあるだろうさ」


「ほう色々か。例えばどんなだね」


 明らかに試すかのような運びである。一筋縄ではいかないのがよくわかった。


「そいつはだ、俺からしてミエスーティブ・オーストラフだからな」


 微笑すらせずに無感情に喋る。互いに値踏みするように反応を窺う。信用してはいるが能力とそれはセットではないのだ。


「何に対しての復讐?」


「テロリストだよ」


 ピョートルもその範囲に入るかも知れないが、共に眉をピクリともさせない。


「ロマノフスキーは何故捕虜に?」


「……巻き込まれた。若い女が部隊の側で自爆した。爆風で意識を失い、気付いたら捕虜だ」


 ――イスラム原理主義者の常套手段だな。場所を選ばないだけに、俺でも完全に避けるのは無理だろう。


「処刑されないのは何故だ」


 話では武器を抱えているからと言っていたが、黙ってしまう。答えようとはせずにじっと見詰めてくる。


「スティンガーだな」


 テロリストが喉から手が出るほどに欲しがる、最早これしか答えが思い付かなかった。


「そうだ。保管場所を知っている」


 ――殺すよりも魅力的なわけだ。かといって拷問の跡もないが?


「取引の材料はなんだ。ターリバーンが無傷で捕虜を養うとは思えんな」


 無理に引き出さなくても、ロマノフスキーが秘密を吐くと考えた、その根拠が何かまでは想像がつかない。敵の敵は味方だとしても言葉だけでは通じまい。


「奴等も頭の中身までは見られないと言うことだ」


 そこまでで一方的に話を打ち切られた。どちらかが口を閉ざせば、それで終わりになってしまう。


 ――脱出してからだな。中佐が望んでいるのはそこまでだ。


 三交替で最初にカールマル、中番がロマノフスキー、最も危険な朝晩を島が受け持つことになっていた。それぞれにパシュトゥーン人がつくが、言葉はカタコトの英語でしか通じない。

 闇夜の警戒は見ると言うよりは聞くことに比重が置かれる。無音空間である、人が近寄ろうとしたら注意さえしていればわかるものだ。互いに背を向けあって反対の方向の警戒をする。何かが起きると気をはりながら、一時間が過ぎ去って行く。


 ――遠くに光?


 目を凝らして疑いがある場所を睨む。またちらりと光ったような気がした。


 ――回り込まれたか!


 起床にはやや早いが仕方ない。すぐに全員を起こして光が見えたことを告げる。


「この時間に走っているとなると余程の緊急事態か、ろくな奴等ではないでしょう」


 カールマルが急病人の可能性に触れた。


「どちらだったにせよ、無人地帯に人がやってきた。警戒すべきだ」


 中佐が後者の場合に備えておくべきなのを指摘する。隆起がある部分を見付けて斜面を少し掘り下げる。一切の灯りを発していないため、遠くから発見される恐れはない。陽が登って初めてトラックが見付かるくらいだ。時計を見る。体で覆って一瞬だけ発光させた。夜光反射塗料のお陰で、日の出まであと少しなのがわかる。


 ――あれから光が見えない。まさかこちらの場所をわかっていて、ライトを消したんじゃないだろうな。


 気付かないだけで近くに誰かがいたとかから、単なる予測で接近してきたまで可能性を模索する。パシュトゥーン人を一人離して配置し動きを窺わせる。何かあれば向こうには見えないように、時計の文字盤を後ろにして回させる。

 五感に鋭い彼等は、遥か先の人間の会話を耳にした。風に乗って意外と遠くまで音が運ばれてきたのだ。

 カールマルがそこに近付いていき、見聞きした内容を島のところに持って帰る。帰還したら最大の査定をつけてやることを、内心既に決めていた。


「この辺りにいるはずだ、探せ。そう言っていたそうです、パシュトゥーン語で」


「生き残りは居なかった。燃えた車を見て、ザランジに通報したか」


 ――パンクさせたり、ハンドルを壊したり位で済ませるべきだったか。だが簡単に修理が出来たら、追跡に利用されるからな!


「ですが何故場所がわかったのでしょう?」


 それについては島も疑問だった。発信器を持っているが、まだ起動させていない。


 ――誤ってスイッチが入り、またまた奴等が受信した? それはないな。あるとしたら襲撃場所と橋を結んだ線から、時間経過で距離を割り出したあたりだ。つまりは見当つけただけにすぎん。


「経験からくる勘だろう。理屈じゃない、向こうにも戦士が居るんだろうさ」


 やがてエンジン音が聞こえてきた。複数台なのがわかる。


 皆には島が射撃したと同時に発砲するように命じる。ピョートルもニコライの近くで、小銃を手にして冷めた目で、星明かりしかない荒れ地を見る。

 うっすらと陽が登り始めた。かなり近くに見えるが、屋外なことを加味すれば、まだ五百メートルはあるだろう。


 敵にトラックが発見されてしまう。だが構わずに待機を続け、更に近付いたとろこでソ連の忘れ形見であるRPG18――ロケットを先頭車両に向けて発射する。アフガニスタン侵略で現地人に奪われたり、小遣い稼ぎに横流ししたのが巡り巡って手元にある。

 アメリカのM72と違い遥かに射程も短いが、軽車両を吹き飛ばすのには過剰な威力だった。


「撃て! 全滅させろ!」


 使い捨てのロケットを近くに並べ、次々と発射していく。二秒かからずに弾着し車が炎上する。数瞬の間をあけて、双方が射ち合いを始めた。相手にしてみれば奇襲してやろうと思っていたところに、突如砲撃を受けたのだからたまらない。なのに即座に反撃してきたあたり、中々の胆力だと言えた。


 ――やはり戦士の直感に違いないぞ! 圧倒せねば!


 近くに置いたロケットを、惜しみ無く発射する。飛び降りた敵も破片を浴びて負傷する。それでも果敢に小銃を射ちかけてきた。戦闘に没頭するとそのせいで体の異常に暫く気付かないのだ。弾倉交換などの際に、ふと熱い部分を触ると手に赤いものがついて気付く具合だ。


 二台が東に回り込もうとする。太陽を背にしようとの目論みだろう。


「ニコライ、二人で行って阻止するんだ!」


「ラジャ!」


 左翼に居た彼は背を屈めて四基のRPG18を抱えて、小走りにかけてゆく。パシュトゥーン人が小銃を射ちかけながらそれについていった。


 ――三台炎上で、あと何人いるんだ!


 三人ずつ乗っていたならば、二十一人だ。どこまで軍隊に近いかは判然としないが指揮官が一人か二人別にいるはずだから、正面には八人以下との目算が立つ。襲撃で場所の目星がついていたことから、別の部隊が近くにいることはないだろう。仮に散開していたとしても、視界の外にまでは出ていないはずだ。


「カールマル、丘の陰から東にこられないように注意を!」


「わかりました」


 自身は正面に集中するため、側面後方を任せてしまう。あっちもこっちもとはいかない。

 ヒュンと音を残して至近を弾丸が通り過ぎた。何一つ恐怖心はない。頭に当たれば知らずうちに即死だろうと。ちらりと左手に視線を投げ掛ける。車が一台だけ炎上していたが、もう一台は元気に走り回っていた。


 ――ロケットを射ち尽くしたか?


 担いでいる様子がないため、漏らしてしまったのだろうと判断する。口を開こうとしたところで、ピョートルが「俺が行く!」ロシア語で叫んで、ロケットを小脇に抱えて向かっていった。

 島は全自動で敵に弾丸をばら蒔き、移動を支援する。一息で弾倉を換えてすぐにまた射ち切った。

 絶妙のタイミングを感じた。戦機などというのは、どこの戦場でもさして変わらないものだと納得させられる。戦闘指揮官は伊達ではないのだ。


 何と無く視界の端で右にいた奴を確かめると、頭がぱっくりと割れて息をしていなかった。先ほどまで射撃音が聞こえていたのに、いつの間にかこの世を去ってしまっていたのだ。数秒して左手側で爆発音がした。あっさりと車両に命中させたらしい。ニコライが側面に回り込む姿勢を見せていた。


 ――以心伝心、無線など無くてもやるべきことを承知しているわけだ!


 二十年近い軍歴を重ねているロマノフスキーである、今さら言葉は要らなかった。


「敵を制圧するぞ、弾幕を張れ!」


 島の叫びを各自が繰り返し伝達した。途中からパシュトゥーン語に変わる。

 次第に弾着が低くなってくる。生き残りほど強者なのだ。手数は少なくなったが反比例して集中力が出てきた。若手の面倒を見なくて済むようになり、個人個人が鋭さを増す。


 ――あの車の陰にいるやつが司令塔になっている!


 ロケットを持ってくるようにカールマルに指示を出す。這って抱えてきたそれを、持つが早いか即座に発射した。一秒少しで車が木っ端微塵になる。しかし、既に男はそこに居なくなっていたようで、敵に動揺が見えない。


 ――勘が良い奴だ!


 自身も場所を動くべきだと数メートルを素早く移る。ほぼ同時に今まで居た場所で、爆発が起きる。何かが頭にぶつかり一瞬目の前が真っ白になってしまった。手をやると、流血こそしてないもののこぶが出来ていた。


 ――直撃より一万倍マシだ!


 負傷を前向きに解釈して、カールマルに問題ないのをアピールする。ヘルメットを被った商人など、怪しすぎるので持ってこなかったが、次があれば何とか偽装して用意しようと心に誓う。


 遠くで車が爆発した。ピョートルがまた一台に命中させたようだ。


 ――ピョートルにスティンガーの管理をさせている理由はこれか!


 きっとロケット類のスペシャリストなのだろう。初撃もそうだったが、あまりにも見事にやってのけた。また爆発した。持ち出したRPG18を必中させて、あちらは足がなくなってしまう。


「トラックを奪わせるな! 敵は狙ってくるぞ!」


 砂漠の真ん中で移動手段を失ったならば、あるものを奪うしかない。そこには砂漠迷彩の島らのトラックしかないのだ。当然こっそり奪って逃げ出すか、どちらかが全滅するしかない。島らにしてみれば後者しか有り得ないのだ。

 ニコライが大きく迂回して相手がじり貧になってくる。二方向の攻撃から身を隠せる場所が中々見付からない。狙ったのか偶然なのか、相手の攻撃がピタリと止まる。


 ――突撃してくるぞ!


「弾倉を交換するんだ!」


 弾切れになったら一大事と、無理な攻撃継続を中断して玉砕攻撃に対抗すべく準備をさせる。銃剣がない以上、射撃で仕留めなければ接近されたら力負けしてしまう。


 丘のうねりから人陰が飛び出してくる。肩に死体を抱えて盾がわりに利用している。数初命中したが致命傷とはいかない。


「アッラーアクバル! アッラーアクバル!」


「足だ、足を狙うんだ!」


 満タンになった小銃を乱射して、接近しようとする敵を射竦めようとする。パシュトゥーン人らは弾着が高くなり、死体に弾が飲み込まれた。あと数歩といったところで、バランスを崩して転倒する。小銃を手放すと、そこにはピンが抜かれた手榴弾が握られていた。


「手榴弾だ!」


 咄嗟に足をそいつに向けて伏せる。両手を耳の後ろに当てて、口を半開きにする。大爆発が起きて鼓膜が揺れた。屋外用の手榴弾でも特に火薬が多いタイプだったらしい。

 音がない世界のまま一瞬で周囲を広く見て、何が優先されるかを判断する。カールマルに向かっている敵を斜め後ろから撃ち抜いた。手を伸ばして覆い被さろうとして、その場に崩れ落ちる。流石の彼も息を呑んだようだ。


「死体から離れるんだ!」


 爆発する可能性があるため身を移す。どんな危険があるかわかったものではない。


 振り返ると銃を手にしてあたりを見て回っている、ロマノフスキー兄弟が見えた。どうやらもう攻撃はないようだ。

 生き残りが居ないようにチェックして、死体に砂をかけておく。車がある以上はすぐに異変に気付くだろうが、死体を見付けるのが遅れたら何らかの時間稼ぎになるだろうと。


「二人やられました」


 運転手を喪失したことを意味する。勇敢に戦って死んだのを認めて、補償金を出すのを約束してやる。危険を承知で参加しているので、結果についての不満はないはずだ。


「装備をまとめて、シートにくるんでトラックに載せるんだ!」


 奪った武器を集めておく。また襲撃されたら火力が上がる。

 応急手当をして橋に向かう。一台はカールマル自身がハンドルを握った。


「橋が見える手前で、一旦車を停めてくれ」


「わかりました」


 ポケットに入っている豆を手にとる。中の一粒をつまんでまたポケットにしまった。こぶに手をやりさする。通過の際になんと言い訳をしようかと話を振った。


「集落で強盗に襲われたとしましょう」


「硝煙の臭いが凄いが」


 色々な臭いが混ざってしまってはいるが、流石にわかるだろうと指摘する。


「媚薬に一番敏感でしょう」


 緊張からの解放でついつい冗談が口をついて出る。笑いながら島も「なら安心だ」応じた。何せどうにもならないのが事実で、入浴して着替える時間があるなら一秒でも早くにアフガニスタンから出てしまいたかった。


「窪地に停めます」


 奪ったものだけでなく自分達の装備も一緒にシートにくるんで、目印になる岩から五十歩のところに穴を一メートル程掘って埋めておく。一年後に掘り返してもすぐに使えるようにと。

 丸腰になって、ようやく橋の検問に向かう。


「おっ、具合はどうだったね」


「上々でした。次は十倍規模の列をなしてきますよ」


 たまたま前と同じ人物なわけではなく、基本は常駐なのだとカールマルが教えてくれる。余ったからと砂糖を渡し、同時に少し握らせる。硝煙については気になる態度すら見せない。

 残る袋は渡り終えた向こう側で下ろすと言葉を添える。出入国管理官への心付けだ。


 顔ぶれが違ったり人数が減っていることも、一切不問で通過を許可される。まさにガイドとしての面目躍如と言えた。


 ――武器を積んだままではすんなり行くまいから、これで我慢だ。


 やってやれないことはないが問題が起きるかは三つに一つと推測を聞かされ、通過を優先させた。

 河を背にして隠したはずの武器を回収するかの判断に迫られる。道を外れたせいで、不幸が寄り付くとの可能性も考慮しなければならない。


「どうします?」


「直進してくれ。最短距離を行こう」


 陽が暮れても街を目指せば辿り着けるだろうとの、往路からの感覚も手伝い武装を求めずに走破することを選んだ。

 荷物も軽くなり比較的運転も楽になる。ピョートルも含めて、一時間交代でハンドルを握る。誰も文句は言わなかった。

 途中給油と食事で三十分だけ停車して、またすぐに車を動かした。強行軍も終わりが見えているだけに、疲労もそこまできつくはない。精神的な部分がそうさせている。

 ヘッドライトをつけて速度を緩めてブッキィを目指した。


 深夜に国境検問所に到達した。当然、門はきっちりと閉められており、朝になるまで付近で宿営することになる。同じような境遇のテントがあたりに複数あった。だが決して近寄ろうとはせず、無警戒で寝てしまおうとは思わない。まだここは競合地域なのだ。


「開門まで五時間かそこらだろう。二交代で警戒だ」


「疲労も蓄積しています、三交代では?」カールマルが渋い顔の面々を見て、睡眠時間を増やすことを提案する。


「明日の今頃は安全圏だ。ここでもう一踏ん張りして欲しい」


 不意討ちで屍、良くてもターリバーンの獄に繋がれるでは疲れた体に鞭打つのを選んだ。カールマルも一応の反対意見を述べただけで、すんなりと決定に従った。

 ニコライとパシュトゥーン人に先に番をさせた。後半が三人である。銃撃戦などしては検問所から衛兵が飛び出してくる。その為、何かあるならばひっそりと接近してからホールドアップだろう。それならばニコライは一人力を軽く超える。

 音が無い。呼吸すら聞き取れるのではないかと、錯覚しそうになってしまう。


 見張りを交代して、見えもしないのに辺りを眺める。


 ――気配を感じる。手を出してはこないようだが?


 何と無くだが、人間が発する気のようなものを感じた。言葉では言い表せないが視線を向けられているように思える。

 こちらが見えていないからと、あちらも見えていないと考えるのはこの場では間違いだ。視力以前に目の作りが違うことすら考慮が必要となる。暗視装置の存在も一パーセント以下だとしても、頭の隅に留めておく。


 上衣の中でナイフを握っておく。頭の後ろにすら目があるかのように、神経を研ぎ澄ませる。ピョートルからも緊張が伝わってきた。すぐにでも飛び退けることが出来るよう体勢を整える。数分だったのか数秒だったのか、気配が感じられなくなるまで警戒していたが、ついに何も起きなかった。


 ――偵察か? 野盗の類いならば諦めたのかも知れんな。ピョートルのやつ、中々やるぞ。


 陽が昇り、粛々とゲートを開放する職員に視線を向ける。だがそれが出国時に居た奴かは判別がつかなかった。


「通過しよう」


 簡単な食事だけを済ませて、車ごと列に並ぶ。カールマルが下車して、職員に話し掛ける。どうやら顔見知りを見付けたらしい。

 砂糖とクシャクシャになった紙幣を素早く渡すと、ろくな検査もなしに笑顔で出国を承認された。是非ともまた来てくれと、感謝の言葉まで飛び出し皆を驚かせる。

 パキスタン側の官吏はCIAの息が掛かっていたのか、無味乾燥な態度でありつつも、やはり検査など詳しくやらずに通過させた。


 ――よし、難所を越えたぞ!


 ゆっくりと車を徐行させながら隣の男と笑みを交わす。やはり安全圏に到達したとの思いがあったのだ。


「ブッキィについたら飯を奢ろう。その街の一番の店で!」


「ありがたくお呼ばれします」


 カールマルも相好を崩して受け答えする。これでアメリカにいる家族と、一緒に暮らせるようになると。


「俺はどうなる?」


 ピョートルだけはさして表情を変えずに、よく言えば冷静な言葉を吐く。共産圏に暮らした者達に共通する、感情を圧し殺した生活がうかがい知れるような気がした。


「なに、自由だよ。ゲリラに戻りたければそうしたら良いし、辞めたければ辞めたら良い。ただし――」

「ただし?」

「両親に無事を知らせてからだ」


 何とも言い返せずに、解ったとだけ答えて外を見た。彼が悪いわけではなく歴史や時代がそうさせていた。


 無茶な強行軍をせず、余裕を持った運転で街に向かう。暮れなずむ空を背負いブッキィの外郭に到着した。街の警備兵が寄ってきて、手をあげ停まるように命じる。言われるがまま停車し、全員が下車した。


「どこから来たかね」

「橋から国境を越えて」

 言いながら旅券を提示して、出発地点に帰還したと説明を加える。


 ――奴等、立ち位置がおかしいぞ?


「ニコライ、武器を用意だ」

「スィン」


 にこにこしながらスペイン語で警告を発する。ニコライもピョートルにウズベク語で注意を呼び掛けた。

 トラックの荷台から木製のサンドヘルパーを外して、鉛筆を手に取り然り気無くセットして近くに置く。


「何をしている?」英語で問われた。


 島は少し首を傾げて、考える振りをする。


「茶でも淹れようかと思ってね、砂糖を取り出しているところだ」


 ロシア語で答え、ペロリと手を舐めアピールする。片手で白色の粒が入った瓶をとり鍋に両者を入れた。


「この旅券は偽造のような箇所が見受けられる」

「そんな馬鹿な! アフガニスタンの正式なものだ!」

「タリバン政権のかね?」


 鍋を手にしていたが、それをコンロの上に置いた。瓶の口を開けて左手に抱える。トラックのタイヤ側には、木箱が陰になるように置かれている。


「政府が発行した真正品だ」

「君達を不法入国で拘束する」

「何だって?」


 小銃を向けられ地べたに伏せるように命令された。カールマルとパシュトゥーン人は渋々従う。

 島らは英語が解らない振りをして、首を傾げる。


「伏せてから爆発したら反撃だ。それぞれ正面の敵をやれ」


 ロシア語でにこやかに不穏な指示を出しつつ、茶を飲むかと語りかける。だが指差しして、伏せるように示されると、理解したと顔を曇らせて鍋から離れてそうさせる。


 手にしていた瓶を鍋に放り、直ぐ様伏せる。すると物凄い勢いで炎が上がり、爆発的にそれが飛び散った。近くにいた奴は衣服が燃え上がり、地べたに転がる。


 置いてあった木箱を手にして、呆然と炎を見詰めている奴に向かって鉛筆を発射した。見事に耳元に刺さり即死する。落ちた小銃を拾い兵に向けて発砲、転げ回っている奴にも一発お見舞いしてやり周囲を見渡す。

 ニコライも同じように小銃を構えて辺りを窺い、ピョートルはナイフを死体から引き抜いていた。


 ――やはりこいつらは戦士だ!


「死体をトラックに載せてシートを被せろ。血には土を被せておくんだ」


 すぐに乾燥した大地に吸収されて固まり始めていた。上からさらっとかけてやると、何事もなかったかのように見分けがつかなくなる。


「兵士をこんなに殺して?」


 カールマルが将来に不安が出来たことを口にする。


「そいつらはテロリストの手先だ。俺達を待ち伏せしていたんだ」


 証拠があるわけではないが、妙な確信はあった。後に調べれば必ず何か判明するだろうと。

 程なく街から出迎えがやってきた。ザ・カンパニーの職員で、トラックと乗用車を交換し後の処理を引き受けてくれた。名をコレーニィと言った、世話焼きとの意味だとカールマルが笑っていた。


 ブッキィからすぐにヘリに乗り、ぺシャワールへと飛んだ。たった三時間余りで着いてしまう。

 用意されたホテルでシャワーを浴び、レストランで極上の逸品を胃袋に詰め込んだ。アルコールが喉を滑らかに通りすぎ、翌朝は昼近くまで睡眠をとった。


 午後になり監督官に面会する。島一人で部屋に入る。随分と久し振りにやってきたような感覚になってしまった。


「ようやく帰還しました」


「ご苦労だ。調子はどうだね」


「二人を喪いましたが、目的は果たしました。カールマルも最高の働きをしてくれました」


 きっちりとエージェントの評価をして、自身の役目を果たそうともする。


「それは良かった。推薦した私も嬉しいよ」


「陸路国境を越え橋を渡りザランジに入りました。現地の商人から武器を仕入れ、北部に移送中のピョートル・ロマノフスキーを奪還。テロリストを全滅させ橋に向かいました」


 主要な報告を行う。これが重要で今後何が役立ち、何が無駄かを把握するのだ。気付いた点があれば、後回しにせず話を中断して詳細を尋ねた。


「商人の信頼度は」

「拝金主義です。より高値をつけた客が神様です」

「移送とは」

「ロマノフスキーが強力な兵器を管理している為、それを回収する案内をさせる目的です」

「その兵器と隠し場所は」

「スティンガーです。彼は有能な砲手でして。場所や数は把握していません」


 メモをとるわけでなく、全てを脳に刻む。彼らは敵に漏れる何かを忌避するのだ。


「続きを」


「保護して夜中になるまで車を走らせました。荒野で野営をしていると、南から敵が接近してきました。ザランジ北に半日程にあるのが、敵性集落なのでしょう」


 討ち漏らしたわけではないのに、闇夜居場所を見付けたのは出来すぎていて、正確な通報があったはずと推測を述べる。


「時間と方向で凡その距離がわかる。妥当な推測だろう」


「待ち伏せしてやり、逆に奇襲をしました。何とか全滅させるも、ここで二人を喪いました。彼らは最後まで勇敢に戦いました」


 死後に指定代理人に補償金が満額渡るように、見届けた内容を話す。事実、文句も言わず常に指示に従った、満足な働きをしてくれていた。


「国境検問所手前に、武器を埋めてあります。朝になり一番で通過し、ブッキィに夕方到着しました。郊外で警備を名乗る兵に停車させられましたが、拘束を受けそうになり全滅させました」

「何故拘束されそうに」

「カールマルの旅券が偽造だと。ただし、理由は何でも良さそうな感じでしたが」

「どのような推移で」

「停車させられ全員下車、緩やかに囲まれました。自分は茶を淹れる振りをして、砂糖と薬剤を混合し、鍋を皆の中心に置きました。拘束を宣言され、伏せるように命令されたところでドカン」


 自身のアイデアが最高の効果を発揮したとの話に、満足そうな笑みを浮かべる。


「近くの奴等は丸焦げ、皆は呆気にとられたわけか!」


「はい。そこで細工したボウガンを使い、無傷の奴を倒し銃を奪いました。それで反撃し、全滅させた次第です」


「なるほど。発信器はきっちりと稼働していた、迎えを早目に出すようにしておけば、余計な危険は少なくなっていたわけだ」


 パキスタンまで来たら安全だと考えていたのは、島も同じだと想定外のアクシデントとして収めるようする。


 報告を終えると、カールマルらとはもう顔をあわせることは無かった。任務外であまり関わりを持たせるべきではない、理解可能な措置である。


 ホテルに戻ると、ロマノフスキーが仕草で部屋にくるよう招いた。別々のエレベーターで階を登り、関係ないフロアーで降りて階段を使う。身に染み付いた、防衛本能と習慣であった。部屋に入り施錠して、ようやくリラックスする。


「閣下、今回の件、まことにありがとうございます」


「おい、閣下はよせよ。俺とお前はカラマード――戦友だろ。立場が逆でも同じことをしたはずだ、お互い様さ」


 肘を折って手を差し出す。指先が上を向き、ロマノフスキーが親指を絡ませガッチリと握った。


「兄はトルクメニスタンに行かずに、北部に戻るそうです。両親も無事だったならそれで構わないと」


「そうか、ならそれが良いんだろう」


 ピョートルもホテルから姿を消していた。やるべきことがあるのだろう。


「ところで中佐、フィリピンで対テロリストの兵を訓練してみないか?」


「ダー。ですが、詳しくはビールを飲みながらでいかがでしょうか」


 そいつは名案だと、いつものように悪巧みをする二人であった。


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