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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第二部 第九章 チャドの腐敗、第十章 コートジボワール激震

 その日の朝は、温暖な地中海にしてはやや気温が低かった。もう体が熱帯地域に慣れてしまったせいもあるのかもしれない。


 昼頃に軍曹以上が召集され、緊急展開が行われると説明が始められた。いつも突然なのはもうなれっこである。

 昨日、フランス本土からジプチへ向け、重砲を搭載した輸送機が離陸した。程なくして天候が急激に悪化、視界も悪く計器類が誤差の振り幅を大きくすると、エジプト領空を通過するはずがリビア領空に進入してしまい、警告もなしに攻撃を受けたそうである。(リビアは警告したと主張してはいるが)


 その輸送機は動力部に被害を受け、近隣に緊急着陸可能な場所を探したが、チャドのティベスティ高原から南西、マッサコリシティーから北西約百キロ地点の、地方空港しかたどり着けなかった。着陸したと通信が発されたのを最後に、連絡が途絶えた。

 チャド政府に確認をとるとそのような事実はないと回答され、数時間後に百八十度反対の方向の回答に修正された。


 修理と給油の要請を行うも拒否され、また数時間後に承諾の返事がきて、最後に天文学的な数字が請求されると通達があった。フランス政府は隣国ナイジェリアの大使館に、チャドで異変が無いかの確認を行わせた。すると民族対立による反政府組織がここでも激しく抵抗しており、首都ンジャメナ周辺部にまで迫っているという。


 チャドにある大使館は、情報統制にあって満足に活動を行えないため、在フランスチャド大使館との交渉が続いた。ところが全く芯が通った答えが返ってこない。


 そうこうしているうちに今朝、ナイジェリア駐在武官からナイジェリア軍より通報が得られたと報告してきた。ナイジェリア北東部メーデュグリの国境警備師団が、フランスの不時着機を発見し、これを奪取しようと画策しているとのチャド側からの無電を傍受した。


 フランス政府はチャド政府に正確な状況の開示と、要求金額の国際的な標準金額への修正を求め、本日正午までの回答を最後に、以後は乗組員や積み荷を、自力で安全確保に努めると最後通牒をきった。チャドへはコルシカの2eREPから、第1中隊並びに第8中隊が緊急派遣される、と内示があった。恐らくは出撃となるために、待機命令が下った。


 もし反政府組織に重砲が渡れば、大変な被害がもたらされるため、時間との競争になる。チャド国防軍の援助は期待出来ず、むしろ妨害を受ける可能性すらある。

 不整地ばかりなのと、ヘリでは足が届かないために、空挺作戦が立てられる。落下傘二個中隊が空港を占拠し、代替の輸送機を強行着陸させ、重砲や重傷者を搭載して離陸、もう一機を投入し空挺部隊を回収し、チャド領内から脱出するとの筋書きである。


 いくらチャドが国際的諮問調査機関からの、世界一政治腐敗が進んでいる国や、その他諸々のワースト記録を沢山保持していようとも、歴とした主権国家である。領内で他国の軍隊が勝手に行動するば抗議もするし、国際社会からはフランスを非難する声が出るだろう。


 少し前にイスラエル軍が似たような状況になった時、やはり乗員を救助するために出撃をし、強行救出を行った。国際世論は等しくイスラエルを非難したが、(いつも味方のアメリカは珍しく無言だったが)イスラエル国民は歓喜の声で救出部隊を出迎えた。作戦を指示した内閣は異例の支持率急上昇を見せた、それになぞらえるつもりだろうか、最近のフランス政府はこの手の行動に興味を示して久しい。


 もし着陸が不能であれば現地判断で重砲破壊をし、チャド湖を迂回してナイジェリアに陸路脱出、との関連作戦も示された。空挺は軽装備になるため、陸路をとる羽目になったら最後、過酷な運命が待っているだろうと予測されている。


 一抹の不安を感じながらも、何が必要とされるか頭を巡らせる島であった。


 会議が終わると、早速小隊に武装待機命令を発した。空挺降下であるとパラシュートを用意させる。更に伍長を集め、チャド西部からナイジェリアへ、陸路で脱出の可能性があるのを告げる。

 基本の空挺作戦については後刻隊長から説明があると伝え、専らまさかの時のために、思考回路や手に入りづらい装備・資材の確保に努める。


 チャドがフランス保護領だった時期は古いが、今でもフランス語を理解する。もちろんアラビア語が主力だが。昨今中国から札束での往復びんたをされて、喜ぶ閣僚が多数を占めたため、チャドへはそこからの武器が流入しているらしい。

 サハラ砂漠を渡り、リビアからチャドやスーダンへの密輸も多く、ソ連の旧式装備も流出に歯止めがきかない。


 何せ国家予算が怪しく、歳出の七割近くが使途不明金であり、議員らの懐やこれらの密輸の支払いに消えているようである。そのような事情もあり、一概に反政府組織が悪いとは言えない部分もあるのだが、国際ルールはまた別だと何枚あるのかわからない舌で言い訳をする、フランス政府である。


 フランス軍の武器では、チャドの弾薬は使用出来ないことを意味し、補給がなければ現地で敵の武器を奪うしかない。

 幸いにして外人部隊では、それらの武器類の扱いも訓練に組み込まれており、ワルシャワ条約機構の主たる武器ならば、大抵は使用が可能であった。


 その日の午後閣議が行われ、即時介入を決定した。国防相から陸軍総司令部に、それから地中海司令部を経て、外人部隊に出撃命令が下ったのは、未だに空が明るい頃であった。

 中隊を二つ統括するために少佐を司令として作戦群を編成、エジプトからスーダンの西端を通り過ぎ、サハラ砂漠を南西へ突っ切りチャドの地方空港を目指す。


 内陸国へ向かうには、当然他国の領空を通過する必要があり、急遽話し合いを持ったとしても間に合うわけがない。昔はソ連とアメリカのトップの間にあった直通電話を、ホットラインと呼んだが、それが一般化してフランスもホットラインと呼ばれる緊急連絡手段を、特定の重要国間に持っていた。

 かくてフランス大統領がどこかへ連絡をとると、外人部隊が搭乗する輸送機は、誰何されることなくチャド領空へと進入を果たしたのだった。


 輸送機内で現地の情報が伝えられる。ナイジェリア駐在武官経由の報告では、輸送機は自力での離陸が不能で長期の修理を要する。機載の高出力無線は使用不能、搭乗員は一部生存をしている模様、チャド反政府組織の部隊が接近中、チャド国防軍による空港警備隊が存在するが接触は不明、なお警備隊の規模は中隊とのことだった。


 概要が中尉により明かされ、次いで空挺作戦について命令が下る。地方空港北東に第1中隊、北西に第8中隊が降下し、第1中隊は空港施設を制圧、我々は輸送機を援護する。中隊長等を降下の中心として、各小隊が纏まって空へと飛び出してゆく。

 島は小隊の全員に「降りたら中尉を探せ!」と声掛けをし、機内に隊員が居ないのを確認すると、自らも縁を蹴った。ゆらゆらと落下傘が地上へと降りてゆく。首都付近は草原が多く、ステップ地帯に属しているようだ。


 柔らかい地面をダチョウのように足を動かし、何とか着地する。降下してすぐの、開傘するかしないかの緊張感ほどではない。

 随分と手前にいるであろう中尉を求めて、島は駆け足をする。人が集まる場所に向かい進むと、何やら混乱があったようだ。

「落ち着かんか馬鹿者共が!」


 腹から声を出して若い隊員らを一喝し、班ごとに整列させる。衛生隊員が治療しているのは、何と中尉であった。

 話を聞いてみると、降下の際に風でとばされた隊員と空中で絡みあってしまい、樹木に落下してしまったそうである。


 意識ははっきりしているが、裂傷に打撲があるため無理はさせられない。動揺する小隊に「戦闘準備!」と命令を下し中尉に指示を仰ぐ。


「中隊に合流を。シーマ軍曹、私が指揮を執れなくなったら、貴官が指揮権を継承するんだ」


 小隊付軍曹として将校を補佐するのは良いが、自らが判断をと言われ少し悩んだ「合流して軍医にみてもらいましょう」とだけ応え、部隊を前進させた。当然、中尉を治療している間にも作戦は続行される。

 島の小隊は予備に回され、他の部隊が空港の敷地の周りに張り巡らされているフェンスを除去する。


 落下傘を目撃したチャド国防軍は、本来ならば警察や空港職員らを避難させるべきであったが、彼らの頭にはそんな選択肢はなかった。警官が軍隊に促されて偵察しに現れた。手にしている拳銃では、全くの射程外から攻撃されてその場に倒れる。


 小隊二つがフェンスを突破して、障害物が無い滑走路を移動する。ターミナル側の警備室から機関銃が放たれ、あたりに鈍い音を立てながら着弾する。だが少しすると射撃がされなくなる。ターミナルが第1中隊により占拠されてたのがわかった。


 立ち往生している輸送機の周りには、土嚢やバリケードが置かれ、そこにチャド国防軍の兵士がいたが、りゅう弾を数回撃ち込んでやると、職務を放棄して逃げ出していった。


 輸送機までの道がクリアとなり、中隊長らと島の小隊がそこへ駆けてゆく。後ろには四つ目の小隊が続いた。

 輸送機に手を振り、レジオンと告げると、たてこもっていた搭乗員が駆けだしてきた。機長の大尉が「こんなところまで出張ご苦労様」と中隊長である大尉に軽口を叩く。


 その間に島は、小隊に滑走路脇にある土部分に塹壕を掘らせ、土嚢を積み直し、陣地構築するように命令する。なるほど今になり、土掘りが命懸けなのがよく理解できる。

 何もないのだ。当たり前だが滑走路は平坦で見通しがよく、一切の掩蔽がない。


 輸送機から百五十五ミリ重砲を運び出す準備をする。スロープを下ろして代替機が着たら移動出来るよう固定を解除し、もしもに備えて砲弾だけでも先に、と機外に持ち出し穴に並べておく。


 群司令の少佐が、ターミナルに指揮所を設置したようだ。中尉をそちらに運び安静にさせる。暗くなってきた空を睨み、見えるわけもないのにあたりを探す。


 チャド国防軍は蹴散らしたが、反政府組織が向かっているはずである。もし攻撃してくるならば明け方だろう。


 代替機もまさか暗いうちにはやっては来まい。交代で食事をとらせて、五十%の警戒で夜を過ごす。


 指揮所に〇三〇〇に日の出と共に着陸する、と通信がはいる。滑走路の左右に、目印となるように小さな火を灯して並べる。


 地平線の先に太陽が頭を出し始めた頃に、輸送機が滑走路に飛び込んできた。けたたましい音を出して、不時着した機体の側へと進む。

 指揮所より第8中隊へ警告が行われる。チャド反政府組織と思われる集団が、空港北部に接近中であると。


 ハッチが開いて重傷者の搬入を開始する。中尉も傷が芳しくなく、仕方なく押し込められる。砲は機械を使いゆっくりと搬出作業が行われ、それに倍する時間をかけて、隣へと搬入されていった。


 ヒューンと独特の音が響く。誰かが「モーター!」と叫んで迫撃砲の警告を行う。六十ミリ迫撃砲であろう、射程限界の二キロ地点から撃ち込んできているようだ。


 あまり滑走路に着弾しては、離陸に支障が出てしまう。少佐より第8中隊に、迫撃砲排除命令が出された。すぐに二つの小隊が北側へ移動し、脅威を取り除こうとする。


 ターミナルの屋上から、スポンスポンと音が聞こえてくる。第1中隊が迫撃砲を据えて、反撃しているようだ。二秒に一発の急射で、敵の足を鈍らせる目的なのだろう。


 空挺降下の部隊は火力が低く、迫撃砲の他、ロケットランチャーが精一杯なのだ。装甲車までならばまだ何とか対抗出来るが、戦車やヘリが現れたらお手上げである。


 チャドに攻撃ヘリがあったとしても、簡単には飛ばしてこないだろう。しかし戦車はンジャメナに駐屯しているだろうし、向かわせているはずだ。とはいえ、朝も九時を回ったあたりでゆっくり出撃し、空港に辿り着くと昼を越えているに違いない。


 島は夜光塗料が塗られた時計を見る。未だに〇四〇〇を過ぎたあたりである。ようやく重砲を積み替えたあたりで、転回して離陸となるには小一時間かかるだろう。


 小隊が反政府軍に対峙して広がっている。空港東側に、迂回する部隊の姿がチラチラと伺えた。小隊を更に一つ東側に張り付かせて、侵入されないように備える。


 指揮所に第二便が〇五〇〇に到着予定だと入電する。先発便が滑走を始め加速、機体が離陸を開始した。地上から射撃が加えられるが全く問題なく飛んでいった。


 中隊長が副官や中隊付曹長と何かを相談している。指差すところには先ほどの迫撃砲で穴があいた、滑走路があった。

 三本ある滑走路のうち二本に被害があり、残る一本には不時着機が乗っている。


 指揮所に報告を入れると、ターミナルから軍曹がやってきて、滑走路の状態を確認する。首を振っているのが見えた。


 ああやっぱりそうなるんだな。最悪を考えていた島は、ナイジェリアへ陸路向かうことになりそうだと悟った。

 輸送機に残っている水と食糧、使えそうなものを点検させる。あまり重くなると移動に負担がかかってしまい、本末転倒となる。


 少佐から第二便に滑走路使用不能、帰投せよの返答が出された。そして残存している部隊は現地を放棄し、西側へ向けて移動を開始するよう命令された。

 行きはよいよい帰りは辛いよ空挺兵。小隊長も居ないし、何だか人生のピンチを迎えているような気がする島であった。


 チャド湖。チャドの西部に存在する貴重な水場で、近年は少しずつ水量が減少している。地球規模の環境の変化が、関係しているのだろう。

 水運業が営まれているため、船を都合つけることが出来たら楽ではあるが、不安定な見通しにかけるわけにもいかないために、チャド湖の北側をぐるりと回って進む。


 後備は最強で鳴らす、コルシカの第1中隊が務める。追撃してくるだろう方々には、予め冥福をお祈りしておく。


 偵察を兼ねて一個小隊が先行する。途中途中で現地人が居たが、現金をちらつかせると非常に積極的に協力してくれたらしい。この地域はキリスト教徒が多いらしい、なんだか意外。

 道案内や食糧の提供で、何せ外貨を得ようと必死にアピールしてくる。この国では人命は安価である。娘を買っていってくれとせがまれた隊員がいたが、流石にそれは遠慮したようだ。


 警戒しながら百キロ近い距離を、土地勘なく移動するのは苦労が伴う。二日目の夕刻、ついに後備に追い付いてきた敵がいた。いつ製造されたかわからない年代物のジープに、兵士を乗せたチャド国防軍の追跡部隊だ。


 つかず離れずで監視をして、増援を待っている様子がわかる。しかし相手が悪かった、いや悪すぎた。追跡対象は落下傘連隊の第1中隊である。


 陽が沈み闇夜が訪れると、夜間戦闘小隊が追跡部隊に奇襲を仕掛けた。それでなくても統制がとれていないチャド国防軍は、攻撃を受けて驚き、着の身着のままで逃走してしまった。

 武器を一カ所にまとめて爆薬をセットし、ジープを全て奪ってその場を立ち去ると、戻ってきた兵士が迂闊にも武器を手にして、爆発が起きた。


 日が昇り、先行する小隊が国境付近に検問所が設置されている、と報告してきた。少佐は、規模や警戒の度合いを更に探らせ、中隊の合流を図った。


 後備中隊はジープに無理やり分乗して、追跡を突き放し国境付近に部隊が集結する。すぐに軍曹以上が集められて、作戦を説明される。

 国境警備兵はナイジェリア軍との国境紛争で実戦を経験しているため、追跡部隊と同じようにはいかないだろう、との見通しを述べる。


 簡単な地図を開いて、どのような備えがあるかを可能な限り説明し、払暁に強行突破を計ると結論を示す。機長の大尉が驚くが、軍曹らが泰然自若と聞いているため、そんなものかと思い直したようだ。

 いや大尉、あんたが正しいんだよ。


 歩兵として勤務したことが無いだろう輸送機の部隊を中心にし、夜間戦闘小隊を錐の先端に据え、両翼に第1中隊所属の小隊を二つ置く。専属護衛として中尉を失った島の小隊を、司令らがいる中心に配置し、残りを前後左右の方形に位置させる。


 国境警備師団とは言っても、南北にかなり薄く駐屯している。そのため一点突破は不可能ではない。それにしたって数千人いる相手に向かって、僅か三百人余りで挑むつもりなのは、正気を疑いたくもなる。


 同士討ちを避けるために、合い言葉も決められた。「ド=ゴール」(フランスの元大統領)と言えば「シャイセマン」(糞野郎)と返すようにする。外人部隊の歴史を知っている空軍大尉は、苦笑いをして了解した。


 〇三〇〇に作戦を開始するために、早めに交代で睡眠をとる。空軍兵らには警備を割り振らずにおいた。(どうせ役に立たないだろうと)


 音もなく浸透が始められた。何とチャド国境警備兵は、夜間立哨を行っていなかった! ここぞとばかりに陣地を西へ向けて進む。


 が、途中で小便の為に起きだし兵士がいて「ナイジェリア軍の夜襲だ!」と叫んだ。そいつはすぐに命を失ったが、兵舎から兵士が飛び出してくる。あちこちで銃声が響き渡る、あらぬ方向に乱射する兵もいた。

 島がフランス語で「ナイジェリア軍が来るぞ、向かってくる奴を狙え。背を向けているのは味方だ!」声を張り上げると、誰かがアラビア語でそれを復唱した。そばにいた中隊長が「大いに結構だ」と島の気転を認める。


 寝起きの戦闘では、脳震盪を起こしたかのように思考が働かない。ナイジェリア軍が攻めてきたなら、何故小銃の音しかしないのか、そんな些細なことを気にかける兵は一人も居なかった。


 ようやく警備ラインの最外側にたどり着くと「敵に突撃する、援護を!」とアラビア語で叫び、夜間戦闘小隊が飛び出す。それを避けるように左右の誰もいない場所に、猛烈な制圧射撃を加えるチャド兵。

 続けて突出をするふりをして本隊が飛び出すと同時に、セットしてきた爆薬が陣地内で不規則に爆発する。誰かが砲撃と勘違いして「伏せろ!」と大声をだす。


 時間差をつけていた爆薬が、また弾けると混乱に拍車が掛かった。息が切れるほどに全力で、その場から離れようとする外人部隊。小銃の射程外に出たあたりで足を緩め、ランニング位にペースを定める。

 だが空軍兵、やはり一杯になったので、左右から腕を渡して無理矢理に走らせる。


 ナイジェリア側の土地を踏んだだろうあたりでようやく小休止を取ると、手を貸してやっていた空軍大尉が「君達はいつもこんなことをしているのか?」とハアハア言いながら問いかけてきた。すると島は心外そうな表情で「いつもではなく、年に数回位です大尉殿」と答えると、大きな溜め息で処置なしとの仕草をした。


 駐ナイジェリアのミリタリーアタッシェを通じて、帰りの輸送機の手配してもらった。改めて少佐が空軍兵に「超過勤務ご苦労、帰路の旅はごゆっくり」と労った。

 キュリス大尉も空軍を代表して「世界中どこであろうと救出に来てくれる、陸軍外人部隊に敬礼!」姿勢を正して感謝を表した。


 フランス政府はチャド大統領と、議会議長らに大枚をばらまいた。するとアフリカ通信では、チャド反政府組織がフランス航空機を攻撃し、国境警備師団と交戦し全滅した。そんなニュースが流れた。

 考えていた以上にチャドは腐りきっていると、感じた島であった。



 コートジボワール、どこ? 何となく名前を聞いたことがあっても、世界地図で場所をピンポイントで指せる人は、極めて少数派だろう。


 中西アフリカの黒人国家、前ならえで腐敗も貧困も極まっている。そんなところだからこそ、介入が取り沙汰されるわけだが。


 コートジボワールは元フランス植民地だったので、フランス語もアラビア語も通じて、チャドみたいにキリスト教徒が半数を占めている。日本語ってあまりに特殊、ロマンス語圏の言語は互いに似通っているので通じやすいせいか、複数の外国語を修めるのは普通なくらいで、貧困層民ですら喋るだけなら可能だったりすることがよくある。


 この国では方言が山のようにあって、数百の少数民族が独自の言語文化を引き継いでいる。そのために通訳が幾人か挟まるような事態が見られた。


 独立後民主的な選挙で大統領が決められてから久しい。紛争があり国民投票が出来ずにいたが、ワガドゥグ合意による平和的解決に納得した諸勢力は、ついに投票日を規定した。だが延期に延期を重ねて、大統領の任期も延び延びになっていた。

 発展途上国の宿命だろう、予定は未定だ。


 現在の大統領は、コートジボワール人民戦線を率いており、対立候補は元首相で共和連合を率いている。支持率はほぼ対等であり、現職が有利にならないのは、治世が恙なく行われていない証拠とすら思える。


 国連は平和的解決を求めるコートジボワールの情勢を支援するため、NATO軍の派遣を決議した。選挙を実施するための、あらゆる包括的支援を約束し、事実ようやく日程を決めるにまで漕ぎ着けた。


 政府が選挙管理議会を設立し、投票方法を準備するなど、着々と予定が実行されていった。投票当日には、反政府組織や投票自体に反対を示す勢力、そして対立候補への妨害が考えられるため、国連は各国に治安維持のための人員増派を要請した。


 民主化を強く後押しするアメリカや、元宗主国のフランスが名乗りをあげ、兵を派遣した。しかしアメリカはNATO軍としてではなく、駐コートジボワールアメリカ軍として、フランスもコートジボワール派遣軍としての扱いであった。

 これは軍指揮権の問題で、国連活動の困難さを如実に表している。


 首都の混乱を未然に防ぐ意味から、フランス政府は少数の精鋭部隊を、ピンポイントで派遣する方針を固めた。

 他の都市はNATO軍、地方はコートジボワール軍が担当するため、首都の治安維持が大統領近衛軍だけでは困難であろう、との見通しからであった。


 アメリカも同じ様に考えたのか、首都に本隊を置き、在米人の安全のため一部に護衛兵を分割していくようだ。


 市街地に強い精鋭と言えば、真っ先に外人部隊2eREPの第1中隊があげられる。アフリカと言えば第8中隊、そして施設関連が非常に心許ないために第5中隊から小隊を一つ割き、連隊からは衛生分隊を拠出し派遣群を編成した。

 外人部隊が派遣任務につきやすいのは、語学力の面も若干加味されている。熟練度や任務遂行能力は当然高いが、単一民族でなはなく程よくばらけているあたりも、プラス要素として働いている。


 選挙当日までにやらねばならないことが多い。何せ外国であり有形無形の障害が山とある。現地での問題を自ら整理して考えてみる。島はもう一介の兵士ではなく、実務管理職として、求められる内容が変わっていた。

 うーんと唸りながらも、そのメモには沢山の対策準備が書き留められており、赤字で従軍記者有りが特記されていた。


 それはそれは大きな輸送機だった。ロシアのアントノフ輸送機には及ばないが、積載六十トンでの航続距離が四千五百キロメートルと心強い。


 第三国の妨害(リビアあたりだろうか)にあってはかなわないため、直援戦闘機が一個飛行小隊寄り添ってくれている。

 そんなに無茶な真似はしないだろうが、操縦士が錯乱し、国家の意志と反して攻撃してくる事件がないとも限らない。


 島の所属する小隊に少尉が赴任してきた、中尉が負傷中のため交代要員である。何を考えたのか士官学校を卒業して間もない将校で、恐らくは役には立たないであろう。


 しかも新任のくせに態度ばかりは偉そうで、部下の受けも悪い。問題が起きなければ良いがと気にしていると、大尉が「中尉が戻るまでだ」と言ってきた。とやかく言っても仕方ないので、微力を尽くしますとだけ答える。

 記者の腕章をつけた由香が「感じ悪い人」と漏らす。


 無事に空港に着陸すると、民間機も軍用機も同じ空港を利用しているのに驚いた。どうやら軍用機が離着陸するときには、民間機を追い払っているようだ。


 車両から食糧まで何もかもを持参し、更には現地通貨まで自前で用意して乗り込んだ。


 駐屯地としてあてがわれた地区には、とても人が住めるとは思えないような、劣悪な環境の住居が用意されていた。電気はあったが不安定で、しばしば停電すると説明され、水は明らかに汚染されたものに見えた。


 施設分隊は真っ先に地下水を汲み上げる工事に着手し、兵舎は輸送してきたパネルを組み立てて設置していった。

 近隣住民が入り込むと困るために、フェンスを作り鉄条網を張り巡らせた。


 一般歩兵がやることはやはりいつもと変わらず、そのフェンスの周りを掘り下げてスロープ状にと仕上げていった。もちろん外からの侵入対策でもあるが、任務を与えなければろくなことをしない兵士らを、働かせるという裏もあった。


 アフリカ諸国、それも貧困な地域では売春婦が一番の外貨獲得手段であり、コートジボワールでもご多分に漏れず、その商売が行われている。ただしHIVが蔓延しているために、軍からは禁止を通達されていた。

 世の中恐ろしいもので、アメリカ軍が本国から売春婦を空輸して、現地に開業させたそうだ。ゴーイングマイウェイとはこれだな!


 駐屯準備が出来ると、後はひたすら選挙当日を待つだけだった頃が懐かしい。下士官とは実務処理が忙しいものだ。

 こんな時でも志願者が居ないかどうか補充兵を探してみたり、契約が切れそうならば継続を促してみたり、生活物資が足りなければ補充申請……一事が万事書類なのだ。

 ポケットマネーならばコイン一枚ですむようなことも、書類書類書類だ。だが勘違いしてはいけない、それが無くなると碌でもない末路が待ちかまえている集団に、成り下がるのみなのだから。


 禁止だと言うのに、必ず一人や二人は売春婦を買いに行くものだ。どこから足がつくかわかったものではない、島のところに情報が入ると、放っておくわけにはいかなくなる。


 兵を呼び出して立たせる、暫し黙ってじっと睨み付けて「何か言うことがあるだろう」とだけ問う。幾つか思いあたるのか動揺が見て取れる。

 どれだかわからずに洗いざらい吐露すると、その場で腕立て伏せをさせられることとなった。更に倉庫の武器を磨き、休暇の没収によるサービス当番に充てられる。


 罰を与えることだけを示し、くどくどとしつこくは言わない。直ればよく、ダメならばどこかで命を落とすだけである。

 命令を守れないとは、巡り巡ると自身の寿命を短くすることに他ならない。それが軍人としての組織人の在り方である。


 選挙の当日、いよいよ治安出動が命令された。小隊は教会区域の一つを担当することとなり、地元役人が投票を受け付ける小屋の外側を警備の担当とした。

 記者団が投票する住民の姿を撮影している。


「軍曹、適宜警備を行え」


 少尉が興味なしと言わんばかりの態度で丸投げしてくる。了解を告げて二人の伍長に張り付き警備をさせ、半数は手元に置いて異常に備える。


 途中で同じ人物が二回投票しようとしたようで諍いになったが、投票用紙を持っていたため渋々それを認めた。あんな紙は売買されているに違いないが、それに関しては静観するのみである。


 首都圏では富裕層が住居を構えているために、役人であったり政権から利益を得ている人物が多い。そのため現職への投票が、比率としては高くなる。

 それを狙った不逞の輩が現れるだろうことは、予測済みだった。


 突如として発砲音が響くと、人ごみが伏せる。中には伏せたのではなく、倒れた者もいた。

 訳の分からない言葉を叫びながら、銃を乱射し駆けてくる黒人をみつけ「やれっ!」と島が命令する。指揮所にいる兵士が、狙い違わずに仕留めると、他に仲間がいないか警戒する。


 その場に居なかった少尉がやってきて、何事だと詰問した。


「選挙を妨害する黒人を射殺しました。奴は銃を乱射し、現地人数名の被害がでております」


 要点のみを簡潔に述べると、少尉が意外な反応をしてきた。


「指揮官は俺だ、勝手な判断を下すな!」


 兵らが何だとばかりに振り返る、「申し訳ありません、以後注意します」島が謝罪し、死体の処理を指示する。少尉が来るまで待っていたら、死体の山が出来上がるぞ!


 撮影した画像を確認していた由香が「迫力ありすぎて使えないかも」なんて肩をすくめる。


 その事件以外は担当地区では起こらなかったが、各地でかなりの数の妨害があったそうだ。開票が夜通し行われる、誰しもが結果を心待ちにして見守る接戦である。


 翌日の昼前にようやく開票が終了し、選挙管理議会は、元首相が五十四%の得票率で当選した、と伝えた。サハラ通信やアフリカ各局、国連に携わる国々で結果が報道される。


 だが夕刻に、国営コートジボワール通信が臨時ニュースを報じた。

「共和連合の選挙違反が発覚したために当選を取り消し、コートジボワール人民戦線の現職大統領が再選となりました」


 耳を疑ったがとうやら間違いないらしい。混迷は終わるどころか、ますます深まっていった。

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