第六十章 マルカ自由区域、第六十一章 その男、イーリヤ
アジュラの警察署に、臨時の司令部を置いたトゥルキー将軍は、港の戦闘報告を具に耳にして考えを巡らせた。
「海賊民は全員逮捕か、その場で死亡しました」
逃げたやつは皆無だと、海上からの攻撃ではなく、陸上からの包囲だったことを強調する。
「陸軍が丘で海賊に負けていては、話にならんからな」
「仰有る通りです。奇襲により、殆ど対抗出来ないまま壊滅した様子」
――五十人が百人でも、結果に大差はなかったろうな。末端の者をいくら除いたところで、何も変わりはしない。
事実、手軽に始められて一攫千金の仕事、そのようなものは盗賊の類いしかない。手持ちの道具がないなら一味の手下に志願すれば、少なくとも飢え死によりはましな未来があると信じて。別に死ぬこと自体は構わないのだ。緩慢な死よりも、一瞬で楽になれる方がより良いと考えれば、それまた選択肢と言えよう。
「して、その後は」
派兵要請を受けたが、それを拒否してアジュラを攻略したものだから、アルシャバブが港の多国籍軍を攻撃するのは知っていた。
「一千人余からの兵力で、敵を包囲攻撃します」
順を追っていく為に、結果からではなく推移を説明しながら進める。
「歩兵ばかりだろう、衝撃力も精神的な驚きも少なくなる」
現れたと思ったら、即座に攻撃をされるのと、来るぞと予告されてからでは、かなりの隔たりがある。
「逮捕された海賊民を連れた、地元警察が船で離脱しました」
警察部隊に接触してしまえば、説得で海賊民を解放出来たと加える。脅迫する部分もあるが、支持者が警察に混ざっているものだから、その点はトゥルキーも異存無かった。
「かなり外側からの包囲だったわけだ。相手が連邦軍ならそれでも構わんがな」
何せ攻められたら意気地なく逃げて、港に押し込まれたら降伏もやむ無し。職務への忠誠度は、概ねこの位である。各地から人手を供出しているだけで、有力者は手元から有能な部下を放しはしないのだ。これに限れば皆が納得する。使える奴を失えば、自らに負担が来るのだから。
「はい。港に押し込んだのちに、再三の攻撃を加えるも、僅か百名程でこれを凌ぎました」
「あそこならば砲台もあったはずだが?」
まさか歩兵のみでは攻めまいと、自分ならばどうするかを考える。
「交戦後に砲撃を始めたようです。戦車も二両向かいましたが、到着は撤退直前だったようで」
別に彼が縮こまる必要はなにもないのだが、あまりに稚拙な戦術に恥じ入る。
「愚かな。機会を得たのに生かせなかったのは、指揮官の能力不足だ」
――港に迫る歩兵と同時に、戦車を投入。突入直前に砲撃を開始をしたら、少数の相手は砲台に戦力を割けずに逼迫するのに。
「機動兵力が包囲を抜けて砲台に到達、これを破壊しました。残るは戦車と歩兵が半数ですが、捨て石でしょう」
今さら勝つ見込みなど、百に一つもないと、冷淡に切り捨てる。
「戦車が」保有しているのが旧式だと熟知していながらも「たまたまでも司令部に、砲弾を一発撃ち込めば引き分けにはなるな」
多国籍軍の高官が死傷したら、国際問題になり介入に二の足を踏むだろう予測をする。
「速報が入り次第、申上げます」
望みは薄かろうが、どちらになろうと自分達の腹は痛まないと、簡潔に切り上げた。
足が遅い戦車だった。整備不良が原因ではなく、何と過積載がその理由だとわかった時には、突撃班の背筋が凍った。死ぬ思いで突出、迂回して、ようやく側面から足元を狙おうとすると、砂袋が物凄い数吊り下げられていて、シルエットが変わっていた。
「畜生、なんだあれは!」
班長が悪態をついてロケットを撃ち込むが、砂袋を派手に飛び散らせるだけで、何の被害も与えられない。それだけでなく、随伴の歩兵がそそくさと砂袋を補充して、くくりつけているではないか。
双眼鏡で命中を見ていたドゥリーだが、苦い顔をして攻撃続行を命じるしかなかった。一人が二基ずつ抱えていったが、それらを射ち尽くしてもT80と呼ばれる物は、ゆっくりと進み続けた。
仕方なく引き返してきた歩兵を収容するが、同じ命令を出しても打開策にはならないだろう、と唸っているところで通信が入る。
「前線司令部、各部隊。補給船が来るぞ、一時的に防衛に集中するんだ」
どうするべきか上官に伺いを立てる。
「ドゥリー少尉、ブッフバルト中尉。対戦車部隊の再出撃はいかがしましょう?」
「少尉、防御に専念するんだ」
突出させて、救援ともなれば大変だと、全体方針に従うよう判断する。
「了解しました」
準備していた部隊を控えに回して、専ら随伴歩兵を狙うようにさせておく。
――打撃では無理か、ならば燃やすしかない。ナパーム弾でもあれば良かったが、それは装備にない。油を集めてぶつけるしかないか!
「空き瓶や空き缶、何でもよいから投擲可能なものを集めて、油を詰め込むんだ!」
下士官らが部隊内から徴発し、上手く集まらないために、建物に数人が駈けていった。その間も脅威はゆっくりと迫ってくる。余裕をもって、機銃をちょろちょろ撃ちながら近付く。単に自動で掃射するだけの弾丸を、積んでいないのだろう。それが逆に命中率をあげたのか、対抗する味方から負傷者が出始めた。
――こいつはきついぞ!
発砲音がする中で、全く違った連続音が耳に入る。何かと思いあたりを見回すと、湾内に見たことがない変な艦艇が向かっていくところであった。
――なんなんだあれは。補給船……なのか?
波が低い湾内に、高速で水上を滑るように走る艦艇がやってくる。見れば見るほどに不思議な形。ティッシュボックスの片側に、扇風機のようなものが一対つけられており、それを推進力として実際に海面を滑っていた。
誰が考え出したのか、馬鹿みたいなサイズのエアクッション揚陸艇が、その正体である。時速にすると六十キロ以上もの速さで進み、形状の都合から浅瀬などお構いなしに、浜に乗り上げる。すると先端の口が開くように、戸板が倒れて張り出した道が出来上がる。
「司令部、前線司令部。補給が到着した」
無味乾燥した通知ではあるが、呼び掛けが司令部からなのが妙に場にそぐわない。
「ロマノフスキー中佐、司令部。まさか司令部ごと相乗りしてきましたか?」
「俺だ。ちょろちょろ現れては邪魔だろうから、このまま湾に居るがね」
補給が遅れてすまん、と遅延した理由が自分だと告白する。
「補給品の中に、T80をやっつけられる便利な物はありませんかね」
ドゥリーが苦戦中でして、中佐が真っ先にそれを求める。
「わざわざ揚陸艇でやってきたんだ、もちろんあるさ」
余裕たっぷりの態度に、問題解決を直観する。島が出来ると言えば、それは間違いなく出来るのだと。
「ではすぐに取りに行かせます」
「そいつは不要だ」
間髪いれずに却下してしまう。増援が直接向かうので、場所だけ知らせるように指示する。装甲指揮車のディスプレイに、青い点が追加された。
「アメリカ軍は上陸不能だったのでは?」
「あれにはニカラグア兵を乗せてある。3C+Cシステム搭載だ」
3Cとは、コマンド(指令)、コントロール(操作)、コミュニケーション(通信)という、三つの英単語の頭文字を取った名称である。
「いつの間にアレの訓練を?」
珍しく食い下がる、疑問をぶつけるのは本来良いことではない。敢えて切り込むのは、立場柄運用に於ける信頼面の確認が必要だからだ。
「訓練数時間の素人だよ。だからこそ追加のCシステムだ」
「そのシステムの名前は?」
「そいつはコンビネーションの頭文字だよ」
最早感心するしか無くなったロマノフスキーが、長々とした質問を謝罪して引き下がった。
塹壕がある程度で、T80は止まることはなかった。ゆっくりと巨体を上下させて、不快な音と共に足を伸ばして堀を越える。戦車には越壕能力というデータが存在している。つまりは元から壕を越えるのを、目的の一部に含んでいるのだ。
「後退、後退するんだ!」
防御線を一つ捨てて、歩兵が蟻のように地中から這い出て逃げ出す。嘲笑うかのように弾丸を飛ばし、その背を追っていく。火焔瓶が届くような範囲まで、簡単に近付くことが出来ず、かなりの死傷者を出してしまっていた。
「少尉、ここは危険です、おさがり下さい」キラク伍長がドゥリーに、更なる後退を進言した。
コンゴで族兄のムダダに不興を買ってから、彼は部族に居づらくなり、キャトルエトワールに残った。
「この場に瓦礫を集めて障害を作れ、もう一度後退するぞ」
敵とてわざわざ罠にはまりには来ないだろうが、もしかしたらとの淡い期待を抱いて、準備だけさせる。戦車には背面や上面に比べ遥かに弱い面がある、それは下面であった。障害を乗り越えようと、頭が空に向かった瞬間、その時だけ装甲が極めて薄い腹を晒すことになる。
恐怖を堪えて兵が踏み留まろうとするが、反撃がことごとく跳ね返されてしまい、ついには浮き足立つ。ドイツ軍が半世紀以上前に、戦場で遭遇したT34と比べればまだましであろう。何せあの時には、ドイツ主力戦車の主砲を、百発当てても跳ね返し続けたそうだ。
「退避するんだ!」
ドゥリー少尉が右翼全体を、後方にと退かせる。戦術的な撤退、単に被害拡大を防ぐ意味から、持ち場を棄てたとも見える。アフリカ人は調子づくと、歯止めがきかなくなる。それは追撃時には、果てしないリスクと抱き合わせで、物凄い威力を産み出す。だが、追撃が上手くない将は、大成しないとも言われている。歴史はその結果のみを問い、些細な食い違いは忘れ去られた。
随伴の歩兵すらも、獲物を狩るのに夢中になる。いつしか敵も味方も、自身の目の前しか戦いが映らなくなっていた。為す統べもなく、ずるずると下がり続けた。最早これよりも後ろはない。
中央陣地に触れそうになる程まで、押しに押されて最後の防衛ラインが崩れた。頼みの障害は、進路に無かったせいか、効果を発揮せずに終わる。
「うっ、うわー!」
何かに誘われたかのように、ふらふらと壕から出てしまう。数秒で複数の弾丸がそいつを貫通して、どこかへと惰性で飛んで行く。防弾ベストなど、小銃の弾を防ぐには能力が不足していた。
「立ち上がるな!」
怒声が上がる。相手の目に映る面積が小さければ小さい程に、被弾する確率が減るのは道理だ。無線を持っていた兵士が、警告を耳にして言葉を繰り返す。「その場に伏せろ!」あちこちで受信していた。敵が迫るのも構わずに、黙って地面に鼻を擦り付けて待つ。
今までに聞いたことがないような、不快な金属音を響かせてT80が揺れた。一瞬の間を置いてから、なんと戦車が爆発炎上したではないか。
「ふはははは、やれやれ! もう一匹残ってるよ、主砲撃てぇ!」
やけに楽しそうな声が漏れる。交戦開始をしたので、将校無線とリンクしたためだ。
「な、なんだ?」
ドゥリーが右斜め後方を見る。港の浜辺から、一直線に向かってくるではないか。多少左右に揺れたりはしているが、行きたいところを自由に突き進む。
エイブラムス。アメリカ軍が採用している主力戦車である。馬鹿みたいに燃費は悪いが、そんなことお構いなしに、エンジン全開で排熱が景色を歪めていた。
「ニカラグア戦車レオポルド軍曹、右翼部隊。敵情報求む」
レオポルドもまた戦車の名称である。そんな感想を抱いたのは、艇に残ったグロックだけだろうか。軍曹を含む三人に、急遽戦車の扱いを仕込んで乗せた。車長は唯一の経験者だと言ってきかなかった、レティシアが満面の笑みで席を占めている。
「ドゥリー少尉、レオポルド軍曹。左手丘の裏側に、もう一両隠れている」
「了解しました少尉。そいつはお任せを」
いきなり搭乗して、まともに動かせるわけがない。最低限以下の操作のみを教わり、後はわけもわからず箱の中である。しかし技術は進んでいた。自動化やファジーな命令が可能になっていたり、試作機能である+Cシステムが威力を発揮していた。極端な話、無人でも外部から操縦可能なのだ。極めて能力は低くなるが、戦闘も行うことが出来る。だから実際は今も殆ど勝手に動いている。
威嚇とばかりに榴弾を前方に放つ。装填は手動である、これを自動化した型式もあったが、生憎ソマリア沖には配備されていなかった。棚から弾を取り出して詰める、今のところこれが一番の作業になっている。
「十時の方向、敵戦車発見!」
狙っていたのだろう、装填してから発砲する前に一発撃ってくる。それが真っ正面から命中した。鉄を思いきりハンマーで叩いたような音が鳴る。乗員は遮音の為に、ヘッドフォンをつけているが、それでも耳が痛いくらいに伝わった。
「やりやがったね! 撃て、撃ち返せ!」
エアクッション艇を経由して、巡洋艦で戦車兵が複雑な仕事を代行する。照準がつけられ、砲手は発砲するのみである。練度が低い戦車兵を搭乗させ、ベテランが後方で補佐するとの考えを求めていた。様々課題はあるが、コンビネーションの秘密はこれである。
「命中、敵撃破!」
落ち着いて照準すると、命中率は九割前後ある。目標が鈍足なのが、格好のプラス材料だったのは間違いない。砂袋が幾つあろうとも、全く意に介さず貫けるのだから。
右翼から喜びの叫びがわき上がった。エイブラムスに向かって、手を振る者までいる。好機と見て、ドゥリーが失地回復を計る。
「軽傷の者は前進するぞ、敵を押し返せ!」
穴蔵で縮こまって居たものも、味方の喚声に釣られて這い出ると、攻撃に加わった。当然レティシアは「そのまま進め!」と戦車を前へと行かせる。いかに強力だとしても歩兵戦車ではないエイブラムスでは、逆に強すぎて突破は出来ても、制圧には不適切な性能だった。味方が進出するまでは、バットで割り箸を折るような力の差を無駄に発揮し続ける。
負傷者が多く出たせいか、進捗がはかばかしくない。
「ブッフバルト中尉、ドゥリー少尉。増援を要するや否や」
「ドゥリー少尉。我増援を要す」
「了解。暫し待機せよ」
ブッフバルトは左右の戦況を確認し、中央と左翼にも余裕が少ないのを認める。一つ間違えれば、即座に予備を投入する必要があるので手元の兵力は割けなかった。
「ブッフバルト中尉、前線司令部。右翼に増援を送られたし」
仕方なく本部に頼る。かといって機甲を手放していたロマノフスキーにも、予備は無かった。
「我余剰戦力なし。現有戦力で善処せよ」
無いものを有ると、ぬか喜びさせても仕方ない。心苦しいが突っぱねる。口を出すべきかどうか迷ったが、ここで言わねば後悔するだろうと、割り込む者が居た。
「ハーキー中佐、前線司令部。ジブチ軍を投入出来ないだろうか」
指揮下にはあったが、作戦目的の海賊退治が終了していたため、余計な死傷を出させまいと後方にある。
「ロマノフスキー中佐です。多国籍軍としての、作戦計画外の行動になってしまいますが」
各国にはそれぞれ立場の違いがある。それを訊ねた。
「目の前で友軍が戦っているのに、それをただ見ていたとなっては、ジブチ軍は世界で嘲笑の的です。指揮権は継続してニカラグア軍に委ねます」
一呼吸間を置く。何かあれば当然島が言葉を挟むだろうと。しかし承認も拒否もない。
「わかりました、それでは指揮させていただきます」
ディーニー中尉を呼び出す間、数秒でどのように展開させるべきか、未来を考える。
「ジブチ軍ディーニー中尉です」
彼もやり取りを聞いていたようで、上官の意図を汲むべく、既に部下に集合と移動を準備させていた。
「前線司令部ロマノフスキー中佐だ。貴官に右翼陣地回復の命令を下す。左手にドゥリー少尉の部隊を見て、戦域の半分を受け持て」
本来ならば主導させたかったが、しくじっても中尉に責任が及びづらいように、活動しやすい場所を示す。
「了解しました。即座に作戦に移行します」
そちらはそれで済ませてしまい、ブッフバルトに形式で命令を付す。彼もまたドゥリーへ説明を行った。十分足らずでジブチ軍が、海沿いの戦列に姿を現す。それを確認したドゥリーが、幅を狭めて進出した。
二倍以上の数になり、アルシャバブ兵は抵抗を断念、慣れた動きで元の位置へと戦線を後退させる。奪い返した場所を再度整備して、負傷者の治療を施す。重傷者は本部へと送られ、そこからエアクッション艇にと収容されていった。
安定を取り戻し、エイブラムスも帰着する。車長は超がつくくらいの、ご機嫌である。
「前線司令部、司令部。強烈な一撃で無事に元通りです」
今まで不明だった、この先の方針を決めるべく、ロマノフスキーが呼び掛ける。
「ご苦労。本来有り得ないはずの、T80とエイブラムスの戦闘に、後ろでは大興奮だったようだよ」
実戦データ、それも目論見通りの素人が操縦してのもので、圧勝だったことに研究開発チームは盛り上がっていた。
「こちらも助かり一石二鳥です。籠城を続けますか」
「いや、奴らをアジュラに向けて追い散らすぞ」
移動中に襲撃されていた町の名前だと気付く。つまりは味方の手から放れているというのも。
「敗走した奴らを混ぜて、アジュラを奪還する?」
「いいや違う、追い詰めるだけだ。だがそうなる可能性も無くはない」
含みを持たせてくるが、今度は深く聞くことはなかった。
「わかりました。文字通り追い詰める役目を承りましょう」
「ああ、頼んだよ中佐。こちらのことは気にしなくて良い、湾内から沖までさがる」
それは裏を返すと、港を確保しておく必要が無いのを表している。前線司令部も留まるのではなく、進んで指揮を執れと、彼には聞こえた。
「諸事お任せください。信頼と期待には、結果で答えを出したく思います」
敵の数が何倍と居ようとも、彼は引き分けるつもりすらなかった。
大きく迂回した機甲集団が、真西から港にと向かう。
「マリー大尉、奴らの後備を剥ぎ取る形で突っ切るんだ」
「ダコール。俺達を敵と誤認して主砲を撃たないよう、姐さんに言っといて下さい」
戦場では脅威が大きい相手から倒す。戦車が狙うのもまた戦車なのだ。英語では今一つやりにくかったのか、フランス語を利用した。最早国連の作戦とは別だ。
「ブッフバルト中尉、機甲が現れたら、左翼から順に攻撃を集中させろ」
「進出しますか?」
「させろ。そこから十字砲火を浴びせるぞ」
機甲を含めば半包囲だと、概要を告げる。昔と違い射程が長い火器は、射線に味方が重ならないように、角度に充分注意しながら攻撃しなければならない。
「自分が直接指揮します」
判断の連続が起こりそうな場所を、自らが受け持つと宣言する。
「そうしろ。右翼は壁として扱うんだ」
「徹底させます」
残る戦力、エイブラムスをどう運用したら効果的か、推移を夢想する。
――手持ち武器ではまず撃破されまい。だからこそあれは大局的な見地で、この場はまだ投入してはならない。
兵力の出し惜しみは誉められない。最高の打撃力を遊ばせてしまうのは損失なのだが、過剰な戦力集中は互いが邪魔になり、逆に戦いづらい側面がある。
「レヴァンティン少佐、本部で待機を」
「あいよ。晴れ舞台を上手いこと用意しておくれ」
強硬に出撃をせがんでくるかと思いきや、案外すんなりと従う。
「機甲の持ち味は、中央突破からの背面展開だな」
――やつらを敗走させた後に、意地悪く行く手に居座る。右往左往させて、こちらはゆっくり追撃してやればいい。
「フィル曹長、本部をいつでも移動可能なようにしておけ」
宿営準備をするにはしたが、急遽予定が変更になるのは軍隊の常である。
――航空偵察を一枚加えたいが、あれもこれもと欲張ってもな。何せ手持ちを駆使して勝たねば!
長く待つことなく、西の荒れ地に砂塵をたてて、彼らがやってくる。砲台に向かっていた中隊は、ようやく今になって追うのを諦め、アジュラ方面へとのろのろ動き始めていた。
装甲戦闘車両から、砲撃が行われた。それを合図に、戦いは次のステップへと移るのだった。
「機甲隊、二時の方角に機銃掃射開始!」
小銃では反撃不能な距離から、一方的に攻撃が加えられる。それがまた横からなので、俄に混乱が生じた。目の前にいる歩兵らは、先刻から防御一辺倒なので、指揮官が側面警戒で部隊を西側に振り向けた。
盛り土やら土嚢を動かし、ようやく落ち着いたあたりで、突如港の陣地より苛烈な制圧射撃が行われる。
「左翼前進!」
ブッフバルト中尉の命令に、小グループが距離を保って踏み込む。中央陣地からは一角を狙って、グレネードをまとめて降らせ、反撃を牽制する。更に増援を防ぐために、発煙弾がところ狭しと転がっていく。味方左翼と敵右翼のみで、局地的な接戦が勃発した。声を枯らして督戦するブッフバルトの左手を、装甲戦闘車両が通り抜ける。
勢いよく敵陣に近付くと、近接散弾を連射して猛威を奮った。高機動軽装甲車も近距離まで進出し、厄介な相手を狙い撃ちして倒そうとする。
「第二隊、突入!」
先頭が補給を受けているところ、間髪いれずに次なる兵を投入する。
兵数に劣るクァトロが、中々攻めきれずにいる。数は力、全てではないがこの場面では強味を発揮していた。この時、ブッフバルトにしてみれば予想外のところから、増援兵力を得られた。
「サイード曹長以下十名、ブッフバルト中尉の指揮下に加わります! ご命令を」
操縦手と射手のみを残して、マリーは下車を命じ、親友の為に歩兵を捻り出したのだ。
「うむ。曹長は敵の斜め後ろから、突入する素振りを見せるんだ」
「ラジャ」
局地戦を続けるには、時間的な制約がある。敵が気付いて補強に走れば、膠着してしまうからだ。
「第一隊、進め!」
準備を整えた兵が、再度歩みを進める。固い表情で進捗具合を見詰めるが、どうしてもあと一歩力が不足する。
――これでは押しきれないぞ、一旦引き揚げるか?
「中尉、ドゥリー少尉から通信です」
部隊全体の指揮官でもあるため、眼前の戦いだけに没頭するわけにいかず、渡された受話器を手にする。
「どうした少尉」
内心の動揺を抑えて、平静そのものを装う。心の乱れは伝播するのだ。
「端から兵力をスライドさせられます。中央からの余剰を、利用可能でしょうか」
問い掛けにはなっているが、明らかな進言だ。部隊が一丸となり、目的を遂げようと、協力しあう姿勢が見られる。長い間共に戦い、互いを認めあい出来上がった結果だ。
「そうしよう。少尉に中央部隊の指揮権を預ける」
慮外の対応が手に余る瞬間があるだろうと、自らの権限を一部切り離す。
「承知しました」
ただ言いなりに命令を消化するだけでなく、常に考えることをさせ続けた、その醸成された魂が繋がる。手が空いた十名程が、中尉の周辺に集まる。
「予備隊、俺に続け!」
戦線を支えている柱になるヶ所を目指し、一気に踏み込む。中尉自らが先頭になったために、兵も引っ張られるようにして従った。
「怯むな、あいつを狙い撃て!」
ソマリ語でそう命令を下す男がいたが、額を撃ち抜かれて倒れる。鬼気迫るクァトロの気合に押され、ついに一人二人と逃げ出し始めた。煙が薄くなり、隣にいたはずの味方が雪崩をうって敗走してくる。 恐怖が広がり、負けたのだという空気が流れた。
ずっと出番を待っていたレティシアへ、ついに待望の命令が下る。
「副司令官、エイブラムス。敵を恐慌状態に陥らせろ!」
「任せな! 歩兵共、道を開けるんだよ!」
クラクションを派手に鳴らして巨体が動き出す。本部から随伴歩兵が続き、死角となるヶ所に注意を払った。敗軍が混ざり統制が乱れたところに、圧倒的なまでの不幸を振り撒く鉄の塊がやってくる。質量はそれ自体が武器になる。戦車に体当たりされて、無事な者が居るわけがない。
陣地から飛び出してきた戦車に呼応し、ブッフバルトが叫ぶ。
「攻撃だ! 左翼は敵を中央に押し込めろ!」
混乱に拍車がかかる。一度坂を転がり始めると、勢いがついて止まらなくなる。状勢を読んでいたロマノフスキーも、ここが分かれ目だと命令を下す。
「総予備を投入する。総攻撃だ!」
ドゥリー少尉らの部隊が、頑として場所を譲らないために、アルシャバブ兵は東へ東へと追いやられて行く。海岸線までくると、今度は北東へと後退を始めた。
「副司令官、マリー大尉。敵を突っ切り北東への道を塞げ!」
「ダコール」
すぐに相手を切り替え「エイブラムス、機甲の先頭に立て!」突撃錐を形成させる。
「おうよ。野郎共、蹂躙してやんな!」
外部スピーカーをオンにして、兵らを激励する。勝ちつつある今、士気は高い。
「ジブチ軍、真後ろから追撃を行え」
「了解です、副司令官」
横に広がっていた部隊が動き出す。全体が北へと流れている、わざわざ反対に行こうとする者は皆無で、専ら背中を狙いながらの移動になる。
「ブッフバルト中尉、ジープ部隊も指揮するんだ。奴らの左を固めて、半包囲追撃を完成させろ」
「ダコール」
意思を持った一つの集団のように、巧みに互いを補佐しながら、戦場が北へと移って行く。
前線司令部――装甲指揮車も港を離れ、ジブチ軍の後方をゆっくりとついて行く。ニカラグア、ジブチの連合軍がアジュラに向けて、敗残兵を追い立てる。その時、ソマリアは動き始めようとしていた。皮肉めいた話ではあるが、ソマリアが外国の介入を拒むには、ソマリアの分裂を認めるしかないとのジレンマが生まれるのだった。
ホテル・ラ=マルカ。よくぞ集まったなと思えるような面々が、一つの会議室に入っていた。発起人は、元ヒズブルイスラムの幹部の一人、調停者イマル師である。彼は数年前に、ヒズブルイスラムの幹部を解任されて以来、表だった活動をしていない。それゆえに、休戦の調印場を任された。
場の提供者で、中立の支配者はシャティガドゥド。マルカを自由区域として連邦に認めさせ、武装を行い警察権限と自治権限を得ていた。
「ラスカンボニ旅団の、アジュラ通過許可の条件は何でしょうか」イマル師が規定路線の質問をする。
「アルシャバブがマルカの自由区域を承認し、妨害を行わぬことだ」
いともあっさりと、突拍子もない条件を打ち出す。シャティガドゥドも意外な顔をしているので、すり合わせの言動ではなさそうだ。
「マルカの? そうするとラハンウェイン氏族全体への?」
全権一任されてはいたが、アウディカディーアが即答できる範囲を越えているようで、線引きの場所を確かめようとする。彼はアルシャバブ幹部ではあるが、ソマリ人ではない、外部の協力者だ。
「ラハンウェイン氏族に対してではなく、マルカを利用する船舶全般と、マルカ市への限定的な範囲だ」
トゥルキー将軍は、ソマリアの貿易中継地点としての発展を望んでいるわけではない。マルカが独立した権限を手にして、それをあえなく返上しなくて済むように、と考えているのだ。
「アルシャバブはそれを認めよう」
海賊行為は重罪である。公式にはそのように表明しているため、アウディカディーアはマルカだけならば、今の問題解決を優先しようと決める。
「海賊への攻撃が行われる際に、協力する旨を明記されたい」
「そ、それは……」
自発的な署名をしてしまえば、約束を守る姿勢と義務が出てきてしまう。今までのように、無視や拒否は難しくなる。
「協力するとは、具体的にどのような内容でしょうか」
難渋する彼へ、イマル師が助け船を出した。破談になれば師の面目が潰れるため、何とかして成立させたいのは、もしかすると彼が一番望んでいるのかも知れない。
「共に戦えとは言わぬ。海賊に手を貸すことはない、そのように強く宣言し、アッラーに誓って貰えば良い」
誰も見ていなくとも、秘密裏に行われたとしても、アッラーへの裏切りがあれば己が知る。
天知る。地知る。子知る。我知る。宗教指導者にとって、致命的な部分なのは間違いない。ましてや単一宗教国家であるソマリアで、アッラーへの背徳を行ったと言われては、最早誰もついてこなくなる。さりとてアジュラ前に固まり必死に防戦する若者達は、時間が流れるに比例して命を散らせて行く。
「海賊など」口実は後に考えろとばかりに「居なくなるべく、民衆を導くのがムハンマドの努めでしょう」
「それでは互いにサインを」
アルシャバブから脱退したと、トゥルキーが宣言した。アジュラにまで逃げてきたアルシャバブ兵は、まさかの通行禁止をされ、右往左往しているうちに連合軍に包囲を受けてしまった。
弾薬は底を尽きかけ、満足に反撃も出来ず降伏も出来ず。進退極まったところで将軍が、イマル師を通じてアルシャバブに接触した。マルカを会合の場所に指定したのは、島の意図を見抜いた上で、自らの目的の踏み台にしようとの魂胆なのがわかる。
共同宣言や、誓約書などと呼ばれそうな書類に、二人がアラビア文字でサインする。休戦交渉の場だとの名目である。ニカラグア代表として、島も呼ばれていた。シャティガドゥドに点数を稼がせるため、適当なところで追撃を止めさせようと、余裕の表情で参加を承知したのが、まさかの結末に驚いていた。
――アルシャバブも連邦も、マルカを認めるか。これで海賊も大人しくなれば、歯車が上手いことまわりはじめるぞ! トゥルキー将軍の目的は、地域の自治を相次いで認めさせ、ジュバランドも成立させるつもりか。連邦政府が渋るのはわかるが、今のままでは十年先もバラバラのままだ。
「ニカラグア軍の攻撃を止めて頂きたい」
アウディカディーアが、そう申し出る。どうしようと構いはしない状況だが、望むならば交換条件を出すのが交渉事だ。
「我々が攻撃を止めて、得るものは何だろうか」
綺麗なアラビア語で、直接応じる。通訳もきっちり働いていたが、喋られることを隠していたからだ。微かにトゥルキーの口元がつり上がったかのように見えた。
「交戦したままアジュラに殺到すれば、無関係な民まで被害を受ける恐れがある。ニカラグアが攻撃を止めれば、アルシャバブは住民に関わらず、すぐに通り抜ける」
もっともな話ではあるが、それをただ認めてしまっては、島はこの方面での伸び白が少ないと言われてしまうだろう。
「多少の犠牲に目を瞑り、兵士を打ち倒し捕虜を得る方が有利ではないだろうか」
実行するかしないかは別にして、可能性としてありえるならばと、引き合いに出す。
「多国籍軍は、ソマリアの治安維持を目的として進駐していると聞きます。争いを止めて非難する者はおりますまい」
イマル師が、アウディカディーアを後押しする。シャティガドゥドは一切口を挟まず、ただその場に在る。この場をどのように仕切るつもりなのか、トゥルキーはじっと島を見て動かない。
「なるほど治安維持か、確かにそうかも知れない。我々が追撃をしていたのは、大規模な海賊だったとしても?」
「そこにアルシャバブは存在しなかった、と」
公式な見解を、そのようにまとめるのを一つ提案する。
アルシャバブにしても、大規模な敗北を認めたくないので異存はなかった。
――結果として安定するならば、か。認めさせるばかりでは反発も強くなるな、ではどうするかだ。
「イーリヤ准将、他にはもう御座いませんか」
無いならばサインを、とイマルが話を進めようとする。
「アルシャバブは」一つだけあると目で制して「マルカを交渉の場にすべきではない、との我らの言葉を否定してもらいたい」
「とすると、マルカをそれに使えと?」
実際に今使っているので意味がわからないが、数秒で答えに辿り着く。
「モガディッシュの連邦政府、俺はあそこに何ら義理はない」
お前らもそうだろうと、反対の勢力に泥をつけるよう誘導した。シャティガドゥドを立て、自らの目的を遂げアルシャバブの合意を得るためには、失敗を装うことも必要だと。ロマノフスキーと交わした会話が、脳裏を過る。
「手土産を貰えたと、理解しましょう」
それではサインを、とイマル師がほっとした表情で書類を差し出す。この先どう転ぶか、まだまだ流動的と言わざるを得なかった。
「反撃微弱!」
「攻撃命令求む!」
「敵戦意喪失著しい模様!」
前線司令部に、アルシャバブが戦う力を無くしたと、各部隊から雪崩のように報告が寄せられる。
「副司令官、また突入指示の要請です」
「却下だ。現状を維持させろ」
にべもなく要請を跳ねる。どうして殲滅させにいかないのか、部隊には疑問が渦巻いていた。
――早まるなよ皆。ボスは追い立てるのを目的として、殲滅ではなく攻撃のみを望んだ。
腕組をして目を瞑り動かない。将校らには決して攻め込まないように、厳命を下していた。更に三度攻撃要請を却下して後に、外部からの連絡が入る。
「俺だ、中佐を」
大きく頷いて、ロマノフスキーが替わって対応する。
「ロマノフスキー中佐です。アジュラ手前で、アルシャバブを包囲してます」
「良くやった。今すぐに港へ引き返すんだ。アルシャバブは存在しなかった、あれは大規模な海賊でニカラグア軍はそれを取り逃がした」
「ダコール」
一切の異論を挟まずに、島の言葉を丸飲みする。部下からの抗議は、全て自分が引き受けるつもりであった。
「曹長、全軍に通達。戦闘を停止して速やかに撤収する」
「復唱します、戦闘を停止して速やかに撤収する。通達致します」
フィル曹長もまた島の信奉者であり、不平や不満があろうとも、優先順位を違えることはなかった。
「前線司令部より全軍へ通達。速やかに戦闘を停止し撤収準備を行え。戦闘を停止して、来た道を引き返せ」
命令が繰り返され、各部隊でも隊長から撤退が指示される。興奮していた兵の一部が食って掛かるが、最初から選んで精神的な統制力を求めた編成をしていたために、ついには従う。アジュラの警備隊が封鎖を解いて、通路を開けたのもほぼ同時だった。
アルシャバブの連中は肩を落とし、武器を捨て支えあいながら、身一つで戦場を後にした。丸腰で傷付き力なく歩く若者を目にして、住民たちの一部が食糧や包帯を手にして寄り添う。誰が勝って誰が負けたか、報道で触れられずともこの事実は非常にゆっくりと、形を変えながら散っていった。アルシャバブは事実を否定し、多国籍軍でも功績を口にする国がない。紛争の結果は、闇から闇へと葬り去られるのであった。
狭い浜からの撤収は、荷役能力の都合から、丸々二日がかりで行われた。巡洋艦ではその間、山と積まれていたビールを前にして、命のやり取りを終えた兵らが英気を養っていた。一方で将校は、今後の方針について会議の真最中である。
二人の佐官を上座の左右に据え、尉官らが二列になり椅子に座っている。グロックはと言えば、いつものように島の斜め後ろに起立したままだ。
「皆、よくぞ困難な任務を果たしてくれた。ご苦労だ」
ディーニー中尉にも席が与えれ、特に島から感謝が伝えられた。
「ディーニー中尉、貴官の働きには必ず報いる」
「軍人として当然の働きをしたまでです、閣下」
立ち上がり敬礼をして応える。うむ、と頷いて島も答礼する。
「連邦政府とアルシャバブ、双方がラハンウェイン氏族の保持する、マルカ市の宣言を認めた」
正確にはモガディッシュを交渉場所にすべきだ、との連邦政府の声明を否定したことで、アルシャバブは消極的な承認を与えたわけだ。
「モガディッシュとブラヴァの間に、緩衝地帯が生まれたわけですか」
ロマノフスキーの指摘がある通り、遠く内陸を迂回しないと争うことが難しくなる。武力の面で地域に隔たりが出来ると、その他の手法が活発になる。宣伝戦略や経済的なもの、善導の内容などだ。それについては幾ら激しくなろうとも、直接の争いよりマシである。
「その儚い壁を補強するのが、次の仕事になるわけだ」
いつものように間を置いて、各自が考えられる時間を持つ。
――マルカの兵力を強化しても、別の争いが起きかねんぞ。そこで騒ぎをしづらい何かだ。都合良くあるとも思えんが、上手く誘導するのが俺の役割だ。ソマリアが多少落ち着いたにせよ、ニカラグアに何らかの結果を持ち帰らなければ意義も薄い。何とも欲張りな話だな。
自嘲気味の笑いをうっすら浮かべ、皆を見渡す。相変わらずその手の考え方には、得手不得手が激しく存在するようだ。もの言いたげではない将校を敢えて指名せず、意見がありそうな奴にだけ、目を合わせてみる。
「エーン中尉、どうだ」
何を言うかは大体予想がつくが、意見を出させる。
「マルカに警察予備隊のような組織を発足させ、治安維持能力と、戦闘力の向上を目指してはどうでしょう」
「妥当な考えだ。シャティガドゥドもきっとそうするだろうな」
規模の違いはあるだろうが、港での収益が上がれば、失業者に雇用を充てる意味からも、何らかの団体組織が設置されるだろう。
――やはりこの方面は弱いか。戦闘集団にあれこれ求めても仕方ないが。
「大尉は」
席次が高いものについては、考え方を知る意味からも必ず意見を求める。
「市民がこの状態を守りたいと願う、その体制に持っていくのを目指します」
「外からの押し付けではなく、住民の望みか。して、手法は」
アプローチは悪くない。だが答えが見付かるかは別問題である。ユートピア――理想郷の形がどうなるのか、それは誰にもわからない。
「どうしたいのかを、シャティガドゥド氏に聞いてみて、でしょうか」
――ふむ。それは一つの手だな、確認しておこう。
「わかった。実際にそうしてみよう」
何もこの場で全て解決するばかりが会議ではない。納得いく意見である。
レティシアに意見を求めると「お前が支配しちまえばいいだろ」と、あまりに過激な提案を出されて、あえなく却下された。
「で、中佐はどうだ」
特に何もアクションを起こさないのも選択肢、そう意見をされても、一考の余地はある。
「レヴァンティン少佐の意見を汲んで、マルカの一部に根を下ろしてみませんか?」
――ニカラグア軍がマルカに駐留か。そうなればキスマヨとはお別れだ。どのような変化があるかを考えろ。自由区域は港一帯のみだ、自治権は市全体だな。多国籍軍が自治領に入り込む、連邦政府が自治を認めたが、外交は範囲外になるぞ。一つ外からのを自治側に押し付けそれを通すとなれば、なし崩しにマルカは独自性を喪いかねん。つまりはそこか。
「まあ外国人が現地で恥をかいたところで、誰も何とも言うまい」
「引き払ってからの方が、インパクトがありますが」
「そうなるとアレが別に必要になるな。ディーニー中尉」
訳もわからずに突然名前を呼ばれて「は、はいっ」と応じる。
「ジブチ軍の駐屯地に、百人位が寝泊まりする空き地はあるだろうか」
「はい?」
隣にいたブッフバルトが、小声で簡単な説明を囁くのであった。
ラジオ・ハルゲイサ、ラジオ・モガディッシュが報じた。
「ソマリア連邦政府軍と、国連ソマリア治安維持部隊の共同により、ソマリア沿岸部から海賊を排除する一大作戦が実行されました。これにより多数の逮捕者を得て、ソマリアの海の治安は大幅に改善される見通しです」
聞いている者は、内容を盛りすぎだろうと失笑しているに違いない。マイナス部分は全く報道されないのだから。ラジオ・モガディッシュは更に報じる。
「アルシャバブは勢力を弱めて、ソマリアでの支配地域をほぼ喪失した」
実際にはそんなことはなく、ブラヴァを始めとしてかなりの地域を保有している。新設されたラジオ・マルカ。本局が開局するまで短波の到達域は小さいが、そこは別の事実も報じた。
「ソマリア連邦政府がモガディッシュで、和平会談を開催するように各勢力に呼び掛けました。しかし、アルシャバブはこれを拒否しました。また、多国籍としてニカラグア軍がソマリアに駐留していますが、連邦政府を通じてマルカへの駐留を求めたところ、マルカ市はこれを拒否、拠点を失ったニカラグア軍は、ジブチ軍のキャンプに間借りを行う模様です」
一連の動きが落ち着いたのを見計らって、島はシャティガドゥドとの会見を求め、ラ=マルカへと足を運んだ。
「お元気そうでなによりです」
「先頃は様々なご配慮、ありがとうございます。マルカを代表して、お礼を述べさせていただきます」
懸念はあったが、マルカに多大な希望と仕事を持ってきたとして、シャティガドゥドはマルカの政治委員長に就任していた。これは市長に助言と指導を行う機関で、氏族の長老の意向を示す重要ポストである。
「連邦政府への拒否会見は見物でした。何やら巨大な土木工事計画があがっているようですが」
前に擁壁を等と話題にしていたので、何かを実行するつもりなのだろうと、詳細を問う。
「緑化計画でして」
「緑化?」
地球上から緑が減って、砂漠化が心配されている。わかっているが、それと中々状勢が直結しなかった。
「マルカ郊外から北向に、植林をしようと考えております」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、一つヒントを出す。それを受けて、島もなるほどと納得した。わざわざマルカから北に、との指摘が疑問を氷解させる。
「地下水を組み上げる工事、自分からも協力させていただきましょう」
川もなければ雨も少ない地域である。頼るべきは、地下水脈だと名乗りをあげる。
「ありがとうございます。成長が早く干魃に強い品種の苗が手に入れば、すぐにでも取り掛かりたいものです」
「それも何種類か贈らせていただきます。味気ない壁よりも、どれだけ気が利いているやら」
樹木による侵入禁止地帯を作ろうとの案に、素直に賛成する。
「邪魔をするというよりも、我々の意思表示の手助けです。程無く難民の流入が始まるでしょう」
国内難民。居住している地域から避難を余儀なくされた者。災害などで家を逐われた者も範疇だ。
「マルカの安定のために、マルカが求める最大のものはなんでしょうか」
会談の肝を挙げる。金や物ならばどれだけ宛がい易いか。
「我々はアッラーの御言葉を伝える、預言者の存在を渇望しております」
イスラム教にはキリスト教のような、宗教階級は存在しない。司教や司祭のような立場がないのだ。指導者とは解釈を示すものだとされている。
偶像崇拝を禁じているため、モスクには神像や肖像画などの、崇拝の対象になりうるものは一切ない。つまるところ預言者も存在が必要なだけで、彼が目の前に居るのはよろしくないのだ。
「自分には縁遠いところです。盗みをせずとも分かち合える、十戒の一つを緩和させる部分ならば、お力になれます」
結局は食料支援なりしか出来ないと括る。イスラムの互助精神は、かなり成熟していると言える。港なこともあるので、恐らくはすんなりと行き渡るだろう。
「しかし長老等はそれを拒むでしょう。我々は学ばなければなりません」
ラハンウェイン氏族ばかりが、優遇されてはならないと。
――何もいらないわけだ、施されるのはためにならない、か。まてよ、海賊が海賊だから迷惑するわけだな。
「一つ提案があります。自由区域を利用する船舶の、公的な護衛には限りがあります」
アメリカその他の援助には、自ずと期間や範囲に限界がある。当然彼もそんなことは理解している。
「この先にマルカが発展するためには、航行の安全性は必須でしょう。しかし、我々にはその手段がありませんが」
粗末な船に未熟な乗員、これでは海賊に全く対抗できないと首をふる。
「ところが自分達より、余程最適な方法があります」
自信溢れる笑みを溢す。果たして海軍の護衛よりも、更に効果的な何かとは。シャティガドゥドは国連治安維持部隊に出来ないとの答えを捻り出す。
「わかりました。海賊による海賊への護衛ですね。つまりは我々が海賊に身をやつすしかなかった、貧困した海賊民を雇用しろと」
「自分は何も与えません。ですがそのような組織があるならば、仕事を依頼することは出来るでしょう」
ラハンウェイン氏族に限らず、幅広い者を雇えるのが魅力的だ。しかも護衛が増えた分海賊が減るのだから、その差は二倍の効果をもたらしてくれる。
「適切な雇用契約や調達など、やや荷が重い面はありますが、素晴らしいお話と考えます」
秩序らしきものが破壊されて久しいので、地方の末端でどこまで手順を確立出来るか、不安を吐露する。
――イスラム社会の信用組織だけでは、世界は動かないな! さりとてこんな果ての危険地帯、誰も好き好んで乗り込みはすまい。
「自由区域の端にでも、組織の拠点を構えるならば、事務兵を勤務させられます」
オズワルト中佐が鍛えた奴らの、舞台が見付かったと推してみる。
「イーリヤ准将、あなたはどうしてそこまで?」
幾度となく尋ねられた疑問である。多くの人間がそうでありたいと願うように、島もまた望みを叶えたいと思っている。
「自身がそうしたいと考えているからです。天啓があったわけでも、命令されたでもなく、ただそう在りたいから」
究極の自己中ですよ、自嘲する。それでいて周りには認められたい気持もあるのだから、と。
「シャティガドゥドは――」確りと島の瞳を見て「イーリヤに最大の賛辞を贈る」
「これからも、やれることをやるだけです」
それから半月余り、ラ=マルカにニカラグア兵が常駐するようになった。アルシャバブは変わらず、連邦政府と勢力争いをやめることはない。だが、小さな小さな区切りが一つ刻まれた。
◇
ソマリアに一部の兵のみを残し、ニカラグア軍は本国に引き揚げていった。ケニア大使を監督官に据え、以後は軍事的な参加をせず、専ら経済流通についてのみ支援することを決める。
マルカ港が自由区域として産声をあげた時、既に要地のかなりが、スイスの投資銀行主催のカルテルに占められていたという。
アメリカ軍のソマリア対策も減少し、海事産業が沿岸警備艇を多数持ち込み、大国に更なる利益をもたらし始めているらしい。介入に一部成功したとして、担当していたジョンソン准将が昇進し、司令官を交代したそうだ。
アルシャバブの問題が、地域的に少し収まったと思ったら、すぐに別の問題が浮上してきた。トゥルキー将軍が、ジュバランドの自治を求めて、議会を立ち上げ議長に就任した。海賊やアルシャバブのような、国境の侵犯行為が心配なくなるとの見込みで、ケニアがこれを支持しているようで、連邦政府は頭を悩ませている。
今日明日で劇的な変化が起こるわけもなく、混沌とした情勢から目を離すことは、難しそうである。
兵らの多くは母国へと帰還し、それぞれの生活へと戻っていった。様々な経験を活かして、自己研鑽する日々を送るのだろう。一方で島直属の部員達は、当然との顔でニカラグアへと随伴した。二十人足らずの集団ではあるが、類い稀な戦闘経験を多数抱えた人材である。
チャーター機を仕立てることもなく、一般客と一緒にマナグア空港へと降りた。税関職員が旅券を見て、彼らを別口から通して注目を浴びるが、それもすぐに忘れられた。軍用車が列を為して大統領府へと向かう前に、軍の司令部に寄った。真新しい軍服を与えられ、それぞれが気持ちを新たに身を包む。
「馬子にも衣装とは言うが、着られている感爆発だな」
島がコロラドに冗談を言う。娘の婚礼に立ち会う父親のようだ。普段全くそのような服装をしないものだから、居心地悪そうに身を捩るのが笑いを誘う。
「俺なんか参加しなくても、構わないんじゃないんで?」
たかが下士官が大統領に謁見など、不相応極まりないと躊躇する。
「いいじゃないかコロラド。ボスのおこぼれに与るのも悪くない」
ロマノフスキーはなんと、ウズベキスタンの国章を腕に縫い付けられている。ジューコフの罪が数々暴かれ、ロシアで関係する一部の事件が明るみになり、ロマノフスキーへの嫌疑が晴れたのだ。死亡扱いされていたせいだろう、ウズベキスタン軍部に通達があったのを、司令部で発見して権利を回復したのだ。
「誰一人欠けてもなし得なかった。皆に等しく評価が与えられるべきだよ」
――事実、今ここに無事に立っていられるのは、皆のお陰だ。
全員の顔を順に見て、感謝を伝える。
式典が行われる会場手前には、政府や軍の関係者が並んでいた。行為自体に賛否はあっても、イーリヤ准将とやらがどんな男かを見ておきたいと、かなりの数が集まっている。
「一つ折り返しだな、グロック」彼にしか聞こえない、小さな声で囁く。
「よくやったと誉めて欲しいのか」
「まさか、俺からのサプライズで、ノンと言われないようにしておこうと思ってね」
また何か企んでいるのだろうと、目を細めて島を見るが、それに動揺するようなことは最早無かった。
「さあ、行くぞ」
彼らが向かった先には、大統領を中心にして、右手にパストラ首相、左手にオルテガ中将が待っていた。
「申告します。ブリゲダス・デ=クァトロ、イーリヤ准将以下、ただ今帰着致しました」
皆がオルテガに向かい、敬礼する。
「帰着を承認する。現時点を以て、貴官の任を解く。ご苦労だった」
次いで首相に向き直り、敬礼する。
「ニカラグアが世界に示した姿勢は、高く評価されている。貴官らの働きに敬意を表する」
「首相閣下、ありがとうございます」
最後に正面に直り、同じ様にして、オヤングレンの言葉を待つ。
「ニカラグア共和国大統領として、イーリヤ准将に国家勲章を授与する。どうだね准将、今後も軍に残ってくれるならば、首都防衛司令官に任命し、少将へ昇進させるが」
部下への勲章は、貴官から授与させるようにとも付け加えた。国軍の次席を提示してくる。列席者がどよめきの声を漏らした。
「身に余る御言葉に、感謝の念が堪えません。ですが過分な待遇、慎んで辞退させて戴きます」
あまりにもすっきりとした表情に、オヤングレンも微笑を見せる。
「思い直したなら、何時でも相談して欲しい。君が残した事実は、決して変わりはしない」
「ご厚意、痛み入ります」
コンゴの件はニカラグアの精神を、大いに奮わせた。また鉱石に関して、中米の連合として小なりとはいえ連帯をもたらしている。パラグアイからのチタン塊は、不純物を粗く排除して世界に輸出することで、産業の活性化に一役買っていた。学校は児童らの識字率を高め、奨学金制度が指導者育成を助けている。社会全体が成長しようとの背景を後押しし、五年、十年先を期待した空気が流れていた。
式典が終えられた。時をあけて祝賀会にと場所を移す。メインは無論こちらだ。
「イーリヤ准将、首都司令官の件だが考え直しはしないか。私が軍部の反対を抑えるのを約束するが」
オルテガ中将が話を持ち掛ける。年齢的にも立場的にも、あまり長くはない自身が去った行く末を考え、島を全面的に推すことを約束してきた。その昔に、前大統領のダニエル・オルテガと話していたように、地位と権限を与える腹積もりなのを明かす。
「中将閣下、自分は国を左右させるような、要職に就くべき人物ではありません」
流れの武力集団の首魁あたりが精一杯、などと苦笑いを向ける。
「十年、いや貴官ならば、二十年後に就いても充分時間がある。それまで私が生きているかは解らぬが、例の委任状は預けておこう」
将校の任免許可証、あれにはニカラグア軍総司令官印が、捺されている。つまりはオルテガではなく、機関がそれを認めるのだ。
「所持保全のご命令でしょうか」
「そうだ、暫く肌身離さず抱えておけ」
にやりとして、島の肩に軽く手を置き去って行く。
――実はオルテガ前大統領よりも、人の使い方が荒いんじゃないか。上手いこと働かされたものだ。悪い気はしないがね。
手にしたワイングラスを、軽く傾ける。全く酔えなさそうだ。
「少しは楽にしたらどうかね」
柔和な笑みを浮かべて、パストラがやってくる。式典ではあまり語ることが出来ず、こちらを待ち構えていたようだ。
「場違いな小者が楽には中々」
「これからどうするつもりだ」
遊んで暮らすもまた良かろう、そう呟く。そうなることなど無いと解っていながら。
「個人的な目標を追ってみたいと考えています。それと一つお願いがありまして」
軍の管轄ではあるのだが、より政治に関わる内容なだけに、パストラにまず打ち明けた。説明など不要と言われながらも、経緯を語り目指すところをつまびらかにする。
「総合的なものではなくて、か」
「はい。短期間の養成所のような扱いです。基礎を持った者が、どのような道に進むかを考える場所として」
随時受け付けしている、専門学校のような形態を想像しながら話をする。
「能力の程は全く不安ないが、本人は承諾するかね。頑固者なのだろう」
二人揃ってな、と笑うと、三人でしょうなどと切り返す。他と折り合いがついたら最後に来るんだ。パストラが尻を持ってやると請け負い、島を解放した。
「用事は終わったのかい。お前だったらまた、余計な荷物を背負いかねないからね」
骨付き肉を鷲掴みにして、かぶりつきながらやってくる。いつも変わらない彼女にはほっとさせられる。
「あと一つさ。俺が俺で在るために、ずっと働いてくれた功労者に、お返しをしようかと思ってね」
缶ビールを取って渡してやる。一気に飲み下してゴミを放られた。男らしい態度だ。
「御礼参りでもしに行くのかい」
見せ物にするなら特等席を用意しな、とにやける。
「良いとも。本当にこれで最後だよ」
部員が集まるテーブルに足を運ぶ。ボスのお出でだとスペースが作られた。
「聞いてくれ皆。グロックはこっちに来てくれ」
何だ何だと注目を集める。ロドリゲス大尉もたまたま輪にいたため、興味津々で見つめる。胡散臭い何かが始まりそうだと、グロックは無表情のまま心構えをした。
「これは自分個人としての言葉です」将軍が下士官に向かい敬語を使ったことに、少なからず疑問を持つ者がいたが「フランスでレジオネールとして入隊し、一から自分を鍛え、困難に立ち向かうにあたり、惜しみ無く助力をしてくれた、アンリ・グロック殿に感謝を致します。ありがとうございました!」
敬礼ではなく頭を垂れ、弟子が師匠に対して気持ちをぶつけた。
「閣下、公衆の面前です、どうぞ顔をお上げ下さい」
珍しく若干の動揺をしてしまう。すぐ隣を弾丸が飛ぼうとも、平然としているというのに。それでも数秒の間、姿勢を保ちようやく頭を上げた。
「人は深い感謝の念を得た時には、自然と頭が下がるものです」
もう一度、ありがとうございます! と声を張った。
「ええい馬鹿者が、秩序を乱すでない!」
下級者に対して、あべこべな態度をするなと叱責する。階級を敬えと。
「本来ならば俺なんかより、どれだけ将軍に相応しいか。しかし今の俺には、ここまでしか出来ない」
一呼吸置いて目を閉じる。小さく頷くと、グロックを正面から見据えて、真剣な顔で告げる。
「とある者から、約束を破る許しを得た」察しろと、いつものように細かくは言わず「グロックを大佐に任命する。これから新設される、新人学校の校長に推薦しておいた」
五段跳びだ、拝命しろと無茶を言い付ける。陸軍最先任上級曹長、それは苦肉の策で据えた地位であり、真に目的に合致していたわけではない。
「なんという常識はずれなことを……」
「グロックの行いが正しいのは、俺が知っている。それを次の時代を創る、若者に伝えて貰いたい」
後進の小国だからこその荒業を披露する。非常識な昇進に反対するものは、その場に居なかった。
「自分が」短く目を瞑り顎を引き、一拍おいて目を開く「自分が約束を破るのは、後にも先にも一度きりに致します」
会場の一角で、歓声が沸き起こった。この場で彼だからこそ出来た無茶は、事後に承認されることになる。
「やることはやりましたな。これからどうするんです、ボス」
ロマノフスキーが、アレをするのかと聞く。無論エーンを筆頭に、周りもどこまででもお供しますと口にする。
「ジョンソン少将の任務が明けるまで、暫くあるからな。各自郷に戻って、自由にしたらいいさ」
「するとボスは日本ですか?」
「俺か、少しばかりハイチにバカンスに行ってくる」
レティシアが渋そうな顔を一瞬だけ浮かべたが、気にせずに続ける。
「そしてその後は、コロンビアにでも行くとするか」
「ではその折りには、小官にもどうぞお声かけを」
皆が皆、一歩前に出て志願を表す。退官することなど、何の障害にもならないとばかりに。
「今さらだな。ア ラ ポロシェン フォア!」
「ウィ モン・ジェネラル!」
また再会しようと約束し、一同は笑顔でそれぞれの道を行くのであった。




