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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第五十六章 丘の海賊退治、第五十七章 国際貢献派遣団

「するとアルシャバブへその成果が流れていると?」


 スイートルームで島が報告に駆け付けたコロラドに、確度を得るべく自信のほどを示させていた。


「噂です。しかし同勢力が支配している地域の海賊は、活発を通り越しているような結果ですぜ」


 船団を組んで輸送する船には護衛がついたりもするが、企業のクルージングや道楽の海遊びには、当然そのようなエスコートは無い。不思議と護衛された船団の航行を事前に識別しているのだから、どこかしらから日程が漏洩していると見なければならない。時には軍艦を誤って襲い、反撃を受ける事件もあったが。


「となると、いくらそいつらが表面上海賊を非難していても、俺達が軍事活動を展開しようとしたら邪魔立てしてくるわけか」


 ――どこの地域から始めても海賊が減るのは変わらんからな、いきなり本城を落とせたらどれだけ楽かと思うが、まずは一歩だ。


 無断でやれば紛争に巻き込まれ、了承を得ようとしたら拒否され、仮に許可されれば遂行に支障が産まれ、実行しようとしたら攻撃計画が流出して海に逃げられる。ちょっと想像しただけで、こうも不都合が湧いてくるのだから、実際そうなればおしてしるべしだ。


「現実的な情勢は」


 自身が調べたのは、一次の予備知識としておき、現地で見聞きしてきた彼の言葉を、二次のものとする。特定箇所からの伝聞のみというのが、一番危険なのだ。


「混沌さはコンゴと変わりゃしません。土豪が勢力を維持しながら連邦に自治を迫りつつ、氏族や宗教が個別に争い、エチオピアとエリトリアやジブチがアメリカを交えて競り合っている構図でしょう」

 そこに自分達が割り込みさあ大変と笑う。だがそれも事実だと、予めすまんと言っておこうなどと冗談で返す。


「自治を認めればプントランドとジュバランドは靡くわけだが、中部のイスラム勢力が極めて強い」


 何せ単一宗教である、イスラム第一でなければ民族第一であり、どちらかが弱らねば妥協はない。民族が弱れば神に助けを求め、宗教が弱れば軍閥なりが勝手な統治を行い介入を拒む。


 ――出口の無い迷路をうろつく感覚だな、脱出はルール違反と言うわけか。


「で、お前ならどうしたら治まると思う?」


 他人の思考を並べてみて、自らの考えをまとめる。これは多種多様な人物の意見があるほどに、有効性が高くなった。


「難しいことはわかりません。一つにまとまらなければならないもんなんですかね?」


 ――なるほど、連邦にしようとするから紛糾するわけだからな。別々の国ならば確かに大きな問題が一つ無くなる。


「良い意見だコロラド。アメリカの手前連邦が前提になっていたが、それは絶対の条件ではないのに気付けたよ」


 照れて頭をかくのが妙に似つかわしくない男である。他に居る者にも順に尋ねてみた、レティシアについては面倒だからやめちまえと苦笑いを返すのみ。


「それぞれ独立をしても、国家として成り立つことが難しいと考えます。何もかもが足らないので生活が出来ないのでは?」


「するとどうなる」


 その先を考えさせる、すっかりグロックのやり方を踏襲してしまっていた。


「宗教に、イスラムにより染まります。それだけでなく、施しをしてくれる者にも従うでしょう」


「それがイスラム武装組織でもだ。だから自立させねばならん」


 ――このあたりは政治・経済の担当に見解を述べさせるとして、自立の為の手段が海賊ではいかん。かといって産業はバナナと放牧ではたち行かないな。上部組織があやふやでは、採掘契約もままならない。


 同じ様な意見でも、下士官が口にするのと、将校がするのとでははっきりと態度を変える。サルミエに求められているのは、より高い視点からの考えであると。


「氏族の長老会議が存在しております。縄張りを決めて氏族単位の自治を認めて、代表を議会に送り込む形では?」


「エーンが言うのは前政権の形だな」理に叶っていて、集団の考えとしては間違ってはいない、が「それだと大統領なりの首班が、自身の氏族ばかりを優遇してしまう」


 次こそはと意気込んでも、次の機会が与えられないのは目に見えていた。清廉で傑出した独裁的な人物が、全てを解決する鍵になってしまってはならない。

 ここがアフリカでなければ、或いは可能だったかも知れない。しかし部族社会は巨大な集団を嫌い他者を冷遇する。


「チーフはどうだ」


 答えを聞きたくとも、決して最後までは喋ることはないと知りつつも、ついつい頼ってしまう。


「今は上手くいかなくとも、転機が産まれることもありましょう」


 ――要件が出揃っていないと考えているわけか、全くもって同感だね。


「無計画の謗りを受けかねないが、まずは海賊退治に専念するとしようか。地図を」


 用意してあった、南部から中部の海岸側の拡大を皆で覗き込む。白地図である、地形からまずは各自が想像して見当をつけた場所に書き込みをしていった。幾つか怪しいと睨んだヶ所を、今度は通常の地図を重ねて確認する。何点かが町として名前がつけられていたので、それらのうち支配者勢力が、アルシャバブのところに赤丸をつけた。次いで連邦勢力の側は町を消して、ただの海岸扱いになっている部分を赤三角をつけ要確認とする。


「メインディッシュは後に平らげるとしてだ、これらのヶ所を探らせてみてみよう」


 何せ一見したら普通の漁船で、いざ仕事となったら武装することがあるのだから判断は難しい。間違ったらごめんなさいでは済まない、しかし補償する義務は無い。国際的な道義や規約では有るのかもしれないが、ソマリアが活動地域である、どこまで強く司法権力が及ぶかは当事者次第と言えた。


「航空偵察や艦艇レーダーの要請は行いますか?」


「いいや、俺達が独自に調べるんだ」


 たっぷりと装備を都合して貰ったのだから今更であるが、掲げている軍旗が何かを再確認させる。何より民間の海賊程度探し当てられないようでは、先を望む方が間違っているとの想いが強かった。


「承知しました。ではキスマヨに移動しますか? 流石にそればかりは陸とはいかないでしょう」


「残念ながらその通り。大した距離じゃない、巡視艇を幾つか使わせてもらうとしよう」


 巡視艇、世間では哨戒艇と呼ばれる。巡洋艦は簡単に右に左に動かすものではないと、身の丈にあった行動を選択する。連絡船に載って襲撃にあっては、ただの不注意者と呼ばれるだろうから。


「コロラドはどうする?」


 何をさせるではなく、逆に何をするかを問う。


「少しモガディシオ周辺を探ってから、キスマヨに向かいます。ソマリアシリングよりも、タバコや麦を持ち歩く方が、役にたちますぜ」現物重視を明らかにしてくる。


「かも知れんな。ずだ袋に詰めるなり何なりやってくれ、あちらで会おう」


 一応用意してきた紙幣を、渡すだけ渡して解散させる。陸上活動の第一歩が海賊退治とは、皮肉も極まったものだと溜め息をついてしまった。


 哨戒艇といっても様々であるが、あてがわれたものは全長が四十メートル弱あるガンボートの類いである。横波に負けることなく、高速で走破が可能な武装艇。


「商船相手ならば、こいつが一隻にボートが数艘あれば、制圧出来そうだ」


 主砲に三十ミリ連装のものが据えられており、反対の船尾には、機銃が左右に一ヶ所ずつ置かれていた。


「欲しいな。もう一回り小さくて良いから大西洋岸に欲しい」


「理由は聞かないことにするよ」


 彼女の願望の先に何があるか、言わずとも知れている。どちらにせよ自身が乗るわけではないからか、戦車程に食い付きは強くはない。

 キスマヨの軍民共用部分に乗り付ける。人だけの乗降であっても軍港を利用して構わないらしいが、軍艦の邪魔になるからと説明される。


 ――海軍内部にも事情があるんだろうさ。


 上陸するとそこでサイード曹長が待っていた。


「お迎えにあがりました、閣下」


「うむ」


 ――スーダンで一緒になったときには、まさかこうまで長い付き合いになるとは思わなかったな。


 曹長の背を見てふと昔を思い出してしまった。


 いかんいかんと余計な考えが入り込むのを、軽く頭を振って霧散させる。側近のみ車に乗って先にどこかへと走り去って行き、兵らは遅れてトラックなりに乗り続いた。

 キスマヨ東部海岸付近の岩場を、天然の要塞として利用することを考えたのだろう。本来あるはずもないような道が切り開かれていた。戦術的な要地である、更に広い視野で見たときには、さほど重要ではないだろうことも解る。何せ利便性は極めて悪く、発展の可能性は殆んどないのだから。

 意地悪く引きこもるのには最適な場所を、大金かけて要塞にした張本人が出迎えに現れた。


「我が家へようこそ。ムスリムも驚きの僻地です」


「陸だけなら海兵師団が押し寄せてきても守りきれそうだよ」


 ソマリアに巡航ミサイルは無いから安心だと、満足を示して早速中へと向かう。重砲が直撃しようと全く苦にならないだろう岩場の穴蔵。ウサマ・ビン=ラディンがミサイルや爆撃を警戒して隠れていたのが実感できた、ここならばきっとと思わせる。


「施設の紹介前にまず一報を。既に二度侵入者を撃退しました」


「二度?」

 短期間になんだそりゃ、と語尾がはねあがる。


「小官人気者になるのは構いませんが、美人限定でお願いしたいものですな」


 いずれもムスリムで捕虜よりも死を選んだというから、過激派の偵察か何かだろうと推察している。

 外国人なだけでも目立つが、兵器を持ち込み要塞を作るのだから、気にするなと言う方が無理である。


「逆もそうだ。俺達も奴等の捕虜になるならば、早目に死んでおいた方が楽だよ」


 とにかく拷問は筆舌に尽くしがたい。どんな方法でも捕らえられたら最後、自害をすべきが自身の為だと明言できる。ここはヨーロッパやアメリカではなく、イスラム主義が席巻しているアフリカなのを忘れてはならない。


「転向を条件に許されるものは皆無だと、徹底して教育しておきます」


 珍しく真剣な受け答えをする。考え違いをしたら、兵が泣くはめになるのを知っているからこそ、厳しい軍規を定めようとする。


「それはそうと、住み心地はどうだ」


 娯楽は大した望めるわけがない、ストレスがたまったら吐き出せるようにするのも、上官が考えなければならない点である。


「釣りや射的位しかありませんからな、酒があればそれで構いませんが」


 HIVはアフリカにしては感染率が低いと言われているが、未集計なだけで全く信用ならない。楽しみがなければ、兵士が腐ってしまうのもまた事実である。


「要塞に港ができたら、マリンディと不定期で連絡船を出して休息させよう」


 後方基地にはアフマド曹長を残してきている。指揮官には形だけ、本国からの補佐を中尉に任命して、責任者としてあった。審議官らも殆んどはまだ待機させている。アメリカ軍とのレンドリースに関して、事務処理にこの前まで一人だけついてきていたが、現在はジョンソンのオフィス近くに配置してあった。


「マリンディと言えば、オズワルト中佐のところから事務兵が転属してきています。差し詰一期生ですな」


 ――育成を要請していよいよ派遣に漕ぎ着けたか、どこかで手柄を立てさせてやらねば。


「こちらにも数人置こう、主計はトゥヴェーが兼務だからそこにつけるか」


「一応担当士官はあちらに居ますが、これまた形だけと。正規軍は形に拘るから紙が分厚くなって仕方ありません」


 報告日誌などと言うものすら存在しているが、殆んど空白になっている。夏休みの宿題を溜めた気分と、似ているのかもしれない。


「首相の心遣いに感謝しておこう、事務雑用は担当が請け負ってくれるさ」


 現状把握が済んだところで、いよいよ作戦の第一歩を明かす。あれこれと手をつけるわけにもいかないので一点集中で。


「丘で海賊退治とは乙な趣向ですな」


「全滅は難しいだろうから、何度か繰り返すことになるだろう」


 何せ身一つで船に飛び乗り、取り敢えず海に出られたらそこまでである。港の代替など幾らでも存在している。


「小型ならエンジン始動に大した時間は必要がない。取り逃がすことが多そうなのを解決せねばなりませんか」


「沖に戦闘艇なりが待ち構えていれば、あちらも往生するだろうが……」


 沿岸警備隊の助言があれば、名案も浮かぶかもと結論を先送りにする。


「海賊の識別が最大のポイントですな」


 逃げたのが海賊だとしては本末転倒になり、誤認では無駄な結果しか産み出さない。何を以て海賊とするか、明確な線引きすらあるわけではないのだ。


「何せ我々はいつものように外様だからな、今回は密告も当てに出来ない」


 民間が無理ならば、政府に打診するしかないが、モガディッシュであの態度である。行動の基幹をなす部分を頼るのには、不安がありすぎた。


「どうでしょう、虎穴に入らずんば虎児を得ず。海賊に襲われてみて確定してみては」

 マツバラさん効果を発揮してきた。海賊自己申告ならば間違いないと。


「無謀を通り越えて、乱暴の極みだな」


「お気に召しませんか?」

 反応がわかっているくせに、そのように言ってくる。だからロマノフスキーは憎めない。


「冗談、そんな確実な手段があるならば、使わない手はないだろう」


 一方でロマノフスキーも、同じ気持ちになっているのか不敵な笑みがにじみ出る。


「となると餌が必要ですな、それも魅力的な餌が」


「仮にだ、お前が海賊ならどんな獲物を狙う?」


 相手の気持ちになって考えてみろと促す。無論島も、自身ならばどうするかを想像してみることにする。腕時計を見る、無言の時間がやけに長く感じられたが、数分しか経過していない。


「自分ならば、換金に時間がかかる人質よりも、物を狙いますね」

 出来れば船まるごと拿捕するのが最高だ、と。


「確かに要人を金にするのは苦労するな。物ならば即座に山分け出来る」


 殆んど考えは一緒だったが、一つだけ捻りを入れてみようと追加してみる。


「奴等がアルシャバブあたりに分け前を渡しているのを鑑みてだ、兵器を積んだ船は心がときめかないか」


 戦車を狙ったは良いが、ロシアが出張ってくるとの結末を招く。正直海賊らにはさほど関係ないと言えた、何せ海は広く獲物はわいて出る。


「奪ったら港に運ばなければならないわけですからね。海上で受け渡しは困難でしょう」


 何せ無関係を装い続けているわけだから、公然と接触は不能なのだ。


「揚陸したのを押さえて、兵器を回収して証拠にすれば良い」


「一時的に部品不足で使用不能にして、ついでに発信器でも仕込みますか」


 悪知恵は幾らでも出るようで、そもそもが盗んだ物を輸送するとの偽情報を流出させるなど、小技まで飛び出してきた。慎重なやつは避けるだろうが、そうでないのも山といるだろう。


「実務はトゥヴェーに任せましょう、コロラド無しでまずはシナリオを提出させる方向で」


 後に変えるところがあれば修正させる。トゥヴェーが歩んできた道の確認といえる。


「迷惑をかけないように、カスカベルCあたりを使わせよう」


 アメリカからの借り物を紛失するわけにはいかないのでそうしておく。


「ハイパーテクニカル二台もありますよ」


 改造ジープあたりをテクニカルと呼んで使っているソマリアの武装勢力にとって、あのヴァンはまさにハイパーですよと候補に勧めてくる。


「自家用車を高く評価されて、グロックも満更ではなかろうさ」


「しかしわざわざ不良にするのを納得しますかね」


 折角整備したのに、使う前から壊させるのも忍びないと懸念を表す。


「その点は心配していない。罠を張るために細工しろといえば、イタズラを楽しむだろうきっと」


 真面目に何かをやらせるよりも、よっぽど効果的だとロマノフスキーも大きく頷いた。


「では今回の失態は小官が承りましょう」


「汚れ役ですまん」


「いずれ形あるもので、誠意を示していただきましょう」


 酒を飲む仕種をしてから敬礼した。


 天然の良港として小型の漁船が利用するには、最高の場所がある。キスマヨ東部にやや行った場所で、海上から捜索しなければ死角になり、陸からは見えないところに。

 最近になって存外近くに、怪しい武装勢力が拠点を構えてきたものだから、不安を募らせてきていた。


「アルシャバブには報告してあるな?」


 していないわけはないだろうが、何事も確認だと返事を求める。


「はい、ロウペニ様」


 髭もじゃの中年が答える。ただでさえむさ苦しい男所帯の上に狭い場所、彼らはもっとマシな生活を求めていた。単純に家族を養い命を繋ぐとの目的に、少しばかり安全と裕福さを追求して。


「ニカラグア軍か、現地の資金不足で兵器を売りに出すとは」


「しかも金になる前に強奪される運命、です」


 トゥヴェーが計画した資金不足の偽情報が、上手いこと流出していた。街での生活物資買付失敗や、兵士の給与遅配がそれを後押ししている。解決策に装甲車両を売却との噂を仕込んで、船に積み込む作業をわざわざキスマヨ港でするのだから、嘘ならば罠で、本当ならば商売の好機だと狙っているのだ。


「しかし、多数の装備を持ち込んだ奴等が、簡単に資金不足に陥るでしょうか?」


 同僚がもたらした、うまい話は疑えと言葉を挟む。嘘でも真でも彼には不都合なので、頭から信じていないのだが。


「食うに困ってからでは、足元を見られるからな。まだ余裕があるうちに踏み切ったと見るべき」


 ひがみだと意見を一蹴する。こうなれば引き返すのもばつが悪く、自身を説得するような感じで、それが事実だと主張を強める。


「小国とは言え国家が後押しした行動が破綻するには早すぎるが」


「本国で雲行きが変わったのだろう。奴等にとってソマリアがどうなろうと、知ったことではあるまい」


「装甲車両を」間に割って入り、争いに見切りをつけさせると「積載した船の行先を調べられるな」


 出任せで罠ならば、あちこち調べたらボロが出るだろうと、緩やかに命じる。


「すぐに調べます」


 勝ち誇った笑みを残して、同僚に邪魔をするなと釘を刺す。上の決定は絶対だと悔しげに睨み返して鼻を鳴らした。


「ふむ。仮にだ罠だとしても、奪って陸揚げしてしまえばアルシャバブの援護が受けられる。そうなれば未来は拓かれるが」


「はっ、ロウペニ様。海上ではアメリカらに敵いませんが、陸上ならば政府軍でも恐るるに足りません」


「一度の成功だけで良いのだ。たった一度成し遂げれば、人並みの生活をさせてやれる」


 陸まで追いかけてこないのは事実であった。沿岸で虚をついて、奪い取れば二度と冒険をしなくても済むだけの実入りになるのも想像出来た。


「実行するならば協力してくれるな、スネイル」


 力で押し付けるでなく、我が子を諭すように柔らかく語りかける。


「ロウペニ様のご命令ならば喜んで」


「私からの頼みだ」


 人はその必要が無いときにへりくだられると、極端に気持ちが揺さぶられてしまう生き物である。無論、中にはそのような感覚を微塵も得ない者も居るが、スネイルは生活の知恵を一からロウペニに学び従ってきたので、大いに感じ入った。


「そのようなお言葉、身に余ります。全力で働かせていただきます」


「心強いことだ、期待しているぞ我が息子よ」


 血は繋がっていないが、境遇を共にする二人には本物の親子以上の絆が存在している。荒みきった世界でもやはり人は人であった。


「で、もし不足するなら何だと思う?」


 司令官室に、島とコロラドが入り、何事かを打ち合わせている。上級曹長の前には紙にした計画案が置かれていて、それを手にすると暫し黙る。


「売却先の偽装が手落になりやすいんじゃと思いまさぁ」


 ――電話対応だけでなく、実態が必要ではあるな、そこは補強しよう。


「うむ、他には」


「逆情報だけではなく、欺瞞のために複数贋を漏洩させないと」


 信じさせたいものが一本では、あからさますぎると指摘した。幾つか流してはいるが、取って付けたようなものと言われたらそんな気もする。


「例えば?」


「既に装備過多なのは漏れているでしょうから、金が足らない理由を作るべきです」


「使い込んだとか補償にとか?」


 どんなものかと思い付いた内容を即座に口にしてみる。


「もっと源流でお手上げなことを。ニカラグアで軍縮が叫ばれて、予算がバッサリ削られたなんて出来ないですかね」


 ――元々予算など無いのだから可能だが、そこまで徹底するとは俺も考えなかった。


「流石コロラドは違うな、首相に話してみよう」


 いやあ、などと照れながら頭をかく。後は実践する現場でどうするかなるので、コロラドはわかりかねると手をあげた。


「謀略なんてのは大袈裟にやってなんぼってことで」


 しがらみもなにもなく、ただ成功させるだけを考えると、あらゆる可能性に目が行くらしい。


「自身が最初の枷なわけだ」


 自ら限界を知ってしまえばそこまで。わからなくもないが、自然と限度を定めるのが人間である。痛みや疲れが体に備わっているように、心にも何かがある。


「モガディシオですが」頃合いを見計らって報告を行う。「依然として市街地周辺までしか、政府の支配が及んでいないようで」


 いくら連邦だと声をあげても、実際はまだまだ競り合いが各地で続いている。


「公式見解は楽観的?」


「ええ。安全としている場所も競合地帯だとしたほうが無難」


 ――宣伝戦略の結果だと考えよう、このあたりも敵地真っ只中なつもりでやらせるべきだ。


「各勢力の動向を」


 机上の情報では知り得ているが、実際の民衆が感じている生の声に優る判断材料は中々無いものだ。


「エチオピア軍は駐屯に反対の声が強く、一部の部隊を別に、オガデンにまで引き揚げています。しかしアメリカの後押しを得ているために、介入に乗り気で怪しげな態度が聞こえてきます」


「具体的には?」


 アメリカがエチオピア派ならば、ロシアはエリトリア派としてしまう。単純かといえばそうでもない。エチオピア寄りのエジプトや、エリトリア寄りのウガンダ、独自路線のケニアが混ざった上に、同じイスラム国家でもアルシャバブ推しや政府推し、ヒズブルイスラムにはヒズボラ、つまりはイランあたりがクッションを挟んでちょっかいを掛けてきている。


「大臣などの要人護衛に、別口で志願兵を派遣しているとか。国家色は出さずにですが」


 ――良くも悪くも側近のようなのを、閣僚に侍らせれば影響はあるだろうさ。俺だってプレトリアスらが何か頼んできたら、断りはしないだろうからな。


「ボディブローのような効き目だろう。イスラム勢力は?」


 現地で最重要の部分を、敢えて後にする意図を見抜こうとする。それを聞く前に、エチオピアの話を耳にした方が良いと考えた結果の根拠を推察しながら。


「イスラム法廷会議はアルシャバブに対して、青息吐息で降伏すら宣言してるが、アウェイス議長は言うだけで特に何をするわけでもないようですぜ」


 ――報道されている内容と大差はない。真実降ったわけでもないと言えるのだろうか? より直接的な争いをしない姿勢ともとれるが。


「アウェイスの腹積もりは読めそうか」


「どうでしょうかね。イスラム法廷会議には実績があるから、大人しくしていたら返り咲く、ってあたりを待っているのかも知れませんが」


 一時期は秩序の番人として、彼らがソマリアの治安を司ることがあった。その間は実に上手いこと治まっていたというから、住民からの支持も根強い。


「仲介者に転向するならばわからなくもないな」


 一定の力を持っているままで覇権争いから外れたならば、それなりの発言力は保たれるものだ。いずれ合流、吸収を甘受するならば他からの理解も得やすい。


「順番が前後するけど、ヒズブルイスラムから、ラスカンボニ軍がアルシャバブに寝返ったのが原因だとも」


「ラスカンボニ軍か」


 ――ハッサン・トゥルキー将軍の武装集団だな。ラスカンボニ旅団が基幹の。主要戦力が抜けて戦意を喪失したのならば、簡単な構図だが……


「トゥルキー将軍は、ジュバランド独立自治派だったな」


「ええ、オガデン紛争やモガディシオ、氏族の戦いにイスラム法廷連合、ラスカンボニ旅団から運動、ヒズブルイスラムを経て今やアルシャバブと海千山千で」


 ――日本の政治家にも似たような奴が居たな。あちこちを引っ掻き回しはするが、筋が太い動きをするような将軍といったところか。


 一連の武装闘争に、必ずといってよいほど顔を出している。老年将軍であるだけに、直接の戦いよりも寝技が得意なのだろうと考えを加える。


「兵が連邦に残ったとかの話が、寝返りにはあったはずだが。現実はどうだったのかわかるか?」


 あちこちを割って動く将軍に従う者と、離脱する者との割合が重要である。政府が口だけとの可能性も半々だ。


「簡単に言えば士官や下士官はトゥルキーに、兵は政府に残った」


 ――集団のエッセンスが将軍についているならば、数など数ヵ月で幾らでも増やせる。


「一筋縄では行かない狸だな」


「政府がで?」


「両方さ。後で文書にして持ってきてくれ」


 細かい話もあるだろうからと報告を終了させた。


 キスマヨ港。エジプトに向けて、一隻の輸送船が出港準備を終えて、碇を揚げている。本来ならば船団を組んでからの航行にすべきであったが、既に資金がレッドラインを越えているとして、単独で飛び出していった。

 世界の片隅、ニカラグア議会で野党――サンディニスタ運動党の責めにあって、海外公務団への予算が大幅にカットされたと、ニュースが伝えていた。数少ない在外公館も煽りを受けて、交付金を差し止められた為に、混乱をきたしている。


「突然予算がなくなったから、支援が厳しくなるとケニア大使から連絡がありました。この流れに解せない何かを感じたのは、小官だけでしょうか」


 話の内容に反して、微かにご機嫌なのを横目に島は、さあなと短く返す。休憩室に佐官がいたら休まらないだろうと、司令官室の扉を叩いた男は、言葉と裏腹な答えを勝手に受け止めた。


「そんなことだろうと思いましたよ。これでまた首相の立場が苦しくなるわけですが、こちらが終わるまで持ちこたえれば、倍返しというわけですな」


 先行投資の応用だと位置付けて、巻き込まれた外務官僚らの不幸を詫びる。


「例の受付代行会社、フランスの外資でカイロモーターズと提携を結んだとか。世の中は不思議に満ちていますな」


 壮大なブラフに自分も驚きと称賛する。


「ここまでやらかしてしくじったら、ギロチンものだな」


 日本ならばハラキリって結末もあるな、と呟く。どちらにせよ全て成功させなければ、目的は果たせない。


「綱渡りはいつものことです。海賊退治した後は政府に接近を?」


 協力を得てから海岸線を掃除して回るならば、モーターボートの数隻でも確保しなければと気をやる。


「どうしようかと悩んでるよ。いっそのこと連邦とは距離を置いてみるとかも考えた」


「イスラムに改宗すると言われても、今なら信じるかも知れませんな」


 何分二人して恨みを買いすぎて、許されないだろうとパスを口にするが。


「陸戦部隊の手筈は」


「マリー大尉が上手くやっています、年寄りは座って待っていろとね」


 三十七、八あたりで年寄り扱いもないが、初年兵の息子がいてもおかしくない年齢になったのは事実である。実際入ってくる新兵を見るたびに、若いなと感じるものだ。


「なあロマノフスキー、俺はこれが終わったら、少しばかりニカラグアから離れてみようと思うんだ」


 争いに嫌気がさしたわけではなく、自分が働けば働く程に周りに迷惑をかけるからだと吐露する。


「それも良いでしょう、充分他人の為死に目に会いましたからな」一つの命で随分な無茶をしたと振り返る。


 気が散っては困るが、将来やりたいことを持つのは良いと。


「かといって戦いを止めるわけでもない、困った奴だと言ってくれて構わんよ」


 苦々しい笑みを親友に向ける。誘うつもりはないが、きっとついてくるだろうと島は確信していた。


「個人的な目標を追いかけ始めますか」


 言葉を遮ってアラートが鳴る。緊急事態が発生したと、通信室から報告があがる。


「ふむ、いともあっさりと餌に食い付きましたな。小官は面倒を見に行きますが、閣下はごゆっくりどうぞ」


「暫くしてから様子を窺いに行くさ。楽しんできてくれ」


「ポニャル」


 仕組んだ壮大なイタズラが始まったと、足取りも軽く部屋を出て行く。


 ――さて考えられないような事態を考えるのも、大変な役目だな。


「救難信号を発信するんだ!」


 輸送船シーサーペントには、緊張が走っていた。航行中に不審な船が接近してきて、呼び掛けにも一切応じないのだ。


「船長! あと十二分で接触されます!」


 航海士が凡その速度差と距離から、時間を弾き出した。足が遅いのは輸送船の宿命である、狙われたら逃げ切ることは不可能だ。


「受信あーり、北東より護衛艦が向かう、接触まで三十五分!」

「どこの艦だ?」船長が通信士に詳細を求める。

「アイ、ジャパン!」

「くそったれが、役立たずか!」


 海賊が目の前に居ても進路妨害などの行動しかとらず、砲撃もミサイルも発射しない奴等に、期待は持てないと吐き捨てる。


「だからこんな仕事は嫌だったんだ! 機関最大、全速力で航行!」

「アイ、機関最大、全速力で航行、アイ!」


 航海士が復唱して機関室に伝達する。老朽化した船のエンジンを最大にすれば、オーバーヒートで溶け出す可能性すらあったが気にしなかった。背に腹は変えられない、海賊に捕まれば良くて漂流、悪ければ即座に殺されてしまうだけである。


 悪態をついてはいるが、実は船長は一部話を聞かされていた。端的に言えば積み荷を奪われて構わない、と。

 荷物がどうなってもよい荷主がまともなわけがない。しかもそのあたりを黙って飲み込むことで、運賃の他に桁外れな料金を約束されていた。船が沈んでも損をしない額を積まれているので、後は命さえ保てば万歳なわけである。その為には少しでも逃げて、救助される見込みを高める必要があったわけだ。


「海賊船接触まで八分!」


 無論それを知っている船員は誰も居ない。だからこそ鬼気迫る表情で、必死に操舵して通信機に呼び掛けている。


「ジャパンフリゲートより、ヘリ一機発艦!」


「ヘリだと? 通信こちらに回せ!」

「アイ、通信回します、アイ!」


 手慣れた操作で、船長のシートにつけられている受話器に回線を繋げた。


「こちらオーストラリア船籍シーサーペント船長クロード」

「日本ソマリア海域護衛艦群所属御子柴三佐。シーサーペントの救難信号を受信した」

「海賊船に狙われている、接触まで七分しかない」

 挨拶も抜きにして時間がないことを強調する。


「哨戒ヘリを飛ばしている、本艦の接触まで上空支援を行う」

「海賊船に攻撃してくれるのか?」

「警告を呼び掛ける」

「おいふざけるな! 見殺しにする気か!」

「そうではない、規定に従い警告の後に威嚇射撃を行う」

「シィット! そんなもの何の役にもたたん。ヘリから縄はしごを下ろして吊り上げてくれ!」

「……」

 通信機の向こうで何やら口論になっているようで、返答が遅れる。


「おい、時間が無いんだ頼む見捨てないでくれ!」


「御子柴三佐だ、哨戒ヘリ聞いているな。縄はしごを降ろして乗員を救出するんだ!」

「聞いています。こちら哨戒ヘリ機長白川一尉、飛行隊司令の命令がありませんが」

「馬鹿野郎が、目の前に生きるか死ぬかの瀬戸際のやつがいて、一々お伺いを立ててられるか!」

「あと四分を切った、お願いだはしごを!」


 既に上空を旋回しているヘリを、下から見上げて手を振っている乗員が現れていた。


「ですが三佐、命令がなければ実行しかねます」

「俺が全責任を負う、上官命令だ!」

「……了解しました。哨戒ヘリ白川一尉、これより海難救助活動を開始します」


 司令席に腰掛けて通信士らを眺めたまま、黙って座っている。


「ジャパンのヘリが、輸送船の乗員を救出しているようです」


 レオポルド軍曹がにやにやして、他にも報告がありそうな感じで、ロマノフスキーをじっと見詰める。


「見守り主義のジャパンにしては、思い切ったことをしたな。で、何か他にもあったのか軍曹」


 気持ちよく働かせるのも運用のうちだと、敢えて乗っかってやる。


「その護衛艦群とやらで、一人気を吐いている士官がいまして、ありゃ懲罰決定でしょう」


 独断で違反してまで救助をさせたと、経緯を簡単に述べる。


「そのミコシバ少佐とやら、なかなかやるじゃないか。いや三佐って言うんだったかジャパンでは」


 結果命が救われようが、軍規を破れば厳罰を受けるのは当然であり、例外が無いからこそ皆がこれを守ろうとする。つまりはどうなろうと、損しかしないのだからわざわざ命令を強行させる必要など、どこにもありはしない。


「その後通信担当が替わりましてね、退場処分を受けたのでしょうきっと」


 残念ですと正面に向き直り話を終わらせる。


 ――まあ仕方あるまい、寝覚めが悪くなるからな見捨てると。


 海賊船が輸送船に接触して拿捕したと、状況報告が上げられる。近くで見ているわけではないから、間接的な見解に過ぎないが、目的がそれで海賊は働くわけだから疑いはしない。

 一部が乗り移ると船内を制圧して、陸に向かって船を急がせる。日本の艦はそれを追うことはなく、乗員を拾ったことで満足して、近くを遊弋するに留まる。そこへ島がレティシアを伴ってやってきた。


「よう、上手く行ってるか」


「ええ、予定の通りに強奪されることに成功しました」


 あまりに意外な言葉が発せられたが、誰一人それを顔に出すことはしない。てっきり輸送に失敗した中佐が、叱責されるものだとばかり思っていた。


「陸地に向かった先を囲むぞ、マリー大尉に武装待機を発令だ」


「ダー。おい、お客さんが来るぞと伝えてやれ」


 正しい命令系統を経由して、指示が出されて行く。目の前にいるのだから、島が直接通信兵に言えばよいような気もするが、秩序はこのように保たれている。


「船員はどうなった?」


 運が良ければゴムボートで避難して、生き延びることもあるだろうと、事務的に確認する。どうあれ報酬は支払うつもりでいるので、結果には何ら変わりはない。


「助かったようです。ジャパンの救難ヘリが拾っていきました」


「日本の? この辺りにいるのは知っていたが、たまたま近くを警備していたか」


 ――よくぞまあ想定外の行動をしたものだな、堅物の集まりにしちゃ考えられん。余程の奇跡が起きたと見える。勢い余って船ごと助けられたら、逆に困るのもどうかと思うが。


 中佐がよけた椅子に座り、簡単なレポートに目を通す。


「試みに聞くが留守番はどうしてる?」


「間男の来訪に備えて、戸締まりをしっかりとさせています」


 地雷を埋めさせたから、お気を付け下さいと不穏な忠告をしてくる。ダメと言われても、それが極めて有効な防御手段なのは事実なのだ。


「何が引っ掛かるか楽しみだよ」


「グレートが起爆したら要注意でして」


「グレート?」


 耳慣れない言葉を持ち出されて、何かと考えを巡らせる。


「対戦車地雷か」


 話の流れから指摘する。そんなものに反応するのは、文字通り戦車や装甲車か、何か金属のような物を満載したトラック位なものである。どちらであってもこんなところに、味方以外で近寄るものはろくなことを考えていないはずだ。


「ご明察。と言っても地上だけでなく空から来られても、攻める側の苦労に同情する位ですが」


「甲羅に引っ込んだ亀みたいなものだからな。そうなると一番危険なのは人間だ」


 どれだけハードが自動化されて精度があがろうとも、人間が過ちを犯すのは遥か昔から、恐らく未来に向かっても変わらないだろう。間違えをしない新人類が現れたならば、それは緩やかな衰退に直結するとも言われている。

 失敗しようがどうしようが構いはしない、その後にどうするかが重要なのだ。


「現地からの者は、一人とて入れてません。侵入者が闇夜に忍び込むのが、注意の優先でしょう」


「次が重複チェックというわけだ」


 基本中の基本を守り続けるのは、どれだけ難しいか。繰り返すことに人は慣れてしまう、漫然と行為をこなすのが事故の第一位の原因であり、知識や経験の不足は水をあけられている。


 レオポルドが攻撃部隊の準備が完了したのを知らせる。


「そういえばチーフはどうした?」


 姿が見えないので軍曹に尋ねる。相変わらずグロックのマンツーマン教育が実施されているのだ。


「整備室に置いたモニターで、自家用車の状態を観察しているはずです」


 呼び出しましょうか、と伺いをたててくる。


「いやそのままで良い。必要になったら勝手に現れるさ」


 ――俺もちょくちょくそう思われているようだが、勘が鈍ればそこまでだと受け止めなければならんな。


「なあ、丘で奴らを全滅させたら、船は戻ってくるわけだよな」

 レティシアが思い出したかのように口にする。


「孔だらけになってなければな。その時は船長に返してやるさ」


「それだが、わざと逃がしたらどうなる?」


「逃がす……」


 ――カスカベル等を積み込み直す猶予を与えないにしても、人だけならあり得るな。だからこそ対策させているわけだが、泳がせたら仲間のところも判るかも知れんぞ。敢えて海上の封鎖を緩くして、見逃してみるのも手の内か。


「中佐、ビダに命令だ――」


 手付かずの自然と言えば、草原やら楽園じみた海岸を思い浮かべるのは間違いではない。半分がそうだとしても残りはテキサスにある荒野や、オーストラリアに空いた大穴、アイスランドの火山など手を付けられないだけの場所なのを忘れてはならない。


「大漁旗を掲げてのご帰還のようだな」


 マリーは双眼鏡を手にして小高い岩場に寝そべったまま、沖の船団を観察する。何かを調べると言うよりは姿があるかどうかだけ、まさに見ているだけだ。

 ゆっくりと、しかし確実に姿が大きくなり死角である岩壁に入港したと判断する。近くにいる通信兵が短く四回発信音を耳にしたのを報せた。


 ――入港を確認したか。荷揚げがすぐなのか明日になるのかで、こちらの危険度は大きく変わるぞ。だが俺が海賊なら財宝はさっさとアジトに運び込むがね。


 集まってはいるが、それぞれがいつ裏切って宝を積んだ船ごと姿を消すかわかったものではない。日々寝首をかかれないか心配する必要もあり、落ち着ける時間などありはしないのだ。


「アサド先任曹長、準備は出来てるな」


「何時でもご命令を」


 結構と短く答えたまま待機を続ける。エンジンだけは止めてあるが、機銃には初弾を装填してあり、数秒で戦闘を開始することが可能である。


 ――畜生、何度やっても胃が痛む。だが始まっちまえば後はいつものように命のやり取りでそんな感覚は吹っ飛ぶ。


 誰一人喋らずに四方を警戒したまま待ち続ける。海上遥か先から電子望遠鏡で様子を見ていた者が合図を送る。


「大尉、突入可能の合図です」


 緊張して少し上擦った声を出して報告する。


「聞いたなアサド、やるぞ! 全車エンジン始動、部隊前進!」


「装甲兵員輸送車前進、迫撃砲発射、戦闘装甲車両は機関砲援護開始」


 攻撃隊長を補佐している部隊先任が、細かく命令を分割して伝えさせる。その先で各部隊長らが実務的な命令を充足させた。

 機械化、高性能装備化により数十人しか居ない彼等であるが、その異常なまでの火力に指揮官ら自身すら驚く威力に息を呑んだ。今までは散発的で小さな爆発だったが、轟音無数に拡大していく。兵器の差が即座に戦力の差なのを思い知らされた。


 四十ミリ機関砲。黎明期の戦車はそれより小さな口径の主砲を備えていたが、現在は戦闘車両がそれを装備している。安価なソ連戦車より遥かに高額な装甲戦闘車は、市街地だろうと荒れ地だろうと気にすることなく活躍する。何せ車体は戦車より遥かに軽く、攻撃力は重厚な装甲を正面から抜くのを除けば、充分すぎる武器を多数積んでいた。

 紛争地域には未だにソ連の製造した兵器が稼働しているため、時空を超えた戦いを引き起こす可能性がある。当然比較すれば防御は薄いが、直撃しなければの部分を見れば、撃破されようとも乗員の生存率は高くなっていた。


「装甲偵察車を回り込ませるんだ、M72もぶちこめ」


 マリーが相手の弱い箇所を見抜いては傷口を広げにかかる。小型のボートあたりが逃げ出していくのを無視して、抵抗をしてくる奴らを黙らせるのを優先するよう命令を追加する。


「海賊相手に丘では一方的ですね、大尉」


 本部に交戦の機会はなさそうだと、アサドが掃討状態に移行したのを告げる。


 ――簡単すぎるが歩兵だけで戦っていたら、犠牲も多数出ただろう。


 半ばアメリカの功績だと複雑な表情で「完全に終わるまで気を緩めるな」とだけ返した。

 後方に散らしてある哨戒班も、特に外部から向かってくる者は居ないと、定期的な報告を行うのみである。沖に逃げた奴等は、ビダのパトロールボートに攻撃されて大半が沈没した。そんな中、海賊船のうちで一隻だけが、何とか突破して彼方へ消えていった。


 ――逃げたやつが気を回して、味方がいない港に上がって撹乱とはなかなか行くまい。二回戦からが本番だ。しかし火力がこうも高いと、抑えるのも考えねばならんな。気持ちだけはいつでも全力で、手の内まで全て見せる必要はない。


 匙加減が難しいが、それも経験だとまずは自ら方針を模索しておく。


「大尉の指揮ぶりは七、八年前のボスの姿と、さほど変わりはありませんよ」サイード軍曹が雰囲気からか声をかけてくる。


 ――はて、軍曹はレバノン軍ではないし、チュニジアのあたりからの部員だが?


「目標は高い方が良いからな。だが覚えておけ、我等がボスの部員は、持ち上がり士官がラインに入りやすい。お前もだぞ」


 想定外の言葉に「努力します」とだけ答えた。



「連合会談?」


 マリンディからの連絡を受けたサルミエ少尉が、寄り合いの存在を申告してきた。


「発議はアフリカ連合となってはいますが、海賊を追い落とした経過によるもので、アメリカが求めたようです」


 ――四ヶ所潰しはしたが、まだ幾らでもあるだろうさ。何か大きなことをするつもりなわけだ、素直に参加すべきだな。


「詳細は」


「ナイロビにて十日以内に司令官級です。アルシャバブにも呼び掛けられており、拒否が回答されています」


 ――欠席ではなく拒否なところに軋轢を感じるね。テロにご用心なわけか。


 和平会談になればと、呼び掛け自体は全ての関連勢力に伝えられている。いつもならばクァトロに打診などないのだが、今回はニカラグアを代表しての立場なので、一応声がかかっている。


「参加を返答してくれ、俺が出るから手配は任せた。それとマクウェル曹長を呼んでくれ」


「ヴァヤ」


 アメリカとの意見すり合わせをするのだろうと解釈して、サルミエは司令官室を去っていった。まだ少しぎこちないが、しっかりとこなそうとする姿勢は悪くない。


 USネイビーの軍服を着た男がやってくる。唯一の部外者であるが、顔見知りが複数居るためか、曹長の側も緊張はあまりなかったようだ。


「マクウェル曹長出頭致しました」


 律儀に敬礼して背筋を伸ばす。相手が誰であれ階級に対して敬意を払うのは、秩序を守ることと同義だ。


「ご苦労。ジョンソン准将と場を持ちたい、近日中に実現するよう頼む」


「アイアイサー」


 単刀直入に要件のみを伝える、前置きや飾りがないのはマクウェルを信用しているからである。会話を交わして意図を探ったりする必要がないのだ。


「それとだ、ジャパンの海軍が海賊から輸送船の乗員を救出したそうだが、そちらの反応はどのようなものだろうか?」


 海には海の事情があるだろうと見解を求める。餅は餅屋とは言ったものだ。


「これは自分の個人的な感覚でありますが」軍に迷惑を掛けないように前置きをすると「警備範囲外の海域、それもソマリア連邦の領海にあたる部分で、独自に作戦を行ったこと自体は非難を受ける可能性があるでしょう」

 悪法も法とあるように、決まりがあるならば従わなければならない。


「なるほど、秩序とはそういうものだな」


 現実は厳しいのを思い知らされる。国家という集団の看板を背負うのは、半端ではない締め付けがあるのだ。


「ただ……海の男から言わせて頂ければ、助けを求める者を見殺しにするくらいならば、懲罰や非難といった結果なぞ糞喰らえでしょう」


 あまりにも堂々としているマクウェルに対して「確かにマッカーサー中佐ならば、誉めはしてもけなしはしないだろう」自分もそんな気分だと明かした。


「はい。ジャパンの見解は違うようですが……」


 島が日本人なことを知っているせいか、若干言いづらそうに事実を述べる。


「官僚主義社会だ、違反があればそこだけを切り取り責め立ててくるよ」


 呆れてものも言えないことが多々ある政治屋も、掃いて捨てるほどいると自嘲する。この点ではフランス軍のドラクロワ大佐やキュリス中佐も、自国もそうで恥ずかしいと同意していたものだ。


「ですが正論なのが口惜しい限りです」


「せめて勇気を出して救出を為し遂げた者だけでも、何とかなりはしないものかね」


 やれやれと、報われない現場を持ち上げてやりたいのを相談してみる。


「艦長に相談してみます。きっと同じ気持ちだと思います」


「ああ頼むよマーク。俺も二等兵から始めた口でね、正しいと感じた行為を否定されてはやる気を失うからな」


 ――まあ面と向かって否定されたのは、コートジボアールで作戦したときの少尉くらいなものかも知れんが。


 二等兵からと聞いて意外そうだったが、島が常識の外で動いているのを少なからず知っていたので、言葉を呑み込んだ。


「さしあたっては行為が風化しないうち、可及的速やかに任務を遂行させていただきます」


「うむ、退出を許可する」


 一応の儀式に則り挨拶を交わしてから送り出す。一息ついて会議の内容を予測してみた。


 ――海岸の掃討を一斉に進めるような議題になるだろうな。そうなれば地上の攻撃部隊の数が足らなくなる。こちらにも要請が来るのは間違いなかろう。問題はその後だ、何かしらの反発が必ず起きるだろうし、アルシャバブに限らずそれを切っ掛けに反政府活動を助長するやつが現れるな……。


 ジョンソン准将らが乗船している巡洋艦に、チョッパーから降り立つ。どうにも特別扱いが気にはなるが、こちらも国家の看板からの内規だと言われ黙って受け入れる。どうあれ事実として、島が将軍と括られている地位にいるのは間違いないのだからと。

 質素な会議室には星条旗と海軍旗が掲げられていて、他には大した装飾品が見当たらなかった。ジョンソン以下に知った顔のリベラ中佐が居るが、やはり少将は現れない。


「ジョンソン准将、素早い対応に感謝いたします」


 島に倣ってサルミエも敬礼する。英語を正しく翻訳する必要性から、通訳兼従卒が同席していた。


「なに、イーリヤ准将は期待通りの働きをしてくれた。こちらこそ感謝したいよ」


 まあ座ろうと呼び掛けて席につく。すぐに熱いコーヒーが並べられる。


「あちらでもそうでしたが、やはり本物は良いですね」


 キリマンジャロ豆の酸味が苦味と同時に舌を刺激してくる。砂糖もミルクも加えずにブラックで風味を楽しむ。


「そうだな、本物志向だよ准将。こちらの海賊にも困るが、チャイの海賊もどうにもならん」


 中国のは海賊版、つまりはコピーのことである。物だけでなく技術でも文化でもだ。大国であってもアメリカが中国とがっちり手を結ばないで、日本と付き合っている理由の一つがこれで、あまりにも節度がないため裏切りも平気で行うだろうとの読みからである。そもそもが信用するとの考えがあるのかすら疑わしいと。


「小銃のコピーがソマリアで見掛けられます。真っ向供与していたとしても、何ら驚きはありませんよ」


「そういう歴史があの国にはあるからな。そうでもせんと纏まらんのだろう国が」


 言ってから大した纏まっているわけでもないが、等と自治区や地方政府との折り合いの悪さを指摘する。


「ナイロビでの話ですが、自分のところも地上を受け持ちます」


「沖から支援させる、チョッパーも飛ばす」


 だが上陸に関しては一切しないと、変わらない態度を示してくる。


「もしブラックホークが墜ちても?」


 比喩ではあるが引き合いに出してみる。答えは得られなかったが、ジョンソンが黙っているとは思えないので、その時は一報をと残して話を進める。


「モガディッシュから南の海岸線が目標だ。だがアルシャバブの支持が強い地域はどうにもならん」


「制圧地域の拡大を目的と考えましょう。境界線が一番危険度が高いですが」


 単純な敵との遭遇規模だけでなく、住民の妨害が考えられる。移動や作戦への直接的な妨害から、食糧に古いものを渡してきたり、野営地近くで夜通し祭りをして睡眠を削るような真似まで含めて、様々な問題に直面するだろう。


「ソマリア連邦軍は手を挙げなかろう」


「アメリカもエチオピアもですね」


「その通り。ケニアとの国境付近はケニア軍が限定的に担当する見込みだが、極めて小さな区域だけで緩衝地帯を設けられれば良しといったところだろう」


 越境して悪さをするやつらが多いので、海沿いも威嚇する意味からの示威行動の一環だと説明した。


「百人そこそこでどこまで行けるかわかりませんが、ニカラグアが最遠地を受け持ちましょう」


「すまん。少数派遣してきている国の軍を推す。そちらの指示に従うように、事前に交渉をしておく」


 手練手管で他国を操るのはお手の物だと、国威を利用すると伝えておく。


「最悪自分達だけと考えておきます、あまり無理をなさらないように」


 かなりあちこちに負担を強いているだろうと、ジョンソンの立場を鑑みる。


「それはイーリヤ准将もだ。気を回すな、失敗したらお仕舞いなのはそちらも一緒だろう、成功させれば有象無象は口を閉じる」


 ――やはり俺と同じ臭いがする人だな、何とか力になってやりたいものだ。増員しようとして出来ないこともないが。


「頭数が足りなければ召集しますが」


「一国の兵数が増えればそれだけ目を付けられるぞ」

 そうすると妨害が始まりだすと注意する。出る杭が打たれるのは、国が違えど変わらぬ事実のようだ。


「パラグアイミリシアとレバノン軍ならば、足さえあれば兵を出してくれるはずです」


「義勇軍扱いではソマリア連邦が渋い顔をするな。名目はどうするつもりだ」


 義勇軍がソマリア連邦で活動をするならば、当事国が様々な面倒をみる義務が生まれてしまう。費用やその他の事情から、それは勧められないと指摘される。さりとて政府の承認を得るには、日程的にかなり厳しいものがある。


「アフリカ連合という組織に資金を回して」クッションを使えば多少はリスクが散るが「ミリシアを雇用して派遣といった形式では?」


 傭兵でもなく軍でもない存在があるはずだと提案をしてみる。


「それだと直接戦闘には使えなくなる、不安定な立場で不利益を被るだろう」


 交戦権を持たない集団として扱われる可能性が高いというのだ。つまりは他人を害すれば罪に問われたり、捕虜になれなかったりと。後者については心配しても仕方ないが、勝って訴追されるでは上手くない。


「駄目を承知で方々に頼み込んだとしても、すぐに派兵とはいかないでしょう」


「今回はあるもの勝負でいくしかあるまい」


 名案が出ないまま少し無言が続く。リベラ中佐が話題を変えるために、例の海難救助について声をあげた。


「ジャパンのフリゲートがオーストラリアの船員を救った件ですが、どうやら幕僚士官の独断だったようで」


 米日の情報交換――アメリカに情報が集まるわけだが、そこで話題にあがったらしく拾ってきたようだ。


「ことなかれ主義の中、よくぞ踏み切ったものだな。俺はそいつを支持するよ、賢いとは言えないが好きだよそういう奴は」


「イーリヤ准将もやはりか。俺もそういった信念を持った男は称賛してやりたい。他国軍の内情にとやかく割って入るわけにもいくまいがな」


 熱くなって自身を省みない。まるで自分達を見ているような気分なのだろう。敢えて船員らを死地に追い込んだ島としては、贖罪の意識が根底に見え隠れしていたのかも知れない。

 積み荷や荷主については、一切口にしないように因果を含めていた為か、船長からそれ以上の話は漏れていないようだ。自衛隊が無理矢理に尋問することもなく、きっと暫くは真相に触れることもないだろう。


「噂ではその士官、無期限自室謹慎のようです」


 次の帰国部隊に混ざってソマリアを去るまで隔離され、反省をするようにとのお達しらしい。


「海のルールはわからんが、もし俺の部下にそんなやつが居たなら、自室は今ごろ贈答ビールで一杯だね。視察に行ってはビールを部屋に置き忘れてくるさ」


 持ち主が現れない落とし物だと笑う。ジョンソンもそいつは良いなと評した。だから二人とも主流になれないのだが、今後も気にすることはなさそうだ。


「行為の正しさを知らしめるために、何かしらの声明を決議に盛り込むなどはいかがでしょうか?」


 当たり障りがない問題の一致でも、団結感が少しは産まれるだろうと、先を見越した内容に触れる。


「自分は構いませんが、アメリカ軍はいかがでしょう准将」


 リベラの意思を汲んでやり、ジョンソンに下駄を預ける。難しければそれとなく却下してくるだろう。


「会議が迷走して、空気を変える必要がありそうならば、持ち出してみよう」


 中佐もその返答であっさり納得する。


 ――俺やジョンソン准将が言って、実行出来なければしこりが残るだろうと口にしたか? もしそうならば、遠回しに票読みをしているかも知れんな。


 チラリと窓から外をみる、甲板で航空機の整備をしているのが見えた。


「オスプレイですか」


「ん、ああ、あいつは使えん。わざわざ積んではきたが、海向きには発展をせんだろう」

 一応の将来性を検討だと、興味無さそうに言い捨てる。


「そろそろお暇致します、次はナイロビで会いましょう」


 立ち上がり敬礼を互いに交わして部屋を去った。


 同じ頃、やはり窓から街を眺めていた男がいた。髭を軽くしごいて部下の報告を反芻する。


 ――海賊駆逐か、反政府勢力への資金源を許さない意味では、じわじわと効いてくるぞ。こちらはまだ正規の交易を抱えているから痛手は少ない、様子を見ておこう。


「トゥルキー将軍閣下、ラスカンボニ旅団宛にも、ケニアでの会議に参加するよう案内が来ております」


 袂を別った各所の代表にも、それぞれ分け隔てなく声がかかっていたのをトゥルキーも知っていた。それと解ったまま返答をしていないのだ。


「正確な日時を確認するんだ」


 それをはっきりさせられないのは、テロの可能性があるためだと承知の上で嫌がらせをする。


 ――素直に明かしてきたところで出席などせんがな。


 側近としては、わかりましたと答えるより他ない。将軍に従っているのだから判断は委ねるのみで、はっきりとした過ちや妙案がある時は指摘することもあった。

 元より案内した側も上手く進むなどとは考えておらず、相手の態度の一端でも見られたら良しとしている。


「活発な動きをしているのは」


 これまた答えを解っていながら問う。部下も再確認をさせるのが目的なのか、それとも別の視点からの言葉を求めているのか迷う。少し困惑してから勇気を出して、今までとは違う言葉を盛り込む。


「キスマヨ東に居座っているニカラグア軍です。輸送船から奪取したテクニカルを揚陸直後、その拠点を攻撃しております」


 つぎはぎだらけの断片的な情報を、推測を交えて一本にしてみる。トゥルキーはぴくりと眉を動かし言葉の意味を考える。


 ――攻撃は確かにニカラグア軍だったと目撃が寄せられていた。揚陸直後かどうかはわかるまいが、少なくとも船に積まれたままではなかった。それに積み荷がテクニカルだったとは、積込時の話からの推測であって、そちらは実際に見たものはこの世に居ない。襲撃部隊が引き上げるときにはそれらしき車両があったにせよ、最初から攻撃に加わっていた可能性も否定は出来ん。


「ウマル、何故そう考えたのだ。推測を後押しする何かがあったか?」


 叱責でもなければ反対でも同意でもない。


 自分が間違えたのかとドキッとするが、無言が一番いただけない為、意識して大きめに声を絞り出す。


「それは保険が掛かっていなかったからです」


 トゥルキーは振り向いて目で先を促した。


「妻の血縁ですが、港湾で船や積み荷の損害保険を扱っています。海賊被害にあったシーサーペント号ですが、何故か船体の保険には入っても、積み荷には掛けていませんでした」


 ソマリア海域での海事保険の類いは、異常に掛け金が高く設定されていた。海賊が日常茶飯事のようにあちこちで暴れているのだから、わからなくもない。単なる移動やさして金額が張らない荷物ならばそれも良い。利益がどれだけ残るかの差が大きいからだ。

 しかしテクニカル三両ともなれば、そんな小さな数字ではないのが容易に想像がつく。逆にソマリア仕様のテクニカルならば、手近なところに払い下げれば済んでしまう。武器輸出に抵触する可能性は残るが。


「価値があり危険があるとわかりながら、船体にだけ保険を掛ける意味は」


「積み荷の保障はしなくとも良いと、了解があったのではないでしょうか」


 ――つまりそれをわざと奪わせて、持ち帰ったところを攻撃したと言うわけか。これは辻褄が合うぞ。


「その船員らは助かったと言っていたな、ヤパーニが救ったと」


「はい。ですが以来姿を現しておりません、人道的配慮とかで保護を続けているそうで」


 精神面のケアが必要だとか、理由は幾らでもある。船員らが負傷していたとかでも。


「ナイロビの会議だが、ニカラグアやヤパーニは参加するのか」


「ヤパーニは間違いなく、あの国は会議と名のつくものには必ず出ますので。ニカラグアについては早急に調査致します」


 変なことを進言して追放されるかと怯えた瞬間もあったが、どうやら受け入れられたようだと、今度は胸が熱くなってくる。同僚達の間から一歩前に進んだ感じだ。


「もし両国が参加するならば私も出席する、手配をしておけ」


 まさか将軍が出るとは思って居なかった為に、聞き直そうとしてしまい堪える。


「そのようにさせていただきます。わかり次第報告に上がります」


 頷いてからまた窓の外を眺める。トゥルキーにはこの地こそが全てであった。


 マリンディに入ると、アフマド曹長と言葉を交わす。オズワルト中佐のところからやってきている事務兵は、どうやらしっかりと働いているらしい。


「何か不足はあるか」


「御座いません。ですが予備下士官が居れば、若手との繋がりも保てるでしょう」


 数年で五十の声が聞こえるだろうアフマドより、これからという人物が顔繋ぎするほうが、有益だとの指摘は間違いない。


「わかった、誰が適当だと思う」


 その任に在る人物に直接後任を指名させる。気付かない何かが見えていることもあるだろうと。


「オビエト伍長が適任と思われます。言語面で自分は厳しいですが、若手との意思疎通に問題はありません。何より観察力を感じました」


 ――基地に一緒にいたオラベルではなくオビエトか。大した顔を合わせても居ないのに、そう感じたからには何かしらの才能があるんだろう。伍長が一人異動したところで何ら影響もない。


「サルミエ少尉、オビエト伍長の異動を手配するんだ。上勤伍長にしてやれ」


「はい閣下」


 素早くメモをとって備えておく。


「駅までお送り致します、こちらへ」


 運転は兵が担当するが、その場への案内はアフマドが行った。儒教国家の影響を受けている日本。産まれ育ちがそれなだけに、軍隊で長いこと過ごしはしたが、年長者との距離感が未だに掴めないでいる。

 将軍座乗の旗を車に掲げて道路を走らせる。全て儀礼上の事柄であるので、島の一存ではどうすることも出来ない。


 ――こいつはいかん、昇進しすぎて息が詰まってきたぞ。


 眉をひそめる島を見て、サルミエが何か不興を被りでもしたかと不安になってしまった。

 程なく駅につくと、首都まで一本の列車に乗り込む。庶民じみていてそれを嫌がる者もいたが、案外それが気楽な彼である。軍服は着用している、それが義務でもあるので仕方なく。移動も公務のうちだと説明されて、渋々従ったのだ。


 ――ケニア北東部もアルシャバブの勢力圏だったな。結局のところ住民の支持があるので力を保っているわけだ。外野が何と叫ぼうと暮らしている者にとってみれば、イスラム法を厳しく掲げる奴等でも、治安さえきっちり確保するなら歓迎なわけか。


 アメリカが指定テロ組織としているのは、幹部らがアルカイダを公然と支持したり、要員を訓練するなど反社会的行為をとっているからだ。イスラム社会にしてみれば、正しいと考えられる確信犯だから、話がややこしくなってくる。


「少尉は自分の考えと、世界の常識が食い違ったらどうする?」


「は?」突然わけがわからない質問をされてしまい、素直に「まずは自分の正義を押します」


 ――そうだよな。昨日までの自分を、今日いきなり否定することはない。人間誰しもが自身を認められたいだろうし、より良い未来を求めたがる。答えなんてどこにもない、だから悩むんだ。


 腕組をして黙ってしまったので、さて何だったのだろうと首を傾げる。ふと視線を反対の座席に座るエーンに向けたが、彼も小さく左右に首を振るだけで何も言わなかった。

 仕方なくサルミエは本を手にし、静かに読み始めた。それは初等の英語教材で、立派な大人が真剣に読んでいる姿は微妙にミスマッチだった。しかし誰一人としてそれを冷やかすものは居ない。数時間その一帯にはレールの継ぎ目の音だけが流れていた。


 各自に同時通訳用のイヤホンが渡され、広い部屋でテーブルを丸くして座る。所定の位置につく前に、会場がざわついていた原因に視線をやった。


 ――あれがトゥルキー将軍か、六十前後だったな確か。まさか敵対勢力の幹部が出てくるとはな。


 島がじっと見ていると、トゥルキーも島に視線を返した。所属国を確認するとおもむろに立ち上がり近付いてくる。念のため色つきの眼鏡をかけていた島だが、それを外した。

 すぐそばにまでくると、トゥルキーが英語で話し掛けてきた。


「君がニカラグアのイーリヤ将軍かね」


「そうだがあなたは」


 少しでも喋らせようと質問を返す。


「ラスカンボニ旅団のトゥルキー将軍だ、そのうちゆっくりと語らいたいものだよ」


 それだけ告げると自らの席にと帰ってしまう。


 ――何故俺なんだ? 用事があってわざわざ出向いてきたのか?


 印象を変えるための小道具をかけて座る。無表情を装うが、頭の中はパニックを起こしかけていた。何ら接点がない二人が言葉を交わすことになった理由を探ろうと。


 揺れた雰囲気のまま、座長である国連ソマリア担当特別代表の代理である、タンザニアの大使が開始を宣言した。そもそもが特別代表はマヒガ事務長が兼任の為、滅多に首座につくことなどない。

 各国の代表を一人一人紹介してから議題へと移った。呼ばれて起立したのは軍人らが主である。


「主題はソマリア海域の海賊対策です。陸地の拠点を幾つか喪い、現在近隣に身を寄せている海賊を含めて、モガディッシュ以南の地域から一掃すべく場を設けました」


 本来ならもう幾人か招く予定であったのも明かし、どの方向を目指していたかを詳かにして国際的な体面を保つ。主旨説明を終わらせると、主導権をソマリア連邦政府の代表にと渡した。

 あれこれと無駄と思えるような状況報告が続いた末に、予想通りソマリア軍ではブラヴァ付近の競合地域へ出兵は、不可能だと匙を投げる。


「アメリカ軍は海上より万全の支援態勢を約束致します」


 期待の眼差しをものともせずに、ジョンソンがアメリカ軍の意見を見せ付ける。不満はあれど誰もそれに対して意見をぶつけることはなかった。


 ケニアが国境に近い場所を担当すると言うと、ソマリア代表が小さくだがほっとした表情を浮かべた。誰も手を上げてくれなければ、連邦政府の無力さが証明されるだけの会合になってしまう。

 それ以後は危険が大きい為に、誰も声をあげなかった。困ったソマリアがエチオピアを拝むように見るが、先年進駐を追い出されたせいも、あり視線を合わせようとはしない。


 ――そろそろ声をあげてやるか、これだけ待って誰も居ないなら、新参がしゃしゃりでたとも思われまい。


「ニカラグア代表イーリヤですが、弊国で良ければ一地区を担当致しますが」

 スペイン語でマイクに話し掛ける。視線が集まるが全く動じずにソマリア代表を見る。


「感謝致します」


 厚顔無恥とはこれだろうか、厄介ごとが済んだと緩んだ顔をした。そこへアメリカから発言が差し込まれる。


「少数では危険が大きい、どうでしょうブルンジ軍とイエメン軍、南アフリカ軍に共同していただいては」


 それぞれ二十人から四十人規模の派遣団なので、単独では不適当だが集まれば丁度良いと推した。


 ソマリア連邦政府から、三ヵ国に承認を求めた。だがわざわざ危険に足を踏み入れるのを拒む。別の形でソマリアへ貢献したい、大慌てで戦えない言い訳を並べて回避しようとする。冷笑を向けられてもそれは一時の恥だと、意見を翻すつもりは見えない。


 ――この分だと本当に俺達だけになりそうだな。


 その時片手を上げて発言する者が現れた。


「ジブチ代表だが、我々がニカラグアと共に行動しよう」


 フランス語で兵力六十を約束してきた。元より人口が少ない上に、装備もフランス依存ではあるが、ソマリ人が多く国民に居るため意を決したようだ。


「メルシー。是非とも力を合わせて不埒者を叩き出しましょう」


 ジブチ代表に合わせてフランス語で答える。ほう、と感心した顔で「目指すところは一つです閣下」指示に沿うと告げた。単独ではぎりぎりかと思われたが、援軍を得て見通しがつく。支援国には事欠かない、実戦担当さえ居れば後方は溢れていた。日本も当然のように医療や情報、燃料を始めとした一般消耗品を受け持つと名乗り出る。


 他人任せにして安心した空気が流れる、なにせ同床異夢なのだ。ある国は周りを巻き込み後ろ楯にしたく、ある国は協調を叫ぶために所属の事実だけが欲しく、ある国は自国の政府支持率が低いため、海外政策で一発当てようと兵を送り込んでいる。

 様子を見ていたジョンソンが、ここだと話題を渦中に放り込む。


「先だってソマリア南東海域で」皆が耳を集中するよう数瞬あけ「ジャパンの艦が海賊から乗員を救出した件ですが、アメリカは行為を称賛致します」


「いやあれは規定を逸した行動としてですな……」

 日本代表が軍規違反だと認識を改めるように説明を挟もうとするが、無料のお返しだとばかりに、気軽にアメリカの意見へ同調する声で遮られてしまう。一旦通訳のスイッチを切って、日本代表が後ろに控えていた官僚に相談する姿が目に入る。


 ――あの後ろのやつがガン細胞だな。海運国家の代表が好意的な雰囲気か、そりゃそうだろう。


 この場さえ収めてしまえば、事後の処理などどうとでもなると考えたのか、称賛に対して謝辞を述べて終わらせようとする。官僚が小馬鹿にしたような笑みを見え隠れさせた。


 これでどうかとの視線が島に向けられる、それに応えるようにもう一歩踏み出そうと口を開く。


「ニカラグア代表です。その艦の乗員に感状を贈りたいと思います、皆さんの考えはいかがでしょうか?」


 口約束だけでは水掛け論で闇のなか、何ら保証もないので文字にして事実を残してやろうと提起する。通訳されるとあからさまに迷惑そうな顔をしたのが見えた。


 ――やはりか腐った腹の奴だ。


「日本代表です。そのようなお気遣いは無用です、我々は誉められるようなことはしておりません」


 謙譲の言葉ともとれるが、行為を喜ばしい内容だと認めないと言っているようにも解釈出来るのがいやらしい。そこまで影が薄かったオーストラリア代表が、自国船籍の話だけに力強く背を押してきた。あまり否定を続けるだけの度胸も見通しもないと、日本が折れる。後日改めてと言葉を濁したところが昔から変わらないなと、島を苦笑いさせた。

 トゥルキー将軍は参加こそしたが、一切口を開かずに成り行きを観察し続ける態度を貫いている。下手な真似をしなければ追い出すわけにもいかないので、誰も触れない。


 全体の方針が決まったところで会議は終了した。後は関係国同士で話し合うようにとのことだ。頂上会議などどこでもそのようなもので、大枠を示すだけで一々詳細にまで言及しない。各級担当の職務内容について、大は小を兼ねることがない。適切な視点からの判断を必要とするからだ。

 解散後にジブチ代表が近付いてくる。それに気付いた島も振り返ると、歓迎の態度を表した。


「イーリヤ将軍、少々お時間宜しいでしょうか」


「もちろんです代表」


 ハーキー中佐だと名乗ると、改めて敬礼してきた。国家規模が小さいためハーキーの階級も意外な低さではあるが、国家の代表なことに変わりはない。


「激戦区に単独で突っ込まずに済んだのは、ハーキー中佐の勇気のお陰です」


 正直そう思っていた。やるつもりならば初めから名乗り出ていただろうし、もう少し違う場所で臨んだだろう。


「実は自分もソマリ人でして。連邦のような、まるで他人事な態度が情けなくなりました」


 恥ずかしいというよりは心苦しいと心境を語る。そしてここからは軍人として扱うよう申告してくる。大ソマリ思想ではジブチもソマリアの一部を構成するとか。


「結果としてジブチは一歩を踏み出した、俺はそれで満足だよ」


 国の事情がどこにでもあると、深くは追求しないよう努める。


「耳が痛い限りです。ジブチ軍はフランスからの装備が主力です、作戦前に一度説明させていただきます」


「頼むよ中佐。だが基本的な部分はかなり省いても構わない」


 説明を軽視している訳じゃないと、勘違いされないように補足する。


「実戦部隊に話せば良いことですからね」


 ハーキーは好意的にそう解釈して、島が自分の苦労を減らしたのだと受け止める。


「確かにそれも違いはしない。実は俺は昔ジブチに配属されていた、レジオネールの一人でね」

 十年以上も前の話だから、変わったところもあるだろうと一人頷く。


「なんと! それならば兵らも素直に従うでしょう」


 指揮官が変わると不安があり、実力を発揮できないことがあるのは現実に有り得ることだ。それも内的な理由からではなく、兵から遥かに離れたヶ所からの押し付けでは余計に。


「将校、下士官にも混ざっている、意志の疎通には役立つと思うよ」


「するとニカラグア軍は、欧州軍制が教義でしょうか?」


 多かれ少なかれ教義に含まれてはいるだろうが、そのような指導教官が招かれているかを問う。


「一般のニカラグア軍は、ロシア軍やキューバ軍の教義が主だ。革命が起きてからは独自路線と言えるがね」


 アメリカが手をあげているが、主導者を敢えて決めずに複数国のよい部分を探している最中だと説明する。


 ――南米からの指導を強めにした方が反発が少ないとの意味もあるが、軍事面からの支配が進むのは望ましくない。いずれにせよそれはオヤングレン大統領らの領分だ。


「では閣下の部隊のみ特別で?」


「ああ、ブリゲダス・デ=クァトロだけフランス制だよ」


「クァトロ?」


 スペイン語を全く理解していないようで、簡単な言葉に疑問を挟む。


「ブリゲード・ド=キャトルだ中佐、部隊旗がエトワール四つなものでね」


 どちらかと言えばクァトロが先だったと、創設時のことを思い出す。ハーキーはなるほどと納得して改めての訪問を約束すると、きびきびとした動きで去っていった。


 ――お、ジョンソン准将がいるな。相手は日本代表か。


 それとなく近寄り、ジョンソンの視界に入ると、日本側の二人の言葉を拾う。


「アメリカの意向として海難救助を称えるのは承知しましたが、弊国の自衛隊が定めた行動規定に反した者まで表彰は出来かねます。その部分をご理解いただけると、我々は確信しております」


 何ともイライラが募る言い回しである。海将補が英語であれこれと言い訳を並べるが、ジョンソンは小さく短く応えるのみで、納得した素振りを見せない。しびれを切らした官僚が海将補に「納得してもらえたと解釈して引き揚げるぞ」と高圧的な態度で指示している。日本語だ。


 ――日本の官僚は、軍事的な階級など比較対象外との頭だからな。


 それに対して、乱暴な真似は出来ないからと説明を続けると応じる。実際に苦労するのは現場組なことを考えると、同情的にもなってしまう。


「日本が功労者を称えないと言うと、連合全体の士気に関わる。勇気の発露からの成功がそんなに悪いことかね」


 非公式な場である、思っていることをそのままぶつけている。


 リベラ中佐が必死に笑いを堪えているのがわかる。からかっているわけではないが、このようにして圧力を掛けていくのがアメリカなのだ。


「海将補、規則を守らないのを勇気だなんだと履き違えている奴に、我が国は我が国の方針と決定に従うと言ってやりたまえ」


「しかし局長、それでは日本は国際社会から笑いものにされます」


 見苦しくもやりあうが、日本語を理解する外国人がこの場に居ないと信じて疑わない二人は、平然と声を上げて裏事情をばらまく。


「エクスキューズミー、ニカラグア代表イーリヤ准将です。日本の海難救助部隊に敬意を表します」


 素知らぬ顔で英語を使い話し掛け、ジョンソンとは無関係の体を装う。


「これは……賛辞有り難く頂きます」取り込み中で迷惑そうな顔を少しだけ見せて、察して欲しいと日本スタイルの態度をする。

 無論気付かない振りをして話を続ける。ジョンソンも立ち去る気配はない。


「おい何だあいつは、ニカラグアなぞ相手にするな、何の得にもならんぞ」


 一応は表情を殺して局長が後ろから話し掛ける。


「ニカラグアは陸戦に名乗りをあげました、きっちりと役割を担っております」


 次第に海将補も語気を強める。間に挟まれているのは大変だとは思うが、この場に限ったことではないとジョンソンに調子を合わせる。


「アメリカだけではない、全体として兵の士気を損なうような扱いは、不承知だと知っておくとよい」


 返答に窮するフロントにあれこれ好き勝手なことを呟く「脳足りんの米軍め、海上から陸に上がるわけでもないのに何が士気だ」こうなってくると邪魔者は排除と意識が働いてくる。


「准将、後ろのが妨げになっているようですが」島がフランス語を使い、目をあわさずに意思を確認する。


「苦労するのは我々、特に丘だ。退場者の一人や二人はあって然るべきだな」


 罵詈雑言が続いているところに島が「後ろの秘書は何を言っているんです」と問う。


「いや……」渋い顔になり眉を寄せて「他愛ない独り言を」


 ジョンソンと島を交互に見て、勘弁してくれと目で訴えかける。だが勘弁してやるつもりなど毛頭ない二人は、どのように引導を渡してやるかを素早く計算する。


「どのような独り言を? 海将補、訳してはいただけませんか」


 どうしたものかと天を仰ぎそうになる。


「一々絡まずに黙って働けばいいんだ、たかが中米の小国に用事はない」


「局長」


 ほら早くと急かす、レコーダーなどありはしない、だからと言葉が証拠にならないとも限らない。返答に窮した彼がか細い声で伝える。


「ニカラグアとアメリカの言葉に、深く感謝をしていると……」


「海将補、誤訳はいただけませんが」


 真っ向から反対の意味だろうと指摘する。またそれがそうなので、冷や汗が滲み出てくるではないか。


 ――海将補を楽にしてやるとしようか。


 ジョンソンに軽く目で確かめて後に、ついに島が日本語を使う。


「後ろの局長はジョンソン准将を脳足りんと侮辱したり、ニカラグアに用事はないらしい。なるほど日本がその態度ならば、ソマリア海賊対策作戦から撤退しても良いが」


 二人は目が飛び出すかと思うほどに見開いて驚き、魚のように口をパクパクして喋られずにいるではないか。脳震盪状態の彼等に追い討ちをかける。


「吐いたツバを飲み込むことは出来んぞ! 穴を開ければ日本が陸上を担当することになる、やるのか?」


「そ、それは出来ません。憲法で戦争を禁じられて」局長が急に畏まり、丁寧に不可能だと告げようとして遮られる。

「黙れ卑怯者! 選ばせてやる、アメリカとニカラグアが作戦から撤退して日本が穴埋めするか、士気向上に賛同して局長が日本に帰国するかだ。三秒だけやる、答えが出ないなら撤退する!」


 どちらになっても自身の身の保証がないと解ると、「申し訳ありません、辞任の上で帰国させていただきます」すぐに降参した。


「アメリカ並びにニカラグアに、多大なご迷惑をお掛け致しました。日本を代表して深く陳謝させていただきます」


 海将補が悲痛な面持ちで謝罪する。局長はすっかり放心状態に切り替わってしまった。


「自分は兵らが報われるならそれだけで構いません。ジョンソン准将はいかがでしょうか」


「こちらもだよ。翻訳は聞かないことにする、良いかな海将補」


「ご配慮痛み入ります。海難救助をした部隊についても、私から表彰の手配をさせていただきます」


 無条件降服してからは話が早かった。事務方を外してしまうと、後は軍人同士との意味合いも強い。


 ――そう言えば士官が自室謹慎になっていると言っていたな。


「噂話で恐縮ですが、艦の士官が救助を独断で命じたため、謹慎処分を受けているとか」


「良くご存じで、越権行為で軍規裁判にかけられる手筈でした」


 事実は事実とそこまでの口出しをすべきではない、島も理解していたので、そうでしたかと軽く流す。


「日本にも骨があるやつが居るようだな、名前は何だろうか、海将補」

 ジョンソンは下らない話よりも、その士官に興味が向いたらしく尋ねる。


 ――まあこの人も人材マニアといったところだろう。


 行き場を失ったら、自分のところに引き寄せるつもりで聞き出しているのだろう。


「はい、御子柴三佐です、准将」


 ――なんだって!


 ばっと勢い良く顔を向けて、信じられないような言葉を聞いたとの表情を浮かべる。どうかしたのかとジョンソンの目が訴えているが、島は口を閉ざしてしまう。ようやく日本代表を解放してやり、ビルの外へとバラバラに向かう。


 阿吽の呼吸なのか、副官同士が示しあわせていたのか、共に近くのホテルへ入りチェックインする。

 程無くしてジョンソンの部屋に二人が呼ばれた。サルミエを伴い指定された番号を確認し、軽くノックすると迎え入れられる。


「イーリヤ准将、すまなかった。危うく貴官らだけで向かう羽目になるところで」


 開口一番謝罪してくると、島も「日本相手にアメリカも巻き込み、申し訳ありません」自らの勇み足を詫びる。


「ジブチにはアメリカから、何らかの経済援助をしておく」


「ハーキー中佐の立場が悪くならないようお願いします」


 副官らが席を勧めるので座ると、ビールが差し出された。


「日本の官僚だが、あれが幅を効かせているとなると、フロントの苦労に同情をするよ」


 もし俺の後ろでそんな事をほざくやつが居たら、叩きのめしてから話を始めるがな、と鼻をならす。


「ですがあれが官僚です。かれこれ半世紀はそのような体制できています」


 政界に詳しくはないが、良く耳にするのだから皆無とは程遠いだろうと。選挙ですぐに顔ぶれが変わる政治家より、強くなるのは自明の理である。


「どこの国も変わらんわけだ。してイーリヤ准将、先程の士官だが知っているやつか?」


 その話を聞きたいが為に、即座に場を持ったのがありありとわかる。完全に個人的な動機なのだ、だからとなんら不愉快な部分もないが。


「御子柴三佐、もしも自分が想像している奴と同一人物ならばですが、悪友ですよリセの」


 高等学校をリセと表し、多感な頃でしてなどと苦笑する。一方でジョンソンは、してやったりの笑みを返した。


「くっくっ、なるほどそいつは良いことを聞いた。それが当りならば間違いない、俺が全力で支援してやる」


 リベラ中佐に、身許確認をするように命じる。もっとも顔写真でもあれば一発だろう。ノートパソコンからデータベースにアクセスする。米日地位協定に始まる様々な協力により、アメリカは日本の公開情報を簡単に引き出すことが出来るようだ。逆がどうかは聞く気にもなれないとの言葉が集まるだろう。


「こちらです」


 画面を島に向けけると、そこにはプロフィールが表示されていた。アメリカ軍により再編集されたものだろう。


「若気の至りを多数思い出しましたよ」


 いよいよジョンソンは嬉しさを抑えられなくなり、リベラに上申書を起草させはじめた。


「日本はこのような者を中堅以下に置くのだから、弱腰だと叩かれるわけだ」


 原因はアメリカだからその位しか言えんがな、と何とも答えづらい物言いをしてきた。


「あまり誉めると調子に乗るので、程々に願います」


 なるようになるだろうと全てを委ねた。あまり余計なことはしない方が、収まりがつきやすい。


「ところで閣下、会議場で近寄ってきたトゥルキー将軍ですが、面識がおありでしたか?」


 会話が途切れたので、サルミエが話題を挟んできた。あの場の多くの参加者が不思議に思っただろう。


「全くない。面識どころか接点すら思い当たらんよ」


 完全否定する。本気で考えても、一切島には繋がりが浮かんでこない。


「地元で活躍の有名人にご挨拶、というのはどうだ?」


 スペイン語をいまいち理解出来ていないリベラを脇に、ジョンソンが答える。それが理由ならば、そこに山があるから登るのとさして隔たりはない。


「キスマヨの勢力繋がり。それ位しか思い付きませんね」


「少なくともあちらが興味を持っているのは、事実ということだ」


 良いにせよ悪いにせよ、やりようがあると述べる。


「自分の感覚でしたら、ラスカンボニ旅団はワイルドカードかと」


 あちこちに寝返るにしても目的は一つ、ジュバランドが自治を行い、他の氏族らへの富の流出を遮るあたりではないか、と指摘してみる。


「土豪というやつだ。支配者が変わろうと、住民の支持を受けている限りは、一定の発言力を持つからな」


 考えに間違いはないと裏打ちしてくる。


 ――ならばまた引き寄せることも可能だろう。それを繋ぎ止める方がむしろ課題じゃないか? 自治自体どうなんだろうか。連邦政府の目指すところを余りに知らなさすぎるな俺は。


「連邦のモハムド大統領は、ジュバランドをどうしたいのでしょう?」


「さあな、何をしたいかさっぱりだ。政府を認めさせたら良いだけとも言えるし、治安を司るまでとも言える」


 何せ支配力が皆無なのだから仕方ない。自治を認めてしまえば、ソマリアが統一されることもなく、四つに別れたままになるだろう。


 ――アメリカは海賊さえ居なくなれば良いわけか。もしくは准将の役割がそれなだけかも知れないな。俺がここに在るのは、准将を助けるためだ。始まりは間違いなくそうだった。だがそれだけでニカラグアとして満足しうるだろうか?


 海賊に捕まり、簡単に身代金を払ってしまっていたのは、日本である。だからと島がそれを悔やむ必要はない。

 ジョンソンへ助力するのが発端なのだから、ソマリアを丸くおさめることが出来なくとも、気を病むこともない。


「准将、自分は今でも彼の地に、会談の場を設けるのを目指す所存です」


 誰が頼んだわけでもない、自分がそうしたいからすると伝える。


「それは無駄になるぞきっと。奴等は社会として成熟していない」


 いくら場を作ったところで、それを使うことがなければ無意味だと説く。


「承知しております、どうなろうとそれは気にしません」


「では何故だ」


「そうすることで」一度たりとも陽の目を見ずとも「自分とニカラグアとの関係に、一つの区切りがつくからです」


 私的な理由ととられても否定はしない。だが自分の為かと言われたら、違うと言い切れる。


「それは、俺に対しての宿題か」


「さてどうでしょう。これが終われば自分は自由を回復しますが」


「はっ、言っとけ。何があろうとも俺は欲しいと思ったものは手に入れるぞ」


 じっと島を見据えて、挑戦を受けてたつと胸を張る。どうにも若者が実力をつけてきたのが嬉しいようだ。


「所属不明の武装集団がアメリカを支援する。話題にはなっても、すぐに存在ごと忘れ去られるでしょう」


 身の振り方を提示して、今回のような場面で力を発揮するのを殊更指摘しておく。


「頼もしい限りだな准将。だがこれは俺に分があるぞ、成功しようが失敗しようが次は逃がさん」


「ご心配なく。ですが自らの意思でそうさせていただきます。もう惑わされはしません」


 不惑。経験を積んで歳を重ねると自らに迷いがなくなる、孔子の言葉だそうだが感覚は理解の範疇である。


「大いに宜しい! 新進気鋭の若者が行く道を見届けよう」


 軍人としてはもはや若いとも言えない島であるが、高官として見ればこれからと表すのがピッタリである。約束をしたのかさせられたのか、新たな決意を胸に中盤戦が幕を切って落とすのであった。


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