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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第五十四章 多国籍軍、第五十五章 上陸作戦

 凡そ二ヶ月ぶりにアフリカにやってくる。相変わらず何も変わらないなと思いジュバ空港を出た。アサド先任曹長が目ざとく島らを見付けて近付いてくる。


「お疲れ様です、大佐殿」


 キャスター付きのかごに、目一杯麦から出来た何かが詰められていた。本当に持ち込むのに疲れたものだ。


「ジョークのつもりがこうなっちまった、運んでくれ」


「了解です、こんな品ならば何時でもご命令を」


 笑いながら兵士に命じる。ヴァンの貨物部分に満載すると重量超過で車体が軋む。塹壕住宅地の近くに、別の兵舎が増築されていてちらほらと人影が目についた。


「ここの部族民?」


「はい、連れていった兵士達が村の者を訓練しているようです。自衛力があるにこしたことはありませんからね」


 いつまた戦いに巻き込まれるともわからないので、留守を鍛えているそうだ。自発的にならばそれでも構わないが、部員がやらせているなら厄介事があると気に留めておく。


「さあつきました、どうぞ」


 アサドに先導されて新築の家屋群の中を堂々と進んでいった。


「残務処理ご苦労さん」


 ビールを持ってきたぞ、と誰にでもなく言いながら入る。声に気付いた者達が振り返り、起立敬礼で迎える。


「ボス、少佐がお待ちです」


 マリーが今にも手を引いて行きそうな勢いで司令室にと招く。


 ――マリーらは休暇を認めたはずだが。まあ自由なんだから居ても構わんがな。


 丁寧に扉まで開けてもらい部屋に行くと、すっきりした室内にロマノフスキーが居た。


「お帰りなさいませ、ボス」


「身代りに感謝するよ。何か急報でもあったか?」


 そわそわした空気が感じられる。だがそれが不穏なものではないのも同時に感じられた。


「報告は幾つかありますが、まずあれを見てもらいたくてね。どうですか」


 少し先の屋根つき駐車場に停まっている車を指差す。目を細めてよく見てみると、何やら不格好なものが幾つか並んでいるではいか。


「何だありゃ?」


「自家用車のSH1とSL1です」


 スーダンヘビーとライトだと補足した。つまるところ装甲車だと。


「グロック作か?」


「もちろんです」


 勢いよく認めて笑いを誘う。どうやら異状は全くないらしい。


「趣味をとやかくは言わないが、手作りの域を越えているのは確かだよ」


 費用は工面してやると軽く請け負ってやる。


「では仕事を。M23が解散しました、理由はわかりませんがその後はンタカンダ大将に派遣された将軍が統率をとっているようです。目立った動きは一切ありません」


 マケンガ大佐が現場放棄したような感覚があると所見を述べ、支配地域だった各所が失われ、本拠だけ残して勢力を後退させたとまとめる。


「放棄された地域はどの勢力が?」


 北に流れたンクンダ将軍だとしたら面倒だが結果は違った。


「各地の自警団が揃って国連派遣軍に保護を求めたようですが、現在は動いていません。武力の真空地帯です」


 危うい状態である。本来ならば真っ先に政府が保護を謡って乗り込むべきところなのだが、火中の栗は拾わないつもりなのだろうか。


「皆が何かしらの事情を抱えているものだからな」


 キヴ北部は一波乱間違いないとして次の報告を促す。何かしらの指示を出すにしても一通り聞いてからだと。


「ンダガグ市がブカヴ市の隣に設置されました。市街地のみの区割りですが、行政自治権限を得ています」


 ――なるほどあれをブカヴに組み込むと、また別の問題があるわけだな。プラスもマイナスも含めて勝手にやれと。


「市長は?」


「議長が兼任していますが、市長が議長を兼任していると表した方がよいでしょうか。ンダガグマイマイとブカヴマイマイが市街地の治安維持を担当し、郊外を軍が管轄して今のところは上手くいっています」


 軍に不満が溜まるのは間違いなく、そのうち何らかの嫌がらせが始まるだろうとの状勢を読む。シサンボは中佐に昇格し、マイマイ司令としてきっちり仕事をしているが、やはり政治的な能力には限界があり、破綻がやってくるだろうと一時しのぎの体制だとする。


「国連難民高等弁務官府やアフリカ連合の支援は?」


 島が気になっている部分を質問する。サポートさえしっかりしていれば、総崩れにだけはならない。


「社会的支援は行われています、行政や防衛についてはノータッチで唯一民間の生活に対してのみ」


 見守る態勢だと総評した。


「コンゴ政府の態度は」


 一番の懸念がそこにある。政府から離れたら上手くいったなど言われたら、他の地域に影響を及ぼしてしまう。


「カビラ大統領は、世界にコンゴの姿勢を示す例にしようと、介入に乗り気でありません。逆にポニョ首相は、娘が戻り息を吹き返しました、が」急に深刻そうな顔付きになり「その娘の様子がおかしいと、かなり心配をしているようです」


「長い軟禁生活で体調を崩したか?」


 そうならば原因は自分達が作ったことになるので、責任問題が発生するかもと応じる。


「責任はフィル曹長に引き受けてもらわねばなりません」


 命令した側が逃げるのかと思ったが、今更ロマノフスキーがそのようなことを言うわけがないと、何故か理由を確かめる。


「ポニョのご令嬢は拐われた後の軟禁生活で、フィル曹長に恋心を抱いてしまったようでして」


 急遽大笑いしてから、曹長に一本取られましたなと島の反応を誘い出す。


 ――なるほどそいつはフィルの責任だな。


「身柄は返還しても心は奪われたままか、首相も難儀しているだろうさ」


 ジェントルマンにも、今度教えてやりますよと話を締め括った。


「概ね問題はありませんし、この先は総領事が上手く仕切ってくれるはずです」


 ンダガグ市からも予算補助がついたらしく、事務員の心配はなくなったそうだ。


「現地からの思いやり予算では肩身が狭かろう。パストラ首相を通じ、外務省に特別予算が割り当てられるよう、俺から基金を積んでおくよ」


 コンゴの人件費や生活費の類いなど大した額にはならないと、メモをしておく。


「すると我等はいよいよお役御免ですかな」


 残務処理は残務処理でしかなく、能動的な行動など殆どありはしない。それだけに食傷気味だと、ハードな職務を要求してきた。


「いつまでも遊んでいたんじゃ、目標が喜ぶだけだからな。ロマノフスキー少佐以下の南スーダンでの任務を解く」


「慎んで解任を受け入れます」


 いよいよ次だと自然に笑みが溢れてくる。安定は悪いことではないが、刺激を欲しがってしまう。


「我々はオルテガ中将に受けた命令を継続する。即ちニカラグアの正義を示す為に、新たな任地に向かう」


 本国には戻るなと言われ、司令長官からの命令は撤回も更新もされていない。それならば次なる特殊作戦を実行すべきだと、島が判断すればそれが始まりとなる。


「ダー。我等が司令官殿、何なりとご命令を」


 ロマノフスキーの期待に満ちあふれる表情が、島にあった一抹の不安を拭う。経緯がどうであれ自身を特別だと思っていない島には、常にその道行きが誤っていないかの葛藤が押し寄せてくるのだ。


「これよりソマリア連邦共和国政府支援ミッションに入る。国連平和維持軍とは別に、多国籍軍の一つとして行動する。軍旗は堂々とニカラグア旗を掲げるんだ」


 これまでの失敗したら全滅したらよいとの逃げ道は一切使えない。利点も欠点もよりはっきりと浮き彫りになる。


「PKFではなく多国籍軍として入るということは、指揮権は放棄せずに済むわけですな」


 PKF――国連平和維持軍とは各国が国連総会勧告により兵力派遣を行い、司令官に一元的な指揮権を与える、国連集団としての認識になる。多国籍軍とは各国の部隊が集まって、特定のミッションを遂行する連合軍だ。アメリカが指揮権を他国に渡したくないために、多国籍軍を主張することが多いのは常識になっている。


「そう言うことだ。海賊対策のグループと陸上のグループがあり、当然我々は丘担当だよ」


 地域により隣接国の軍隊が、主導的役割を担う約束事があったりもするらしいが、何せ兵力が少なすぎて話にならないのが実状である。


「詳しいことはこれから調べるとして、目標を教示願えますか」


 初期でも最終でも構わないが、何をさせるつもりかを。


「列強の中で我々は小さな力しか持ち合わせていない。逆にそれだからこそ存在価値があるとも言える」


 わかるようなわからないような言い回しをした。大国に頼るのは、大国に立ち向かうことと同じくらい危険な行為だと、北欧の英雄が表現したことがある。


「ニカラグアはソマリアの中級氏族に食い込み、地域内解放区を設立するのを目標とする」


 一つ間違えば独立運動を煽ることにもなりかねない。敢えてそれを選択した理由は幾つかあるが、三つの国に別れて、五つの勢力が影響力を競いあっていた。そこにきて国連だの多国籍軍だのが介入してくると、疑心暗鬼になり道を失いかねない。島が見出だした役割はそこにあった。


「交渉のテーブルを司る番人を目指すと」


 公正中立とまでは言わないが、そこにまで足を運び話し合いをする場合が、あるとないではかなりの違いがある。


「国家方針でもなんでもないがね。武装調停が出来るわけでもない、俺達が可能なことは信用を示すこと位だ。やってくれるなロマノフスキー」


「もちろん喜んで。約束を守れない悪い子に、軽いお仕置きをする役目もあるでしょうからな!」


 初めから話し合いだけで上手くいくわけがないのを、重々承知で返答する。


「それではこれよりミッションを開始する。少佐は部員の召集と現地勢力の調査を行え。俺は本国と武装の調達について決めてくる」


「兵隊はどこのを用意しましょう、南スーダンのを使いますか?」


 多国籍軍の思想をどのように反映するかの、大筋だけを確認しておこうとする。外で自主訓練をしているやつに、募兵を呼び掛ければすぐに集まると繋げる。


「激戦地ではあるが、正面からの戦いよりも不意打ちが多いだろう。注意力と精神的な統制力を優先して百人集めろ。国籍は問わない、任せる」


「ダコール」


 戦争なんてものは、黙っていてもどこかで必ず起きているもので、好き好んで踏み込む輩とは、こういう者だとそれぞれが自覚している。


「やることは決まった、今日くらいは乾杯して過ごそうじゃないか」


「一日二日で何も変わりゃしませんからな!」


 警戒時ならば誰かしら持ち場に残るものだが、この時ばかりは何も考えず、ただその時間を皆で楽しむことにした。


 ――この感覚がたまらんね。日本に居たら一生のうちに何回あることやら。


 飲み会と称して集まるだけのものでは、決して感じられない充実した時間と空間。この場での括りはたった一つ仲間でしかない。


「ところでボス、休暇の間にまた笑い話はなかったんですか?」


 平和に暮らしていたとは思えんのですよ、等とにやにやしながら絡んでくる。


「至って変わらず、いつも通りの時間を過ごしていたよ。詳しく聞きたいのか?」


「ボスの日常は平和と真逆ですからな、是非ともお聞かせ願いたい」


 なぁ皆、と退路を絶ってから攻めこんでくる。


 ――隠す必要もなかろう。


「実はなアドリア海で――」

 楽しそうな声は、朝まで途切れることはなかった。


 戻るなと言われているため、重要事項も電話を使うなり代理を立てるなりするしかない。今回はロマノフスキーも同じ立場なので、前者を選択した。

 官邸や公邸は盗聴の危険性が高いので、わざわざパストラからアフリカにかけ直してもらうことにする。


「また何かを思い付いたかね」


 柔らかい物言いは、まるで家族に話しかけるかのような暖かみがあった。


「はい。そちらでの活動時にお世話になった人物が、ソマリアで苦労しております。多国籍軍としてニカラグア軍の進駐を、お命じいただきたく思います」


 勝手に国軍を名乗るわけにはいかないので、正式な手続きをとるべく、大統領に話を通して欲しいと要請する。


「もしそうするならば、君の名前は世界に明かされることになる、構わんのかね」


 ――イスラム組織を始めとして、今までに辛酸を舐めたやつからがこぞって俺を狙いにくるわけか。


 国家の代表になると、有形無形の争いに巻き込まれるのを覚悟しなければならない。それを承知ならば、何としてでも了承を取り付けると約束してくれた。


「自分は……ニカラグアがこの先、諸国に対抗して行くに必要な何かがわかりません。出来ることはただ一つ、信念を貫き前に進むことのみです」


 パストラが沈黙する。島が本気で言っていることなど、百も承知である。いくら革命の英雄だろうとも、相手はまだまだ三十半ばの若僧。命を的にしてまで国に、それも祖国とは言えないニカラグアに対して、忠義をたてさせるべきなのかを迷う。


「ソマリアの紛争は、今に始まったことではない。我が国に直接的な影響も極めて小さい。今すぐする必要はないぞ」


 前途ある者に無理を強いることはないと、引き返す道筋を示してやる。親心となんら変わりはない。それに乗るのも恥はこれっぽっちもないのだ。


「確かにそうかも知れませんが、自分にはレジオネールの誇りがあります。困難どころか無理だとわかっていても、あるのは前進か死です」


 沈黙が続くが、それはパストラが島を失いたくないだけの情念だと気付く。情けなさを悔いている時間であった。


「わかった。貴官の志を儂が受け止めた。ナイロビで待機しているのだ、出来うる限りの手を尽くす。これが終わればもうニカラグアに借りはないと、大手を振るって歩いてよい。だから必ず成功させて帰ってこい!」


「はい、閣下!」


 ケニア・ナイロビに足を踏み入れる。情報収集だけでなく、国連の事務所分室が幾つもあり、様々な面で動きやすい場所になっている。ソマリアまでの距離は、陸でも海でも片手があれば日数が足りる。


「しかし他人のためによくもまあやるもんだ」


 当たり前のようにどこでも一緒のレティシアは、自分もその手助けをしているのを、すっかり忘れてしまっているようだ。


「なに、他人のためじゃなくて俺がやりたいからやるのさ」


 強要されているわけではない、望んで行っているのは事実である。簡単にわかる事柄をインターネットで調べ、自身の一次情報にする。


 ――ウガンダあたりの数百人ちょっとが派遣の最大人数か、小は指揮官一人まで様々だな。日本からも自衛隊が来ているようだ、トップは海将補か。政府軍が五千人とはどうにも足らないぞ、地方を全く掌握していない証左だ。アメリカは艦艇を明らかにしていないが、海上と後方支援のみで陸上からは手痛い被害を受けて撤退か。こいつは何かをしたくとも出来ないわけだ。

 俺達は表面上は独立行動で、裏ではアメリカの駒のように動けば、豊富な支援が受けられるかも知れんな。


 ソマリアの首都モガディッシュで行われた作戦で、アメリカは予想外の被害を受けた。すぐに終わるはずだった作戦は、遅延を重ねてヘリの撃墜、兵士の死亡と本土に衝撃を与える結果を残した。この戦いでの「ブラックホークが撃墜された! ブラックホークが撃墜された!」との、僚機の通信報告はあまりにも有名である。

 高度な政治的判断とやらで直接の危険から身をかわして、ミサイルや航空機を駆使したハイテクバトルを展開してはいるが、戦いは歩兵が目標地域を占領しなければ終わることはない。


 ――海賊対策には仲良くロシアまで参加しているが、アメリカと肩を並べて警備する姿は、なんだかしっくりこないものだな。そうなった原因はダルフール紛争への兵器輸送船が襲われたことらしいが、海賊に戦車を狙われたとは間抜けな話で終わらせるわけにもいくまい。


「仏頂面で画面睨んで面白いのかい」


 前屈みになってじっと調べたままの島に声をかける。気付けば陽も傾き夕食時になっているではないか。


「ん、暫し中断するとしようか。夕飯のご希望は?」


「ふん、黙って付いてきな、良さそうな店があったんだ」


 親分に連れられた子分のようになって、素直について行く。中規模のレストランに入ると、メニューを指差してあれこれ頼み、最後にビールと声をあげる。非常に堂々とした態度に感動すら覚えてしまった。

 並べられた三角の春巻らしき物にかぶりつくと、パリッと鳴って豆と野菜が出てきた。


「サモサだよ、スパイスビーンズがビールに合うんだ」


「カレー風味のもあるな、確かに酒にもってこいだなこれは」


 メキシコのタコスと親戚なのかとバリバリ口にする。続いてやってきたのは何かの丸焼きだった。


「料理……なのか?」


「ニャマチョマだよ、羊のローストだね」


 ――名前だけで丸焼きじゃないかやっぱり。


 仕方なく切り取り口に運ぶが味気ない、マトンなので固い臭いと、さすがに残さず食べることは出来なかった。


「豆だの野菜だの食べたって力は出ないだろうに」


 骨ごと引きちぎりかじりつく彼女は、妙に似合っていた。


「俺はビールさえ飲めれば幸せさ、目の前に美人もいるしな」


 大分女の扱いに慣れたのか、無理に食べずともよくなる言葉が簡単に口から出てくるようになってきた。


 駐ケニアニカラグア大使館。正面口から入ると、受付の男が島を迎え入れる。


「イーリヤ大佐殿、またの来館嬉しく思います」


 大使執務室までどうぞと案内される。あの電話の数日後に、大使館に行くようにと指示を受けた。詳しくは大使からとの言葉を添えて。


「大佐、きたな」


「大使閣下、その節はありがとうございます」


「私は何もしてないよ、全て大佐が自らやり遂げたことだ。会合でもニカラグアが受ける視線がかわった」


 名前だけの小国から、話題がある小国にと。革命が起きてから、評価が定まらない部分はあるものの、好印象を感じた国が逆の倍はあったそうだ。


「一度でも失敗したらすべてご破算です」


「ならば成功させたらよい。首相閣下もそう言っていただろう」


 ――首相からの言葉を伝えるとの意味だな。


 言外にあるものも含めて、正しく理解して受け止めなければならない。島の誤りは旅団全員の誤りになってしまう。


「オヤングレン大統領閣下の代理人として、本職がイーリヤに命ずる」


 姿勢を正して儀式に臨む、そんなことと感じるものを真面目にやるからこそ威厳は保たれる。


「ニカラグア大統領の職権を以てして、汝イーリヤをニカラグア陸軍准将に任ずる」


「慎んで拝命致します」


 予想外であった。佐官と将官は全く違うと言えるほどに重みが異なる。ニカラグアだけではないが、将官は国家の首席のみが任じることが出来る。人事に於ける任命大権は、頂点の最大の武器とすら言える。


「大統領命令を通告する。イーリヤ准将は貴官のあらゆる機知を駆使し、ソマリアに於いてニカラグアが採るべき最善を尽くすべし。結果への責務は、大統領についてのみ負うものである」


「承知致しました」


 特殊作戦は好きに展開しろと明言され、ニカラグア国民ではなく、大統領にのみ義務と責任を負えとの訓令である。


「次いでオルテガ総司令官よりの命令を下す。ブリゲダス・デ=クァトロに装備を与える、必要な全ての物資、人員の要求を速やかに行え」


「了解致しました」


「一件の承認を与える。ロマノフスキー少佐の功績を認め、中佐に任命する。現地にて貴官より任官させよ」


 島が上申したわけではなかった、だが二人無くしてなし得ない事実を端的に認めたものだ。


「承認ありがたくいただきます」


 他国との交渉もあるだろうから、正直ロマノフスキーの昇進はありがたかった。全面的な支援を国から受けているのがわかる。


「パストラ首相より通告する。イーリヤ准将付で職員派遣を行う。法務、政務、外務等審議官各一名、補佐若干名。無任所なので自由に使うように」


「ご配慮痛み入ります」


 一種の出先機関としての利用や、担当参謀で起用が可能な人材は心底助かる。能力面での心配はないだろう、仮に不足があるとしても、今現在の限界がこれだと納得すべきは、島の方であるのだから。


「最後に本職から。駐ケニア大使館が、イーリヤ准将の後方支援を全面的に引き受ける。二十四時間態勢で大使館員が支援する」


 距離的にも地理的にも、そして人間関係的にも大歓迎である。


「感謝致しますランデイア大使閣下」


「建て直しはまだ先だが、大幅な予算増加を割り当てられてね。こちらが感謝したいくらいだよ」


 お互い様だと微笑む。やるからには全力で臨もうと、握手を求められそれを受け入れた。


 ――こうまでお膳立てされて、出来ませんでは済まんぞ!


 様々持たされ大使館を出て、ホテルへと戻る。レティシアが朝っぱらから缶ビール片手に、テレビを眺めていた。


「よう早いな」


「まあな。手ぶらのように見えて、実は沢山抱えてきたよ」


 少し控え目にことの次第を明らかにする。


「ブリゲダスゼネラルか、爺さんがたが入れ込むのは勝手だ、嫌になればやーめたとばっくれりゃいいさ」


 なんなら今からハイチにでもバカンスに行くか、等と煽ってくる。


「これが終わったらハイチだな、だが覚悟しておけあそこは四方が海ばかりだ」


 泳げないでは終らせないぞと笑う。やぶ蛇だったと口を閉じても今さら遅い、レティシアはやれやれと残りのビールを流し込んだ。


「片付くまでに別の行き先を探しておくさ。で、何から始めるんだい」


 面倒はギカランに丸投げしちまいな、と助言してくる。


 ――ナイロビへの合流は、ロマノフスキーに一任しよう。港がある都市に一つ後方基地を構えさせるとするか。そうなると俺は、俺にしか出来ないアレをやっておこう。


「まずはお勧めのように、自身の仕事を減らすところから始めようか」


 拠点を同国最大の港湾都市のモンバサではなく、そこから北東凡そ百キロメートル先の、マリンディに構えることにして、ロマノフスキーを呼び出した。一部の要員のみを引き連れて、ホテルで合流。まずはスイートルームに面々を集めて、重要報告を行う。


「よく集まってくれた、ちょっとばかり辺鄙な場所だがね」


「今さらですよボス。砂漠の真ん中でも、雪山の上でももう驚きはしません」


 ロマノフスキーが笑ながら、辺鄙な港大いに結構と頷く。部員らも特に異論はなく、エーンあたりはいつものように無表情で扉の近くに立っていた。


「休暇を楽しんだ者もそうでない者も、次の刺激が待っている。まずは自己紹介をしよう、ニカラグア陸軍のイーリヤ准将だ」


 おおっ、と部員からどよめきが生まれる。三十代で将軍など、戦争でもなければ考えられない時代である。そしてその戦争を駆け抜けてきたことを思い出させた。


「階級に相応しい大任が待っているわけですな!」


「ああ、その分をきっちり働けと言うわけさ。ロマノフスキー少佐、貴官を中佐に昇進させる。オルテガ中将閣下のお達しだ」


「おこぼれに与り恐縮です」


 にやりとして敬礼する。ケチがついたことは、オルテガも知っていただろうから、据え置きでも文句はなかったと。


「我々の目標はソマリア連邦政府を支援し、かの地に於いてニカラグアが交渉の仲介を行える信頼を得ることである。現地人に反政府勢力、近隣諸国軍にPKF、イスラム過激派と注意すべき相手には事欠かない」


 仕事は山ほどあると、各位をそれぞれ見て、引き返すかどうかを無言で問う。


「望むところです閣下。何なりとご命令を」


「序列を定める。ロマノフスキー中佐は旅団副司令官として、マリンディに後方基地を設置し、旅団を召集せよ」


「仰せのままに」


 モンバサではなくこちらを選んだ理由を既に承知で請け負った。前者はイスラム勢力が強すぎる上に、観光での利用者が多く不都合があるのだ。それに比べて後者は、物流の拠点でもあり目的からして適当と言える。


「この場には居ないが、マリー大尉には戦闘部隊を任せる。エーン中尉は引続き独立護衛部隊を任せる」


「ヤ」


 誰もが当然だなと、中尉をちらりとだけ見た。


「サルミエ少尉を副官に任用する。本国から来る担当官僚らとの連絡先にもなるぞ」


「承知致しました」


 島が副官を置くのは当たり前だとして、サルミエが充てられたのが意外だったのか、微妙な顔をしているのが数人居た。


「グロック最先任上級曹長は俺の隣だ、幅広い助言に期待する」


「ダコール」


 長いので非公式な場では、チーフとだけ呼ぶようにすると皆の前で決める。異論は当然出てこない。


「残りは中佐預かりで合流してからにする」


 初回の将校連絡会議までに宿題を幾つか与えておき、それぞれの仕事に就くようにと締め括り、最後にもう一言。


「困難な任務だが俺達はプロだ、やるならば期待に応えろ!」


「スィン!」


 解散を宣言すると部屋には五人が残った。ロマノフスキー、エーン、サルミエ、グロックにレティシアである。ソファに腰掛けて皆にも座るように促す。


「あたしゃ今までの扱いでいいのかい」


 大尉待遇で無任所、お客さんとの認識である。真面目に勤務をさせようと言うのが間違いなのは、誰もが理解してはいるが。


「審議官、まあ担当参謀らが少佐扱いになるから、レティアも少佐待遇にしよう。司令部通信予備だな」


 わかったよ、と短く了承するのを見て、ロマノフスキーが意味深な視線を流してきたが、あっさりと無視してしまう。


「装備を要求するとの話ですが、どうしましょう。あまりロドリゲス大尉らには、負担を与えたくはありませんが」


 首都警備担当の名前を出して判断を求める。少なければ自分達が困るが、本国が傾いたら本末転倒の見本になってしまう。


「少し装備要求を保留して、リストだけ作成してくれ。ジョンソン准将に掛け合ってみるよ」


「旧式のものでもきっと、そこそこのが出てくるでしょう」


 だろうなと納得している二人に、少尉が疑問を投げ掛ける。


「ジョンソン准将とは何方でしょうか?」


 ――そうかそうだな。副官にしたのだから、あれこれ説明してやらねば解釈の相違が出てくるか。


「アメリカ軍のソマリア対策陸側担当だ。俺達の元上官でもある」


 その通りとロマノフスキーが頷いている。他は特に反応がないが、不要と考えていたり、誰だろうと知ったことかという感じだ。


「閣下らは元アメリカ軍の所属でしたか」


「少しの間だけだがね、第六艦隊の参謀をしていたんだ」

「海兵隊に訓練をつけてやっていたこともありましたな」

「そうだな、中佐は空挺部隊を指揮したりもあったな」


 何とも受け入れがたい話が、次々に飛び出してくるではないか。


「アメリカ軍は、兵士に至るまで自国籍の者しかなれないと聞きましたが」


 実際は永住権があれば、市民権がなくともなれたりはするらしいが。


「例外だよあちらさんの都合だ、今回などはむしろ他国籍の者が重宝するだろうしな」


 アメリカ軍の都合だと言われたら、それもありだろうと納得できる。仮に不満があっても、その答えで納得させなければならない。引き下がったサルミエを脇に話をもとに戻す。


「金がかかるハードは、最初から要求しないようにします」


「装甲車についてはグロックに作ってもらうとしようか」


 なあ、と笑いかけると、したり顔でご命令とあらば作りましょう、等と返すではないか。こうなるとサルミエは、何故自分が副官に指名されたかが不思議でならない。


 部外者とまでは言わないが、明らかに毛色が違うと。


 ――後で二人で話す機会を設けておこう、立場が逆なら俺だって不安でたまらん。


「しかしこれといった手段があれば、既に誰かがやっていますが」


 それはその通りだと島も頷く。簡単に答えが見付からないから、大事に発展してしまっているのだ。秘策があれば国連の安全保障理事会だって耳を傾けるだろう。


「俺達は紛争を解決するのが目的じゃないからな、それだけが救いだよ」


 ニカラグアという身の丈に合っていて良いじゃないかと、自嘲気味に語る。


「スーパーマンはフィルムでしか会えないと、きっとわかってくれるでしょう。まあ自分達は与えられた範囲内で最高の結果を出すのが役割です」


 常に最高を目指しはしますよと言ってくれる。


 ――目指すのは常としても毎回結果までそうなるわけじゃない、やはり俺が場を整えてからになるぞ。


「ムジャヒディンからジンと恐れられている奴は実在しているがな」


「宗教限定のヒールですか、それはそれで結構なことで」


 確認事項を二、三交わしてその場を解散させた。


 ニカラグア軍代表として、アメリカ軍の指揮官に面会を申し込むと、即座に了承された。良くも悪くもトップである海軍少将は会わずに、陸軍准将が対応してくる。

 大義的には同等の階級で充分、裏としてはニカラグアの相手なぞしてられないと、お鉢が回ってきたわけである。


「ジョンソン准将、その節はご迷惑をお掛け致しました」


 会うなり謝罪をする。随伴のサルミエも英語が訳わからずも倣う。


「構わん気にするな。イーリヤ准将か、ついにお前も閣下だな」


 豪快に笑う姿は、爽快感を相手に与えた。座れ座れと椅子を勧めて二人が着席してから、リベラ中佐とサルミエ少尉も遅れて席につく。


「中佐もこちら方面だったか」


 多分ジョンソンとペアだったろうと思ってはいたが、確認はしていなかった。


「はい、十年は連れ添って居ります。これだけ長いと人事担当も別々にはしづらいのでしょうね」


 ――俺とロマノフスキーもそんなものか、確かに上手く行ってるのをわざわざばらしはしないな。


「副官のサルミエ少尉です、元アルゼンチン陸軍でした」


 そこだけスペイン語を使う。もしかしたらブラックリストにあるかも知れないのに、わざわざ出身を明かす。それだけ信頼している人物だと、双方に知らしめる効果を狙って。


「サルミエです、よろしくお願いします」


「アフリカに随分とあちこちから集まったものだ」頼むぞと軽く視線をやる。


「この度ニカラグアは、ソマリアに進駐することを決定致しました。自分がトップです」


 根拠がどこにあるかを最初に明らかにしておく。これは正規戦だと。


「アメリカ軍ソマリア本土担当は私だ。アメリカ軍はニカラグア軍の、ソマリア対策進駐を確認した」


 軍に於いても外交事はある、軍だからこそと言えようか。今回はジョンソンがシグナルを送った手前、既に上層部から覚書を得ていた。上層部といっても、安全保障問題担当大統領補佐官である。国務長官に優るとも劣らない大統領の知恵袋だ。省庁の担当としては上が他にいるのだが、側近として大統領に助言をするのは補佐官である。


「我々には上陸し、実戦を行う意思があります」


 アメリカ軍の欠けている部分を提示する。


「そしてその為の用意が欠けているわけだな。遠慮はいらんぞ欲しい装備を俺に言え、都合してやる」


 アメリカは自身の人的被害が少なく目的を遂げられるならば、予算は驚くほどついてくると詰まらなさそうに付け足す。その背景が将兵を弱くしていると愚痴る。

 先回りして、ある程度の下準備すらしていそうなジョンソンの言葉に甘えて謝辞を述べる。


「自分の目指すところは、一部の地域に於いて勢力を排除した解放区を作ることです。休戦や調印の交渉を安心して行える、場所と信頼を整えるつもりです」


 実務段階の成否や効果の程を素早く脳内で計算する。前線だけでも後方だけでも答えが見付からない、経験してきた場数がその叩き台になるからだ。


「ソマリ人は一筋縄ではいかんぞ、イスラム勢力も絡んでくる。ファンダメンタリストは話など聞きはしない」


 原理主義者がここでもネックになることを示す。確かに水と油のような関係にある、それらを説得する自信は島にもない。


「交渉に出るつもりがない奴らなのは知っています。一度か二度は死線を越える覚悟が必要でしょう」


 アフリカンに堪え性がないのはわかっている。暴発したらそれに反撃を強く与えてやれば、発言力も減るだろう見通しをつける。仮に手を出してこずに息をひそめていたり、口だけで対抗してくるならば、それこそアメリカの思う壺だろう。


「ニカラグアに負けられて困るのは、我々も同じと言うわけか。数々の経歴が絵空事を覆してきた証拠だ。俺は当然一口乗らせてもらう。艦砲射撃や航空支援、装備に医療、何なら海上輸送も手配してやるぞ」


 その代わりに、上手くやれとだけ求めてくる。


 ――俺からの見返りが小さすぎると思うがね。


「そちらからの要求が少なすぎますが、准将の立場を悪くしてしまうのでは?」


 大国は有利な条件の契約しかしないものだと信じて、まず間違いない。ならば見返りがそれだけとは到底思えない。


「海賊が海賊であるためには港が必要になる。ソマリア政府軍がそれを制圧してくれたら、海上保安の費用やら被害も極めて小さくなる。パトロールボート程度でも、ロケットで脅せば従うしない現状、海側はまず陸を解決しなければならんのだ」


 詰まるところ、それらに垂れ流される運用保障の費用に比べたら、些細なことだと説明した。莫大な数字なのは間違いないが、それこそ比較の対象が悪すぎる。


「一日も早い活動こそが、まずは一歩と言うわけですか」


「そうだ。だから本当に遠慮はするな、戦車でも何でも貸してやる」


 ソマリア対策レンドリースで、不足の補充や修理もすぐにしてやるとまで言ってきた。


 ――世界が束になってもアメリカ様には敵わないわけだな。そのアメリカ軍が一番怖がるのが国民世論か、シビリアンコントロールが機能していると言えるのだろうか。


「ではすぐにでもリストを届けさせます」



「目一杯要求してやれ、どうせ違う形で回収しにくる。差し詰コスタリカのパートナーとして、ミドルアメリカの安定化をはかるあたりだろう」


 ――そういった回収方法ならば、こちらがお願いしたいくらいだ。


「では一つ、マリンディ後方基地と前線を行き来する小型の艦艇と、初回のみ輸送船をお貸しください」


 にやりと笑い、期待しているぞと席をたった。軍艦から乗り降りするのに一々チョッパーで送迎してくれるなど、好意の裏が少し怖くなる島であった。


 マリンディのホテルに戻り、サルミエと二人になる。


「まずは順調といったところだよ」


「アメリカ軍相手ならば、英語を理解する人物を副官に据えては?」


 弱気になってしまったようで解任を申し出てきた。しかし島はそれを即座に却下する。


「なに英語を覚えたら良い。それまでは従卒に英語がわかる奴を使え、命令だ」


 はい、と小さくなり返答する。自分が選ばれたのが誤りではないかとの想いが抜けきらないようだ。


「少尉はもし軍が解散したらどうしたいんだ?」突如話題を変えて質問する。


「解散ですか。再就職先を探さねば、妹には多額の学費が必要です。自分が面倒をみなければならないので」


 些か金のためにというのが後ろめたいのか声が小さくなる。


「サルミエよく覚えておくんだ。それも目的として正しい、君が死傷したら妹が受取人にもなる。俺はお前の考え方に手応えを感じて副官に任用した」


 誉められているのだろうと、光栄ですとだけ答える。


「信用できるかどうか、それが重要なんだ。俺はお前に背中を預けられる、言葉が喋られるかどうかは枝葉の事柄でしかない」


「閣下ありがとうございます。ですが何故自分をそこまで?」


 きっかけはただの兵隊として募集したに過ぎず、たった一人の後ろ楯すらもない身許怪しげな自分を、と。


「俺を信用させる何かを持っているからだ、明確な理由が欲しいなら考えてみるさ」


 何よりコンゴにまでついてきて、疑う方が無理だと笑いかけた。


「軍人としてではなく、一人の男として、閣下の厚い信頼に応えられるように、全力を尽くさせていただきます!」


 そうまで言われて沈んでいるようでは話にならないと、サルミエは気持ちを切り替えて、出来ることを精一杯しようと声を出す。


「よし。まずは後方基地に場所を移せるようになったかの確認だ」


「ヴァヤ!」


 部屋を出ていくサルミエに代わり、エーンが入ってきた。


「どうしたエーン」


 何となく表情に違いがあったように見えたので聞いてみる。


「ホテルの廊下を走るのは、アルゼンチンでは常識だったのかと思いまして」


 少尉はどうしたのでしょう、と首を傾げる。


「今回は大目にみてやってくれ。雑用はこれからサルミエ少尉に任せるよ」


 それまでは側近として、エーンがかなりの部分を受け持っていたので、負担が減ることを意味している。


「了解です、閣下。ついに閣下とお呼びすることが出来て、嬉しく思います」


 黒い顔を緩ませて歯を覗かせた。他人の前では滅多に見せない笑顔である。


「そう言えば昔そんな会話をしたな」

 と言ってから、十年すら経っていないのに気付いて、昔なのかと自問してしまう。


「自分は昨日のことのように覚えております。これからもよろしくご指導願います」


 ――エーンには何か報いてやりたいが、財貨では購えないな。


「俺がお前より先に戦死をすることはないらしいから、機会は少なかろうが、もし事故でも何でもあって死んだときには、遺骨をスラヤとニムと一緒にしてやってくれないか」


「ご命令でしょうか」


 良からぬことを考えているのではないかと心配する。


「友人としての頼みだよ」


「それならば、喜んで頼まれましょう」


 自身の死後を託せる者。島がエーンに示したその姿勢は、彼を何とも言葉では表現できない程の、充実した気持ちにさせてくれた。


「護衛責任者より提案がございます」聞こう。短くはっきりと口にする「防弾ベストの着用を要請します」


 防弾ベスト。拳銃や短機関銃あたりの貫通性が低いものが相手ならば、ストップする機能が付加されている。過信は禁物であるが、軍服一枚より遥かに危険を減らせるのは間違いない。

 今までは費用やら行動能力、更には生きるか死ぬかは時の運といった割りきりが強かった。これからは国軍として、それだけではいけない部分も出てくるだろう故の言葉でもあるだろう。


「解った、そうしよう。兵にも支給する、装備要求リストに最適な性能の物を選んで追加するんだ」


「了解」


 島から何か用事がないかを確認してから部屋を出ていった。


「これが終われば、一先ずは区切りかも知れんな……」


 駆け抜けてきた十年余りをしんみりと振り返る。よくもまあ生きているなと、自分でも驚くような場面が多々思い浮かんだ。選択を誤った部分も数知れずだが、後悔はない。引き返すどころか立ち止まることすら許されない、最善と信じる道を進むのみだ。



 輸送艦に次々と物資が運び込まれて行く。港に掛けられた仮設橋からは、重装甲歩兵戦闘車両、装甲兵員輸送車、装甲偵察車両、高機動軽装甲車両、装甲通信指揮車両……と自走する兵器が吸い込まれて行く。


「ボロいヴァンやジープで戦っていたのが、今更ながら恐ろしくチープだったのがわかるな」


 磨きあげられて泥一つついていない戦闘車両の一群が続き、装甲ブルドーザーやら調理専用車、装甲電源車両等の特殊車両が、ゆっくりと列に従い乗り込んで行く。

 最後にグロックお手製の自家用車が、三台積まさって完了する。


 ハンガー――貨物スペースでは、アメリカ海軍の兵士らが不思議そうに、その現地仕様車を観察している。


 ――馬鹿にでもしてくるんだろうな、ヤンキーはがさつだ。


 整備の先任曹長が若者を怒鳴り付けて、臭い息をかけるなと離れさせる。


「こいつはカスカベルの現地改修だな、そっちはヴァンか」


 搬入の指揮をしていたアサド先任曹長に確認して、中を見せてもらいたいと許可を求める。島らは固まって二階のタラップでそれを眺めていた。


 武装が増設されたり、装甲が充てられたりと、改造部分をじっくりと観察しては唸る。隣の改造ヴァンも、食い入るように角度を変えて見たり、装甲をコンコンと叩いて音を聞いたりと興味を示す。

 隣にいたグロックが、失礼と階段を降りていく。


「胸が騒いだのかね」


「どうでしょう。ボスはよくもまああんなに色々調達してきましたな」


 ロマノフスキーが、M72と名前がつけられたロケットを、箱単位で数えながら感想を呟く。


「本国への装備要求リストは、あまりに簡素で確認の連絡がきてたよ」


 内容を暗記していた、軍服記章が一式と国旗、軍旗が若干数とだけ。


「後はレンタルで済ますと答えたときの、担当官の顔が見たかったですな」


 アサドがグロックに敬礼しているのが見える。一見して下士官なので、先任曹長の上とは准士官なのだろうと、軍服の腕にある輪を数える。整備班長はそれが七本あったのが間違いかと思って、もう一度数え直した。だがやはり下士官の最上級、六本より一つ多いのを再確認したに終わる。そして正体が判明すると彼も敬礼した。


「ご苦労。アメリカ軍の協力に感謝している先任曹長」


 言葉はそうでも感情がどうなのかは、やはりわからずじまいの無表情である。


「トルーマン先任曹長、整備班長であります、サー!」


 こちらも英語が通じたので、胸を張って自己申告する。


「グロック陸軍最先任上級曹長だ」


 七本線の下士官は各国に数名しか存在しない、制度がなければそもそもが該当しないのだが。下士官兵の神のような位置付けである、所属が違っても畏敬の念は変わらない。


「この改造は、グランドハイマスターチーフオヴニカラグアアーミーが?」


 チーフで構わん、と長すぎる職名を簡略化する。


「有り合わせで仕立てたものだ、素材があればもう少しまともになるがな」


 趣味の血が疼いたようで、あれこれと専門的な名称が飛び交い、先任曹長が深く頷いては説明に納得する。艦に素材があったものについては、早速改修してみませんかと誘う有り様だ。

 搬入物資の整理があるからと、アサドが慌てて退出を求めると、二人のマニアはいけいけと頷くのであった。


「イーリヤ准将閣下、御無沙汰しております」


 含み笑いをしながら眺めているところに、御座船となる巡洋艦の艦長がやってきた。


「マッカーサー中佐、無理矢理引き抜いた形になってすまなかった」


 軽巡洋艦ミューズの艦長から昇進していた彼を、ジョンソンが地中海から引っ張ってきたのだ。心遣いは有り難いが、たかが外国人の百人そこそこを支援するために、巡洋艦と護衛の一群は多すぎである。


「軍人にとって、指名で必要とされるのは誇りです。こちらよりマクウェル曹長を専属で付けさせていただきます」


 繋がりのきっかけになった彼も、いつしか古参の曹長にと昇進していた。


「マクウェル曹長です、閣下。なんなりと仰有って下さい」


 会うたびに昇進していていて、今や将軍にまでなった島に、そういうものだと割りきり尊敬の眼差しを向ける。


「マーク頼むぞ、相変わらず海の上ではただのお荷物でな」


 人間地に足がついてないと落ち着かんとおどけてみせる。にこやかに、洋上は全てお任せください、と答えて一歩下がる。主導権を中佐に戻して口を閉じた。


「艦橋へご案内致します。群のご説明もさせていただきます」


 支援可能な内容を把握しておくために、広い通路を移動する。海兵隊とすれ違う、どうやら少数とはいえ陸戦能力も持っているらしい。軽く敬礼を返しながら、やけにゆったりとしたスペースに踏み入れる。


「艦と言うのはぎりぎりのサイズが当たり前だとばかり思っていたが」


 潜水艦や駆逐艦あたりは顕著である。それに限らず島が抱いている感覚、基本的には間違いはない。


「戦闘指揮所や予備指揮所とリンクしてありますが、何れかが被害を受けたときに、一ヶ所でも生きていれば支障無いように設計されています。大砲がミサイルに替わり、操舵が電子制御になり、指揮所の役割が強くなったのも反映しております」


 ――確かに主砲はなくなり、対空やら副砲やらばかりが目につくな。それすらも費用の面や射程の都合なので、すげ変わることもあるだろう。


「操作に熟練を要する反面で人員は少なくてすむ、そこで海兵が乗り込む余裕が生まれるか。軍と言うのは貪欲で然るべきだな」


 よい意味で満足してはいけないと頷いた。


「洋上戦力は当艦のみですが、沿岸戦力として砲艦一隻と戦闘艇一隻、哨戒艇や警備艇が若干数居ります」


 大まかな目安として遠洋航行可能なものが艦で、不能なものを艇と表している。哨戒艇あたりは三十ミリ機関砲を装備した高速小型艇であり、密漁船などを取り締まる役割に当てられたりもしている。

 一方で戦闘艇はまがりなりにも主砲を装備していたり、ミサイルを積んでいたりする。アメリカの戦闘艇が中国近辺に配備された際には、かなりの波乱があったものだ。


「豪華なものだが、こうやって輸送をしてもらえるだけで充分だよ」


 今までがそうなだけに、至れり尽くせりの支援を評する。いくら了解を得ているにしても、全面的にあてにしてはならないと警鐘を鳴らす意味も含んでいた。


「ジョンソン准将より、背中を守れときつく命じられております、自主的な押し掛け援護をする部分があるのをご容赦下さい」


 ――ご容赦もなにも、本来ならばこちらが頭を下げてお願いしなければならない内容だ。ニカラグアへの恩返しが終わったらアメリカに借りが出来ていたら洒落にならんな。


「波乱が無いわけがないが、それを乗り越えなければ来た意味がない。甘えてばかりもいられんからな」


 船はあまり揺れることなく、滑るように北へと向かう。大きくなればなるほどに、波の影響は小さくなるものだ。予備の席に座ったまま目を閉じる。


 ――まずは港の近くに仮の拠点を設営しなければならん。仮とは言ってもいつまで使うかわからない以上、手抜きは許されない。中級氏族に関しては、主流に乗ってはいけないが傍流過ぎても話にならない、そこはコロラドに選別させよう。

 ソマリランドにプントランド、ソマリアを纏めるためには首班かそれに近い人物と連絡をとる必要があるな。アメリカの支援を受けているところは構わんが、反対の勢力をどうするかが問題だ。

 イスラム勢力は武装組織が窮地に陥ると、市民もこれを助けようとするわけだから正面からは戦えん。資金を絶って指導者を排除するなど、俺達には芽がないぞ。


 一つ小さく溜め息をつく。パチンと指を鳴らす音が聞こえると、従卒が熱いコーヒーを運んできた。


「まあそう悩まずに、じっくりとやりましょうボス」


「今回はクリーンベレー作戦とはいかんぞ」


 小皿にドーナツが載って出てきたのをつまんで、軽くかじりつきながら親友に愚痴っぽく応える。


「世界中の奴等がこぞって失敗したことを、ストレートで成功させようとする心意気は買いますがね」


 大口を開けてドーナツを丸ごと一口で食べてしまう。普通だなと菓子を評価して、驚きは無いのかね等と呟く。


「先例に漏れずに失敗していたら、俺達になんの意味があるって言うんだ」


「それですよそれ」何がそれかはわからないがこくこく頷いて続ける。「交渉の場を作ることに失敗したら、ニカラグアは信頼を得られずに失敗したことになるんですかね」


「な……に?」


 発想の逆転である、目的達成が出来ないことが失敗ではないとは。


「結果の如何に問わずにニカラグアならばもしや、そう思わせることが出来れば良いんじゃないんですか」


 ――失敗したが信頼感を示せば良しと言うわけか。それならば幾つか別の道筋が得られるかも知れんぞ。


「なあロマノフスキー」

「なんでしょう」

「アルコールが程よく入れば、更なる名案が思い付きそうにはならないか?」


 にやりと笑みを浮かべて同感ですな、と彼は果たした役割に満足してシートに寄りかかった。


「さて着いたか。渦巻く不条理ソマリア、だな」


 そこは首都のモガディッシュから遠く、五百キロ以上離れた南部地域の重要都市キスマヨ。ソマリアは幾つかの支配者によって分裂統治されているが、最大の違いは住民構成である。簡単に言えば民族が違うわけだ。


「今でこそこうやって普通に入港していますが、数年前、いえ昨年ですら安全とは言い難い場所でした」


 マッカーサーが脳内にある海事情報の一端を披露する。彼は上陸こそしないものの、海上で支援をするためにソマリア事情を勉強してきていた。現地に入らないのだから勉強との表現が適当だろうと、本人も納得している。


「毎年のように支配者が変わるようでは、住民も苦労ばかりでしょうな」


 小官らのように風来坊にはあまり関係ありませんが、と今を強調する。


「連邦政府があるにしたって、勢力が完全に駆逐されたわけではあるまいよ。注意するにこしたことはない」


 絶対勢力下でも工作員は入り込むものだと納得する。仮にそうだとしなければ、自分たちが入り込む余地がなくなると苦笑いした。


 連邦政府軍が制圧する前は、アルシャバブが支配者として君臨していた。名前の通りにイスラム組織だが、その成り立ちは複雑である。


「キスマヨを棄てて逃げたのが南ならまだわからなくもないですが、首都の側を目指して撤退したところに政府の弱さがありますな」


 ロマノフスキーが表すように、アルシャバブは勢力を保ったままキスマヨとモガディッシュの間の都市、ブラヴァに撤退したのだ。ブラヴァ周辺を大きく囲むように、連邦政府の支配が及んでいると言えば聞こえが良い、しかし規模が大きすぎて逆に分断しているとしても過言ではない。


「南西のジュバランド、中部のソマリア、北東のプントランド、北西のソマリランドそして首都圏が、五つの区域と大体ですがわけられます」


 ――そのうち北西はどうあっても靡きはしない、北東は独立国ではあるが連邦傘下には入っているわけだ。キスマヨは南西で中部が反対勢力か、海岸線だけに面ではなく点でわかれてしまっているな。


 点が円になるのは力が強いからだと、概要を反復して慣れるように努めた。


「アルシャバブの意味はご存じでしょうか?」


 マッカーサーが用意してきた知識を得るために、敢えて答えずに先を促してみる。


「シャバブはアラビア語で青年を意味していまして、元はイスラム法廷連合の青年部会だったようです」


 地域のほぼすべてがイスラム教徒スンニ派なので、シャリーアと呼ばれるイスラム法が秩序の根源になっていた。そのイスラム法廷裁判所を中心に、行政議会や警察関係が連なってそう呼ばれた。もっとも最近はイスラム法廷会議と改められたようだが。


「いわゆる過激派なわけだ。敬虔なるイスラム教徒しか認めない、それ自体は悪いことではないが、それだけが全てでは迷惑な限りだね」


 ちなみに俺は暗殺リストのそこそこ上位にいると思う、等と肩を竦める。ソマリア連邦政府軍が港を警備しているのが見えた、申し訳程度の数でしかないが、誰が支配しているかの宣伝にはなっている。


「味方は頼りないですが敵は強くみえる、戦場心理の延長でしょうかね」


 連邦政府とは緩い結束でしかない、ならば軍もそれに準じていると考えて相違ない。


「まあ当たらずとも遠からずだ、何故ならそれが味方かどうかはまだわからん、中佐には悪いがね」


 マッカーサーに厳しい一言を向ける。前の暫定政府は失敗しただけに、連邦政府を諸手をあげて歓迎とは見ない。もっとも多数の国際社会が今度はこぞって承認しているのだから、同じ轍を踏むことも無かろうが。中佐はノーコメントと作業を眺めていた。


「閣下は艦上に留まられますか?」


 わざわざ危険地帯に上陸せずとも、島には役どころがあると認識している。


「艦上にいるかはともかくとして、キスマヨの拠点についてはロマノフスキーに任せる。要員の選任もだ」


「サーイエッサ」


 存分にお任せあれと請け負う。政治的な動きは島が、軍事的な動きは自分がと。


「そちらにトゥヴェーを預ける、コロラドが不在の間はあれを情報部門のトップに据えるんだ」


「わかりました、アラビア語が主で英語やイタリア語が少々でしょうか」


 半世紀前辺りにはイタリアがこの地域を支配していたり、イギリスであったりの影響がある。勿論主軸はアラビア語であるが、国家の共通語は現地語のソマリ語になる。


 キスマヨあたりではスワリヒ語も多少通じるがぎりぎりだろう。いずれにせよ第二外国語扱いどころか、老年世代の話者しかいない。平均年齢が極めて若い地域なので、通じるのは百人居たら一人か二人だろう。知識階級ならばまた違うはずだが。


 ――さて英語もアラビア語もわからない奴は往生するぞ。サルミエ少尉にオラベル軍曹、オビエト伍長の南米組は厳しいな。


 自身の回りには少数だけ残して中佐に配属する、特に場所柄アラビア語が出来るメンバーの役割が重くなる。護衛にはエーンと兵士が数名のみで、ドゥリーやアサドは上陸させてしまう。


「艦長、次はモガディッシュに向かってくれるか」


「おやすい御用です。輸送艦は艦隊に帰還させます」


「ああ助かった、軽装で外国人がやってきたら、あっという間にホールドアップだからな」


 何せ群雄割拠しているソマリアでは、テクニカルというモノが流行している。それはジープなどの不整地走行車両に機銃武装を施した改造車で、後退した技術を鑑みればまさにテクニカルとの名が相応しい。

 そして極めつけはソ連時代に置いていった戦車が、たまに見掛けられることである。


「いくら勇猛果敢な戦士でも、銃では戦車に敵いませんからね」


 各班に余るくらいにM72――対戦車ロケットをあるだけ陸揚げしている、大抵の物理的な攻撃には対処が可能なはずだと考えていた。


「人道的支援を行うためにソマリアにやってきたPKF、戦いをして民兵らを四桁から殺して撤退した、あれはなんだったのか」


 ソマリ人を助けるために来てソマリ人に殺された人道的支援者たち。軍人だけでなくユニセフやら国境なき医師団あたりもお構いなしだ。


「そこが世論と言う姿なき怪物でしょう。世間はソマリアの現実に対して、あまりにも無知過ぎました」アメリカ市民もです、と加える。


 ――ニカラグアでも日本でも食いつめたやつらが海賊しか生きる道がないからやってる、かわいそうなどと思っている者が多かろう。無知は罪だ。俺も大概そうだが、知ろうとしないのはそれ自体が非難されて然るべきだな。


「生憎俺は現実主義者でね、万を生かすためなら千を殺すのに躊躇いはない」


 その姿勢を貫いて公言はしているが、いつか背中から刺されるのは覚悟しているよと茶化す。


 モガディッシュに限らず、海岸線にある都市はすべからく港の機能を備えている。順番が逆かも知れないが、兎に角大小の差はあれども船が入ることが可能だ。


「短艇を出させます、本艦はこのまま公海上で待機に移ります」


「マッカーサー中佐の協力に敬意を表する。まずはご挨拶に飛び回ってくるよ、マクウェル曹長だけ上陸して連絡を頼みたい」


「承知致しました。曹長、特別命令を与える、閣下の指示に従い行動せよ」


「アイアイサー」


 ご指名を受けて喜色を浮かべる。何事も特例は心が弾むものだ。


「じゃあ早速その短艇とやらに案内してもらえるか、曹長。中佐、失礼するよ」


「ご武運を」


 ――ご武運か、確かにこれから闘いに行くようなものだな。


 連絡のために艦にエーンの兵を一人だけ残して行く。何らかの符丁が必要になった時には、これが効果を発揮することもあるだろうと。

 短艇とは本船に搭載された小型の船のことで、艦艇同士の連絡用や少数の移動用に用いられる。母船が入れないくらい小さな港に上陸するときにも、足代わりにされたりもする。


 港にはソマリア連邦軍以外にも、他国の兵士がちらほらと居た。海賊対策に出ている艦艇が休息に立ち寄ったり、連邦に与する為に派兵したりがあるのだろう。後者の意味ではエチオピアが最右翼であり、ジブチがそれに次ぐ。何せ両方ともソマリ人を国民に抱えているから、他人事だと静観していられる部分と、そうでない部分とがあるのだ。

 逆に敵対勢力にはイランやリビアがあげられる。エリトリアが独立して紛争対象であるのも火に油を注ぐ原因になっていた。


 ――レジオンを思い出すな、ジブチからエリトリアに入った際のエチオピアの反応が、そっくりソマリアの情勢にあてはまる。


「チーフ、懐かしい顔揃えだと感じないか」


「はい。前は政府の間違いで苦労しただけでしたが、今度は違うと信じております」


 努力するよ、と苦笑いして桟橋から関連施設へと入る。入国管理官が一応の旅券確認を行う。


「ニカラグア?」

「そうだ」

「入国理由はなんだ」

「仕事だよ」

 ナイロビの大使館で発行して貰った、ニカラグア側の証明書を差し出してみる。何せ逆の側がそのような機関を設置していないのだから、査証など有るわけがない。


 一連の会話は英語である、が、最後にアラビア語になり「さっさと帰れ外国人のクズ野郎が」と旅券を返してくる。


 ――やれやれ初っぱなからこれでは、先の苦労が思いやられるね。


「お前こそさっさとくたばれ」


 負けずに笑顔でドイツ語を繰り出すと、後続が笑いを堪える。

 どこになにがあるかの簡単な地図は頭に入っていたが、あまりに荒れ放題な風景に唸る。


「レティアならまずどうする?」


「さくっと酒場に行ってまず一杯だね」


 真面目になんてやってられるかと、随員の首席が堂々と公言する。皆が仕方ない奴だと呆れるが、卑下するような雰囲気にはならない、余裕があると解釈したのだろう。


 ――焦っても良いことはないな、一先ず陸の空気に慣れておくとしよう。


「では幕僚の進言に従い酒場を偵察するとしよう。マーク、すまんが付き合ってくれ」


「出会いを求めて扉を開けたら、案外叶うかも知れませんね」


 何はともあれ、明るいうちからぞろぞろと集団でアルコールを探しに行く。厳格なイスラム教国だけに、港の一部以外では酒を提供していない。それに気付くのは少し先になる。


 数人に別れてテーブルを占領する。外地勤務の嬉しいところは、色々な部分が大目に見られることだろう。

 どこの国の者かまでは見分けられないが、同じようにビールを煽っている。チラリと所属がわかる印が目に入った。


 ――イエメン軍か、海を挟んでお隣だもの見かけもするな。


 国連軍は一旦手を引いてしまい陸から消えたので、UNのワッペンを付けた姿は無かった。つけたまま居るのがどうかと思う場所でもあるが。


「うろついていて騒がれても困る、有力処に顔を出さねばなるまいな」

 共通語のスペイン語で話を進める。


「政府公認になると反対勢力から邪魔をされませんか?」サルミエが氏族の筋からの了解の方はどうかと投げ掛けた。


「皆はどう考える?」


 島は考えを明かさずに、方向性だけを提示して意見を募る。黙って活動するとの選択肢だけは潰してしまい、良案を求めた。


「現状支配している勢力に話を通すべきでは?」

 島が選べるようにと反対の意見を出すことも忘れない。どうするにせよ最後は指揮官が判断するのだけは変わらない。


「多国籍軍は」ゆっくりとグロックが喋り始め「エチオピア軍が数の上で多いですな」


 それ以上は特に何かを語ろうとはしない、全く昔から変わらないスタイルに、心中で頑固者がと呟く。


 ――いずれは接触する勢力だ、最初に会って虎の威を借りておくか。


「控え目な一言が魅力的だね。エーン中尉、あそこにいる兵士諸君に案内を頼もうじゃないか、ビールでお近づきになれんかね」


「まあ問題ないでしょう、お任せください」


 カウンターに行って、エチオピア兵がいるテーブルを指差して何かを手配する。ウエイターがビールを四つと、羊のウインナーを山盛りにした皿を器用に抱えて次々テーブルに載せる。注文していないと困惑する彼等にエーンが近付き奢りだと言うと、一人が椅子を差し出し施しに感謝を述べた。

 どうやら上手く行きそうだとして関心を別に移す。


 ――司令官級に面会が叶ったとして了解を得るには、やはり実弾が効果的なものかね。ソマリアシリングではあまり喜ばないだろう、お隣のサウジリヤルならば使い途も広かろう。


 スイス銀行の小切手が極めて便利だと思えた。何せドルやユーロに限らず、どんな通貨でも対応してくれるのだから。


 モガディッシュ援助軍司令官、ドメシス少将は上がってきた報告を訝しげに思った。だが本国からの連絡が遅れたり届かなかったりするのはちょくちょくあるため、取り敢えずは面会してみることにした。

 現場の将校に案内されてやってきた、自称ニカラグア軍の使節ら五名が入室する。


「ソマリア対策ニカラグア軍司令官イーリヤ准将であります」


 英語で申告する。中年の少将は珍妙な取り合わせ――黄色白黒褐色の面々に胡散臭さを感じた。


「エチオピア軍ドメシス少将だ。すまないがニカラグア?」


 再確認せねば気になってしまい仕方なかったのだろう。


「はい閣下。中米ニカラグア共和国陸軍のクァトロ旅団長イーリヤ准将であります」


 すぐにわかるような嘘をわざわざソマリアまできてついても何の得にもならないだろうと判断して、掛けなさいとソファーを勧める。島とレティシアだけが座り、グロックが島の右、サルミエが左に居場所を確保し、エーンは脇に少しそれて全員を視界に収めた。

 島は別として女がやけに偉そうな態度なのと、揺れる胸が大いに気になった。


「してニカラグア軍が何故ソマリアに、そして私のところへ」


 駆け引きなどなくストレートに疑問を口にする。軍人としてはさっぱりしていて良い反面、外交官を兼ねる高級将校としては粘りけが欲しいところだ。


「ソマリアでの活動を行うべくやってまいりました。それにはやはりエチオピア軍司令官の承知が必要と考えまして、挨拶に参じた次第です」


 エチオピアを高く評価してきたことを単純に喜び、うむうむと頷いた。


 ――多分、個人としては愛すべき性格なんだろうな。


「なるほど、そうか。お互い国際的な平和のために努力しようではないか、こうやって出会ったのも何かの縁だよ」


 事実上の承諾を得てほっと一息。当たり障りのない部分での見解、つまりは海賊などについての苦い言葉を引き出して、少しでも思想の程を得ておこうとする。頃合いだと懐から紙切れを差し出す。


「これは自分からの心付けです、将校クラブと酒保に積んでいただければと」


 小切手を手にしてみてドメシスが驚愕する、自らの軍で数年は娯楽に困らないだろう額が刻まれていた。


「こんなに?」


「軍にご迷惑をお掛けするかも知れませんので、先にお詫びを込めて」


 何せ活動は重複することがあるだろうからと説明した。


「麾下の将校に准将に協力するように言っておく、困ったら私の名前を出しても構わん。貴官らはエチオピアに有益な人物だ」


「ありがとうございます。ソマリアの治安を得るべく微力を尽くします」


 味方が増えて嬉しいのは互いに同じなため、案外すんなりと話が終わった。案ずるより産むが易し、誰が言ったかは知らないが言い得て妙な言葉である。


「そうだ貴官らは連邦政府に行くかね、行くならば私から一報入れておくが」


「閣下、お心遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 がはは、と声を出して笑い構わん構わんと引き受けてくれた。副官に連れられて司令部を出ると、ご丁寧に下士官が案内についてきてくれると言うではないか。


「随分な待遇じゃないか、ねぇ」レティシアが参った参ったとわざとらしく言う。


「はっきりいって俺も不気味で仕方ない。様子からはアメリカの意図ではなさそうだが」


 突っぱねて無視するのが常識的とはいわないが、無償の愛を振り撒くような相手とは思えない。余りにも話が上手く行きすぎるのを疑わないほど、島もお人好しでもない。


「信用するのは危険だな……」


 ぽつりと呟く。誰がと言うわけではないが、裏があって然るべきで少将はその舞台で踊らされている、そんな筋書きがあるのだろうと漠然と受け止めておく。


「お前のことを知らない奴が愛想よくしてきた。あたしなら生け贄か弾除けがやってきた位に解釈するね」


 ――便利なやつらがのこのこ歩いてきたか、自分の腹は痛まないと思えばそうかも知らんな。


「お互い利用価値があるならばそんな関係も悪くはないさ。そうと知った上で付き合えばそれで良い」

 生き馬の目を抜くような情勢では、それが当たり前だろうと。

 権力の集中と言うわけではないが、役所の都合上近接区域にあれこれ重要施設が固まっている。政府庁舎も歩いて数分の場所に置かれていた。案内されて受付で待っていると、事務屋らしき人物が応接室に一行を招いて相手をした。どうやら閣僚級はやってこないらしい。


「外事局長のアッジクです。エチオピア軍より連絡を頂きましたが、何分突然でしたので私がお話を伺わせていただきます」


 言葉こそ選んではいるが、招かれざる客と言いたいのがはっきりとわかる。


 ――まあわからんでもないな。引っ掻き回しに来たように見えるのは正しい。


「おっしゃる通り急な訪問申し訳ありません。我々ニカラグアも多国籍軍の一員に列なり、ソマリアの治安維持を推進しようと考えまして、その意思を伝えに参りました」


 政府からの公式文書を手渡し簡単な主旨説明を行う。


「ご好意に感謝いたします。ソマリアの事情は複雑ですので、ご無理はならさぬようにお願い申し上げます」


 他に何か、と追い払いに掛かってきたので、さっさと退散することを決め込む。

 成果を得られぬままに庁舎を立ち去った。かといって残念といった風でもない。


「こんなものだろ」


「上手くいかない理由がよーくわかったよ。あたしゃ別にこんな国がどうなろうと知ったこっちゃないね」


 そう言ってしまうと身も蓋もないが、あの態度では仕方ない。


「氏族の長老らに会うのは、幾ばくかの手土産を得てからにしておこう」


 行っても無駄になるのが間違いないと、余計な苦労を省くことにした。


 ――イスラム組織に接触するにしても、何か一つ働いてからにすべきだな。では対象はどうなる? あちらでもこちらでも無いと言うと海賊しかない。根城を探してこれを壊滅させれば文句も無いだろう。かといって海賊が海賊だと看板を出しているわけではない、情報が必要だな。


「コロラド上級曹長から中間報告を上げさせましょうか?」


 それによりやるべきことを占う意味からも、クァトロのルーチンに組み込まれている。


「そうしてみるか、少尉手配をしてくれ。中尉は酒場で情報収集を、他は本国から来る担当参謀と顔合わせでも予定してくれ」


 拠点整備が終わるまでどうせ待つしかないと結論を持ち越した。


 ――前情報では北部より南部が怪しい、ここ中部はその結果に左右されがちと言えるな。コロラドが有益な情報を探れなかった場合の方針を考えておかねばならんぞ。一本糸にすがるようでは上手くいくわけもない。


 キスマヨ周辺の民家に偽装された建物に彼は居た。イスラム法廷連合やヒズブルイスラム、アルシャバブにラスカンボニ運動、所属を転々としてジュバランドの独立自治を目指しているハッサン・トゥルキー将軍。


「して連邦政府に入ったそいつらはどうした」


 眼前で縮こまる副官に威嚇するかのように問う。二人きりでも態度を崩さないのが彼流であり、従っている者達は将軍の姿勢を単純に受け止めていた。


「相手にされなかったようで、すごすごと引き下がっていきました」


 どこか別の省庁に寄るわけでもなく、と簡単な根拠を加える。


「ニカラグア軍の最近の活動報告を」


 概要がわかれば判断の一助になると、キスマヨに部隊が上陸した時に調べさせていた。ソマリアではあらゆる技術が後退していたが、ネット通信に関しては極めて迅速な普及が可能になっている。全く施設が無い状態からでも、三日もあれば開通するのだ。

 理由は政治的な背景があり、政府の許可がなくても勝手に敷設開局が行われるからで、無法地帯の盲点をついた商売が成立している。


「はっ。政変が起きて以来、政府の軍事関係活動は海外でございません。外事としましては、イエメンの対テロリスト成果に、いち早く賛辞を贈っておりました」


「イエメンに?」


 ――ニカラグアとは全く無関係だと思ったがどうか、そもそもがニカラグアでテロリストが幅を効かせて困っているような話も聞かない。


「はい。それと国際ニュースで、コンゴルワンダ国境付近でニカラグア人が独立自治を主導したとかで、首相が会見をしておりました」


「コンゴキヴ州の件だな、ケニアの国連機関もヒューマンライツウォッチも肯定的だった」


 政治クーデターの後にあった実態を並べてみたが、知ることが出来た情報はそれだけだと締め括った。


 ――体制派を覆す経験が二度あると考えればなかなかの好成績だ、イエメンのはそれを払拭するイメージ工作ではないか? ならばキスマヨに上陸した理由は地域の独立自治の線もある、もしそうならば利用することが出来るぞ。逆にそれを邪魔立てするにしても、敵を知っているべきなのは間違いないな。


「キスマヨに上がってきた奴等の詳細を」


「港湾関係者の話によれば、最新鋭の装甲車両を少なくとも二十両は装備しています」


 正確な型式はわからないが、戦闘車や輸送車などの、内訳を書類にしてあった。


「待てなんだこれは、貧乏な小国の武装ではないぞ!」


 食い入るように書面を読んで、そのうち一両でも二両でも売れば、かなりの人数の装備を更新できると計算してしまった。何せ兵器は製造して居らず、ソ連やリビアあたりからの置き土産が主力である。武器を手に入れればそれだけ発言力が上がる、十九世紀あたりの構造なのだ。


「カバーがあったので最新鋭との表現にいささか疑問は残りますが、兵が扱いに慣れていなく、タイヤなども磨きあげられていたとの目撃が」


 ――慣れない装備を与えられるか、中古の急造品の可能性もあるわけだ。しかしそうならばわざわざ隠すだろうか?


 事実確認が追加で必要だと判断して先に進める。


「人員は」


「中佐がトップで百名程です。しかし旅団を名乗るのはまだしも、どうにもロシア人らしい顔付きだと」


 不可解な情報が幾つも飛び出してくるので、嫌でも興味をひいてしまう。


「モガディッシュにいるやつが旅団長なのは間違いない。その中佐が戦闘部隊の頂点だ。ロシア人か……」


 ――サンディニスタ政権の頃に派遣されたロシア軍人が居たとしてだ、戦闘部隊と言えども頂点には据えまい。精々参謀にして助言を得るまでだ。スラヴ人だとしても、ニカラグアと繋げるのは難しい、移民の二世や三世だと考えるしか辻褄があわん。


「港湾関係者が命令を理解したのですから、英語かアラビア語が使われていますが」


「英語だろう、海外赴任する司令だから使えても不思議はなにもない。あそこはスペイン語が国語だったな」


 それより詳しいことは、さすがにトゥルキーでも即座には浮かばなかった。知っている必要が無いのだから、責められもしない。


「ラインとなる将校ですが、白人、黒人、アラブ人が見られました」


 ――傭兵団? 仮にそうだとしたら様々納得いくが、ニカラグアを名乗るとの大きな疑問が浮上してくるぞ。裏に何かありそうだな、暫くはこの件を連合会議にに報告するのは控えておこう。


「解った、はっきりするまで口外するな。下がれ」


 デスクのパソコンを操作して、ニカラグアを検索するトゥルキーであった。


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