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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第四十五章 裏切者、第四十六章 秘密戦

 キベガの丘にある拠点で、ロマノフスキーは報告書を目の前にして腕組をして考え込んでいた。


 ――補給基地の兼務か……。やるのは簡単だが、それをすると要塞が困る事態に陥る可能性があるぞ。あの通信士以外にもスパイが紛れているのは間違いない。


 フィジに潜入させているやつからの定期報告には、かなり詳細なキベガの情報と、要塞の概要が首相に漏れていると伝えてきている。今のところ南スーダンに軟禁してある首相の娘を盾に、活動の自由を確保していた。首相の側の要求で身の回りの世話をする女性を一人だけ認め、目隠しをしてから現地にと連れていってやってはいたが、奪還される危険はある。

 ビデオレターの形で無事を知らせてやり、一応の平静を取り戻したと言う話であるので、無茶な救出作戦はしてはこないだろう。


 ――政府のスパイというよりは、首相の情報網に引っ掛かっている。だが大統領もフィジに基盤があるわけだから、より首相に近しい集団に根があるはすだ。政府閣僚が認識しているかいないかでかなり話が変わってくるぞ。


 部族の勢力図を睨んで作戦を練るが、表面を撫でるだけで深いところにまで刺さる案を得ることは出来なかった。


 ――こちらは中心に抱えてしまっているようだが、要塞はまだ毒が回っていない。血清を用意するより、外科的な手術をすべき時はあるだろう。腕を切り落としたって、本体が死なねば目はあるはずだ。


 致命的な失敗をする前に覚悟だけを決めてしまう。いざとなれば迷うことなく自らを切り捨てられるように。

 フィル軍曹が外地に出張中なため、護衛で従っているオビエト上等兵に雑務を委任する。パラグアイからの部員のため、フランス語が通じないのが不安ではある。


 ゾネットを呼び出して報告を求める。隠し鉱山が一つと限られたわけではないと考え、周辺を広く捜索させていた。


「少佐、それらしい場所見付けた。軍隊が囲っていて中までわからないが」


「コンゴ軍フィジ駐屯連隊?」


 このあたりにいる国軍を思い浮かべ、適当なものが無かったので街の名前を出してみる。


「正規軍でない、アフリカ人でもない、ベルギー人でもない」


 ――何だって! そいつらは何者なんだ?


「ゾネット、そこに案内できるな」


「クァ!」


 相手が外国の集団なのはわかったが、どの程度の危険があるかまではわからない。不明な者を相手どる時は、最大の力を向けるべきである。ブッフバルト少尉もこの場にと、ゾネットを待たせる。

 訓練の監督の為に外に出ていたようで、出頭するまで二十分近くを要した。戦闘服にヘルメット姿で部屋に入ってくると、被っていたものを小脇に抱えて敬礼する。


「お待たせいたしました」


「訓練はどうだね」


 一応現在の進捗状況を耳にしておこうと話をふっておく。


「南スーダンからの兵は、一定の指標を越えたように思えます。キヴからの兵も戦闘に従うだけでなく、自らの動きを考えるまでになった様子」


 大まかな所見を述べるが、ゾネットの手前キベガ族の兵については触れない。戦いになれば技術は最低限で、あとは度胸と統率力がものを言うので、ロマノフスキーも心配はしていない。


「使えそうなやつがいたら引き上げる、下士官候補はどうだ」


「南スーダンのキール上等兵、奴が一つ頭飛び抜けています」


 確かめるプロセスを経ることなく即答する。


「そいつを伍長に昇格させ、小隊長代理で使え」


「ヤー」


 近くに少尉がいる状況なので、困れば相談できるだろうとラインに据えてしまう。これに満足したら同郷の兵も収まりがよくなるだろう。


「さてゾネットからの報告では、そこいらに黒人以外の軍隊がいるらしい」


 ならばどうするとまで言わずに口を閉じる。


「場所を絞り込み偵察します。可能ならば航空偵察をと思案しますが」


 ――フロートを引き戻させるか? そうなれば人質を移転しづらくなるな、民間機では足がつくが写真があると便利だ。


「フロートは動かせんが当てはあるか」


「此度のダイアモンド鉱山の取材と称して、報道局のヘリを飛ばし、ついでに撮影してまえばいかがでしょう」


「そいつを採用する」


 世界に知られてしまった鉱山の取材となれば、政府も飛行許可を却下しづらいというものである。一度許可を得てしまえば、風が強いだのなんだのと飛行ルートなぞどうとでもなる。


「中米連合に依託される採掘会社、そこから発注される形が望ましいですが」


 直接口出しできる立場に無いため、どのように割り込めばよいか迷う。ロマノフスキーにしても、今後の悩みがあるため無茶はしたくない。


「逆の発想でいこうか。飛行許可を与えられている、観光などの業者を探してリクエストはどうだ」


 この場合は目的が政府に筒抜けにならないように、小細工をする必要があった。


「何等かの目的を有した外国の軍隊です、その位の警戒をしてあたるべきでしょう」


 イリーガルな行動を含まずに正体を探る。回りくどいやり方ではあるが、リスクを減らすには直接的な接触は避けるべきだとわかりきっている。


「問題は誰が実行するかだ。写真家の腕や機材が必要だが、実際は別の装いでなけりゃならんぞ」


 ジャーナリストを頼みにすると余計な心配が出てきてしまう、だが優先すべきは結果とも言える。ずっとフランス語で会話していたため、部屋の隅で黙ってたっていたオビエトがカメラ、フォトグラファなどと悩んでいたため、余計と知りつつ声を発した。


「カマラでお悩みですか?」


 スペイン語なので今度はゾネットが不明になる。


「ああ撮影技術者が必要でね、上等兵に知り合いはいないか」


 居てもパラグアイから呼び寄せるのは忍びないと肩を竦める。


「少佐殿、自分で良ければ趣味の範疇ですが可能です」


 控え目にそう申告してはくるが、自信が無ければ口にすまいと上申を認める。


「よかろう。少尉、偵察を実行準備だ」


「スィン」


 南米での活躍に心を寄せられてついてきてみたはよいが、自身の出番が殆どないのに胸が締め付けられる想いであった。だがまさかのまさか、趣味が身を助けるとは思いもよらない流れである。


「ゾネットは一族の戦士を訓練しておけ。銃弾が近くを飛んでも怯まないようにな」


「承知。ライフル銃の操作も上手いやつがいて、七百歩でも二回に一回は当たる」


 元来一歩は七十五センチが軍隊の基準にされている国があるが、アフリカ人や東南アジア人はやや狭く、七十センチ見当であった。つまり五百メートルが狙撃範囲と言うのだ。

 彼らは極端に目が良いのでスコープがいらず、目盛を切り直す必要もない。慣れてしまえばかなり有望なハンターになれるだろう。


「得意分野を伸ばしてやると良いかも知れんな。だが育成はゾネットに任せる、思うように強くするんだ」


 今まで槍や弓矢だけが強さの主軸であったが、銃が現れたことにより空模様が変わってきた。見向きもされなかった男たちが、ちらほらと適性を発揮してきたのだ。


 ――拠点はこいつらに任せるとして、俺は首相とくんずほぐれつか。どうせなら若い娘が相手だとやる気も違ってくるんだがな。


 電話会談であれこれとやり取りをして、ポニョが本来知らないはずの内容を探してみたり、逆にひた隠しにしていたことを指摘したりと、トゲがある中味を丸くツツキ合うのが役割である。

 うんざりする仕事ではあるが、こればかりは部下まかせに出来ないので自らが行う。


 ――フィジから徴兵するわけにいかんから、兵を減らすのは極力避けねばなるまい。どこかに集めにまわらせるか? 一長一短では薮蛇になりかねんがな。


 自由とは無限の選択肢が延びているわけではなく、様々な鎖に繋がれて切り立った崖に立たされるようなものだと、ひしひしと感じる瞬間であった。


 その日、島は夜半まで書類整理を行っていた。部隊に列なる者達への給与の支払いや、本国へ連絡すべきものがあれば、第三者の私信をオズワルト商会宛にと偽装してだ。


「前々から思ってはいるが、副官は必要だな」


 エーンはもっと判断が大切な部署に充てるつもりで、比較的光る能力がないが人間的に取っ付きやすいやつをと狙っていた。消去法で行くと、現在の士官の中ではサルミエ少尉が残った。


 ――あいつで構わん、明日にでもそうさせるとするか。


 静かだった司令官室に、微かながら声が伝わってきた気がして頭を上げる。誰かが呼び掛けたのではなく、大声が届いたかのような。

 首を傾げながら扉を開け、通路の先の通信室の扉を開ける。当直の上番勤務者が、デスクに突っ伏して寝入ってしまっているではないか。

 受信を告げる通信機の赤いランプがチカチカと光っている。どうやら音量を最低にしているらしく、雑音のような何かが朧気に耳にはいる。ボリュームの摘まみを時計回りに動かすと、スワヒリ語なのか何なのか、切迫した感じで無線が声を運んできた。


 ――何を言っているかわからんぞ! それにこれだけの音で気付かないとは薬でも盛られたか?


 ヘッドフォン片手にフランス語でどうしたと報告を求めながら、レティシアの部屋の呼び出しを鳴らす。数秒で「敵襲、敵襲!」と警告があがってきた。


 ――しまった出遅れた!


 すぐに要塞内全体のスピーカーをつけて、総員起こしをかける。


「どうしたんだい!」


 寝巻きに姿に軍服を肩からかけてレティシアがやってきた。


「敵襲だ、通信を頼む、戦闘態勢に移行するんだ!」


「あいよ!」


 どかっと自身の椅子に腰を下ろすと、手慣れた操作でスイッチをオンにする。


「総員戦闘態勢だ、武器を持って外に出ろ!」


 スワヒリ語に通訳して二度三度と繰り返す。


 ――どこのどいつだ! 状況を把握せねばならんが、フランス語を喋る奴がやけに少ないな。


 現地人は理解してはいるが、いざとなったら生活で使う言葉が口をついて出てしまう。興奮が収まるまでは、ごちゃ混ぜの報告が続きそうな気配がする。慌てたエーン少尉が通信室に駆け込んできた。


 島の顔を見てか、まずはほっとしたらしい。


「ご無事ですか」


「ああ俺はな。だが何が起きているか全くわからん」


 自分もですと応えてから空いている席に座り、各所に報告をするように求める。


 ――俺が混乱しているくらいだ、外では陥落したと思っているやつも居るかもしれんぞ!


 寝ている通信兵を椅子からどけて座ると、ゆっくりとした口調でマイクに向かい喋りかける。


「司令部は健在だ、落ち着いて対応するんだ」


 どやどやと通信室に担当が駆け込んできたために、島とエーンが席を立った。


「さて俺達は何をしたらいいと思う」


「大佐殿は司令官室で待機願います」


 ――ふむ、まあそりゃそうだな。


 本部で把握に務めようと返答して素直にデスクを前にする。部屋に置いてあるテーブルに戦術盤が載せられて、担当の兵士がイヤホンを片耳につけたまま駒を追加して行く。所在の確認がとれた将校や部隊の付箋がつけられ、概ねの数が書き込まれ更新されてる。


 ――外郭が戦場になっているようだが要塞内部には姿が無い?


「護衛部隊は通信室の手前に待機させています」


 部隊長として、駒が置かれていないのを確認してからそう告げる。隊員らは無線を発信していないせいか、通信兵が伝え漏らしたようだ。


 ――当直を見事に沈没させて奇襲か、寝返りを期待出来なかったゆえの結果だろう。南スーダンの連中ではないな、外郭で戦いになっているということは、内部は潜入の者しか居ないに違いない。


「敵の勢力はまだ判明しないか」


 憶測が飛び交う中での話だと前置きしてから「ブカヴマイマイらしき奴等と見られます」と報告があがってくる。


 ――ブカヴの民兵か。地元の奴等だ、兵に知り合いがいておかしくない。政治的な目的というよりは、派手な略奪の延長だろう。


「マリー中尉に繋げられるか?」


「やってみます」


 デスクにある機器のうち通信室との直通で指示を出し、受話器が着信を告げるのを待つ。極端な話、通信室の代わりになるのだ司令官室は。要塞の構造として司令官室側から隔壁を下ろせば、侵入路がない区画を作ることもできる。


 封殺されないように地下道が設置されており、延々暗闇を進めばブカヴの街に向けて通じるよう、荒れ地のどこかに抜けるようになっている。グロックが我が物顔で造ったもので、暗闇を出て真っ直ぐが真南になるよう階段を伸ばしたらしい。まさにマニアな行動である。


「マリー中尉です。現在交戦中」


「俺だ所見を」


「内部の手引きにより、敵が外郭に取り付き侵入をはかっています。恐らくは攻撃と言うより、占拠を目的としているのでしょう」


 ――見立ては同じだな。ならば手痛い反撃を受ければ逃げ帰るだろう。


「乱戦部分があれば一旦退いて敵味方をはっきりさせるんだ。北から時計回りで迂回部隊を側面に出す」


「ダコール」


 ――内城を使うことになるとは思わなかったな。少尉らはどこにいる?


 戦場盤を見て一番近いやつを指揮官にしようとする。


「サルミエ少尉に命令だ、北の要塞から時計回りに迂回部隊を出撃させろ」


 次いで内城に駒があったハマダ少尉に命令を伝えさせる。直接自分が説明しながら手配する時間すら惜しい。


「ハマダ少尉にカスカベルCを指揮させろ、随伴歩兵もつけるんだ」


 残るは自分達である、戦いは部下が何とかするとして、後始末について先回りをしなければならない。


 ――まず必要になるのは負傷者の救済だ、大尉に連絡をせねば。


 自らへの回線は常に開けておくべきだと、デスクにあるものではなく、エーンが持っている携帯で連絡を入れさせた。手配を終えるとあとは黙って推移を見守るしかない。傍らに置いてあるヘッドフォンを機能させて、聞きたいヶ所の通信を聴取する。


 要塞の内城――司令部本域では、四ツ星の軍旗を背後に立てて周囲を睨む男が居た。


「照明をもっと当てさせるんだ!」


 屋上部に分散して設置されているサーチライトが、正面を向いている者達を照らす。直射されると一瞬目が眩んでしまい、闇に慣れるまで数十秒を要した。

 優先的に反撃を受けるため次々と失われてしまうが、その数倍の命を道連れにしているので悪くない。


「中尉、西側が苦戦しています!」


 通信兵が旗色が悪い地域を端的に伝える。


 ――南はこれ以上分割出来ないぞ! 北の要塞から来る奴等は東回りだ、これは間に合わん。かといって見捨てる訳にはいかんぞ。


「トゥツァ少尉、二個分隊で増援だ!」


「はい中尉」


 近くに居たはずだが姿が見えないため、無線でンダガグ族に命じる。時間稼ぎをしているうちに対策を考えねばならない。


 ――本部に頼むしかないか。


「要塞防御指揮官、司令部。西側の防御が厳しい、増援を要請する」


「司令部、要塞防御指揮官。今ガレージからアレが向かう、友達のおまけ付きだよ」


 無線で無機質な声であっても、それがレティシアだとすぐに解った。


「了解。護りきったら誉めて下さいよ姐さん」


 努めて明るい雰囲気を産み出そうとする、それに彼女も相乗りした。


「いいだろう、けど辛勝なんてしみったれた結果だったらケツをひっぱたくよ!」


 通信を耳にしていた兵らが含み笑いを見せる。


「それはそれでして欲しい奴がいそうですな。精一杯頑張りますよ」


 ちらりと西部を見るが全く状況が掴めない、トゥツァ少尉が上手くやるだろうと前面に気持ちを切り替える。


 パンと弾けた音が耳の傍で聞こえた、至近弾なのであろう。遠いとヒューンと違う音が聞こえる、戦いに没頭するとそれらすら雑音として背景音楽のように気にならなくなる。それが戦士なのだろう。

 自らは助けを必要とする者が居ないか、逆襲を出来る箇所はないか、新たな動きは予知出来ないかと眺める。普段は威張り散らしていた上等兵が、恐怖で物陰に隠れ震えていたり、何をやらせても満足に出来ないのが、実戦では不思議と敵を多く倒したりしていた。


 ――しかし敵はやけに頑張るな、何か良い材料でも抱えていたか?


 奇襲効果が薄れて単なる夜戦攻城に模様替えしてきたが、一向に撤退する気配が感じられない。ブカヴマイマイだとするならば、そこまで犠牲が出たら簡単に引き上げるだろうと思われるが。違う相手だとしても、無理攻めするだけの理由が思い付かない。

 司令部の初期対応が妙に鈍かったのと関係があるのかとも考えてはみたものの、今は現実に攻め寄せてくる敵をどうにかするのを先決にしなければと、軽く頭を振って意識を集中させた。


 本塞から距離を置いた場所で、百人近い部隊が二つに別れて動き始めていた。よう道を早足――一分間に百歩で南へと向かう。着いたときに息が上がっていては瞬発力に欠けるため、到着してから駆け足に切り替える。

 ドゥリー曹長は命令通りに城壁にあたる部分に兵を向けて、詰め寄る敵の右脇腹を抉った。新手の出現でバタバタと攻め手が脱落する。味方からの誤射を受けないように、存在を知らせながら一気に失地を回復して行く。

 城壁と内城に挟まれた突入部隊は、前後から攻撃を受けてたまらず逃げ出していった。だが東に逃げた奴等は後続に出くわし、不運にも三方から射撃を受けて、これといった反撃かなわず全滅した。西へと逃げた者は攻め手優勢の場所に、期せずして現れた援軍の形に成り代わり、トゥツァ少尉らを厳しくさせてしまう。

 じりじりと押し込まれて防衛線を後退させていき、ついに内城手前にまで追いやられてしまう。自らもライフルを手にして反撃するが、トゥツァ少尉一人が奮戦したところで数で圧倒されてしまった。


「堪えろ! 恐れるな、戦士の誇りを発揮するのだ!」


 ルワンダ語で腹の底から激励の言葉を口にする。一旦は盛り返したが、一発撃ったら十発返ってくるような劣勢に、すぐにたじろいでしまう。

 何波かに別れて突撃を敢行してくる敵が、ついに防衛線を突破して少尉らの側面一角に陣取る。


「下がるな、現状を維持するんだ! っく」


 跳弾がトゥツァの腕に当り、鋭い痛みと熱を感じた。べっとりと赤いものが流れ出てくるのを見て、兵が包帯で応急手当をする。

 勢いを増して黒人が小集団を成して突入してくる。止めきれずについに至近距離にまで一団が到達した。その時である、地下から唸りをあげて何かが姿を表した。ポンポンと気が抜けるような音が何度か続くと、花火のような感じで地面に玉が転がったまま炎を上げた。その明かりに照らされて、あちこちで人物が武器を構えているのが見える。

 もう一つ唸りをあげて、それは敵真っ只中にと跳ねるように突進する。あちこちにつけられた機銃から、大小二種類の弾丸が発射された。


 カンカンと音をたてて弾丸を弾き返しながら、人があるあたりを無遠慮に突っ切る。次々と侵入者を薙ぎ倒し、頑強に抵抗する集団には車体でそのまま突っ込み蹂躙する。

 少し遅れてガレージから、ハマダ少尉に指揮された分隊が現れて、トゥツァの部隊に近付く敵を一掃した。負傷しながらもトゥツァは声を張り上げる「混在する敵を全滅させろ!」、着剣している隙がなかったため、腿に装着していたナイフを手にして格闘を始める。歩兵は同等かそれ以下の戦力しかなかったが、たった一両の自家用車――装甲戦闘車両カスカベルコンゴが、無敵の戦闘力を発揮した。中枢装甲を抜くだけの火力がある武器を持っておらず、対抗が不可能だと判断した突入部隊が徐々に退いていった。

 元よりあった主砲は除かれ二十ミリ機関砲が鎮座しているが、威力がありすぎるため一度も発射されていない。それなのにこの火力である、多少の凹みや貫通箇所はあったにせよ、全く問題なく戦いを行えるだけの軽微な損害は、あってないようなものでしかなかった。


 ――乗り切ったか。だがまだ気を緩めてはいかんな。


 司令官室で耳を澄ましていた島は、一息ついてコーヒーを口にしていた。通信室から不明言語でのやり取りがあったため、録音したものがあると知らされる。後回しにしても良いが、今は急ぎもないためそれを再生させた。


「畜生、どうなってやがる! 司令部はすぐに機能しないんじゃなかったのか!」

「工作員は上手くやった、押しきれないのは部隊の責任だろう」

「少佐のガセネタじゃなかったわけか――」


 そこで通信が終わっていたらしい。


 ――なぜロシア語? そして少佐か……。


 保存して部外秘の最上位に指定すると、何事もなかったかのように振る舞った。


 ――レティアはロシア語は理解したんだったかな、他にはわかりそうなのは居ないな。


 工作員が通信担当に一服盛ったのははっきりとした。やるとしたら夜食に混入だろうとあたりをつける。


「少尉、今夜の調理と配膳担当で、通信兵の輪番を知っているやつを拘留するんだ」


「ダコール」


 部隊に憲兵は居ない。エーンが命令書を作成して拘留を認めるのにサインを貰うと、護衛部隊が待つ部屋にと向かった。


 ビダ上級曹長は十人余りを率いて、湖上から要塞を大きく迂回していた。南スーダンからの兵なので、ここで功績をと意気込む奴等ばかりである。岸壁近くになるとエンジンを切ってゆっくりと浜に乗り付け、見付からないようにシートをかけておく。

 灯りのあるのが要塞だと方向を確認して船の位置を記憶する。


「仲間割れを装って、後備で混乱を起こすぞ」


 目的を告げて先頭に上等兵を置いて進む。陣地を作っているわけでも、司令部部隊があるわけでもなく、漠然と集まっているような人だかりがあちこちに見えてきた。

 見えたというのは間違いかも知れない、声が聞こえ武器が光を反射していたが、黒人は闇に同化してよくわからない。


 ――民兵とはこんなものか、烏合の衆だな!


 ある程度まで潜入してから兵に発砲を命じる。自身の手には種類が違う銃を抱えていたので、音で気づかれまいと。

 耳慣れたAK47の銃撃で黒人が数名倒れる。理解できない言葉で叫びが上がり、あちこちに弾丸が飛び交うようになった。そうなると上級曹長らは、匍匐でもって喧騒からいち早く離脱していった。


 折角着火したはずの混乱がすぐに収まってしまう、銃声が聞こえなくなった。


 ――暴発扱いにされたか、現地人兵が居ないから敵襲を叫べなかったからな!


 微妙なイントネーションまでは真似ることが出来ないためにあえなく鎮火した、少くともビダはそう考えた。今さらやり直すわけにもいかず、彼らは船を隠してある場所へと引き揚げていく。

 下士官が積極的に動くなかで、サルミエ少尉はその場に居るだけで特に指揮することもなく過ごしていた。軍歴が長いのは下士官の方ではあるが、ここまで何もやらないと戦意を疑ってしまう。彼は奪取した城壁からじっと外を睨んでいた。


 ――明らかに統率者が居るが、強硬な割に積極的ではない運用に見える。出し惜しみをしている?


 奇妙な感覚がまとわりつく、言葉では上手く表せない何かが。実戦経験を積めばそれがどうあれやるべきことがわかったのだろうが、今の少尉には望むべくもない。通信兵を招いて司令部に報告をあげる。


「北塞部隊、司令部。城壁奪取と残敵掃討完了。西側の増援に向かう」


「司令部、北塞部隊。城壁伝いに増援だ、敵味方の識別に注意」

「照明弾の使用許可を求める」


 サーチライトも数が少なくなり、有利が失われてきたのを感じて手段を訴える。


「許可する。両目を開けるんじゃないよ」


 闇に馴れた目を一気に両方光に晒さないようにと指摘を受ける。その場だけで戦うならば大して意味がないように聞こえるが、城壁の影に場を移ったり、車で追撃をすることになればその秒単位が命を左右しかねない。

 闇夜を昼間にするまでの光量はない。だが互いが身に付けている軍服が何色なのかを見分けるには、充分な明るさが一部にもたらされた。当然そこにばかり弾丸が集中するため、徐々に遠くへと下がって行く。攻める気がないのならばあとはどうなるか決まっていた、光だけでなく弾が届かないところへと姿をくらます。そして戦場から離れていくだけである。

 司令部から要塞内の点検が最優先と命令が下った。隠れている敵が居たり、気絶したりしていた兵が捕虜として確保されて一つの幕が閉じられた。


 司令官室のデスクの前に、マリー中尉が立っている。戦闘の結果報告第一報といったところだ。


「遺棄された死体の山だな。君らの奮戦の結果だろう」


 純軍事的な部分には問題は見られない。少数であってもかなりの数を支えきったりと誉める箇所はあっても、だ。


「通信担当が全滅していたと聞きましたが」


 次席に隠すべき内容ではないために、事実のみを知らせていた。他に知っているのはレヴァンティン大尉とグロック先任上級特務曹長だけである。


「書類整理に追われていなければ、総員起こしはもっと遅れていた。エーン少尉が現在調査中だ、該当者を捕縛に向かっている」


 犯人が誰なのかよりは、黒幕や経路を調べる段階にあると明かす。といっても幾つかヒントを与えれば誰にでも解ることではあるが。


「政府の手先といったところでしょうか」

「なぜそう思った?」


 間髪いれずに訊ねる、ここは直感的な部分が大切だろうと。事態は複雑に考えるよりも、単純な結果の組み合わせになることの方が遥かに多いものである。


「わざわざ要塞を攻めるほど民兵は勤勉とは思えませんから。きっと何かをちらつかされて踊っていたのでしょう、エサは地位か財宝かはたまた両方では?」


 ――ブカヴマイマイが相手だったと仮定をしてみよう。動員するに司令官が求める結果だが、我等を相手に得るものは物理的には少ないどころかマイナスになるだろう。

 では形の無い何かを得るならば、それこそ名声の類いしかない。

 問題はそれが正規軍ならば有り得るが、民兵ならばまず無いところだ。

 外からの力が働いているのは確実だろう、政府が職位をくれるとでも囁いたのかも知れんな。

 そうすると俺達を邪魔と感じている奴等の顔が絞られてくる。


 本人は数分と考えたつもりでも実際は十秒足らずであった。

 時として集中力は時間の長短を超越するらしい。


「黙って殴られてやる謂れはない、敵を明らかにして反撃に移るぞ」


「頼もしいご訓示で嬉しい限りです。負傷兵の治療を要塞内で行わせます、北要塞にその他の保護者を寄せて臨戦態勢をとります、ご許可を」


「許可する」


 城の外にいる者を全ていれるわけには行かないが、治療を必要とする患者は保護しようとする考えを支持した。


「もう一つ、住民から志願を募り、外郭の警備団を設置してはいかがでしょうか?」


 ――ほう、言うようになったな。


 表情には出さずに中尉の成長ぶりに感心する。


「詳しく説明を」


「兵力的に絶対数が足らなくなります。広大な難民居住区の警備は難民らの自警団に任せて、我々はその指導者らに訓練と助言を与える形を。また一部の武装も供与しては?」


 ――尤もな意見だ、それを実行する実力もあろう。


「マリー中尉、貴官を大尉に昇格させ要塞防御指揮官に任ずる。外郭の自警団に関する権限も与える」


 突如そう言い放つ。少尉への任用権限だけでなく、大尉すらも大佐ごときが任命出来るとは異常な話である。だが臨時任用ではなく、紛れもない真正の任用権限であるのを、中将からの権限委任状を提示して納得させる。


「慎んで拝命致します!」


「難民の代表者会議を作らせる、互選だがンダガグ族長になるだろう」


 統率の仕方を与えて退室させた。


 ――邪魔する奴等はただじゃおかん!


 デスクの内線でグロックを呼び出す、戦闘中は要塞内部の警備に一役買っていたようで、不審な兵を一人拘束していた。寝不足をおして後始末をしているのは全員変わらないが、寄る年波を口にしたら嫌味が倍になって返ってくるだろう。


「グロック先任上級特務曹長出頭致しました」


「ご苦労。現在致命的な被害は報告されていない、反撃を計画する」


 端的に説明をし、意見を挟めるよう呼吸を一つ置いた。だが一点を見詰めたまま全く動きを見せない。


「難民に代表部会を設立させるんだ、自警団や配給の組織を管理させる」


 既にあるならばそれを連絡先に含めるとも加えた。


「報復出動の間は、彼らに防衛の主力を担ってもらう」


 ――あの件を喋るべきだろうか……。


 正直迷ってしまった。言ったところでどうさせるわけでもないならば、黙っていたほうが良いのではないかと。そんな葛藤を素早く見抜いたグロックが口を開く。


「お一人で荷が重いならば、誰かに打ち明けるのも決断です」


 解決するだけが全てではないと示唆する。

 一つ息を吐いて録音されたものを再生しようと、暗証番号を押してからスイッチを入れた。ロシア語は殆んど理解していない先任上級特務曹長だが、雰囲気からそれが指導者層のやりとりで、少佐の階級が話に出てきたのはわかった。


「どこぞの少佐が情報を提供したそうだ、それを民兵らの攻めと同時に受信したよ。ロシア語でだ」


 事実だけを説明に加える。それをどう受け止めるかはまだ決めていない。


「どう思う?」


「ネイティブかどうかを確認します。無線ではロシア語を使わずに交信し、速やかに話者を特定すべきでしょう」


 能動的に出来ることをまずすべきだとだけ答える、結果を見てから先に踏み出すようにと。


「その通りだな」


 椅子の背にもたれかかり目を瞑る。


 ――まだまだ俺は未熟者だ、精神修行が足らないな。


 年齢からいけば本来ならば、自身と手が届く範囲程度の面倒が見られたら充分なものである。時や経験の積み重ねで耐性が得られる部分が、未だに固まっていないのを責めるのは酷な話だ。


「……本来ならば大佐はここで総指揮を執るべきで、自分もそれを推すべき立場ではあります」


 変な前置きをして島が注目するのを待つ。


「ですが頭がもやもやした状態で座っていろとの言葉も酷でしょう」


「で、俺はどうしたらいいんだ」


 マラソンでもしてこいと言われるのだろう、と頭に浮かぶ。実際自身でもそうすべきだとわかってはいた、憂さ晴らしを何かでしなければと。


「レジョンではやられたら上乗せしてやり返す礼儀があります。報復部隊の指揮を執られてはいかがでしょうか」


 自分と不幸な将校は留守番しますといい放った。


 ――俺が出るか! だがしかし……いや……。


「自分は我慢しなければならないときには、そう諫言させていただきます。が、何でもかんでも駄目とは申しません。司令官が働きやすいようにするのが自分の役目です」


「すまん、サルミエ少尉を置いていく」


 壁に掛けられている帽子を手にし、司令官室のドアに手をかけた。グロックが「行ってこい若造、すっきりしたら戻ってこい」と呟くのが聞こえ、軽く口の端を釣り上げるのだった。


 要塞の広場では再編成が行われており、下士官が集団を整理していた。マリー大尉を中心にして数名が話し合いをしていたが、島がやってきたのに気付いて向き直り敬礼する。


「司令官殿、攻撃に使える者を選別致しました。これより出撃します」


「大尉、俺が直接指揮を執る。お前は隣で補佐を」


 列に居たエーン少尉が顔を曇らせて止める。


「大佐殿危険です、どうか要塞でお待ちを」


「黙れ少尉! 俺達の城に土足で攻め込まれ、のうのうと結果を待っていられるか!」


 本気で怒っているわけではない、気持ちの程を皆に理解してもらうため、敢えて声を荒げたのだ。ロマノフスキー少佐ならば島の意を酌んで動くだろうと、マリーが小さく頷いた。


「序列を定める。エーン少尉、護衛部隊で司令部守護。ハマダ少尉、機械化部隊を指揮し主攻撃を行え。トゥツァ少尉、ンダガグ族歩兵部隊を指揮し前衛。ドゥリー曹長は中央で歩兵部隊を指揮、俺の直属だ。総指揮に司令官が出る、復讐戦を行うぞ! 大佐殿」


 異論があっても命令だと抑え込む、服従こそが軍隊の義務だとばかりに口が閉じられた。


「放っておけば奴等はまたやってくる。仲間が、家族が傷付けられてやりかえさないような男はいらん! 二度と手を出してこないように徹底的に痛めつけてやるぞ、出撃だ!」


 将校らが部隊に散って行く、口々に「復讐戦だ!」と言ってまわる。連帯感を持たせると共に、行為が自分達の側ではなく、相手側が招いた結果との宣伝も兼ねていた。

 現地調達したボロいトラックやジープに兵が分乗する。中にはバスすらも混ざっていて充足率を充たしていた。たったの二十キロでも、歩けば四時間や五時間は必要とする。だがマイマイとは違いキャトルエトワールは車でそこまで移動した。

 敵の先頭がようやく拠点であるキニベに近付いたところで、後備が戦闘距離に入った。


「大佐、味方の前衛が敵の最後尾に接触します」


 マリーが報告を受けてそれを伝達する。如何にして攻めを見せるつもりかと島の顔を覗き込む。


「ハマダ少尉の機械化部隊を左手――東側から回り込ませるんだ」


 片一方にだけ重装備の車両を集めて翼を延ばす、徒歩を簡単に追い越してキニベの警備兵から指をさされる。


「ドゥリー曹長の迫撃砲部隊とロケット砲部隊を先行させて準備」


 少し考えてから十二・七ミリも前進と追加する。近接部隊を中衛にしては、相手が踵を返してきたときに力負けしてしまう。だが島は兵の心理として、味方の陣地が目の前にあるのに、わざわざ引き返す敗残兵は居まいと判断した。

 下士官に指揮された部隊が、目標に向かい動き始める。それを眺めながらもう少し遠くにも視線を流した。


 ――反撃するにしても真っ正面からは来るまい。西回りで側面攻撃だ。


「斥候を放て、本戦に限らずに幅広い偵察情報を出させろ」


「ダコール」


 細かい命令は口頭ではなく文書にして持たせる。数分無言で推移を見守る、気が早い敵が届きもしないのに発砲するのが聞こえてきた。つられて撃ち返そうとする兵を下士官が叱りつけて我慢させる。

 兵が下士官を、下士官が将校を、将校は司令部をちらちらと振り返り命令を待つ。だが島はなかなか命じない、一部の狙撃銃あたりは明らかな射程内にと入っていると言うのに。傍らでマリー大尉が視線を送る、島がはっきりと頷いた。


「司令部より全軍、攻撃開始」


 余りにもあっさりとした言い方であるが、過不足なく伝わった。距離を少し長めにして、敵陣のど真ん中辺りに目盛りを切っていた迫撃砲が、一斉に急射を行う。甲高い音を立てて砲弾が頂点に向かったあたりで、ジープに据え付けられた機銃が弾をばらまいた。少しだけ遅れて守城戦では使われなかった、二十ミリ機関砲も火を放つ。

 散発的に反撃される突撃銃の弾が、豆粒のように感じられる。一方的に火力が高いキャトルエトワールの攻撃が繰り広げられた。

 筒を抱えた一団が前進してRPG7を発射、瞬間着弾して、防壁として積まれていた焼き土の小山が吹き飛んだ。破片が更なる厄災を産み出し死傷者が倍増する。さながら準備砲撃のごとき様相を呈する。防御拠点になりそうな構築物が集中して狙われ、次々と爆破されていった。

 人数だけは十倍はいるであろうブカヴマイマイは押しに押され、顔面蒼白で必死になって銃撃を繰り返す。一方的な戦いであるが、そこへ更に歩兵が担いできた機銃部隊が準備を完了し加わった。


「大尉、君ならこの戦の落としどころをどうする?」


 戦いの仕方ではなく、終わり方について唐突に訊ねる。確かに戦いは始めるよりも終えるほうが難しい。これは規模を大にした戦争についても言える。

 むしろ数々の戦いは、結び方次第で成功とも失敗とも評価が別れる。


「敵が無条件降伏をしてきたら飲みます」

「仮にそうきたら?」

「生き残った兵に罪は問いません。指導者には責任を取らせます」

「どんな?」

 矢継ぎ早に質問して考える間を与えない。整合性よりも感覚を求めているからである。


「断頭台に乗せるよりも、キャトルエトワールという馬車を引っ張る馬にならせたいものです」


 敵が丸ごと消滅するのと、味方に加わるのとでは、かなりの差が生まれる。質はともかくとして。


「違いない。だが奴等は簡単に俺達を裏切るぞ、そこをどうするかだな」


 死を強制するのはさほど難しくはない。命令に屈伏させるのは、言いようもない困難さが付き合いがある間ずっと続く。


「機械化部隊、司令部。前線の抵抗減少しつつあり」


 その短い報告の合間にも、ゴツゴツと低い音の射撃音が漏れ聞こえてきた。大火力の多重攻撃にすっかり意気消沈したマイマイは、塹壕に潜んで嵐が去るのを震えながら待っていた。


「大尉」


 タイミングだけを示唆して内容は一任する。


「司令部、前衛部隊。前進開始」


 了解が告げられると、ンダガグ族の兵等が少しずつ本隊から離れて進んでいく。


「司令部、機械化部隊。前衛突入に合わせ斉射準備」

「了解」


 左手前方を見てから右手を確認する。


「司令部、直轄部隊。第二挺団として突入準備」

「了解です。隊長はお出になられますか?」


 部隊の指揮官を配備する都合上確認してきた。マリーが島をちらりと見るが特に反応はない、一任する構えである。


 ――曹長では辛いな、だが士官はもう残っていない、トゥツァ少尉にまとめて面倒をみさせるのは荷が勝ちすぎるだろう。ハマダ少尉にやらせるか!


「将校を送る」


 短くそう答えて、下士官のうち突入に随伴させる面々も併せ命令を与えていった。


 準備完了の報告を受けて、マリーが突入開始のカウントダウンを始めさせる。


「ディス、ヌフ、ユイット」と迫撃砲や二十ミリ機関砲が斉射された。「セット、シス、サンク」でロケットやグレネードが撃ち込まれ、「キャトル、トロワ、ドゥ」で機関銃が敵の最前線を狙って制圧射撃を加える。「アン、ゼロ」とトゥツァ少尉が突入を命じて自らも進んだ。

 二個小隊が面で押し寄せる、攻撃能力は広く薄くなのでさして高くはないが、支援が厚い。既に恐慌状態に陥っているため、近寄る歩兵から逃げようと混乱が起きる。

 中央本隊が、前衛がいた辺りにまで進出した。ドゥリー曹長により着剣が命じられたようで、ライフルに白刃を取り付けている。

 挺団戦法とは、味方前衛が相手の前衛が居た場所を攻略、確保した後に、第二部隊がそれを乗り越えて進軍するやり方である。疲労や補給を調整する時間が得られる反面で、戦列毎に武装を特化させることが出来ない側面もあった。

 迫撃砲が着弾地域を延長してゆき、相手の後方にまで砲弾を降らせ始めた。初期に前進してから設置させた効果で射程が賄えた。


 トゥツァ少尉が確保した場所は少い。だが面積ではなく敵陣の一角を占拠した事実が重要であった。


「司令部、本隊突入開始」


 大尉により次なる攻撃が命じられる。ハマダ少尉に率いられた本隊が、前衛が確保する場所目掛けて駆け寄った。ほんの数分で前衛のすぐ後ろに集団が到着すると、部隊による一斉射撃が前面に行われる。

 ドゥリー曹長が怒声を上げて、部隊を敵陣の最中へ進めた。完全に交錯してしまえば、そこは個人の武勇がモノを言う。各地を転戦して経験を積んだ部員の戦闘力は桁違いに高かった。強固に抵抗する箇所があれば乗り込んでこれを切り崩し、敵の僅かな勇気も粉砕してまわる。

 あちこちで爆弾が降り注ぎ、砲弾が陣の壁を倒壊させ、機銃が兵の体を根こそぎ貫くと、意気地を欠いた黒人は生き残りをかけて自身らの部族同士で固まり、防御に適した場所からより少数の部族を追い出し始めた。同士討ちである。縦の結束より、同族の集団的な結束が極めて強いアフリカ、窮地に立たされて上部からの命令が拒否され始め、ついに指揮系統が崩壊する。


 島は敏感にその瞬間を確信した。ちらっとマリーを見るが、明らかに戦闘についての考えが頭を支配しているようだ。


 ――ここから先は消耗戦にしかならん、ある程度は見て見ぬふりも後進のためか。


 あれこれと後始末の手順を先回りして考えておく。大尉が漏らした命令があれば、それを補えるように。

 五分ほどたってから「戦闘の推移が極めて優勢になりました」と島に報告があがる。


「戦闘を終わらせるんだ、大尉」


「了解です」


 降伏の合図があって、反撃がまばらになったと遅れて伝えられる。この数分に失われなくて良い命がいくつあったか知るよしもない。

 軍使である。白旗を掲げて将校らしき男が戦場から現れて交渉を求めてきた。戦闘停止の伝令が敵陣で走り回っている、戦闘を再開しようとしても、今更参加するやつらは少ないだろう。


「大尉、トゥツァ少尉とドゥリー曹長を呼び出せ、停戦交渉を行うぞ」


 場所を護衛部隊が固める味方の陣地と指定して始める、誰が勝者か子どもにでも理解できるだろう。重傷者を司令部に運び込み治療を行わせる、いち早く後送するよう島が命じた。


 急遽建てられた天幕に机が置かれて、三名ずつが椅子に座る。島、マリー、トゥツァが座りエーンとドゥリーは立ったまま従っていた。

 一方で敗軍の将はコヤジア将軍を中心に、ムアンク中佐とシサンボ少佐が同席していたが、口数が少なかった。マリーが主導して停戦交渉を始める。


「キャトルエトワール要塞指揮官マリー大尉だ。我々はキニベを包囲下に置き、いつでも殲滅可能である。ブカヴマイマイの出方を示されたい」


 ドゥリー曹長がそれを通訳する。あまりに高圧的な言い方ではあるが、負けた側が文句を言っても始まらない。何せ戦いが再開すれば命を落とすだろうことは明らかなのだ。


「ブカヴマイマイのコヤジア将軍だ。貴官らは何を目的に侵略をしてきたのだね」


 知らないわけがないだろうが、将軍と名乗った男が真意を尋ねてくる。


「今朝方にこちらの要塞を攻めてきた方のお言葉とは思えませんな、将軍閣下」


 精一杯嫌みったらしく、閣下に力を入れて言い返す。ドゥリーは自身の感情を一切含めずに忠実に通訳していく。だが相手の反応は意外なものであった。


「要塞を? ムアンク中佐、どういうことだね」


 左に座る中佐に問い質すが、曖昧な返事に終始してはっきりしない。仕方がなくシサンボ少佐に同じ質問をするが、こちらも同じように俯いて答えない。


 ――将軍が二人を押さえ込んで責任を擦り付けたのか、はたまた勝手な真似をしていたのかを見抜かねば!


 黙っていた島が口を開いた。


「キャトルエトワール司令官のキシワ大佐だが、二人が勝手にしたことならば、そいつらには死んで責任を取ってもらわねばならん。はっきり答えられなくてもやはり死だ」


 宣告を与えて二人の反応を確かめる。明らかな動揺が見られるが、それでも答えようとしない。


「二人と二人の一族全員を処刑する」


 もう一押しして反応を探る。すると中佐が早口で将軍に何か抗議する。ドゥリーが通訳するかどうかを目で確認してくると頷く。


「将軍、話が違います。一族が助かるならばとの約束です」


 ――将軍が首魁か、まあそうだろうさ。


 マリーがどこまでやってよいかを、スペイン語で問い掛けてきた。


「どうしましょう、大佐」


「将軍がいたら邪魔だな」


 島は結果を示すと腕を組んでまた押し黙る。


「将軍閣下、我々は閣下が第一線から退くことを、停戦条件に求めます」


「くっ……」


 拒否は対決を意味するために、苦虫を噛み潰したかのような顔になる。大尉の提言に幾つか未来を想定して、後に再起を諮るのが一番安全だろうと打算を巡らせたようだ。


「私が居なければマイマイは素早く動けないが」


 自身の必要性を説こうと余計なことを口にする。だが島はその態度が気に入らなかった。同時に解決への一本の道筋が見えた気がする。


「するとやはり要塞への迅速な攻撃は、閣下が主導したのですかな」


「いや……そういうわけでは……」


 マリーの指摘に引き下がる、なるほどそのあたりは確かに迅速である。中佐と少佐が非難するかのような視線を送る。


「将軍が残り、後方より指揮し中佐と少佐の一族を処刑するか、将軍が完全に退き指揮を次席に託すかです」


 前者の場合はマイマイで反乱が起こるのが必至である。そうなれば将軍が地位を追われ、生き残りがいたら一生命を狙われるだろう。


「将軍が、将軍が攻撃を命令しました!」


 堪えきれずに中佐がそう訴える、だが頑なに少佐は押し黙っていた。


「ばっ、馬鹿者、中佐の独断であろう! わかった、二人と一族には責任を取らせる」


 これ以上余計なことを言われては堪らないと、結果を急ごうとした。信じられないようなモノを見るかのように、中佐が将軍をまじまじと見る。醜い責任の擦り付け合いに、マリーが気圧されてしまう。


 ――大尉にはまだ早いか。


「閣下。閣下がこれからも後方で指揮する旨を、書類にしていただきましょう」


 勝った! コヤジアの顔に光が差したかのように喜んで、委任状書類にサインをした。一方でムアンク中佐は最早どうにもならないと精気を喪い俯いた。出来上がった書類をエーンに持たせ、天幕の外に居る随伴将校に提示する。すぐさまそれが全軍に通達された。

 エーンが戻り布告されたのを確認すると、島が続ける。


「閣下、まずムアンク中佐の解任をご命令いただきましょう」


「わかった、ムアンク中佐を解任する、たった今から退役中佐だ」


 死刑への階段を一歩、また一歩登らされる。


「では閣下には要塞内の一室をお預け致しますので、そちらで執務をどうぞ」


 何やら話が違うと抗議をしようものならば、失意の中佐を復活させかねないとの空気が漂う。


「う、うむ……そうしよう」


 エーン少尉に護送を命じ、会談の場所から早速要塞に向かわせる。残った二人は黙って死を待つのみである。


「さてシサンボ少佐、貴官は不利な立場に陥っても上官を裏切ることなく、命令に従った。将軍が最前線を去って次席の中佐は退役した、君がブカヴマイマイの司令として指揮権を継承するんだ」


 シサンボとムアンクだけでなく、マリーらも島を一斉に見た。つい先程まで一族もろとも処刑を要求していたのに、だ。


「キシワ大佐は私にどうしろと?」


「マイマイの目的は一つだろう、ブカヴを賊から護るんだ違うか」


 己が行ってきた所業を振り返ればなんとも言えないが、辛うじてその通りですと消え入りそうな声で答える。


「キャトルエトワール司令官として、ブカヴマイマイ司令に協力を申し入れる。キヴ州に治安をもたらしたい、力を貸してくれるか」


 シサンボは目の前にいる人物の考えが全くわからなかった、ただただ一族が助かるならばと承知する。


「ムアンク退役中佐、キャトルエトワールではコヤジア将軍の護衛に人員を割けない。彼に逃げられては報復を受ける人物も居よう」


 護衛と表すくせに逃げられると言う、最早駆け引きでもなんでもない。


「だが死なれても困る。厳しい監視下に置くために、担当将校を充てねばならない。中尉待遇しか与えられないが、推薦する人物は在るだろうか?」

「自分が、ムアンクが行わせていただきます!」


 一族の死活問題だけでなく、コヤジア将軍への意趣返しが出来ると、三階級降格をものともせずに意気込む。


「殺しても著しく健康を害してもならんぞ、責任は重大だ」

 ただし治安が戻るまで、と期間を区切った。そこまで我慢したら、後は好きにしたら良いと言い放つ。


「自分が直接担当します、一日と休まずに」


「良かろう。ムアンク退役中佐を中尉待遇に任命する。将軍の保護を行え」


 マリーが小さく口を開けて驚いている。彼もそうなるとは思ってすらみなかったようだ。


「シサンボ少佐、マイマイに佐官は他に居るか?」


 指揮系統についての懸念があるために確認する。


「はい、六人がそれぞれ大隊を指揮して居ります」


 ――一個につき九百人弱あたりか、同格の少佐が司令では将軍を擁していても難しいな。だがトップになれる者が居ない方がやりやすい面もある。


「指揮権の委任状をシサンボ少佐に預けておく」


 詳しくは述べない、これがあれば少佐がマイマイに命令するのは正当な行為である。が、ひと度キャトルエトワールとの取り決めを破れば、新たな命令が将軍から出されるのは目に見えている。

 シサンボにしてみれば将軍の存在は無視できず、然りとてマイマイを自由にもできず、宙吊り状態であった。そんな中でも上手くマイマイをまとめあげれば、或いは部隊の信頼を勝ち取る可能性はあった。少佐はそこに望みをかけてみることにした。


「よしそれでは退散するとしよう」


 会談は終了、停戦だとまとめて席をたつ。皆が敬礼してその姿を見送った。

 マリー大尉がシサンボ少佐に向かい一言。


「うちのボスの考えていることはわからん、だが約束を破ると怖いよ」


 忠告とも警告ともとれる言葉を残して、彼も天幕から姿を消すのであった。


 M23――3月23日運動の司令官室には、モルンベ大尉が入っていた。

 リベンゲが提案してきたルマンガボ基地についての偵察情報が、キャトルエトワールのエージェントの手を介して届けられたのだ。資料にはンクンダ司令官の分遣隊と、基地の構造そのものについて書かれていた。それも詳しく。


「キャトルエトワールというのが無能ではないのがわかったな」


 マケンガ大佐が納得するだけの内容が、そこに集められていた。仮にこれが部下のものであるならば、名前を覚えておく位はしただろう。


「こちらの人民防衛国民軍の資料も、同等の精度であると確信しております」


 あらぬ疑いを向けられては堪らないと、モルンベは機先を制して報告を行う。


 ――小役人の延長に居るような奴だが、気がまわるのも事実だ。


 勇猛な人物が好みであるマケンガは、副官である大尉を道具として見るように努めていた。余計な感情を持たないようにと。


「彼奴を一緒に攻めたいと言うならばそうしてやろうじゃないか、なあ大尉」


 一方で大嫌いなンクンダ相手には、一切歯に衣を着せない発言をする。


「閣下の御裁下を得てはいかがでしょうか」


「軍の司令官は私だ」


「承知して御座います」


 元コンゴ愛国者同盟の上官に、一言添えるべきだろうと口を挟む。キブエがある方向を一瞬見てしまった。そんなことをしても意味がないのを知りつつ。


「して人民防衛国民軍の動向はどうなのだ」


 コンゴ民主連合として政治的にも影響力を持っているため、幅広い意味の質問である。


「ブカヴ周辺で勢力拡大、物資の略奪に忙しい様子です。最近は医療キャンプからかなりの量の医薬品を奪っているそうです」


 ンダガグ族の例の要塞付近のだと補足した。はっきりとはしないが、キャトルエトワールの関連組織だろうと見られている。


 ――反撃を加えるまでは我慢の一手か、やるときは一気に行うのは道理だろうな。


「他には」


「マシシ地方に駐留を本格的に始めてきました」

 マシシはゴマの南東部すぐ近くで、M23の隣とも言える場所であった。


「邪魔だな」


「はい」


 わかりきったことであるが、正面から戦えば犠牲が大きいため中々駆逐とはいかなかった。


 メモを手にした秘書官が大尉に駆け寄り、それを渡した。軽く視線を落とした大尉がぎょっとする。


「どうした」


「はっ、それが……ブカヴマイマイが、ンダガグ族の要塞に夜襲を行ったようです」


 今朝方の情報が速報として夕方に入ったと繋げる。速報ならば午前中に寄越すべきだと怒鳴りたかったが、先が気になり促す。


「して、要塞は陥落したか?」


「それがブカヴマイマイは要塞を攻めきれずに撤退、キャトルエトワールは反撃に出撃したようです」


「反撃にだと!」


 ――奴等は千人を大きく下回る程の規模じゃなかったか? マイマイは少なく見ても五千人はいるだろう。


 間違いがないかを二度確認して大尉が続ける。


「キニベにまで攻めこんだキャトルエトワールは、防衛軍を圧倒して昼過ぎにコヤジア将軍と停戦に合意したようです」


 停戦条件にまでは調べが及んでいないと告げた。その後にトップの将軍と、幹部の中佐が姿を消したとは補記されているが、単に陣地に籠ったのかどうかはわからないので未確認とされている。


 ――劣勢の戦力で勝ったか! でなければ将軍が停戦などするわけがない。こいつは凄いことになったぞ、ブカヴの勢力図が動くな。


「大尉、速やかに人民防衛国民軍に対する共同攻撃作戦を検討する、と使者を出せ」


「承知いたしました。キャトルエトワールについても調査致しましょうか?」


 必要だろうからと許可した。だが直接の部下を使うなとも。


 ――それにしてもよくぞ出撃したものだな、戦は勢いが重要だが、少数が多数に勝つのは異常なことだ。かなり良質な装備をしているのだろう。戦車の一両や二両は抱えてるやも知れんな。


 大佐は自軍の貧弱な装備が浮かんできて、苦い顔をした。M23に限らず中央アフリカの軍など、首都や精鋭以外は下等な武装しかしていない。

 配布に金がかかるだけでなく、維持に必要な費用や技術が無いのが実情である。ならば身の丈にあった装備を、となるのが至極自然であった。

 司令官室を出ていく大尉を見送り、一人になり呟いた。「俺は軍人なのか、ただの管理職なのか……」熱い想いを胸にして戦場で戦っていた頃を、懐かしく思ってしまった。



 難民キャンプに人だかりが出来ていた。それが配給や登録の類いではなく、美容師の順番待ちなのだから驚きである。

 リポーターが現場に入り、髪を結われている女性にマイクを向けた。


「まさかこんな日が来るなんて……今まで誰もしてくれたことなんて……」


 涙を流しながら答えている。普段はテントに隠れている子どもたちも出てきて、母親がメイクをする場面を興味津々で見詰めている。その様子はラジオミドルアフリカ各局に生中継され、もの凄い数の反響がタンザニアの社に送られてきていた。

 ディレクターのンデベは、そこまで皆が関心を持っているとは思わず、急遽特派員の増員を決めた。取材班に随伴しているのは、企画を起こしたレオポルド伍長である。彼にしてもまさかここまで大事になるとは考えていなかったようだ。

 それだけでなく、キゴマ経由でもたらされた救援物資がキャンプ近くの浜に寄せられ、臨時で荷役を雇ったので人でごった返していた。降ろしたそばから順次配付されると聞いた近くの難民も現れて、突然街が現れたかのようになっていた


 汎アフリカ旗と四ツ星が並べて掲げられ、隣接する医療キャンプでも簡単な医薬品が配られている。交通整理はンダガグ族の要塞周辺に住み着いていた難民が行う。治療を受けた恩返しにと、役目を買って出た。

 塩化ポリフィルムには飲料水が詰められて、次々と陸揚げされた。浄水装置をフル稼働させても終わりが見えない。

 順番を飛ばしたとかのいざこざが多少はあったが、概ね順調に物資が流れていった。


 船には六万人分の生活物資が山と積まれており、手作業での荷降ろしは暫くかかる見通しである。無事に届いた品を見て、トゥヴェー曹長が胸を撫で下ろしていた。自身が主軸となってここまで大きな仕事をこなしたことがなく、終始不安を抱えていたのだ。

 ジープの座席に座り、遠くから様子を眺めていた島が、曹長にだけ聞こえるように「結構だ」と呟いた。


 この山のような品を狙って武装勢力がやってこようものならば、数の暴力にあうだろう。自警団が一般難民を訓練し、パトロールが実行されていた。簡単には手出しできないほどに、人々が肩を寄せあっている。


「先任上級特務曹長、他はどうだ」


 グロックには多数の仕事を割り振ってあり、彼のさじ加減一つで、全体が進んだり止まったりする程である。


「エマウスですが、コンゴ支部の活動を見てから承認するかを決めるとのことですが、名前を使うのは構わないと言ってくれました」


「つまりはこちらの都合でその先を好きにしてよいと?」


「活動自体は称賛の極みです。エマウスとなってしまえば、様々な規則が目につくための配慮でしょう」


 その信頼は寄付金からですな、と軽く触れる。

 ――やはりエマウスは現場を尊重する団体だったか。向こうがそのつもりならば、俺も誠意を見せるさ。


「そうか、他は」


「キャトルエトワール支部ですが、寄付金受付と並行して、とある情報を集めております」


 事務員が数名だけの見せかけの支部に何ら期待はしていないが、一体何を探らせているのか気になる。


「何をさせているんだ」


「不適切な勤務をする、難民キャンプ関係の人物をリストにしております。不人気ランキングですか」


 重複は多々あるだろうし、事実かどうかも調べるつもりもない。


 ――通報先としての認識を刷り込むわけか。本当の狙いは一歩先にあると。


「汚職官吏の弱点でも募集するつもりか」


「さてどうでしょうか、備えの一つです」


 どうとでも使えと、回線を開けさせた功績は大きい。


「地元には衝撃を与えただろう。世界へのニュースはどうだ」


 ラジオミドルアフリカでは、精々難民や居住一般民が知り得るだけでしかない。どこまで頑張ってもアフリカから外には行かないのだ。


「イギリス国営放送協会、あそこで取り上げられるためには、同国の利益が必要でしょう」


 ――利益か。ガンヌーシー大統領のお陰で話だけは聞いてくれている、これを使うために必要な措置をだな。さてどうしたものか。


 BBCは公平中立を謳ってはいるが、イギリスの利益を代弁する姿勢がある。政府を批判することはあっても、国家を批判することはない。

 そのイギリス連邦を含めた、国そのものへのプラスを示すために切れる手札がどこにあるというのか。


「数日コンゴを離れる必要が出てきたか」


「今少し落ち着いてからでお願いしましょう」


 戦い然り、難民キャンプ然り、対応を誤っては後に影を落としてしまう何かが続くと懸念を示す。


 ――あれからずっとロマノフスキーから連絡が無い。攻め落とされたなどとの情報も無いが、一体全体どうしたんだろうか?


 少佐が居れば代理で要塞全般を任せられるのに、と考えてしまう。連絡が来ないのは、しない方が良い何かがあるからだろうと、少佐の判断を信じて自らも関わらないように努める。


「マケンガ大佐のところから、共同攻撃を検討したいと連絡がきております」


 トゥヴェー曹長が仕切りを任されたようで、タイミングを見てそう切り出す。


「ようやくか、案外慎重派だな」


 ほいほいと話に乗ってこられても心配にはなってしまうが、押せるところで引かれてしまえばまた困りものである。


「ルマンガボ基地の調査に手間取りました、申し訳ございません」


 何せ軍事基地である簡単にはいかない。むしろよくぞ上手いこと調べあげたものだ。


「焦ることはないさ」


 ――そう焦る必要はない。確実に一歩を積み重ねるんだ。


 司令官室に戻り報告書に目を通す。ソムサックのところから、扱い品の見積もりリストが届いていたらしく、それらを簡便にまとめたものと詳細がファイルされていた。


 ――向こうにしても支払いが確実な客と言うわけだからな、営業をかけても来るだろうさ。海賊船だけが心配だが、たまたまアメリカあたりの軍船が通過する時に合わせる、なんてのはどんなもんかね。


 日時を急ぐわけではないので、そのような思い付きをメモにしておく。前回の戦闘でかなりの傷薬関連が減ったので、その補給を求める申請書に判子を捺した。


 ――シーリネン大尉は精力的にやっているな。例の潜入医師はどうなったのか。


 相変わらず医薬品をせびりにきているはずで、それが続く限りはスパイも滞在し続けているはずである。すでにマケンガとンクンダの不仲という情報はあったが、そろそろ次が欲しいところである。


 ――こちらからリクエストしてみるか。


 白紙の便箋に簡単な結果を求めておく、あとはコロラド上級曹長が意図を汲んで詳細を手配してくれる。


 そのコロラドからも報告が上がっていた、キゴマ市長についてだ。

 結論から行けば、タンザニアやキゴマに対して反抗しないならば、基本的に見て見ぬふりをすることが多いようだ。補給基地がキゴマ経済にプラスになるならば、規制や立ち入り調査も行わない可能性が高いと締め括られていた。

 コステロ総領事からも難民勧告を行った概要が来ていた。数万人が居る中で、たったの十人程度でしかない。


 ――そこまで確認が困難とは思わなかった、こいつは別の道を探すしかないぞ。


 正規の道があまりにも細いために、迂回路を設けるべきだと決断した。かといって多額の支援金を、一定期間支給させる道を選ぶわけにもいかなかい。


 ――この地に生活の場を得られればそれで良い、だが認めさせるための代償は半端ではないぞ!


 細かな報告書を流し読み程度で確認して閲覧印を捺してやる。重要かどうかは島が決めることであり、情報の断片を目にすることで閃く何かが無いとも限らない。

 鍵となる人物に会わなければならない、その時期が近付いてきたのを強く感じた。


 アメリカの諜報部、それも軍のものは実に動きが早い。ルワンダの首都であるキガリに、ここまで早い時期にやってくることになるとは思わなかった。

 ナイロビのケニア大使が主たる出席者との名目で、合流している。タンザニア大使は本国からの訓令に対し、調整がつかないと拒否をしてきたらしい。代わってケニア大使が役回りを引き受けてくれた。


 ――コステロを引き抜いた意趣返しだなこりゃ、まあ仕方あるまい。


 ルワンダには領事館しかなく、アフリカ連合主催の環境会議名目である集まりには出席出来なかった。そのためわざわざ大使がお越しになるとの話である。

 会議については元からのものであるが、カガメ大統領が急遽後半だけ出席となったのは、アメリカの力である。島がジョンソン准将に頼んで、指揮幕僚大学学長に手回ししてもらったのだ。カガメもカンザスで同じ講義を受けた仲間であると考え、周辺の治安について話し合いたいとサインを送った結果である。

 准将は二つ返事で引き受けてくれたが、それに報いるには島も結果を出すしかなかった。


 一旦腹を満たして得るものを得たら、難民も落ち着きを取り戻した。

 要塞自体はマリー大尉に任せ、幾つかある作戦は準備だけ進め、決行を凍結させてきている。


 キヴ州に於けるルワンダの意向は、そこまで影響を与えているのが現実であった。所業が許せない面があったにせよ、全否定してしまうわけにいかないなど、包括的な判断が求められていると理解していた。


 ホテルのホールを利用した会議が終わり、立食による雑談が始まる。だが各国の大使が本気を出すのはこちら側であり、本会議では無い。大使の紹介で、ルワンダ大統領ポール・カガメに対面する。


「初めまして大統領閣下、ニカラグア軍イーリヤ大佐であります」


 英語で自己紹介を行う。ルワンダはフランス語圏であるが、大統領は公用語であるフランス語を理解しないためだ。それに加えて政府閣僚の意向で、英語が突然公用語に名を連ねたものだから、この言葉を選んで間違いはない。


「大佐、ようこそ当国へ。学長に話は聞いているよ、どうかねあちらで一杯」


 五十歳を越えて落ち着きと安定を背にしてきたカガメは、笑顔で誘ってきた。


「ありがたくお受け致します」


 次を待っていたどこかの大使が、仕方ないと他所へ行ってしまう。

 二人は隅に設置してある小さなテーブルに、椅子を置いて腰を下ろした。誰が居るか解らないように、護衛が人垣を作っている。


「我が国に関わる大切な案件があると、DIA――アメリカ軍情報部からも耳打ちされたが」


 社交辞令を省いたのは大統領も軍人あがりであり、島が後輩にあたる人物だからであろうか。


「閣下、自分は現在コンゴ民主共和国で活動しております。現地に難民キャンプを設置し、その支援をしてるところです」


 ふむ、と頷き眉を寄せた。カガメ大統領も難民キャンプで過ごしていた時期があり、苦労を思い出したのだろう。


「我が国からの難民も居るかも知れないな」


 むしろ居ないわけがないのだが、公的に認めてはならない背景もあるだろうと察する。


「ブカヴには数万の難民、並びにその十倍の一般市民が居ります。これらが平和に暮らせるよう目指すのが、自分の使命であります」


 何故? どれだけそう問い掛けたかっただろう、だがカガメは口にしなかった。


「大佐は我が国に何を求めて、何をもたらしてくれるのかね」


 釣り合わない話ならば、すぐに終わるとの考えが伝わってきた。


「難民の身分認定、キャンプの承認、最終的に自治への支援を」


 ルワンダがルワンダ難民を認めるならば、帰国措置を取らなければならなくなる。基本はそうであるが、居住区域からの避難や政治難民ならば、相手国政府との交渉次第とも言えた。だがそれを承知するだけの義理が何一つとして無い。


「それらがなされたとして?」

「キヴ州に居るルワンダ解放軍、これを攻め落として御覧にいれます」

「うむっ!」


 ルワンダ難民による反政府組織である。元のルワンダ政府軍を主軸にした組織ではあるが、コンゴで略奪や徴兵を行う非合法活動集団でもあるため、両国からテロ組織指名をされていた。越境攻撃をしてはくるが、ルワンダ軍はそれを追撃することは出来ず、事前の作戦案のみ共同で行われていた。それすらも地域を限定してのものでしかない。コンゴ政府も一枚岩でなく、反ルワンダ勢力が居るためである。


「それだけでなく、キヴ州から産出される鉱石の一部を、ルワンダに売却する線も」


「しかしそれではコンゴ政府の了解を得られないのではないかね」


 法律により鉱石の行方が制限されている事実は確かにあった。


「隠し鉱山に紛争鉱山がまだまだあります。キヴ州が自治を始めれば、既存のものは今の取り決めが生かされるとして、それらはどうでしょうか」


「しかし大佐にそれを決める権利はなかろう」


 政治は遊びでも博奕でもない、確実さが求められる。


「中米機構の鉱物採掘権、あそこを通してと考えております」


「確かニカラグアを中心としたものだったな……。それにしたって派遣軍の大佐にそれを約束する力が?」


 国家の規模にもよるが大佐は役人でしかない。国や民を代表する議員とは違うのだ。


「中米機構は自分の発案です、カナダの採掘企業も自分の指名でした」


「そのような素地が?」


「自分は駐パラグアイの鉱石全権委員をしておりましたので」


 パラグアイと聞いて南米の小国だとわかったが、その詳しい位置までは頭に浮かばなかったようだ。


 しかしパラグアイと鉱石と聞いて、チタンが話題に上がったことがあるのを思い出すことに成功した。


「なるほどそういう筋書きだったか、だが今一つ懸念がある。大佐がルワンダ解放軍に勝てるかどうかだよ」


 正規軍を使えない役人に、どこまでのことが出来るのかと詰問してくる。


「難民すらも追い詰めれば牙を剥きます。自らを、家族を守る為ならば、武器を手にして敵に立ち向かうでしょう」


「武装難民による反乱は支持できないが」


「テロリスト相手の自衛です。国も認める組織の」


 大統領も自らがその指定を行っているので、島の言い分を否定はしなかった。


「難民が大佐の指示に従うかはわかるまい」


「ブカヴ北にある難民キャンプですが、現在四万からの者が暮らしております。自警団を指導しているのが、自分のところの大尉です」


「難民らが大佐を受け入る?」


 どうして外国人である大佐の指示に従い得るのか、根拠を求めてくる。当たり前の疑問である、それをひとつひとつ丁寧に答えて行く。エージェントや文書ではなく、口頭なところを最大限に活かして。


「キャンプがあったところに、自分達が割り込んだわけではございません。その地に駐屯し難民保護を行ううちに、秩序が形成された次第です」


「ニカラグア国の公設キャンプ?」


 そんなものがあったかと首を捻る。当然そのようなものはない、納得させるために説明を行う。


「フランス語でキャトルエトワール、英語でフォーポイントスターの名称にて、自分個人が設置しております」


「む、キャトルエトワール……」どこかで耳にしたことがあったのだろう、反応を示した。「して大佐個人が?」

 意図がわからずにそう口に出す。


「はい。イーリヤ大佐――キシワ大佐を呼称しておりますが、個人が主催しています。成功したら国の功績、失敗ならば自らの屍を曝すのみと」


 資金も人員も全て個人が用意したと明らかにしてしまう。


「何を目指して? 難民らが平和に暮らし自治を始めたとして、大佐に何の益が?」


 全くわからないと頭を振る。理解不能な人物だと。


「自分は以前命を落とす寸前のところを、ニカラグアという国に助けられました」


 イエメンでの行動に至るまでを要約して話し、ニカラグア首相を始めとした人物に受けた恩が多大であるのを説く。


「そして一つの命令を受けました。ニカラグアに光を与えよ、と。自分は世界にニカラグアの正義を示すことが、求めに答えるものだと信じております」


 カガメ大統領は目を瞑り今までの話を反芻した。島がアフリカくんだりまできて、金と命をかけて働くことは理解は出来なくとも充分納得できた。


「それでも懸念はある。大佐が烏合の衆を率いて戦って、勝つかどうかのな」


「アメリカ軍は……大統領閣下に動いて頂くために、裏付けや信頼なく場を用意するようなお膳立てをするでしょうか?」


 自分が信じられないならば、信じられる何かを引き合いに出せばよい。


「それは……あるまいな」


 カガメはアメリカの支援を多分に受けている、そのせいかノーをはっきりと突き付ける国だと肌身に感じていた。


「学長が賄賂や命令で、閣下にお話をするでしょうか?」


 当時は教官の一人でも、現在は軍人として一つの頂点に登った人物である。直接顔を見知っている者なので性格も覚えていた。


「賄賂は受けとらんし、納得行かない命令は拒否して、官職を退くような御仁だろう」


 そんな学長が持ってきた話である、確実な算段があっての行動だと認める。


「良かろう大佐、貴官の行動を後押しする。だがルワンダ解放軍を蹴散らすのが先だ」


 それさえ成されるならば、政府にとってマイナスは見当たらないとラインを置く。


 ――やるしかあるまい。周りはどこを見ても敵だらけだな!


「ありがとうございます閣下。ご迷惑はお掛け致しません」


「大佐、もし君が政治家になれば、別の方向からなせる何かがあるやも知れんな」


 そんなことを言われたのは初めてで少し驚く。


「考えたこともありませんでした。ですが自分は軍人が似合っていると思います」


「まあ、そうだな。政治家なんてのは歳をとってからやれば良い。若いうちは軍人だよ」


 右手を差し出してきたのでガッチリと握手する。


「五体満足なうちはそうさせてもらいましょう」


 一期一会と言うが、その一度がいかに大切かわかったような気がした。会談に悔いはない、島はルワンダを後にした。


 要塞に戻ってきた島を待ち受けていたのは、先日のブカヴマイマイとの交戦や、政府非公認である難民キャンプ運営についての地元紙でのバッシングであった。提携している放送局を通じて、批判は拡大の一途を辿ってた。その新聞を手にして、軽く流し読みしてみる。


「こいつは酷いな、キャトルエトワールは悪魔の僕らしい」


 報告をしてきたマリー大尉に、どう思うと尋ねる。


「難民らはそんな記事を誰一人信じちゃいませんよ。ですがキヴ州の外ではどうでしょうか」


 ――何もせずに指をくわえて見ているわけにはいかんな。


 黙って机の脇に控える先任上級特務曹長に聞いたとろこで、自分で考えろと返されるだけである。


「やられたらやり返すのが流儀だ、それは俺が何とかしておこう。大尉は人民防衛国民軍に対抗する攻撃計画を実行するんだ」


「野郎を殴り倒している方が性にあっていますからね、承りました」


 世論やらメディア相手の戦いは、専門外だと肩をすくめる。


 ――俺だって専門外だよ。


 敬礼して踵を返す大尉の背中にそう念じたが、届きそうにない。


「さて対抗策だが、他人の力をあてにするのは誉められない、しかし選り好みもしていられないからな。ヒューマンライツウォッチアフリカ調査員のギネヴィア女史に連絡を」


 グロックが眉をぴくりと動かす。


「先日の緊急救援物資配付の一件に関する所見を報じて貰えと」


 ――先回りをされるのは計算ずみさ。


「そちらはついでだ。ブカヴの独立自治に関する自決を目撃してもらいたい」


「自治ですと?」


 流石にグロックといえどもそこまでは考えていなかったようだ。


「国から離れる訳じゃない、住民が代表者を出して、政府に意見を認めさせるための方便だよ」


「難民を含めた代表者を? もしそうなれば国際秩序が乱れますが」


 極端な話、中国人が多数他国に移民して、勝手に国家を建てるようなものである。数で中国に対抗できるのはインドくらいだ。


「秩序を保つために国が乗り出してくれたら、それで構わないさ。だがそのまま放置するようならば強行する、他人の理想より目の前にある現実だよ」


 それで国や世界の目が向けば効果はあると。


「欧米諸国が良い顔をしないでしょう」


 それは即ち失敗を意味すると島は解釈した。


「彼等は世界に認められたいわけじゃない、平和に暮らしたいだけだ。時代を遡ることは出来ない、だが変化の波に乗らねばならない義務はなかろう」


 技術を革新させ、贅沢で文化的な生活をしたいものはそうしたらよい。緩やかに命を繋ぎたいものを、無理矢理に走らせる権利は誰にもない。


「得るものは限りなく少なく、喪うときには全てでも」


「それが嫌なら最初からアフリカになんて来やしないさ、違うか」


 投げやりになっているわけではない、勝負事には分が悪くとも張らねばならない時があるのだ。


「綱渡りをするボスを抱えると、部下の心労が絶えませんな」


「何なら立場を逆にしても俺は構わんぞ」


 誰が引き受けるか、と一言呟いて準備をすると退室していった。


 ――危なっかしい上司ですまんね。実際に行うまでに反対宣伝はせにゃならんな、あの二人が頭に浮かんじまったがどんなものやら。


 レティシアと揉めるような気がしてならない島であった。


 巣食う何かを防ぐには、最早手立てがないと感じた。このまま戻れば毒が体に広がってしまい、本隊が退かねばならない日がやって来るだろう。ロマノフスキーは政府の工作員が、多数部隊に入り込んでしまっているのを処理することが出来なかったのだ。


 ――ボスに迷惑はかけられん、自らの不始末くらい責任をとらねばならんな。


 逐一行動が漏れているために、少佐とフィルだけが行き先を知っている首相の娘のみが唯一の防壁になってしまっている。戦えば負ける、情報戦で遅れをとったロマノフスキーは、道を選ばされてしまった。

 ブッフバルトを呼び出して決断を告げることにする。


「ブッフバルト少尉出頭致しました」


「ご苦労だ。突然だが少尉は部員を引き連れて要塞に引き揚げろ」


 普段意見などしない彼であるが、流石に了解とは言わなかった。


「輸送任務でしょうか?」


 例えばダイアモンドを輸送するならば、将校を充てることもあるだろう。それにしたって軍曹も離れてしまい近くに手駒がいない、少佐の身辺を薄くするのはどうだろうか。


「違う。お前は戻って大佐を支えるんだ。こちらの部隊には多数のスパイが入り込んでしまい、使い物にならなくなってしまった」


 まさか兵士を丸ごと解放するわけにもいかない。それこそ情報を垂れ流すようなものである。


「では少佐がお戻りください、自分が残ります」


「俺を笑い者にさせたいのか? それとも命令に従えんのか、どちらだ」


「いえそのような訳では……承知致しました」


 固い表情で請け負う。これといった言葉が思い浮かばない。


「ことの次第は一切漏らすな、わからないで通すんだ」


「……はい」


「そう辛気臭い顔をするな、しくじったのはお前じゃなく俺だ。わかったらさっさと行動するんだ」


 最後に何か言おうとしたが、口を閉ざして敬礼し踵を返した。


 ――何も全員脱落することはない、俺一人で充分だ。


 受話器を手にして番号をプッシュする。


「やあウビはいるかい、ロマノフスキーが話があると伝えてほしい。大切な用事があってね、首相も喜ぶだろうよ」


 その日の夜、パトロールに出掛けると言ったままキベガの丘から数名が姿を消した。


「止まれ!」


 不審な車が未明に要塞の正面ゲートに近付いてきたため、キラク上等兵が停車するよう声をかけた。当直下士官に一報を入れ、兵を伴い車に近付く。記憶にない白人が指揮するグループのようだ。


「身分と名を確認させていただきます」


「ブッフバルト少尉だ。ただ今帰着した、通過の許可を」


「警備室に確認しますのでお待ちください」


 決まりなので、と一言断りを入れてから少し離れて無線を使い連絡する。ブッフバルトは嫌な顔一つせずに待つ。規則順守は民族性である。

 当直下士官であったアサドは異常を感じ、マリー大尉を起こして判断を仰ぐことにした。寝室の扉をノックしてから数秒で、はっきりと反応があった。


「大尉、正面ゲートにブッフバルト少尉と、数名がやってきていると報告がありました」


「なにっ、すぐに行く夜勤の兵を集めておけ」


 返答から三分と経たずに戦闘服姿のマリー大尉が部屋を出て、夜の広場にと姿を現した。兵は見張りを残したので、六人だけが集まってきている。


 サーチライトが外を照らし出す。高機動車――ジープに分乗した人物が照らし出された。マリーはゲートの上から、それが永年共に戦ってきたブッフバルトだと確認した。


「ブッフバルトじゃないか、いま下に行く」


 階級の上下はあっても友人である二人は、さながら島とロマノフスキーのような関係である。ゲートを開いて迎え入れようと対面して、様子がおかしいことに気付く。


 ――こいつは何かあったに違いない!


「まあ中に入れ、上等兵、車をかたしておけ」


 部員らを休息させるために一ヶ所の建物にまとめさせ、外部との接触を制限してしまう。少尉だけを連れて要塞の中心へと歩いていく。


「緊急……ってわけじゃなさそうだが?」


 ずっと考え込んでいたブッフバルトが、初めてマリーが昇格していたことに気付いた。


「戻れと命令を受けたんだ。大尉に昇進おめでとう」


「ああ、お前もすぐに中尉だよ。命令とは少佐の?」


 でなければ島が引き揚げを命じたのかと推察するが、どちらにしても腑に落ちない。そもそもが何故、身一つでの帰還なのか。


「ロマノフスキー少佐のご命令だよ。大佐を支えてやるんだ、との」


 肩を落として喋り、決して視線を合わせようとしない。


 ――大佐に会わせるべきだな。


「そうか、まあまずは部屋で休んでいてくれ。大佐にお知らせしてくる」


 空き部屋の一つが少尉への割り当てだったので、そこに落ち着かせて、自身は島の居室へと向かった。


 エーン少尉の直属が椅子に座り、扉の前で黙って座っている。マリーの姿を認めて起立敬礼すると、どうしたかを訊ねてきた。


「大佐に急用だ、取り次ぎを頼む」


 言葉は穏やかでも命令である。すぐに島を起こすとマリーを部屋にと通した。


「随分と早起きじゃないか」


 時計は短針がまだ右手を指している。


「大佐、深刻な顔をしたブッフバルト少尉が少数で帰還してきました。部員を隔離して、少尉を個室に留めております」


 真剣な表情であらましをかいつまんで報告する。


「そいつはただ事ではないぞ」


 事態の重要さを認めて、眠気覚ましに温いビールを一気に飲み下した。内臓が動けば体が目覚める。


 支度をして、マリーと共にブッフバルトが待つ部屋にと入った。島の顔を見ると立ち上がって敬礼をした。座るように仕草で示すと、三人とも椅子やベッドにと腰を下ろす。


「ご苦労だ。少尉、鉱山の解放をよくやってくれた」


「ありがとうございます。あれはロマノフスキー少佐の功績によるものです」


 それだけ聞けばいつもと変わらないような態度である。


「キベガ族の征服も上手くいったようだな」


 そうでなければその後の任務が達成できない。


「キベガ族のゾネット首長、彼は勇敢で有能な戦士で、少佐に忠実な部下です」


 他人を妬んだり貶めたりしない、日の当たる道を歩いている率直な評価だと頷く。


「して少佐はどうした」


 そう島が質問すると、信じられないような言葉を口にした。


「わかりません」


「な、に?」


「おいブッフバルト、わかりませんはないだろ。少佐殿はどうしたかと訊いている」


 マリーが不安そうに表情を曇らせて、島の代わりにきつめの口調で詰め寄る。


「わかりません」


 だが少尉の答えは判を押したかのように変わることは無かった。


「襲撃でもあって撤退してきたのか?」


 先程の説明とは矛盾するが、もしやと聞いてみる。


「違います大尉、少佐の命令で帰還しました」


 ――おい、こいつはかなりの訳ありだぞ! 俺とマリーだけしか居ないのに喋らないとは。


 参ったとマリーがため息をつく。明らかに制約を受けているのはわかった。


「質問を変えよう。ロマノフスキーがこちらに行けと言ったわけだな、ならば司令部要員に戻るんだな?」


「はい。待命状態と認識下さい」


 ――ロマノフスキーは少尉を完全に手放した、意味するところを探らねばならんぞ。はっきりするまでは存在を秘密にすべきだろう、部員らも一緒に。可及的速やかに解決せねば、少尉等すらも失いかねん!


「わかった。明日、いや今日か、一五○○までは休息を命じる。その後に改めて話を聞くまで自室にて待機しているんだ」


「了解です大佐殿」


 マリーに目配せをして部屋を出る。言いたいことは山ほどありそうだったが、一先ず島に従い廊下で命令を待つことにした。その島ですらすぐには言葉が出なかった。


「起こさねばならないやつを、司令官室に集める。エーンの部下を使って、夜間立哨を交代させておけ」


 ブッフバルトを目撃したキラク上等兵らを、別の場所に隔離し休ませる手配をマリーに任せる。島は当直下士官に口外禁止を命じて後に、主要なメンバーを十五分で部屋に集めるようした。


 ――少なくともロマノフスキーは生きている、そして自らの意思で行動をしている。


 道をひとつひとつ整理して、何を調べれば良いかの要点を浮き彫りにして行く。きっかり十五分で面々が揃う。未明の緊急召集に文句を述べるやつは一人も居なかった。


「揃いました司令官殿」


 マリーが代表して集結を申告する。将校の他に居るのはグロックとコロラドである。レティシアには悪いがこの場は外してもらった。信用してはいるが、島の中でロシア語の通信の件が頭の隅に引っ掛かっていたのは否めない。


「つい先程ブッフバルト少尉が極めて少数の部員と共に、少佐の命令で帰還してきた。だが少佐の動向は一切わからないとしか答えない。まずはこの事実のみを皆に知ってもらいたい」


 それぞれがどのような想像の道を辿るかを任せる。沈黙が数分間場を支配する。

 いつものように以後の進行は、次席であるマリーが引き受けた。


「その事実から考えられる最悪のケースを想定してもらいたい。その時我々がとるべき行動を検討する」


 一時の失敗や勘違いならばそれで構わない、問題は敵対してきた時である。内情を誰よりも詳しく熟知している者が相手であるほど困難な道となる。

 あまり関係が深くはないサルミエ少尉が最初に口を開く。


「いずれかの勢力に取り入り、キャトルエトワールを物理的、また政治的に攻め追い出しにかかるのでは?」


 弱味であるニカラグアとの繋がりを自身で暴露して、共倒れすら選択肢に出来ると指摘する。


 ――それをされたら本国にも迷惑がかかる。もしそう言って脅迫されたら、素直に引き揚げるしかないな。


 非常に厳しいポイントだけに、説得力も成功の可能性も高い最悪のケースである。意見に反対をしないのは一つのルールである、違うと思ったならば別の想定を提示すべきなのだ。


「ブッフバルト少尉を戻したところにヒントがありそうです。もし敵につくなら、内側に反乱者を抱えないように遠ざけたともとれますか」


 ハマダは自分でも考えがまとまらないようで、呟きながら首を捻る。


「少尉を刺客として送り込み要塞を乗っ取る、などは。少佐が完全にブッフバルト少尉を掌握していたらの話です。大佐が喪われれば、次席である少佐が継承するので」


 あまりにも手厳しい想定に、無表情の島が一瞬だが眉を寄せた。黙ったまま推移を見守る姿勢は崩さない。

 大体の意見はロマノフスキーが裏切りを働けば、島が不利との道筋で一致していた。もしこれを覆すならば、少佐を排除すべきであるとの見通しも一致した。


 ――何故疑われるような真似を敢えて行った、どんな小さなシグナルも見落としてはならん!


「マリー大尉、少尉に随伴してた奴らの名前を調べさせるんだ」


「はい。エーン少尉、すぐに手配を」


「ダコール」


 いたずらに接触者を増やさないようにと、指揮系統を遵守させるために、目の前にエーンが居ても直接命令を下さない。


 十分休憩を挟んでいる間に、文書で結果が提出されてきた。一覧を見て頷きそれをマリーに手渡す、マリーも少尉にと回し読みされた。これによりまた一つの道が続いていた。


「フィル軍曹とオビエト上等兵の名前が無いな。エーン少尉から連絡はとれないのか」


 調べさせた手前事前にそうなるだろうと解っていたエーンは、大尉の言葉にやってみますと応じ、携帯の番号をプッシュした。

 注目が集まる。未明である、すぐには応答しなかったが通話状態に切り割った。


「フィルか」


「従兄上、いかが致しました?」


 基本的に急用、それも差し迫った状態でなければ、彼等はこれを使わないと決めていたので緊張した声が返ってくる。エーンが頷きながら目でマリーに合図を送った。


「どこにいるんだ?」


「それは……お答え出来ません」


 気まずい雰囲気を背にしてはっきりと拒否する。


「では何をしているんだ?」


「お答え出来ません」


 フィルの口を封じうる人物は数人しか存在しない。即ちエーン本人かレバノンの族長、または直属の上長にあたるブッフバルト少尉かロマノフスキー少佐である。


 少し頭を捻り、答えられそうな部分だけを狙ってみる。


「軍曹の所属先を述べよ」


「旅団副司令官ロマノフスキー少佐殿であります」


 フィルが答えられたのはそれだけであった。他は任務中なので一切口にすることが出来ないと。諦めて通信を終了させる。


「一体全体どうなっているやら。だがはっきりしたことが二つあるな」


「はい。少なくともフィル軍曹は旅団に属し、少佐から特命任務を受けていて、ブッフバルト少尉の指揮系統から外れていた」

 皆がわかる当たり前の部分を確認の為に言葉にする。


「そうだ、そしてエーン少尉相手に漏らさないならば、一線を越えた命令を受けているわけでもない」


 即ち裏切りではない可能性が高いと言えた。この認識、可能性が低ければ低い程に衝撃は反比例する。

 将校は高い側の認識を、島は反対側を留意して管理をしてゆけば大事はない。


「さて諸君、どうやら我等に秘密の何かをしているらしい。今のところは差し迫った危険は少なかろうから、実態調査という対応にしておこうじゃないか」


 島に異論がないのを目の端で確認しつつ、一歩踏み出す。


「コロラド上級曹長、キベガの諜報を命じる。ロマノフスキー少佐が何を画策しているかを調べるんだ」


 スペイン語に切り替えてそのように命じる。だがコロラドはすぐには返事をしなかった。フランス語で行われていた会議を理解出来ていなかったことに加え、島からの命令ではないのに瞬間拒否反応を示したためである。


「スィン」


 敏感にそれを感じ取った島が、大尉との確執にならないように即座にフォローを入れる。


「コロラド、別の良案があるなら言ってみろ」


「少佐がキベガに居たとして、キベガを調べても厳しく秘匿されているのは間違いありません。それは少尉や軍曹の件が証明しています」


 確かにそうだと皆が認める。それを切り崩すのは並大抵のことではないと。


「するとお前ならばどこをどう調べる?」


 ――ちょうど良い、諜報の専門家の思考を皆にトレースさせる絶好の機会だ。


 滅多に手の内を明かすことがない上級曹長の考えが、どのような軌跡を辿るか、その点は階級を関係なくして興味深いところである。


「少佐が接触したうちで支配下に無いものをあたります。キベガ族を外し部隊を外すと、フィジにある勢力です」


 フィジにあると解っていて、接触したのが確実なのは武装勢力であった。


「フィジの武装組織だな、背景ははっきりしないが」


 かといって目星はついていないかと言えば、そんなことはなかった。敢えてそのような表現をしただけである。


「フィジは大統領と首相の政治的基盤がある出身地です。無関係なわけがありません。大統領ならば軍を動かす方が確実なので、自分は首相の身辺を調べるべきと判断致します」


 ――現状でそこまで絞りこんでから動くものだったか。まあ一人で調べるのだから、当たり前と言えば当たり前か。


「では首相を?」


「いえ違います」そうはっきりと否定してから続ける。「地元のことは大抵親族の側近が行います、これは世の東西を問わずです。つまり首相府に居るはずの担当を諜報します」


 ずばり人物をこの場に居ながら特定してしまう。小さく頷き感心する将校は一人だけではない。かくいう島もなるほどと微笑を浮かべる。


「大尉」


 改めてそう促して命令を発させる。マリーの立場を知らしめる為でもあった。


「餅は餅屋にですな。コロラド上級曹長、ロマノフスキー少佐が何を画策しているかを諜報せよ、手法は上級曹長に一任する」


「ヴァヤ」


 いつものように自由裁量を与えて、結果のみ責任を持つようにさせた。一つ事件について方向性が確立された、残るは少尉と隔離した部員らである。


「ブッフバルト少尉らだが、通常の配備に組み込ませる。運用はマリー大尉に一任する」


「ダコール」


 時計は起床時間を指していた、少し早起きをしたと思えば良いだろうと雰囲気を和らげる。


「昼間はゆっくりとしていてくれ、夕方にまた召集をかける。人民防衛国民会議との対決だよ」


 それにはブッフバルト少尉も当然臨席させると明言しておく。疑問はあれど司令官がそう宣言したのだから、部下としては悩むことはない。

 短く解散と告げる。島はもう一つの心配事を思い出すことになった。


 ――レティシアをどうしたものか、きっと不機嫌になるんだろな……。


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