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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第四十三章 紛争鉱山解放戦、第四十四章 対決の行方

 アフリカの荒野を駆ける集団が居る。

 いつもならば武装ジープや兵員輸送車などに乗っているのだが、今回は全く違っていた。


「少佐、まさか自分が騎兵になるとは夢想だにしませんでしたよ」


 手綱を片手で握り反対にはライフルを持ってバランスを確かめる。

 騎乗戦闘はしないが負傷すれば片手で乗りこなす必要が出てくるので初めからそうして体に覚え込ませる。


「俺もだよ軍曹。しかしあれだな、何故少尉はあんな上手に?」


 すでに疾駆させたり障害を飛び越えたりすらしているのを見て驚く。

 ネパタを寄せてきてブッフバルトが疑問に答える。


「地元の中学校で乗馬課目がありまして」


 ヴェストファーレンです、と場所を明かす。

 キベガ族の男達も少尉の腕前には感嘆の声をあげていた。


 ――まさかの大当りだな。これで奴等も少尉の命令にならば素直に従うだろう、何せ強い男の範疇に入るだろうからな。


 どうにも乗り心地がよろしくない。適性を感じなかったので、ロマノフスキーは騎乗を必要とする作戦を少尉に委任することを決意した。


 馬とは違い一回り小さな体躯である。それでアフリカ人が乗るならまだ適当な組合せであるが、大柄で武装までした外国人が乗るとネパタが参ってしまう。


 いずれにせよ一時的な移動補助とだけ見込んでおく。振り落とされずにしがみつければ一応は及第点として考えて訓練し、その先を望む者には自由にさせた。


 自主性を尊重する、この考えは規制された枠組みの内側ならば好結果をもたらしやすい。反面で、たががはずれた状態になると時として回復不能な損失を産み出すこともあった。


 ゾネットのところに黒人が走った。不可解な言葉で何やら報告をしている。


 日陰に移り休んでいたロマノフスキーのところへゾネットがやってくる。


「少佐に報告があります。鉱山からの輸送隊が翌朝出発します」


 空は明るいがすでに時刻だけで言えば夜にまとめても良いくらいになっている。


「ぎりぎりまで行動の情報流出を抑えるとは、あちらさんも真面目だな」


 軽口はたたいているが頭のなかでは襲撃をどのように実行すべきか、大まかな内容を組み立てていた。

 ――今夜攻めれば搬送分のダイアモンドが用意されているわけだが、輸送隊と護衛も割り増しで滞在しているわけだ。


 概ね一回の輸送には荷役を含めて五十人程度が固まって動いている。

 貴金属の輸送としては小規模と言える。


 ――制圧するのはわけないが、その後が重要だな。まずは全ての担保となる鍵から抑えにいかねば。


「ゾネット、夜襲を行う。戦闘準備を発令するんだ、夜目が利くやつを十人選んでおけ、とりこぼした敵を処理させる」


「承知いたしました」


 キベガ族にしか出来ない働きを任せられて気合いを吐く。

 フィルを呼んで手配を確認する。


「軍曹、今夜襲撃をする。保険の確保も今晩させるぞ、監視と待機を命じておけ」


「ダコール」


 司令部に走っていく後ろ姿を眺めて、最後に少尉を招く。

 ブッフバルトには気負いなく戦ってもらうために、暗部を教えるのは後にしようと役割を絞る。


「少尉、明日朝にダイアモンド輸送隊が出発するとの情報だ」


 それを耳にしてお前ならばどうすると質問を投げ掛ける。


「夜襲します。○二○○に襲撃、ダイアモンドは国外に搬出を、キゴマに持ち込みます」

「どうやって」


 能力を試すかのように詳細を詰めさせる。


「鉱山からはネパタを使い下山、平地ではジープを。タンガニーカ湖で船に移しかえキゴマへ運び込みます。手配が間に合うならば湖上に水上飛行機を用意して、どちらで運んだかわからなく攪乱します。無理でもネパタの一団をブカヴへ向かわせます」


 陽動を行い三方向に意識を割かせる案を提示してくる。


「俺の構想と同じだ、今軍曹がキゴマの拠点に手配に行ってる。ネパタの一団はキベガ族に任せろ、水上飛行機は軍曹に担当させる。船についてはアフマド軍曹に支援させよう。少尉は統括を行え」


「ダコール」


 集団一つ一つには複数の目的を与えずに、単純化させてしまう。

 一時的にフィル軍曹が離れてしまうが、生命線を信頼出来ない奴に任せる気にはなれなかった。


 人手不足を補給基地から出させるのは地理的にも、内容的にも妥当なところなのでアフマドの役者不足には目を瞑ることにした。


 ――荒事はオラベル伍長に期待しよう。問題はフィルのところで失敗した時だ、キベガの丘では守っても全滅コースだな。その時にはゾネットらには悪いが移住してもらおう。


 睡眠を交代で九十分とって備える。作戦四時間前には起きていたいが、生憎急遽実行の形なので万全は望めなかった。


 出撃五分前になりロマノフスキーのところに主要な指揮官らが集まる。

 ゾネットを頭に三人のキベガ族、ブッフバルトにフィル、後ろには司令部要員の部員らである。


「最終確認を行う。ブッフバルト少尉には兵とゾネット族長への指揮権を与える。ゾネット族長にはキベガ族の指揮権を与える。上官が指揮不能に陥った場合はより上位の者が指揮権を継承せよ。少尉と族長が指揮不能になった際には速やかに撤退するように」


 片方だけならば司令部から俺が指揮すると告げる。


「いいか俺達の目指す先はこんなものではない、死んでる暇なんてないぞ、出撃だ!」


 七十六人が騎乗して闇夜を進む。十二人の分隊が六つと指揮官が四人、ロマノフスキーはジープに乗り込んだ。


 夜目が利く十人が先導し、それらがつける背中の淡い光を目印に山道を行く騎兵。フィジとキウビ鉱山の間に伏兵を配備し、司令部をそれらの北側に据える。

 車に搭載された長い無線アンテナ、結線してある受信機が注意を発した。


「第三哨戒班、司令部。現在地司令部北東二キロ、北西より南東へ向けて正体不明の一団が移動中、目測時速二十キロ」


 スペイン語なのでキベガ族通信兵が首をかしげる。広げてある手製の地図をペンライトで確認した。


 ――フィジに向かっているようだな。


「司令部、第三哨戒班。可能ならば識別せよ、だが隠密を優先する」


「ヴァヤ」


 真夜中にキャラバンが移動しているとは考えづらい。

 車両を使った速度であろうが、闇夜に集団でとなれば歓迎されない面々だろうと推察した。


 夜光反射塗料が塗られた腕時計を確かめる。作戦開始まで五分を切っている。


 無音のまま時間がゆっくりと流れた。報告がないのは順調な証だと腰を吸えて実行を待つ。

 暑さに馴れたせいか肌寒い気がしてきた。


 大小を問わずに作戦が始まる前が一番緊張する。いざ始まってしまえばそんなことは感じなくなってしまうが。


 ついに針がその時刻を越えた。キウビだけでなく、フィジでも作戦が実行されているはずである。


「始まったか。若い者が経験を積むにはちょうどよかろう」


 坑道への出入り口は一ヶ所しかない。これは警備や搬出の都合だけでなく、主に鉱夫らの採掘物持ち出しを監視するために経路を制限する目的がある。


 見張りが二人立ってはいるが、出番になって面白くないと警戒心が全く見られない。


 気付かれるのはぎりぎりまで引き延ばすべきと、キベガ族兵が複数近寄り弓矢を構える。

 発射音がなく射手によってはかなりの高確率で命中させられるため、奇襲の初撃としては銃よりも対処が難しいと言える。


 弓兵の頭がタイミングを揃えて一斉に矢を放たせる。

 微かに弦が唸る音だけが聞こえ、直後に見張りの頭や喉に突き刺さった。


 全く訳もわからないうちに即死したであろう二人がその場に崩れ落ちる。


 突入班の上等兵が死体を脇に引きずり中の様子を窺う。

 他に不寝番も居ないようなので手招きで後続を引き寄せた。


「着剣!」


 ブッフバルトがはっきりと、だが控え目の声で告げる。

 フィルがそれを復唱して銃剣を装着させる。


 坑道内部は狭いだけでなく跳弾も注意が必要になってくる。

 何せ少なからず堅いものが混ざっているのだから。


 入ってすぐのところで左右への別れ道があった。


「左が坑道奥、右が生活空間です」


 キベガ族の男が情報を持っていて指揮官に告げてくる。

 ブッフバルトは部隊を三つに分割し、左をゾネット、右をフィルに担当させた。自らは退路の確保と予備として出入口に残る。


 軍曹は物音をたてないようにと細心の注意を払い、古ぼけた扉が並ぶ通路にとやってきた。

 三人ずつに別れさせて三つの部屋に忍び込ませる。


 寝入っている男達の口に銃剣を当てて一人ずつ確実に、音を出さずに始末して行く。

 八部屋目に取り掛かろうとしたときに、坑道の反対側、キベガ族らが向かった先で銃声が響いた。


「強襲だ!」


 隠密活動の終了を叫んでいち早く残りの部屋を制圧するよう命令を切り換える。

 騒がしさに気付いた敵が次々に起床するが、頭が寝ぼけているうちに大半がこの世を去っていった。


 全ての部屋を制圧したため出入口にと引き返して行く。


「報告します、居住箇所にいた奴等を全滅させました。負傷者は居ません」


 さも当然のような口調で要点のみを伝える、何人殺しただのどうやった等を誇ることはしない。


「うむ、半数でゾネットを増援するんだ。もう半数は外を警戒しろ」


「ダコール」


 狭いところで渋滞を起こさせては被害が大きくなると分散させる。

 銃声があった以上は敵が居るのは坑内である。軍曹は半数を連れて左の通路へと進んでいった。


 後は結果を待つだけだと背中を見送る。

 ――撤退準備をさせねばな。


 少尉はネパタを出入口から少し離れた場所に引き寄せるように命じ、警戒範囲を広げて一キロ近くに斥候を放った。

 腕を組んで仁王立ちし、決してそわそわせずに一点を見詰め黙って報告を待つ。


 兵らも落ち着いている少尉を見て上手く行っているものだと解釈して冷静さを得る。


 今まで聞こえていた銃撃が途切れた。伝令が駆けてきて坑道側の抵抗を排除したと知らせてくる。


「ダイアモンドを運び出すんだ」


 短く返事をしてまた坑道内へ走っていく。

 隣に居る通信兵から無線機を受け取り、ドイツ語で殲滅を司令部に報告した。


 やがて土嚢にゴツゴツした何かを詰めて、ゾネットらが戻ってくる。

 見たところ傷は負っていないようだ。


「全部で七袋です。ダイアモンド含有の塊ですが」


 パラグアイで見慣れた鉱石ではあるが、中身が桁違いの価値を有する品だけに扱いが自然と丁寧になる。


「結構だ。撤収するぞ、ゾネット族長、麓まで行きネパタでブカヴ方面へ移動するんだ」


「わかった。石はこちらで運ばせよう」


 扱いになれている者がネパタの背に手早く括りつける。


「軍曹、麓から車でタンガニーカ湖だ」


「お任せください」


 その先の特命には一切触れずに敬礼して部下をまとめ始める。


 残りの歩兵は司令部と合流するために自身が率いると、負傷者の収容も一手に引き受けた。


 ――ここからが始まりだ! 少佐は自分に何も言わなかったが、この先を収めるには特別な手段が必要になるぞ。


 説明されなかったならば自身は知らない方が良いことだと信じ、努めてそれ以上は考えないようにする。


 斥候が異常無しを報告する。夥しい数の死体だけが鉱山に残され、襲撃者の群れは下山していった。

 飢えと暴力でこの数百倍が簡単に命を落としている、それを放置している首相を正さない奴らとわかってはいても、少しばかり気の毒な思いがした。


 道なき道を武装ジープの一団が東へ向けコンパスを確認しながら進む。

 後部座席には土嚢が分散して積まれ、ゴツゴツとぶりかりあう鈍い音が混じる。


 フィルは持たされている衛星携帯を使い、特別な任務を与えた伍長に連絡する。


「俺だ、一時間以内に合流するぞ」


「ラジャー」


 南スーダンで徴募した兵を率いさせてフィジに潜ませている。

 次にアフマド軍曹へと確認を急ぐ。


「アッサラーム、夜明けの散歩中」


 アラビア語ですれ違い様に交わす挨拶かのような台詞を発した。


「今日も良い天気になりそうだよ」


 異常無しを返答してすぐに電話を切ってしまう。


 ――順調過ぎるな。こんな時に不幸は突然やって来るのが世の習わしだ。


 むしろ一つや二つの不都合があった方が安心すると空を見る。

 夜から昼へとぱっと切り替わり、遠くが見通せるようになった。


 街らしき黒っぽいもやもやが見え隠れする。


 車載の無線がチカチカ光って受信した。


「司令部、指揮車。街から武装集団が出た、警戒せよ」


 スペイン語で警告が与えられる、固有名詞を使っては解ってしまうためぼかしてはいるが、恐らく相手も気付かれたことに気付いているだろう。


 広大な荒れ地で起伏があるのだ、互いに動いているにしても偶然遭遇する確率は低い。

 空からの偵察があるならば状況は一変するが、そんなものがあると言う話は聞いたことがない。


 ――しかし敵は全滅させた、どうして出撃しているんだ?


 事実は事実として警戒はするが、生き残りがいて通報したわけではなさそうだ。

 何か別の目的を持っているのだろうが、これといった答えらしい答えが思い付かない。


「前方に土煙!」


 軍曹には見えないが若い兵が注意を上げた。


 ――迂回するか? いや、こちらが気付いたんだ、向こうもそうだろう。


「全車戦闘準備、散開!」


 幸運ならやりすごせるなどと甘い見通しをせずに、接近して攻撃を受けるだろうとの心構えを持つ。


 双方が悪路を低速で距離を詰める、試しに少し右に進路を取ってみるが同じように向こうもハンドルを切ってくる。


 ――間違いない!


「指揮車、司令部。武装集団と接触必至、攻撃を仕掛ける」

「司令部、指揮車。増援を要するか」

「我増援不要」

「了解」


 全車に据え付けられた機銃を構えさせる。

 兵に敵味方の識別を命じると、向こうは銃を構えた黒人だと姿を告げる。


 相手が六台だと判明し突撃銃のみが武器だとわかると、距離こそが勝利への道だと判断する。


「奴らと近付いてきたら機銃で攻撃し、南へ進路をとれ。相対の距離を維持するんだ!」


 即ちアウトレンジによる攻撃である。

 攻撃を射手に一任して全体を観察する。


 ――相手も馬鹿じゃない、何かしらの対策をしてくるはずだ。


 それは単純だった。転覆覚悟でアクセルを踏み込んできた、互いに不利に挑めば一定の割合で損害が出てきてしまう。

 距離が縮まり突撃銃の射程まで不運を乗り越えてきた。


 銃撃しながら更に近付いてくる。現地の道路に対する慣れに一日の長ありと言えるか。

 声が聞こえる位に近くなり「ボンマ! ボンマ、イエ!」と殺せ殺せと叫んでいるのがわかった。


 ――距離が百五十から二百か、ならば……。


 フィルはざっと計算して手榴弾からピンを抜き、少しだけ時間を隔ててから投げ捨てるように手放した。

 斜め後ろで爆発が起きて敵の車が一台引っくり返る。


 次いで各車からも手榴弾を投げさせるが、一度目にしたためか上手く避けられてしまった。


 南向きから左手にハンドルを少しずつ切らせる。

 太陽が眩しくなるまでいけば東向に走っていることになる。


 かなり規定の進路からずれてしまっているので、戦いながら修正させるのを忘れない。

 遠くに湖が見えてはいるが、なかなかそれが目の前にはやってこないのがもどかしい。


 不思議なもので互いが当てるつもりで射撃しているというのに、誰一人として撃ち抜かれていない。


 ――中速によるものではなく悪路が命中を阻害しているだけだ、仕掛けるか!


「合図で全車停車して一斉に攻撃だ、下車するのを忘れるなよ!」


 そうだと感じたら勘に従う、運転手にも武器を渡す準備が出来ると「停まれ!」と叫ぶ。

 急停車につんのめりそうになりながらも二秒とかからず射撃しながら、地面にしゃがんで味方の動きを瞬間把握する。


 真っ先に運転手を失った敵は操縦不能で車体を揺らしながらバラバラに反撃してくる。

 狙いをつけずに大体で連射してやると、偶然で一発二発が命中する。痛みで手が止まるとあっという間に穴だらけにされてしまった。


「一つずつ手榴弾を投げ込め!」


 半死半生で息があっては困ると全てを爆発炎上させてしまう。

 乗車を命じ運転手が一人腕に怪我をしたのを見て一等兵と交代させる。


 皆興奮してはいるが致命傷は負っていないようで息荒く武器を握り締めている。


「お前たち良くやった、功績は最大で報告してやる、ボーナスに期待しておけ!」


 緊張した気持ちを解すために機嫌良く誉めてやる。実際彼らは文句ない働きをした。

 黒い顔を緩めて笑顔が渦巻く、使い途に想いを馳せているのだろうか、疲労は忘れてしまったようだ。


「指揮車、司令部。武装集団を壊滅、目的地に向かう」

「司令部、了解」


 マガジンを新しい物に付け替えて残りの武装を把握させる。

 優しい顔など数秒で充分とばかりに、まず休もうとする兵を怒鳴り付ける。


 ジープに不具合がないかを点検し、一台タイヤがバーストしているのに気付く。


「残りに分乗するんだ、そいつは廃棄する」


 タイヤ交換する時間を惜しんでブービートラップを仕掛けた後に立ち去る。

 不用意に関わろうとする輩に手厳しい警告を与えるために。


「少佐、軍曹らは無事にタンガニーカ湖に向かいました」


「うむ」


 一応何かあれば増援するために待機はしていたが、それを聞いてキベガの丘へ撤収するようにと命じた。


 ――さて第二幕だな。


 負傷者の痛み止が効いているうちに手当をさせるため、拠点では大量の湯を沸かして医師や女に受け入れの準備をさせている。


 ――なぜ奴らは武装集団をいち早く出撃させ得たのか。推察としては内通、または定時連絡の欠如、通報の三つだ。

 そのうち最悪の内通について考えねばなるまい。

 フィジの奴等を信用させるだけの材料があるわけだから、南スーダンからの兵ではなかろう。部員も除く。

 キベガ族とブカヴからのどちらかだ。

 仮にキベガだとしたら、ゾネットや俺を排して頂点に立ちたい奴が裏切ったり、それらが邪魔な感覚を受けた奴らだが、ならば軍曹のところに真っ直ぐ向かった説明がつかない。

 ブカヴからの兵士が政府側の内通者で、まずはダイアモンド確保となれば首相の手下だ。フィジから緊急出撃したのが頷けるな、この線で炙り出してみよう。


 拠点に戻ると事後を任せて司令部に入る。

 面々のうち二人がブカヴからの通信兵である、一人が南スーダン、もう一人がキベガ族だ。


「少尉」


 ブッフバルトを近くに呼んでドイツ語で小さく話しかける。


「厄介な疫病があるようだ、暫し舞台演者になるぞ」


「ヤボール」


 それ以上は詳しく何も言わない。司令席に腰を下ろして現状確認を行う。


 ネパタ部隊は特に何もなく移動を続けているようで異常無し。フィルはアフマドと合流して、ターゲットを手に入れたと報告に追加がなされていた。


「手に入れたダイアモンドは俺のものだ、要塞には報告をあげるなよ」


 通信兵らが了解する。私腹を肥やすのは当たり前だとばかりに疑問を持つような者は居ない。

 何かやるつもりだとブッフバルトが理解する、これはミッションの始まりだと。


 受話器を手にして堂々とある場所に電話する。


「首相官邸受付です」


 女性の声でフランス語が聞こえてきた。


「すまんが首相は居るかね、フィジの件で話がある」


「どちら様でしょうか?」


「一連の首謀者だと伝えたらわかる。これは首相のためでもある、早めに電話に出てもらいたい」


 意味する内容はわからなかったが、明らかな異常だろうと保留にして上司に伺いをたてる。

 当の上司は携帯で部隊の全滅報告を聞かされていた。


「課長、首相閣下へ繋げとの外線が――」

「後にしろ、今忙しいからかけ直させるんだ!」


 どうしてやろうといきり立ち顔を歪ませる。だがそれに負けじと受付嬢が食い下がる。


「相手はフィジの件の首謀者だと言ってますが」


「なんだって! 俺が代わる」


 受話器をひったくり保留を解くと、開口一番怒鳴り付ける。


「貴様何者だ!」


 大声にまゆをひそめて受話器を一旦外して耳を押さえる。


「そう騒がんでも聞こえてるよ。フィジの奴らにはご冥福をといったところだ。首相ではなさそうだが」


「首相秘書官のマタタ・ウビだ。国に喧嘩を売って生きてられると思うなよ!」


 ――首相秘書官とは誰でもなれるもんなのかね。


 知性の欠片もないといったら悪いが、何のために犯人が電話をしてきたか察することすら出来ない者を側近にするのは誉められたものではない。

 受付嬢がどれだけドキドキしているか。


「まあ落ち着け、ウビ。俺は殴りあいをしたいわけじゃない、やっても負けるつもりは一切無いがな」


 やんわりと要求があることを伝える。本来ならば反対の態度であるが、苦笑いしながら丁寧に喋ってやる。


「いつか俺の前にひざまずかせてやる! 何が目的だ」


 テロリストを演じる為にどう道筋を立てようかて数秒考える。


「コンゴの民に生きる希望を与えるのが目的だ。ダイアモンド鉱山を国有化して、外国企業に採掘させるんだ。収益は民に還元してやれ」


 どう罵ってやろうかとあれこれと考え、糞と悪態をつくに留まった。

 闇鉱山を国有化して損をするのが首相だけなのだから困ったものである。


「そんなことが出来るか、賊は捻り潰してやる!」


 ――おいおい自分のことを忘れちまったのかこいつは。


 相手が冷静な時よりもやりやすい交渉は確かに存在している。

 いかにして切り札を突き付けようか機会を窺うことにする。


「すべからく賊を退治してくれるなら喜んでお返しするよ。あちこちにいる軍隊や民兵の類いが市民にどれだけ不埒な真似をしているか、知らないとは言わせんぞ」


 鼻息を荒くして、それとこれとは別問題だ! と叫ぶ。

 長く付き合えばこれはこれで親しみやすい奴なのかも知れないとすら感じてしまった。


「いずれにせよことの次第はお前ではなく首相が決めることじゃないのか。電話を切られて困るのはお前だ、さっさと替われ」


 数度唸ってから糞が! と大声を出して保留になる。


 ――戦場ならばこんな兵士の方が殊勲賞を受けやすいものだ。


 嫌悪感より育てがいがあると感じた自分の心境変化に、少し意外さを得る。


「やあ山賊の類いかね」


 歳を重ねて落ち着きのある声を発する人物に電話の主が切り替わった。


「左様で御座います閣下。我等の要求はお聞きになられましたか?」


 通信兵がフィジから武装集団が出撃したとメモを手渡してくる。


「話にならんな。だが実行した能力は見所がある、望むなら部下にしてやらんこともないぞ」


「それはありがたい仰せで。フィジからの兵は自分がどう答えようとも攻撃してくると考えていますが」


 手の内は読めていると謎の余裕で受け流してしまう。


「ふっ、中々やるではないか。それだけの力があって何故有効に使わんのかね」


「伊達と酔狂で悪に立ち向かうのが趣味でしてね。戦って死ぬ覚悟は幾らでも出来ているから構わんが、訳もわからずそうなるのは辛いでしょうな」


 お互い時間を稼ぐかのような会話を続ける。

 通信兵から国境を越えたとのメモを見せられる。


「一人二人が頑張ろうとも世界が変わりはせんよ。どうせなら降伏せんかね、戦いは費用がかさむでな」


 消化戦のような喋り方をする、あと三十分とかかるまいとの目算をたてた。


「無理ならば敢えて行え、と先人に諭されていましてね。悪あがきは得意なんですよ」


「ふっ。では精々抗いたまえ、勝利なき戦いを」


 締め括ろうとする言葉に待ったをかける。


「閣下にはたった一人の愛娘がいらっしゃるようですな。子供が出来ない体質でしたか?」


 女性に対して節度を持っているわけではないのを知って挑発する。


「何が言いたい」


「実は彼女をお預かりしております。自分が死んでしまうならストップをかける者が居なくなってしまいますなぁ」


 残念、残念とことさらわざとらしく繰り返す。


「貴様娘に何をした!」


「まだ何も。ストップをかけなければ遠い外国の部族に奴隷として献上するようにと命じてはあります。言葉も通じず死ぬよりも辛い一生を送ることになるでしょうな」


 電話の先で実家に連絡をとってみろと指示しているのが漏れ聞こえてくる。

 当然応答もなく首相は狼狽える。


 たった一人の愛娘を大切に大切にしているのは周知の事実である。

 首都へ引き寄せずに、一族ががっちり支配をしているフィジで暮らさせているのも、悪いムシが目をつけないようにとの配慮からであった。


「わかった兵は引き返させる、だから娘に乱暴はしないでくれ!」


「自分もそんな無体なことはしたくない。話は戻りますが、ダイアモンド鉱山、発見したとして国有化したら閣下の株もあがると言うもの。一つ国民の為に働いてはみませんか」


「言う通りにする、だから娘を返してくれ!」


 それは首相ではなく父親の叫びであった。相手が承知したのだからこれ以上意地悪をすることもないと態度を改める。


「閣下、お約束は必ず守らせていただきます。採掘については中米の連合機構をご指命下さい、欧米では搾取の目が出てきてしまいますので」


「う、うむ。適切な相手だと考える。しかし彼等には技術があるまいが」


 経済大臣を兼務しているだけあって、混乱していても正しい情勢把握が出来ていた。


「機構が外部企業を使って採掘する分には構いますまい。多数が絡めばあやふやに没にも出来ません」


 保険込みの話だとあけすけに語る。


「娘の声を聞かせてほしい」


 ――あと三十分は飛行中だろうな、すぐには出来んぞ。


「兵が引き上げるのを確認してからでお願いしましょう。三十分後に再度連絡を差し上げます」


 小さくわかった、と返事をして通話を終えて受話器を置いたようだ。


 何とも胸くそ悪い仕事である、戦争とは綺麗事ではないとわかっていても自己嫌悪が襲ってくる。


「少佐、武装待機を継続するよう命じてあります」


「わかった」


 特に苦言を提すわけでなく、ブッフバルトは不測の事態にいかに対処すべきかに考えを集中させた。


 ――一先ず声を聞かせるのは良いとして、奪還されてはならんぞ。

 南スーダンに置いておく方がこちらより良かろうが、長期化させてはいかん。

 目的が何であるかを再確認だ。キベガ族を征服し、紛争鉱山を足掛かりに展開をしていくことだ。

 内通者がいるとしたらここでの呟きが彼方に筒抜けるはずだ、一つひっかけてやるとするか。


「軍曹のところだが、ゴマだとばれたら面倒だから報告はいらんと伝えておけ」


 何気なく自然を装い司令部から一旦負傷者の様子を見てくる、と立ち去る。


 実際に視察するが負傷者の手当てが行われている場所で一つ気付いたことがある、それはキベガ族の負傷者が全員正面にしか傷を負っていないことだ。

 背中に傷があれば敵に背を向けた証であるが、見事なまでにそれが居ないのである。


 ――勇敢さにかけては間違いようもないな。

 あまりにも直向きなためにこずるい奴らに出し抜かれることがあるぐらいだろうか。


 結局正々堂々としている者はどこかで損をしてしまうことが多い。

 それを称賛する外野がいて初めてプラスの影響が生まれてくる。


 声をかけて回って働きを誉めてやる。


 適当に時間が過ぎた辺りで司令部に戻り、軍曹の携帯に電話して娘の声が聞こえるようにしてから首相のところをコールする。


 余計なことを喋れば命はないと脅しておき、無事を伝えることだけを許可しておく。

 二回とコールすることなくすぐにポニョ首相が出た。


「私だ」


「兵が引くのを確認したよ、約束通り娘の声を聞かせてやる」


 受話器を逆さまにしてくっつけてやる、変な共鳴がしなくて一安心といったところだ。

 互いに二、三言葉を交わした頃合いを見計らってロマノフスキーが自らの耳にと持ってくる。


「そういうわけで、我々は約束を守る。閣下もそうしてくれることを祈りますよ」


「わかった、わかったから乱暴はせんでくれよ!」


「もし――閣下が悲しみに明け暮れたら国は更に荒廃するでしょう、我々はそれを望みません。拘留期間が長くなるも短くなるも結果次第になります、では失礼」


 嫌な役回りを終えて目を瞑る。疲れたがここで放り出すわけにはいかない。


「作戦を次の段階に進める」


 誰に向けるわけでなくそう口にするのであった。


 手元の資料を読みながら率直な感想が浮かぶ。

 ――レガンス中将は何の実権も無かろう。


 島は要塞の司令室で東部軍管区の司令官がどこまで権限を及ぼすことが出来るかを調べていた。

 実務報告書の事後決裁位しかやれることはなく、中将は名目だけの赴任であるのが良くわかった。

 何せ駐屯連隊への直接指揮をする権限と人事権が与えられていないらしく、総括的な指導と助言が役割らしい。


 次の報告書にはコルテス司祭が難民居住区に設置した教会について書かれていた。


 永らく不在であった聖職者の登場に難民らは文字通りにすがる勢いであったそうだ。

 司祭も条件通りにその他の活動は一切行わずに布教に励んでいるらしい。


 要請として食料と衣服の配布が求められているため、島が補給にサインして定期便に搭載するよう手配させた。


 ――難民がキャトルエトワールを敵とさえ思わねばそれで良い。

 心が安定して腹が満ちれば治安も落ち着くだろう。


 コーヒーを口にして目頭を軽く抑える。紙ばかり見詰めていたら肩が凝ってしまった。


 諦めて次の報告書に目を通す。


 ブテンボ基地の国連派遣軍に新たな司令官が赴任してきた、ブラジル陸軍のサントス中将である。

 以前も違う地域で司令官をしていたらしく、経験を見込んで転任となったそうだ。

 国連派遣軍にはブラジル軍兵士は一人としていないため、急な方針転換があれば司令官は孤立する可能性がある。


 誰がまとめたかと言えばコロラドとトゥヴェーだ。

 キサンガニへの輸送トラックの諜報を終えてから手分けてし作成してきたものである。


 ――鵜呑みには出来んが概要に違いはあるまいよ。


 トラックにはコルタンと呼ばれる貴金属が積まれていたようで、携帯電話に使うため需要が延びてきたものらしい。

 ハマダ分遣隊に奪取を命じて自由にさせている、これが出来ないようなら先も大して望めまいと。


 残り少なくなってきた報告書をまた捲る。

 シーリネン大尉のキャンプからのものであった。


 一般報告に異常無し。例の医者からの連絡について触れられていた。


 人民防衛国民軍のンクンダ司令だが、彼はンタカンダ大将を不倶戴天の人物と非常に憎んでいると書かれていた。


 大将は元コンゴ軍の司令官だが、反乱を起こしてからルワンダに逃れている。

 ルワンダ政府はその存在を否定しているが、一般市民ですら虚言であることを知っていた。


 その大将が手駒として操っていると噂があるのが、3月23日運動のマケンガ大佐である。


 巡り巡ってンクンダ司令官はマケンガ大佐の勢力を攻撃しようと虎視眈々と狙っているそうな。


 ――客として入った医師に漏らすほどに憎んでいるならば、両者の協力はまずあるまい。


 わざわざ分遣隊を作ってまでゴマ近くに侵出させているのは、恐らくはこれが関係しているのだろう。


 ついに最後の報告書になるが、それには一行だけしか書かれていなかった。

 少佐は順調、と。


 ――ま、あいつも冗談がわかるようになってきたわけだ。


 閲覧済の印鑑をそれにも捺してやって書類を入れるザルにぱさりと投げ込む。

 腕と首を回してほぐし軽く体を伸ばしてやる。


 ふと横を見るとテレビニュースでコンゴ民主共和国政府が、中米連合機構にダイアモンド採掘と仲介を依頼したと話題になっていた。


「さて俺も次の段階に話を進めるとしよう」


 わざわざ携帯を取り出して番号をプッシュする。


 ――大使館の電話すら盗聴されるご時世だからな。


 若干の時差があるのは我慢するにしても、この場にいて世界のどことでも繋がるのは科学技術の進歩で多大なる恩恵である。


「はい、首相官邸です」


「イーリヤ大佐だ、首相閣下を頼む」


 代表電話に繋いでおけば、最悪首相は不在で通話していないと逃げ道を作ることも出来るだろうと、わざわざ交換を通した。


「大佐、儂じゃ」


「閣下、突然のお電話申し訳ございません」


 分刻みのスケジュールをこなしているだろうところに割り込んだのを謝罪する。


「ダイアモンド鉱山の話がやってきた、大佐の功績を讃えるのはすぐには出来んが約束をしよう」


 国益になる仕事が舞い込んできた裏に居るのは島だと信じて疑わない。


「それはロマノフスキー少佐の仕業ですよ。誉めるならば彼をお願いします」


 簡単に自分の功績にしてしまえるところを素直に譲ってしまう。

 姑息な真似をする輩を山ほど見てきたパストラである、この態度が嬉しい。


「覚えておこう」


「閣下、領事を一人転任させていただきたく思います。タンザニアのドドマ領事コステロ氏をブカヴへ」


 タンザニアの首都である名前はもちろん知っていたが、首都にあるのがなぜ領事館なのかまではピンと来なかったようだ。


「コステロ領事を貴官の下に組み込めば良いかね、総領事として」


 正しく意図を理解して昇進による転任をと確認する。


「歴年の領事です、彼に功績を立てさせて対外交渉を任せれば善導してくれるでしょう。反オルテガを公言して島流しにあっております、反対派の動きにご注意を」


「儂が何としてでも赴任させてみせる、任せておけ」


 首相に外交官僚の人事権は無い。それでも島に心配をかけまいと快く請け負う。


「それに伴い難民の受け入れ体制だけ整えておいていただけませんか? 実際に行く行かないは別として、ニカラグアの姿勢が称賛に値すると示すために」


 作戦目標の根本を成すだけに、これを拒否されたら改めて方向を考え直さねばならなくなる。


「大統領閣下に進言しておこう、地球の裏側で起きていることを」


 ニカラグアだけで足りなければ、コスタリカやエクアドルあたりにも声をかけて何とかしようと想定だけしておく。


「後方支援に感謝致します。一つ派手に展開しますので、ご覧の程を」


「一年、二年でそこまで望まんよ。儂らなんざ数十年かけてこの有り様じゃ、気負わずにじっくりとやれば良いさ」


 短命だろうとそのくらいは政府も維持してみせるさと笑う。


 来客があるからと通話が切られてしまった。


 ――政権を維持するだけでも厳しい情勢なわけか。ゆっくりしている暇はないな。


 交渉の前にブラフを仕掛けておこうとグロックを呼ぶ。


 五分とかからずにやってくるとゆっくりとした所作で敬礼する。


「グロック先任上級特務曹長出頭いたしました」


「うむ。キャトルエトワールの欺瞞支部を活発に行動させろ、その後にM23に仕掛ける」


「兵員の募集あたりでも叫ばせましょうか」


 募集はかけてもどこでどうやってかは姿が見えない。

 相手としては不気味だろう。


「ああそうしてくれ、実際に集めても構わん。今後ドゥリー軍曹に兵営を任せることになる」


 北の要塞に視察に行っているためグロックも納得して頷く。


「それともう一つ。ヌルの入校申請書が届いたようだ、現時点でヌル上等兵の軍務を解除する。交通費は俺が出してやるよ無事に卒業したら一杯奢れと言っといてくれ」


「では休職扱いで?」


「戻りたくなければ除隊でも構わんよ。それはあいつが決めることだ、本人の意思を尊重しよう」


 先任上級特務曹長さっさと退室したまえ、と半笑いで追い出す。

 やれやれと軽くため息をついてグロックは部屋を後にした。


 ――ヌルの人生だ、思ったように進むと良いさ。


 他に何か部屋でやっておかねばならないことはないかと頭を捻る。

 手配すべきことは全てやったのを確認すると司令室を出て行く。


 すぐ隣にある通信室に顔を出した。


「大尉、出掛けるぞ」


 全くの不意打ちにレティシアが信じられない目を向ける。


「お前には計画性という概念は無いのか」


「定期の行動は避けるように教育は受けてきたよ。行かないのか?」


 文句ならグロックに言えと矛先を変えてしまう。


「誰が行かないと言った! ここで待っとけ!」


 ヘッドフォンが宙を舞う。お馴染みの光景に部員らが笑みを浮かべる。


「たまに上官が留守にならにゃ任務なんてやってられんと思わんかね諸君」


 少なくとも俺はそうだったと昔を振り返ってみせる。


「それを自分達に大佐殿の目の前で答えろと仰有いますか」


 上等兵が代表して命令ならば言いますよと茶化す。


「そんな不粋な命令をだすほど俺は寝惚けちゃいないよ」


「では次回の寝言は是非とも寝ているときにとお願いしましょう」


 ――わかるやつが居たもんだな。


「上等兵名前は」


「レオポルド上等兵です、ルワンダ人のはずですが自分でも良くわかりません」


 産まれた時からコンゴにしか居ないもので、と肩を竦める。


 ――ベルギー系ルワンダ人のコンゴ産まれで難民か、確かに何者かわからんくなるかもな。


「好きなとこを自称しとけばいいさ。またサルミエ少尉を詰めさせておくんだ」


「ご命令頂戴致しました司令官殿」


 ごゆっくりと送り出してくれるが、さっさと出ていけと同義なのだろうと苦笑いしてしまった。



 要塞正面からトラックを引き連れ入城する面々があった。

 疲れなど微塵も見せずに堂々とした足取りである。


「ハマダ小隊が帰還しました」


 通信兵が予定にあった帰着がなされたことを報告しに来る。


「わかった」


 戦闘服に深目の軍帽を被ってエーンを引き連れて広場に向かう。


 トラック他のチェックが済んだとドゥリー軍曹が駆けてきて申告する。

 頷いて兵が整列している眼前に姿を表した。


「気を付けー! 司令官に敬礼!」


 ビダ曹長が兵士に号令をかけると一斉に島に向かい敬礼した。

 ゆっくりと答礼してハマダ少尉の申告を待つ。


「キサンガニへの輸送隊を殲滅し、荷物を奪取しました」


「ご苦労、詳細は追って沙汰する。今日の宴会は君達が主役だ、拍手を!」


 島自らわざわざそう煽って広場を後にする。

 将校だけは司令部に集まるよう言い残して、兵士らには楽しむようにと取り計らう。


 ハマダ少尉だけビールをお預けにされたが笑顔がかいまみえた。

 降格して以来、作戦指揮をしたことなどなかったが、無事に帰着したので安心したのだろう。


 長机をぐるりと囲む形で士官が座る。

 エーンだけは起立して警護するつもりであったようだが、たまには座れと言われて素直に従った。


「ハマダ、具合はどうだった」


「はい、この為にやってきたんだと感じました」


 そいつは良かった、と小さく頷いて一拍おく。


「では今後の方針を決めるぞ、思うところあったら遠慮なく意見してくれ」


 顔を見回してレティシアだけはいつも通りで良いと心で呟く。

 特別にシーリネン大尉にまで出席してまらっている。


 居ないのはロマノフスキーとブッフバルトだけとしたほうがわかりやすいだろうか。


「我々はこれから名を上げる活動を行う。何でもよい、各自がこうしたらと感じたことがらを言ってくれ。中尉」


 指名されて不在のロマノフスキーに代わって会議の進行を任せる。


「出番が少なくて寂しかったですよ。宣伝でも突撃でも何でもどうぞ、挙手も不要で」


 いつ運んできたのかホワイトボードが登場して、マリーがペンを手にして構える。

 自身が口にした宣伝強化と首都突撃などと冗談混じりで書き出す。


「難民の保護宣言を」

「敵勢力の打倒」

「メディアで声明を」

「有力者に売り込み」

「都市の占拠」


 一度にあちこちから意見が上がってきた。

 話を止めることなくサラサラと内容を要約してボードに書き込む。


「他は?」


 まだまだあるだろうと引き出しにかかる。


「外国からの支援」

「公共工事への協力」


 発言が出るには出るが形は違えど要約してしまうと同じようなものでしかない。


「カビラ大統領に賄賂でも渡して政府で名前を連呼させちゃどうだい」


 ――発想は悪くないそ! だが気分次第で名を貶められる可能性も否定できない。


「まあこんなとこでしょうか、大佐」


 ボードには沢山書かれているがピンと来るものが今一つ無い。

 どこかパンチに欠けるものばかりで、悪くは無いが手放しで喜べない。


「破天荒な作戦にしては皆の意見が丸いな、下士官らからの思い付きでも構わん、二日後に再度集まるまでに別案を持ち寄ってくれ」


 三十分程で作戦会議を終わらせ解散してしまう。


 ――自分で考えるしかないか。


 皆が去った後の部屋で一人腕を組んで考え込む。


 ――敵だと信じていたカビラ大統領を利用する案は悪くない。

 これをいかにして使うかが鍵になりそうな気がする。

 味方につけるには矛盾が伴うが、協力するだけならば何とかなるんじゃないだろうか。

 双方が納得行く部分を調べて計画を練ってみるとしよう。


 椅子を蹴って立ち上がる。部屋に戻り戦闘服からラフな格好にと着替えた。

 エーンにもそうするように指示して四人で出掛けるといい放ち、ガレージに向かい歩いて行く。


 適当にジープを選んで乗り込み少尉がやってくるのを待つ。


 一分と待たずに三人が駆け寄ってきた。


「お待たせ致しました」


「ブカヴ東の難民キャンプに向かってくれ」


 少し探せば簡単に見付かるくらいに難民キャンプは多数設営されている。


 ここに限らずキヴ州の付近には国を問わずに多数あるが、その主たる利用者は半数以上がコンゴ難民である。

 国内難民とも呼ばれる種別すらあり、ともかく無秩序が招いた結果が横たわっていた。

 ウガンダが多くを受け入れてはいるが、その実コンゴの反政府武装勢力を後押しもしている。


 番号がプリントされたテントが規則正しく並べられている。

 管理をする者が詰めているだろうプレハブ以外には、建物らしいものは見当たらない。


 たった一台だけある給水車には果てることがない列が続いていた。


 下車してあたりを見回していると、キャンプには女と子供、老人や負傷者しかいないことがわかった。


「男はどうしたか聞いてこい」


 護衛が一人で列をなしているところに近付き話し掛ける。

 暇だったのだろう、向こうも話に乗ってきた。


 数分話をして何かを渡して戻ってくる。


「何を渡したんだ」


 エーンが問い質す。


「包帯でして、何かあげたくてもポケットにあったのがそれだけでした」


 それでも大切そうに受けとると何度も頭を下げて感謝するものだから、逆に悪い気がしてしまうくらいだと述べた。


「で、どうだったんだ」


「はい、男手は強制的に徴兵されるか、家に残って働いているかのようです。少年も徴兵されるため、テントに隠しているようです」


 言われてみて小学生位の女の子はいても、男の子がいないのに気付いた。


 ――政府は保護を諦めたか。ならば俺は逆の道を進むだけだ。


「管理小屋に行くぞ」

「ヤ」


 エーンがグローブの調子を整える。

 プレハブには役人らしい男が四人居り、ラジオを聞きながら寛いでいた。


「おいここは立入禁止だ、難民はテントに戻れ!」


 振り返りもせずに頭ごなしに怒声を浴びせてきた。


「ここは管理事務所か? 責任者はどいつだ」


 島がフランス語で相手の言い分を無視して尋ねる。

 すると男達は初めて誰がきたのかと視線を向けてきた。


「俺がB1地区難民キャンプ管理長だ。お前らは何者だ」


「このキャンプはいつもこんなのか。手抜きをしているわけではあるまいな」


「部外者は帰れ。文句があるなら政府に言うんだな!」


 ぺっと唾を吐いて出ていけと仕草で示す。


「良かろう、そうさせてもらう。だが思い違いをするなよ、最善を尽くす義務はお前らにもある」


 何をしたのかわからないまま島に従いプレハブを出る。

 この後に場所を変えて幾つかのキャンプを訪れるが、同じことの繰り返しであった。


 司令室に戻ると島は携帯を手にした。

 ――あちらは朝方だろうな。


 数回コールしてようやく繋がった。


「斎籐一議員事務所で御座います」


「私はイーリヤだ、斎籐さんを頼む」


 日本語のイントネーションが変になっていないかと一瞬気を使う。


「失礼ですがどちらのイーリヤ様でしょうか」


 ――どちらもなにもないがね、肩書きがなければ電話すら出来ないものかな。


「友人だよ、伝えてくれたらわかるさ」



 どうするべきか判断がつかないため保留にして上司に尋ねる。

 秘書もわからないが友人と語る以上、斎籐議員に伺いをたてねばなるまいと扉を叩いた。


「先生、外線にイーリヤと名乗る方からお電話が入っておりますが、お繋ぎ致しましょうか?」


 資料を読み込んでいるので暫く話しかけるなと言われていたが、仕方なくそう伝える。


「イーリヤだと、すぐに出る。君もよく覚えておきなさい、彼は私の最大の後援者だよ」


 一礼して退室するが、寄付にも票田にもイーリヤなんて名前はどこにもなかったと、何者だったろうかと首を捻るばかりであった。


 大分待たされてようやく保留音が消えた。


「私だよ、元気にしているかね」


 心底嬉しそうな声で迎えてくれた。


「衆議院議員の当選、おめでとうございます」


「党の公認が得られたのは君のお陰だよ。アレの準備が整ったのかい?」


 以前にあった時に話をした内容を思い出す。それ以外に自分に連絡をしてくる理由が思い浮かばなかった。


「はい。東部キヴ州のキャトルエトワールを指定団体として推薦下さい」


「団体まで指定となると私だけでは厳しいかも知れんが……」


 見栄を張って承知してから投げ出すような真似をせずに、無理ならば無理と即答する。


「期を見計らって後押しをお願いします。アフリカ機構、イギリス関係、アメリカ関係あたりからのニュースをご注目下さい」


「グローバルな話だな、わかった引き受けよう。団体の形だけでもどこかに登録してあると支援しやすい」


「……エマウス、コンゴ支部を申請してみましょう」


 エマウスが何かはわからなかったが、斎籐はわかったと約束してくれた。

 お互い健康に気を使おうと言葉を交わして電話を切る。


 ――エマウス支部か、まあダメなら自称で構わんだろう。


 グロックを呼んで手配させようとしてもう一つ仕込みを挟むことにした。

 むー、と暫く唸ってから思い出すのを諦めて、ネットで検索を行う。

 と言っても放置してあるフリーサイトにメモしてある自身の書き込みを見るために。

 三度番号を読んで覚えると電話をかける。


 電話の先で理解不能な言葉が繰り返される。だが英語、次いベトナム語と続けて言語を決めた。


「どーもお世話になってます、ソムサックさんは?」


「ボスに誰が用事?」


「アルジャジーラが」


 よくわからないまま大声でソムサックを呼ぶ声が漏れ聞こえてきた。

 苦笑すると電話の傍でラオ語らしきやり取りに耳を傾けて待った。


「ソムサックですがアルジャジーラさん?」


「ああ久し振りだ、カルタゴ大学であった者だよ。ベトナムに災害援助物資を手配してもらった」


 昔の笑い話を持ち出して思い起こさせる。


「あの時の! 随分とお久し振りです」


 ――何だか客相手の商売人らしくなったな?


「覚えていて貰えて嬉しいよ」


 実際に自分も忘れていた位なので忘れられていても不満もなにもないが。


「実はあの仕事が転機で随分と頑張りました。今では団を仕切らせてもらってます」


 話しやすい言語があれば合わせますが、とまで気を使ってきた。


 ――時間は人を育てるか。


「また頼めるかな、ちょっと遠いが」


「是非ともお願いします。オーストラリアでもアメリカでもアフリカでも納めさせていただきます」


 リップサービスだろう大陸どころを並べてきたが、島は悪のりして言葉尻に乗っかる。


「そいつは助かる、実はアフリカに居るんだよ。コンゴだ」


「コ、コンゴですか!」


 まさかまさかの場所に輸送の苦労が頭を過ったらしく躊躇するような空気が伝わってきた。


「正確にはタンガニーカ湖まで来てもらえたらで構わない」


「少々お待ちを――」


 ガサガサと紙を扱う音が聞こえてくる。地図を調べているのだろう。

 湖から河を指でなぞってインド洋に繋がっているのを確認したらしく、デリバリーは可能だと判断したようだ。


「少々日数を頂きますがお持ちします。また災害備蓄の品でしょうか?」


「長期輸送に耐えられる食糧品、ファーストエイドキット、手動充電式のラジオ、筆記用具にノート、ポリ塩化タンクフィルム、裁縫セット、布地のロールだ」


 思い浮かべた品を次々と言葉にして行く。


「それは……後進支援の何かでしょうか?」


「正解。難民へ配ってやろうと思ってね。タンガニーカ湖付近に集積所がある、そこへ一発だよ」


 少しお待ちをと受話器をおいてメモから目安の金額や個数を算出してみる。

 彼も長いこと生業としてきたようで、どうすれば話がまとめやすいかのノウハウを身に付けていた。


「一式千人分の目安ですが、三万ユーロで二ヶ月分の食糧と備品、これに船賃を一艘で」


 ――一人頭たったの三十ユーロか、だが貧困地域の年収が三百ドルしかないんだ案外妥当な数字か。


 当時はたったの五千ユーロで心を揺らしていたソムサックだが、かなりの取引をしてきたのだろう。


 一方で難民は五十万人はいるそうだ。もっともブカヴ近くにはそこまで固まっていない。


「では二十セットを運んでもらいたい、六十万ユーロと船賃だな」


「そんなに! あなたは一体何者なんですか」


 以前もフラりと現れたソムサックに初対面で注文をし、今回も大金をいとも軽々と動かす。


「ただの世話焼きだよ。前金で二割、タンザニアに着いたら三割、引渡しに成功で五割を支払う。ソマリアの海賊対策はそちらもちだぞ」


 海賊はソムサックで河に入れば島の側で責任を負うと区分を決める。

 詳しくは二人を派遣するからと、契約場所にシンガポールを指定した。


 都市の規模に比べて警察などの人数が多いため、治安が高いために高額の取引に使われたりする。


「二割あれば仕入は賄えます、こちらに不都合はありません」


「まあ宜しく頼むよ、二回目が必要かも知れんからな。そうなれば規模もまた変わる」


 未来への展望をちらつかせてやる気を引き出そうとする。


「次なる転機を感じましたよ」


「俺も精一杯応援させてもらうさ」


 無いなら無いで問題ないと割りきって予備の計画だと位置付ける。

 それだけに士官は割けない。


 内線でグロックとトゥヴェーを呼び出す。

 正確にはグロックにトゥヴェーを連れて一緒に来るようにと。

 旅団については基本的にグロックを通して命令を発している。

 将校に直接はまた別ではあるが。


「グロック先任上級特務曹長、トゥヴェー軍曹、出頭致しました」


「うむ。トゥヴェー軍曹、君はラオスの商人ソムサックをエーン少尉から聞いたことはあるかね」


 島が失踪した事件の時に触れたことがあるかどうかと試みに聞いてみる。


「はい。カルタゴ大学で対面し、ベトナムに物資を手配した人物だと記憶しております」


 要点をきっちりと抑えているようで回答にもそつなさがうかがえる。

 ――コロラドの効果かねこいつは。


「ならば話は早い、そいつから買い物をする。落ち合う場所はシンガポールだ、連絡先とキャッシュカードを渡しておく」


 カードをしまいこみ連絡先が書かれた紙を数秒にらむと、失礼と一言、ライターで火をつけて燃やしてしまう。

 こんなものがあって盗まれたら、いつ本人とすり変わられるかわかったものではない。


「購入品の詳細はまだ決めていない、現場で適当に調整してくれ。金のこともあるから後に命令書を出す、任意で一名補佐を選ぶんだ」


「ダコール」


 退室してよろしい、と軍曹を先に下がらせる。次からの内容は知らなくても構わないことなのだ。


「グロック、エマウスコンゴ支部を称したい。アフリカ援助金の指定団体に使う、予定としてはヒューマンライツウォッチ、アフリカ共同機構、イギリスメディア、そして日本が後援者だ」


「非政府組織で民間団体、多国籍で自由な役員選任。傀儡でなければ自称の類いが好都合でしょう」


 NGOだのNPOだのと呼ばれるものにはそれなりのルールが課せられている。

 その代わりに国際的、公的な側面支援が受けられたりもするのだ。


「匙加減は任せる。国際規則なんてものよりも、俺は現場の幸せを尊重したいね。非難を浴びるのは構わない責任はとるよ」


「その覚悟がおありならばお任せください。どんな手を使おうとも要件を満たしてみせましょう」


「不穏当な発言は控え目にしてくれ、寿命が縮む」


 苦笑しながら目的が達せられる確信を得た。


「キゴマですが、補給基地としての規模を拡大する必要が御座いましょう」


 珍しくヒントではなくダイレクトな助言を当ててきた。


 ――そこに秘密が隠されているわけだな。単なる物置小屋から兵隊が見張る集積所に変わったとき、さて何が起きるかを考えるんだ。


「キゴマ市長について詳しく調べるようにコロラド曹長に命じておけ」


 物事の道筋は複数なければならない、それに準じて別方向からの視野で次を思案する。


 ――キゴマであるべきかどうか不明だな。対岸のウヴィラやフィジでダメってことはなかろうよ。


「ロマノフスキーに補給基地を兼ねることが可能かを模索させておけ」


「ダコール」


 指示に満足したようでようやく返事を寄越した。

 ――これで安心しちゃならんぞ、ここからが俺の役割だ。


「ドドマのラジオミドルアフリカ、ンデベ局員に特派員の予定をするように伝えてくれ、キャトルエトワールのアイランドだよ」


 宣伝攻勢の一つを始めるために仕込みをしてある札を持ち出す。

 問題は偏屈な者が配されたときにどうなるか、といったことくらいだ。


 細かい命令内容を問われて調整するとグロックは司令室から立ち去っていった。


 ――そこであと一つ。マリーが昔に言った奥の手ってやつを増やしたい。


 公共のリストから番号を調べてプッシュする。

 頼る相手が居るだけありがたいことだと。


「イーリヤ大佐だ、閣下はいらっしゃるかね。……そうだ、繋いでくれ」



 日を改めて行うとしていた将校連絡会議を再度行った。


 前回とは違い答えを予め用意する義務がマリー中尉に課せられている。

 そういった意味ではレヴァンティン大尉もシーリネン大尉も、権限が少ないぶん責任も小さい。


 全員が揃っているところに遅れて島が入室する。

 起立して待っていた皆も島の着席を見届けてから椅子に腰掛けた。


「先日の宿題ですが答えあわせをしたいと思います」


 中尉がいつもの調子で軽く切り出す。


「早速聞かせてもらおう、俺を唸らせてくれよ」


 微笑を浮かべて上がってくる内容に耳を傾けようとする。

 事前に三十分程時間があったので、島以外は皆が承知しているものでもある。


「知名度を高めるには真心が一番とまとまりました。キャンプを巡る娯楽を幾つか設立しようかと」


「なるほど、注目度は抜群だな。キャンプでは無限と思えるだけの暇があるが自由は驚くほどに少ない」


 印象に残る何かがキャトルエトワールであれば実質的な宣伝力は極めて高いだろう。


「次に教育の場を設ける案です。定番ではありますが行政が担当出来ないならば、ボランティアがしゃしゃりでても文句は出さんでしょう」


「現地人の教師を採用してやればだな。筆記用具の果てまで用意してやらねば、彼等には何もかもが無い」


 それは補給担当に言っておこうと請け負う。


「変化球を二つ。これらは下からの意見で面白いと感じたものです。内職じみた何かの仕事を与えて欲しいと、頼ってばかりいると卑屈になってしまうので遣り甲斐を求めての発想のようです」


「使役したとあっては困ることもあるだろうが、気持ちは理解できるな。廃品回収からの資源リサイクルなんてどうかな」


 エマウスの活動を丸々提示してやる、実態があった方が旅団にとっても好都合なのだ。


「右から左でよくもまあ思いついたものだねぇ。何かあるんだろ」


 ――察しが良いことで。


 苦笑してネタばらしをしてしまう。


「実はエマウスコンゴ支部を申請してやろうかと思ってな。主な事業がリサイクルで頭に残っていたわけだ」


 もったいない精神だよ、と表す。日本語が世界の固有名詞になったモッタイナイ。これには英語もフランス語もスペイン語も該当する単語がない。


「大佐に予測されていたなら残念賞ですな。最後はキャンプに多数の美容師を投入するです」


「美容師というと、パーマネントだのカットだのするあれか?」


 理髪師ならば定数いたりするだろうと返す。


「いえね、かーちゃんが綺麗になれば皆が嬉しいだろうと言う奴がいましてね」


「富貴にして善をなし易く、貧賤にして功をなし難し、か」


 次の一歩だなと納得する。


「何ですかそれは?」


「ん、ああこれはあれだ、あれこれ満ち足りてきたら周りがよく見えてくるってやつだよ。生きるに必死では他を構っていられんからな」


 今度は皆が説明に納得した。


「で、どいつだそんな考えをしたやつは」


「レオポルド上等兵です」


「あいつか!」


 ――妙に懐が深いところがあるぞ、使わない手はない。


「ご存知でしたか、何なら金一封でも報いてやりましょうか」


 冗談めかした意見だと感じたが気に入ったならばどうかと聞いてくる。


「伍長に昇格させる。言ったことに責任を持たせてやるさ」


 金一封もくれてやるよと付け加える。


「部署はいかがいたしましょう」


「先任上級特務曹長に預ける。磨けば光るかも知れんぞこいつは」


 ちょうどヌルが居なくなって寂しがっているだろうとも内心呟く。

 特派員の取材内容も決まりだなと問題を二つ三つまとめて解決も試みた。


「別件報告が一つ御座います。人民防衛国民軍ですが、怪しい動きを見せております。戦闘を仕掛けてくる可能性が高いです」


「マリー中尉。遠慮はいらん、手を出してきたら痛い目を見せてやるんだ。もう我慢することはない」


「司令官のお言葉、ありがたく頂戴しましょう!」


 不敵な笑みを浮かべて胸を張って拝命するのであった。


 各自が課せられた責務を全うする時間が流れる。

 頃合いだと曹長に手配させて再度のキンシャサ行き計画していた。


 ――さて供はどうしたものかな。緊張状態が続けば士官を抜いては目が届かんくなる。


 たまには頭ごなしではなく担当の意見を採用してやろうとエーンを呼ぶ。

 部屋の外に待機していた彼は声に応じて数秒で眼前に立って敬礼した。


「いかがいたしましたか」


「キンシャサに行く用事が出来た、どうしたら良いと思う?」


 曖昧な問い掛けは聞く相手を試しているとも言える。

 前回と同じ様に敵のエージェントと対面するつもりならば、と安全面を強化すべきと瞬時に判断を下す。


「護衛分隊を用意致します。事前に現地で半数を下見にあてる猶予を」


「少尉は?」

「当然お供させていただきす」


 拒否はさせないとの勢いが感じられる。護衛がエーンの主たる任務であり、他は代理で行えるのだから適当な考えであるのも間違いではない。


 ――エーンは自分を安く見積り過ぎている、何かあったらかなりの震度の揺れが起きるとわかっているんだろうか。


「三日後に動く、目的は二つだ。マケンガの手下との話と、要塞に入る総領事のお出迎えだよ」


 外交官の随伴をどのようにしたものかを考える。

 出国は出来ないのでブジュンブラ空港は行きにしか使えない、ならば帰りは船かゴマ空港に降りるかしか無くなる。


「万事お任せください」


「わかった。レヴァンティン大尉はどうすべきかな」


 護衛が多数動員されてしまえば彼女に割くべき部分にも影響が及んでしまう。


「要塞に残っていただきましょう。ただし外出は控えてと要請しておきます」


 本来守る側は対象が一緒にいた方が効率よく厚く保護が可能になる。

 移動となれば話はかわってくるが、二ヶ所にわかれると片方に目が届かなくなってしまうのは道理だ。それを解消する手段、つまりは部下の育成による自身の代替が重要になってくる。


 自身を軽視しながらもかたや職務は重視をする、自己犠牲との結果に結び付きやすい流れが見え隠してしまう。

 その者の最善が全てにおける最善とは違う現実がそこにはあった。


「一つ昔話がある聞いていけ」


 はっきりと頷いて話をするのを待つ。


「とある航空便がハイジャックされてしまった。その時に一部客を除いて乗客と乗務員は解放されることとなった。だが機長以下の乗務員は客が一人でも残されるならと自発的に人質として居残った。事件が解決して後に乗務員ら全員が処罰された話がある。何が答えと言うわけではないが、エーンも考えてみて欲しい、以上だ」


 一方的に告げて切り上げてしまう、考えろとは言いながらも別にどうしろと求める結果があるわけでもない。

 単に自己啓発の類いのきっかけを示しただけである。


 表情には出さないがきっと島が何を伝えたいかを必死に模索しているだろう。


 腕組をして少し黙って考えるふりをしてみる、何かを練っているわけではなく思い付かないかどうかを。


 ――総領事が難民認定手続きをしたとしてだ、どうしたら喜ばれるだろうか。

 帰国するのが一番なんだろうが、移民を求める一団に新天地は厳しいぞ。

 最悪はニカラグアにとの話だが、近場で何とかならんものかね。

 まあ何とかならないからこうなっているわけだ、俺が出来る範囲で考えよう。


 ヌジリ空港。キンシャサは相変わらずの人混みだった。

 エーンが厳選した面子を二人背後に置いて市街地へと繰り出す。


 見えはしないが随所に兵を潜ませているそうである。

 ――奇襲されたら全くわからんな。時間と場所を特定出来たらあらゆる罠が有効になるわけか。


 対テロリストの初歩である思考の源流を再確認する。

 スケジュールが厳重に管理されたり、遊説箇所が明らかにされなかったりの要因はこれに尽きる。


 前は貧民が今にも襲い掛かって来そうであったが、今回は上着の脇に威嚇のため銃のような盛り上がりを作り敢えて強調していた。

 空港を使うために本物ではなく、タオルをいれているだけだが雰囲気が背景にあるため関わろうとはしてこない。


 政庁前のカフェに陣取りエージェントがやってくるのを待つ。

 妙に治安が高い区域だけに、逆に反政府組織の面々がこのように話し合いをするために用いられているそうで、カフェでの騒乱は御法度だと曹長に注意を受けていた。


 スーツ姿の官僚であったり、どこかのVIPだったりと客いりは悪くない。


 エーンが何者かを視界に捉えていることに気付いた。

 ちらりと視線を流してみると、前に見たことがあるリベンゲである。


 隣のテーブルに座り冷たい茶と芋を注文した。


「やはりまた会うことになっただろう」


 男に向かず声だけで話し掛ける。はたから見ればエーンと会話しているように見えているだろう。


「キャトルエトワールか、多少は活動しているようだな」


 ボスから名前を尋ねられた時に初めて接触があったことを明かした。

 するとラジオ番組を持っていたり、キヴ湖に要塞を造っていたりするではないか。


 もっともそれらが国に影響を与えたわけではないので、大したことがないと分析していた。


「目下売り出し中でね。前に言った内容だが、やらないか」


「ふん。お前はガキの使いかそれとも全権委任の者か」


 契約書などあるわけではない、どのように相手の身分を見極めて話を進めるか、リベンゲの手腕が問われる。


「後者だよ。ミエスーティブ・オーストラフ大尉だ」


 平気な顔で偽名を使うのはいつものことなので不自然さは微塵も感じられない。


 M23も大佐が頂点だけに、大尉が全権委任をされる幹部に充てられることがある。

 そのあたりを突かれて納得せざるを得ない回答をだされたが、リベンゲはそれだけで引き下がらなかった。


「それがお前の妄言でないという証拠が確認されたら上に掛け合おう」


 ――様子を探りに来たか、どうしたら首を縦にするもんかな。コロラドはいつもどうしているだろうか。


「どうして欲しい? リクエストを受け付けてやるよ」


 競り合いをして一歩も引かずに押す道を選ぶ。

 自身から提示をしては不利になりかねないために。


「――そちらはゴマ側の偵察情報を、こちらはブカヴ側のをそれぞれ出しあって納得いけばでどうだ」


 ――いずれに転んでも無駄にはならずに作戦にも有効、それでいて妄言だけでなく能力が達していない組織ならばふるいにかけるか。

 中々に合理的な考えをする奴だな。


「異存ない。次は使いっ走りにやらせる。数値から五を引けそれぞれだ」


 露見しても言い逃れが出来るように一つだけ簡単な細工をしておく。

 相手も黙って了承すると、さっさと芋を口に詰めて出ていくのであった。


「さあ空港に戻るぞ」


 時間に余裕はあるが何せぎりぎりは良くないと動く。

 気にしすぎは日本人の民族性である。


 アナウンスと記憶が一致した便が到着した。

 暫くするとスーツケースを転がした中年がたった一人で姿を表す。


「コステロ総領事、ようこそコンゴ民主共和国へ」


 すっきりした笑みで迎えてやる。


「や、や? 君はイリャさん? あなたが何故」


 何とも狐に摘ままれたような顔でまじまじと島を見詰めてしまう。


「上からのお言葉でね、しっかりと出迎えるようにと」


 首相からだとまでは言わずに握手を求める。


「左遷につぐ左遷ってことなのかねぇ」


「総領事に昇格したからそんなことないんじゃ?」


 それで中央から地方に異動ならば左遷にもなるが、元からあれでは遠ざけようもない。


「赴任地がブカヴだが、そんな場所の総領事館があるなんて聞いたことないね。しかもだ、ブカヴ北ってなんだよ、北って!」


 ――そこしか空き地がなかったんだよ、すまんね。


 とは言いながらも何ら変わらぬ生活よりは良いと感じているらしい。


「館の初代総領事もなかなか良いだろう。まずは行こう、エーン頼むよ」


「コステロ総領事殿、プレトリアスです。赴任先にご案内致します」


 真面目な顔で自己紹介をする、昔は中佐に呼ばれただけで落ち着かなかったが、最近は大統領をしばしば目にするようになってか慣れてしまったようだ。


「ああよろしく頼む。大使館には行かないのか?」


 慣例があり大使に挨拶をしてから任地に出るのが常らしい。


「了承を得てありますので。速やかに着任し滞りなく職責を全うする時間を優先してよい、と」


 嘘かまことかは知らないが、無駄な時間が省けるのは悪くないと聞き入れることにした。


 ゲートを通ったばかりなのにすぐにまた次の便にと誘導される。

 アナウンスがあったようだが知らされていなかったために、行き先もわからずにタラップを登っていく。


 機内アナウンスでルブンバシ空港へ向かうと耳にする。


「ルブンバシとはどこだい?」


「コンゴの最南端です総領事殿」


「総領事殿はよしてくれ、地方の役人風情でしかないよ」


 何だか気味が悪いと苦笑して肩をすくめる。


「ではコステロさん。その後にゴマ空港にと向かいますので」


「おや、ヌジリ空港とゴマ空港の間には便がない?」


 総領事は主要な国内空港なのにと意外な顔をするが、隣で島は黙っていた。


「いえ御座います。ですが諸般の事情から乗り継ぎでご案内致します」


 ――まあ直通便には兵が代わりに乗り込んだんだろうな。

 到着便に俺らが居なくてどこかのスパイらが混乱するってわけか。


 回りくどい手筈を整えた裏を想像しておく。飛行機を使うからには官憲の側から情報が漏れ出すのはいつものことである。

 買い手があるならば何でも売るのは、個人だけでなく貧民国そのものの責任と言えなくもない。


「ところで総領事館の事務員らはどうするつもりで?」


 単身やってきたのだからこれから集めるのはわかりきった答えであるが、公募するにしても一切合切が白紙から始めなければならない。


「事務員に限らずだが、全て現地の判断で適切な手配に期待する、とのありがたい訓令をいただいてるよ」


 つまり勝手にやれってことだと頭を撫でる。


「すると俺と同じか。自己責任の極みと言うわけだ」


 それはそれで案外困ることもあるだろうが、下らないことで制限を受けるより遥かにましだと断言する。


「イリャさんは普段どのような仕事を?」


「効果的な宣伝をしてこいと言われ、まああれこれ試行錯誤の日々を送ってるよ」


 答えになっているような、いないような言葉を返して座席によしかかる。

 時間にしたら二時間もかからずに到着する、昼寝をするなら丁度良かろうと、緩めの冷房しか入れられていない機内で目を閉じた。


 ルブンバシ空港では予定通りに便が動かずに順繰り遅れが出ていた。

 驚くことも不快に感じることもなく時間の経過を待つ。


 何せ百便あれば最初の一つ二つ以外は全て乱れてしまうのだから、時刻表は目安でしかない。


 長椅子に座っているコステロが不意に話し掛けてきた。


「チェ・ゲバラという人物をイリャさんは聞いたことはありますか?」


 正確な名前ではなくあだ名で通るものを示してくる、キューバの英雄だ。


「キューバの革命家で若くして命を落とした人物。共産主義者でありながら清廉で愛すべき人であったとか」


 表面的な部分のそのまたさわりしか記憶になかった。


「そのゲバラがね、このコンゴ南部で活動していたことがある。名前をフェルナンデスと偽ってだよ」


 コンゴ動乱期にキューバの大臣職を辞任して乗り込んできた、当時は三十代前半だったそうだ。


「私は彼の生きざまに魅せられた部分があったよ。理想を追い求めたゲバラが滞在中に書いた娘への手紙はやりすぎだとは思うがね」


 年端も行かない娘が成人してから、その手紙の内容があの人らしいと笑えるまでには色々とあった。何せ妻子を故郷に残しておきながら、立派な革命家になりなさい、などと手紙を出したのだから。


「総領事の理想はどのような?」


「別に裕福じゃなくて良い、普通に育ち、普通に家庭を持ち、普通に朽ち果てる、そんな人生を送られる国があったらとね」


 ニカラグアもタンザニアも大分違ったよ、と首を左右に振る。

 コンゴに至ってはその欠片もないと覚悟をしていると打ち明けた。


 ――この人はパストラ首相らと共に在るべき人物のような気がする。


「ニカラグアも少しは良くなってきたよ。政府は国を整えようと全力で取り組んでいるし」


 教育の推進や外国との交流、公務員の制度改革に失業率の低下を説明してやる。


「この十年で私は一体何をしてきたのやら。タンザニアでの時間は垂れ流しに近いな」


 やれやれと不甲斐なさに呆れる。


「革命は案外起こすのは簡単だ、問題はその後にある。とある人物の言葉です、その人は二十年を無駄にしたと嘆いてましたよ」


 それを取り戻すのは無理でも意義在る未来を送るのは誰でも可能だとも。


「死んだ子の齢を数えるより明日への一歩か、強いなその人は」


 感じ入るなにかがあったのだろう、終止に渡り何かを考えているようであった。


 ようやくゴマ空港への便が出発する。こちらも行程は似たようなもので、ついたのは夕刻の七時を過ぎたあたりであった。


「ホテルを予約してあります、明日の朝一番で出発致します」


 エーンがタクシーに乗りながら二人に対して説明する。


 ホテル・セントラル。ゴマ市にある中級ホテルである。

 治安が良い場所を優先したために格式は一つ低いが、誰もそんなことは気にしなかった。


 夕飯のテーブルを共に囲んで話の続きをする。


「総領事は赴任したらどのような仕事をするつもりで?」


 まずニカラグア人がそんな場所に来ることはないだろうと前提してしまう。


「また家を一つ借りて受付一人を置き、昼寝を続けるしかなさそうだよ」


 暇なら何かボランティアでもしようかとも思ったこともあるが、嫌がらせのように在館確認の電話が鳴ってしまうので、離れて何かをすることは出来ないと呟く。


「在館確認?」


「ああろくに用事もないのに逐一報告を求めてきたりだよ。オルテガ派の勢力争いにマニュアルでもあったんじゃないのか」


 現代風に表せばパワーハラスメントにあたるだろう内容を愚痴った。


「ところで前に話したように、難民が総領事館にやってくることもあるだろうが。その時には?」


 むしろ自国民よりそちらが主な来館者になるだろうと現状の見通しに触れてみる。


「三つの手続きがあるな。一つは難民認定手続きの勧告。二つは亡命手続きの承認。三つは当局への引渡し手続きだ」


 三は選ばんがねと魚料理にフォークを突き立てる。


「その勧告とは?」


「簡単に言えば各国政府に手続き漏れがある難民がいるから登録してやれと急かすことだ。知らなかったと言い逃れは出来なくなるわけだな」


 ――存在を無視する話はあるが、それが出来なくなれば何等かの手段を行使せざるを得ないわけか。


「その勧告は難しい?」


「簡単さ手間は掛かるがね。そいつがどこの誰かを確定させて、国籍に従い外務省に向けて通知してやれば良いんだ。この誰かってのを特定させるのが面倒なんだよ。身分証でもあればすむが、無ければ難航する」


 ――身分証か、難民認定したくない国家がわざわざ認めるのを待っているわけにも行くまい。

 そこに何等かの鍵があるか。


「身分証についてだが、どの程度の確度が必要?」


 政府発行の旅券から集落の長がついた印鑑まで様々あるので、最低限認められる中身を知っておきたいと訊ねる。


「政府または類する公的組織による身分証明書が必須だよ」


 簡単には行かない解決困難な問題だ、と。


 ――その壁は高いだろう。何か抜け道はないのか?


「難民認定が出来ないのに国連難民高等弁務官事務所はどうやって支援を?」


 事実山のようにいる人間に支援をしているわけだから手があるはずなのだ。


「あれは批准国、まあヨーロッパやアメリカあとは一部アジア諸国が善意で提供した場所での活動だよ。難民が一番多いのはアジアだからね」


 意外や意外、アフリカではなくアジアだというではないか。

 支援を受けている手前なのか、問題地域だと報道されないせいなのか、あまり記憶に残らない典型らしい。


「アフリカ諸国は圏外なわけか……」


 ――国籍不明者の身分確定方法を探すのは無理か。だからと誰かを問わずに援助するでは国際社会の後援が得られない。


 無言で腹を満たす時間が続く。

 何か話題を探そうとコステロがふと口にする。


「イリャさんは本国出身でしょうか?」


 明らかに違うだろうが現地生まれの二世である可能性までは否定できない。


「いや帰化の分類ですよ――」

 ――まてよ二重国籍があるんだ、無国籍者にニカラグア国籍を与えて難民には出来んか?

 基本は本国に引き戻さねばならないが、一時的な措置で付与したものだとはっきりさせておけばあるいは……

「総領事、一つの可能性として成立するかの判断をもらいたい」


 急に勢いよく言葉を投げ掛ける。エーンが微かに笑みを浮かべたのが目の端に見えた。


「ん、なんだろうか」


「無国籍難民にニカラグア国籍を付与して難民認定をすることは出来ないだろうか」


「――!」


 コステロの顔に鋭さが現れる。あれこれと自問自答を繰り返しているのだろう、眉がピクピクとしきりに動いている。


「不可能とは言えないが問題がいくつかあるな」口にしながら再度頭で確認してから続ける「国連がその茶番に付き合ってくれるかは重要だ」


 形式が整ったとしても明らかに異常な手続きが挟まっている、それを指摘されて認定を却下されては結果が出ないだけでなく、本国にも暗雲が立ち込めてしまう。


 ――そうなったら政権は崩壊するだろうな。


「次に難民受け入れする場合、本国では一人つきに三万六千コルドバが毎年掛かってしまう。三年で自立してもらうにしても、失業者として抱えてしまっては国の負担が増えるだけだな」


 何事も金だよと繰り返す。それだけあれば難民三人か国民二世帯――十人程が救済される、政府がどちらを選ぶかは明らかである。


「八方塞がりか」


「結局自国で暮らせるようにするのが一番なんだろうが、争いが収まらねば何十年もそのままだよ」


 特に宗教戦争や内戦の難民は長いこと居住地を追われているという。


 ――全てを解決させるのは神でも無理だ。俺は俺の身の丈にあった結果を求めるとしよう。

 だが鉱山の仲介で出る利益を見込んで身請けをする枠だけは要求してもよいだろう。再分配は考えの範疇だからな。


「アッラーアクバルとはいかんもんだね」


「そうだな、この部分に関してはイスラム圏は助け合いが出来ている。誉めるべき点はそうすべきだな」


 イスラム教徒には貧しきものに財貨を分け与える教えがあり、一定の蓄えを寄付にまわすザカートという習慣があった。


 欧米諸国でも少なからず実践はされているが、信仰心が薄れて以来満足な流れは出来ていないようだ。

 人が生きるために助け合う、基本的な部分は遥かに昔からかわっていないのだから、人間の側が変質したのは間違いない。


「かといってムスリムを大量生産する気にはなれないよ」


 島がそう却下するとコステロもそりゃそうだと同意した。


「にしても、何だってコンゴなのか未だにわからんね。足元すら覚束無いというのに」


「……だからってことじゃないか」


 オヤングレン大統領にしても、パストラ首相にしても、本来なら手駒を近くに寄せておきたいだろう。

 そんな苦境を敢えて自力で乗り越えるようにして、その後への布石にするつもりなのだ。


「鉄は熱いうちに打てとは言うが、大火傷するかも知れない局面でよくぞやった……となるかどうか、か。お互い楽じゃないな」


「責任なんてほっぽりだしてタヒティあたりでのんびり、するにはまだ早かろうってことだろうさ」


 コステロに対して妙に達観していたりふてぶてしかったりする島だが、ラ米出身の彼は気にならなかったようである。


 翌朝一番でチェックアウトすると、キヴ湖に向かった。


「陸路では体が痛くなるので船を用意しました」


「ありがたい、あんな思いはごめんだからな」


「そんなに酷い?」


 コステロが言い過ぎじゃないかと多少疑ってかかる。


「試すのはお奨め出来ないね。どうしてもって言うなら、到着してからどうぞ」


 本気でうんざりした顔をするものだから、怖いもの見たさはあったにせよ、謹んで辞退すると応えた。


 湖岸には数隻が横付けされ、小型のものは周囲を遊弋していた。

 遠くから様子を見て味方が通常の出迎えをしていると判断してエーンが先導する。


 船ではビダ曹長がどっしりと腰を据えて待っていた。


 近付く姿を見て立ち上がると総員に待機を命じて背筋を伸ばす。


 長距離走の一件から余計な事をあまり口にしなくなった曹長は、島らが乗り込んできても口を貝のように閉じたまま無表情で見送った。


「今のはまさかニカラグア軍?」


 そんなわけがないと思いながらも、これといって所属がわかりそうなものが何もないため一応尋ねる。


「あの褐色一人だけそうだよ。他はアルバイトさ」


 軍属は正式にニカラグア軍に数えて良いだろうが、事実岸辺の奴らはアルバイトの漁師たちに違いなかった。

 警備をしている小舟は軍属であるが、それこそ余計なことは言わない。


「経費削減の波は地球の裏側でもかわらんようだね」


 事務員はそっちで雇えと言われて長年である、海外赴任費用や交代を考えたら、手近で見つける方が安くすむのはよくわかる。


 ゆらゆらと湖面を滑るようにして四時間、要塞の桟橋にと横付けされた。


「コステロさん、到着しました」


 昼寝をしていたところで声を掛けられて起き上がる。


「最果ての地へようこそか。今度こそ一生転勤はなさそうだ」


 諦め半分で部屋を出ると眩い陽射しが目にはいる。

 視力が戻るとやけに高い壁に囲まれた何かと、整列する人間が一度に目に入った。


「な、なんだこれは?」


 軍服を着た男達から一斉に敬礼を受ける。

 列から一人進み出てコステロの前で止まると踵を鳴らして敬礼した。


 思わず頭を下げ挨拶してしまう。


「ニカラグア軍ブリゲダス・デ=クァトロ部隊指揮官マリー中尉であります。コステロ総領事殿の御着任、お祝いを述べさせていただきます」


 この世の地獄にようこそ、と小さな声で呟く。


「出迎えご苦労様、しかし凄いな……」


 無人の廃墟にでも案内されるものだと思っていたら、とんだ騒ぎではないか。


「要塞で司令官がお待ちです、どうぞこちらへ」


 要塞で、との言葉が聞き違いだろうかと聞き直すと「フォートレス」と英語を交えて繰り返すのだから驚く。


 借りてきた猫のように小さくなって司令官室にと入る。

 そこには将校全員が左右に並んで起立しており、先程まで一緒だったエーンも居た。


 女性が一人いて大尉の階級章をつけて最奥にいるものだから、ついついうーんと唸ってしまった。


 後ろから遅れて野戦服の男がやってきて将校らが敬礼で迎える。

 脇を歩いていく後ろ姿をじっと見詰めていたコステロが口を半開きにするまでほんの数瞬であった。


「イリャさん?」


 信じられないような顔をしてまじまじと見てしまう。


「ああ、駐コンゴニカラグア軍ブリゲダス・デ=クァトロ旅団長のイーリヤ大佐だ。キャトルエトワールのキシワ大佐と自称をしてはいるがね」


 どうにも意味がわからないが、とって食うつもりならばすでにしているだろうと開き直る。


「駐コンゴニカラグア総領事館長コステロ総領事です。どうしてあなたが?」


 聞きたいことは山ほどあったが、口をついて出たのはそんな質問であった。


「好きなところで上手いこと何とかしてこいと言われてね、政府も大概無茶を言うもんだよ」


「……イーリヤ……イーリヤ? マナグア宮殿で革命動議を護りきった軍人!」


 てっきりスペイン、ポルトガル系の人物だとばかり思っていたが、まさかの黄色人種とはと驚く。


「革命してからが大変だよ、首相に無理を言って総領事を配属して貰った。巻き込んで悪いがよろしく頼む」


 そう言うとコステロの表情が変わった。半ば不貞腐れて勤務していた自身が恥ずかしくて仕方なくなったのだ。


「私は何か思い違いをしていたようです。――祖国のために命懸けで働かせてもらいます」


「そう言ってくれたら助かるよ。総領事館自体は要塞内に作るが、連絡所は任意に増設して構わない。要望はエーン少尉か、グロック先任上級特務曹長に」


 居並ぶ面子にグロックは無いが名前だけ紹介しておく。


「承知しました大佐殿。遠路はるばる本職の案内、恐縮です」


「尊兄の必要性からいけば当然の行いですよ」


 笑みを浮かべて慇懃無礼なやりとりをする。冗談が通じる相手だと理解しているからこその言葉だ。


 総領事殿は着席下さいと椅子を勧めてハマダ少尉に向かって告げる。


「ビダ曹長、コロラド曹長、アサド軍曹、トゥヴェー軍曹、ドゥリー軍曹、サイード伍長を呼べ」


「ダコール」


 同じ少尉でも任官が一番浅いため使い走りに指名される。

 だがハマダは悪い気はしなかった、呼ぶべき名前が全て最近功績を挙げた者達ばかりであったのを知っていたから。


 出頭を命じられた者達が全員揃ってからハマダ少尉を先頭に部屋にはいる。


 将校が揃っているため多少の緊張感があったが、何せ呼ばれたことに素直に嬉しさを表した。


「集まって貰ったのは他でもない、功績を評価する。ビダ曹長を上級曹長に任命する、以後は陸上水上の特務部隊を担当せよ」

「ヴァヤ!」


 ――本当はこいつを兵営担当から外すのが目的だが、功績は功績だ認めてやるべきだ。


「コロラド曹長を上級曹長に任命する、以後は総領事館連絡員と諜報担当を兼務せよ」

「ヴァヤ」


 事情に通じていて出身が近い二人を組み合わせる。コロラドの政務能力を確かめる機会でもあった。


「アサド軍曹を曹長に任命する、以後はエーン少尉の下で総領事の護衛を担当せよ」

「ラジャ」


 大切な預かり者を害されては大変だと、忠実なアサドを配する。


「トゥヴェー軍曹を曹長に任命する、以後も諜報担当としてコロラド上級曹長の補佐を行え」

「ヴァヤ」


 トゥヴェーの向かう先を情報にしようと決める。体力的にも弟が兵を訓練すべきだろうと。


「ドゥリー軍曹を曹長に任命する、以後も兵営を担当せよ」

「ヴァヤ」


 初対面ではプレトリアスらの見分けがつかないだろう、コステロが困ったような顔をしていた。


「サイード伍長を軍曹に任命する、以後は兵営担当として曹長を補佐せよ」

「ラジャ」


 方針を将校らに示すために敢えて一人一人の役割を再確認していった。

 下士官は担当を集中して行えばよいが、将校は全般を見なければならない。

 誰が何をしているかを常に把握するのが役割である。


 下士官らを下がらせてからコステロに向き直る。


「何か不明な点はありますか?」


「解っている部分の方が少ないがね。大佐以外は全て尉官?」


 もしそうならば万が一席次が欠けたらどうなるかを聞いておく。


「少佐が一人出張中でね、俺に何かあれば彼が上手くやってくれるさ」


 それまでの繋ぎはマリー中尉だとも説明しておく。

 三人とも居なくなればニカラグアに逃げ帰るようにとも示唆しておいた。


「それでも私は残るよ、死んだら死んださ。それが管理職の宿命だからね」


 そうならないように努力するよ、と努めて明るく言いはなった。


 ――そう言えばロマノフスキーのやつどうしているんだろうか、全然報告も上がってこないな。


 ゴマ市東、ギセニとの丁度真ん中あたりにM23――3月23日運動の拠点がある。

 司令官室で連絡を待っていたマケンガ大佐は苛々していた。


 このところブテンボ基地からの偵察巡回が頻繁になり、活動に支障をきたしていたからである。

 長年の暗黙の了解を破り、今度の国連派遣軍司令官が動きを見せてきた。


「戦う意気地も無いくせにどうして出てくるやら」


「彼らにも立場があるのでしょう」


 モルンベ大尉が無感情にそう評価する。

 衝突すれば戦端を切るくらいはするだろうが、それにしたって国連軍が発砲に至るまでには様々なプロセスが必要になってくる。

 少なくとも先制攻撃は禁じられているし、威嚇なしでの反撃も禁じられている。


 だがそれはまだマシな方で、日本軍――自衛隊は危険になるのを禁じるなどとの意味不明な規則が大手を振るっていた。


 何を考えてそんな条文が通ってしまったかはわからないが、現在に至るまで致命的な矛盾に遭遇していないため、そのまま制限が課せられたままである。

 こんな状態でも派遣を行う政府も軍部も他国からみたら異常でしかない。


 コンコンコンコンと四度ノックをしてから壮年の男が入ってきた。

 二回だと他人相手、三回だと親しい人物がノックの対象になる。

 そういった意味では四回は儀礼的な部分が強い。


「失礼するよ大佐」


 どこか怪しい雰囲気が感じられる。飢餓が著しい地域にいるのにやたらと脂ぎって太っていた。


「ルゲニロ司教、いかがされましたかな」


 M23に於ける宗教のトップ、ルゲニロ司教はマケンガ大佐と共に組織の運営に携わっている。


「いえね、ブカヴにカトリックの教会が出来て司祭が入ったと聞きまして。ゴマにも教会を新設しようかと相談に参りました」


 ――どうせ水増し請求して組織の金を使い込みたいだけだろ似非坊主が!


「さてそのような教会があったかどうか、軍にも調査させましょう。大尉手配を。話はそれからでお願いしましょう」


 先のばしにして暗に反対をほのめかしておく。

 狂信者が組織に混ざっている以上、司教を蔑ろには出来ない。


「ま、よろしいでしょう。ところで支持者が食糧を求めております、早急にお願いします」


 言いたいことを言ったらさっさと立ち去ってしまった。


「あいつは一体何なのだ! 俺に言えば何でも出てくるとでも勘違いしているのではないか?」


 机をどんと叩いて怒りを露にする。


「大佐、自分が手配しておきますのでお忘れください」


 文官あがりの大尉は煩わしい仕事を肩代わりすることで、マケンガの側近に上がっていた。まさに本領発揮といったところだろう。


「いつか殺してやる! 大尉、手配しておけ」


 その時に内線が呼び出し音を発した。

 大尉が代わりにとると、大佐へと繋ぐ。


「リベンゲからの報告です」


 首都にいるエージェントからの話は大佐直通にする決めごとがあったためにその場を立ち去ろうとした。

 だが仕草で引き留めておき受話器を持つ。


「俺だ――」


「ボス、奴等ですがゴマ空港行きの104便に予約があります。ンクンダ司令官への共同攻撃は、双方の偵察次第と話をまとめました」


 重要な報告を一息でまとめて申告してしまう。

 これにより大佐がどちらを優先するかの判断材料にしようとの目論みもあった。

 エージェントは双方に通じているため、雇い主の情報も探っておく必要があるのだ。


 ――到着便から出たのを叩けば一つの勢力が減るな。だがンクンダと戦うと言うやつがいるなら放っておけばよかろう。

 だがどんなやつなのか調べさせるべきだな。


「わかった、便は間違いないな」


「はい」


 小さくそうか、と応えて次の指示が無いかを瞬間考える。


「政府との関係があるようならば探れ。報酬はいつものように入れておく」


「ありがとうございますボス」


 おもむろに受話器を置くと待っていた大尉にメモを渡す。


「ゴマ空港到着便の顔写真を撮っておけ」


「承知いたしました」


 一度に沢山の用事を得たためにどれを誰に任せようかと考えながら部屋を出て行く。


 一人残った大佐は椅子にもたれて溜め息をついた。


 ――俺はどうしたいんだろうか。言われるがままに活動をしちゃいるが、これが一体何になるやら。


 疲れた。それが率直な感想であった。

 マケンガは別に独裁者になりたいわけでも、救国の英雄になりたいわけでもない、ただ職務として働いてるのと、気に入らないンクンダ将軍に対抗をしたいだけであったのだ。



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