表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
1
18/72

第九部 第三十八章 戦士達の飛躍、第三十九章 キャトルエトワール旗挙げ

 カンザス空港から一旦ワシントンへ移り、マナグアへと帰国した。

 アメリカ陸軍軍人は一年から二年を目安に、指揮幕僚大学で高等教育を受ける。


 外国人らはその慣例や規則には縛られず、政府間の合意を以て期間を調節することが出来た。


 島らは半年間の短期を望みそれが受理され、カンザスの田舎で日々高級将校たる何かを学んだ。


 一度などは昨今の事例としてニカラグアの政府転覆作戦が講義された。その際には準講師扱いで島が教壇に立つことがあった。

 元々大佐や中佐が準講師として招かれることが多く、それには抵抗がなかったようだが、余りの若年者に疑いの眼差しを向けるものも居たほどである。


 しかし経験は経験である。質問に即答を繰り返すうちに事実が伝わり、戦士として見てくれるようになったのは講義を終えてすぐにわかった。


 それまでは外国からのお客さん扱いで、グループの勉強会などには全く声が掛からなかったが、これを契機に招待が始まった。

 そこからというもの、連日あちこちから実戦経験談を求められて、日が沈んでからも長い一日を過ごしたものである。


 面白くないのはレティシアである。夜な夜な遅くまで外出し、昼間は連絡すら取れない。ついてこいと言っておきながらほったらかしなのだ。

 ある日についに猛抗議をした結果、学校が終わった後の座談会等に同伴することとなった。


 初めは皆も女を呼ぶなど場違いだとしていたが、やはり南米で戦いや経営の経験があり、現在ミリシアのボスだと明かすと歓迎された。


 結局のところ、正規の士官は電子上のシミュレーションでしか試すことが出来ない、実際に経験した話に飢えているのである。

 それを責めるわけには行かない、平和になることこそが目的の最たるもなのだから。


 濃密な知識の交換や共有、アメリカ同盟国などからの士官や国賓との面識、何より自らの行為の確認が出来て有意義な時間が過ごせたと考えた。


 約束の半年間が迫ったときに、指揮幕僚大学側から準講師として後半年間在学しないかと打診があった。

 引き受けるつもりはなかった。その場で首を振ると「やらねばならないことがありますので」とだけ答えた。

 しつこく引き留めようとはせず、次の機会にいつでもと招かれて別れたのであった。


 空港で大佐の身分証を見せるとノーチェックで通関させようとする職員にあたったため、気持ちは有り難いが規則は遵守させるべきだと小言を残したのはその影響だろうか。

 後ろでロマノフスキーが苦笑いをして、職員に気を落とすな、などと肩を叩く姿があったりもした。


 最初に軍司令部に出頭し、オルテガ中将に帰還報告をする。


「申告します。イーリヤ大佐、ロマノフスキー少佐、ただ今アメリカ陸軍指揮幕僚大学半年間課程を修了し帰還いたしました」


 胸を張り敬礼する。形式だけでなく、オルテガ中将が国内の治安をよく維持している為に心底敬意を払って。


「ご苦労だ。その経験と知識で祖国に光を与えてもらいたい」


 帰着を受理してから相好を崩して椅子を勧め、自らも応接テーブルの側に席を移した。

 頃合いを見計らってコーヒーを抱えた事務員がやってきて、それにケーキを添えて並べた。


「口にあうかはわからないが食べなさい」


 調子が狂うなと思いながらも、遠慮なく、と口に運ぶ。

 なるほど中々の出来映えであった。


 ――わざわざ出すからには何かあるんだろうな。


「美味しくいただきました、ありがとうございます」


「実はな孫のカルロスが菓子職人になると作ったものだ。もう十年もしたらより住みやすい国になっていたらと願うよ」


 その時は軍司令官ではなく人の親の顔をしていた。

 昨今では麻薬取り引きから足を洗って国のために尽力しているとの噂は事実なのだろうと感じた。


「閣下の指揮下にて最善の努力をすることをお約束致します」


 だが力なく横に首を振った。


「我等はそう長くはない。これからは大統領や大佐の世代が担うべきだよ。首相とも話したが、年寄りは若者が働きやすい環境を整えるのが最後の役目だと」


 ――人は歳を重ねると何かをやり遂げたくなるんだろうな。スレイマン氏もそんな風潮があった。


「何なりとご命令下さい」


 軍人として全力で臨む、ただそれだけである。


 中将が席を立った為、二人も起立する。


「軍司令官として命じる。イーリヤ大佐を特殊旅団長に任じる、名称はクァトロを使うと良い」


 ブリゲダス・デ=クァトロだよ、と繰り返す。

 第四特殊旅団ともとれるが、特殊旅団四という名称が正しいだろう。


「慎んで拝命致します。旅団の目的をお命じ下さい」


 まさかまたクァトロを呼称するとは思ってもみなかった。


「貴官が是と信じる行動をとりたまえ。全ては私が責任を引き受ける、ニカラグアの存在を世界で高めてくれ大佐」


「承知致しました閣下。クァトロはこれよりご命令に従い、特殊作戦を展開致します」


 パストラが自由にやれと言ったのを信じ、この半年間多方面に工作を行っていた。

 全てが全て実ったわけではないが、何をするかは決めている。


「コンゴ民主共和国。彼の地域にて正義の何たるかを示し、世界にニカラグアの意思を発して御覧にいれましょう」


「紛争ダイアモンドに虐殺、反政府運動と隣国の介入か。良かろう、大佐には事後承諾による将校の任免権限を与える、許可証を用意する」


 もし何らかの事態で島が責任を問われた時に、これがあれば追及を逃れることができる。

 逆にこれが反対勢力の手に落ちたり、国際社会の明るみに出れば外交問題としてやり玉にあげられるだろう。


「死ぬときは処分してからにするようにします」


「無事に持ち帰れ、この目で見ないと安心できんぞ」


 笑いながら生還するように命じた。

 軍司令官印鑑が捺された書類を恭しく受けとり、二人は司令部を後にした。


「期待をされてますね大佐」


「どうだか、お前の受け持ちも半分あるからな」


 一部を除外した部員らには休暇を消化するようにと残して留学していた。

 思い思いに休んだり訓練したりと時間を過ごしたのだろう。


 知らぬが安全なこともあると、二人は大統領官邸には近寄らず首相のそれにと向かった。


 係員に案内されてパストラが待つ部屋に入ると、パーティで顔を会わせた教育局長が先客として報告をしていた。


「イーリヤ大佐! お久し振りです、いよいよ小学校が作られ授業が開始されました」


 挨拶もそこそこに話し掛けられ苦笑していると、向こうでパストラがにこやかに頷いている。


「それは良かった。最低限読み書きが出来れば、次は本が活躍するでしょう。後程そちらも寄付致しましょう」


 ――丁度良いから印刷会社に注文してやるか。仕事を作るのが俺の役割でもあるからな。


 拝み倒しそうな勢いで感謝をすると、首相に用事があってきたのだと気付いて退散していった。


「イーリヤ戻りました。順調そうで何よりです」


 手を差し出されたので握り返す。老人の手は妙な暖かみを感じた。熱ではなく優しさが伝わってきた。


「得るものはあったかね」


「はい、多々ありました。このような機会をご用意いただき感謝しても仕切れません」


 素直に謝辞を述べる、ニカラグアにいる自身の親のように思えている。


「そうか、それを次の時代に役立ててもらいたい」


 一旦言葉を区切って呼吸を一つ。


「何をするか決めたかね」


「はい。クァトロはコンゴ民主共和国に於いて、ニカラグアの正義を世界に示して参ります」


 コンゴには北西のコンゴ共和国と、その四倍の大きさでコンゴ民主共和国が隣り合っている。

 元は同じ地域であったが、植民地切り取り時代に後者をベルギー王が手にしていた。

 以降現代に至るまで国境線が敷かれている。


 ベルギー王の私有地で国ですらなかった、物として扱われた時代があったのだ。


「北東地域かね」


「ウガンダとルワンダの近接地を見込んでおります」


 特に激しい危険地帯が北東であり、首都から遠く離れた場所でもある。


「政治的に必要な支援は」


「コンゴ人の第三国への亡命支援」


 コンゴ動乱やその後のルワンダ紛争など、一連の動きに対して中立的な態度が長かったのは中央アフリカであった。

 しかし彼の地域も今は不安定な状況で、難民やら亡命者の受け入れなど無理であろう。


「――南スーダン政府に、アフリカ連合を通じて呼び掛けてみよう」


 極めて最近独立した南スーダンならば確執は少ない。

 民族の種類が同じならば費用さえ面倒を見れば、案外摩擦も少なかろう。


 実際はそんなこともないが、更なる危険地域に送って虐殺でもされたものならば大変なことである。

 人道支援と言えば日本が生活費位は出すに違いない、土地は幾らでもあるが生活基盤は皆無だ。


「彼らに適切な賃金が支払われていれば生活は成り立ちます。それを目指したいと考えておりますが、最悪奴隷的な状況から解放する線で動きます」


 現在地域でどうにか居留出来るに越したことはない。

 その為には安全と食糧、適切な指導と社会的な支援が欠かせない。


 労働能力や資源、流通ルートは確立している。後は正しくそれが再分配されるかどうか、そこにかかっている。


「他に何か支援出来ることは無いかね」


 まるで息子を気にかけるかのように優しく問い掛ける。


 ――何かの保険をかけておくべきだが……ニカラグアに負担をかけるわけには行かない。


「コスタリカやホンジュラスと共に紛争ダイアモンドの仲介をする準備をしていただけたら」


 資金源である貴金属や貴石を採掘しても、輸出が出来なければ厳しかろうと手をうっておく。

 アフリカの国では別の火種になりかねず、ヨーロッパの列強では費用や技術の面で後々してやられるのが目に見えている。


 不得手な中米貧困国を主軸に、先進国のアドバイザーがぶら下がれば無茶も出来まい。

 そこは例のマーティン社長に紹介をしてもらおうと目論んでいた。

 プラスになる部分が無ければ頼むことも出来ないが、アメリカの後押しが得られる見通しなので、妙な奴らが絡まねば心配も少ない。


「それと、いざとなれば自分達から国籍を剥奪して追放してください」

「君もわからない奴だな、それは断る。誰が何と言おうとも譲れないものはある、違うかね」


 島は目を閉じて一息吐く。一握りの犠牲で多数が助かるならばそうすべきなのだ。


 ――大失敗の時は部員らと共に全滅しよう。悪いが彼等には最期まで付き合ってもらう。


「違いません閣下。自分が成功させれば良い、それだけです」


「結構、それが皆のためじゃよ」


 最後に握手を交わして執務室を出る。


 ――さてまずは何からどうしたものかな。

 コロラド曹長からの報告を受けるとするか。


 全てはそこからだと腕を組んで流れを考える。

 軍司令部にも島のデスクは用意されているが、それを利用せずに市内のホテルへと向かう。

 ロマノフスキーには部員全員に連絡がつくようにと手配させる。


 レティシアのことも忘れてはならない。彼女もまたパラグアイに連絡をとるために、一緒にホテルへと向かうことにした。

 外国資本が入っていると安全面でかなり違ってくる、これはどの国でも変わらない自己防衛の手段なのだ。


 ロビー横にある公衆電話から遠くアフリカに居るはずのコロラドを呼び出す。

 幾度かコールした後にようやく応答があった。


「よう、元気にやってるかい」


 距離だけでなく現地の技術的な問題があるのだろう、通信状態やタイムラグがあり間抜けた感じで返答がある。


「ボス。ここは酷い、俺が幸福だったかもと思えるくらいに」


 誰かに聞いてもらいたくてたまらなかったのだろう、迸るように述べた。


「どこで何が必要だ」


「コンゴ民主共和国東、キヴ州では何もかもが必要です。一番は自由と希望が」


 ――あちこち比べたがそこが最悪か。


「わかった。俺が行くまでに各勢力の動向と、エージェントがいるなら連絡方法を確保しておけ」


「すると何とかしてくれる?」


「いいか俺〝達〟はその為に在るのを忘れてはならない。頼んだぞ」


 やはりか、と呟いて受話器を戻す。

 世界最悪の地へどのようにアプローチするか、要員から考えねばならない。


 フランス語が公用語なのでその点だけは助かる。

 かつてそれだけで済んだ試しはないので第二言語を確保しなければならないが。


 ――スワヒリ語は苦手だ、俺が覚えるには無理がある。東部や南部のアフリカ地域でならば目があるだろう。

 アサドやプレトリアスらに聞いてみるとしよう。

 ……あいつはどうだハマタ少尉、奴がまた協力出来るなら使いたいな。


 スーダンから出奔したアラブ人将校の顔が過る。

 早速忘れないように漢字で浜田とメモしておく、誰かが探ってもアジアの人物名としか考えないだろう。


 ――医師団を雇用せねばなるまい、何人居ても足らないが五人位を目安に二組だ。

 看護士はその十倍は必要になるが、現地で手伝わせる指導者はフランス語圏から集めねばならんな。

 移動診療車も欲しいな、ドクターヘリを用意するつもりなら百倍の車だ。


 ロビーにあるカフェでコスタリカ産のコーヒーを傾けて熟考する。


 ――キンシャサから延々と陸路を行くわけにはいかん。ルワンダは問題がありすぎて除外、ブルンジかウガンダ、タンザニアだろう。

 南スーダンが使えるならばウガンダを通過してコンゴ入りが可能か、ザンビアあたりに後方基地を設置ではちと遠いな。


 ――旗だがあれをそのまま利用するとして、クァトロでは通じんな。スワヒリ語ではンネニョタになるはずだが、力が抜けちまう。フランス語にしよう、キャトルエトワールでフォーポイントスターだ。


 メモに星を四つ並べて記しておく、これを見たら何を考えていたかがわかるように。


 ――あのあたりで使える通貨を用意するとして、金銀は価値が低いかも知れんな。物々交換用には案外生活用具の方が効果があるだろう、そのあたりはコロラドに確めるか。


 物ばかりではかさばってしまうので、やはり軽い何かを用意したいところである。


 ――食糧は最低限自力で持ち込まねばならんぞ、水は浄水剤をカートンで持参すれば湖からの利用が見込める。

 そうだビタミン剤の類いを交換に使えないか、後は粉ミルクを。母親が喜べば家族丸ごと支持者になるぞ!


 ふとした思い付きで軽くて価値がある何かを一つ見付ける。

 生野菜が見込めないため、部員らにも支給しなければならないので手間が増えるわけでもない。

 日本で旅券の更新もしてこなれければならない、次いつ戻れるかわからないので。


 ――ん? そうか、これだけあれこれやっても、未だに日本には戻るって意識があったか。


 やはり産まれ育った国は特別である。どのように意思を固めても、奥底にあるものは変わらないのだろう。

 これを機会に両親に謝罪をしてから出発しようと、日本行きのチケットを用意することにした。


「なにしけた面してんだい」


 振り向かずともどこの誰が何を言いたいかがわかる。


「何か名案が浮かばないかなと思ってね」


「はっ、んなものは悩んだって出やしないよ。直感は刺激がなきゃ」


 漫然としていては確かに何も浮かびはしない、脳内の回路があちこち動いたときに不意に繋がるのは利にかなっている。


「あちらは危険だ、護衛をつけるよ」


「パラグアイから部下を引っ張った、世話にはならないさ。まあ居た方が良いかも知れないけどね」


「部下にスワヒリ語かキコンゴ語を理解するやつはいないか?」


 フランス語すらも怪しかろうとは思うが、ダメ元で聞いてみる。


「そんな奴は居ないよ。けど簡単なスワヒリ語ならあたしがわかる」


「な、に――そいつはおめでたい話だ、身近に居なくてね。レティアがわかるなら信頼できる」


 よく言うよ、とそっぽ向きながら返すが、満更でもない様子だった。


 椅子を勧めてコーヒーをオーダーしてやる。


「ところで手配がつき次第日本に行くがどうだ」


「日本で何をするんだい、徴兵するわけじゃないんだろ」


 ――俺が日本人だとは一言も触ってなかったか、いや失念だ。


「ん、旅券の更新にちょっとね」


「呆れた、あんた二重国籍まで持ってたのかい。いよいよあたしらと同類だね」


 目を見開いてやれやれと小言を重ねてきた。

 今回はロマノフスキーと別行動で、彼には先に統括をさせるためにアフリカ入りをさせるつもりでいる。


「他にも野暮用があってね、短い間だが日本を案内するよ。君のところは全部で何人だい」


「四人だよ」


 じゃあ手配はしておく、などと一方的に言い残して部屋に行ってしまう。

 そのつれない後ろ姿を眺めて、彼女は「少しくらいここで気を使え」と一人言を発した。

 仕事で頭が一杯だとわかってはいるが、それでもかまって欲しいのとは別である。


 マナグア空港で見送ってくれたのはパストラ夫人とミランダ、それにロマノフスキーであった。

 といっても彼もこれから違う便に乗るわけだが。


「少佐、頼むぞ」


「後は来るばかりにしておきます」


 それだけで別れを告げる。夫人も微笑むだけで特に何も言わなかった。

「ダオさん、これお祖父様からです。あけるのは飛行機に乗ってからにしなさいって」


 小さな袋を渡される、よくわからないが大切な品だろうと、ありがたく受け取る。


「ありがとう。ミランダ、暫くは戻れないが元気にやるんだよ」


「はい、学校を卒業したらリリアンさんのオズワルト商会に入社します」


「うむ! ――それは色々と楽しみだ」


 いつの間にか商会はリリアンのものになっていたようで、不思議な感覚に見舞われた。

 アナウンスがスペイン語で流れる。


 今度こそ皆に別れを告げてゲートをくぐって搭乗する。

 席についてから先程の袋を手に取ってみる。


 ――開けるべきか、そのままにするべきか。


 隣でその姿を見ていたレティシアが一言、「何が入ってるんだい」と訊ねる。


 切っ掛けができて開けてみようと中身を取り出してみた。


 中には小さなサイズにプリントされた写真が数枚入っていた。


「小学校?」


 彼女はなんでそんなものを渡されたのか、少し考えたが答えがわからなかったらしく、島に説明を要求してきた。


「実はエスコーラに因んでニカラグアに学校を作るようにって寄付したんだ。こいつはその第一歩ってわけだな」


「偽善活動ってわけかい。まああんたにしちゃ随分と大人しい発想だね」


 穿った受け止め方をして、敢えてそう表す。

 好きに使えるように稼ぐわけだからとやかくは言わなかった。


 長らく黙って待っていると東京へと到着する。

 空港を出てから中心部へと入るとエスコーラの面々が驚愕していた。


「発展の代価は大きいよ」


「これが経済大国の都ってわけだね。島国じゃなけりゃ今ごろクゥエートみたいにコーリャあたりから攻められてるだろうねぇ」


 ――地続きだったら日本は存在したかも怪しいものだな。もっとも歴史とはこういうもしもが花咲くわけだが。


 超々高層ビルが林立する都会が眩しい。


「時間が掛かるから旅券の更新手続きの申請だけ先にさせてくれ」


「そんなものは大佐だって言えばすぐじゃないのかい」


 わかっていてそうからかう。

 仮にそれが可能だとしても、島は強権を発動させないだろうことを感じもしている。


「お役所仕事は二つに一つだよ、上意で急ぐか緩慢に動くかだ。日本のは断然後者さ」


 規則、規則が大好きでね、とおどけてみせる。

 一部の国では役人に賄賂を渡さねば後回しにされ続けたりもするそうだ。それを責められない部分もあり、公務員の給与の遅配で生活が出来ないので賄賂をとって公務を行わざるを得ない、何とも複雑な気分にさせる理由がある。


「で、どこに案内してくれるんだい」


 ――二人きりでデートではなく、ボディーガード付きだからな。仕事周りの散歩でもしてみるか。


「よし警備会社に行ってみよう。民兵と相通ずるものがあるかも知れんからな」


 普通の女ならばつまらない顔をするものだが、プロフェソーラとしてエスコーラを率いてきた彼女は違った。

 根本的に育った環境が一般とは異なっている。


 公衆電話から警備会社に連絡を入れてみると、受付嬢が出た。


「ありがとうございます。日本総合警備保障でございます」


 ――名前が変わったか?


「お世話になっています。斉藤社長に繋いでいただけますか」


「弊社の社長は高田でございます。番号にお間違えはございませんか? 失礼ですが、御名前を戴けますでしょうか」


 日本に戻ってきたなと感じてしまう、御名前を戴けますでしょうかときたものだ。


「イーリヤです」


「え? イーリヤ様ですか――」


 日本人じゃないのかイタズラなのか判断がつかずに困惑する。

 少々お待ちくださいと待受音楽が流れる。


「お電話代わりました、私、弊社の受付主任をしております久保と申します。失礼ですが、もしかしてイーリヤ中佐様でしょうか?」


 中佐に様をつけてから何だかおかしいと気付くが答えを待つ。


「うむそうだが――」


「それは失礼致しました。斉藤は現在会長となって社外に居ります。こちらからご連絡差し上げます」


 何度も失礼と繰り返し笑ってしまった。気にすることはないのだが。


 結局、二時間後に会社で会うことになった。


「恒例のあれに行って時間を潰そうか」


「恒例?」


 行けばわかると和菓子屋にと連れていき、茶とイチゴ大福の一服セットを注文する。

 食べろ食べろと振る舞い島が一口大福にかじりつく。

 それを見た一同がぱくりと真似ると、揃って目を丸くした。


「中に酸っぱい果物が入っている。いや……悪くないな」


 甘ったるくなった口を渋い茶で濯ぐ。うーんと唸って残りを口に放り込んだ。


「パラグアイに送るなら代わりに手配してやるよ」


 笑いながらどうする? と問い掛ける。


「奴等も驚きゃいいさ、五百位頼むよ」


 エンカルナシオンのエスコーラ宛にプロフェソーラでだ、とまとめる。


 店員が五百と言われて驚き、パラグアイと言われてまた驚いた。


「前にレバノンに送りと注文があったらしいですけど、それ以上ですね」


「ああ――そいつも俺だ。外国人にここのイチゴ大福を勧めるのが趣味でね」


 そうでしたか等と驚きが三回目になり、支払いだけ先にするからと言ってから追加を書き込んだ。

 マナグアにホー・チ・ミン、ベイルートとアスンシオン、序にパリと宛先を増やす。


「えっと……全部で三十万円位になります」


 大福売って桁が間違いないかを店員が複数で確認する。


「ああ構わんよ、カードで頼むよ」


 現金の持ち合わせなどそこまで無い。金貨で支払うわけにも行かないだろうとブラックカードを差し出す。

 パラグアイからの振り込みをスイス銀行にて管理させる契約を結んだ。

 あの銀行集団はどこの世界の政府よりも信用できる。間違いは絶対に起こさないと称されるだけの実績と歴史があった。


 一般に知られるスイス銀行とは名称ではない。

 共同体と表せば近いだろうか、預金者の資金管理や資産運用をサポートするのが仕事であり、単に金を預かるようなところではない。


 無論通常の利用も可能だが、そちらは単なるおまけにすぎないのだ。


「お待たせ、ついでだからあちこち手配してやったよ。百五十万グアラニを越えたらしい、店の売上げ記録だって」


 数字を聞いて日本の物価の高さは異常だと胸に刻まれたようで、ボディーガードの一人など給与の何年分だと呟いている。


「こりゃ日本で商売したくなる気持ちがわかるよ。ここで一発あてりゃ一生分を越える上がりがある」


「だからとやるなよ。犯罪の検挙率は九十パーセントを越えている、十に一つも成功しないのはただの無謀だ」


 こそ泥やら何やら全てを含めてではあるが、凡その警察力といった意味では世界でも上位なのは間違いない。

 国民が警察に協力的なのと、重犯罪が少ないために捜査に集中できるのが理由である。


 頃合いも良くなったので警備会社に向かった。


 入り口では警備員らが沢山居て誰かを待っているようだ。


 そこへ近づいていくと早速二人がやってきて差し止める。

 一行を見て英語で話し掛けてきた。


「ここより先は私有地なので立入禁止ですミスター」


 防具をつけて警棒を提げた男たちが島らを注目する。


「警備ご苦労。これからプレジデント斉藤とアポイントがあってきた、イーリヤだ」


 インカムで近くの仲間とやり取りをする。決して視線を切らずに、一人にならずにと訓練が行き届いている。


 ――よく仕込んでいる、これならば日本での活動全てに対応出来るだろう。


 イヤホンから確認の返事があったのだろう、はっとした顔になり通行を許可された。


 正面口に並ぶ社員の中から、細身の男が出てきて挨拶してくる。


「イーリヤ中佐殿、来社を歓迎致します」


 日本語でそう呼び掛けてきたのは、その昔に兵士にノックアウトされた四人のうちの一人だと述べた。

 無事に警備主任に昇格したようで、本社の担当をしているようだ。


 中佐の響きに不思議な顔をする警備員達に簡単に説明をすると、一斉に敬礼してきた。

 苦笑して答礼すると、警備の質があがったのを誉める。


「先程の二人だが、中々の練度だよ。きっちりとやっていて感心だ」


「教導教官にそう評して戴けてありがたく思います」


 レバノンの教官のそのまた教官だとして、島をそのように表す。

 やがて会長がやってくると島の顔を見付けて笑みを見せる。


「イーリヤ中佐、よく訪ねてきてくれた」


「斉藤会長、警備員の質が高くなっていて驚きましたよ。あと社名も」


 エスコーラの面々は日本語が通じないので黙っていたが、気をきかせた社員らが英語に通訳した。

 何はともあれ中へと誘われ、社員らの列を割って応接室へと入った。


「レディ。イーリヤ君の友人サイトーです」


 何と英語でそう挨拶した。まだ間違えが多いが、聞く側が注意をすれば充分に通じる。


「レティシア・レヴァンティン。プロフェソーラでも通る。あいつとは商売上の繋がりだよ」


 プロフェソーラと聞いて英語ではないと気付いてどこの言葉かを尋ねた。


「スペイン語です。もっとも彼女はパラグアイのミリシアのボスですが」


 今度はパラグアイかと笑って受け入れる。


「会社を大きくしたよ。クライアントから信頼が得られてね、これも中佐のおかげだ」


「社員の努力ですよ。それと――現在はニカラグア軍大佐です。キャトルエトワール旅団長」


 こちらはフランス語でして。そう付け加える。


「もう大佐か! 君には敵わんな」


 悔しいわけではなく、島の昇進が嬉しそうでたまらない。


「公僕ですよ、ただ巡り合わせが良かっただけです」


「うむ――実は私もこれからそうなろうかと準備中だ。国会にうってでようかと思ってね」


 漏らすまいかどうか迷っていたが、良いだろうと明かす。


「それは素晴らしい、応援させていただきます。してどの筋から?」


 政党が明暗をわけるが、個人としては応援するつもりは変わらない。


「与党側で進めているよ。だが今一つ公認に対して背を押す力が弱い」


 ――斉藤会長が国会議員になれば俺にも有利だ。後押しのカードは今使えば相乗効果が出るぞ!


「会長、離島についてのお考えは?」


 急に真剣な声色になって訊ねる、前置きは一切なしだ。


「無論あれは日本の領土だ、違うかね」


「違いありません。もし宜しければ背中を押すお手伝いが出来るかも知れません」


 カンザスで学んできた中には様々な内容があった。

 今目の前にいるのは取引相手だと割りきって見詰めている。


「聞こうか」


「ニカラグアとパラグアイ、二か国から離島は日本のものだとの強い声明を発する準備があります。それを確約する代わりに会長を公認の上位にとの約束を政党とは出来ませんか」


 つまりは外国政府とのパイプを持った新人として扱えと政党に捩じ込むのだ。

 秘書やら二世よりは即座に役に立つとアピールすると。


「それはどのクラスの確約かな」


「パラグアイ大統領、そして補佐官と経済団体全般。ニカラグアは大統領に首相、軍司令官が」


 政変が起きなければ間違いなく履行が可能だと太鼓判をおす。

 もしかしたらレバノンもと追加した。


「ハラウィ軍事大臣から?」


「スライマーン次期大統領候補からも」


「外国の三票とは恐れ入ったよ。して代償は何かね」


 取引は成立だと相好を崩す。釣り合う何かしか求めない性格なのを百も承知なのだ。


「政府開発援助の振り分けの融通、それとアフリカ支援の資金、あれの一部をコンゴ民主共和国へ向けて頂きたい」


 金額は変わらず中身のみ変えるならば官僚のさじ加減一つである。

 そこに見返りを求めるあたり、やろうとしたら出来るものなのだから断る理由など何もない。


「約束しよう。だがコンゴへはどうやって?」


「実は、それをどうにかしにこれから向かうわけでして。いつになるかわかりませんがね」


 二度、三度と首を振って天を仰ぐ。

 斉藤の中の忘れていた何かを刺激したらしい。


「君が世界の貧困や危険を相手にしているというのに、我々ときたら選挙にどう当選するかを考える体たらく。どこまで支援出来るかはわからないが、必ず一定の答えは出させてもらう」


 あそこに行くならば必要だろうと、衛星電話を沢山持ってこさせる。


「差し当たってはこれを使いたまえ。いや使って欲しい。私に出来ることはあまりにも少ない」


 連絡手段が無線だけでなく電話も使えるならばかなり幅が出てくるとありがたく受け取る。


「これが有ると無いでは天と地の差です。感謝致します」


 話を終えてから、会社の指揮通信室を見学させてもらうことにした。


 ヘルムにつけたカメラやマイクが警備員の行動を補助したり、リアルタイムで離れた場所から指揮したりと近代化が進んでいた。


 眺めていた全員が感嘆の息を吐いた。軍隊並みに高度なシステムである。


「こりゃすごいね、幹部が一人いたら数倍の指揮が出来そうだよ」


 スリム化だけでなく、問題の共有化は検討に値する。

 モラル的な部分でも末端が横暴を働けなくなるのが確実だ。


「ここにあるのは最新鋭の数々だよ。億単位の設備投資だ」


 そう説明されて無理だとわかったのか、学として見知っておくに留めてしまう。


 道場と呼ばれている訓練体育室にも案内された。

 そこでは武装した警備員が格闘を行っていたが、会長が見にきたので動きを止めた。


「どうかな大佐」


「プロフェソーラ、君のとこの部下が手合わせしてみるかい?」


 挑戦されていると感じたのか、レティシアは部下に目配せをして、やるように促す。


 上着を脱いで真ん中に一人進むと、警備員から防具を勧められる。

 邪魔になるからとそれを断った。


 合図で立ち合いを始めると、ものの数秒で警備員が組み伏せられてギブアップした。


「柔道?」


「ブラジリア柔術だね。まあこんなものだよ」


 得意気に答えるが島は渋い顔で答える。


「コンゴであれはいかん。敵は一人じゃないんだ、素早く倒さねば背中を撃たれちまうぞ」


 それはそうだと思い、もう一度組み付きなしでやるようにと、彼女からの声が飛んだ。

 部下は頷いて距離をおいて号令を待つ。


 今度は打撃で警備員を倒そうとするが、防具に阻まれて上手く行かない。

 もうよいと組打ちをやめさせて休ませる。


 ――誰彼構わず発砲するわけにもいかず、黒人の見分けもつかずだと夜中に苦労するぞ。

 近寄らせないのが一番ではあるが、なったときの対策を用意しておくべきだな。


「レティア、もし君が後ろから襲われたらどうする?」


 少し考えてから徐に質問する。男ならばすぐに頭を殴るなりして殺害するだろうが、相手が女ならば制圧して犯すやつも沢山いるだろう。


「首を羽交い締めされたら腕を掴むしか出来ないね」


 ――そうだよな。普段邪魔にならずにいざというとき、手に取らずに使えるようでなければならん。


「刃がついた指輪を着けさせるのはどうだろう?」


「手袋を履かずにならばいいだろね。腕輪なら心配ないけど使いづらいか……」


 悩みながらグローブに刃が着けばねと冗談を言った。


「それだ! 甲の側、ナックルにリベットをつけて、リングはリングでつける。刃がある部分だけ布を無しにすればいいな」


 特殊ならばオーダーメイドだとばかりに細かい造作まで決めてしまう。


「それならば私が懇意にしている会社を紹介しよう。営業所がこちらにあるが、大阪の工場だよ」


「会長ありがとうございます。早速向かいたいと思います」


 ついついすぐにと言ってから、先方の都合を考えなかったことを謝罪した。


「構わんよ、職人魂が揺さぶられると喜ぶはずだ」


 あるものを補充したり、値段を下げるために苦労するではなく、必要だから何とかつくって欲しいと言われて気合が入らない職人は居ないと請け負ってくれる。

 携帯で連絡をとり何度かやりとりをすると、すぐにでもどうぞと返事があったことを告げる。


 警備員に社用車を出させて送ってくれるとまで言ってくれた。


「重ね重ねありがとうございます」


「気にすることはない。友人の成功を祈っている」


 がっちりと握手すると車を走らせた。


 工場での打ち合わせは思いの外過熱して、通気性やら強靭さも最高級にすることで合意した。

 たかが手袋、されど手袋といったもので一双で万を軽く越える品になってしまう。


「おいくつご用意致しましょう」


 職人から商人の顔になって、五つでしょうか、十でしょうかとにこやかに訊ねる。


「こんな特注品は後々に手にはいるものではなかろう――」


 打ち合わせながら作った一枚を嵌めて、この生地が高性能になるかと呟く。

 品物には自信があると大きく頷いた。


「千組頼む」


「せ、千組でございますか!」


 想定外の大量注文に難色を示す。


「あの、お支払は――」


「現金で払っても構わないが、それならば明日になるな。カードで良いなら今払おう」


 時計を見ると夕方の四時を過ぎていたので順当な受け答えである。


「現金でお引き受けします。ですが仕事はすぐに始めさせましょう」


 カード払いでは手数料が掛かってしまうため、その数パーセントを儲けようと明日の決済を求めた。


「掛かる時間は?」


「五日間はかかります」


 ――二日ばかりオーバーしちまうな。荷物だけ送らせるにしても受け取りはどこになるやら。

 グロックに引き取りをさせるか? いやそんなことよりもやらせなければならない役割がある。


「三日後には日本を発つんだ、二日短縮するのに幾ら上乗せしたら頷いてくれるかな」


 歯に衣を着せないもの言いに職人が声をあげて笑いだした。


「二百万、それだけあれば知り合いをこきつかって完成させてみせる」


「では頼みます。世界中に宣伝してきますよ、最高の品はここにあるとね」


 邪魔になるから行った行ったと追い出されてしまい、下町の一角を歩くことになった。


「あんたの強引さは誰にでもみたいだね」


 言葉はわからずとも雰囲気で悟ったようで、無理を押し通したのは解ったようだ。


「手袋で六億グアラニってとこだな、指輪は安いものでも充分だが」


 面々がまたまたため息をつく。


「あんなものにそんなに出したのかい!」


「それだけの価値があると納得したからね。君たちにも進呈するよ」


 その為に用意するんだと笑う。


 ――いや実際、防刃繊維で速乾性、しかもリベット付の特注だ一度使い始めたら止められんぞ! もう少し簡略化してニカラグアの兵士にも配布したいものだな。


 感想を聞いてから検討しようと気にとめておく。


 机の上ではなく御膳に載せられて料理が登場した。

 そこには色とりどりの食材があり、見事な躍動感を醸し出していた。


「ああ、もう値段は聞かないよ。どうして日本はこんなものに手間をかけるんだろうね、胃袋に入れば同じじゃないか」


 全くわからんと両手を広げて降参する。


「これも経験だよ。好きなように食べてくれ、皿に載っているものは全て食べられるよ」


 緑のそれは辛いから注意だとワサビを指して教えてやる。ホースラディッシュと。


 期待通りの顔を並べてもらえて満足する。

 その後に辛口大吟醸を振る舞い、夜が更けていった。


 野暮用と纏めたあれこれを翌日に終わらせ、レバノンへのチケットを手配する。

 そこでプレトリアスらと合流し、ハラウィ大臣に面会するつもりだ。


 ――どうだろう、レバノンでもメンバーを雇えないだろうか、言語の面でかなり有利だが。


 看護士あたりの補助要員をここで揃えようと決める。

 患者から直接症状を聞き出せる医療側の人間は絶対に必要である。



 かくて空港ではトランクが四つにもなるグローブを抱えた一行が機に乗り込んだ。

 大阪職人の義理と根性が加工を間に合わせてくれた。


 ベイルート空港。幾度となく降り立ったこの場所の風景だが、少しばかり外国人が減ったような気がする。


 ――お隣のとばっちりだな。まあこれで正常化されるならば、堪えて将来に繋げるべきだろう。


 タクシーを捕まえようとして彼を呼ぼうと思い直す。

 案内板に並んでいる会社の番号を調べてコールする。


「ボンジュール、モン・アーメドを。島とお伝え下さい」


 言われた通りに受付の男性が繋ぐ。


「代わりました。島中佐でしょうか?」


「ああ、まだタクシー運転手はやってるかい。五人で空港にきたんだが――」

「やっていますとも。すぐに行くのでお待ちください!」


 喜んで電話を切って駆け出したのが伝わってくる。


「お気に入りのタクシー会社?」


 たくさん客待ちしているのにわざわざ呼びつけるのを見て首をかしげる。


「そうさ、彼が居たから今の俺がある。人の繋がりは大切にしたいものだね」


 ベンチに腰かけて到着を待つ。温暖な気候で過ごしやすい地域だったなと思い出す。

 比較するのが摂氏五十度のジプチや、熱帯のジャングルではどこでも快適だろうが。


 クラクションを鳴らしてマイクロバスが近くに停車した。


「お久し振りです!」


 現れたのは五十代になって落ち着きが貫禄になってきた彼である。


「元気そうで何より。司令部までの近距離で悪いが頼むよ」


「司令部でも大統領府でもお任せ下さい。皆さんもどうぞ」


 女性は島の妻か何かかとも思ったが、ボディーガードが全て彼女の側なので違えば失礼と触れないことにした。


「あれからツアーは順調で、今では日本以外からも客がきます」


「口コミは強いからな。日本の警備員を見てきたが、効果が出ていた」


 何度となく仲介してきて今や主力事業です、と嬉しそうに喋る。


「実は社を任されることになりまして」


 少し照れながらそんな告白をする。所有者は他にいるということだから、雇われ社長にでもなったのだろう。


「それは目出度い、俺からもお祝いさせてもらうよ」


 また何か回せる仕事があればそうしようと約束する。


 いつもの司令部の前で下車すると階段を昇り衛兵に告げる。


「元レバノン軍事相付顧問、ニカラグア軍イーリヤ・ハラウィ大佐だ。ハラウィ閣下に面会を要請する」


 入り口で騒ぎを起こして遊ぶのはやめにして、すんなりと取り付けるような申告を行う。

 いくら知らない顔とはいえ、自分達の最高司令官の顧問だった人物が同じ姓を名乗ったのだから、まずは一報をといったところだろう。


 すぐに通行許可が下されて、案内の軍曹が先導してくれた。


 司令部奥の階段を昇り執務室手前まで招いて戻っていった。


「島大佐入ります」


 開かれた扉の外で声をかけてから中へと踏み入れる。

 そこで白髪まじりになったハウプトマンが待っていた。


「島大佐か、閣下は不在だが早めに戻ると言っていたよ」


「ハウプトマン大佐、ご無沙汰しております。こちらフラオ・レヴァンティン」


 ドイツ語を交えてそう紹介する。彼女もそれで相手が何者かを察するというものだ。


「ヘル・ハウプトマン、あたしはレティシア・レヴァンティン。パラグアイくんだりから道連れでやってきたけど、こいつの強引さは誰譲りか教えちゃくれないかね」


 雰囲気そのもので乱暴な口調であるが、それはそれで好感を抱いたらしい。

 それが軍人としてなのか、ドイツ人としてなのかはわからないが。


「私の悪い面を引き継いだのだろう、すまないが付き合ってやってもらいたい」


 掛けなさいと椅子を勧めてコーヒーを運ばせる。

 ビールが良ければハイネケンがあると笑って冷蔵庫を指差す。


 レティシアがそいつを貰うよ、と飛び付いたのでにこやかに頷いてどうぞと認める。


 ――大人の態度とはこのことだな。円熟の域に達した武官が政治家の適性を持つってのは本当だな。

 事の良し悪しと優先順位が理解できていれば大過無くと。


「シリアは片がつきそうでしょうか?」


 内戦状態に突入したシリアは、首都すら戦場になっていると噂が流れていた。

 国軍は反政府勢力を鎮圧仕切れなくて、国外の友人らに支援を呼び掛けている。


「暫くは収まらんだろうな。どさくさ紛れに諜報員を入れてるが、現地でも情報が錯綜しているようだ」


 偽の情報がどれか見抜くにしても、刻一刻と状況が変わるために見極めが難しいと述べる。


「ヒズボラの徴募係がアフリカをうろついているようです」


 コロラドからの情報を一つ明かしておく。恐らくは兵を募るための下地で、党員の確保だろう。


「いよいよ南レバノンが狭いと思ったのだろうさ。イスラエルを通じてアメリカの耳に入れてやるよ」


 国際指名手配になれば空港で難儀するだろうと妨害をしておくと、情報に対する答えを示した。


 ――合理的で適切な行動だ、大国は上手いこと使わねばならん。


「おおっ先に来てたか龍之介君」


 喜色を浮かべてやってきたハラウィ大臣に気付いて二人が起立、敬礼する。


「先だってはご迷惑をお掛けしました」


 深く叩頭して不明を眼前で詫びる。


「人に失敗は付き物だ。参ったと、生きて帰ればそれで良い。そちらのお嬢さんを紹介してくれるかな」


 良い良いと笑顔で頷き、女性を待たせるなと促す。


「こちらレバノン軍事大臣ハラウィ中将。彼女はパラグアイミリシアボスのレヴァンティン」


「うちの義息子が世話になったようだ。何もないがゆっくりしていって欲しいレディ」


「こいつにゃ一体何人親父がいるんだろうね。プロフェソーラだ、麻薬が入り用ならあたしにいっとくれよ」


 敢えて大臣の目の前でそのような態度をとる。

 しかしハラウィは笑顔を崩さずに、そうしようと答えた。


「閣下、逸品が御座います」


 鞄を一つ開いて手袋を取り出す。


「これは? ――なるほど、強靭で快適な物だな」


 ハウプトマンにも渡して評価を求める。


「この切り込みが気になる。良質な品なのは間違いないな」


 興味を持ったようで熱心に引っ張ったり透かしたりしてみる。


「実はこいつとセットです。このように」


 針がついた指輪を着けてから手袋を嵌める。切り込みにぴったりと一体化した。


「ナックルリベットがあるのにニードルを?」


 大臣が考えを巡らせるが、どうにも蛇足じみたものに思えて仕方ない。


「こいつは組みつかれたときに腕をチクリとしてやるためですよ。彼女が後ろから羽交い締めにされた時に、逃げる手立てがないかと考えた結果がこれです。ついでに防刃繊維なのでナイフを握っても斬られません」


 なるほどと納得の声が上がった。

 鞄一つ進呈しますと机に載せる。


「それは嬉しい、ハウプトマン大佐管理を頼む」


 現金より気になる品が上位になるらしい。大佐クラスにもなれば金にそうそう心配はいらないはずなのに、口許が綻んでいた。


「パラグアイの投資だが、初回の返済が最早きていたよ」


 順調に回っているようで一次工場も稼働しているらしい。

 河川の往復が増えたことによる精製の加速が要因だろう。


「借金を踏み倒すことにならずに自分も安心しました。三年後には返済が終わっているでしょう」


 元本返済は五年先になるが、利益の上乗せが三割程なのでその位になる見通しであった。


「して次は何処で何をするつもりかね。顔が輝いてるよ龍之介は」


 嬉しそうに笑ってその後を尋ねてくる、何らかの支援をするならば任せろと言わんばかりに。


「実はアフリカに。コンゴで一つ暴れてみようかと思いまして」


 むむむ、と唸りを上げる。世界で五指に入る危険地帯だとハラウィが受け取る。


「ニカラグアの進駐? まさか国連軍ではなかろうが」


 常識的な線で予測してくる。


「自分の個人的な行動ですよ。クァトロ特殊旅団、本国に籍だけはありますが記録では自分と部員若干のみの所帯です」


 国からの支援は無しです、と大まかな背景を明かす。

 現地ではキャトルエトワールと呼称するとも説明を加えた。


「何故そのような危険を敢えて君が?」


 その場の全員が知りたいと耳を傾ける。


「誰かに怯えて暮らしていたり、自身だけではどうしよもならない境遇でただ堪えたり、そんな者を喰い物にする奴等が嫌いなんですよ。だからテロリストや犯罪者組織を壊滅させてやろうと、生きてるうちの目標にしました」


 ハウプトマン大佐が手にしていた鞄を取り落としてしまい、失礼と謝罪する。

 明らかな動揺が見てとれた。


「私に何か出来ることはあるかね」


 やはり大臣がそのように申し出る。


「日本の――離島を巡る問題で再度の声明を出していただきたい。領有は日本のものであると」


「前々からその声明は出しているが、それがコンゴと何の関係が?」


 全く結び付かない要請をされて不思議な顔をしてしまう。


「閣下もご存じの日本の警備会社、あのトップが国会議員に立候補します。その背景で海外の政府とのパイプを強調する意味からでして」


「お得意様の利益と言うわけか。大統領に話を通しておくよ。他にはないかね」


 そんな簡単なことでは無く、もっと差し迫った何かをとリクエストされてしまう始末である。


「コンゴで働くフランス語やキコンゴ、ルワンダ、スワヒリあたりの言葉がわかる看護士候補を探そうかと考えております」


「病院衛生大臣に協力を依頼しておこう」


 そのように即答して満足する。

 話がついたあたりでハウプトマンが話しかけてきた。


「グロックはまだ一緒に?」


「はい。先任上級曹長には旅団全体の補佐をさせております。あれより軍務に通じた者は自分の部下には居りません」


 同じ大佐なのだから敬語はいらないと言われるのだが、敬意を払う相手に丁寧になるのは自然なことであろうとそれをやめない。


「現地での武装は手配出来ているかね。難しいようならば私から武器商人を紹介するが」


 ――実はまだ見通しがはっきりしない。これは助かる。


「ありがとうございます。南スーダンに後方基地を置くつもりです。是非とも紹介お願いします」


 佐官にあって長年になれば、そのような業者に転身する戦友も幾人かいるらしい。


「任せろ。医師が詳しいがあそこはエボラ出血熱の発生地だ、一定の割合で感染が起こるだろう。予防は不能だ、兵の治療に必要な薬品は規定の十倍は置くべきだ」


「助言ありがとうございます。無様にのたれ死ぬことなきよう、諸事一段の注意を行います」


 ――医薬品はヨーロッパで集めてから持ち込まねばならんな。医師団の長に部外の人間を置くべきだろうか。

 保管には冷蔵庫を必要としたりもあるだろう、車両で代替出来そうならばそれらも手配がいるな!


 夕食の同席を約束して一旦司令部を後にした。


 門衛の軍曹が気を利かせて入り用ならばと車を回してきた。

 魚心あれば水心ありと、名前を聞いておいて大臣にそれとなく気が利くやつだと宣伝するのを約束してやる。

 運転手にも軍用外使用の為に、ドル札を握らせてご苦労さんと笑顔を向けてやると、物凄い勢いで敬礼した。


 やけに黒人が多い地域にやってきた。

 一行を見て警戒するが、とある一人がモン・コロネルと口にすると大慌てで地べたに膝まずいて拝み始めた。

 辟易しているとプレトリアス・トゥヴェー軍曹が駆けてきて最敬礼で迎える。


「お待ちしておりました大佐殿」


「何だか拝まれてるが、変な噂を流したやつは誰だ」


 黒い顔で苦笑して、気にしないで下さいと郷の中央へと案内する。


 左右に並んだ男たちが頭を垂れて迎える。


 ――なんなんだここは。多少はあるかと思ったが、まるで王様でもきたかのような雰囲気じゃないか!


 エスコーラが困惑しているのがありありとわかる。

 やがてプレトリアス少尉と年輩の長老らしき人物が現れ、島を上座に据えた。


「大佐殿、紹介致します。プレトリアス族長で、自分の祖父です」


「一族に繁栄をもたらすモン・コロネル。初めてお目に掛かる、プレトリアスで御座います」


 ――そりゃプレトリアスだろうな!


「ニカラグア軍イーリヤ大佐です。少尉には幾度も命を助けて戴きました、感謝しております」


 奥へどうぞと言われ、さながら玉座のような場所を示される。


 ――こいつはやりすぎだ、このあたりでやめさせねば後が怖いな。


「連れもいるから会議用のテーブルがあれば話しやすい。族長、我々の同盟者パラグアイミリシアのボス、マドマァゼル・レヴァンティンです」


 ここでは絡むつもりがないのか、案外あっさりした挨拶だけを交わした。

 狂信者の集団とでも思ったのかも知れないが。


「少尉、レバノンで看護士を集める。現地の言葉がわかるもので男のみだ」


「ダコール。要員にプレトリアからスワヒリ語やルワンダ語がわかる者を集めてあります」


 南アフリカのプレトリアではそれらの言語は利用されていない。

 だが外国語として話せる者は一定の割合で存在している。


「うむ、それは助かる。その意思があるならば全員雇用する」


「はっ、ありがとうございます。キシワ大佐」


 抜けるような発声で島をキシワと呼んだ。


「結構だ。それでこそプレトリアスだよ」


 スワヒリ語を解するようになったとのアピールを素直に受け取っておく。


 族弟らも同じく修めたそうだ。スワヒリ語がわかれば、ルワンダ語やキコンゴ語もほぼわかる。

 それらは方言がきついスワヒリ語みたいなものである。


 アラビア語のアルと同じで、キシワとは島であるシワに定冠のキがついたもので、キコンゴはコンゴ語になる。


「現地ではプロフェソーラの護衛も任せる。咄嗟に敵味方を見分けるには、やはり黒人が有利だ」


「お任せ下さい。プロフェソーラ殿、以後よろしくお願いします」


 彼女にしても常に島の傍にいた人物が担当になるので信頼を表す。


「こいつら三人も計算に入れて構わないよ。お前たちも少尉の命令には従いな」


 パラグアイで何度か顔を合わせていた一人が代表して承知した。


 ――あとは何かやっておくべきことはないか?

 空輸の伝をつけておきたいが、あんな場所までチャーター可能なものがどこにあるやら。


 考えてはみたが南スーダンではやはり陸路を使うしかなかった。

 片田舎に空港があるはずもなく、チョッパーでは航続距離が心配になる。


 ――軽飛行機やセスナあたりで緊急時に対応位は出来るようにしておくか。


 夜になりワーヒドで会食をして、ハウプトマンに武器商人を紹介してもらう。

 フランス在住とかで呼び寄せても良いが、実物を見て注文したいなら訪ねた方が良いと言われ、医薬品の手配も兼ねてパリに飛ぶことにした。


 少尉らには看護士の募集を任せ、軍曹一人を同伴し六人でド=ゴール空港に降りる。


「観光するなら案内するよ」


「どちらかというと武器商人が気になるんだけどねぇ」


「じゃあ武器を眺めに行くか」


 ブラジルでは軍からの横流しでしか手に入らなかったようだが、ヨーロッパでは軍からは流出せずに、専門業者が紛争地域から逆輸入の形で流通していた。

 製造番号などはグラインダーで削られ、部隊では破壊による欠損廃棄で書類が決裁されるそうな。


 弾薬に至っては小規模な銃撃戦でどうとでもなる。

 多大な数字が欲しくなれば、敵による武器庫の破壊で山のように行き先不明の兵器が闇に消えていった。


 ロシアで原因不明の武器庫の爆発は、その九割がこの手の関係だと言う。

 軍人への給与が半年も止まっているようでは、それも仕方あるまいが。


 フォン=ヒンデンブルグと名乗った武器商人は妙な貫禄を漂わせていて、それでいてドイツ系の信頼感があった。

 元大統領と同じ姓である彼は、ハウプトマンと同世代の容貌を窺わせる。


「紹介を受けたイーリヤです」


「聞いております。ヴァルターの話ならば安心して何でもお譲りします」


 ――あの大佐をヴァルター呼ばわりか。敢えてそう呼んだならばこちらから尋ねても良かろう。


「フォン=ハウプトマン大佐とは長いのですか?」


 二重の施錠がある鉄網の扉を抜けて薄暗い通路を地下へ進む。


「長いと言えば長い、かれこれ二十年以上です。あれとはフランス陸軍で知り合いました、戦友ってやつです」


「実は――自分もフランス陸軍出身でして」


 同じ軍が出身ならば気を許せると自ら吐露する。仮にハウプトマンから聞いていたとしても、本人が言わねば触れないのがルールである。


「ほう! 私はボルドーの警備師団でしたよ」


 大したものではないと自嘲する。戦友と言ったからにはいずれかの実戦はしたはずで、ハウプトマンがレジオンなのだから簡単な戦のわけがない。


「レジオンの第二落下傘連隊でした、砂漠専門の第八中隊です」


「そいつは嬉しいね、奴の直系の後輩じゃないか。そりゃ可愛くて仕方ないだろうさ」


 あれもコルシカだったよ、と三つめの扉を開けながら呟く。


「呆れたね、あんたには堪え性が無いようだ。今まで何回鞍替えしてきたんだい」


「さてね、忘れちまったよ。軍は変わるが女は一筋さ」


「はっ、バカを言ってんじゃないよ」


 スイッチを入れると地下室の照明が点いて全貌が明らかになる。


 幾つかの棚に分けられてかなりの数が陳列されていた。

 さながら展示会で一覧を見ているかのような錯覚に陥る。


 名前や簡単な性能が張り付けてあり、品を選ぶ際に参考になる。


「ここにある品は全て取扱い可能?」


「可能ですが、受け渡しの場所や数量はご確認を。中には割りに合わないものが出てきます」


 注意点を先に述べる。悪徳な商人ならば不利な部分は聞かれない限り答えようとしない。


「現地渡しで計算して欲しい。南スーダンだ」


「承知しました。一回の輸送で終わるならば価格は生の数字でご説明いたします」


 大きく頷いて品揃えをみて回る。プロフェソーラも興味津々で目を輝かせていた。


 ――小銃に狙撃銃、短機関銃は十対一対一の割合で揃えよう。十二人分隊を編成だ。

 迫撃砲、野砲、軽機関銃、重機関銃は補充が効かないと考えねば。


「ちなみにAK47カラシニコフだが、この小銃は一丁幾ら位だろうか。中古で構わんが」


 新品同様の物は最早存在してまいと、三世代は前の品を指す。

 だが侮ってはいけない。最新兵器は故障が多くてメンテナンスの期間が短い。

 砂が噛んでも水につけても射撃不能になりやすいのだ。


 その点で古い品は泥水にぶちこんでも、砂嵐を行軍しても即座に発砲が可能な信頼と実績を誇る。

 ましてやアフリカ内陸で現地人が使う品となれば、そちらの方がより適当だっりする。


「場所が場所だけに幾つでも。一丁七アメリカドルですよ」


「たったの七ドル?」


「需要と供給の市場原理です。大量なら五ドルにしても構いませんよ」


 ――レジオンで使っていたFAMASは確か千五百ユーロとか聞いたことがある。ドルに直したら二千ドルあたりだろうか。

 部員にはそれを支給して、兵士にはこちらだな。


「FAMASも可能?」


「三十丁位までならば、二千二百ドルです」


 種類をメモして値段を書き込む、本来AKも新品なら数百ドルは掛かるものだが。

 島も必要数量と様々な兵器を指して、三周目をヒンデンブルグとまわる。


「輸送費込みで凡そ三十三万ドルになりますね」


 メモを確認しながら島に一覧を見せる。


「頃合いだな。他にセスナなんかも扱いは?」


「仲介可能です。車両もいかがですか」


 ファストフードでポテトでも勧めるかのように次のカテゴリーへと話を変える。


「セスナだけはまだ滑走路を作らねばならないから後にしたいが、車両はオープンなジープを二十両、幌付トラック四台、冷凍ユニットがついた箱車四台、発電機や予備パーツあたりも欲しいな」


 律儀なドイツ人はそれぞれをわざわざ概算でアフリカ修正をして値段を見積もる。

 その間に漏らした内容が無いかを手帳を見て確認する。


「すると……八十二万ドルに。セスナの輸送費はこちらで負担しましょう」


 金額がはるうえに、そのものが空を飛ぶのでオマケで対応してくれる。

 このうち幾らかはハウプトマンに渡るわけだが、あまりに少額では面子がと考えてしまった。


「引き渡しは一ヶ月後に、半金を三日以内、残りは指定口座に振込を。現地電子決済はドル払いで?」


「ドル、ユーロどちらでも。混合でも全く構いませんが、換算はドルに従って」


 全てを取り決めてから電子入金で税金がと思ったが、武器商人がそんなヘマをするわけもなく、タックスヘイヴンと呼ばれる無税、または無税に近い国にペーパーカンパニーを持っているそうだ。


「南スーダンで戦争でもするつもりですか」


 別に答えを聞きたいわけではない、会話を途切れさせないためである。


「ああちょっとね。無ければ無いでありがたいが、相手があるから何とも言えないね」


 そいつはそうですね、と仕上がった発注書にサインをして手渡す。

 内容を確認してから崩したひらかなで、しま、とサインした。


 まるでアラビア文字のように見えるが、アラビア語を知っていても何かの記号にしか思えない。


「では一ヶ月後を心待にしています」


 二人は握手を交わして南スーダンでの再会を約束して別れた。

 内側からは扉が簡単に開くように細工されており、何かあれば脱出が容易に可能な備えがあると納得して階段を登った。



 ハルツームから乗り継ぎで南スーダンの首都ジュバへと入った。

 この地はまだまだ発展途上で大型航空機が乗り入れられる滑走路がない。


 いずれ首都を移転させる計画すらあるため、仮の都市機能を有しているだけと認識する必要がある。

 人口とて三十万に遥かに満たない地方都市、道路には信号もなくそもそも道らしい道が殆ど整備されていない。


 工事をするための機械を搬入出来ないような話から始まっているのだ。


 外国人の、それも白人以外の集団がやってくるのはそれだけで目立った。


 空港から――といっても学校の体育館位の大きさしかない――出るとドゥリー軍曹が待っていた。

 プレトリアス名が混乱を招くため、各位にコードネームを名乗らせたのだ。

 アフリカーンス語で三を意味するドゥリーは、軍曹らの真ん中の兄弟である。一は少尉に割り振ったそうだ。


「ようこそ陸の孤島へ。司令が待っております」


 ――ここにきて大分接しやすくなったな、個性を抑えていたんだろう。


「ドゥリー軍曹ご苦労だ。では案内してくれ」


 ボロいヴァンに載せられデコボコの荒れ地をどのくらい走っただろうか、簡単な木造家屋かプレハブらしきものが点々と見えてきた。


 車からは見えなかったが小さな土の山の影から突如黒人兵士が現れて停車を命じた。


「身分を明かせ」


「プレトリアス・ドゥリー軍曹だ」


「どうぞお通り下さい」


 堂々とそう名乗ると黒人は敬礼して道を開けた。


「良い場所に控えさせたな、あれは上手く出来ているよ」


「ありがとうございます。実はあの小屋は全て偽物でして、居住区は半地下にして脇にございます」


 にやりと笑い秘密をばらす。誰がどうみても攻撃するなら小屋だろうと満足げに頷く。


 ――兵営はビダ曹長が仕切っているはずだが、この入れ知恵は別口だろうな。


 例の人物の顔が浮かぶ、もう前線には出さずに支援の要として後方に据えると決めたあの顔が。


 物陰がスロープになっており、車がそこへ吸い込まれるように入っていった。


「塹壕住宅地ってわけか」


 ヨーロッパ戦線では第二次世界大戦で塹壕戦が行われた。


 その技術は受け継がれ、見事な完成度を見せた。

 まるで迷路のように見通しが利かず、あちこちに退避が可能な部屋を設けて、更には長期にわたる居住が出来るような施設を点在させていた。


 ――まだ表だったことは出来ないからな、もう少しはこいつで我慢だ。


 一際大きな広場には柱が立てられて天井を支えている。

 司令部として機能しているのだろう、無線がちらほらと置かれている。


 見慣れた顔の男がにこやかに迎えてくれた。


「我等が住まいへようこそ。引っ越しの際には近くの協力者に進呈しますよ」


「そう長くは居ないさ。クローネンブルグを五箱だけ手荷物だ、コンテナは二日でやってくる」


 笑顔で敬礼を返して勧められるがままに司令席に座る。


「ドゥリー軍曹、部員に召集をかけろ。十分で地上に整列させるんだ」


 少佐に命ぜられて足早に退出していく。


「おっと、レディーをお待たせして申し訳無い。男所帯で気が利かずに」


 どうぞと椅子を勧めるロマノフスキーを見て「ギカラン」と痛烈な一言を投げ掛ける。


 フランス語で、女好きといった意味合いである。

 そんなものに怯むわけもなく、当の本人は鼻唄混じりでご明察と認める始末であった。


「医師団とマリー中尉、プレトリアス・フィル軍曹らはコンゴ入させています」


「中尉は出身がそうだったな、ベルギー領コンゴだったこともあるし妥当な人選だと思うよ」


 現地に同国出身がいるとは思えないが、言語として一番近いベルギー訛りフランス語が話されている。


「医薬品が最早底をつきそうだと補充を求められております」


「二日後にあれこれまとめてやってくるよ。車もだが、整地が可能なブルドーザーやらアングルが欲しいな」


 とはいえそれを運び込めないから困っている。


 ――時間がかかっても良いからナイル川を遡上させるしかないか。船舶だな、パラグアイでの経験を生かさせよう。


「後方基地とコンゴを結ぶ道を整備したいと考えます」


 よほど難儀したのだろう、少佐も道をつけるべきだと進言する。


「重機をナイルから陸揚げさせよう。ポートスーダンとスエズならどちらが早いものかな、そもそも川賊に何回遭遇するやら」


 抵抗して頭に来た賊からロケットを撃ち込まれたらやり直しになる。

 かといって空からは運べなく、人力などもっての他である。


 小型重機ならば空輸も出来るのかも知れないが、延々道を切り開くにはやはりサイズがものを言う。


「川からですが、一両アレを運ぶ際に握らせてやったらすんなりやってきましたよ」


 パラグアイで中破させた装甲車、それと破壊した二両も部品としてまとめて回収し、武装解除してヨーロッパの工場に持ち込み修理させた。

 難色を示されたが、攻撃能力がなく交換部品も用意してきたものだから、個人の工場で高額のスポット仕事としてやってくれたのだ。


 無論、領収証不要の現金払いが条件である。


 EE-9カスカベルが装甲をつけた自家用車として、遠く南スーダンで第二の人生を送り始めている。


「とんだ言い訳が通ったものだな」


「喋らないくせにドル札は実に雄弁ですよ」


「あんたらときたら悪党と大差が無いね。やってることはきつい冗談以下だよ」


 二人は目をあわせて「お褒めに与り光栄です」と、十分過ぎたことを確かめて席を立った。


「アテンション! 敬礼!」


 整列した兵士たちが曹長の号令に従い見ず知らずの島に敬礼する。

 英語が使われているのは、スーダン南部がイギリス植民地であった名残である。


 部員らのうち戦闘部隊の指揮者は兵士らの最前列に在り、護衛以外の要員が脇に並んだ。


 ロマノフスキーが先に一歩前に出て口を開く。


「諸君、いよいよ我等は活動の第二段階に移る。本格始動までに様々こなす必要があるが、何よりも先にボスを紹介する。大佐どうぞ」


 今までロマノフスキーがボスだと信じていた現地人が少し驚いて、黄色い肌の男に視線を送る。

 誰がどうみても白人の少佐より劣るだろうと疑問に思った。


「キシワ大佐だ。我々は協力者に仕事と外貨を与え、保護するだろう。だが裏切り者は一族悉く処分する、何が得かをよくよく考えて欲しい」


 短くそれだけを告げると引き下がる。


 ――この地で俺に親しみやすさは要らない。力と代価で従ってもらえればそれで良い。甘い顔をしたらたちまち苦境が待ち構えることになるぞ!


「ということだ、解散。曹長以上は司令部に出頭せよ」


 集まった部員らを見回してからロマノフスキーに尋ねる。


「ハマダはどうした」


「ハマダ伍長ならば兵士と待機しています」


 ――伍長だと? ロマノフスキーやサルミエと同じ流れだろうか。


「出頭させろ」


「ダー」


 その場の最下級である曹長に呼んでくるよう命じる。

 居並ぶ部員らは無言で休めの体勢をとったまま音を発しない。


 すぐに曹長に連れられ伍長が現れた。


「ハマダ伍長出頭致しました!」


 余計な挨拶も何もなく、島の言葉を待つ。


「ハマダ、おじさんは元気かい」


「はい。農園を買い取り一族で暮らして居ります」


「どうして伍長に?」


 繋がりだけを知らしめるために敢えて話題にするが、すぐに本題へ移った。


「ガーナ軍に除隊証明を提出出来ず、二等兵から再出発したためです」


「わかった。司令官権限を以て、今よりハマダを少尉に任官させる。列に並べ」


 将校に任官させる権限があるのを、少佐以外に初めて明かす。


「慎んで拝命致します」


 そう答えるとサルミエ少尉の左へと場所を移す。


 口を閉じて間を保つ。するとロマノフスキーが「気を付け!」と鋭く声をあげた。


「我々の目的はコンゴ民主共和国に於いてニカラグアの正義を示すことである。呼称ニカラグア軍デ=クァトロ旅団、通称キャトルエトワール。司令官キシワ大佐だ」


 風聞に耐えるよう名前を現地風に呼ばせる。同時にニカラグアとは無関係を貫くように厳命する。

 国が表に出るのは成功した時だけだと。失敗は死を意味するのを覚えておけと一人ひとりを見詰めた。


 承服できないならばこの場を去ることを許可すると、十秒与えるが誰も動かない。


「序列を定める。副旅団長ロマノフスキー少佐。医師長ドクターシーリネン大尉待遇。副官レヴァンティン大尉待遇」


 そう勝手に決めてしまってからチラリと視線を流すも、もう好きにしな、との仕草をする。


「実戦部隊長マリー中尉。護衛部隊長プレトリアス・エーン少尉。本部付将校ブッフバルト少尉、同サルミエ少尉、同ハマダ少尉」


 本部付とは言うが事実上ロマノフスキーの補佐に付くことになる。

 また中尉が負傷したら即座に代役を務めるようにもなる。


 誰もが――大尉待遇を別にして――呼ばれると短く返答する。

 幹部としてはこの面々になるが、曹長以上を集めた為にもう少し続ける。


「旅団付下士官グロック先任上級特務曹長。諜報主任コロラド曹長。兵営責任者ビダ曹長」


 然り気無くグロックを昇格させる。異論があったとしてもこの場では黙って飲み込むだろう、そう見込んで。

 現実には何ら変わりはないが、準士官として皆は敬意を払えとの意思表示であった。

 旅団付とはいわゆる幕僚である。主たる任務はなく、旅団そのものを補佐する地位であり、本来は将校が任じられる。

 例外として下士官の代表がそこに一名のみ名を連ねるのを許されるが。


「方針を説明する。これより二日後に装備品や医薬品を積んだ機が到着する。それを回収し第二段階の作戦を遂行する、少佐」


 担当責任者であるロマノフスキーに詳細を任せる。


「装備品回収には留守を除いた全員であたる。これが無くば更なる棘の道が待っているからな。その後、現地へ先乗りしている医師団へ補給と看護士増加、警備兵力の増援を行う」


 延々と陸路を六百キロだから容易ではない。

 鉄道どころか穴だらけの道路を進ませる。今回は車両が充分にあるから、歩きは少ないと励ましてやった。


「建設重機の陸揚げを後続として、完全に基地を移転する」


 継続的な補給については何も語らない、当初は南スーダンから送るつもりであったが、一般物資ならばルワンダやブルンジから運ぶのも可能だろうと、変更を計画中である。

 滑走路次第では輸送機をチャーターしたり、無理でも輸送ヘリを使ったりを検討中である。


 いずれ現地周辺での協力者の具合により、危険と時間の天秤をとのことだ。


「重機が来るまではマンパワー全開で警備と防衛だ。あれが着いたら拠点を造営する。先発は俺が、後続はブッフバルト少尉が指揮を執る」


 やらねばならないことが山とあるだろうため、少佐が先発をまとめると宣言する。

 島がこまやかな配分はロマノフスキーに一任すると軽く触れた。


「現地人の無償診察、生活の保護、労役による雇用が根付くまでを第二段階と定める、以上だ。大佐殿」


 主導権を戻して島の発言を待つ。


「プレトリアス少尉と先任上級特務曹長は俺に随伴だ。敵味方の選別をしようじゃないか。コロラド曹長は正規軍の動向を探れ」


 いつものように曹長を単独行動させる。

 場所柄プレトリアス・トゥヴェー軍曹をつけ、言語の面で補佐させる。


 何をどうすれば任務が達成できるか、現時点での未来は島もわからなかった。

 だが自分が今何をすべきかは頭に浮かんできた。


 部員を解散させると、広い司令部に数人が残った。

 相変わらずプレトリアスは出入り口近くに身を置いて、必ず島を視界に収めている。


 少佐と大尉ら、それに先任上級特務曹長は座れと言われて腰を下ろした。


「医師長、こんなことに巻き込んですまんね」


 部外者である彼は、元国境無き医師団や、国連主管の難民医療に携わっていた。

 だが国際的な規約やら何やらで、全く機能をしていない組織に見切りをつけて、パレスチナを中心とした中東で個人的な活動をしていた。


 そんな活動を知っていたレバノン政府が、此度の島が主導する作戦にと推薦してきた。

 五十に手が届きそうな彼は、こんな性格が幸いしてか独身である。


 医療を施したくても自由になる金がなく、風変わりな男を抱える病院も無かった。

 両者の目的が一致したため、フィンランド人の彼は島と握手と相成る。


「先ほどの話を聞いても国連あたりとは天と地の差ですよ大佐。医師のとりまとめは任せて下さい、医療には金が掛かりますがね」


 さっそく懸念している部分を牽制してきた。

 作戦に必要な医師らを繋ぎ止める為にも、大尉の言葉には常に耳を傾けるつもりである。


「医療品ですが、初回の分は手配済みです。次の補充に入れたい物を申請していただければ、何かしらのルートを通じて取り寄せましょう」


 学位であるドクターに敬意を払うため、互いに敬語を使う。


「現地医療は数です、それに一握りの奇蹟があれば成功でしょう。どうにも助からない者は最初から薬を使いません。それで宜しいか?」


 これまた医療に関するトリアージと言えようか。

 無駄にする医薬品があれば、助かる見込みがある者に回す。非人道的な所業ゆえに、国連では全力を尽くすべしと規定されていたそうだ。

 結果、薬が足らなくなり往生するという。


「結構です。医療分野についてはドクターに決断を一任します」


 裏もなく堂々と正面切って断言すると、大尉は満足そうな笑みを浮かべて請け負った。


 もう一人の大尉に目を向ける。


「レヴァンティン大尉、俺が気付かない部分での助言を頼む」


「今更文句を言う気にもなれないね。まあいいさ、何かしらの見返りはあるんだろうね」


 彼女がいる限りエンカルナシオンは財源であり続けてくれる、その見通しもあり破格の見返りを約束する。


「ダイアモンド鉱山から出てきた一番大きなやつをプレゼントするよ」


「はっ、ダイアモンドどころか現地を見てすら居ないのによく言うよ。出なかったじゃ承知しないよ」


 腕組をして眉をひそめるが、それは承諾した意味だなと詰め寄ると、好きに解釈しなと突き放される。

 何故か微笑ましいと感じた者が中に混ざっていた。


「先任上級特務曹長、ああは言ったが将校になるならすぐにでも任官させるぞ」


「お心だけありがたく戴きます。旅団付ですら過分な待遇でございます」


 ――ふむ、考えてみる位は言えんもんかね。


「今まで攻勢の作戦はしてきたが、守勢で推移する作戦は無かった。忌憚無い意見を期待する」


 思えば何かを攻めることばかりしてきた、民の保護など上手くいくのか見当がつかない。


「何も守りばかりが守勢維持に繋がるわけでは御座いません。攻められない為の工作をするのも有効でしょう」


 詳しくは語らない、あとは自分で考えろとのスタイルは、島が軍に足を踏み入れてから全く変わらない。


 ――攻められない為、か。強固な要塞ならばわかるが、他に攻めづらいのはなんだろうか?

 物理的に攻めづらいのと、心理的に攻めづらい、はたまた経済的やら社会的やらがあるか。

 攻めても落ちないと心理的にやりたくなくなるな、攻略や交戦に必要な装備を揃えるなどの経済負担もだ。聖地であったり休戦区域ならば社会秩序を鑑みて攻めづらかろう。


 考えどころを指摘されてみると、案外色々と浮かんできた。

 まずは防御拠点から始めようと心を決める。


「ロマノフスキー少佐、ま、上手いこと頼むよ」


「お任せあれ、我等が大佐殿」


 少佐とはそれだけで終えた。


 装備品の到着と支払いを済ませた島は、ロマノフスキーらに事後を託して、ジュバ空港から南へ千キロ、タンザニアの首都ドドマへと飛んだ。


 東アフリカの拠点であるこの国は、イギリス植民地である過去を持っている。

 海上すぐそばにはザンジバル共和国が存在していて、タンザニアの連邦に組み込まれていた。


「レティア、ブルンジやルワンダ、コンゴへ乗り入れしている航空会社をあたって、チャーター便の有無を調べてくれ」


「わかったよ。他は何かあるかい」


「最重要はそれだ、他はそれがわかってからにするよ」


 さほど治安が悪くはないが、少尉が部下を二人護衛に派遣する。言語面の補佐や連絡要員にもなるので彼女も受け入れた。


 グロックとヌル、プレトリアスに部下があと三人、エスコーラを含めて十二人がタンザニア入りしていた。


 レティシアが調べに向かうのを見送り、島は何から手をつけるか整理する。


「グロック、ブルンジかルワンダに食糧品の類いを輸出している企業を捜し、部隊の兵站を担えるか調べろ。両国だけでは質が極めて低いだろう」


「ダコール」


 先任上級特務曹長はヌルを引き連れ雑踏に消えていった。


 ――さて食い物や医薬品の輸送は何とかなるだろう。問題は現地の支援状況だ。

 純粋な武力は自力でどうにかするとして、折衝役を見付けておくにこしたことは無かろう。


 街角の店舗で新聞を一部購入する。

 広告欄から放送局の名前を探した。


 ――ラジオミドルアフリカか、こいつなら営業範囲内なわけだ。


 支局の住所を調べてドドマ市内にあるのを確認すると、タクシーでそこへ直接向かう。


 イギリスBBCの後押しを受けて設立したラジオミドルアフリカ。元はイギリスの植民地で放送されていたが、タンザニアが独立してからは隣国も範囲にと拡大していった。

 テレビはまだまだ普及しておらず、主力がラジオなのは現代も変わらない。

 都市部ではそうも言えないが、郡部では断言できる。


 ――まてよラジオを配付してやっても良いな。俺達の放送局を開設なんてどうだ?


 ふとしたことからそう思い付く。

 支局に足を運びロビーを暫く観察した。

 どのような内容の放送をしているのか、大まかにボードにと区分けされている。圧倒的に多いのは音楽番組である。


「何かお探しでしょうか?」


 にこやかに話しかけてきた男がいる。胸に局員のプレートを提げていた。


「どんなことをやっているかと思ってね。コンゴも範囲内?」


「はい。通常番組だけでなく、特別番組も放送をしております」


 災害時や紛争による情報提供から、極めて個人的な発信まで様々と説明する。

 お望みならば詳しい案内をしますよと奥へと招いてくれた。


 ――アフリカはやはり宗主国の違いが発展の方向の違いだな。


 小さな会議室にと席を用意される。

 プレトリアス以下の護衛は座ろうとせずに周囲を警戒していた。


 局員はそれを見て何者だろうと不思議がる。


「どのような特別番組をご希望でしょうか?」


 リスナーの類いではないのがはっきりしているため、早速内容へと入る。


「主義主張の類いを発信して欲しくてね。まあ今すぐじゃないが」


「宣伝広告ならばお任せください」


 商業的な利用客だと解釈したようで、適用範囲や放送時間でかかる費用の見積を用意しますと席をはずす。

 待っている間にどうぞと琥珀色の飲み物を勧めてきた。


 口に含むとやや酸味がある豆、キリマンジャロはここタンザニアの北東部にある。

 その麓はマサイ族で有名なマサイ草原が広がっている。


 ――中米に東南アジア、モカ、そしてキリマンジャロか、何か縁を感じちまうな。


 コーヒーをホットで飲まない国は極めて稀である。

 しかもそれが缶に入っているなど信じられない者が多かろう、抽出してすぐが旨いのに何故、と。


 程なくして局員が冊子を手にして戻ってくる。

 どうぞと渡された中身は英語とスワヒリ語が共にアルファベットで並べられていた。時にはアラビア文字でスワヒリを、との使い方もあるようだ。


「日時の指定と臨時を併用は可能だろうね」


「勿論ですミスター――」

「アイランド」


 名乗っていなかったため、呼吸をあわせてそう自己紹介する。


「我々は契約を重んじますので」


「イギリスのガーディアン紙は――昨今素晴らしい報道姿勢を見せた。こちらも政治的な圧力に潰されたりはしない?」


 まさに社の根幹をなす最大の質問である。

 これに即答出来ないような報道関係者は、政府発表のぶら下がりにでもなればよい。


「タンザニアの大地に誓って、我々は事実を報道します」


 ちらっとプレートを見て名前を確認する。


「ミスターンデベ、私は貴方と貴方が所属する組織を信用します。毎日四時間の枠で通常番組とし、フランス語放送でルワンダ、ブルンジ、ウガンダ南西、コンゴギヴ州を範囲に音楽番組を発信したい」


 地図を広げてコンパスで大体の受信可能なエリアを視覚的に説明する。


「ルワンダとウガンダは万が一キー局が破壊されたらこの範囲のみになります。ブルンジに関しましては、タンザニアからの圏内なので問題はありません」


 ウガンダ南西とコンゴ北東がエリアから外れる可能性があるのを予め説明される。


「不可抗力には目を瞑りましょう。内容編成はお任せしますが、提供者として我々の組織名を随所に挟んで頂きます」


 コマーシャルの為に番組に予算を投下するわけだから、至極まともな要求である。

 敢えて企業名とは言わなかったが、ンデベはそれを追及しなかった。


「はい、どのようなスポンサー名でしょうか。発声やイントネーションまで詳しくご指示を頂けると幸いです」


 細やかな部分にまで確認を求めてくる。島にしてもこれが間違われては大変なので、メモと録音を使い繰返しチェックした。


「キャトルエトワール、それだけでいい。地元訛りのフランス語で頼むよ」


 どこかの言語に似たような単語があって聞き違い……となれば面白くない。


「畏まりました。それでは契約書をご用意いたしますので、その間に昼食でもいかがでしょうか」


「良い店をご紹介していただきたい、ミスター」


「喜んで、タンザニアの恵みをご堪能あれ」


 メモを渡され、丁寧に予約まで入れて貰えたためにタクシーで向かう。


 五十人位は入るだろうレストランは半分位のテーブルが埋まっていた。

 ギャルソンがスワヒリ語で注文を取りに来る。


 ――やはりスワヒリは苦手だな、聞き取りづらくてかなわん。


 目でプレトリアスに任せたと合図すると、メニューからあれこれと人数分同じものをオーダーした。


「言葉が解らないのがこんなに苦労するのを久し振りに体験したよ」


「戦闘時に命令が理解できないと恐怖でしょう」


 命令だけでなく危ないなどの忠告すらも雑音でしかなくなる。


 ――語学の時間は絶対に必要になるな。教材のセットも用意して、耳だけでなく目でも理解の幅を拡げられるようにせねばならんな。

 俺もスワヒリに再挑戦するか?


 うーんと唸っているとやがて香ばしい何かが皿に載って現れる。


「山羊のピラフとナイルパーチのサモサ、ムベガです」


 タンザニア料理が並んだ。意外や意外、コーヒーはなくて紅茶が添えられている。


「ムベガってのは地ビールなわけだ」


 少し甘い匂いがあるような気がした。


「バナナビールのようです。それとタンザニアではあまりコーヒーは飲まれないそうです」


 そうかと答えながらグラスを傾ける。今までに飲んだことがない喉ごしであった。

 山羊肉は少し臭いが悪くない、ナイルパーチはというとスズキと差がないような味がした。


 補給品の中にムベガを混ぜておこうと心に留める。


「色んなものがあるわけだ。そういえば、プレトリアからは何人位連れてきたんだ?」


 まだ現地を見てもおらず、人数報告まで受けていなかったのを思い出す。


「我が三族の者、四十名を呼び寄せました」


 ムベガを吹きそうになってしまう。

 プレトリアスに似た顔をずらっと並べたのを想像してしまったのだ。


 ――四十も居たらそれだけで派閥が出来ちまうぞ!


 三族とは表現の問題であり、エーンからみた父の兄弟の一族なのだが、今回は祖父の兄弟の一族といったところだろう。

 彼から見たら九族と呼べるだろうか。日本ならば再従兄弟(はとこ)と表せるかも知れない。


「危険は承知?」


「祖父から充分な代価は贈られました。全員戦死をしても文句は出ません」


 残された家族が成人するまでの生活費の補償がなされていると。

 大真面目な顔でそんなことを告げる。


 ――なるほど彼女らが俺を拝んでいた理由がわかった気がする。

 部族による子供は共同体の共通の財産だ、それが大人になるのを保証してくるならば、男共は後顧の憂いがないわけか。


「無様に死なせるつもりは無い。全員無事に送り返すまでが任務だよ少尉」


「ヤ」


 統制の為にエーン少尉はますます失えないなと、紅茶を口にして胸中で呟いた。


 局に戻り目の前で代金を電子決済で振り込むとンデベも一安心する。


「何かご用件があれば、以後も私をご指名下さい」


「ああ宜しく頼むよ。いずれ現地で取材をしてもらいたい、特派員の準備をお願いする」


 現地がどこで何の取材は明かさずに依頼だけしてみる。

 何度かコンゴと出しているので察してお任せくださいと返答してきた。


「ですが取材は公正に行わせていただきます」


「こちらから頼みたい位だよそれは。ではた再会出来るのを心待にしていますミスターンデベ」


 笑顔で握手をして放送局を出る。


 ――様々な建築資材が必要になるな。木材は多少は現地でてに入る。セメントはブルンジの特産品だ、心配は要らないな。燃料は微妙か、産油国のクセに精製が出来ないものだから入手が難しい。

 タンザニアからタンガニーカ湖を使って北上させるか。補給のメインをこれにすべきだろうな。

 部族を味方につけるために有効な手段を調べておこう。大使館に寄って情報面でサポートを受けよう。


 タクシーを呼び止めて、次は市内中心部へと向かった。


「ニカラグア大使館? さあドドマには無いねぇ、領事館でいいかな」


「ああ頼むよ」


 ダルエルサラーム市にそれらの首都機能が固まっているのをすっかり忘れていた。

 だが必要なので領事館を置いているらしく、そちらに向かうことにする。


 領事館は手入れが行き届いていないのか、あちらこちらにひび割れが見えて、半ば廃屋かと思える程に残念な外観になっていた。


 中に入ると現地人スタッフがスペイン語で迎えてくれる。

 ニカラグア領事館に来る人物はニカラグアに用事があるわけだから、まずはスペイン語とのことである。


「領事は居るかな?」


「どのようなご用件でしょうか」


 見ず知らずの外国人をすぐに取り次ぐような真似はせず、丁寧に対応する事務員を選んだのか育てたのか。


「タンザニアやコンゴのギヴ州周辺の部族についての情報が欲しいんだが」


「失礼ですが旅券を提示していただけますか」


 どうぞとニカラグア旅券を渡す。

 すると意外な顔をされた。


「領事以外のニカラグア人を初めて見ました。随分と見た目が違うのですね」


 ――確かにこんな場所にまで来るやつは一人とて居ないだろうな。

 よくぞ領事館を置いたものだ。


 とはいえ名目ではあっても国交がある国の首都である、何も無しとはいかないだろう。


「俺は少数派だがね」


 お待ちくださいと内線で領事へと電話を掛ける。


 余程暇だったのかすぐに二階から領事らしき男が降りてきた。


「イリャさんですか?」


 スペルがそう読めなくもない、英語ならばそう読むこともあるだろうか。

 暇なわりには面倒くさそうな態度である。


「ええまあそうです。ギヴ州あたりの部族情報が欲しくて立よったんだが」


 領事は参事官に相当する、その為やや上からの言葉を選んで話し掛けてみた。

 参事も初任ならば課長クラスなので大尉にあたるが、どう見ても歴年なので少佐相当とみるべきだろう。


「え、お宅危ないから行くつもりなら止めなさい。それに渡航情報なら渡せるけど、外事情報は教えられんよ」


 言っていることは正しい、それでも態度がだらしなく好感は持てなかった。

 ――大人にならにゃいかんぞ、彼は立派に職務を果たしているじゃないか。


「では渡航情報を、コンゴ、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダについて」


 何はともあれ現地の声を知っておこうと相手に喋らせる。


「コンゴはキンシャサから離れるほどに危険地域だ。ルワンダは紛争のため入国に警告が出ている。ブルンジもルワンダ国境付近は危険だな。ウガンダは政治的に突如危険がくる可能性があるが、一般ならば滅多なことがない限りは問題ない。まあどれもこれもお勧めはしないよ」


 ――中身はまともな人物のようだな、こんな最果てに飛ばされて不貞腐れたか?


「参考にしよう。領事はここが長い?」


「かれこれ十年はいるよ、本国では私のことなど存在すら知らんだろうがね」


 大使ならまだしも領事では無理もない。それにしたって十年は長すぎるだろう。


「転任の希望申請は?」


「反オルテガを示したらこの様さ。かといって革命が起きても変わりはなしだよ」


 領事館すらも朽ち果てる一方だと肩をすくめる。

 年次から言えば公使や総領事になっていて何ら問題がない、それをさせじと何らかの力が働いているのは明らかである。


「ニカラグア人がいるわけじゃないだろうけど、その辺りに大使館は?」


「ケニアで兼轄だよ。紛争地域には領事館すらない」


「何故?」


 何となく理由はわかってはいたが、この領事の考えを知りたくて敢えて質問してみる。


「領事館目指して難民が殺到したら困るだろう」


「困るとは政治的に?」


 民族紛争では人種が攻撃対象にもなるため、あまり簡単に受け入れるのも揉め事が大きくなって確かに困る。


「いやニカラグアがそんなものでは困らんさ。難民管理の金だよ、食費やら居住費、医療費などを難民国籍の政府に請求しても支払はしないだろ」


 ――それもそうだろうな、かといって受け入れたのに放置にはなるまい。困りものだな。


「もし領事のところに山程紛争難民が駆け込んできたら追い返したり?」


「するもんか! いやすまん。行き場がなくて逃げてくる奴等を見捨てはしない、何とか生活の場を探してやるさ。それがダメならニカラグアを紹介してやるよ」


 亡命を認めて政府が船をタンザニアから出してやれば、何千人単位で連れ出すと意気込む。


 ――拠点に領事館を併設したらどうなるだろう?

 希望者に亡命難民査証を与える事務処理を担当させて、だ。

 アグレマンはキンシャサの領事あたりで取り付けてから、分室の形で地方に転任させれば暫くは気付かれまい。

 いずれにせよ成功してから本国訓令としてやらせるべきだな。


「脱線してしまって悪い。領事の名前は?」


「コステロだ。部族情報は無理だが、キゴマに行けばそれ専門で情報を扱うやつがいる。まあ無料じゃないがな、バギャンブって名前で堂々と商売してるよ」


「ありがとうコステロ領事。次はタンザニア以外で再会したい」


 そうだな、と同意して領事は階段を登っていった。


 ――さてキゴマといえばタンガニーカ湖の隣だ、陸ではちと厳しいぞ。


 空の旅をすべくレティシアと合流だな、と呟いてホテル・タンガニーカへと向かった。

 元はタンガニーカ共和国だったが、ザンジバル共和国と連邦になり、タンザニア連邦共和国に名前が変わった。

 旧来の名前が使われた頃からの老舗ホテルなのだが、ダルエルサラームへ流出が大きく現在は空き目立つ。


 ディナータイムをホテルで過ごす。

 ここでも自衛の為にとバラバラに食事をとるが、島はレティシアと二人でテーブルについた。


「快適な空の旅は見込めそうかい」


「ジャンボジェットを要望するんじゃなけりゃね」


 各社のリーフレットを並べてこんなものだと明かす。


 ――ウガンダ資本はダメだな。ドイツ資本と南アフリカ共和国か、使うならどちらかだ。他に個人会社が幾つかあるな。

 定期の輸送は大手に任せるとして、急病や重傷で小回りが利くだろう個人のを雇わねば。


「なあレティア、明日ちょっと飛んでみないか、一緒に湖を見に行こう」


「あんたのことだからあたしはついでなんだろ」


 ずばりそう言われてしまい苦笑する。

 だが女性に接する師匠――ロマノフスキーからきつく言われていた内容を思い出す。


「そんなことないさ、君と一緒に楽しみたいだけだよ」


 何やらぐちぐちと文句を言っていたようだが、師匠に言わせてみれば、無口な男は思慮しているが、女が無口だと腹のそこでお怒りだとのこと。つまり何かを喋っている時は怒りを口にしていても、さほど感情的にはなっていないそうな。


「ところでこのタンガニーカフライトだが、一機Ju52となってる。俺の記憶が正しければこいつは第二次大戦で活躍した代物だぞ」


 他に詳しくかかれていないが、ドドマにある個人会社のようだ。


「さあ知らないね、記載間違いだろ。あれから半世紀過ぎてる、流石にそりゃない」


 とうの彼女がそう言うが、何かを見て補記したのだから困った言いようである。


「何かしらの機体があるから営業してるんだ、明日行ってみよう。他の会社はダルエルサラームに本社があるところばかりだからな」


 支社でも契約は交わせるだろうが、わざわざドドマにあるのが気になってしまった。


 ――キゴマまで行ければ何でもいいさ、ダメならどこかの定期便を使えば済む。


 昼間に飲んだバナナビールをオーダーして彼女に与えてみる、少し眉をひそめてから飲み干したが、どうやら辛口が好みのようで二回目は無かった。


 部屋に戻る前にグロックから、「万事良しです」とだけ告げられると、「結構だ」と一言返した。

 会社組織ではこうはいかんとわかってはいても、社会デビューが軍隊であった島は今更スタイルを変えるつもりはなかった。


 一行は郊外なこともあり、二台に分乗してタンガニーカフライトへと向かった。


 小さな小屋と飛行機を納めるガレージがあり、看板には社名が掲げられていた。

 見たところ廃墟とは程遠く、手入れがされている。


 チップを渡して少し待機しているように頼み、メーターを倒しっぱなしで小屋に近付く。

 島とグロック、レティシアと護衛が一人の組み合わせだ。


「ハロー」


 営業してるかい、と英語で呼び掛けながら中へ入る。

 小屋は事務所になっていて、若い女性と壮年の男性が居た。


 観光客だろうと男性が席を立って挨拶してくる。


「ようこそタンガニーカフライトへ。代表のシュトラウスですミスター」


「イーリヤです。ミスターシュトラウス、こちらで空の旅を頼みたいが受け付けていますか?」


 ドイツ系の姓を名乗った男は、勿論と頷いた。


「ガレージへどうぞ」


 そう勧めるとすぐ隣にある倉庫へと案内する。

 あれこれ説明をするよりは実物を見て判断を、とのことだろう。

 手動で扉をスライドさせると、大きな鋼鉄の塊が姿を現した。


「Ju52です。いつでも離陸可能ですよ」


「タンテ・ユー」


 グロックが感嘆の声をあげる。

 ドイツ語でおばさんの意味で、この機体の愛称である。


「よくご存知で、軍からの払い下げですよ」


 愛機を知っている客が居たので嬉しそうに説明する。

 武装は外して座席を追加で取り付けた観光用に改造してあるらしい。


「グロック、こいつはどうなんだ?」


「大戦では優秀作として活躍した名機です。世界に現存、稼働しているのは十機を上回ることはありますまい。十トン程の積載量で行動半径は四百キロ程でしょうか」


 知識を披露すると唸りをあげて状態を観察し始める。


「そんな詳しく、嬉しいですな。実は私はルフトヴァッフェで中尉でしたが、父の跡を継ぐためにこちらに戻りました」


「オーバールテナン」


 島がドイツ語を口にする。

 世界にではルテナンが中尉だが、ドイツではルテナンだと少尉を表す。

 間違えると大変な目にあうとの笑い話をレジオンで耳にした。


「何とドイツ語を理解なさる! 今日はこいつにとっても目出度い日だ」


「こんな昔の物でもしっかり飛ぶんだから、ドイツ人も真面目だが機械も真面目なもんだね」


 レティシアもグロックも、護衛すらもドイツ語を話すものだからシュトラウスが驚く。


「皆さん何故ドイツ語を?」


 何故と言われてもグロック以外はどうしてそうなったやら。


「必要に迫られて、か? キゴマにまでフライトして欲しいんだが、どうだろう」


「喜んでお引き受けいたします、ヘル・イーリヤ」


 久々のドイツ語だというのが余程嬉しいのか、終止顔が緩んでいる。


「グロック、皆を連れてこい、タクシーも返して良い」


「ヤー」


 年下の男が自身と同い年位の者を雑用に使うのを見て、シュトラウスが持った推測は二つに絞られた。


 すぐに屈強な男達が現れてきっちりと整列して言葉を待つのを見て答えが出た。


「ヘル・イーリヤは軍人ですね」


 ――こいつを見てそう思わないやつは果たしてどれだけいるやら。

 ドイツ軍人だった奴を信用せずに誰を信用するかってわけだな。


 島はグロックに視線を送り、次いでプレトリアスを見て適当な言葉がなく認める。


「その通り。彼はグロック先任上級特務曹長、彼女はレヴァンティン大尉だ」


 女が大尉と紹介されて反射的に敬礼する。


「して俺が不肖の身で大佐を拝命している、世の不思議だね」


「ヘア・オーベルスト!」


 まさかのまさか、大佐殿と踵を鳴らして敬礼する。

 島もフランス風に答礼した。


「これは作戦の一環だ、顧客情報は内密に頼むよ」


「墓場まで持っていきます。十二名ならばゆったりと搭乗が可能です」


 広さがあれば充分だが、貨物のように窓も椅子もない場所に押し込まれるのは遠慮したいものだ。

 元々が十七座席のようだが、増設されて四十人までに定員が引き上げられている。


「往復だ。向こう次第で一泊の可能性もあるが、料金は経費も含めて全て俺が払う、出来るか中尉」


「ヤーボール。副操縦士を呼び出します、給油と含めて六十分いただけますか」


「よかろう、それで準備をしてくれ」


 愛機の晴れ舞台が巡ってきたとばかりに張り切る。

 軍用機の末路が観光では悲しい、それならば撃墜の方がマシだと言うのが飛行機乗りの気持ちなんだろうか、中尉の姿を見て島はそう感じてしまった。


 三つのプロペラが勢いよく回り始めると、体が椅子に押し付けられた。

 加速を始めてからたったの数秒で浮揚感が訪れる。

 ジェット機のような区切りがある動きではなく、緩やかな連続した振動が伝わってきた。


 やがてゆっくりと高度を上げてドドマを眼下にと収めた。


「九十分程でキゴマです」


 ヘッドフォンから中尉の声が聞こえてきた。


「こいつが十トンも載せて空を飛ぶのか、凄いな」


 今まで輸送機など殆んど使ったことがないため、純粋に驚きの声をあげる。


「武装を外してますのでもう少し積めます。逆に空荷ならカタロクデータより百キロは遠くまで飛ばせます」


「中尉の操縦なら可能なんだろうな。滑走路はどうだ?」


 まともなものがあれば元より苦労しない、地方空港でも乗り入れ可能なのは話でわかったが。


「観光としてでしょうか? それならば三百メートルあれば」


 ジェットの旅客機あたりの十分の一の数字に満足を示す。


「うむ、戦闘地域から傷病者を離脱させるための緊急離着陸ならばどうか」


 真剣な面持ちでシュトラウスに視線を送る。

 それに答えるならば次の言葉を諾とするのに繋がると、言外に含めているのは疑いようもない。


「完全整地の滑走路ならば百三十メートルをお約束出来ます」


「――うむ!」


 民間ならば四百メートルあたりが最短らしい。

 少なくともコンクリートによる平坦さを保てば離着陸可能と胸を張る。


 ――これが軍用機体の実力というやつか! 中尉ならば対空砲火があっても逃げずに突入してくれるに違いないぞ!


「シュトラウス中尉、キゴマで君を食事に招きたいが来てくれるかね」


「ヤー。喜んで」


 笑顔を返すと後は操縦に集中する。島も座席で腕を組んで目を閉じた。


 ――一般補給はキゴマからの船便で川を遡上させる。この際には近隣の有力者に通行料と称して贈り物をしよう、それが手にはいるなら妨害もせんだろう。

 逆に収入が無くなっては困ると、どこかの邪魔者の警告を貰えたりはないか? 初めにその旨を示して報奨をちらつかせておくのも必要かも知れんな。

 賊も撃沈ではなく奪取を狙ってくれたらやりようはある、だが船一本は危険だな。


 街の南側に作られた空港脇には、ウジジまで十キロと書かれていた。


「それはイギリスの探検家がいた集落ですよ。当時に流行した、リィヴィングストン氏ですね、の発祥の地です」


 シュトラウスは観光業務の本領を発揮して、つくや否や話題を振ってきた。

 大航海時代、それと同じかもう少し前の話だ。


 アフリカの部族に興味を持った氏は現地に消えて連絡が途絶えた。捜索隊が出されて、黒人らの中に一人だけシルクハットを被った白人を見付けたのでそう言ったらしい。


「俺もどこかで遭難保護されていたらイーリヤ氏ですね、と言われるもんかね」


「如何でしょうね、現代では隠れていようとも見付かりますから」


 中尉はビン=ラディンの最期について軽く触れてきた。


 結局あれも死体が公開はされないが、かたや隠れているわけだから大っぴらにも出来ない。

 どこまでが真実かは闇の奥底と言えよう。


「先任上級特務曹長、船会社をあたり補給を確保するんだ」


「ダコール」


 津があるあたりを目指し二人で向かっていった。津とは河の渡し場で、街の名前に残るものが多い。


 領事に聞かされていた通りに、バギャンブと看板を掲げた店があった。

 カフェとなっていたが本業がそれではないのがすぐにわかる。


 中に入ると不機嫌そうな黒人が一人だけカウンターの先に立っていた。

 ろくに挨拶もせずに客を睨み付けるのだから困った奴である。


「ミスターバギャンブは居るかな」


 英語で話し掛けるも沈黙を保ったままである。


 ――わからんわけがない、だが少し付き合ってやるしかないな。


 カウンターに座るもメニューなどあるわけもなく、「ビア」とだけ発する。

 これに関しては世界共通語になっているのか陶器に注がれたものを差し出される。


「コステロ氏の紹介だ」


 古風と言えば古風な取り決めである。まるで探偵小説に出てくるかのような。


「……何を聞きたい」


 ――間違いなく役に酔ってみたくてやってるなこれは。


 ならばこちらもと芝居がかった感じでと答える。


「有力者情報を――ここ一帯から中央アフリカ手前までの。戦争に参加しようと思ってね」


 情報には情報を、と誘いをかけてみる。


「反政府武装勢力?」


「有力部族情報を優先したい。もっとも話の内容次第では追加注文の形でそちらも聞くが――」


 鍔迫り合いを行う。ただ情報を売買するだけではつまらないのだろう、持ち掛けると次第に表情がかわり、声のトーンが上がってきた。

 得体の知れない男ではあるが憎めない性格である。


「東流域はツチの部族が支配している、西流域はフツが。フツに二つ靡きそうな部族がいる。この先は有料だ」


 ――幾らくらいが相場なもんかね、まあ何かしらの理由をつければ金額なんて気にしないんだろうが。


 百ドル札を二枚重ねてビールジョッキの下敷きにしてお代わりを求める。


「ギヴ湖南西、ンダガグ族はルワンダ虐殺から避難してきた部族で、男手が少なく生活も困窮している。タンガニーカ湖北西のキベガ族は勇敢だ、より強い者がいたら従うだろう」


 ――ンダガグ族は拠点に使えるかも知れんな、保護を与える代わりに融通させれば。キベガは簡単だな、つまりは征服しろってわけだ。俺は知っているぞ、白兵戦をさせたら無敵の男を!


「ギヴ湖とルジジ川の付近の情勢を」


 南北にある都市部、ゴマとブカヴのうち南部にある側を尋ねる。


「ブカヴには周辺合わせて凡そ五十万の住民が居る。そこにはルワンダ開放民主戦線、人民防衛国民会議ブカヴ派、ブカヴマイマイ、コンゴ軍ブカヴ駐屯連隊、その他の部族勢力が多数存在している」


 ――込み入り過ぎだろうよ。


「ゴマ側は?」


「ゴマ周辺には3月23日運動、人民防衛国民会議ゴマ派、コンゴ軍ゴマ駐屯連隊、ゴママイマイ、国連第2旅団、それにンタガンダ大将の私兵がギセニに、ンクンダ司令の分遣隊がルマンガボ基地に居る」


 ――流石紛争地帯だ! こいつは極めて複雑な空模様だな。


 概ね人口規模などは変わらないと言う。


「では情勢交換といこうか。これらに新たな勢力がこれから加わる。名称はキャトルエトワールだ」


「フランス勢力?」


 数字は数えられるようでピンポイントで確認してくる。


「いや違う。フランスに迷惑がかかるが、地域的にその響きを使うだけだ。外国人の集まりなのは否定しない」


 先駆けた情報について知りたくなったのか質問を続ける。


「地下資源の強奪が目的?」


「暴漢からと言うならばそれも含まれるだろうな。だがより上位の目的は治安維持だ」


 そんなことをして喜ぶのは政府と地元の住民くらいなものである。


「外国政府軍か」


「成功したらそうなるかもな、だがしくじればただの不良外国人の集団だ。このことを当事者以外で知っているのは、アフリカ大陸でお前だけだ」


 稀な情報だと言われて頷く。バギャンブが自ら選ぶ極秘情報を一つ明かしてくる。


「ルワンダからの偽装難民が紛争を長期化させるために争いを起こしている。反政府活動訓練はウガンダで行っているが」


 ――長引けば紛争ダイアモンドが転がり続けるわけか、一時期の夢が忘れられないわけだな。


 ウガンダとルワンダは二十数年前にコンゴの六割を侵略占拠していた、その時の軍の名残が反政府勢力の大規模化を呼んでいる。

 表面上はそうなっているが、水面下では両国が反政府組織を支援しているのは常識であった。

 ところが直接的に暗躍しているというのだから呆れたものである。


「邪魔したな。まあこの情報は他に高く売ってくれよ、目的がわからないからこそ価値もあがるからな」


 言いふらしたところで別にどうなるわけでもない、当事者が口をつぐんでいればわかりはしないのだから。


 カウンターからちらりと店内を見るが他に人がいない、余計な心配の種は無さそうだ。

 外で見張りをしていた連中を引き連れて、キゴマ市内へと歩いて行く。


 水運業で栄えた街らしく、客には無関心な住人と、反対の商売人でわかれていた。

 ここから北東にあるヴィクトリア湖までは、比較的文化が浸透している。


 イギリス領であったりドイツ領であったりと、何と無く風合いが感じられた。


 ホテルは中小規模がいくつかあり、小さいのを借りきった。

 グロックが遡上輸送の見積もりを手にして報告にやってくる。


「川の深さから二百トン級が限界です」


 二百トンと言うが重さの単位ではない、昔からの容積単位なのはあまり知られていない。

 多々ある国の中では重さとしていることもあるにはあるが、排水量と表されるなど幾つか表現が別れている。


「百トンを二隻の方がより安全なわけだな」


 片方が沈んでも致命傷にならないようにと、割高になるが最悪を回避する方針で指示する。


「そのように致します。他にご命令はありませんか?」


 ――ん? 何か必要な指示を求めるか、となるとあれだな。


 タイミングを教えてくれただけで非常に有り難い。


「補給担当の連絡所を設置する。適当な場所と下士官を指名し提出せよ」


「ダコール」


 中継と整理にキゴマに人が必要になるのは間違いない。

 ならば今から準備しておくべきだと、そこまでは言わずに忘れ物はないかと尋ねたわけだ。


 ――アフマド軍曹にスワヒリ語とフランス語の理解者を付けて、といったあたりだな。経理の担当だけでなく、秘密通信に使うためグアラニ語がわかる上等兵も置くと良いだろう。


 いずれ納得の推薦をして先任上級特務曹長が書類を提出するだろうと考えを中断する。

 衛星携帯電話も二つ渡せば役立つと留意だけして時計を眺めた。


 ――シュトラウスを招いて夜飯だな、滑走路の作り方を教えて貰うとしよう。


 約束の時間になると六十秒と過ぎることなく扉を叩く音が聞こえた。

 シュトラウスが正装して、副操縦士を従えてやってきた。


「君らしいな、まあかけたまえ」


 何がらしいのかは言わずに椅子を勧める。

 テーブルには島とレヴァンティン大尉、エーン少尉、グロック先任上級特務曹長がついていた。


 中尉だけ招くならばグロックには席を外させるつもりだったが、副操縦士が一緒の為、将校会談の形をとらなかった。


「失礼いたします」


 場所柄良質なワインがなかったのでビールを持ってこさせる。


「健康を祝して、プロージット」


 乾杯を行いオードブルを口にしながら話をする。


「気楽にやってくれ、中尉に教えを乞いたくてね。堅苦しい雰囲気だと聞きづらい」


「自分にですか? 何でしょうか大佐殿」


 中尉と呼び掛けたわけだから観光とは別の話だろうと姿勢を正す。


「滑走路だが、どのような種類があるだろうか」


 昼間の話の続きだと悟る。一般的なものではなくて、軍用のそれについてかと確認を挟んでから喋り始める。


「民間用はジェットが標準なためコンクリートもしくは、耐熱性アスファルトコンクリートで設置されております。ですが軍用となると、戦場で荒れた場所でもやらねばならない時があります。即ち一般道路やサッカーグラウンド、芝生であってもやってやれないことはありません」


 ――芝生だって! 流石歴年の操縦士は違うな、だが一つ下った技術でも可能でなければならん。


「中尉ならば可能だろう。だが副操縦士の技量でも可能な範囲のものを教えてもらいたい」


 まだ二十代の後半、これからといった者である。

 独り立ちするかしないかのあたりの技量で出来れば問題も少なかろう。


「Ju52でならば踏み固めた平坦な土で三百メートル、コンクリートで二百メートルが目安でしょうか。やり直しを認める保険距離としてこれらに六割増を」


「なるほど、他には」


 注意点が無いかと経験や知識を引き出しにかかる。


「誘導灯は必要でしょう、それとわかるペイントもあれば安全性は高まります」


 ――上からの視覚効果を求めるわけだな。間違って違う場所に向かったら大変だ。


「何色が目立つだろう?」


「砂漠なら緑が、ステップならば赤が、夕闇ならば白が目立ちます」


 当然といえばそうかも知れない。まわりと異なる色調が識別しやすい。


「後は何か注意すべき箇所は?」


「滑走路周辺の虫除けを。小鳥が虫を求めて近寄れば、エンジンに巻き込んでしまう恐れがあります」


 ――そんなことまで考えねばならなかったか。だが納得だ何かしらの対策道具を用意しよう。


「参考になった、有難う中尉」


「大佐殿のお役に立てたら光栄です」


 用事を終えたのを見計らって料理が運び込まれる、この配慮がなんとも言えない。


「まあゆっくりやってくれ、明日の出発は一○○○だ」


 副操縦士もそれが朝の十時を意味することは理解したようで、嬉しそうにナイフとフォークを手にした。


 何せ客が早くと言えば日の出と共に出発もありえる。それが回避されて、奢りで食事となれば、若い彼が嬉しくないわけがなかった。


 それでも翌朝、彼以外はいつもと変わらずに起床して、一部の面々は川岸を走り回っていたそうではあるが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ