港町リディル 21
―――――『お……き……ろー!』
―――――ボフンッ!
枕があたる大きな音がした。 その音は私ではなく、私に向かって枕を投げようとしていたランの方からだった。 前回の事もあり、予備の枕をベッドに忍ばせていた。 案の定、私にいたずらを仕掛けてこようとするランを察知した。 私は飛んでくる枕を回避し、お返しとばかりにランに忍ばせていた枕を投げ返す。 それは見事に、腕を振り切った彼女の顔面に当たっていた。
「おはよう? ラン」
「……レティ~」
少し赤くなった顔をこちらに向けて、手をワキワキとさせながらランが近づいてくる。 まずい、あの笑顔は怒っている時のだ。 逃げ出そうとしたが、扉の前で難なく捕まる。 そのまま彼女は、私の体をくすぐり始めた。
「あ、あははっ! やめっ、やめて! ラン!」
「止めないよ~」
私はランに小一時間くすぐられていた。 暫くすると扉を叩く音が聞こえる、キースがやってきたようだった。 彼はドアを開けずに、小声で私達に話しかけてきた。
「廊下まで響いているぞ」
二人して赤くなってしまった。 小さく咳払いをして、我に返ったように立ち上がる。 近くに誰も居なかったことを願いつつ、改めてキースに返事を返す。
「着替えたら、すぐ行くから。 先に食堂へ行っていてくれる?」
「ああ、わかった」
キースの足音は遠ざかっていった。 避難をこめた視線をランに送ると、彼女は両手を上げて目を逸らしながら降参のポーズをとる。 最後は二人で笑いながら、身なりを整えて食堂へと向かった。
「キース」
「こっちだ」
階段を降りて食堂へ近づくと、珍しく混んでいた。 その中にキースを発見して声を掛ける。 彼は既に席を確保してくれていた。 そちらの方へとランと一緒に近づいていく。
「混んでるわね」
「そうだな。 俺は注文してある、お前たちも行って来い。 席は確保しておく」
キースに席を任せ、私とランは注文をしに行く。 並んでいる客は、宿泊客ではない人のほうが比率が大きいようだった。 ここは食事だけ注文することも出来るのか。 そういえば、宿泊客用の食堂とは言っていなかった気がする。
「何処から来たのかしら?」
「壁の建設作業かな? ほら、あれ」
不思議に思った私は、思わず疑問が声に出てしまった。 それを聞いたランが、並んでいる人の腰あたりを指差す。 そこには修繕道具のようなものが、ベルトに取り付けられた小物入れにしまい込まれていた。 よく見ると、他にも何人か同じ様な道具を身に着けている人がいる。
「今更?」
「うーん、遺跡の脅威がなくなったからとか?」
ランは頭を捻りながら考えている。 少しづつ進めていた作業を、突然急ぐようになったのは何か理由があるのだろうか。 私の脳裏に、国に蔓延る魔族の影がちらりと写った。 ……早めに街から出たほうがいいかもしれない。
「ねえ、キース」
「……俺も考えていた。 食事を終えたら、すぐに街から出ることにしよう」
席に戻ってキースに話しかけようとすると、彼も人混みの方を眺めながら話してきた。 どうやら、同じ事を考えていたみたい。 彼の言う通り、食事を済ませたら街を出よう。
頼んだ食事を早めに済ませ、宿屋の主人に出る事を話す。 部屋の荷物を馬車へと乗せて、私達も荷台へと乗り込んだ。 それを確認したキースが、すぐに馬車を外へと動かす。
「外は特に変わっていないが……。 一応これを被っておけ」
渡されたのは、フード付きのローブだ。 私とランは、渡されたローブを着てフードを被る。 キースの動かす馬車は、そのまま街の門へとたどり着いた。 門兵に通行証を求められ、代わりにギルド証を手渡す。 私達の分はキースに纏めて預けた。
「はい、確認しました。 どうぞ」
「ああ」
ギルド証が返却される。 私が警戒していたほど、特に何も言われることはなかった。 そのまま馬車は道を進み、リディルの街が遠くなった所で窓から身を乗り出した。 色々あったけど、海は楽しかった。 今度は思い切り遊びに来たい。
「また今度、一緒に行こう? その時は一日中海で遊ぶんだから!」
「ふふ、そうね。 行きましょう」
名残惜しそうにしている私を見て、ランが笑って話しかけてきた。 一日中海で遊ぶのは体力が持つか分からないが、また訪れることには賛成だ。 そこで、私は彼女に渡すものがある事に気づいた。
「ねえ、ラン。 あのミカンが入っている保存の魔道具、貴女にあげるわ。 他にも幾つか作ってあげる」
「ほんと! ありがとう、レティ!」
ランは嬉しさを爆発させながら、私に向かって飛びついてきた。 もちろんそんな事をすれば、二人して頭をぶつけるのは当然のことだ。 痛む所をさすりながら、私達は笑いあった。
「レティ、ラン。 ……少し伏せていろ」
直後、前にいるキースから注意が飛んでくる。 何があったのかはわからないが、とにかく私達は姿勢を低くした。 そのまま暫くすると、沢山の馬の足音が聞こえてくる。 私は荷台のカバーを小さく開けて、外を静かに覗き込んだ。
―――――ザッ……ザッ……
見えるのは兵士だ。 数人の騎兵の後ろに、数十の歩兵が続いている。 すれ違う時に何も言われなかったので、私達が目的では無いようだ。 彼らは一直線に、リディルの街へと向かっていく。
「なんだろ?」
「わからないが、街を出て良かったかもな」
通り過ぎて影が小さくなった後、ランもちらりと覗き見た。 キースの言う通りだ、早めに街を出てよかった。 あのまま滞在していたら、何か厄介事に巻き込まれていたかもしれない。
その後は何事もなかった。 道中で何度か野宿をした時に、ランにあげる保存の魔道具と警報の魔道具を刻印する。 刻印にもすっかり慣れてきた、何か新しいものでも作りたい気分だ。 唯一の障害は、集中して刻印している時にのしかかって覗いてくるランだった。
「見えてきたね」
「……ええ」
ランが視線を向ける先には、ノーランの街の大きな門だ。 ついにここまで来てしまった。 彼女と分かれると思うと、少し……。 いや、それ以上に寂しい気持ちが溢れてくる。 身を乗り出すランの背中を見つめながら、馬車は街に入っていった。




