港町リディル 18
「よし、この辺でいいだろう」
ようやく話が終わったと思ったら、どうやら漁場に到着したようだ。 学園について聞く機会を完全に失ってしまったが、これが終わったらでも良いだろう。 ロウさんに従って船の後部へと移動する。 彼は設置されている網を広げ始めていた。
「投げるの?」
「ああ。 そんで、網を船で引く。 暫くしたら魚がかかるから、引き上げるんだ。 その後、あんた達に手伝ってもらうぞ」
そう言いながら、ロウさんは網を広げるように海へと投げていた。 その網の一部は船の後部に繋がっていて、進む船の後ろに引きづられるような形になっている。 ランは沈む網を興味津々に見ていたが、キースによって首根っこを掴まれていた。 放っておいたら海に落ちそう。
「よし! 引き上げるぞ!」
ロウさんの叫び声と共に、近くの魔道具が動きはじめる。 それは網を巻き取り、結構な速度で編みを引き上げていた。 海面近くまで上がってきた網を、ロウさんは魔道具を使って船上に持ち上げていた。
「おらっ!」
「ひゃっ!」
掛け声と共に、ロウさんは持ち上げた網を広げはじめる。 網に引っかかった大量の魚が、私達の足元に広がった。 足元に群がる魚の群れとぬるりとした感触に、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「あはは。 楽しい!」
ランは嬉しそうだ。 船の一部が倉庫のようになっていて、ロウさんは魚を次々と落としている。 私も手伝わなければ。 そう思ってはいるのだが、魚が中々掴めずにいた。 勢いよく動くし滑るのに、どうやって掴んでいるんだろう?
「掴むんじゃなくて、掬ってみな」
ロウさんからの助言があり、その通りに実践してみる。 手で掴むのではなく、両手を魚の下に差し込んで掬うように。 ……よし、上手く下に落とすことが出来た。 何匹も落としている内に、そのうちの一匹が思っていたより高く飛んでいってしまった。 しまった、少し力が入りすぎた。
「へぶっ!」
それは作業をしていたランの後頭部に命中し、彼女は妙な声を上げて驚いていた。 キョロキョロと不思議そうに見回しているが、私はバレないように平静を装って作業を続けた。 笑いそうになるのを隠すのが大変だった。
「……」
魚を全て倉庫に落として、ようやく終了という所で視線を感じた。 隣を見ると、ランが笑顔で私の方を見つめている。 ついっと視線を逸してみるが、彼女は近づいてきて私の頬を引っ張った。 ちょっと! 生臭い! じゃれ合う私達を、微妙な顔でキースは見守っていた。 二人して海に落ちそうだったからだ。
「よし、終わりだ。 ありがとうな」
幾つか漁場を周り、そろそろ昼になるという頃だ。 想像していたのも何倍も疲れた……。 彼ら漁師は毎日こんな事をしているのだろうか。 その苦労には頭が上がらない。
「魚をおろしたら家で昼飯をご馳走しよう。 うちの嫁さんが、佃煮を作るのが上手いんだ」
現金なもので、思わず反応してしまった。 是非、作り方も教えて貰おう。 ……何か忘れているような? そうだ、魔術学園の事だ。 その時にそれとなく聞いてみよう。 今は体を休めることに専念する。 疲れて腕が上がらない、それに魔力も少し使った。 ……頬についた魚の臭いを消臭するのに。
船が港へと戻り、魚をゆっくりと海岸に降ろす。 それを皆で近くの小屋へと運び、大きな保存の魔道具の中へと入れた。 ふう、これで一段落だ。 息を吐いていると、ロウさんが水を持ってきてくれた。 有り難く頂き、少し休憩する。
「さて、家は直ぐそこだ。 動けるか?」
「ええ、大丈夫」
節々は痛むが、歩くくらいなら問題ない。 キースなんて、全く疲れを見せていなかった。 私とランはフラフラなのにどうして? ……無駄に取っ組み合っていたから?
ロウさんの家は、港から坂を少し登った所にあった。 大きな木に囲まれていて、家の前からは海岸が見える。 中に招き入れてくれたロウさんに続いて、私達も家の中へと入っていった。
「帰ったぞ!」
「はいはい、お疲れ様です」
パタパタと奥から出てきたのは、おっとりとした雰囲気の女性だ。 彼女がロウさんの奥さんなのだろう。 私達を見て、不思議そうな顔をしていた。 すぐに頭を下げて挨拶する。
「こいつらは海岸で会ってな。 佃煮の作り方を教えてほしいんだと。 漁も手伝って貰ったし、教えてやってくれないか?」
「あら、大変だったでしょう? ほら、上がって。 そんな事ならいくらでも教えてあげるわ」
彼女は快く受け入れてくれた。 そこで私はふと考えた。 もしかして、最初からここに来ていれば教えてもらえたのでは? 少し引っかかったが、ロウさんを手伝わなければ彼女にも会えなかったと思うことにした。 あれもいい経験だ。
「はい、どうぞ。 私はサラ・エリック。 宜しくね」
「私はレティ。 後は……」
「キースだ」
「ランだよ!」
サラさんは、果物の乗った小皿を用意してくれた。 自己紹介をする声がランだけ大きい、目線はしっかりと果物を捉えていた。 出されたのはミカン、宿屋で彼女が気に入った果物だ。 それを頂きながら、聞きたかった話を始める。
「魔術学園ってどんな所なの?」
「ミリーが行っている所ね。 そうね……。 ノーランの街の更に先にあるのだけれど、優秀な学者さんや魔術師さんが集まる街にあるの。 アグレスって街何だけど、知らないかしら?」
彼らの娘はミリーと言うらしい。 そして、学園がある街はアグレスというのか。 魔術学園なんてものがある街だけあって、学者や魔術師が集まるらしい。 次の目的地は決まりだ、横目でキースを見て確認する。
「ええ、街を巡って旅をしているの。 次はそこに行こうかと思って」
「アグレスに行くのか? それなら、頼まれごとをしてくれないか? 娘にこれを届けてほしいんだ、勿論報酬は出す」
アグレスに向かうことを言うと、ロウさんが何か差し出してきた。 小さな包みだ、中には指輪が入っている。 これは……魔法の媒体だろうか?
「行く時に忘れていっちまったみたいでな。 学園の寮に居ると思うから、渡して欲しいんだ」
「ええ、必ず届けるわ。 報酬はいいわ……佃煮の作り方を教えてくれれば」
私の言葉に、きょとんとした表情をした後に二人で笑いだした。 さすが夫婦だ、タイミングがぴったりである。 その後すぐに、サラさんに佃煮の作り方を教わった。 おまけに完成した物まで頂き、私はホクホク顔だ。 すっかりお世話になってしまい、辺りも暗くなってきている。 この辺で失礼する事にしよう。




