港町リディル 16
―――――もぞ……
翌朝。 妙な暖かさを感じた私は、ベッドに横たわったまま薄目を開ける。 視界に入ってきたのはランの顔だ。 驚いた私は、上半身をベッドから跳ね起こした。 それだけ激しい動きをしても、ランは起きようとはしなかった。
「なんで潜り込んでるのよ」
「んー……。 寒いよ」
問い詰めてみるが、ランからは気だるそうな返事しか帰ってこなかった。 珍しい、彼女が早くに起きていないなんて。 何かいい夢でも見れたのか、私が戻した掛け布団を抱きしめて転がる。 そして、そのまま静かに寝てしまった。
「……もう」
無理に起こすことはない、そっとしておいであげよう。 着替えを済ませて朝食を摂りに行こうという所で、部屋の扉がノックされた。 恐らくキースだろう、彼は、私の行動が分かっているかのように行動する。 もう慣れたものだ。
「キース? 今開けるわ」
「ああ」
扉を開けると、キースが部屋の前に立っていた。 彼は特に疲れていないようだ。 私は昨日の戦闘で魔力を消耗したせいか、まだ少しだるさを感じている。 挨拶を交わしたあと、キースと一緒に食堂へ向かった。 ランは……完全に夢の中だ。 ベッドに見える、彼女の顔を見ながら部屋を後にした。 そのうち、お腹がすいたと言って降りてくるだろう。
「先に頼んでしまおう」
「そうね。 でも、あんまり食欲が無いのよね……」
ランには悪いが、先に食事を頼んでしまう事にする。 といっても、私はあまり食欲がわいていない。 何も食べないと体調も良くならないので、果物を適当に頼むことにした。 甘いものなら食べれそう。
『あっ、居た!』
注文を終えて、席に着いた辺りでランの叫び声が聞こえた。 食堂の入り口を振り向くと、少々すねた顔をした彼女が視界に入る。 ランは頬を膨らませながら、私達の方……ではなく、先に注文をしてから席に寄ってきた。 ……彼女らしい自由な行動に、私は少し笑ってしまった。
「もう、置いてくなんてひどい!」
「ふふ、ごめんなさい。 貴女が幸せな顔をしながら寝ているから、起こすのも悪い気がしたのよ」
最初こそぷりぷりと怒っていたが、私が寝顔のことを話すと恥ずかしそうに顔を赤らめていた。 人のベッドに勝手に入ってくるくせに、そういう羞恥心はあるのね。
「へっ!? 私、変な顔してなかった?」
「それはもう。 幸せの絶頂みたいなかおふぉ……」
気恥ずかしそうに言うランを、更にからかってやろうと言葉を続けた。 最後のほうが言えなかったのは、彼女が途中で私の頬を引っ張ったからだ。 私も反撃とばかりに、ランの頬を引っ張って抵抗する。 子供のようなじゃれ合いが収束したのは、宿屋の人が食事を届けに来てくれた時だ。 いつまで経っても私達が取りに来ないせいで、わざわざ持ってきてくれたらしい。 申し訳ない気持ちになって謝るが、その人は笑いながらいいものを見れたと言って帰っていった。
「キース? どうして言ってくれなかったの?」
「いや、お前達が楽しそうだったからな」
わざと言わなかったわね。 キースのニヤケ顔が憎たらしい。 彼はいつの間にやら、食事を自分で取ってきていた。 おかげで私達はとんだ恥をかいてしまった。 ……その恥ずかしさも、果物を食べ始めると何処かに飛んでいってしまった。 ノーランの街と違って、ここの果物は酸味が強い。 それでも、酸っぱいだけでなく甘みも感じさせる。
「甘酸っぱいのね」
「あっ、私にも頂戴!」
オレンジ色をした丸い果物を、欲しがるランにも渡す。 彼女は皮を剝いた後、丸ごと一口で食べてしまった。 聞き取れない声を上げながら、何とも緩んだ表情をしている。 どうやら、この果物がお気に召したようだ。
「エイリオ達にも買ってってあげよ!」
「ちょっと……」
私の静止が届く前に、ランはお土産用に果物を買いに行ってしまった。 まだこの街に滞在するのに、今買っても保存する場所がないだろう。 ……仕方ない、保存の魔道具に入れて置いてあげよう。 元々、彼女達にはあげる予定だったものだし。
袋いっぱいに果物を買って返ってきたランに、その事をそれとなく伝える。 保存のことを完全に失念していたようで、保存の魔道具をあげると言うと飛び上がって喜んでいた。 わかった、わかったから大声をあげないで……。 周りの視線が、私達に突き刺さるの。
「ありがとうね、レティ。 お礼に何かしてあげるよ」
「……」
馬車の魔道具に果物を積み終え、部屋に帰る階段を上がっていく。 歩きながら、ランは手をワキワキとさせながら礼を申し出てきた。 嫌な予感がした私は、立ち止まって少し引いてしまう。 ……そうだ、それならいい事を思い付いた。
「それなら、佃煮を探すのを手伝ってくれる?」
「うん? あれ、そんなに気に入ったんだね。 いいよ、探しに行こう!」
ランは躙り寄るのを途中でやめて、私の頼み事を引き受けてくれた。 よし、これで約束は取り付けた。 ランの気もそらせたし、一石二鳥だ。 部屋の前に到着した私とランに、キースが話しかけてくる。
「その食材は、何処にいけば手に入るんだ?」
「うーん……。 漁師さんに聞くのが手っ取り早いかな」
それなら、昨日の海岸からぐるっと海沿いを回ってみよう。 港の方に行けば、誰かしら話を聞いてくれるかもしれない。 各自部屋に戻って準備を済ませ、宿屋の外に集合することになった。 丁度いい、海岸の様子も確認していくことにしよう。
「今の所は平気そうだね」
「そうね。 このまま何も起きないと良いけど」
部屋に入り、ランが聞いてくるのは遺跡のことだ。 あれ以降、なにかが起こったという報告は来ていない。 別に悪いことではない、もう暫く様子を確認したら漁業も再開されると聞いた。 今は大事を取って、海に魚を取りに行くことは自粛されている。 この街にとって、それは痛手だろう。 今すぐにでも再開したいはずだ。 ……うん? まさか、佃煮の材料も取りにいけない?
「ねえ、ラン。 佃煮の材料って、海で採れる海藻とかなんでしょう?」
「うん。 ……大丈夫だよ、今まで取れた分があるはずだし」
私の言いたいことがわかったのか、ランは笑いながら疑問に答えてくれる。 そうか、その日取った物を全て消費するわけじゃない。 数日は持つはずだ、それなら大丈夫そう。
その後も、からかってくるランを適当に躱しながら、準備を済ませた私達は宿屋の前に集合した。 早速、海岸に向かって出発だ。 目的は佃煮……ではなく、海岸の安全を確認するついでに食材探しだ。 そう、あくまでついで。 そう言い聞かせて、私は歩みを進めた。




