港町リディル 10
「向こうの方だ」
マーマンとの戦闘を終えた私達は、先陣を切って案内してくれる冒険者の後に着いていく。 海岸沿いに山をぐるっと回り、向こう側へと着いた辺りで遺跡が視界に入った。 警戒しながら近づいていくが、他に魔物が潜んでいる様子はない。
「随分と大きいのね」
目の前まで来て始めてわかる大きさに、私は思わず呟いてしまった。 その遺跡からは橋が伸びていて、こちらの海岸へと繋がっている。 長い間沈んでいたせいだろう、苔がびっしりと生えて緑色になっていた。
「ギルドから聞いた話によれば、中は迷路のようになっているらしい。 これが地図だ、別れて探索しよう。 一通り調べたら、この場所に集合だ」
先導していた冒険者が、地図の一点を指差しながら探索の仕方を決める。 彼の案に全員が頷き、それぞれ地図を受け取った。 集合場所は入り口入ってすぐの広間だ。 そこから伸びる通路を、各グループで担当することになった。
「それじゃあ、出発しようか」
各々が武器を構え、慎重に橋を渡っていく。 内部に入ると入り組んでいるせいで、外から見たときほど広い感じではなかった。 最初の広間から続く道を、それぞれグループ毎に別れて進んでいく。 私達のグループは、私とランにキースの三人と剣を扱う前衛の冒険者が一人。 それに、魔法を扱う冒険者が一人だ。 あまり多くても動きづらい、この位が丁度いいだろう。
「ここから……このルートで行きましょう」
「わかった!」
私が地図を見ながら進む道を決め、ランが返事をする。 他の三人も静かに頷いていた。 暫く道を進むが特に魔物と出会うこともなく、ただ緊張感だけが増していく。 何も起きないというのも、逆に精神を削られるものだ。
「ねえ、レティ。 これ……」
通路を進んでいる途中で、ランが何かに気づく。 彼女が指している場所を見ると、壁の一部分だけ妙に綺麗で苔が付いていない。 よく気づいたものだ、ランに関心しつつ魔法を放ってみることにした。 使うのは扉を開ける魔法、これで駄目なら吹き飛ばしてみよう。
「Act.4 解錠」
解錠の魔法を放ったが、そう動くとは微塵も思っていなかった。 壁の一部分は音を立てながら、細かいブロックに別れていく。 そして小さくなった壁が移動し、ポッカリと空間が空いた。 奥を覗いてみると、先の方に明かりが見える。 これは地図にも乗っていない隠し通路だ、手元の地図を見て全員に確認する。
「入るわよ」
「ああ、行こう」
私の意見に反論は出なかった。 真っ先にキースが賛同し、他の皆もそれに続く。 隠し通路は一直線になっていて、周りの壁に罠が用意されていたわけでもなく、すぐに奥の部屋へと辿り着いた。 その部屋は明るく、上を見ると空が覗いている。
「……あの像は?」
冒険者の一人が呟いた。 彼の見ている方向を見ると、部屋の奥に二体の像が設置されている。 片方は大きな剣を持ち、もう片方は大きな盾を持っている。 ノーランの街でのゴーレムのことが頭をよぎり、私は警戒して像の様子を窺う。
「動かないようだな」
「みたいね」
近づいても動く様子のない石像を見て、隣でキースが呟く。 彼の言う通り、ゴーレムのような魔力を感じることがないので大丈夫だとは思う……。 像の先には祭壇のような場所があり、その上には四角い小さな箱が飾られている。
「あれ、何だと思う?」
「調べてみましょ……ッ!」
ランと一緒に祭壇に近付こうとしたところで、足元の方に魔力を感じた。 飛び退いて下を見ると、私以外の全員の居る床に魔法の刻印が刻まれている。
「レ……」
次の瞬間。 彼女らの足元にある刻印が眩く輝きだし、一瞬にして姿が掻き消えた。 それが何の魔法か理解できず、焦った私は固まってしまった。 私以外全員消えた? ……いや、ひとり消えずに残っている。 キースだ。
「レティ、平気か?」
「ええ、今のは……」
キースは床から剣を抜いて、私の方に向かってくる。 どうやら、発生した魔法の刻印を瞬時に破壊したようだ。 キースの板床にある刻印は、魔力のこもった剣で刺されて効力を失っている。 あの一瞬で良く行動できたものだが、ラン達は消えてしまった。
―――――『彼女達は、他の場所に移動しただけです。 安心して下さい』
背後から聞こえた声に振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。 あれは、確か昇格試験の時に屋敷に居た執事のお爺さんだ。 彼はラン達を別の場所に移したと言っている。 という事は、さっきのは転移の魔法? 高度な魔法だ、私には全く扱える気がしない程の。 その実力に、手に持った杖に力が入る。
「貴方、館に居た人ね?」
「ええ、エドワーズと申します。 あの時からまさかとは思っていましたが、それが起動したことで確信を得ました」
エドワーズ。 その男が見ているのは、祭壇の上にある四角い箱だ。 あの時から? 起動? 全く意味がわからない、彼もエルヴィン達の仲間だろうか。 聞いて答えてくれるかはわからないが、色々と質問させて貰おう。 武器を構えたまま、彼にいくつか言葉を投げかける。
「あの時から? 私の事?」
「ええ、そうです。 私はこの時を、気が遠くなるような時を過ごして待っていました。 ついに、彼岸を達成する時が来たのです。 ……少々、邪魔が入ってしまったようですが」
答えてはくれるが、その内容は要領を得ない。 そもそも、私とまともに会話をする気がないのかもしれない。 言葉の最後に棘を残して、キースに視線を向けた。 私だけをこの場に残したかったようだ。 とすると彼の目的は……。
「魔王と関係あるのかしら?」
―――――『ええ、まさに』
私が魔王と言った途端、エドワーズは嫌な音を立てながら"変形"した。 顔は獣のようになり、手には鋭い爪が伸びる。 綺麗に着こなしていたスーツは、肥大した筋肉によって破れかけてしまっていた。 そこから覗く皮膚を毛が覆っている。 魔物と言われても信じてしまうであろう容姿に、私はふとランの言葉を思い出した。 ……魔族。
「……魔族?」
『おや、あまり驚かないのですね。 さすが、器に選ばれただけはある』
私の言葉を否定する様子はない。 信じたくないが、魔族で間違いないようだ。 目の前に出てこられてしまっては、認めざるを得ない。 エドワーズは、更に知らない言葉を口にした。 器とは……。 話の流れからして、私のことなのは間違いない。
「器って私のこと? どういう意味なの?」
『ふふふ、物怖じしない姿勢は評価します。 ……貴女は陛下の魂を抱えた存在。 復活の礎、その器なのです』
覚悟はしていたが、改めて言われると息が詰まる。 それも、その辺の有識者ではなく本物の魔族に言われたのだ。 より信憑性が高まるというもの。 私が魔王の魂を抱えている? どうしたら、そんな事になるのだろう。 両親は人間だし、先祖に魔族が居たなんて記録もない。 いや、そんな記録があったら今頃討伐されていただろう。
『……陛下は死の間際、自らの魂を分割して封印しました。 それは世を巡り、他のものに宿って再び世界に生まれ落ちます。 例えば、魔物や……貴女のように赤い瞳を持って生まれた人間に』
眉をひそめる私を見て、補足するようにエドワーズが説明してくれる。 他の生物に宿る? それはまた迷惑なことだ。 そのせいで、私がどれだけ苦労してきたことか。 彼の話だと、私の他にも魔王の魂を宿したものは居るらしい。
『長い時をかけて、私達は陛下の魂をかき集めてきました……。 この街で貴女を見ていましたが、驚きましたよ。 貴女に宿っている魂は比重が大きい、回収すればどれほど貢献できることか』
どうやら、街についたときから監視されていたようだ。 その言いぶりからして、宿屋での一件も知っているのだろう。 まんまとここにおびき寄せられたわけだ。 エドワーズは既に、目的を達成した気で居る。 魂だなんて願い下げだ、全力で抵抗させて貰う。 キースをちらりと見て、攻撃する機会をうかがう。
『ふふ、勇ましいですね。 ですが……。 これでいかがでしょう?』
「なっ!」
エドワーズが祭壇の四角い箱に手を翳すと、そこから再び光が天へと登りだした。 遺跡から発せられていた光の柱は、どうやらこれが原因のようだ。 それから目を離そうとするが、体が動かない。 視界が段々と赤く染まっていき、私はそこで意識を手放した。




