港町リディル 7
―――――『レ……ティ!』
ボフッ
翌朝、そんな音を建ててお腹の辺りに衝撃が走る。 薄めを開けると、ランが私のベッドに飛び込んできていた。 仕返しとばかりに、彼女を巻き込んで包まってみた。 ランは小さな悲鳴を上げて、ベッドの中で藻掻いている。
「ん―!」
「……おはよう、ラン」
少ししてランを解放し、体を起こして挨拶をする。 彼女は私のベッドの上で、私に向かって講義の目線を向けてきている。 ランの髪はボサボサで服は乱れていて、散々な有様に私は思わず笑ってしまった。 彼女を椅子へと手招きすると、すぐに駆け寄ってきて手元に落ち着いた。 取り出した櫛で、彼女の髪を手直ししてあげる。
「せっかく起こしてあげたのに、ひどい」
「ふふ、貴女が飛び込んでくるからよ。 その仕返し」
ランは頬を膨らませてはいるが、髪に櫛を淹れられるのはご満悦なようだ。 椅子に座りながら、足をパタパタと揺らしている。 よし、こんな所でいいだろう。 脱げかけている服も直し、彼女を椅子から立ち上がらせた。
「はい、おしまい。 さぁ、着替えましょう。 朝食をとって、冒険者ギルドに行く準備をしなくちゃ」
「はーい」
威勢のいい返事と共に、彼女は寝間着から着替えはじめる。 中々豪快な着替え方だ、服が宙を舞っている。 そんな様子に呆れながら、私も服を着替え始めた。 すると、部屋の扉がノックされて私は焦った。
「レティ、起きたか? 先に下に行っている」
「え、ええ」
扉の先にいるのはキースのようだ。 この宿屋の食堂は一階にある、先に行く知らせを伝えに来たみたい。 ほっと胸をなでおろして、改めて着替えを再開する。 ランに茶化されないかと隣を見たが、その心配はないようだ。 彼女は服を脱ぐ時に、頭に引っかかってしまったようで藻掻いていた。 私は笑いながら、彼女を服から解放してあげた。
着替えを終えた私達は、朝食を取りに部屋を出る。 直ぐ側の階段を下り、食堂へと入るとキースが既に席を確保していた。 彼に声をかけつつ、そちらの方へと近寄った。 辺りを見ると、そこそこ人がいるようだ。 漁業が盛んなだけはあって、活動を始めるのが早いのかもしれない。 魚は朝早くに取りに行くそうだ。
「休めたか?」
「ええ、ゆっくりね」
キースが心配してくれるが、私よりもランのほうがダメかもしれない。 隣で大きなあくびをあげている。 見られていることに気づいた彼女は、恥ずかしそうに口元を抑えた。
「ほら、頼みに行こう!」
「ええ、キースは?」
「もう頼んである」
ランは誤魔化すように私を受付へ引っ張っていく。 キースは私達が来る前に注文を終えていたようだ。 列に並び、メニューを眺める。 日替わりの朝食というものがあったので、二人でそれを頼むことにした。 頼み終わった私達は、再びキースのいる席へと戻る。
「今日はどうするの?」
「昨日言ったとおりギルドへ行く。 依頼があれば良いが、無かった場合は考えないといけなくなるな」
ランがキースに質問している。 今日の予定は、昨日話したとおり冒険者ギルドに向かう。 そこで遺跡に関する依頼があればいいが、もし無かった場合は別の方法を探さなくてはならなくなる。 幻惑の魔法でこっそり忍び入ろうか……。 ともかく、一度遺跡を見に行ってみないことには始まらない。
「ねえ、ラン。 遺跡ってどの辺りにあるの?」
「うん? 昨日の海岸から見て、山の向こう側だよ。 街からじゃ、ちょっと見えづらい所にあるね」
肝心なことを聞き忘れていたので、ランに尋ねてみた。 彼女の話では、遺跡は街の奥側の海にあるらしい。 丁度山を挟んでいて、街からだと見えない場所にあるようだ。 だから、この街に来た時に気づかなかったのか。 そんな遺跡が近くにあったら嫌でも気づくはずだ。
そのまま今日の行動について話し合っていると、私達のもとに注文した料理が運ばれてきた。 見た所、キースも同じものを頼んだようだ。 運ばれてきた料理を見ると、焼いた魚の切り身と色とりどりな野菜が見える。 一番気になるのは米だ。 炊いたお米が敷き詰められ、上に黒くて薄い物が乗っていた。 それを捲ってみると、ご飯との間にあるのは佃煮だ。 自然と頬が緩みそうになる。
「これ、なにかしら?」
「海苔だよ。 それも海で取れるんだ」
ランに聞いてみると、直ぐに返事が返ってきた。 この薄い食べ物は海苔というらしい、ランはそれに醤油を少しかけて食べている。 私も彼女を真似して、その上に醤油を数滴垂らす。 そして下のご飯と佃煮ごと掬って口へと運ぶ。
「これは良いな」
私より先に言ったのはキースだ。 彼は満足げに同じものを食べている。 その意見には賛成だ、この海苔は米にとても合う。 海とは食材の宝庫だ、美味しいものが沢山ある。 正直、宿屋の食事にはあまり期待していなかったが、これは考えを改める必要があるみたい。
―――――ビリ……
「……?」
そんな振動を感じたのは、食事を済ませて休憩していた時だ。 足元が揺れたような感じがして、私は辺りを確認した。 ランとキースも感じていたようで、特にキースは身構えていた。 他の客は殆ど部屋に戻ってしまったが、私達以外の数人は残っている。 その人達は、窓際に寄って外を眺めていた。
―――――ビリビリ……ビリビリ……
「……っ」
振動は徐々に大きくなり、近くの人はようやく慌てはじめる。 食堂の中の人は奥に引っ込んでしまい、他の残っていた客は外に出ていった。 残っているのは私達だけだが、よく分からない感覚に私はしゃがみ込んでしまった。 キースとランが近寄ってきて、私を支えてくれる。
「レティ? 大丈夫?」
「ええ……」
ランが私の顔を覗き込み、心配そうな顔をして聞いてくる。 それに答えようと返事をしかけた所で、私は途中で言葉に詰まった。 その原因は、"窓から見える山の方で起きた現象"によってだ。
―――――ゴアアアアアアアアッ!
それは、私の目には柱に見えた。 山から天に登る光の柱は、轟音を伴って私達に異常を伝えている。 私はそれから目が離せなくなった。 それは、ただ見ただけならば綺麗と表現してしまいそうな位に、"眩い赤い光"を発していた。
―――――オオオオオオオ……
現れた時と同様に、その光は突然消えた。 そこでようやく、私はキースに体を揺さぶられている事に気づいた。 彼は焦ったように、私に言葉を投げかけていた。 彼に目を向けた時に、ランの表情も目に入る。 彼女の顔からは、驚きの感情が見て取れた。 目が合い、彼女から放たれた言葉は。
「……赤い瞳」
―――――呟くように漏れた言葉は、私を激しく動揺させるのに十分な力を持っていた。




