港町リディル 3
―――――ガラガラ……
そうして数日。 私達は馬車で道を進み、間もなくリディルの街という所まで来ていた。 前方には、一面の青が見える。 あれが海か、ようやく見えてきた。 風も吹いていて心地いいが、何やら独特な匂いがする。 ランに聞いてみると、どうやらこれは磯の香りと言うらしい。 海の水は舐めると塩っぱいとの事だ。 ……舐めたの? ラン。
「あれが、リディル?」
馬車から身を乗り出して、海沿いに見える街を遠目に眺める。 今までの街のように外壁は見当たらず、街と言うよりは巨大な村のようだ。 街中には背の高い木々が目立ち、この距離からでもよく見える。 街の海側には船が泊まっている。 大きなものから小さなものまで様々だ。
「そうだよ! ほら、あの辺りで遊べるんだ。 後で行こう?」
「ええ、わかったわ」
ランの言う方を見てみると、海岸沿いの砂浜に人が集まっている。 これが私のはじめての海だ、街が近づいてくるに連れて気分が高揚し始めていた。 前方には門らしきものがあり、道はそれに向かって続いている。 申し訳程度の門兵が居るが、他の場所から入り放題だ。 あまり意味がないような気がする。
「リディルへようこそ」
門兵から軽い挨拶を受けて、ギルド証を彼に見せる。 確認した門兵は、会釈して通してくれた。 あまりやる気がなさそうだ、彼は私達を通した後、門近くにあった椅子に座り込んでいた。
「こんな緩くていいの?」
「あはは。 街って言っても小さいし、村みたいなものだからね。 壁は今作ってる最中みたいだよ?」
ランの言葉を聞いて、街の境界線を見てみる。 確かにそこには、壁の骨組みのようなものが設置されていた。 まだ作り始めて浅いようだ、この街は最近できたという事だろうか? 発展している最中というのなら、この様子も頷けるけれど。
「この街は出来たばかりなの?」
「ううん、昔からあったよ。 でも、最近になって急に魚が沢山取れるようになってきてね。 偉い人が来て、ここを街にするって開発し始めたの。 昔は小さい村だったんだよ?」
私が思ったことをランに聞くと、そんな答えが帰ってきた。 なるほど、それなら納得だ。 急な村の発展に、作業が追いついていないのだろう。 魚が急に集まってきたのは、何か理由があるのだろうか? 他の海から追い出されてきたとか……。 考えても仕方ないので、気にしないことにした。
「そう、作業する人は大変ね……」
「宿屋に停めるぞ」
馬車とすれ違う木材を抱えた人を見ながら、私は小さくつぶやいた。 すると、キースが私達に声をかけてくる。 どうやら、馬車を停める宿屋が見つかったようだ。 彼に返事をして、私達は荷台を降りる準備を進め始めた。
「ん……! 海だ!」
「綺麗ね」
キースが宿屋へ馬車を預けに行ってる間に、荷台から降りた私とランは付近の様子を眺めていた。 宿屋は少し高い場所にあり、眼下に見える海が綺麗だ。 光が反射していて、キラキラと輝いている。 それを見るランの瞳も、心なしか輝いて見えた。
「部屋が取れた。 荷物を置きに行くぞ」
「ええ」
「はーい!」
キースが私達を呼びに来た。 彼に続いて、私達も宿屋へと入る。 そこで、ふと頭にあることがよぎった。 部屋はどうしたんだろうか、まさか三人同じ部屋? キースの背中を見つめながら、私は表情が強張っていく。 そんな様子を見たランは、不思議そうな顔をして私の顔を眺めていた。
「俺はここだ。 レティとランは隣の同じ部屋にしたが良かったか?」
「え、ええ。 大丈夫よ」
「うん! 宜しくね、レティ」
思わず安堵の息を吐いた。 よく考えなくても、こうなるのは当たり前だ。 それでも少し、残念な気持ちになるのは気のせいだろう。 微妙な顔をする私を見て、ランの表情がニヤリとしたものに変わる。 思わず一歩後ろに引いてしまった。
「あ、それとも一緒の部屋に行く? 私は一人でも大丈夫だよ?」
「……行くわよ」
一瞬言葉に詰まる。 すぐに我を取り戻して、ランの手を掴んで部屋へと引っ張る。 その間、ランはニヤけた表情を変えなかったが、部屋に入ってみると別の方へと興味が移っていた。 私もそれに気がついて、ランに続いて窓へと近寄った。
「いい眺め!」
「そうね、このまま絵にしてもらいたいわ」
私達の部屋は二階だ。 その部屋の窓から見える景色は、奥に見える海と端に映る木々、歩いている人達だ。 まるで風景画のようで、感動した私達は暫く景色を眺めていた。 先に動いたのはランだ。 なにやら、私に言いたいことがあるようで、振り返って下から私を覗くような姿勢になった。
「どうしたの?」
「海に行きます! そのために水着を買いに行きます!」
何故か変な口調になるランに、私は思わず笑ってしまう。 聞き慣れない単語があって、私は少し考えてしまった。 水着……とはなんだろう? 名前からして海で使う服? 濡れてしまっても大丈夫なものだろうか。
「水着ってどういうもの?」
「それはね……。 お店に言ってから決めよう? ね、行こ!」
ランが私を引っ張りはじめる。 私は慌てて荷物を置き、彼女に続いて部屋を出る。 キースにも言わないと。 そう思った私は、隣の部屋を尋ねた。 扉を叩くと、すぐにキースが出てくる。
「ランが水着を買って海に行きましょうって聞かないの。 キースも行きましょう?」
「ああ、わかった。 ……俺は店の外で待っている」
そう言って、キースは外に出て部屋の扉を閉める。 後半呟くように言ったことが気になったが、ランが引っ張るので追求することは出来なかった。 宿屋を離れ、店が並ぶ街道へと向かう。 ランは店の場所を知っているようなので、彼女に任せることにした。
「もうすぐだよ!」
「……」
その店が近づくにつれて、私は段々と嫌な予感がしてきた。 他の店もチラホラとあるが、店先に置いてある水着というものを目にしたからだ。 まさか、あれを着るの? 殆ど下着と変わらないじゃない。 ばっと、キースの方を振り返る。 彼は私と目があった後、ゆっくりと視線を逸していった。 知っていたわね、キース。
「ついた!」
「……待って!」
店につくと同時に、ランは私を中に引き釣りこもうとする。 私は必死に抵抗するが、笑顔のランはとてつもない力で、私を店内へと引き込んでいった。 無言で静かに店の前へと待機するキースを、私は恨めしげな目で見ていた。




