港町リディル 2
―――――ガサ……
「んー、楽しかった」
食事も終わり、ここは寝るためのテントの中だ。 隣にはランがいる。 彼女の分のテントも用意したのだが、私と一緒に寝ると言って聞かなかったので、こうなっている。 彼女が楽しかったと言っているのは、食事の後に持ってきたカードゲームの事だ。 ウイユの村でシエラ達と遊んだカードと同じものを取り出して、暫く遊んでいた。 結果はランのボロ負けだったが。彼女が全く諦めなかったので、随分と長い時間遊んでいた。 最終的に疲れた私達に一勝した彼女は満足し、ようやくお開きとなった。
「もう……疲れたわよ」
「えへへ、ごめんね。 負けず嫌いで……」
謝っているようで、ランの口元は笑っている。 それを指摘する余裕が私にはなく、瞼が重く今にも落ちてきそうだ。 テントの中で簡易寝具に包まりながら、私は小さく欠伸をした。 それを見たランは、優しく頭を撫でてくる。 これでは私のほうが子供みたいじゃないか、いつも子供っぽいのはランなのに。 そう頭では思うが、眠気には勝てなかった。 ついに私は意識を手放して、眠りへと落ちた。
「おやすみ、レティ」
―――――最後に、そんな声を聞きながら。
―――――「レティ?」
再び同じ声が聞こえた。 薄めを開けると、ランが私を覗き込んでいる。 そのまま周りに視線を移動すると、テントの中が若干明るい。 朝日が差して、テント越しに中を照らしているようだ。 いつの間に寝てしまったのか思い出せないが、とりあえず体を起こすとしよう。
「……おはよう、ラン」
「うん! おはよう!」
朝からランは元気いっぱいだ。 そう言えば、ノーランの宿屋に呼んだ時も朝早くに尋ねてきていた。 彼女は朝に強いのだろう、羨ましい限りだ。 私はあまり得意ではない、再び下がろうとする瞼に必死で耐える。
「あ、ごめんね。 私、朝早いから……。 眠かったら無理しないでね」
「……いいえ、大丈夫よ。 おきましょう」
恐らく、このまま再び寝たら暫く起きない自信がある。 ランの誘惑に負けそうな体を奮い起こして、寝具から抜け出した。 テントの外はまだ肌寒く、少し身震いする私にランが上着をかけてくれた。 彼女に感謝を述べて、立ち上がる。
「起きたか。 朝食を用意してある、良かったら食べてくれ。 ……期待はするな」
「……」
渡しにそう言ったのはキースだ。 そう、キースしかいない。 ……今なんて言ったの? 思わず聞き返しそうになりながら、テーブルの方に顔を向けた。 確かにそこには、朝食らしきものが置いてある。 家事が出来るなんて、私が知る限りは初耳だ。 驚きのあまり口が開いたままになった。
「だって! 食べよ、レティ! ありがとね、キース」
「え、ええ」
ランに促されて、彼の作った食事が置いてあるテーブル近くの椅子に座る。 そこにあるのは、焼いたパンにスライスした肉と葉物野菜、それに調味料を挟んだサンドイッチだ。 すぐ隣にはスープの入ったカップと紅茶が淹れてあるコップがあった。
「美味しそう! 頂きます!」
ランの言葉を皮切りに、私達が食事をはじめる。 サンドイッチを一口齧る。 ……やはり、私が想像していたのと全く同じ味だ。 何故わかったかというと、屋敷にいる時に同じ食事が出たことがあるからだ。 まさか、あれもキースが作ったもの?
「ねえ、キース。 昔、屋敷で持ってきてくれたのって……」
「ああ、あれも俺が作ったものだ」
やっぱりそうだった。 という事は、キースは昔から料理ができたのか。 学ぶ機会なんて無かったはずだが、彼は一体どこでこんな事を覚えたのだろうか。 屋敷にいる時は、私の世話を担当しているという事で、キースは他の使用人から嫌悪の目を向けられていた。 誰かに教わったとは考えにくい。
「何処で覚えたの?」
「レティの世話をするために、必要そうなことは一通り覚えた。 料理も本から独学で学んださ。 本場の料理人とは行かないが、並のものなら作れる」
そんな事をしていたのか、驚きを通り越して感心する。 私の為にやってくれた事だと思うと、自然と頬が緩みそうになる。 それに耐えて表情を維持していたのは、横から視線を感じたからだ。 ランの方は見ないようにした。 絶対、ニヤけて此方を見ているはずだ。
「ありがとう」
「ああ」
小さく感謝を述べると、キースも一言返してくれる。 隣から感じる視線が和らぎ、ランの方をちらりと見ると、今度は呆れたような顔をして此方を見ていた。
「はいはい、ご馳走様」
食事を終わらせた彼女が、私の顔を見ながらそう言った。 その言葉は、この料理に対してよね? どうも、私達に向けられているような気がするが、深くは追求しないことにした。 下手に突くとボロが出そうだ。
朝食を済ませて、野営道具を片付けはじめる。 準備ができたら出発だ。 二人と一緒に作業をしていると、彼女が私の方に近づいてくる。 それに気づいた私は、ランの方に顔を向けた。
「いつもこんな感じなの?」
「いつも……? どれのこと?」
質問の意味がいまいちわからなかった私は、作業を続けながら彼女に聞き返した。 いつも……? キースとの事? それとも食事の事だろうか。
「どれって言うか、全体的に。 こんな快適な旅、私初めて経験したよ」
「ふふ、もっと改良するつもりよ」
そう言う事か。 確かに、街にいる時とあまり変わらない食事を作り、遊具も馬車に常備している。 警戒は魔道具で済ませて見張りの必要もない。 魔道具というものはやはり便利だ。 これが有ると無いでは雲泥の差になる。 次は……寝具を改良しようかしら。 あれはまだ、寝心地が良いとは言えない。
「こんなの経験したら、エイリオ達のとこに戻った時に大変そうだよ。 楽しすぎて」
ランは肩をすくめながら言っている。 気持ちはわかる、私だってもう普通の旅には戻れないだろう。 いや、戻れはするが絶対に文句を言う自信がある。 ……そうだ、警報機や保存の魔道具なんかは複製できるかもしれない。 時間が有る時にやってみるとしよう。
「いくつかの魔道具は、同じのが作れるかもしれないわ。 ランにも作ってあげる」
「ほんと! 良いの?」
最初は申し訳なさそうにしていたが、私が頷くと大きく飛び跳ねた。 ノーランの街で、せっかく刻印道具も買ったことだ。 ランの役に立てるなら、私としても嬉しい。 なんと言っても、屋敷を抜け出して初めて、ここまで仲良くなった人だもの。 全力で嬉しさを表現する彼女を微笑ましく思いながらも、私は耐えきれずに笑ってしまった。 その様子は、やっぱり子供みたいだ。




