港町リディル
翌朝、私達は馬車の前に集合していた。 街を出る準備は万端で、後は出発するだけ。 一番手こずったのは、ランを起こすことだった。 楽しみで夜中まで寝れなかったらしい。 ベッドから引き剥がすのが大変だった。
「ラン・フェインです! よろしくお願いします!」
「キース・メストだ。 よろしく頼む」
馬車に乗り込む前に、ランがキースに自己紹介していた。 今更と思ったが、そういえばフルネームまでは知らない事に気づいた。
「レティ・エイルよ。 改めて宜しくね」
「うん!」
手を出すと、喜びながら笑顔で握り返してきた。 自己紹介も済んだところで、出発だ。 私達は馬車に乗り込み、宿屋を出た。
―――――ガラガラ……。
「これ凄いね! お尻が痛くない」
ランが感動しているのは、例の改良したクッションだ。 彼女は上に座りながら跳び跳ねている。 微笑ましいが、そんなに飛んだら……。
―――――ゴンッ!
「痛い!」
「ほら、もう。 危ないわよ」
やっぱり天井に頭をぶつけた。 涙目になっているランの頭を、冷たいタオルで冷やす。 ……なぜ用意してあるかって? 私もやったからだ。 勢いよくぶつかったランを見て、思わず私も頭を押さえかけてしまう。
馬車は街の門に到着し、キースが門兵と話している。 言われたとおりにギルドカードを掲示し、特に何も言われること無く門を素通りした。 改めて便利なものだ。
「レティはリディルの街は知ってるの?」
「いいえ、初めて行くわ。 ランは行ったことあるみたいね」
口ぶりからして、ランはリディルの街に行ったことがあるようだ。 確か、海の街と聞いている。 ……海か、私は本で見たことしか無い。 一面に水が広がり、心地のいい風が吹くとあった。 今から楽しみだ。
「うん、海が綺麗だよ。 泳ぐ所もあるんだ、行ってみない?」
「水の中に入るの? ……面白そうね、そうしましょう」
ランの提案に、私は特に考えずに答えてしまった。 この後、これで後悔するとは思わずに。 上機嫌なランを乗せて、私達の馬車はリディルへと向かう。 小さくなっていくノーランの街並みを眺めながら、次の街に期待を寄せていた。
「じゃあ、水着も買わないといけないし……」
隣でランが言っていることは、その時の私には理解できなかった。
―――――ガラガラ……
「この辺りで、今日は落ち着こう」
馬車は暫く道を進み、辺りはすっかり暗くなってきていた。 ちょうど開けた場所を見つけたキースが、馬車の速度を緩めながら私達に確認する。 私とランは頷き、小窓から顔を出す。 風が強くなってきているが、そこまで冷たくはない。 馬車が完全に泊まったのを確認して、荷台から降りた。
「ラン、これをそこに運んでくれる?」
「わかった!」
私とランで野営の準備を始める。 キースは馬を繋げに行ったが、今回は近くに水場もない。 地面に食いを打ち付けて、そこにロープをくくりつけている。 付近に馬用の食事と水を置いていた。
「こんなものね」
「次あっち?」
テントはこんな物だろう。 続いて、ランが指した方向に調理場と休憩スペースを用意しようとするが、既にキースが馬車から必要なものを降ろしている。 私達も彼を手伝って、場所を作成した。 これで準備は万端だ、料理を始めるとしよう。
「食事を作るわね」
「私も手伝う!」
すぐさま手を上げたランを助手に、今日の食事を準備し始める。 キースも手伝うと言っていたが、彼には休んで貰うことにした。 馬車も牽いていたことだし、今日はゆっくり休んでもらおう。
―――――シュゥゥ……。
目の前の調理具から湯気が上がる。 その中にはお米と水が入っている、ジェムズさんに教えて貰った通りにやってみた。 うまくいくと良いけど……。 その調理具はもう一つある、なんとランがジェムズさんの米料理と似たものを作れるそうだ。 彼女もあの料理のファンらしく、ジェムズさんほど美味しくは出来ないが真似したことはあるらしい。 ランには、それを担当して貰っている。
―――――カポン
そろそろ良いだろう、調理具の蓋を開けて中身を確認する。 ……うん、ふっくらと綺麗に出来ている。 片方はランに渡し、もう一つを調理場に持っていく。 私が作ろうとしているのは、貰った味噌を使った米料理だ。
―――――ゴン! ゴン!
すり鉢に、長けたご飯を入れて棒で押しつぶす。 粘り気が出てきた所で、ご飯を手に取り一口サイズに丸めていく。 とても熱いので、火傷しないように気をつけなければ。 出来たお米に細長い木の棒を刺し、火の上に設置してある網へと乗せていく。
―――――パチ! パチ!
そのまま暫く焼き目をつける。 頃合いを見て味噌を表面に塗り、再び網に乗せる。 うん、味噌は焼くと良い匂いがする。 焦げないように気をつけながら、両面をしっかりと焼いていく。 そろそろ、良いかしら?
「うん、美味しい」
ひとかけら口へと運び、焼き具合を確かめる。 大丈夫だ。 パリパリしていて、とても美味しい。 出来上がった物を皿に乗せ、テーブルの方へと持っていった。 ランの方も出来たようだ、隣を見ると大皿に出来上がった料理を盛っていた。
「はい、出来上がり」
「私も出来たよ!」
ランと一緒にテーブルに料理を並べる。 他に用意していた野菜類も一緒に並べて完成だ。 キースが紅茶を淹れてきてくれていた。 私達はそれを受け取り、椅子へと腰掛ける。 ランの作った米料理を見ると、とても美味しそうだ。 一緒に置かれたら、ジェムズさんのと見分けがつかないくらい。
『頂きます!』
合図と共に食事をはじめる。 まずは、ランの作った料理を頂くことにした。 小皿に取り分けて、私のたもとへと持ってくる。 不安そうな顔をしているランを尻目に、一口食べて感動した。 とても美味しい、お店で出せるレベルじゃないだろうか。
「おいしい! 凄いわね、ラン」
「そう? 良かった……」
私の感想に、ランはほっと胸をなでおろしている。 贔屓目に見なくても十分美味しい、これなら謙遜することもないと思う。 ようやく食事を始めたランは、私が作った味噌焼きへと手を伸ばす。 口元まで持ってきて匂いを嗅いでいる。 その気持はわかる、あまり見たこと無い食材だもの。
「……んっ!」
パリッと音を立てて一口齧った。 その後すぐに、ランの表情は笑顔になった。 良かった、お気に召したみたい。 私は心の中で、そっと胸をなでおろした。 なにせレシピもなく、はじめての試みだったので自信がなかったのだ。
「レティ! これ美味しいね! ……なんて料理なの?」
「ジェムズさんに貰った味噌をつけて焼いてみたの。 炊けたお米を潰して焼いてね。 だから……味噌焼きかしら?」
味噌焼きを頬張りながら、ランはもごもごと話してくる。 何の料理かと言われると返事に困る、味噌で焼いたから……味噌焼きでいいだろう。 少し安直だったかもしれない。 私はそれとなく、キースの方へと目線を向ける。 ランと私が食べたのを確認してから、彼は食事を始めた。 ……律儀なことだ。
「どう?」
「ああ、旨い。 腕を上げたな」
短い返事だったが、私は気分が高まっていた。 我ながらわかりやすい事だ。 キースの返事に満足して、私も自分の食事を再開する。 またランにからかわれるかもと隣を見たが、彼女は食事に夢中でそれどころではないようだ。 そんなに美味しそうに食べてくれると、私としても作ったかいがあるというもの。 食べる速度が早すぎて、喉をつまらせかける彼女を介抱しながら、私達は夕食を楽しんだ。




