ノーランの街 30
―――――「お疲れ様でした。 それでは、お気をつけてお帰り下さい。 この証を冒険者ギルドへ提出して頂ければ、昇格試験は終了となります」
やっと長い話が終わった。 あとは答えを書いた紙を提出して終わりだ。 帰り際に、執事さんから修了証を貰った。 これを冒険者ギルドに持っていけば、試験は終わりとの事。
「ありがとう」
私の感謝の言葉に、彼はゆっくりとお辞儀で返す。 すれ違いざま、既視感を覚えた。 何処か出会っただろうか? 少し考えたが、長い講義で気が緩んでいた私は、そのまま屋敷を後にした。
「疲れたわ」
「俺もだ」
キースは苦笑いをしている。 当たり前だ、どうでもいいことを何時間も高らかに説明されたのだから。
「まぁ……。 とにかく、これで試験は終わりだ。 ギルドに戻るぞ」
「あ、ちょっと待って。 ジェムズさんの所に寄っていかない? 街を出る事を伝えたいの」
丁度良いし、ジェムズさん達に街を出る事を伝えに行こう。 私はキースを引き留めて、彼らの所に向かうことを提案する。
「わかった。 なら、まず店に向かうか。 昼には少し早いが、開店準備をしているだろう」
ジェムズさんの料理店は昼から開店だ。 でも確かに、準備の為に早くにいるはず。 キースに同意して、私達は料理店へと向かう。
「居ないかしら?」
「いや、奥に居るんじゃないか?」
店の入り口は勿論閉まっているが、小窓から見える店内も暗い。 もしかして居ないのかと考えたが、キースの言うとおり、奥で仕込み中かもしれない。 訪ねてみることにした。
「ジェムズさん、マイアさん! ……居るかしら」
扉を叩いて中を伺う。 暫く反応がなかったので、家の方へ向かおうと考えたとき、店内の明かりがついた。 どうやら、居たみたい。
「おや、嬢ちゃん。 兄ちゃんも、どうした?」
扉を開けて出てきたジェムズさんは、私達を見て頭を捻った。 食器を持っている、料理中だったようだ。
「突然、ごめんなさい。 ちょっと、伝えたいことがあって来たの」
私がそういうと、ジェムズさんは食器を持ったまま首を傾げる。 そして、彼の向こう側からもう一つ、足音が聞こえてきた。 マイアさんもいるようだ。
「あら、レティちゃん。 どうしたの? こんな早くに」
マイアさんはジェムズさんを押しのけて、私に話しかけてくる。 そのせいでジェムズさんは食器を落としそうになっていた。 私はそれを見て、少し笑いながら別の街に行くことを伝える。
「実は、そろそろ街を出ようと思っているの。 だから、挨拶をと思って」
「あら、そうなの? 寂しくなるね、いつ出るんだい?」
マイアさんは、娘を見送る母親のような顔で話す。 そういえば、いつ出るかはまだ決めていなかった。 明日、ランに確認を取るとして……数日と言った所か。
「そうね、あと二、三日の間には出ようと思うわ。 でも、また戻ってくるから心配しないで」
「そうかい? 気をつけていっておいで」
ランが同行するので、恐らくまたノーランには戻って来ることになるだろう。 それを伝えると、ジェムズさんが思い出したように、店の中へと入っていった。
「そうだ、前言っていた物だよ。 持っていくと良い」
ジェムズさんは奥から帰ってきて、私に壺を手渡してきた。 蓋を開けて中を覗くと、何か詰まっている。 この前言っていたもの……? 新しい料理の事?
「これは?」
「味噌と言うんだ。 作り方は豆を発酵させて……。 まぁ、とにかく炊いたお米につけて焼いたりすると、とても美味しい。 是非、食べてみてくれ」
そう言う事か。 お米に付けて食べる食材のようだ。 お米なら、大量に馬車に積んであるので有り難い。 旅の間に使ってみることにしよう。 思わぬお土産に、口角が少し上がる。
ジェムズさん達と挨拶を済ませ、私達は宿屋へ一旦帰宅した。 荷物と頂いた味噌を置き、今度は冒険者ギルドへと向かう。 昇格証を届けに行かないといけない。
―――――ギィ……
冒険者ギルドに到着し、奥のテーブルを見る。 そこにはレイラが座っていて、彼女も私達を発見して笑っていた。 私達は昇格証を手に、彼女の方へと向かう。
「試験は問題なかったわ。 これ、ギルドに提出してって言われた証よ」
「はい、お疲れ様でした。 これで、貴女達もシルバーランクね」
私が渡した証を確認し、レイラは労いの言葉をかけてくれた。 その表情は苦笑いだ。 どうやら、彼女は試験の内容について知っていたらしい。
「……知ってたのね」
「ふふ、ごめんなさいね。 ギルドの規約で、試験内容については話せないの」
避難の目を向ける私に、申し訳ないようにレイラは話す。 ギルド職員が、試験の内容について話すなんて出来るわけがないか。 私は肩をなでおろして、ため息を吐く。
「あの試験で何かわかるのか?」
「ええ、そうよね。 そう思うのも当たり前だわ」
隣のキースが疑問をレイラに投げかける。 確かに、あれが試験だと言うなら相当なものだ。 ほとんどやる意味がないように思える。
「簡単に言ってしまえば、街にあるギルドなのだから貴族も昇格試験に参加させるべきって領主様に言われてね。 ……要は、冒険者に権威を見せつけたいって所かしら。 無下にも出来ないから、筆記試験って形でやってもらってるの」
「なるほど」
レイラは困った顔をしながら話し始めた。 後半は周りに聞こえないように、静かに喋っている。 権力というのは厄介なものだ。 自分の足元で、好き勝手やられるのが嫌なのだろう。 だから、冒険者ギルド内だけで済ませられないように、領主の手が入った者が試験を担当しているわけか。
「まぁ、昇格の是非は実技試験の方で全部見ちゃうから、本当に形だけね。 つまり、貴女達は試験無しで昇格でも良かったのよ。 一応、形式上で行ってもらっただけね」
「そう言うことね。 貴族っていうのは、何処も面倒ね」
「貴女が言うの?」
辟易する私を。レイラは笑いながら茶化してきた。 確かに世間的に見れば、私は家出した貴族だ。 両親にとっては、迷惑この上ない。 ……本当は別の理由があるが、ここで言うことも出来ない。 レイラには、苦笑いで返すことにした。
「何はともかく、昇格おめでとう。 ギルドカードを貸してもらえる?」
「ええ」
レイラに言われ、私達は持っていたギルドカードとプレートを渡す。 それを持って奥に行き、戻ってくる時には、手元に別のプレートが見えた。 あれが、シルバープレートか。
「はい、ギルド証とシルバープレート。 何度も言うけど、無くさないようにね」
「ええ、ありがとう」
「ああ」
私とキースは、それぞれギルド証とプレートを受け取る。 シルバーのプレートをよく見ると、ブロンズのものより細かい装飾が彫られている。 ただ、裏面なので目立ちはしない。 それを首元にかけて、キースの方を見た。
「ああ、似合っている」
彼の答えに満足気に頷くと、レイラがニヤニヤと笑っていた。 一度咳払いをして、席に座り直す。 これで名実ともにシルバーランクの冒険者だ。 私はもう一度、指でプレートを撫でた。




