ノーランの街 28
「んー、美味しそう!」
ランがトーストを見て感動している。 目の前に置かれた更には、焼いたトーストが置かれている。 間には何か挟まっていて、上に乗っているのは……確かアイスクリームだ。 屋敷で偶に出たことがある。
「それじゃあ、頂きましょう」
レイラの言葉で食事をはじめる。 用意されたフォークとナイフで、少しトーストを切り分ける。 外側はサクサクとしているが、仲は柔らかい。 挟まっているのは果物のようだ。 それと上に乗っているアイスクリームを切り分けたトーストに乗せて口へと運ぶ。
「ん! 甘くて美味しい!」
口の中で砂糖の甘味が広がる。 どうやらトーストが、甘い何かにひたしてあったようだ。 そして果物の酸味と冷たいアイスクリームがよく合う。 ほっぺたが零れ落ちそうとはこの事ね。
「気に入って貰えた?」
「ええ、とても。 ありがとう、レイラ」
私の様子を窺っていたレイラが聞いてきた。 勿論、点数を付けるなら満点だ。 お気に入りの店というのも頷ける。 私は目の前のトーストを次々と口へと運んでいく。
「ねえ、レティ。 明日試験なんでしょ? その後はどうするの?」
「そうね……」
食べながら、ランが今後の予定を聞いてくる。 明日は試験を受けるとして、その後か。 そう言えば、全く考えていなかった。 ……そうだ、屋台で聞いたリディルという街にも行ってみたい。 キースに相談してからだけれど。
「リディルって街に行こうかと思ってるわ」
「リディル! 海の街だね! ……あの、私も一緒に行っていい?」
私が答えると、ランが怖ず怖ずと同行を求めてきた。 私は別に構わないが、彼女はエイリオとリグと一緒のグループのはずだ。 彼らはどうするのだろうか。
「私は良いけど、エイリオとリグはどうするの?」
「二人は村に一度帰るから、大丈夫だよ! 暫くは、そこにいる筈だし」
なるほど、一度家族のもとに帰るのだろうか。 納得しかけたが、ランだって村の出身と言っていた筈だ。 彼女は村に帰らないのだろうか?
「ランは村に帰らないの?」
「私は良いの!」
私の質問に、ランは一言で答えを返した。 さっきと変わらない笑顔だが、なんとなく引っかかりを覚えるような表情だった。 隣のレイラをちらりと見るが、彼女は困った顔をしながら首を小さく横に振った。 どうやら、何か訳ありらしい。 これ以上の追求はやめることにした。
「わかったわ、一緒に行きましょう。 大丈夫だと思うけど、一応キースにも確認するわね」
「うん、ありがとう!」
すぐにいつもの笑顔に戻った。 彼女が言いたくないなら、無理に聞く必要はない。 私だって、彼女達に隠していることがある。 そうして私達は、その後も他愛ない会話を続けながらトーストを楽しんだ。 気づけば空が赤茶けてきている。 そろそろ帰らないとキースが心配するかも。
「そろそろ、お開きにしましょう」
「あっ、ごめんね。 話し込んじゃった」
私が言おうかと思っていたが、レイラが話を切り上げてくれた。 お尻が硬くなっている、大分長いこと座っていたので当たり前か。 話に夢中になっていると、気づかないものだ。
「良いのよ、楽しかったから。 また機会があったら集まりましょう?」
「そうしよう!」
ランは少し申し訳無さそうな顔をしているが、楽しかったのだから気にすることはない。 次の約束を、それとなく取り付けてみると、彼女は笑顔で答えてくれた。
「それじゃあ、またね! レティ、明後日に宿屋に行くね」
「ええ、わかったわ」
「それじゃあ、今日は楽しかったわ。 またね」
私達は、お店を出た所で分かれることになった。 皆それぞれ行く方向が逆だったからだ。 ランには私の止まっている宿屋を教え、明後日尋ねて来てもらうことにした。 ついでに私はキースのお土産にと、トーストを一つ買っていくことにした。 ランも買っていたが、あれはお土産ではなく後で食べる用だろう。
―――――コツコツ……
宿屋に向かって、一人で街道を歩く。 商店街に戻ると、まだ幾らか人が残っている。 なんとなく、不安な気落ちになってきた。 私はポケットの魔道具を、無意識の内に握っていた。
「……」
ふと後ろを振り向くが、その方向には何もない。 しいて言えば、知らない人が商店で物を買おうとしているだけだ。 すぐに前を向き、再び歩みを進める。 早く帰ろう、もうすぐ商店街を抜ける。
「君、一人?」
突然駆けられた声に、私は息をつまらせた。 そちらに顔を向けると、優しそうな青年が立っている。 私に何か用だろうか。 立ち止まって顔を向けたことに気を良くしたのか、彼は立て続けに話しだした。
「良かったら、一緒に食事でもどうかな」
……そう言う事か。 心の中で大きなため息をする。 いつもどおり、適当に追い払えばいい。 そうだ、"興味がないの"。 そう一言言えば済む話だ。 しかし、気持ちとは裏腹に中々声が出てこなかった。
「――。 ――――。」
彼は話し続けている。 言葉の意味がわからない、少し混乱してきた。 どうして? 一人になることがこんなに不安? そんなわけがない、それ以上の困難に打ち勝ってきた。 今回も何も問題はない。 そう、何も。
「――! ―――。」
黙ったまま止まっている私に痺れを切らしたのか、彼は私に手を伸ばしてくる。 逃げよう……でも、体が言うことを聞かない。 直前まで手が迫って来た瞬間、私の体は反対側へと引かれていった。
「連れに何か用か?」
「い、いや。 なんでもないよ」
彼は手を引き、身を翻して何処かへと去っていった。 反対側を振り向くと、そこに居たのはキースだった。 私は思わず力が抜けてしまった。 少し目尻に涙が滲む。
「すまなかった、もっと早く迎えに行くべきだったな」
「うん」
キースは言うが、あの魔道具では方向しかわからないのだ。 私がいつ帰るかなんてわかるはずがない、それに合わせて迎えに来るのは無理だ。 そう頭では分かっていても、彼を責めたくなってしまう。 それだけ、今の私は不安定だった。
「ほら、帰ろう」
「……うん」
キースは何も言わず、しっかりと手を握って連れ帰ってくれる。 私も特に抵抗すること無く、されるがままに彼について行った。 自分で思っているより、一人には慣れて居なかった。 ……違う。 私は自分で思っているより、キースに依存しているのだ。 その事を認めたくなくて、彼と繋いでいる手を少しだけ強く握りながら、私は宿へと帰っていった。




