ノーランの街 27
「あそこだよ!」
先を行っていたランが立ち止まり、奥の建物を指差す。 そちらを見ると、住居の一角の少し高い位置に店が構えていた。 お洒落な建物で、店先に置かれているテーブルでは数人が食事をしている。 良い匂い、これはパンの焼ける匂いだ。
「良い匂いがするわね。 パンを売っているお店?」
「そう、私のおすすめのお店。 ランをつれてきた時なんて、はしゃいじゃって。 周りの微笑ましいものを見る目が恥ずかしかったわ……」
そう言いながらランに目を向けるが、当の本人は店へと駆けていってしまっている。 私とレイラさんは笑いながら、肩をすくめてランを追いかけた。 どうやら、今もあまり変わっていないようだ。
「何話してたの?」
「いいえ、なんでもないわ。 ほら、注文しましょう」
ランに追いつくと、不思議そうな顔で聞いてくる。 レイラさんは適当にごまかして、店先のメニューに顔を向けた。 ランも特に気にしていない様子で同じ方向を見る。 私も何を頼むか選びに、彼女らの近くへと寄った。
「オススメはあれね。 日替わりトースト、私はそれにするわ」
「じゃあ、私も。 ランは……」
レイラさんがメニューを指して言うので、私も同じものを頼むことにした。 ランに聞こうと思ったが、彼女は既に同じものを注文している。 行動が早い事。
「外の席にしよう?」
「ええ、任せるわ」
注文を頼み終わった後にランが外を指して言うので、彼女に任せることにした。 ついていくと、先程外から見えていた場所に出る。 いくつかテーブルが有り、そのうちの空いている席に私達は落ち着いた。
「それじゃあ、まず最初に……。 レティさん、私のことはレイラで構わないわ。 私もレティって呼んで良い?」
「いつまでもかしこまるのは、おかしいわね。 こちらこそ、宜しくね。 レイラ」
「ありがとう、レティ」
いきなりで少し驚いてしまったが、彼女の言うことも最もだ。 私としても、その方が話しやすい。 改めて名前で呼ぶと、レイラは笑って呼び返してくれた。
「私は最初から呼び捨てだったもんね」
「ふふ、拗ねてるの?」
何の対抗心を燃やしたのか、ランがそんな事を言ってくる。 レイラは彼女を宥めるように撫でると、ランは少し恥ずかしそうにしたが、すぐに笑顔になった。 確かに、これは微笑ましい。 周りの視線も頷ける。
「あっ……。 私ね~聞きたいことがあるんだけど~」
突然表情を変え、ランが此方をニヤニヤと見ながら話しかけてくる。 とても嫌な予感がする、私は思わず仰け反って彼女から離れた。
「あの彼との馴れ初めを教えて貰おうかな~」
「あ、それは私も聞きたい」
ランの話にレイラも乗ってきた。 彼とはキースの事だろう。 暫く顔を背けていたが、彼女達が諦める気配がない。 仕方がない、当たり障りの無いところだけでも話すとしよう。 私はため息を吐いた口を開いた。
「キースと出会ったのは小さい時よ。 私はその頃、とっても大きな間違いをしてね。 両親に怒られていたの。 挽回するために頑張っていたわ」
ランとレイラは、話を始める私をじっと見つめている。 その様子を確認して、もう一度小さくため息を突きながら、私は話を続けた。
「キースは執事見習いとして私に着いたわ。 最初のうちは無愛想で、何を言っても同じ返事しか返さないの」
「えっ、レティってきぞっ!」
慌ててランの口をふさいだ。 こんな所で、そんな事を叫ばないで欲しい。 彼女が落ち着いたのを確認して、私は抑えていた手を離した。
「もう関係ないわ、だって家を出てしまったから。 だから、何時も通り話してくれる?」
「わ、わかった」
「何か理由があったの?」
ランはまだ驚いているようで、若干返事が詰まっていた。 レイラは変わらずに、そうなった理由を尋ねてくる。 周りの人を伺いながら、私は話を再開する。
「ええ、そうね。 どんなに頑張っても、両親が私を認めてくれる事はなかったわ。 そのうち私は体をよく壊すようになってね。 ……それまでの無理が祟ったのね」
「そんな……」
ランは我が身のように、悲しんでくれている。 レイラさんも眉を細めて何か考えているようだ。 そんな二人を見て、少し笑いながら口を開いた。
「でも悪いことだけでも無かったわ。 キースだけは、ずっと傍に居てくれたの。 衰弱していく私を可哀想にでも思ったのかしらね……。 態度も今までと違って、過保護になっていったわ」
「今の彼は、その頃に出来たのね」
レイラはキースを思い出すようにして笑っていた。 あの頃はとても助かった。 ただでさえ心が荒んでいた時期だ。 キースにあたったことも何度もある。 それでも彼が私を見放さなかったのには、感謝してもしきれない。
「何をやっても変わらない両親に、私は思うようになったわ。 外に出たいってね。 それをキースに話したら、彼は段取りを済ませて私を外に連れ出してくれたわ。 つまり、これは家出ね。 私は自由に生きるの」
「……」
軽い感じで言う私に、二人は口を開けて見つめてくる。 その表情は驚きだ、彼女達の気持ちはわかる。 貴族の暮らしを捨てて放浪するなんて、まともな人間なら考えない。
「私は今の暮らしが気に入っているの。 後悔はしてないわ、あそこに居るより何倍もましよ」
「なんていうか……とんだお転婆お嬢様?」
「そうね。 でも、今の貴女は幸せそうだわ」
ランからは変な評価を頂いた。 お転婆……否定はしないが不服ではある。 それにレイラの言う通り、私は今のほうが幸せだ。 これっぽっちも後悔はしていない。 ……強いて言うなら屋敷のふかふかベッドぐらい。
「だから、あんまり人に言わないでね? ……連れ戻されたら大変だから」
「あはは、任せて! 私、口が硬いから」
「ええ、勿論」
レイラは大丈夫そうだが、ランは心配だ。 まぁ、大分ぼかして話したので彼女達から漏れても特に支障はない。 一応、念のためにと言った所だ。
「あっ、来たよ!」
ランの言葉に振り返ると、店員が頼んだ料理を運んできて居る所だった。 お話はこの辺で切り上げよう。 目の前に置かれたトーストから漂う良い匂いを感じながら、私は街の方へと目を向けた。




