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辺境の街クアーラ 2


 キースが開けてくれた扉をくぐると、そこには机と椅子が沢山置かれていた。 どうやら宿屋の一階は酒場になっているようだ。 さすがに朝早いこの時間では客は少なく、数人しかいない。




「こちらです」


「ええ」


 キースは二階への階段を指して、私を部屋へと案内する。 私が彼に続いて階段に向かおうとすると、酒場で飲んでいた男が一人、此方に近づいて来て話しかけてきた。 酒臭い、酔っぱらっているようだ。




「お嬢ちゃん、綺麗だね。 一緒に飲まないかい?」


「……!」


 素早く私と男の間に入り込んだキースは腰の剣に手をかけて警戒する。 男の顔が少し険しくなった。 まずい、こんな所で事を構えたくは無い。 そう思った私は、キースを横に押しのけ男に咄嗟に考えた言い訳を言う。 なるべく、同情されるような弱さをアピールしながら。




「……ごめんなさい。 私、お酒は飲めないの。 昔から体が弱くて……」


「そ、そうか……。 そりゃあ、悪いことを言ったな。 ゆっくり休むと良い」


 男は申し訳ない表情をしながら、フラフラと元居た席へと帰っていく。どうやら引き下がってくれたようだ。 聞き分けの良い人で良かった。 酔っ払っているだけで、普段は良識ある人物なのだろう。 騒ぎを起こさなくて済んだ事に、私はほっとため息をつく。




「では」


「ええ」


 改めて二階に上がり、貰った鍵を使って部屋に入る。 先程の事で、どっと疲れが押し寄せてきた。 私はそのまま、倒れ込むようにしてベッドに飛び込んだ。 ……硬い、これがベッドなの?




「大丈夫ですか? 少し休みましょう」


「いいえ、大丈夫よ。 早くこの街から出ないといけないんでしょう?」


 休みを勧めるも、宿で待機していろとは言わない。 先程の事があったからだろう。 ここに居て、私がまた何かに巻き込まれるのを心配している様子だ。



「……レティ。 今後もさっきのような事があるかもしれない。 危険だと感じたら迷わず魔法で身を守るんだ。 もちろん、俺もすぐに助けにはいる。 だが、身を守る手段はいくらあっても良い 」


 キースは真剣な顔で話しかけてくる。 けれど、私はそれよりも気になることがあり思わず呆けてしまった。 なんだ、やろうと思えば普通に話せるじゃない。




「…っ。 すみません……。」


「ふふふっ。 謝らなくて良いのよ? やっと普通に話してくれたわね」


 呆けている私を見て、キースはしまったと言いたげな顔をする。私は嬉しくなって笑ってしまったが、キースは申し訳ない顔になってしまった。 さて、この機会を逃さないためにはどうしようかしら。




「……レティ、これは大事な事なんだ。 何よりもまず、自分の事を考えてほしい」


 キースはもう一度繰り返して言う。 笑っている私を見て、半分に聞いていると思ったのだろう。 確かに、屋敷とは違って外では何が起こるか分からない。 彼の言うことも尤もだ。 ……と、そこまで考えて良い事を思い付いた。




「わかったわ、キース。 自分の身を最優先に守る。 ただ、代わりに貴方はさっきの口調で話すこと。 良いでしょ?」


「それとこれとは……」


 とんでもないこじつけだと、自分でも分かっている。 でもキースは、こうなった私が中々引き下がらない事を知っている。 だから、彼は返事を言い淀んだ。




「……わかった。 これで良いだろう?」


「それで良いのよ」


 成功だ。 ただ普通に話すようにするだけで半日かかってしまった。 キースも私に負けず劣らず頑固だ。 私は、両手をあげて降参する彼を見ながら思った。




「それで、買い物に行くんでしょう?」


「ああ、日持ちしない食料は事前に集められなかったからな。 適当に買っていこう」


 対等に話すキースは新鮮だ。 内心笑っていることを悟られないようにしなければ。 そんな事を考えている私とは裏腹に、彼は真剣に今後の事を考えている。




「……向こうから出よう。 下にはまだ、さっきの客が居るかもしれない」


「そっちにも入り口があったのね」


 なにかに気づいたか、彼は怪訝な顔をする。 しかし、諦めたのかすぐに表情が戻った。


 キースが指差したのは、外から二階に直接繋がっている出入り口だ。 宿屋の客は、こちらから入るらしい。 気づかなかった、ここから入れば絡まれることもなかっただろうか。




「……」


「どうした?」


「ううん、なんでもないわ。 いきましょう」


 いや。 酒場から入ったからこそ、こうしてキースが普通に話してくれるきっかけになった。 そんな事を言ったら彼は怒るだろう。 私は黙っていることにした。




「商店街は、すぐそこだ。 必要なものを買ったら馬車に積んでいく。 ……人が多いから迷子になるなよ?」


「失礼ね。 私はそんなに子供じゃないわ」


 キースの後に続いて、外への階段を下る。 その間にキースは再三注意をしてくるが、私は不服だ。 失敬な、そんなに子供じゃない。 ……ちょっと屋台が気になるだけ。


 彼の言ったとおり、宿屋を出て一つ道を曲がったら商店街が見えた。 私は露店に目を奪われながらも、しっかりと彼についていく。 私がはぐれないように、歩く速度は遅めだ。




「道中で何か食べたいものはあるか? もしあれば買っていくが……」


「そうね……」


 食べたいものと言われ、私はこうばしい香りを漂らせてくる店に釘付けになった。 あれは何だろうか? とても気になる。




「俺は道中でと言ったんだが。 ……食べるか?」


「良いの!?」


 笑いながら彼は言った。 子供をあやすような言い方が気になったが、それよりも今は屋台の方が先だ。 思わず声が大きくなってしまった。


 私の返事にキースは更に口角が上がった。 そして彼は屋台の方へ向かって歩いていく。 私もそれに続いてついていった。




「すまない。 これを一本貰えるか?」


「あいよ、ちょっと待ってな」


 キースの注文を受けた店主は、仕上げとばかりにタレを塗って焼き上げ始める。 近づいて見てわかったが、それはぶつ切りにした肉を数個ほど串に刺したものだった。 更に香りが強くなったそれを、私はキースの後ろから眺める。




「はっはっはっ! お嬢ちゃんは初めて見るのかい?」


「え、ええ。 外には出たことがなかったから、こういうのは初めてで……」


 食い入るように見ていた所に話しかけられ、少々声が上ずってしまった。 なんとか持ち直して後半に繋げた。




「そうか。 なら、村に帰ったら言いふらしといてくれ。 ここの串は旨いってな! ほら、おまけだ! 兄ちゃんも食べな」


「ああ、すまん」


「ありがとう!」


 私を村から出たことがない田舎娘とでも勘違いしたのか、気前よく追加の串を渡してくれた。 さてと……どうやって食べるのだろうか?




「レティ。 こうやって齧り付くんだ」


「え……」


 キースはそう言って串に刺さった肉に齧り付く。 そんな行儀の悪いこと……と思ったが、もう私には関係なかった。 思い切って齧り付く。




「……美味しい!」


「いい食べっぷりだ。 そうだ、串を食う時は恥じらいなんか捨てて齧り付いたほうが旨いぞ!」


 店主の言葉に私は遅れて羞恥心がこみ上げてくるが、目の前の串の誘惑には勝てない。 そのまま無心に食べ続ける。 こんなものがあるならもっと早くに屋敷を出ればよかった。 なんてことを考えてしまうくらいには美味しかった。


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