ノーランの街 17
「あの魔物、前にあった時と違うわね」
「戦ったことがあるのかい?」
一息ついた私達は、集まって話し合っている。 私は以前、同じ魔物と戦った時の事を思い出しながら皆に話す。
「ええ、前の依頼でね。 その時は外で戦ったけど、酸なんて吐いてこなかったわ」
「それに、あそこまで皮膚も固くはなかった。 正直に言って手こずるような相手ではなかったな」
そう。 以前戦った時は、そこまで手こずることはなかった。 少なくとも、魔力を纏わせないと歯がたたないような皮膚ではなかったはずだ。 明らかに強い個体の可能性がある。
「なるほどね。 変異した個体か、長く生きて強化された個体か……。 ともあれ、傷は負わせた。 追いかけてとどめを刺すとしよう」
「手負いが一番凶暴だから、皆気をつけてね」
エイリオの言う通り、傷を負わせているので追跡はたやすい。 血の跡を辿っていけばいい、私は奥へと続く魔物の血を横目で見た。 最後にランから注意を受け、気を引き締めて追撃を始める。
―――――ビリビリ……
「なに?」
ランが辺りを警戒しながら喋る。 地面が少し、揺れたような感覚がした。 前方はもちろん、後方も天井も確認するが、特に何があるわけでもない。
「わからない、慎重に進もう」
エイリオに頷き、そのまま追撃を進める。 暫く行くと、広い空間に辿り着いた。 目を凝らして確認すると、どうやら貯水池のようだ。 真ん中に窪みがあって、水が溜まっている。
―――――パシャッ
水音が聞こえ、警戒を強める。 水場の近くに、うごめく影が見えた。 さっきの魔物だ。 全員に確認を取り、杖を構えて魔法がすぐ撃てるように準備する。 その間に、キース達は出来るだけ魔物に近づいた。
―――――『ギュ……』
魔物は傷を舐めていて、まだ此方には気づいていない。 気付かれないように配置についたのを確認し、私は魔法を発動させた。
「Act.3 重圧!」
―――――『ギュ……ォォ』
魔物の上方から、下に向かって凄まじい風が吹く。 魔物は押しつぶされるように、地面に貼り付けになった。 リグが近づいてきた所で、私は魔法を解除する。
「らっ!」
リグの振り下ろした斧の一撃は、魔物を地面から少し浮かせるほどの威力があった。 彼は後ろからエイリオとキースが近づいているのを確認し、すぐにその場を飛び退いた。
「はっ!」
「っ!」
魔力を纏った二人の突きは、魔物の両端を貫き壁に固定する。 その間を縫って、ランが拳に魔力を纏わせながら魔物に向かって駆ける。
「Act.4! 破岩!」
ランが魔法を唱えた瞬間、拳に岩が纏わりついた。 彼女はそれを、磔になった魔物に叩きつける。 凄まじい速度で振り抜かれた拳撃は、魔物の後ろの壁にヒビを入れるほどだ。
―――――『……ギュ』
小さな悲鳴を最後に、魔物はピクリとも動かなくなった。 エイリオとキースは剣を抜き、魔物は地面に滑り落ちる。 今度こそ、ちゃんと仕留められたようだ。
「ふう、一段落だね」
エイリオは剣についた血を拭いながら、息をついて話し始める。 とりあえずはこれで、見つけた魔物は全て片付けた。 他に痕跡がないか辺りを見るが、特に目立ったものはない。
「あれが、水門で見つけた魔物じゃないんでしょう?」
「……そうだね。 僕達が見たのは、もっと別の種類の魔物だった。 まだ、この何処かに潜んでいるんだろう」
私はエイリオに聞いてみた。 やはり、あの魔物は水門で見たという大型の個体ではないようだ。 最初に魔物に出会った時に、彼が特に何も言わなかったので予想はついていた。
「一度、地上に戻るのも良いかも知れないな。 もしかすると、水門のグループが成果を上げているかも知れない」
「……そうだね。 一旦上へ戻ろう」
キースは地上に戻ることを提案した。 これだけ魔物を狩ったのだ、一度報告に行くのは良いと思う。 エイリオも他の皆からも特に意見は出なかったので、私達は一旦地上に戻ることに決めた。
「そうだ、あの魔物を解体していこう」
ふと、エイリオが気づく。 そうだった、体の一部でも持っていかないと報告が出来ない。 彼は振り返って、壁際の魔物の残骸の方へ進み始める。
―――――ビリ……ビリビリ……
「……なんだ?」
今度は先程よりも、はっきりと振動が伝わった。 エイリオは途中で進むのをやめ、私達の方へと戻ってくる。 その次の瞬間。
―――――『ゴッ……ビキッ……ガァァァァン!』
私達と倒した魔物の残骸の間に、巨大な亀裂が走った。 空いた穴に貯水池の水が流れ込んでいく。 そこから見えたのは、"呆れるほど巨大な、人の手の形をした岩"だった。
「なんっ!」
エイリオは驚きのあまり絶句する。 無理もない私だってそうだ。 いや、全員が突然の出来事に動くことすら出来ずに固まっていた。
―――――『ギッ……ギギ……ダァァン!……ビキッ!』
「……っ!」
巨大な手は暫く空を掴んだ後、魔物の死骸に向かって手のひらを叩きつけた。 凄まじいほどの衝撃に、私達のいる地面にまで亀裂が走る。 亀裂はいくつにも広がり、ついに地面は崩落した。
「きゃあああああっ!」
ランの悲鳴が響く。 床がなくなった私達は、もちろん下へと落下する。 下に空間があったのか、あの巨大な手は一体。 いろんな事が頭をよぎるが、まずは今の状況をなんとかしよう。
「Act.3 浮遊!」
私達全員に浮遊の魔法をかける。 地面に当たる寸前で、急速に速度を緩めて着地した。 よかった、なんとかなった。 ランは恐怖のあまり泣き出してしまい、エイリオとリグが宥めている。 無理もない、私だって腰が抜けかけている位だ。 キースが近づいてきて、手を差し伸べてくれた。
「助かった」
「こほっ。 ええ、間に合ってよかったわ」
彼に引かれて立ち上がる。 辺りは砂埃が凄く、ほとんど視界が確保できない。 あれだけあった水は、何処かに流れていってしまったようだ。 それだけ広い空間があったということだろうか。
「レティ、ありがとう」
泣き止んだランが、私にしがみついてきた。 余程怖かったようだ、私は彼女の頭を優しく撫でた。 私達を守るように、男性陣が周りを固める。 そう、まだ脅威が去ったわけではない。 落ち着いたランと共に、武器を構えて前を見据えた。 砂埃が落ち着き、段々と視界が良くなってくる。
―――――『ギギ……ギ……』
擦れるような音が聞こえた後、正面で赤い光が輝く。 そこに居たのは、魔物の死骸を自らの赤いコアに取り込む、巨大な岩の人形だった。




