辺境の街クアーラ
―――――ガタガタ……ゴトゴト……
屋敷を抜け出した私達は、街へと続く道を進んでいた。 もうまもなく、街が見えてくるはずだ。 最初こそ、揺れる荷台に文句を垂れていたが、いつの間にか私は眠ってしまっていた。
「……様、お嬢様。 クアーラが見えてきました、そろそろお目覚め下さい」
「ん……。 ん…!」
キースの言葉で目が冷めた私は、そのままゆっくりと両手を伸ばして体をほぐす。 慣れない荷台で寝たせいで、体中が痛むことに気づいて顔をしかめた。 そのまま外に顔を出すと、朝日が差し込んでいた。 どうやら、私は随分長いこと寝ていたらしい。
「キース、あなたは休まなくて大丈夫なの?」
「私は三日程度寝なくても大丈夫です。 それに後で休息を取りますので」
「そう……」
キースは言うが、三日も寝ないなんてあり得ない。 後で何か理由をつけて休んで貰うとしよう。 私は適当な言い訳を考えながら返事を返した。
「それともう一つ。 屋敷を出たのだから、普通に話してくれない?」
「ですが……」
手綱を持つキースに近づいて私は言うが、彼は答えを渋った。 彼とはこの先、長い間一緒に旅をする予定だ。 会話くらいは普通にしてほしい。 言葉に詰まる彼に、私は畳み掛けるように話す。
「良いでしょ? もう貴方は執事という訳じゃないのだから。 私は貴方と対等な関係でいたいの」
「……わかり、わかった」
いくらか逡巡したようだが、私の要望通り砕けた口調で話してくれた。 そして私は、勢いでもう一つ要望を通してしまおうと続けて話す。
「名前もね? お嬢様ではなくレティシアと読んで頂戴。 旅仲間なら、当たり前でしょう?」
「……レ、レティシ……レティ」
呼び捨てにするには抵抗があったのか途中で止まってしまった。 だが結果として愛称のようになったので、私は満足だった。 ニコニコと笑う私に対して、彼は少し耳が赤くなっていた。
「レティ。 それで良いわ。 これからよろしくね、キース」
「は、はい。 こちらこそ、レティ」
未だ違和感は残るが、そう呼んでくれただけで及第点だろう。 ふと外を見るとクアーラの外壁が見えてきた。 なんとなく気まずくなった空気を吹き飛ばすように、私は話題をそちらへと変えた。
「見えてきたわね」
「そうですね。 ネックレスはつけていますか?」
彼の問いに胸元のネックレスを見せる。 思わず彼が目をそらすのを見て私は満足げに荷台に座り直した。 当然忘れていない、領内にいる内は必須のアイテムだ。
「……それでは、確認します。 街に入る時、門兵に許可証を見せます。 私達は別の街から来た商人……と言うことになっています。 その時荷台も確認されるでしょう。 そのネックレスで、お嬢……レティシア様だとばれることは無いでしょうが、下手をうたないように気をつけて下さい」
「わかってるわ。 必要なこと以外は喋らないようにする。 大丈夫よ、人の機嫌を取るのは得意だわ」
今の私達は、商家の娘と店の商人。 そういう事になっている。 ……大丈夫だ、私なら出来る。 キースには自信満々に言ったが、内心ではとても緊張している。 それを隠すように、静かに心の中で深呼吸をした。
馬車は街の門にたどり着き、キースが門兵に許可証を見せる。 ここまで近づくと壁で街の中が見えない。 壁の向こうには、新しい発見がある。 私はまともに外に出たことがないのだ。 この先に知らない風景があると考えると思わず気分が高揚し、暫く意味もなく壁を眺めた。
「確認しました。 この街へは商談で?」
「ええ。 良い商品が入ったので、街で商売をと」
「わかりました。 荷台を確認させていただいても?」
「構いません」
外でキースと門兵が話しているのが聞こえる。 荷台に積んであるのは、用意した雑貨類だ。 どうやら、門兵は荷台を確認しに来るらしい。 さてどうしたものか……。
ばっと門兵は荷台を開ける。 手前から荷物の入った木箱を確認し、奥を見た所で固まった。 そこに座っているのは私だ。 目が合い、お互い少し固まってしまった。 ……しまった、何か話さなければ。
「……ご苦労さま、兵士さん。 長いこと座っていて体が固まってしまって……。 早く宿で休みたいものです」
「……は! え、ええ、これは失礼しました! そうですね、ご令嬢をこんな所に長く座らせておくものではありません! どうぞお通り下さい!」
なるべくお淑やかに、体の弱そうな少女を演じた。 効果のほどは抜群だったようだ。 門兵は妙なテンションで通行を許可してくれた。 彼に見送られながら、馬車は街の中へと進みだす。
「お見事です」
「当然」
門を通過した辺りでキースが褒めてくれた。 内心、緊張で変なことを言わないか心配だったのは内緒だ。 キースに見えないように、私はほっと胸を撫で下ろした。
「それでは、予定通り宿に馬車を預け必要なものを買い次第、昼過ぎには出発します」
「ええ、私も着いていって良いんでしょう?」
キースが今後の予定を説明してくれる。 私は宿に居ても良かったが、彼に着いていく事に決めた。 せっかく街に来たのだ、少しでいいから見回ってみたい。
「……。 まぁ良いでしょう。 宿で一人でウロウロされるより、一緒に行動したほうが良いかもしれません」
「それって、どういうことかしら?」
キースの言葉に納得がいかず、抗議の意味を込めた笑顔を向けた。 私がじっとしていられないとでも言うのかしら? ……宿屋の中くらいは歩きまわっても問題ないでしょう?
「……とにかく、一緒に行動しましょう。 私から離れないで下さい」
「大丈夫よ、離れない」
ごまかされてしまったが、まぁ良いだろう。 こんな所で時間を食っている場合じゃない。 それよりも街の見学だ。 既に聞こえる、馬車の外からの喧騒が気になって仕方がない。
馬車は宿に到着し、キースは宿屋の主人に半日程度泊まる事を伝えていた。 彼らの様子を見るに、どうやら大丈夫らしい。 キースが此方に顔を向けて、私を呼んでいた。
「それでは、お願いします」
「はいよ。 出る時は言ってくれ、馬車を出すからな。 それと、これが部屋の鍵だ。 これも出る時に返してくれれば良い」
そう言って宿屋の主人は、馬車を小屋へと引っ張っていく。 私はというと、宿屋付近の街並みに見入っていた。 あそこにあるのはなんだろう、地面に商品を広げ何か売っている。 あっちは食べ物だろうか?
「レティ。 嬉しいのはわかりますが、一旦宿屋に入って荷物を置きましょう」
「……わ、わかってるわ。 珍しかったから見ていただけ」
キースは子供を諭すように私に話す。 私は舞い上がっていない。 顔に手を当てて緩んでいる表情を直し、宿屋へ入る。 そうだ、私は舞い上がってなんかいない。




