ノーランの街 3
―――――ギィィ……
扉を開けると、近くにいた冒険者の視線が此方に移るが、すぐに目を離された。
正面奥には長いテーブルがあり、奥にギルド職員が世話しなく動き回っている。 左の壁側には大きな掲示板があり、いくつも紙が貼られていた。 そこから奥のテーブルに紙を持っていく人が居るのをみるに、あれが依頼書だろう。
右奥では、冒険者が職員に素材らしき物を渡し、お金を受け取っている。 あれは、魔物の素材? 換金所のようだ。
「あの奥だ」
キースが指した先には、登録受付と書いてある一角があった。 その近くの席には何故か、冒険者のグループが多く集まっている。 彼らの視線を受け止めつつ、受付の席まで歩いていった。
「冒険者登録をしたいんだが」
「……はい! 少々お待ちください!」
席には誰も居なかったが、奥の方から女性の声が聞こえる。 私とキースは椅子に座って待つことにした。 テーブルの上には冊子が置かれていて、気になった私は手元まで持ってきて確認する。
「"冒険者指南書"?」
私の声に気づき、隣のキースも冊子に目をやったが、彼が口を開くより早く職員がやってきた。 冊子を元の場所に戻し、彼女の方に顔を向けた。
「新規の登録希望の方ですか?」
「そうだ。 二人共登録したい」
彼女はにこやかに話しかけてくる。 キースの返事を聞いた彼女は、テーブルの下から書類を取り出した。 それらを私達の前に並べ、続けて口を開く。
「それでは、此方に御名前などの身分情報を。 こちらには、魔法などの得意技術があれば記入して下さい。 そしてこれに微量の魔力を流して下さい」
そう言いながらペンを渡された。 名前や出身地などは、予め考えておいた適当な情報を書いた。 得意技術は……。 あまり卑下して書いても、碌な依頼が受けられなくなってしまうのでは……と考えた私は、一通りの簡単な魔法が使える旨を記述しておいた。 黒い小さなカードには魔力を流してと言われたので言う通りにしたが、特に変化はなかった。 書き終わった書類とカードを彼女に渡す。
「はい、キース様、レティ様。 ……ですね。 レティ様、この一通りの魔法というのは、治療魔法もでしょうか?」
「え、ええ。 使えるわ」
質問されると思っていなかった私は、焦って正直に答えてしまった。 その瞬間、近くで集まっていた他のグループがざわつき始めた。 ……何か不味い事でもしてしまっただろうか。
「凄いですね。 簡単な討伐依頼なら、すぐにでも受けられますよ」
「ありがとう。 でも今日は登録しに来ただけなの」
「わかりました。 それでは、ギルドカードを作成致しますので、このまま少々お待ちください」
私がそう断ると、彼女は返事をして引き下がった。 そのまま書類を持って席を立ち、奥の方へと歩いて言った。 ギルドカードというものを渡されるらしい。 冒険者ギルドに登録した証ということだろう。 椅子に背中を預けて息をついていると、後ろから私に声がかかった。
「お嬢さん、よかったら俺達と組まないかい?」
「おい、俺が先に言おうとしてたんだ。 俺達と組もう、な?」
そのまま話はこじれ、最終的に三組の冒険者から誘いを受けた。 なるほど、この辺りに集まっていたのは、自分達のグループに、人材をスカウトするためなのだろう。 治療魔法が使えると言った辺りでざわついたのは、そう言うことだ。 生傷の耐えない冒険者にとって、治療魔法の使える人材は貴重だ。 私は自分の不用意な発現を、少し悔いた。 ともあれ、何処のグループにも入るつもりはない。
「あの……」
『君達! 彼女が困っているだろう?』
私が断る旨を伝えようとした瞬間、口論する冒険者達をかき分けて一人の男が此方に向かってきた。 彼は私の前までやってきて、笑いかけてくる。
「やぁ、僕はエイリオ。 美しいお嬢さん、どうか僕達のグループに入っては頂けないだろうか。 僕達はシルバー等級、君のような人材が必要なんだ。 もちろん、前衛として貴女を必ず守ってみせるよ」
そう言って、首にかけている銀色のメダルをチラつかせる。 よく見ると他のグループの人達は、銅のメダルだ。 なるほど、あれがランクを示しているのだろう。 という事は、この騒がしい人はシルバーランクという事だ。
「ごめんなさい、私は彼以外とは組まないの」
キースを指して言い切る。 私が困っていると言って割り込んでおきながら、やっていることは結局私の勧誘だ。 他の人達と変わらない。 少々呆れてしまったが、顔に出さないように努めた。
私の言葉に固まってしまった彼を横目に、戻ってきた受付さんに向き直した。 手にはギルドカードらしき小さなカードと、周りの人達がつけているメダルが握られている。
「お待たせしました。 ……何かありましたか?」
「なんでもないわ。 それが登録証なの?」
彼女は後ろで固まる男、エイリオを見て不思議な顔をする。 私は彼女を促し、持ってきてくれた証とメダルの説明を求めた。
「はい。 こちらはギルドカードです、無くしてしまうと再発行に金銭が発生しますので、お気をつけ下さい。 初回は無料なので、ご安心を」
そういって小さなカードを手渡された。 表には私の名前やランク、裏面は何も書いてないように見えるが、魔力を流すと詳細な個人情報が現れる。
「……よくわかりましたね。 裏面は登録者本人の魔力を流す事で、情報が現れるようになっています。 身分の証明にもなりますので、便利ですよ」
さっき魔力を流した黒いカードは、この為か。 確かにこれなら本人だという証明になる。 続いて彼女はメダルを手渡してきた。 色は銅だ、ブロンズランクの証明だろう。
「こちらは登録者様のランクを示すものになっています。 これも再発行時には手数料を頂きますので、紛失されないようにお願いします」
メダルを手に取り、よく眺めてみると、模様が刻まれている。 隣のキースを見ると、既に首にかけていた。 ……メダルの色さえ違えば、熟練の冒険者感が出ている程に似合っている。
「次に、依頼の受け方です。 あちらのボードからご自身のランクにあった依頼を選び、向こうのテーブルまで持ってきて下さい。 そこで依頼の説明と受注申し込みを行います」
そう言って受付さんが指したのは、入り口に入って正面奥の長いテーブルだった。 あの掲示板から、向こうのテーブルに持っていけばいいのね。
「依頼の受注には、それに応じた手数料を頂きます。 基本は先払いですが、報酬からの天引きなど、その度に変わりますので、詳しくは依頼の受注時にお聞き下さい」
そこで手数料が発生するようだ。 ギルドも無償で運営できるわけがないのだから、それは仕方がない。
後払いができるだけマシだろう。
「依頼の失敗は、評判に傷をつけるだけでなく、依頼者様を傷つける可能性もありますので、自分のランクにあった適切な依頼を受けて頂きますようにお願いします」
護衛任務など、失敗がそのまま依頼者の生死に関わることもある。 彼女が、その部分を言う時に、にこやかな顔を崩し真剣な顔になったのも納得だ。
「その他、詳しいことは依頼を受ける際に受付にお尋ね下さい」
「ええ、ありがとう」
「わかった」
そこで彼女は話を締めくくった。 もっと詳しいことは、今度依頼を受けに来た時に聞くとしよう。 椅子を立ち振り返る。 ……まだ彼らは残っている、もう用はない筈なのだけれど。 私はため息を付きそうになるのを必死に我慢した。




