キース
つまるところ私は、暗殺されかけたのだ。 王の子息の伴侶として一番可能性が高かった私は、他の貴族から疎まれていた。 今回の犯行は、そんな貴族の一人が強行策に出た結果……といった所だろう。
だろう、という理由だが。 片腕を失った犯人は正気を失い、尋問してもまともな返事が返ってくる事は無かった。 他に目立った証拠もなかった。 なにより私の部屋で起きた惨状を見た両親が今回の事が外に漏れることを必死に隠したからだ。
私は……というと。 あの事件以来、両親の私を見る目が変わってしまった。 勉学や魔法の訓練も以前と変わらず行っていたが、両親の私を見る目には明らかに怯えや警戒が混じっていた。
そして一月がたった辺りで、私はついに病気の療養という名目で別荘に引っ越すことになってしまった。 私はそれに文句をいうことはなかった。 必死に頑張ればまた以前と変わらない生活が戻ってくる。 そう信じていたからだ。
「お嬢様、食事をお持ちしました」
「ええ、入りなさい」
私の返事を聞いて部屋に食事を届けてきた彼の名前はキース、ただのキースだ。 家名はない。 なぜなら彼は貴族の家から捨てられたから。 魔法の適性を重視する貴族に、魔法に関する一切の才能がなく彼は生まれた。 失望する両親に必死に剣術を学び縋り付いたが、努力も虚しく追放となった。
そんな彼を私の両親が見つけ、執事役として雇ったそうだ。 つまり化け物のそばに置いて死んでしまっても都合のつく存在、といった所だろうか。
彼がこの別荘にやってきたのは、私がここに移されて一年が経った頃。 その頃の私は、なんとか両親に認めて貰おうと必死になっていた。 執事として彼がここに来た時も、私は全く関心を持たなかった。
そんな私が彼に興味を持ったきっかけは、彼の瞳が綺麗な蒼色をしていた事だ。 珍しい綺麗な蒼色の瞳。 少々共感を覚えた私は仲良くしようと努めた。 だが彼が返すのは気持ちの入っていない事務的な言葉ばかり。 結局、彼が心を許すことはなかった。
「どうかされましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
顔をじっと見ていた事に気づいた彼は怪訝な顔をして聞いてくる。 クスクスと笑って誤魔化す私を、彼は疑問に思いながらもテーブルに食事を置く。 キースがこんな感情豊かになったのはいつ頃だろうか。
そうだ、ここに移されて三年が立った頃だ。 私は必死に勉強に訓練、社交等を学ぶも両親から呼び戻す声はかからない。 絶望しながらも私に残されたのは、それしか無かった。
そんな私の様子を見て哀れに思ったのか、二年も一緒に居てようやく心を許したのか。 その頃から彼の私に対する態度は柔らかくなっていった。
そして四年目。 私は勉学ではなく息抜きで伝承に関する本を読んでいる時に、それを見つけた。 その本によると、かつてこの世界には魔王という存在が居たそうだ。 魔王は力と恐怖で、世界を支配したという。
その魔王は魔法に対する絶対の適性を持ち、その赤い瞳に囚われたものは傀儡と成り果てた。 人々は連合を組み、力を合わせて数百年に渡って戦った。 空は荒れ、大地は割れる。 そんな苛烈な戦いを制し、ついに魔王は地に堕ちた。 しかし完全に討伐することは叶わず、封印という形で決着がついた……という伝説だ。
なるほど。 と私は理解した。 貴族の家から、伝承にある魔王と同じ赤い瞳を持った子供が生まれる。 世間体を気にする両親が気にするはずだ。 しかも、この伝説を信じる人々は多く、貴族位にない者の間でも赤らけた瞳を持って生まれたものは忌み嫌われているという。 それに加えて、暗殺者を返り討ちにし、その血溜まりの中で赤い瞳をして佇んでいたとなればたとえ伝説でも気味が悪いだろう。 まさに、呪われた目だ。
その後の三年は私の性格を、それまでと全く違うものにするのに十分な時間だった。 私はもはや両親のもとに戻ることを諦め、魔法に関する知識をできるだけ集めていた。 その様子に、事情を知っている侍女や執事たちは気味の悪いものを見るように私を見ていた。
「お嬢様、笑っていないでしっかりと食事はとってください」
「ふふ、わかったわ」
そんな中、キースだけは態度を変えることはなかった。 私も彼にだけは気を許すようになり、この孤独な屋敷で唯一の拠り所だった。 それは彼も同じことだろう。 家に捨てられ貴族位を失った彼が、他の執事や侍女に疎まれているのは知っている。
「必要なものは揃ったの?」
「ええ、大丈夫です。 街に行くまでの分は集めました」
そうキースに聞いたのは、以前より考えていた屋敷を出るための準備だ。 ここ最近、目が疼く事がある。 何か呼ばれているような……。 再び、あの惨劇を繰り返す事を恐れた私は、屋敷の外に出る事を決意した。
「……ですが、良いんですか?」
「今更ここに何の思い入れもないわ。 両親に育てられた恩も……もう忘れてしまったしね」
確認する彼に、私はそう答える。 子供の頃の楽しかった瞬間を思い出し、少し悲しみが湧いてくる。 だがもう決めたことだ。 今更変える気はない。
「外の世界は、ここほど安全ではありません。 何が起こるかも予想できません。 一度出たら二度とここに戻ってくることは出来ないでしょう。 ……その覚悟はお有りですか?」
「覚悟は出来てる。 この日のためにできる事は全てやってきた。 大丈夫よ、あなたも着いてきてくれるんでしょう?」
「……はぁ。 わかりました、気持ちは変わらないという事ですね。 もちろん、私も着いていきます。 この命が尽きるまでお供します」
真剣な顔で覚悟を問うキースに私は返す。 彼はため息を履きながらも納得してくれた。 その気概に、私はすこし嬉しくなった。
「ふふ。 いつからそんな、むず痒くなるような台詞を吐くようになったの? 何を言っても決まった返事しかしなかった貴方が嘘みたいね」
「……それでは外の茂みに馬車を隠してあります。 必要な荷物は既に積んでありますので、後は何か必要な私物があれば持っていって下さい。 動くのは夜です。 使用人が寝静まってから出発します」
キースをからかって言った。 彼は少し恥ずかしそうな顔をするだけで、すぐに話を変えてしまったけれど。 彼の話では必要なものは既に運び終わっているらしい。 私の機嫌を損ねないためか、必要なものはねだればすぐに手に入った。 一度に頼むとバレてしまうので、長い時間をかけて少しずつ。 他の頼み事に混ぜて集めていた。 両親はどうせ私にもう関心はないだろう。 ここまで慎重にする必要はなかったかもしれない。




