ウイユの村 9
「……どうして?」
先に口を開いたのは彼女だった。 質問はそれだけ。 何のことかわからず、私は少し首をかしげた。 それを見た彼女は言葉を続ける。
「……どうして……守るの?」
「……あの二人のことかしら? 仲間だからよ」
やっと理解した私は返事を返した。 なぜ二人を守るのか? 攻撃してくるから。 仲間だから。 他になにかあるのだろうか?
「……ママは……私だけを見て」
「さっきも言ったけれど、私は貴女の母親ではないの。 ……母親を探して居るのなら、私が手伝うわ。 こんな事は止めて、一緒に帰りましょう?」
彼女は少し動揺した。 私が一緒にという言葉を放った時に。 そのまま俯き、表情が見えなくなってしまった。 そのまま私は話を続ける。
「後ろの二人と一緒に村に帰るの。 その後、貴女の母親を探すわ。 ね?」
「……ママと」
……どうやら私は彼女の怒りを買ってしまったようだ。 その証拠に声は震え、周りには黒い波が出始めている。 空気も若干、振動しているように感じる。
『……ママと一緒に居るのは……私だけ!』
叫び声と共に私に迫るのは、黒い網目状のロープだ。 私を捕まえる気だろうか? とにかく今は防戦するしか無い。
「Act.1 剣!」
私の放った炎の剣が、彼女の黒い網を切り落とした。 切り落とした先は霧散して消える。 彼女は、そうなるとは思っていなかったのか驚いた顔をしていた。
「……ッ!」
続いてジェナは、黒い波を太いロープ状にして放ってくる。 これも私を捕まえるためだろう。 彼女からは、私と戦う意思が感じられない。 ……それなら。
「Act.2 手!」
彼女のを真似して、水で形作られた巨大な手は迫ってくるロープを掴んだ。 そしてそのまま壁際に押さえ込み、形を崩して壁に貼り付けにした。 次のが来る前に行動に移そう。 直ぐ様、杖を構える。
「Act.3 加速!」
風切り音を立てて、私は彼女の方へ瞬時に移動する。 このままでは通り過ぎてしまうので、停止するために続けて魔法を発動させる。
「Wait.3 球!」
イメージしたのは、屋敷の枕だ。 風で形作られたそれは、私を受け止める。 そして彼女の直ぐ側に降り立った。彼女は強い風に思わず目を閉じている。 今だ!
「……!」
私に気づいた彼女は、黒い波を形作ろとする。 しかし、その前に私は彼女を抱きしめた。 暫く驚いた顔をしていたが、次第に黒い波が収まっていく。 キース達の方をちらりと見ると、黒い狼も動きを止めたようだ。 戦っていた二人は、狼が止まったことよりも私の様子に驚いている。
「……ねえ? 貴女、お名前は?」
「……ジェナ」
すっかり大人しくなった彼女は、私の背中に手を回し顔を埋めている。 名前はジェナというらしい。 こうしていれば見た目相応のただの子供だ。 視界の端で、焦った様子で近寄ろうとするキースが見える。 私は彼に頭を振って来ないように指示する。 今、刺激するのは良くない。
「ジェナ? ママは、まだ用事があるの。 すべて終わったら一緒に帰るから、いい子にして待っていてくれる?」
「……ほんと?」
彼女、ジェナは私を見上げる。 もちろん嘘だ。 私は胸がチクリと痛むのを感じるが、この場をやり過ごすにはこれしか無い。 私は彼女の頭を撫でながら、そのまま話を続ける。
「ほんと。 だから村を襲うのは止めて、大人しくしているの。 できる?」
「……できる! ……おいで、クロ」
―――――『ヴァン!』
ジェナは私から離れ、狼に向かって声を掛ける。 二人と戦っていた黒い狼は、彼女の隣に寄り添った。 そしてジェナは、私の方を見て話す。
「……もう村は襲わない。 ……ママの言うことを守る。 ……またね、ママ」
狼と並んで、ジェナはそう私に宣言する。 そしてすぐに足元の黒い影に沈み、消えていってしまった。 私は大きく息を吐き、その場に座り込んだ。 キース達が駆け寄ってくる。
「レティ。 無茶をするな、肝を冷やしたぞ」
「全くです」
二人は、呆れたように私を見てくる。 まぁ、確かにそうだ。 戦っていた相手を抱きしめるという、自分でもおかしな行動をしたと思う。 でも彼女からは、私と戦う意志は見られなかった。 どうしても攻撃する気が起きなかったのだ。 それにあのまま続けても、ここが崩れて生き埋めだろう。 結果として、上手くいった。
「戦闘は終わった。 ここも崩れなかった。 結果としては上々じゃない?」
「そうだが……。 ……全く」
キースはまだ何か言いたそうだったが、諦めたのかため息を吐いた。 しかし、その横ではテレズさんが申し訳ない顔をしている。
「テレズさん?」
「あの少女の言い分では、村を襲っていた魔物は退治したとの事ですが……。 私はとても信じられません、ここを出た後、少し森を回っても良いでしょうか?」
当たり前の反応だ。 村を襲っていた張本人に、退治したから安全だと言われても信じられるわけがない。 テレズさんの意見には賛成だ、ここを出たら森を見回って見る事にしよう。
「そうね、そうしましょう。 ……狼が村を襲ったのは私を守るためと言っていたわ。 それが本当なら、私のせいかしら」
「そんな事はありません。 彼女が村を襲う言い分を適当に考えただけでしょう。 それに、貴女は狼から村を救ってくれました。 感謝こそすれど、恨むことなどありえませんよ」
テレズさんにそう言われ、私は少し心が落ち着く。 分かっているジェナの目的は二つ。 魔物の核と、私をここに連れて来ること。 魔物の核については、彼女が持っていったので本当なのだろう。 ただ、私をここにつれてくる事は眉唾だ。 気持ちの整理が付き、正面を見ると道が見えた。 そこは先程、ジェナが消えた側。 広場の奥だ。
「ねえ、二人とも。 あそこ」
「……はい? あそこと言いますと……」
私が指を指しながら言うと、テレズさんは顔をそちらへと向ける。 近くに居たキースも、そちらに目線を向けていた。
「暗くて分かりづらいが、奥に続く道のようだな」
「行ってみましょう? 出口に繋がってなかったら引き返せば良いわ」
私の提案に二人は頷く。 そうだ。 私達は元々、出口を探してここまで進んできた。 まさか少女と出会うとは思わなかったが。
「そうですね。 探索してみましょう」
テレズさんに続いて、私とキースも奥の道へと向かう。 歩きながら、先程のジェナの言葉を思い出していた。 私と母と慕う姿は、嘘をついているようには思えなかった。 勿論、私に子供が居たことなんてない。 それについては断言できるが、彼女の言っていることがすべてウソじゃないように思えてしまっていた。
……二人にそんな事を言えるわけもなく。 外に出たら森を見て回ろう。 ジェナの言う事が確かなら、司令塔の魔物を失った動物達は大人しくなっているはずだ。 そんな事を考えながら、私達は広間の奥へと足を進めていった。




