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ウイユの村 8


「先程は助かりました」


「いや。 レティを助けてくれて、こっちこそ感謝している」


 二人はそんな会話をしている。 さすがに普段から狩りをしているだけあって、先程の弓の扱いは目を見張る物があった。 あれだけ動きながらよく狙えるものだと思う、私がうち漏らした狼を見事に仕留めていた。 とにかく、結果として全員無事だったのだから良いだろう。




「ええ、助かったわ。 ありがとう」


「いえいえ、こんな事になってしまい。 申し訳ありません」


 テレズさんは頭を下げて謝ってくる。 洞窟に追い込まれたが、なんとかなるはずだ。 最悪、私が魔法を四方に放って出てやろう。 ……森が焼けてしまうかもしれないが。




「この先は、何かあるのかしら……」


「そうですね……。 これだけの洞穴なら、他に出入り口があってもおかしくありません。 探索してみましょうか?」


 確かに、他に出入り口があるかもしれない。 少なくとも、ここでじっとしているよりかは良い。 私はちらりとキースを見る。 彼も頷いていた。




「そうだな、探索してみよう。 装備は持ってきているし、ここにいるよりかはマシなはずだ」


「そうね、行きましょう」


 決まりだ。 私達は持ってきた装備から明かりを取り出し、先を照らしながら奥に進み始めた。 何があるかわからない。 キースは剣を抜いたまま、一番前を歩いて警戒している。




―――――コツコツ……コツコツ……


 洞窟の岩肌を進むたびに、音が辺りに響く。 暫く進むと、奥の方に明かりが見えてきた。 もしかしたら、別の出口かもしれない。




「明かりが見えるわ」


「ああ、行ってみよう」


 キースに確認をとり、警戒は解かず慎重に歩を進める。 明かりに近づくと、どうやら広い空間に出たようだ。




「あの明かりは、これのようですね」


 テレズさんは上を見上げる。 私も続いて上を見た。 どうやら天井の隙間から日が射し込んでいるようだ。




「ここから出るのは……無理そうね」


「そうだな、高い上に隙間が狭すぎる。 他を探そう」


 隙間は、人一人が通れるほどは空いていない。 精々腕が通るくらいだ。 ……魔法で崩したら駄目かしら。




「レティ。 魔法で崩したらと思っているようだが、そんな事をしたら周りが崩れる。 生き埋めになるぞ」


「わ、わかってるわ。 そんな事考えてないわよ」


 キースの言う通り、ここは山の中だ。 崩したりしたら、生き埋めになる。 当然、知っていたわ。 ……しかし、何故分かったんだろう。 先程の魔物の襲撃から無事に逃げ切り、少し気が緩んでいた。 だから、再び聞こえた異音に私はとても驚いてしまった。




―――――カツッ


 前方から聞こえた音に、私達は天井から視線を戻す。 しかし、想定外の出来事に暫く固まってしまった。 何故なら、私達が入ってきた方とは逆側の広い空間。 奥の方に、少女が佇んでいたからだ。


  腰までの長く黒い髪に、大人しそうな顔立ち。 年はシエラと同じ位だろうか。 その顔から覗く目は、一切の感情を感じられなかった。 彼女はじっと、こちらの方を見つめている。 ……いや、見つめているのは私?




「……」


 あまりの異様さに、私達は押し黙る。 私は杖を握りしめ、キースとテレズさんも武器に手をかける。 黒い髪の彼女は、私達の様子に首を傾げる。 そうしたいのは此方の方だ。 様子からして、敵意は無いと考えていいだろうか。 頭の中でいろいろと考えていると、彼女は口を開いて話しかけてきた。




「ママ……」


 今度こそ私は首をかしげる。 その言葉は私に向けられているようだ、彼女の視線は此方に向いている。 意味がわからず、私は呆気に取られた。 ママ? 私が? そんな私に構わず、彼女は両手を突き出した。 そして、此方にゆっくりと近づいてくる。 それはまるで母親に抱っこをねだる子供のように。




「……」


 その無邪気さに、その瞳に。 釘付けになった私は、思わず両手をあげ、彼女を迎える体勢を取ってしまった。 そんな私の様子に一番焦ったのはキースだ。 何をしようとしているんだと言わんばかりに、私の方を見ている。




「レティ。 あれは、おかしい」


「……私もそう思います。 こんな場所に子供が一人。 それに私は、村であの子を見たことがない」


 そんな私の前に、キースとテレズさんが立ち塞がった。 はっとした私は杖を構える。 確かに、こんな所に子供一人というのはおかしい。 テレズさんの言うことが確かなら、村から来たわけでも無さそうだ。




「ねえ、貴女はどうしてこんな所にいるの? 他に誰か居ないのかしら?」


 なるべく優しく、こちらの緊張が悟られないように話しかけた。 彼女は上げていた手を降ろして、再び私を見つめる。 見間違えでなければ、嬉しそうな顔をしていた。 なぜ? 私が話しかけたから?




「これ、私の仕事。 頼まれたの、クロと一緒にって……」


―――――『ヴヴヴ……グルル』


 影から鉱石のような黒いものを取り出して、彼女は私の言葉に返事をした。 更に、奥の暗がりから黒い狼が現れた。 クロと呼ばれた狼は彼女に近づいていく。 そして顎を撫でられ、嬉しそうな声をあげた。 ……信じられない、魔物が人と仲良くしている。




「魔物が……人になついている?」


 テレズさんが驚くが、無理もない。 私だって驚いている。 そんな事が出来るなら、魔物は全く脅威ではなくなる。 生まれてすぐの魔物すら人を襲う、もはや本能だ。




「それを取りに来たの?」


「……そう。 もう終わった」


 そして、もう一つ。 彼女が持っている魔物の核について聞いてみる。 私が知っているものとは大分異なり、色は黒ずんでしまっている。 私の問いに彼女が終わったと答えると、側の黒い狼が奥の方から別の魔物の死骸を咥えてきた。 巨大な猪の姿をした魔物の体の中心は、ポッカリと穴が空いていた。 あまり見ていて気持ちの良いものでもないが、どうやら彼女の持っている核はあそこから取ったようだ。




「見つからないようにって言われてたの……。 村を襲ってたから、中々殺せなかったけど出来た……。 褒めて……」


「村を襲っていた魔物を仕留めたって事?」


 おかしい、彼女の言い分だと村を襲っていた魔物を討伐したという事になる。 確かに、ここに来るまで黒い魔物が引き連れた狼の群れ以外には見かけなかった。 しかし、あの黒い魔物はテレズさんたちを襲っているし引き連れていた狼達は村も襲撃している。 彼女は頷いているが、信用することは出来ない。




「信じられません。 私はあの魔物に襲われましたし、先程狼に追い立てられたのも事実です」


「そうね……」


 そう、私達だって狼に襲われているのだ。 村を襲う魔物を倒した正義の味方とは、とてもじゃないが見えない。 その理由について、彼女に問いかけてみることにした。 今の所、質問には答えてくれている。 本当のことを言っているかはわからないが、黙られるよりはましだ。




「じゃあ、何故狼に村を襲わせたの? 狼が私達を襲ったのは?」


「ママを助けた……。 あそこは危ないから、私の側が安全。 ママに会えて、私も嬉しい」


 私を守った? 誰から? ……村の人達? ますます私は混乱する、襲われたのは村の方だ。 それとも、あそこに何か居たとでも言うのだろうか? あそこは危ないと言った瞬間、テレズさんに目を向けたのを見逃さなかった。 村の人を憎悪している……?




「あのね、私は貴女のママじゃないの。 人違いをしているわ」


「……ううん。 ……ママは、ママ」


 とりあえず、私をママと呼ぶことから訂正することにしよう。 なるべく優しく言ってみたが、彼女の意思は揺るがない。 ……弱った。 これでは、諦めてくれそうもない。 かといって他にどうしたら良いだろう。




「ママ……抱っこ」


 彼女は、また腕をあげて此方に近づいてきた。 前にいるキースが剣を構え、テレズさんも弓を引く。 行く手を阻まれた彼女の表情が変化する。 その瞳には、明確な憎悪の感情が籠められていた。 ……不味い、何かするつもりだ!




「……ママを……」


 何処からそんな声が出るのか、唸るような声でつぶやいた彼女は顔を俯く。 空気がピリピリと震え、彼女の周りの小石が宙に浮きはじめる。 私は前に居る二人を守るために魔法の準備をする。


 


「二人とも、下がって!」


 私の声に二人は近くに下がり、身構える。 それを確認した私は、杖を構えて魔法を発動させた。 何をする気かわからないが、とにかく防御の魔法を発動させなければ。 それだけ、彼女からは嫌な雰囲気が漂ってくる。




「Wait.4 大盾!」


 地面から盛り上がった土の盾は、地中の金属を含んで硬質化した。 私達は、その後ろに身を隠し身構える。 その次の瞬間、彼女の叫び声と共に視界は真っ黒に染まった。




『……ママを返して!』


 叫び声と共に生まれた黒い波は、衝撃波となって私達に放たれた。 彼女は取り乱したように、辺りを破壊しはじめる。 あの黒いものは魔法? そうとしか思えないが、見たことも聞いたこともない。 私の知らないものだ。 衝撃波は辺り一帯に拡散しているため、防御の魔法は破られることはなかった。 ただ、あれを集中させられたら不味いかもしれない。




「レティ。 あれは敵だ! 戦うぞ!」


「……でも」


 キースはそう言うが、私はどうしても戦う気にはなれなかった。 彼女は平静を欠いているだけ、かと言って放置しておくことも出来ない。 どうにかして、気を鎮められる方法が無いものかと考える。




「レティさん。 それなら、とりあえず無力化しましょう。 あのままでは危険です、洞窟が崩れる恐れもある」


「……そうね、わかったわ」


 テレズさんの意見を了承する。 洞窟が崩れたら、彼女だって巻き添えだ。 しかし、簡単に無力化するにしてもどうしたものか。 この黒い嵐の中、彼女に近づくのは容易ではない。 そう考えていると、突然ピタリと嵐が止んだ。 前を見ると、彼女が暴れるのをやめたようだ。




「……ママ」


 急に落ち着いた彼女は、先ほどと同じ体勢でこちらに向かってくる。 違うのは、本人の手とは別に形成された、黒く大きな手がこちらに向いていることだ。 先程の黒い魔力を圧縮したような手は、圧倒的な存在感を放っている。 あれに捕まったら粉々に握りつぶされそうだ。




「……。 ……邪魔!」


 濁った瞳で、彼女は私の周りに居る二人を確認する。 すぐさま、その黒い手を二人に向けて伸ばすがそうはさせない。 凄まじい勢いで迫るそれを迎撃するために、私は杖を構えて魔法を唱えた。




「Wait.3 障壁!」


 二人の前に発動した風の障壁に、黒い手がぶつかって拮抗する。 障壁は嫌な音を立てて、黒い手を阻んでいる。 気を抜いたら破られそう。 ただ、手を伸ばしただけなのになんて威力だ。




「……?」


 私が魔法で二人を守る様子を見た彼女は、困惑した顔になった。 私がそんな行動を取るとは思ってもいなかったような顔だ。 そして、隣の黒い狼の方を向いて話しかける。




「……クロ」


―――――『ヴァン!』


 黒い狼は、大きく返事をした。 それと同時に壁を走り、私達の後ろに回りこもうとする。 なんとかしたいが、私は手一杯だ。 未だ拮抗する障壁と手を見ながら考える。




―――――ギリリッ ヒュンッ! ガガッ!


 テレズさんが回り込んだ黒い狼に向けて弓矢を放つ。 しかしそれを軽々と避けた狼は、そのままの勢いでテレズさんに飛びかかった。




―――――『ガアァッ!』


 そこにキースが割り込み、頭に剣を振り下ろす。 しかし、それを黒い狼は牙で咥え込んだ。 洞窟内に金属音が響いた。 なんて硬い牙だ。 キースと黒い狼は、そのまま鍔迫り合いになる。




「……二人は狼の相手をお願い! あの子は……私がなんとかするわ!」


「……わかった!」


 二人に向かって私は叫んだ。 あの黒い手は、魔法でなければ対処は難しいだろう。 かと言って狼も無視はできない。 ならば、キース達には狼の相手をして貰って私があの子を……。




 すると、突然彼女は黒い手の進行をやめる。 私も魔法を解き、彼女と向き合った。 さて、どうするか。 魔法で地面に押さえつける? とりあえず話し合う? いくつかの案が浮かぶが、どれも失敗しそうだ。 後ろから聞こえる、狼と戦う二人の戦闘音を背景に私達は立ちすくんでいた。

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