ウイユの村 7
広間に辿り着いた私とキースは、案内役の村人を待っていた。 森の地理に詳しい一人が、私達に着いてきてくれることになっている。 私は自分の装備を確かめ、杖を手に持つ。
「いけるか?」
「ええ、大丈夫よ」
キースは私に確認を取る。 防具も点検したし、必要なものも持った。 後は出発するだけだ。 ふと、集会場の方を見ると、数人の村人がこちらに向かって歩いてきていた。 その中には村長と、テレズさん達一家もいる。
「お待たせいたしました。 森の案内には、テレズを同行させて頂きますよう……」
「レティさん、キースさん。 私が案内させて頂きます」
村長に紹介されてテレズさんが挨拶をする。 どうやら彼は村の狩人のまとめ役だったらしく、実際に黒い狼と戦った一人との事だ。 私が昨日治した傷は、黒い狼につけられたものだったようだ。
彼は狼との戦いで負傷した後、そのまま街の防衛の指示を取っていたらしい。 シエラ達を街に行かせたのは、大人達が街の防護から離れられないという理由もあったそうだ。 ……子供達だけでも安全な場所に避難させたいという気持ちもあったのかもしれない。
「宜しくお願いします。 テレズさん」
「よろしく頼む」
私とキースは、テレズさんに挨拶をする。 視線を感じ、隣を見るとシエラが心配そうな顔でこちらを見ていた。 怪我をして帰ってきた父親を、もう一度同じ場所に送り出すのが怖いのだろうか。 少しでも安心させてあげよう。
「ふふ。 大丈夫よ、シエラ。 テレズさんに、同じ傷は負わせない。 必ず守るわ」
「……はい! ……レティさん達もちゃんと帰ってきてくださいね」
どうやらシエラの心配の対象には、私達も入っているようだ。 その気持ちが、とても嬉しかった。 これは私も下手なことは出来ないわね……。
「大丈夫だ。 必ず無事に帰る」
「大丈夫だ、シエラ。 お父さんだって、やる時はやるんだぞ」
キースに続いてテレズさんも返事をする。 狩人のまとめ役は伊達ではなく、弓の扱いには自身があるらしい。 森での経験値は、当たり前だが私達より彼のほうが上だ。 これは、守られるのは私達かもしれない。 足を引っ張らないようにしなければ。
「お父さん、無理はしちゃダメだよ?」
「ああ、行ってくるよ。 お前達も」
シエラはテレズに抱きつく。 続いてそばにいるユエラさんとリズ達にも同じことをした。 その後、私達の方を振り向く。
「では、行きましょう。 まずは森へ入り、狼を発見した付近まで案内します。 道中、他の動物が襲いかかってくるかもしれません。 気をつけて行きましょう」
「はい、お願いします」
挨拶を済ませ、こちらに向かってきたテレズさんは私達にそう言った。 まずは様子見だ。 できれば狼の姿を確認したいが、同じ場所に居るとは限らない。 いつ戦闘になっても良いように警戒しておこう。
そうして私達は森へ向かって歩き出した。 後ろをちらりと見ると、シエラ達が腕を振って見送ってくれている。 さあ、いよいよ本番だ。 目の前に広がる鬱蒼とした森を見ながら、私は気合を入れ直した。
―――――チチチチチ……
森へ入って暫く。 私達は、テレズさんの後ろに着いて歩いている。 森は薄暗く、小さな物音にも警戒してしまう。 足元は木の根でデコボコとしているので、躓かないように気をつけなければならない。
「この方向へもう少し行くと、山があります。 そこにある洞穴の前で、黒い狼を見つけました」
テレズさんは振り返って、小声で話す。 洞穴を見つけ、危険な動物が住処にしていないか調査をしようとしたそうだ。 すると突然、後ろから黒い狼に襲われたという。
「おかしいですね……。 昨日よりも大分森が静かだ……」
あたりを見回しながら、テレズさんは呟くように喋った。 どうやら、森の動物達がいつもより少ないらしい。 村の人の話では、連日のように村に襲いかかってきているはずだ。 私達が倒した狼で終わりとは思えないが……。
「それなら丁度いいわ。 その洞穴の近くで様子を見ましょう」
「わかりました、こちらです」
私は小声でテレズさんに提案する。 普段より脅威が少ないのならば、その洞穴に近づくチャンスだろう。 私の意見にテレズさんも了承し、洞穴へ向かって私達を案内する。 キースは無言で辺りを警戒していた。後ろにぴったり着いてきている。
「あれです」
少し歩き、草むらに身を隠す。 テレズさんが指さした方向には、確かに大きな洞穴があった。 狼が入るにはとても大きい。 私達も不自由なく入れるほどの洞穴だ。
「以前、この付近にはあんな大きな洞穴はありませんでした。 発見した私達は、ほかから流れてきた何かが住処にしているのではと、一度報告しに帰ろうとしていたんです」
そこを襲われた、と。 そういう事だろう。 確かに突然あんな穴が出来たというのは考えられない。 ……しかし、あんなに大きな穴を開けてしまう相手だ。 私達で対抗できるだろうか……。
「レティ。 思っていたよりも大物かもしれない。 撤退も視野に入れておけ」
「ええ、わかってるわ。 ……!」
キースは警告してくる。 確かにそうだ。 私はテレズさんを無事に帰すとシエラに約束した。 もちろん私自身も。 どうするか……と考えていると、背筋に嫌な予感が走った。 間髪をいれずに、キースが大きな声をあげる。
「レティ!」
「……ッ! Wait.4 盾!」
―――――『ギャンッ!』
私は咄嗟に振り向き、魔法で盾を形作った。 盾に衝突した狼は、悲鳴を上げて地面に落ちた。 私達は草むらから飛び出し態勢を立て直す。
―――――『グルル…… グルルルル…… グルルル……』
四方八方から狼の唸り声が聞こえてくる。 いつの間に……。 全く気配すら、物音も聞こえなかった。 テレズさんも驚いている。 洞穴近くで待ち伏せされていたのだろうか。 だとしたら、提案した私のミスだ。
「絶えず辺りは警戒していたはずですが……申し訳ありません」
「いや、それは俺もだ。 全く気づかなかった」
私が顔をしかめていると、キースとテレズさんも口々に言う。 森に慣れているテレズさんでも、気配に全く気づかなかったとなると……。 嫌な予感が私の脳裏をよぎった。
―――――『ヴヴヴヴヴ……』
ガサ……と狼達の後ろから現れたのは、大きな黒い狼だ。 ……やはり、あれは魔物で間違いないだろう。 私は緊張で嫌な汗をかいた。
魔物、というのは実は生態はよく分かっていない。 伝承によると魔王が封印された際、その力の余波で形作られた異形の存在とされている。 姿形は様々で、総じて人に危害を加えるため忌み嫌われている。 唯一共通しているのは、体の中心に赤い核があること。 それと知能が他と比べて高いことだ。
それが、私があれは魔物だろうと言った理由だ。 周りの生物や魔物と共謀したり単独でも予想外の方法で人を襲う事がある。 あの周りの狼達は、私達から大分距離をとっていただろう。 ここに誘い込んでから、一斉に攻撃を仕掛けさせたという事だ。 それを指示したのは、あの魔物だ。
「レティ。 囲まれたままでは分が悪い。 洞穴へ一旦逃げ込もう。 危険だが、ここで相手をするよりかはマシなはずだ」
「わかったわ。 私が魔法で怯ませるから、そのすきに走って! テレズさんもいいですか?」
キースは私に提案する。 確かに、ここで戦うのは分が悪い。 囲まれたままよりも洞穴に入って、一方向から来る狼達を迎撃したほうが安全だ。 ……洞穴に他の何かが居なければだが。 しかし、迷っている暇はない。 私が魔法を使ったすきに走って貰うとしよう。 キースとテレズさんが頷いたのを確認して、私は魔法を放った。
「Act.3 暴風!」
―――――『キャウッ!』
私が放った暴風に、狼達はその場で姿勢を低くし耐える。数匹は吹き飛んでいってしまった。 ……今だ!
「走って!」
私の声を皮切りに、洞窟に向かって走りはじめる。 体勢を立て直した狼達が後ろから追ってくる音が聞こえた。 これならギリギリ間に合う!
―――――ズザザッ!
洞窟に入り、急停止して振り返った私は杖を追ってくる狼に構える。
「Act.3 槍!」
―――――『ギュッ! ギャワッ!』
風で形成された大きな槍は、追ってくる狼を何匹も巻き込んで行く。 ッ! 何匹かうち漏らした! 私がもう一度杖を構えようとした所で隣で音がする。
―――――ギリッ! ヒュッ!
テレズさんから放たれた矢は狼の頭を正確に撃ち抜く。 しかし、別の狼がテレズさんに飛びかかった。 ……! 危ないっ!
―――――ドスッ! ヒュンッ!
別の狼がテレズさんに襲いかかろうとしていたが、キースが前に出て剣を刺し貫き頭を切り落とした。 良かった、皆無事だ。 今だ狼達は残っていたが、劣勢と見るや引き返していった。 頭のいい奴らだ。
なんとか、この場は耐えきった。 さて、この後はどうしようか。 私は暗い洞窟の奥を眺める。 やはりこっちに行くしか無いのだろうか……。




