ウイユの村 4
馬車を走らせること暫く。 辺りはすっかり暗くなり、もう夕方だ。 そろそろ分かれ道が見えてきても良い頃のはず。 リズとエイクは、すっかり眠ってしまっている。
「そろそろ分かれ道が見えてくるはずです」
「……あれか?」
シエラはもうすぐ見えてくる、と言っている。 前方に何か発見したキースは彼女に聞き返した。 私も覗いてみたが……確かに丸太のような物が地面に刺さっているのが見えた。
「あれです! あの目印を右に曲がって道なりにいけば村に着きます!」
シエラの言うとおりに目印を右に曲がる。 どうやらこの丸太は案内板の役割をしているようだ。 表面にウイユの村と刻んであった。
「村に着いたら、村長に紹介します。 そのあと……」
シエラは話すのをやめた。 私とキースも別の事に気が向く。 何故なら村の方から叫び声が聞こえてきたからだ。
「下がれ! 一旦引いておびき寄せるんだ!」
「弓を構えろ!」
誰かの叫びと同時に村人達は引いていく。 それを追いかけるのは狼の群れだ。 ……あれでは全員待避する前に追い付かれる!
「キース! 馬車を止めて!」
「ああ!」
キースは馬車をその場に止め、飛び降りた。 私も続いて荷台を降りる。 短杖をかかげ、馬車に向けた。
「Wait.3 守護!」
風の膜が馬車を囲む。 これで暫くは大丈夫だ。 私は村の方へ駆け出した。 キースも並走している。
――――――『ガァァ!』
群れの狼の一匹が、逃げ遅れた村人に飛びかかった。 私はその狼に向けて短杖を向ける。
「Act.3 突風!」
音をたてて放たれた風は、飛びかかる寸前の狼に当たり吹き飛ばす。 ぎりぎり間に合って良かった。 その人も慌てて村の方へ逃げていく。
――――――キャンッ!
狼は地面に叩きつけられ悲鳴をあげた。 しかし、すぐに体勢を立て直しこちらを警戒する。 他の狼もこちらを向いていた。 どうやら他の村人も無事避難できたようだ。
「お嬢さん! 逃げなさい!」
「大丈夫よ! 任せて!」
村人の警告に答える。 そんな返事が帰ってくるとは思わなかったのか、彼らは顔を青くしていた。 狼達は暫く警戒して動かなかったが、一斉に走りかかってきた。キースが素早く前に躍り出る。
「レティ!」
「ええ、わかってる!」
キースが私に声をかける。 大丈夫だ、私なら出来る。 落ち着け、集中しよう。
「Wait.3 障壁!」
風の音と共に、私達の前方広域に見えない壁が形成された。 狼達は、それに気付かず飛びかかってくる。
――――――『ギャンッ! ギャウッ!』
壁に激突した狼は壁に激突して悲鳴をあげる。 今がチャンスだ。 続けて私は別の魔法を発動させた。
「Act.4 鎖!」
狼達の下の地面が蠢き、体に絡みつく。 よし、うまく出来た……。 後は、とキースをちらりと見る。 彼は私が何か言う前に固定された狼に向かって走り出していた。
―――――ザンッ!
「……ッ!」
狼に近づいたキースは、その首を躊躇なく切り落とす。 飛び散る鮮血に、私は少し怯んでしまった。 ……何をしているんだ、これは自分で言い出したこと! 私がやらなくてどうする!
「Act.1 弓矢!」
なんとか持ち直し、別の狼に向かって魔法を放つ。 燃え盛る炎の矢が放たれ、狼の頭に刺さる。 直ぐ様火が体中に広がり、燃え尽きた。 即死したのか悲鳴は聞こえなかった。 ……しまった、強くイメージしすぎた。
「Re:Act!」
―――――『ギュウゥ!』
そのまま近くの目標に杖を向けて魔法を放つ。 "Re:" は直前の魔法を繰り返す呪文だ。 次に放たれた炎の矢は、腹あたりに刺さり燃え広がることはなかった。 その狼に向かってキースが走る。
―――――ザンッ!
そして首をはねた。 他の狼達は劣勢を悟ったのか、森の方へ逃げていった。 私は自分が殺した狼から目が離せなかった。 思わず拳を握る。 視界の端でキースがこちらに寄ってくるのが見える。
「大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫よ。 私が言い出したことだもの」
「……無理はするなよ」
キースは私に優しい声をかけてくれる。 それだけで気持ちが和らいだ。 そうだ、今後もこういう事があるかもしれない。 こんな所で躓いている場合じゃない。
―――――わあああああっ!
「すげえっ!」
「やったぞ!」
村の方から歓声が聞こえ、そちらに顔を向ける。 そうだ、私はこの人達を救えたんだ。 出来た……私にも出来た。 そう考えていると、村の方から老人がこちらへ向かってきた。
「なんと感謝して良いものか……。 この度は救っていただき、ありがとうございます……」
「いいえ、私達はあの子達に雇われただけ。 お礼ならシエラ達に言ってあげて」
そう言って、私は後ろを振り向く。 馬車では、シエラ達が身を乗り出してこちらを見ていた。 どうやらリズとエイクも起きたようだ。 杖をそちらに向ける。
―――――バシュッ!
私は馬車にかけていた守護の魔法をといた。 それに気づいたシエラ達は、こちらに駆け寄ってきた。
「シエラ! 無事だったか!」
「うん! ちゃんと冒険者さん連れてきたよ!」
二人は、その場で抱き合う。 来てよかった、私は二人を微笑ましく眺めていた。 キースはその間、森の方を警戒している。 そうだ、逃げただけでまだ来ないとも限らない。
「村長さん。 ここはまだ危ないわ。 村の中に入れて頂けませんか?」
「おお、それもそうだ。 歓迎します。 どうぞ、こちらへ」
馬車に戻り、村長に導かれて私達は村の中に入る。 ウイユの村は、周りを太く長い木で囲われていた。 入り口はいくつかあり、それぞれの場所に物見櫓のような高台が設置されている。 規模はそこまで大きくなく、住民の数も数十人ほどだろうか。
「馬車を駐めるのに、こちらをお使いくだされ」
「助かる」
村長は大きな扉を開けて、キースに言う。 馬車を止める場所に村の倉庫を使わせて貰った。 馬を繋げて、目の前に餌と水を置いてやる。 あなた達もお疲れ様、と私は頭を撫でた。
「さて、今すぐにでも歓迎の宴会でも開きたいのですが、何分怪我人が多く……申し訳ありませぬ」
「いいのよ。 それより、その怪我人のいる場所に連れて行ってくれる? 私が魔法で治してあげる」
私の言った言葉がうまく理解できなかったのか、信じられなかったのか。 村長は声もあげず、口を開いたまま固まってしまった。 ……もう一度言ったほうが良いかしら?
「……な、なんと。 それは願ってもないことです。 こちらへ是非とも」
「ええ」
更に腰が低くなってしまった。 そんなつもりはなかったのだけれども……。 後ろをちらりと見ると、着いてきていたキースが半笑いでこちらを見ていた。
「レティ。 俺達は屋敷を抜け出しているって事を忘れているんじゃないか?」
「忘れてないわ。 でも目の前に困っている人がいるんだから仕方ないでしょ」
私達は小声で話す。 つまり目立ちすぎだと言うことだろう。 それでも私は目の前の人を助けずに放って置くなんて出来ない。 キースもそれは分かっているんだろう。 だからやんわりと注意はするが、無理に止めたりはしない。 彼が意固地になるのは私に直接危害が及ぶときだ。




