第七話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。おとなしい。
「……ここは?」
ふと目を覚ますと、
りぼんと黒ロングの彼女が覗き込んでいた。
「びっくりしたぁ、ユウくん気絶しちゃうんだもん」
ホッと胸を撫で下ろすりぼん。
気絶? そうか、やっちまったのか。
「だから言いましたよね。死んでいませんって」
相変わらず彼女の反応は冷たかった。
「立てる?」
りぼんが手を伸ばすが、
掴めないので上半身を起こして立ち上がった。
「ごめん、びっくりさせて。
実は自分の血を見ると力が抜けて気絶するんだ」
情けないところを見られてしまったな。
「それじゃ、看護婦に就職できないね」
半笑いするりぼん。
「それを言うなら、看護師だ。
人の血は大丈夫なんだけど。スポーツ選手も厳しいな」
「蘇生したので失礼します」
眉1つ動じない彼女は俺たちに背を向ける。
「ちょっと待って」
もちろん引き留める。
「まだ名前とか聞いてないから」
「自ら名乗るのが筋ですよ」
ごもっとも。
「俺は登木勇太朗。青山吹高の1年」
「えっ、ユウくんの苗字って登木だったの?」
キョトンとするりぼん。
「何度も口にしているぞ」
「結婚したら登木りぼんって名前になるのか。
あ、でも、ユウくんが養子にきたら土筆坂勇太朗になるかも」
くだらないことを膨らませていた。
ってそれ、俺の部屋に乱入してきたときに言ってたよな?
「帰りますけど……」
ムッときたらしく、語尾が吊り上がっていた。
「あの名前を……」
「私の目の前でナンパする気?
私の目の黒いうちは……」
「りぼんは黙ってろ、そこは空気読め。
俺は名乗ったぞ」
「私は宮原玲羅です」
「玲羅ちゃんね」
「初対面のくせに、馴れ馴れしくありませんか?」
「う、わかったよ、宮原さん」
りぼんも面倒くさいが、宮原さんも面倒くさかった。
「それで、私に何をしろと?」
「俺と一緒にりぼんの身体を探してほしいんだ」
「イヤです、帰ります」
宮原さんはくるりと回転して俺たちに背を向けた。
「お願い、一生のお願いだから!」
正面に回って必死に拝む。
だが彼女は表情を変えずに「イヤです」拒み続ける。
「ほんっとこの通り。お願いします」
最終奥義、泣き土下座に踏み切った。
「頭を上げてください」
落胆する宮原さんの声。
「じゃあ、オッケーってことで」
「イヤです」
「なんだよそれ、
りぼんが気に入らないのか?
りぼんにも頭下げてもらうから」
「私は絶対謝らないからね。
そんなヤツ、口先ばっかで当てになんないんだから」
へそを曲げていた。
「例え土筆坂先輩が頭を下げても無理です。
登木先輩、
そのことにあまり深入りしないほうがいいですよ」
「もしかして霊力を使って未来が見えるの?」
「いえ、幽霊と関わるとロクなことがないってことです」
「……」
宮原さんが去って行く。
俺はなにも言い返せないし、
止めることもできなかった。
つまり、りぼんの身体探しに、
大きな闇が絡んでいるようにしか聞こえなかったからだ。
「ユウくん……」
りぼんが泣き出しそうな声を上げる。
「いや、俺は諦めない。約束したから」
「うん」
元気に頷いた。
「宮原さんをどう説得するかだな」
「そっちは諦めようよ」
「りぼんの姿が見えるだけで好都合だ」
そして月曜日の放課後。
俺は教室で安嶋と妃織、
喜多見と4人で佐俣の部活申請を待っていた。
「遅えな、あいつ」
欠伸を殺しながら安嶋の独り言が宙を舞う。
かれこれ30分は経過している。
他のメンバーなら気にかかるが、
佐俣となるとに倍増しになる始末。
「メールかラインしてみてよ」
見事にキャッチしたのは妃織。
ケータイを出した安嶋は慣れない手つきで打ち込んでいく。
「おっまたせー」
タイミングよく登場したのは、
にこやかに笑う佐俣だった。
「申請通ったか?」と安嶋。
「実はみんなにグットニュースと、
バッドニュースがあるんだ」
こっちの質問をはね除けるように、
アメリカンジョークをぶちまけてきた。
「どっちでもいいから結果言えよ」
妃織は全く興味がないらしい。
「釣れないな。
カルシウムが足りない証拠だよ。
喜多見くんはどっちかな?」
「えっと嬉しいニュースで」
「オッケー、ハニー。
グットニュースね。
実は今朝、卵ごはんを食べようと、
ごはんの上に卵を割ったら黄身が2つ入っててさぁ」
くっだらねーな、個人的だろ。
喜多見は失敗したらしく苦笑している。
ってことは、申請は通らなかったのか。
「ボリくんはどっちのニュースがいいかな?」
どっちも何も、
もうバットニュースしか残ってねえだろうが。
だが俺はここで佐俣の意表を突いた。
「グットニュースで頼むよ」
「さすがだね、キレのある変化球を投げてくるとは。
実はもうひとつグットニュースがあるんだ」
佐俣の口元に注目した。
「それはね……。
ボリくんがもう1回グットニュースを選択してくれたことだよ」
「話が進まねえってバカヤロウ」
正気に戻って俺の代わりに妃織がキレた。
「待ってくれたまえ。
申請書を生徒会長に見せたところ、
部のイメージが悪いからもう1回話し合って、
これで賛成なら通すよって返事がきたんだよ」
「確かにミステリー研究部は暗いな」
腕を組んで安嶋は険しい顔をする。
「なんならもっかい抽選する?」と妃織。
「でも紙捨てちまったしな」
「ここまで来たらなんでもいいよ、
まったりできるやつで」
「では美形部にしよう」
まだ諦めていないのか、佐俣。
「却下」
「若槻くん、君の言動には目に余るよ」
「てめえの行動のほうが、目が当てられねえって」
まどろっこしいことになってきたな。
正直教は早く帰りたいんだけど。
仕方ない、ここは詰めてみるか。
「安嶋は何の部、書いたか憶えている?」
「忘れちまった」
期待していたんだが。
「喜多見は?」
「えっと……園芸部とか読書部とか……」
「その2択にしよう。どうかな?」
みんなの顔色をうかがってみると、
ぽっかり口を開けて俺の方を向いていた。
ハッとして妃織が、
「ボリって意外と喋るんだ」
「今日はちょっと早く帰りたかったから」
「なーんだ、そっか。
じゃあ、お開きにしようよ。
明日この前みたく再抽選ってことで」
要するに保留ってことか。
「佐俣、生徒会に明日決めるっと言ってきてね」
やる気がないように見えるが、
権力だけは強いな、妃織は。
田宝駅に到着。ケータイの時計を見ると4時28分。
微妙だ。
早く帰りたかった理由は、
宮原さんをスカウトするためだった。
時間的に厳しいが、中学校に行ってみよう。
「ユウくーん、おかえり」
俺の鼓膜に衝撃を与えたのは、
自宅警備員を命じたはずのりぼん。
「退屈だったから迎えにきちゃった、テヘッ」
駅だけあって辺りは学生たちで、ごった返している。
ここでりぼんに話しかけると注目の的だ。
俺はさり気なくケータイを耳に当てて、
通話をしているよう話しかける。
「留守番してろって言っただろ」
「退屈だから来たって言ったじゃない」
周囲の目が徐々に俺の背中を刺す。
「ここから離れるぞ」
「ちょっと、どこ行くのよ」
人気のない駅の裏側に回る。
「こんなところに連れてきて。
でも強引なユウくんも嫌いじゃないよ。
不安なときに、
俺についてこいって言われたらキュンとしちゃう」
「今の言動でそこまで妄想膨らせるなんて……」
りぼんは「イエーイ」とピースサインを送る。
褒めているんじゃなくて呆れているんだが。
それはさておき、
こんなところで油を売っているわけにもいかない。
本来ならりぼん抜きで、
宮原さんに会いに行くつもりだったんだが。
「難しい顔してどうしたの? 早く帰ろうよ」
「これから田宝中に行く」
「落第したの?」
「してねえよ!
実は……妹に会いに行くんだ」
しまった、つい嘘を口走ってしまった。
なぜか知らないが、
りぼんと会話していると咄嗟に嘘が走ってしまう。
「妹?
灯ちゃんだよね。
家で会えるのにわざわざ?
メールとかラインとか電話じゃダメなの?」
こういうところで勘が働くんだよな、こいつは。
「ああ、ダメなんだ。
夕日の沈む校舎を背景に、直接口にしないとダメなんだ」
「じゃあ付き合うよ。
ユウくんひとりだと心細いだろうし。
おまけに里帰りにもなるから」
「りぼんは家で待機していてくれ」
「行くったら行くもん、
ユウくんと一緒に行くもん」
大きく手を振って駄々をこねる。
捉え方によっては微妙にエロく聞こえた。
結局心が折れ、
りぼんと一緒に中学校に。
辿り着いた頃には5時を回っていた。
校門を通り過ぎる生徒もバラバラ。
完全に出遅れた。
しかしまだ校舎に残っているかもしれない。
「入らないの?」
真剣に悩んでいる俺の目の前に、
りぼんが顔を覗かせる。
宮原さんのケータイ番号も聞いていないし、どうすれば……。
「そうか!」
頭上で豆電球がピカーンと光った。
「りぼん、今から校舎の中に入って宮、
じゃなくて灯がいるか様子を見てきてくれ」
「ユウくんも一緒じゃダメなの?」
「ここの生徒じゃないし、母校でもない。
この前言っただろうが。
俺の邪魔ばかりしないで、たまには役に立て」
「自宅警備員しているんですけど」
「お願いします。
校舎の中、くまなく見てくるだけでいいから」
「他ならぬユウくんの頼み、聞いてあげる。
待っててね」
りぼんの後ろ姿が昇降口へと吸い込まれていく。
それから10分くらい経過しただろうか、
暇つぶしにケータイでニュースを観ていたところ、
ご機嫌斜めのりぼんが帰ってきた。
「どうだ?」
「灯ちゃんいなかったよ。
それよりもさぁ、
図書室に地味子が本読んでてさぁ、本当ムカつく!
口げんかしてきた」
ナイス。ってことは、ここで見張っていれば彼女に会える。
「灯ちゃん、下校しているんじゃない?
連絡してみれば?」
「いや、りぼんが見落としているかもしれない。
ここで待っていよう」
それからりぼんの愚痴を耳に宮原さんの姿を待った。
5時半に差しかかる頃だった。
「あっ、地味子だ」
目に付けたのは、りぼんのほうが早かった。
「本当だ、偶然だな。ちょっと話してくる」
「ひょっとして、ユウくんの目的って地味子なの?」
敢えて返事をせずに、宮原さんを掴まえた。
「確か登木先輩でしたよね?」
「憶えていてくれてありがとう。
だったら話は早いや。この前のことで……」
「断ったはずです」
相変わらず返事は素っ気なかった。
「お願い、お願いします。
りぼんの身体を探すのに協力してください。
でないと、りぼんの両親がいつまでも待っているんだ。
どんな結末にしろ安心させてあげたいんだ」
必死に拝み通した。
「わかりました。協力します。
その代わり条件があります」
宮原さんの矛先が、
ムスッとしているりぼんに向けられた。
「土筆坂先輩からの言葉はありませんけど……」
「ほらりぼん、お前からも頭下げてくれ」
「なんでよー。ユウくんだけで大丈夫だからさぁ」
目すら合わせないで俺を盾にするように隠れた。
「正直言うと俺ひとりでは厳しいんだ。
田宝村に引っ越してきたブランクもある。
当てもなければ人望もない。
下手したら事件に巻き込まれて命も落としかねない。
それでも俺はりぼんの身体を見つけたい。
約束したから」
説得が効いたらしく、
りぼんの表情が徐々に和らいでいく。
「仕方ないな、ユウくんの頼みなんだからね。
地味子ちゃん、私たちに協力してください」
「その地味子って呼ぶの止めてもらえませんか?
私はともかく全国の黒ロングメガネの方に失礼です」
「ワガママね、玲羅ちゃんって呼ぶ」
「それも馴れ馴れしです」
りぼんが呼んでも俺と同じ反応だった。
「カタいこと言っちゃダメ、もう仲間なんだからね」
どうやら呼び慣れてないらしく、
耳まで真っ赤に染まっていた。
「勝手にしてください」
和解してくれたようだ。
「これから具体的に話を進めたいんだけど……」
「時間も時間ですので、
明日の放課後はいかがですか?」
「部活入っているんだよね」
正確に言うと予定。
「平日は厳しいですね、土曜日にしましょう」
「場所は図書館でいいかな?」
「会話になるからボツです」
「そっか、どうしよう?」
するとりぼんが、
「はいはーい、ユウくん家でいいんじゃない」
「悪くないな」
「待ってください!
私が登木先輩の部屋に行くのですか?」
1オクターブほど高音を出しておどおどする宮原さん。
「気に入らないなら玲羅ちゃん家にする?」
なぬ! 女子中学生の部屋にお邪魔するのか?
灯と違ってこれはこれで。
「却下です、禁止です、退場です」
冷静を取り戻した宮原さんは見事な三拍子と唱えた。
「今は集合場所を図書館にしておこう。
あ、宮原さん。一応連絡するかもしれないから、
ケータイの番号控えさせてもいいかな?」
「遊び半分でかけてこないでくださいね」
やっぱり冷たかった。
その目はりぼんにも向けられていた。
「では後日改めて」
「せっかくだから、
りぼんも一緒に連れて行ってよ?」
「イヤです!」「イヤ!」
両方からバッシングを浴びてしまった。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、2月3日の予定です。