第三話
幽霊ものですが、ホラーではありません。
※この物語は、下ネタの成分を多く含んでおりますので、
抵抗のある方や、下ネタに対し不満のある方は、
申し訳ありませんが、ご遠慮頂くようお願いします。
「私は……だあれ?」
目は前髪で隠れており、唇は動いていない。
だが、確かに彼女はそう言った。
やばい! この状況は、絶対幽霊だ。
心霊写真や動画など好奇心で観ることはあったが、
リアルでは初めてだ。
もちろん俺には霊感はない。
幽霊とは無縁の生活を送ってきた。
誰かに恨まれることもない……と思う。
ここは見なかったことにして、立ち去るつもりだ。
ゆっくりと前を向いて教室を出ようとする。
「うぎゃぁあ!」
後ろにいたはずの女の子が、俺の目先で顔を覗かせていた。
「私は……だあれ?」
彼女は生気のない声を繰り返した。
一方こちらは情けないことに、尻もちをついて立てない。
ここは質問に答えるべきか、シラを潰すべきか迷っていた。
答えたらパッと消えて行ってしまうかもしれない。
賭けに出ることに。
「知りません」
「本当に?」
「は、はい」
「じゃあ、殺す」
マジかよ、まさかの選択ミス。
「無視しても殺す」
一緒じゃねえか、
大体、セーラー服でセミロングで、
白いヘアバンドをしている女の子なんて見たことが……。
1つだけ心当たりがあった。
交番に掲示してある行方不明の女の子。
名前にインパクトがあったはず。
確か……。
「君の名前は、土筆坂りぼんさんです」
ど、どうだ?
彼女は数センチ浮上しながら、俺を見下している。
辺りの空気は生暖かくなった。
今にも口から心臓が飛び出しそう。
早く立ち去ってくれ。
「私の名前を知っている……。あなたはもしかしてユウくん?」
俺の名前は勇太朗。
家族以外苗字で呼ばれてきたけれども、
ユウくんと呼ばれてもおかしくない。
これは肯定してはいけないパターンだ。
黄泉の国へ連れて行かれてしまう。
「いや違う」
「うっそだぁ、ユウくん、ユウくんだよね? 絶対!」
彼女は急に少女漫画のように、目を輝かせてしゃがみ込んだ。
「違う、絶対に違う。幽霊に知り合いなどいない。早く消えろ」
「テレちゃって。きゃっ、かわいい」
「……」
おかしい、何か違う。
俺にとって幽霊とは、小便を漏らすくらい怖い存在。
なのにコイツときたら。ここは捲くしかない。
「あー、もう夕食に時間だ。おうちに帰らないとー」
わざとらしく棒ゼリフ。
うまく乗ってくれれば助かるんだが。
「私も帰るー」
嬉しそうにポンッと相づちを打った。
よし、この流れでスルーするぞ。
俺は教室を出て、中央廊下を歩き、階段を降りようとした。
もちろん、付いてきてはいないだろうな。
気になって後ろを振り向く。
「へへへ」
しっかりとマークされていた。
「何で付いてくんだよ! おい」
「たまたまだよ」
「あのなぁ。俺はさっきも言ったとおり、ユウくんではない」
「確かめて証拠見せてよ」
嘘発言をしてしまい、一瞬戸惑ってしまった。
どうやって誤魔化すべきか。
……あの手を使おう。
「俺の名前は、あにきなんだ。
昇降口に人を待たせている。
いつもそう呼ばれている」
「なーんか怪しい。その人って妹か弟じゃないの?」
妙に勘が冴えやがって。
「わかった、
ユウくんがユウくんじゃなかったら、きっぱり諦める。
それでいいよね?」
「うん」
貫き通す自信はなかったが、やるしかない。
「おっそーい。どこで油売ってたんだよ」
昇降口には灯と、
その隣にはネイビーのブレザーとタイトスカートの服装で、
髪を後ろに束ねた女性がいる。
多分先生だろう。
見つかってしまった。
「君かね、登木の兄の……」
いきなり難問。
「はい、あにきです」
声を張って先手を打つ。
「あたしの担任の露草先生。あにき、自己紹介して?」
あほ灯! 俺のフルネームがバレてしまうだろうが。
「えっと、灯の兄の登木です。
すみません、こんな時間に学校に入ってしまって」
よし、回避成功。後ろからは冷たい幽霊の視線が刺さる。
「本来なら下校時刻はとっくに過ぎている。
それに君は本校の生徒ではないので、
不法侵入扱いになってもおかしくないんだぞ」
「重ね重ね、すみません」
これくらいの説教は覚悟していたので、傷にもならなかった。
「やむ得ない事情で校舎に入る場合は私に一報入れろ。
それか他の先生を捕まえて許可を取れ」
「はい、すみません」
灯はしゅんとして下を向いている。
反省している素振りだろう。
「なーんかずるーい! 警察みたいに質問を誘導している」
背後に忍び寄るオーラが一層に強く感じる。
一刻も早くこの状況を打破しなくては。
「それで見つかった?」
開き直った灯が俺の目先に手を差し伸べる。
「これでいいんだろ?」
ポケットに入れておいたケータイを手のひらに載せた。
「ありがとう」
ニンマリ微笑みながら灯は電源を入れた。
「ケータイ忘れただけで戻ってきたのか?
明日でもいいだろ。最近の若い者は」
先生の開いた口が塞がらなかった。
俺もその意見に一票。
「あにき、母さんからメール入ってるよ。
『勇太郎、帰りに自販機で卵買ってきて』だって。
完全に返信ミス」
「バカヤロウ! 読み上げるんじゃねぇ!」
今まで積み上げてきた信頼のブロックが、音を立てて崩れ落ちた。
「ほらぁ、やっぱりユウくんはユウくんだ。
このウソつき。
ウソつきは死んだら閻魔さまに舌を抜かれるんだよ」
灯の左横に回った幽霊は、頬をぷくーっと膨らませてデモを始めた。
バレてしまったか、しかし違和感があった。
「そういえば、そこに女の子いるの見えませんか?」
霊感ゼロの俺が見えているのは明らかにおかしい。
「女の子? あたしと先生のふたりだけじゃん」
灯と先生は顔を見合わせて?マークを頭に浮かべた。
「ほら、見えねえのか、灯の横!」
先生はじっと目を凝らすと、
「どうやら疲労で、
幻覚症状が起きているようだね。
今日は私が家まで送ってあげるから」
そう告げると先生は、
内ポケットから車のキーを取りだして昇降口を出て行ってしまった。
「いい加減にしてよね。あたしが恐がりなの知っているでしょ!」
先生が消えたのを見計らって、
ケータイを巧みに動かしながら灯が言った。
こっちは真実を告げただけなのに。
「先生、この辺りでいいです」
車の助手席に乗っていた灯がそう告げると、
ウインカーを点けて左に寄って停止した。
「ありがとうございます」
俺と灯は車を降りて先生に一礼する。
「また明日」
車は再び走り出した。
「大事にならなくてよかったね」
「そうだな。悪いけど先に家行ってくれないか?」
「うん」
一応母さんには連絡してあるし、雷は落ちないだろう。
灯が家に入っていくのを見計らった。
そして、もうひとつやることがあった。
「なあ、なんでお前が付いてきたんだよ」
ずっと後部座席に乗っていた、
土筆坂りぼんの幽霊に、
自販機で購入した卵を投げる勢いで一喝を入れる。
「ユウくんがウソつきだからだよ」
「それは悪かった。
名前にユウが付いていたから、びっくりして惚けただけだ」
「でも私の姿って、ユウくんにしか見えないみたいだよね。
誰にも問いかけても、無視されてすっと寂しかったんだから」
なんか知らないが、シリアスモードに入ってきたようだ。
しかし俺の高校生活に、このまま取り憑かれてしまったら困る。
付いてきてしまったが、追い返そう。
「そっか。明日も学校で会えるから今日は解散しよう」
「うん。約束だよ」
やけに素直だった。
そんな彼女に手を振って別れた。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。。
次回の掲載は、1月6日21時の予定です。