エピローグ
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
それから3日が過ぎた。
俺は以前に立ち寄ったお巡りさんからの情報によると、
焼け跡から佐俣の痕跡は見つからなかったらしい。
爆風で微塵になく燃えてしまったのだろうか?
真相はわからない。
おまけに行方を眩ませている喜多見の存在も掴めぬまま。
本当にあれは、喜多見自身だったのだろうか?
いや、これ以上捜索しても、ややこしくなるので今は止めておこう。
そんな中、りぼんの両親は葬式を挙げたいと申し出てきた。
もちろん、りぼんを含めて安嶋や佐俣、喜多見の祖父を混ぜて。
きっとりぼんが戻ってこないことに、踏ん切りを付けたかったのだろう。
もちろん遺体もなく異例なことなので、
献花台に写真を添えてお経を唱え、供養することしかできないが。
正午から始まった告別式も午後2時を過ぎて終わり、
参列者を含めて大広間で遅めの食事を取ることにした。
俺は家族4人で丸テーブルを囲む。
特に会話もなく黙々と食事を口に運んだ。
「登木先輩、ちょっと伝言が……」
すると宮原さんが耳打ちをする。
「土筆坂先輩が、『あの場所で待っている』とのことで」
えっ? りぼんが。
そういえば今朝からずっと、りぼんの姿が見当たらない。
もちろん葬儀のことは伝えている。
「わかった」
と宮原さんに返事をすると、
その流れで父さんに「ちょっと席外すから」と告げた。
「勇太郎くん?」
俺が大広間の扉を開けたとき、
りぼんの父さんと、ばったり会ってしまった。
なぜなら言葉を交わすのは、
りぼんの部屋のタンスの引き出しに手を添えた時以来だからだ。
大きく跳ねた心臓を押さえて「はい」と返事をする。
「あの日から君が来なくなって、悪いことしたなって思って……。
ところで勇太朗くんは、りぼんの姿が見えるのかい?」
答えるのに難しい質問だった。
確かに見えるものの、正直に話したら返って泣き付かれるかもしれない。
うーん。
りぼんの父さんの優しそうな瞳を見たとき、答えは既に出ていた。
「信じてもらえないかもしれませんが、見えます」
「そうか。りぼんに会ったら、私と母さんからの伝言を頼まれてくれないか?」
陽がスローモーションで落ちる夕暮れ。
俺は葉ざくらのトンネルを急ぎ足で進んでいた。
この先にりぼんがいる。
滑らかな上り坂を昇っていくと、緑の芝生が広がっている。
ふと一陣の風が吹き抜けると、カサカサと互いに葉をこすり合わせて逆立った。
あの日のままだ。
奥には木製のベンチが置いてあり、丸太をクロスさせた柵もある。
俺は吸い込まれるように、そこへ向かった。
「遅いよ、ユウくん」
りぼんは柵にもたれて、振り向かずに行った。
「あの場所って言ったら普通、俺とりぼんが初めて会った場所だろ?
もう探し回って足が棒になっちまったよ」
ここに来る前に俺が真っ先に向かった場所は田宝中学校。
職員室に駆け寄り、
無理強いをして灯の教室に到着したのにも関わらずに、りぼんの姿はなかった。
そして次に来たのが、村中を展望できるここってわけ。
俺は透かさず、りぼんの右横に並んだ。
「もう1度、ユウくんとこの景色を見たかったから」
りぼんの答えには、それとなく意味があった。
「告別式は終わったよ。顔出さなかったのか?」
「なんとなくね」
「ふーん」
しばらく俺はオレンジ色の田宝村を眺めていた。
カタンコトンと右から左に列車が走っていく。
きっと青山吹駅に向かっているのだろう。
「そうそう、りぼんの父さんから伝言頼まれてたんだ」
りぼんは不思議そうに、俺に首を傾けた。
「『生まれてきてくれてありがとう』、だって。
私と母さんがそう言ってたって、伝えてくれって」
再びりぼんは正面を向いて、俺から顔を反らした。
うんともすんとも言わない。
回答に困っているかもしれないが、
その表情や仕草からは何1つ読み取ることができなかった。
小川のせせらぎのように時間だけだ過ぎていく。
陽が落ちると共に風が強まってチクチクと肌寒い。
村の家々はひとつふたつと明かりが点ってきた。
りぼんが言った。
「私、ユウくんだけじゃなくて、
お父さんにもお母さんにも迷惑かけちゃったんだね」
「いや、誰にも迷惑かけてないよ。
俺はこの村に帰ってきて、りぼんに出逢えて楽しかった。
ハラハラどきどきの毎日だったけど、りぼんは俺にたくさんの運をくれた。
もしりぼんがいなかったら、俺はあの時、頭から落ちて死んでいたんだろう」
核心はあった。
崖から突き落とされたとき、
ふわりと生暖かい温もりを感じたからだ。
小枝のクッションなんかじゃない。
「でも私がいなかったら、ユウくんは山に登らなくて済んだよ」
「確かにな。だとしたら、違う形で死んでいたかもしれない」
「……」
りぼんはまた口を閉ざした。
再び一陣の風が吹くと、飛ばされないように髪とスカートの裾を押さえる。
長居は無用だ、陽が落ちる前に帰るとするか。
「こんな形だったけど、ユウくんに出逢えてよかった」
俺が「帰ろう」と言いかけたとき、りぼんが右を振り向いて薄ら笑う。
「らしくないな、改まって」
「……もう帰らなくちゃいけないんだ」
どことなく鼻をすする音が混ざっていた。
異変を感じた俺は、りぼんと対峙する。
疲れているのだろうか、向こう側が見えるくらい、りぼんの身体が滲んでいる。
俺は必死に目をこすった。
……もう帰らなくちゃいけないんだ。
頭の中でリフレインして、ぱっと消えていった。
「変なことを言うなよ、俺たちはこれからも一緒だろ?」
「……できないよ、それはできないよ。
ユウくんはこれからたくさんの人と出会って恋をして、
結婚して家庭を持って幸せになって、
人生を真っ当していかなくちゃ」
光を浴びた水面のように、りぼんの瞳がキラキラと反射する。
「りぼんのいない人生なんてあり得ねえよ、
だって俺はりぼんのことが……」
この言葉だったら引き留めることができるかもしれない。
するとりぼんは、人差し指を立てて俺の唇を封じた。
「その先は言っちゃダメ、
これから出会う1番大切な人のために取っておいて。
あともう1つ約束して。ユウくんを必要としている人がいっぱいいるから、
こっちの世界に来てはダメなんだから」
りぼんは1歩後退りする。
俺は金縛りになったように動けなかった。
「ありがとう、ユウくん」
急激に薄くなっていく。
「りぼーん!」
1歩踏み出してその身体を強く抱きしめた。
腕の中には感触が残ってない。
その場でガクンとひざまずいた。
……もう、りぼんはいないんだ。
出会った時から覚悟していたことだった。
俺たちは決して結ばれないことに。
それなのに、ありがとうもさよならも口に出来なかった。
「……は、ははは」
ここに来たときから胸騒ぎはしていた。
だけど認めたくはなかった。
辺り一面暗くなっていた。
俺はひざまずいて、いつまでも地面を殴っていた。
短い間でしたが、ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
また次回作で、お会いできることを楽しみにしていおります。





