第二十話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
ホームルームが終了すると同時に、
バッグを片手に昇降口で靴を履き替え、
ガラス戸の脇の壁に隠れて佐俣が来るのを待った。
一応怪しまれないように、ケータイ片手に遊んでいる。
佐俣はまだ帰ってないはず。
念のために下手箱を確認させてもらうと、
黒の革靴がきっちり並んでいる。
ズルズルと雪崩のように生徒が靴を履き替えて昇降口を出ていく。
佐俣の姿は見当たらない。
できれば生徒の波と共に混ざっていれば、
こっちの姿もバレずに済むのだが。
あれは!
佐俣が靴を履き替えている。
奇跡的に波は途切れていない。
佐俣は俺の存在に目もくれずに校門へ歩いて行く。
もちろんここは、十分に距離を保つ。
最悪見失ったとしても、同じ電車に乗れれば支障はない。
こうして佐俣の尾行が始まった。
田宝村駅に到着。
駅を降りて50メートルくらいの歩幅をキープしつつ後を付ける。
すると佐俣のペースが少し速くなった。
感づかれたか?
どっちみち佐俣とは2人っきりで話すつもりだった。
俺は足音を追った。
もう後には引けないところまで来ていた。
腕からはゾクゾク鳥肌が立ってくる。
身体が警告を訴えているのかもしれない。
そんな佐俣は脇見を触れずに、電灯の立っていない畦道を進む。
あいつの家、村外れなのか?
その先は家の灯は見つからない。
俺が初めて訪れる場所だ。
日は落ちかけていた。
時間と共に俺の身体から寒気と不安が滲み出る。
林の中へ入った。
囲まれた木の中に、1本だけ幅1メートルくらいの砂利道が続いている。
警戒しつつ木を壁に追っていく。
すると佐俣の歩みがピタリと止まった。
「それで尾行しているつもりかい? 君は探偵に向いてないよ」
俺を尻目に言った。
どうやらここで足が付いてしまったようだ。
「いやあ、駅から降りたときに、
偶然にも佐俣を見つけたから、脅かそうと思って追ってきたんだよ」
「ほほう、嘘も下手だね。詐欺師にも向いてないよ」
ようやく佐俣が振り向いた。
さてと、本性を現したってわけか。
「指摘してくれてありがとよ。
まあどちらにもなる気にはないよ。
でも刑事と天文学者にはなれるんじゃないかな?
やっとホシを見つけることができたからな」
佐俣は驚く様子もなく首を捻る。
「まだシラを切るつもりなのか?
もういい加減吐いてくれよ。全部佐俣の目論見なんだろ」
ケンカ腰にドスを効かせて脅しかける。
気持ちでは負けていけない。
だが佐俣は姿勢を崩さずに冷静を保ち続ける。
「回りくどくて意図が見えないよ。1つ1つ聞こうではないか」
「いいだろう、まず始めに俺を崖から突き落としたのは、
安嶋と佐俣、お前たちの仕業で間違いないな?」
「あれは無様にボリくんが足を滑らせて……」
「もういいよ、ここまで来て隠し事なんて。
俺と崖の先端まで歩幅1歩分あったんだぞ?
足元が崩れるならわかるが、自ら落ちるなんてあり得ねえし。
それに突き飛ばされる感触だってあったんだ。
んなのバカでもわかるわ!
安嶋とグルになって俺を突き飛ばした、どうだ?」
「ご名答、正解だよ。
突き飛ばしたのは安嶋くん。僕は君の身体に触れてない」
「本来なら俺をそこで殺すつもりでいた。
安嶋と共に口裏を合わせれば済む話だからな。
ったく、悪いけど悪運は強いほうなんだ、残念だな。
さておき、安嶋が行方不明になったのもお前の仕業だろ?
大方、仲間割れをしたか、
俺を突き飛ばした罪を背負わせて消したか、どちらかだ」
「安嶋くんは任務に失敗して消した。
君を殺すのに札束を与えたのに、このザマだ。
せめて骨の1本くらい折ってくれないと話にもならないよ。
まあボリくんが丈夫なのが仇となったのかな」
いや、高さ的には校舎の屋上くらいに匹敵するくらいだ。
ラッキーだったんだろう。
「佐俣さぁ、何で俺を殺そう手したんだ?
俺たちは園芸部員かつ友達だろ?
なにか気に障ることでもしたのか?
教えてくれよ。
こっちだって知る権利はあるだろ?」
質問攻めにして畳みかけることにした。
佐俣の口からは息がこぼれる。
呆れたのか、溜息なのかはわからない。
「君が生きていると、色々と不都合なんだ」
「もっと具体的に言えよ、バカにしてんのか?」
いかにも見下したような答えに腹が立った。
そんな態度にきょとんとした佐俣は、
「君が土筆坂りぼんの失踪にやたらと首を突っ込むからだよ。
いやぁ参ったね、あれから1年も経ったのに、
この事件を蒸し返すバカがいるなんて。
警察すら諦めかけてるのにも関わらずに」
遂に尻尾を出してきたか。
こいつがりぼんを殺した犯人……と決めつけるのはまだ早い。
俺はじっと佐俣の目を見つめる。
「土筆坂さんの存在を知ってるのか?
なんだよ、部室で聞いたときに、知らないってほざいていたくせに」
「ああ知ってるよ。
だってこの僕が殺めたからね。
ボリくんに言ったら逮捕されてブタ箱に入れられるんだ。
口にするわけないよ普通」
りぼんはもう死んでいるのか……。
万一の確率で生きていると思っていたのだが、
幽霊となって現れた時点で、飲み込んでおかなくてはいけない現実だった。
「仕方ないよ、ボリくん。君が悪いのだから」
俺の気持ちも読まずに佐俣は続けた。
「君を抜いて安嶋くん、若槻くんに喜多見くん、
そして土筆坂さんはグループみたいなものだった。
そんな中で土筆坂さんは気さくに僕に話しかけてくる。
もちろん土筆坂さんは僕とは正反対に人間。
ひょっとして僕のこと?
ついに人気のない所に呼び出して告白した。
このまま彼女と平行線になるのはイヤだったからね。
けれど関係が崩れるのもイヤだったが、
脈アリの気持ちがこの時、勝っていたんだ。
結局、玉砕されたよ。
『ごめんなさい、私には待っている幼なじみがいるの』
……だって。
次の日、学校に行きたくなかった。
みんなに知れ渡っているのだろうって。
だが、いつも通りの日常。
そして彼女も優しく僕に接してくれた」
そっか、りぼんと佐俣にそんなことが。
「その時、僕の中の悪魔が微笑みかけたんだよ。
こんな優しい彼女を幼なじみという特権で、
ものにできる男に渡されるくらいなら、
いっそ殺してしまえって。
そして山奥に呼び出して後ろから首を絞めて殺した。
……最後に彼女が言った言葉は何だと思うか?
『ユウくん』だってよ!
登木勇太郎、お前の名前を叫んで死んでいったんだよ!」
佐俣は喉が潰れるくらい声を上げた。
地は震え、木々はざわめき、風は怯える。
動機は実にシンプルだった。
りぼんへの束縛感。
まさにエゴの塊だった。
そっか、全ての元凶は俺にあった。
この村に戻ってきたことも、
幽霊のりぼんに会ったことも、
青山吹高に入って安嶋と妃織と同じクラスになったことも、
輪の中に入れてくれたことも。
いや違う!
佐俣に気圧されて、折れかけた心を奮い立たせた。
「てめえのエゴで、俺たちを巻き込むんじゃねえよ!
世の中、やっていいことと、やっていけないことの区別くらいできるだろ!」
いつの間にか感情が表に出ていた。佐俣は驚いて動じない。
「なあ、もう終わりにしようぜ。
これ以上隠し通せないことだって知ってるだろ?」
俺は1歩ずつ佐俣に近づいた。
「僕が間違っていたよ。
ボリくん、これから自首してくる。
例えみんなが許してくれなくても。
もうこの罪悪感を背負って生きることに疲れたんだ」
「佐俣……」
俺の声は佐俣に届いた。
ホッと安心が生まれる、だが、それは甘かった。
「うっ」
佐俣が懐から何かを抜いて水平に振り切った。咄嗟に左手で顔をガード。
手のひらには髪の毛1本くらいの傷が伸びていた。
「佐俣!」
「傷は浅いから大丈夫だよ。でも君にとって気絶するくらいの致命傷かもね」
返事をすることもできなかった。
更生していなかった。
手のひらには真っ赤な血があふれ出す。
身体中の力が抜けていくようだった。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、5月4日21時の予定です。





