第十七話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
次の日。天狐山登山道がある広場に、
俺とりぼんは集合した。
今のところ園芸部メンバーは誰もいない。
「こういうのって、
部長のキモメガネが先に来ているセオリーだよね」
りぼんはしゃがみ込んで、
ヒマそうに石ころを突っついている。
個人的には佐俣に期待はしていないのだが。
それにしても佐俣は、
出会った当時より丸くなった気がする。
やはり高校生として一皮むけたのだろう。
「結構人いるね。みんな目的は登山なの?」
りぼんは結構と言ったものの、
広場にいるのは10人程度。年齢層は高かった。
格好はジャンバーでリュック姿。恐らく登山客だろう。
「ああ、そうだな」俺は頷いた。
「これはボリくんではないか。まさか1番乗りとは」
俺を見るなり駆け寄ってきたのは佐俣。
リュックを背負って軍手装備。当たり前か。それよりも、
「なんで学校指定のジャージで着てんだよ。恥ずかしくねえか」
服装は体育で、お目にかかる青ジャージだった。
「来てそうクレームとは。
君こそ格好がふさわしくないよ。
上のジャンパーはともかく、ジーンズはアウト。
僕たちは遠足に行くのではないのだよ」
佐俣は前髪をかき分けてフッっと鼻で笑った。
「くっわわわわわわあ! 何このキモメガネ。
ちょっと表に来なさいよ!」
りぼんが俺の気持ちを代弁してくれたが、
お約束通りで佐俣の耳には届かなかった。
「この格好のほうが動きやすいし」
「いいじゃん、Gジャン、最高じゃん。ってやつかね」
「うるせえよ! 誰もGジャン着てねえし」
まあ天狗になっているのも今のうちだ。
安嶋たちが来たら、佐俣は笑いのネタにさせるだろう。
「おっす。早えな、ふたりとも」
噂をすれば後ろから安嶋の声が追いかけて来た。
振り向いた俺はショックのあまり声を失った。
「安嶋、その格好……」
「ん? 登山って言ったらジャージに決まってんだろ」
いや、諦めるのはまだ早い。
2対1で佐俣側が一歩リードしているだけ。
望みはある。
妃織と喜多見ペアに賭けるしかない。
まさかプライベートで、学校指定のジャージは着てこないだろう。
「おまたせー」「おはようございます」
その時、耳横から妃織と喜多見の声がリンクしてきた。
ゴクンと唾を飲み干して期待を胸に振り向いた。
「なんでふたりともジャージなんだよ!」
叫ばずにはいられなかった。
「はあ? ジャージ以外着るものねえだろ。
山ナメてんのか」と妃織。
「動きやすい格好と汚れても良いなら、これしかなくて」
申し訳なさそうに語る喜多見。
「ボリくん。どうやら僕の勝ちみたいだね。
軽率な発言に僕の心は傷ついてしまったよ」
自慢げに笑い飛ばす佐俣は、
俺に対する謝罪を求めていた。
「悪かったよ、佐俣」
「雑音だらけで、聞こえなかったなー」
ちくしょう、人の揚げ足取りやがって。
「すみませんでした。佐俣さん」
「今回は土下座を強要しないから、大目に見てあげるよ」
今にも殴りかかりそうな勢いだったが、
俺は拳をそっと引っ込めた。
「まだ諦めちゃだめ」
りぼんが救いの手を差し伸べる。
「ユウくんも私と同じ格好すればいいんだよ」
「セーラー服なんて着られるわけねえだろ」
はっ! 俺は口を塞いだ。
また同じミスを犯してしまった。
これで何度目になるか数え切れない。
「セーラー服がなんだって?」
しっかりと耳にしていた安嶋が、
俺の目をじっと見つめて離さない。
「ちょっと妹が、
ハロウィンで俺にセーラー服を着ろ、
というメールが入ってきてそれで……」
あたふたと言い訳を並べるものの、
時期的にハロウィンネタはアウトだった。
「ボリってさぁ」
更に一歩不審げに妃織が近づいてきた。
「ぶつぶつ独り言多いよね? 幽霊でも見れるの?」
大正解。補足するとりぼんしか見れない。
もちろんストレートに言うつもりはないので、
うまく、はぐらかす作戦を実行した。
「残念だけど見えないよ。
ひとりでいる時間が多かったから、
自分でも気づかないうちに頭の中で、
語ってる言葉をつい口走ってしまうことがあるんだ」
この言い訳も多少無理があった。
意外にも妃織は、
「ふうん、もし霊感があるんだったら、
りぼんの行方とか、わかんないかなって。
もう一度りぼんと向き合って話したかったって思っただけ。
あ、違うよ。りぼんは生きているって信じているから」
ちょっとだけ涙を浮かべた妃織は、
否定したり肯定したりとわからない言動を取っていた。
佐俣、安嶋、喜多見は気まずそうに黙っている。
本人が俺の隣にいるんだけど。
そっとりぼんの反応を確かめた。
「騙されちゃだめ、ヤンキーは私をダシに、
ユウくんを誘惑しようとする輩なんだから」
空しくも本人の心に熱い想いは届いていなかった。
ここは時間を計らって、りぼんに思い出してもらうしか術はないだろう。
「人数が集まったことだから、出発しようではないか」
佐俣がしょんぼりと漂っていた空気を仕切り直した。
さすがに登山をするにはテンションが低すぎる。
「おおー!」
運動部に負けないくらい叫び、天狐山の入り口に足を踏み入れた。
二手に別れている。
右が遊歩道で左が登山道。
道端や舗装を比べてみると、
登山道のほうが獣道に近かった。
佐俣と安嶋は左手側の登山道へ。
やはりそっちに行くのか。
仕方なく俺が佐俣の後を追うとすると妃織が、
「ボリは1番最後だって」
なんでだ? 意味不明だったので首を傾けた。
「あたしらがはぐれたときの保険。男ひとりいるだけでも違うから」
「ケータイ使えば済むだろ」
「ここ、なんか知らないけど電波入らないんだよね、
昔っから。自分で確かめてみてよ」
ポケットからケータイを出してみると、
電波は圏外になっていた。
山だけあって何らかの磁気が働いているかもしれない。
「わかった? それにボリはこの山初めてでしょ?
だから素直に着いてくればいいから」
一応頷くと、妃織と喜多見ペアは先に行ってしまった。
初心者だったら、俺が先頭に行くのがベストじゃないのか?
「私も初めてだよ。
バージンはユウくんに捧げるって決めているんだから」
またしてもりぼんは頬を紅に染めて、
くねくねと不気味な動きをする。
「はいはい、もたもたしていると置いてくぞ」
それから俺は黙々と歩き出した。
妃織喜多見ペアとは10歩近く離れている。
すれ違う人もいないので、
どうやらこっちの道は不人気のようだ。
「もう息切れしてるけど大丈夫?」
空中を滑らかに歩くりぼんが、心配そうに俺の肩を並べてきた。
「うん、なんとか」
と言いつつも、日頃の運動不足が仇になり、
一歩ずつ踏み出す度に足首に重圧がかかる。
緩やかな傾斜面なものの、初心者の俺にとっては若さだけが命綱だった。
「頂上までガンバロウね」
拳を掲げてファイティングポースをかます、
りぼんに頷いて答える。
俺はふと考えた。
頂上がゴール……。
言い出しっぺとはいえ、これは園芸部の活動とは思えない。
妃織と喜多見はまだ視野に入っているが、
佐俣と安嶋は見えない程度、先に進んでいる。
本来ならば、図鑑を片手に野生の植物を観察すると思っていたのだが。
これは大暴投レベル、チームワークの欠片も感じなかった。
「ボリ、早くー」
妃織が足を止めて呼んできた。
その声には疲れを感じていない。
「最近の若い者ときたら……」
「同年齢だってば」
りぼんがさり気ないボケを拾って処理してくれた。
「冗談はともかく、何か感じたか?」
「ジャガイモ以外、弱音を吐いて脱落すると思ってた」
「そうじゃなくて、この山を登ってピーンと来ないか?」
「心当たりないよ」
「りぼんは記憶を掘り起こす努力をしてくれ」
「はーい」
こっちの気苦労と裏腹に、
現代科学では証明しきれないように中を泳ぐりぼん。
それから1時間程歩いただろうか。
安嶋と佐俣が道脇で腰を下ろしてぐったりしている。
「少し休もうぜ」
俺たちが追いつくと安嶋は、
リュックからペッドボトルの水を出してゴクゴクと喉を鳴らす。
「ふうー、疲れた」
妃織と喜多見も肩の荷を降ろした。
ホッと一息吐いて安嶋のマネをするように、
リュックからペッドボトルのスポーツドリンクを出して口に含む。
りぼんも静かに左横に来て体育座りをした。
太陽は真上近く昇っていて、日差しは絶頂期を迎えている。
腕時計と照らし合わせてみると、時刻は11時32分。
このまま昼食になりそうだ。
「休んだことだし、頂上目指して進もうぜ」
安嶋がとんでもないことを言った。
頂上って、あとどれくらい登るんだよ?
目的をすっかり忘れてないか?
正直、昼食を済ませて下山したい気分だった。
取りあえずみんなの意見を聞くことに。
すると佐俣は安嶋に向かって、
「時間的に、ここで昼食を済ませるのはどうだろう?」
「マジで? 頂上まで辿り着いてからじゃねぇ」
「ヤス、頂上まで行けないのわかってる? 途中道ないから」
妃織は妃織らしくない天狐山の知識で安嶋と対抗する。
先に進む側は1票に対して、昼食側は俺を含めて3票。
まあ喜多見もこっち側だろう。
「このままてっぺんまで行こうよ」
もちろんりぼんの意見は却下。
「よし多数決で決めようぜ。喜多見は進むだろ?」
「私は妃織ちゃんと一緒」
「ちっ、これで3対2か。
ボリ、俺たちだけでも行こうぜ」
ジャガイモ……じゃなくて安嶋は、
さっぱりした笑みで俺を誘ってきた。
またこの展開か。
人の意見を聞かないで勝手に解釈しやがって。
「いや、ここで休む。ていうか帰りたい」
「かあああああ! だらしねえな。
ホームシックになってんのかよ」
「行きたければ、安嶋ひとりで行け」
そこまで言ってきたら、もう多数も少数もない。
自分の意志を貫くのみ。
「ボリにまで敵に回されちまったら仕方ねえな。
ここでメシでもいいよ」
安嶋は残念そうに佐俣の横に座って、
弁当箱とジュースをリュックから出すと、
むさぼるように食べ始めた。
結局昼食タイムになったか。
これでしばらくは休める。
スポーツドリンクに封をすると、リュックから弁当箱を取りだした。
ん? やけに軽いな。
出かけるときには感じなかったが、軽量感がハンパなかった。
昨夜母さんに、
「明日山に行くから昼食代ちょうだい」と、
ねだったら弁当作ってあげるからと押し曲げられてしまった。
……怪しい。
身震いも払いつつも、ゆっくりと弁当箱の蓋を開けた。
そこにはごはんや海苔の匂いすらなく、一通の手紙が入っていた。
ここまで来て後戻りができない俺は手紙に目を通すことに。
『勇太郎、この手紙を読んでいる頃は、
きっと母さんは、あなたのそばにはいないでしょう。
主婦は365日休みがありません。
500円を添えておきますので、
山に登る前に昼食を購入しなさい』
「……」
言葉が出なかった。
どうせなら出かける前に言ってほしかった。
その無神経さは灯に引き継いでいるんだぞ。
怒りを抑えつつも、弁当箱の中身を探る。
……ない、ないんだよ、肝心の500円が。
もしかして手紙に挟まっているのかも。
不安を飲み込みつつも表裏に目を配る。
結果はもちろん皆無だった。
もしかして、この手紙に500円の価値があるのか?
否、あるわけがない! くそっ、こうなったら。
ポケットからケータイを取る。
「ここ、電波入んないから」
妃織の言葉が右から左に通過した。
ちくしょう、うまく逃げやがって。
「具合でも悪いのかい?」
右隣にいた佐俣が気遣ってくれた。
「大丈夫だよ」
ある意味で気分が悪いが、
佐俣に気を遣ってもらう程ではなかった。
俺のリュックの中身は、着替え一式と雨具とスポーツドリンクのみ。
一本道だったので遭難することはないが。
左隣では一部始終を目撃していたりぼんが、
口を押さえて憎たらしく笑っている。
人の不幸をなんだと思っているんだ、こいつは。
「昼食は摂らないのかい?」
膝にリュックを置いて佐俣が言った。
「まだ腹減ってないから、いいかなって」
「初めてのボリくんに、これを貸してあげよう」
渡されたのは双眼鏡。
「ここからの景色は絶景だよ。十分に焼き付けておくといい」
「高そうだな」
「3000円くらいだよ。まあ本来の目的は、
この為に買ったわけではないからね」
佐俣は不気味にウインクを投げてきた。
俺は敢えて追究はしなかった。
「どうせ女子部屋覗くために買ったんだよ。このエロメガネ」
りぼんの意見と方向性がピタリと一致した。
まあ佐俣のことだから、男の着替え覗きもあり得るが。
「ありがとう、借りるわ」
双眼鏡を受け取って立ち上がり、
崖のところまで歩いて覗き込んだ。
そこから見える風景は、
田宝村を一望しているというくらい過言ではなかった。
水の貼った田んぼや畑、点々と並ぶ家々。
徐々に視点を下げていくと、垂直に近いくらいの絶壁。
ジャングルのように木が生い茂っている。
せっかく佐俣から借りたので、
地平線の辺りまで見ることに。
そっと覗いてみると、ピントが合わず少しぼやけていた。
「うわぁ」
俺の目線に入ってきたのは、ぎょろりと覗く2つの目。
双眼鏡を外すと犯人はりぼんだった。
「あっちに行ってろよ」
小声で手払いすると、
りぼんは真っ赤な下をちょろりと出して視界から消えた。
再度双眼鏡を覗き込む。
それにしても、ここから見える景色は別格だ。
空気も澄んで心地よい。
都会から戻ってきたときは、
色々と店や自販機がなくて不便だったが、
改め直すと、これはこれで味がしみ出ている。
そんな俺は物語心のついた少年のように、
天孤山から見える景色に釘付けになっていた。
だがそれは、一瞬の幸せだった。
「うわああああああ!」
俺の身体は崖から放り出されて真っ逆さまに落ちていく。
無数の小枝が腹や背中に突き刺さり、地面へと叩きつけられた。
痛い、だが声は出なかった。
わずかに右手が動く。
そっと見つめると赤く染まっていた。俺の血だ。
「ユウくーん!」
りぼんの声が遠く聞こえる。
静かに目を閉じた。
次に目を覚ますときは、もしかして……。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、4月14日21時の予定です。





