第十五話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
「……」
田宝駅を降りて、俺とりぼんは家路に向かっていた。
「ユウくん元気出して。
明日はきっといい日になるからさぁ」
肩を落としている俺にりぼんが珍しく慰めてくれた。
結局、俺の引いたのはハズレ。
佐俣の心理にまんまとハメられたのだ。
「それにしてもあのチリチリヤンキー、最低だよね?
ユウくんに委ねたくせに、
外した途端に罵声のオンパレード」
その後、妃織は唾が飛ぶくらいに俺に悪口を連呼した。
本人曰く、虫が大っ嫌いなので山登りは好きではないのだ。
「さっきから黙りこくって、ユウくんらしくないーい。
ここは私がサービスして」
りぼんは立ち止まって胸の谷間をさらけ出すが、
チラ見をすることなく、とぼとぼ歩いた。
「あれ、玲羅ちゃん?」
りぼんの声が後ろから通過すると、俺も釣られて顔を上げる。
「1週間ぶりですね、土筆坂先輩と登木先輩」
宮原さんの意外な言葉に、
俺は隣に追いついてきた、りぼんを見つめた。
りぼんは不思議そうに首をひねる。
宮原さんと会ったのは、田宝中で命からがら逃げてきた以来。
当時を思い出すだけで、背筋から悪寒がほとばしる。
「あの日、玲羅ちゃんブチ切れて、こっちは命拾いしたんだよ」
「りぼーん!」
話を蒸し返すまいと、
口封じをするものの、全部言ってしまった。
「私がキレた?」
暮れなずむ空を見上げて、当日のことを思い出そうとしている。
「大したことないって。ははは」
もちろん俺はオブラートにシャットアウト。更に話題を振った。
「こんなところで会うのって偶然だね」
「その後の進展はいかほどに、と」
「同棲はしているから、結納済ませて、
式を挙げて子作りに励むだけだよ」
りぼんの珍回答に、宮原さんのメガネがズレ落ちた。
「いえ、私が尋ねていることは土筆坂先輩の行方のことで」
メガネは直しつつも、切り替えは早かった。
「進展なしー」
手を頭の後ろに組んで不満そうにりぼんが言う。
「聞き込みの範囲を広げているけど、
これといった情報は今のところ……」
俺は付け加えた。
「そうですか、登木先輩のことなので、
結果は得られないと感じていましたが」
どことなくヘタレの烙印を押されているような気がするんだが。
でもこうして自ら会いに来るというのは、
隠し球を持っていそうな気がした。
「宮原さんも何か情報はないの?」
「放課後、忘れ物を取りに来た女生徒が、
下ネタ満載のセーラー服の幽霊に出くわしたことを耳にしただけで……」
「それりぼんのことだって。いつの話してんだよ」
「ウンコとかオチンチンとか下ネタ言ってないもん」
変なところでりぼんが張り合ってきた。
「さておき、登木先輩は目星はつきますか?」
ポーカーフェイスをまかり通す宮原さんには、
1週間前の逆鱗のことなど、すっかり晴れていた。
「聞き込みをしていて、的は絞れたよ。
行方不明説と誘拐説。それに神隠し説の3つ」
「三方向に分離されていては、
的を絞ったことになりませんよ。
聞き込みはどこまで進みましたか?」
「一応りぼんの友人関係から、
田宝中出身の卒業生くらいまで」
「結果は?」
「当日の目撃情報はなし」
「確かにそれくらいの調査は警察でも行っていたでしょうね。
でも登木先輩が聞き込みを行うことで、
多少なり進展はあったはずです」
こちらとしては手応えは掴んでいないのだが。
宮原さんは続けた。
「調査に行き詰まっていましたら、
視点を変えてみるのは、いかがでしょう?」
「犬を使って、りぼんの匂いを嗅がせて探すとか?」
「時間が経っていますから無理でしょうね。
土筆坂先輩を利用するのです」
「えっ、私?」
俺たちの間に入って、
テニスの審判のように左右に会話を追っていた、
りぼんがピクリと声を上げる。
「りぼんを使って自分の匂いを辿らせて探すってこと?」
「犬の話は忘れてください。
つまり土筆坂先輩の記憶を蘇らせることです」
「一応試してるよ。
りぼんの友人に会わせてたりとかして……。
結果は見ての通りだけど」
「友人関係でも無理でしたか。
土筆坂先輩は自分で気になる場所とかありませんか?」
あごに手を添えて行き詰まった探偵のような仕草で、
りぼんに振る宮原さん。
「んっとねぇ、ラブホテル」
「やはり田宝村をくまなく回ってみたほうがよさそうですね」
さらりと受け流した。
「ちょっと、ラブホテルって言ったの聞こえなかったの?
これで聞こえなかったら、玲羅ちゃん耳鼻科行ったほうがいいよ」
「はいはい、好きなときにひとりで行ってください」
「ひとりで行って何するのよ!
ラブホテルって言うのは、
成長した男女が火照った身体と身体を激しく絡め合い……」
ドンっと大きな音がした。
りぼんのウンチクを止めたのは、
宮原さんの電柱を殴る音だった。
「地獄行きますか?」
「もう、怒っちゃやーよ」
さすがのりぼんも身の危険を察知して、
お茶目にウインクを飛ばして、はぐらかした。
「……続きをしますね。
つまり土筆坂先輩を連れて田宝村を探ることです」
「わかった。りぼん、気になるところ行ってこい」
「もう日が暮れるのに恐い、ヤダ」
「……わかってないのは登木先輩のほうです」
宮原さんは、おでこに手を当てて呆れ返っていた。
「つまり土筆坂先輩と一緒に田宝村を回ることですよ。
記憶を蘇らせるついでに、
手がかりを得られるかもしれないわけです」
「いや、だって俺学校あるし」
「休日で構いませんよ。
タイムリミットがあるわけでもなさそうなので」
「雨だったらどうするんだよ」
「傘を差せば済むことです」
「雨の日ってテンションが落ちるんだよね。億劫になるていうか」
「天気予報で、晴れの日を目安にするのはどうでしょう?」
「俺の部屋、テレビないんだよね」
「ケータイで検索できますよ」
「いや、天気アプリの入れ方がわからなくて」
「ユウくん、そんなに私とデートするのイヤなの?」
俺たちのやり取りに、
しびれを切らしたりぼんが、険悪な表情で睨みつける。
「時間効率で考えたら、
りぼんがびゅーんって、飛んで見てきたほうがいいなって」
「ヤダ、ユウくんと一緒じゃないと、何もかも思い出さない!」
余計なことに、こだわり持ちやがって。
「じゃあ宮原さんも一緒ってことで」
「私は同行しません。
傍から見れば登木先輩と肩を並べて歩いていると、
勘違いされてしまうので……。
悪い噂は避けたいです」
「そ、そうだよね。ははは」
もはや笑うしかなかった。
「こうやって周りの村民どもに、
ラブラブを見せつけちゃおうよ」
するとりぼんは俺の左側に立って腕を組もうとする。
「あっとっと」
当然ながら、すり抜けて右側へ移った。
「おっかしいなぁ。この前は触れることができたのに」
「まぐれだよ」
性懲りもなく俺を軸に反復横跳びをする。
「なんでよー。ユウくんと合体できない!」
「誤解を生むようなことを言うのは止めろ」
そんなりぼんは俺の胸元から首を突っ込んで、
しくしく嘆いている。
「そろそろ失礼します」
呆れているのかわからないが、
宮原さんは軽く礼をしてくるりと後ろを向いた。
「待って、玲羅ちゃんなら乗り移れるかも」
りぼんは透かさず宮原さんの背中へジャンプすると、
「きゃあ!」
宮原さんは小さく悲鳴を上げて膝を着いた。
「大丈夫か?」
声をかけるのも束の間、すらっと立ち上がって、
「およ? なに、なにこれ? やったぁ、性交じゃなくて成功した」
ニッコリと笑いながら、
その場ジャンプをひたすら繰り返していた。
どうも様子がおかしい。
まさかと感じて目を凝らす。
「ユウくん私ね、乗り移れたよ」
宮原さんは俺の首筋に手を回して大胆に抱きついてきた。
「ひょっとして中身はりぼん?」
「うん、そうだよ。
ユウくんの匂い、ユウくんの体温、ユウくんの息づかい、ユウくんの鼓動。
全部感じるよ。でも胸が発展途上国かな」
色っぽい吐息を漏らしつつ、俺の唇へと近づいてくる。
これはいわゆるキスなのか?
押しつけられた胸板からは、
ドクンドクンと大きくそして激しい脈が打ち付けられた。
抵抗空しくそっと目を閉じる。
「きゃあ!」
短い悲鳴に釣られて目を開けると、
道端でりぼんが飛ばされたらしく、
尻もちをついて腰をさすっている。
ってことは……。
身体中を駆け巡っていた血潮が一気に凍り付いた。
恐る恐る正面を向くと、
「きゃあぁああああああ!」
首筋の手はほどけてしまい、黄色い声と共に平手打ちが左頬を貫いた。
「痛ってえ!」
一瞬ぐらついて倒れそうだったが、
体勢を整えて頬をさすった。
痛みというよりビリビリと電気のような痺れが続いている。
幸いに鼻血は出ていない。
「何さらすんですか、この変態!」
宮原さんは眉と目を仁王像のように吊り上げて、
プイッとそっぽを向いてしまった。
「俺はなにもしてないって」
腑に落ちなかった。
必死になって弁解していると、
彼女は状況を読み込んだらしく矛先をりぼんに向けた。
「よくも軽々しく憑依してくれましたね」
「タイム! 腰打って動けないんだよ。被害者だって」
「問答無用!」
なぜだか知らないが、
宮原さんの足元だけゴゴゴゴゴゴと地鳴りが轟く。
りぼんを迎えに行ったあの日と瓜二つ。
場所は違うものの、
デジャヴに遭遇した生きる心地がしない状況だった。
「走るぞ」
りぼんの右手首を握ろうとした。
掴んでいる感覚はない。
「ユウくーん」と頷き俺の左横にぴったりとキープ。
20メートル、30メートル? ワケがわからないほど真っ直ぐに走った。
宮原さんの追いかけてくる気配はない。
立ち止まって振り向くと、宮原さんは背を向けて歩いていた。
「玲羅ちゃん、怒りっぽい」
りぼんが投げるように呟いた。
「こっちにも非があるわけだから」
一応なだめることに。
それにしても、りぼんが宮原さんの身体に憑依することができるなんて……。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、3月31日21の予定です。