第十三話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
そしてめくるように日が過ぎていく。
明日から学校か。
楽しみにしていたゴールデンウィークも今日で終わり。
俺は自室の窓辺に立って移りゆく季節を眺めていた。
休み中は特に家族旅行もなく部屋で漫画を読んだり、
ケータイををいじって、だらだらと過ごしていた。
普通に学校に行って、普通に卒業して、
普通に就職して、普通に働いて、普通に余生を過ごす。
夢なんてなかった。
敢えてあるとしたら、
大金持ちになって一生遊んで暮らしていけたらいいなと、
小学生の頃は思っていた。
勉強も出来るわけでもないし、
運動も得意でない。
まして絵も歌も楽器もヘタクソだ。
……俺に何の取り柄があるのだろう?
他のクラスメイトが羨ましかった。
何か1つ輝くものを胸に秘めている。
それなのに俺は……。
遠くの空が少しずつ夕焼けに染まっていく。
もう日が暮れるんだな。
また1日ムダに過ごしてしまった。
アラームをセットしておかないと。
机の上に投げてあったケータイを取った。
今日の着信はなし。
この前電話をかけたのは、
宮原さんだったから半月は過ぎている。
そういえばあの日以来、会っていなかった。
協力してくれたので一報は入れるべきだろう。
りぼんのことは終わったと。
宮原さんの電話番号を検索し、
受話器ボタンを押す。
コール3回で彼女が出た。
「登木先輩、お久しぶりですね。
どういたしましたか?」
声色を聞いただけで、
宮原さんのクールな顔が浮かび上がった。
「それがりぼんのことで、
いろいろと情報を当たってみたんだけど」
「手がかりが掴めなかったってことですか?」
「うん。もう諦めようと思って……」
「あれだけ意気込んでいたのに先輩らしくないですね。
詰めが甘いと思います。
土筆坂先輩は何と仰っているのですか?」
「りぼんはちょっと……」
絶縁中とは言えなかった。
はぐらかすことにしよう。
「最近ちょっと投げやりなんだよね」
「……わかりました。
登木先輩のことですから、
無理にアンテナを張りすぎて、
ストレスが重荷になっているのでしょう。
気分転換とはいきませんが、
私の依頼を聞いてもらえますか?」
「俺でよければ構わないよ、
宮原さんには世話になっているし」
「むしろ登木先輩にしか出来ないことです。
今から田宝中に来てください」
受話器を切った俺は田宝中の校門へ走った。
だが宮原さんの姿はない。
時刻は5時を過ぎている。
校舎の明かりが点々と付いているので、
中には誰か残っているらしい。
……そういえばここに来るのは、あの日以来だな。
「お待たせしました」
セーラー服姿の宮原さんが、
俺を見るなり頭を深く下げる。
息切れ1つしていないので、走ってきてないようだ。
「いや別に」
と、軽く手を挙げる。
なんかデートの待ち合わせみたいだ。
「では参りましょう」
宮原さんは脇見も触れず。
校舎へ向かおうとしていた。
「ちょっと待ってくれ。
俺は田宝中の生徒じゃないから、
見つかったら補導されるって」
「私も同伴しますし、
忘れ物を取りに来たって言えば誤魔化せます。
それに登木先輩は普段着なので」
……そう、うまくいくのだろうか。
昇降口に入ると宮原さんは、
自分の下駄箱を開けて上履きに履き替えた。
当然ながら俺のぶんはないので靴下のまま。
「あのさ、もうそろそろ目的を話してくれないか?」
俺の前を歩く宮原さんは足を止めて振り向いた。
「察しが付きませんか?」
「さっぱりね」
呆れたように息を吐く彼女は、
「実はここ数日前から、
悪霊が住み着いてしまって駆除して欲しいのです」
「駆除って……俺よりも君のほうが専門だよ」
「来ればわかりますよ」
そう告げると階段を上っていく。
このまま引き返すのも野暮なので、後に続くことにした。
3階に到着すると中央廊下を渡り北校舎に着いた。
すると宮原さんは、ある教室の前で歩みを止める。
教室のプレートを見るが、暗くてイマイチわからなかった。
「ここです。私は待機していますので」
「へ? 俺ひとり?」
「はい」
「除霊なんてやったことないんだけど」
「早く入ってください、私だってヒマではないのです」
表情は変えないものの、声色は尖っていた。
「わかったよ」
もう自棄になっていた。
失敗したら責任取ってもらおう。
ドアを開けた。
夕闇の底に沈みかけた教室。
ふと窓辺にひとりの少女が、
ぼんやりと音も立てずに佇んでいる。
肩に被るくらいの栗色の髪に白いカチューシャ。
もちろん俺にとって心当たりのある人物だ。
「りぼん?」
思わず口から飛び出した。
「ユウくん、なんでここに?」
張り付いたようにぽかんと口を開けている。
しかしその顔色も数秒も経たずに、
眉と目を吊り上げて怒りを表した。
「何しに来たのよ!
散々邪魔者扱いして迎えに来たつもり?
ふーんだ、絶対戻らないんだから!」
反論が出来なかった。
一体何しにここに来たのだろう?
宮原さんの依頼のため?
俺にしか解決出来ないことだから?
田宝中に行くときから薄らと感じていた。
だが、りぼんに会うことを頭に入れてない。
放り投げていた。
認めたくなかったかもしれない。
「ユウくんはここの生徒じゃないでしょ!
部外者は直ちに立ち去ってください」
表情が強張る。
怒っているのか、震えているのか見当がつかない。
俺を回避するように一歩後退りをする。
「帰れ、帰れって言ってんだよ!
ユウくんの顔なんか一生見たくない!」
拒むようにぶんぶんと両手を振り回す。
「……帰ろう」
りぼんの反乱がピタッと止まった。
「……一緒に帰ろう」
自分でもわからなかった。
なんでこんなことを口走っているのだろう。
「ユウくん!」
りぼんは一直線に俺の胸元に飛んできた。
彼女の肩を包むように抱きしめる。
りぼんの身体は霊体で、触れてもすり抜けて行く。
だが今は俺の腕の中には、確かに彼女の温もりを感じていた。
狂ってる、狂ってる。
もしも奇跡があるとしたら、
このことかもしれない。
「遅いよ、どれだけ待ったと思ってるの?」
りぼんの声が脈を打つようにしゃくり上げていた。
失って初めて気づくもの……それが後悔なのかもしれない。
だが俺は再び手に入れた。
ワガママで、下品で、自己主張が強くて、
口うるさくて、こっちの空気を読んでくれない。
なのに……なのに、
また一緒にいたいと思う感情が、
芽生えてくるのはなぜだろう?
胸元で顔を伏せていたりぼんが、
縋りつくように見上げる。
こ、これはキスシーン。
テレビドラマの中で幾度なく拝見しているものの、
実際に立ち入りすることになるとは。
俺の記憶が正しければファーストキス。
「ユウくうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーん」
奇声を発しながら気持ち悪く、びよーんとりぼんは唇を伸ばす。
身の危険を感じて俺は我に返り、りぼんの肩を掴んで引き離した。
「ちょっとぉ、女の子からのキスよ。
受け止めるのが筋でしょ、ありえなーい」
さっきまでのお涙ちょうだいシーンが台無しになってしまった。
「こういうのって段階を踏んでいくもんだよね、
まずはメアド交換から始めて……」
「思考がジジくさーい。
ムードが大切なんだよ。
今は勢いに任せて、
ぶちゅーってするのが流行っているの」
するとりぼんは再び俺の胸元に飛び込んできた。
「うわっと、と、と」
俺の身体をすり抜けて、
片足でバランスを保ちつつ、
教室の壁まですり抜けて行く。
りぼんに触れられたのは儚い奇跡だったようだ。
「きゃあああああ!」
尻尾を踏まれた猫のような甲高い悲鳴が廊下側から聞こえた。
そういえば……。
廊下へ戻ると宮原さんが、腰を抜かして座り込んでいる。
りぼんと対峙したことに驚いていたのだろう。
「玲羅ちゃんいたんだ。
っていうかさぁ、
ここは空気読んで去るべきだよね。
だってこらから、
ユウくんと私の禁断の愛の営みが始まるんだから」
「迷惑なのはこっちの方です。
1週間前から学校に居座って何様のつもりですか?
学業妨害ですよ」
「いーじゃん別に。私困らないし」
ブチン。宮原さんのこめかみの辺りから、
何かが切れる音がした。
すぐさま立ち上がり、
「これは監督者不届責任です。
おふたりの犬も食わないケンカで、
私を巻き込まないでください!」
怒りの矛先は俺にまで向けられた。
「おい、りぼん。何かしたのか?」
今更ながら聞いておくことにした。
「別に。玲羅ちゃんの背後に憑いていただけ」
「自分がやっていたことに自覚ないんだな」
「だってぇ、こっちが一生懸命に話しかけるのに無視するんだもん」
左頬をぷくーっと膨らませて反論する。
りぼんもりぼんだが、それを耐えていた宮原さんもどうかと。
「とにかく、登木先輩の管理不足です。
ちゃんと手の届くところに保管しておいてください」
宮原さんの人差し指が俺の眉間にズバッと刺した。
なんか俺ばかり怒られているようで腑に落ちないんだが。
「玲羅ちゃんが逆撫でしているのは、
私とユウくんがラブラブなのを焼いているからなんだよ。
世間知らずの中坊のくせに生意気だよね」
「これ以上、火に油を注ぐなよ」
りぼんに忠告するにも空しく宮原さんは、
「つ・く・し・ざ・か先輩!」
腰の辺りまで伸びていた黒髪の先端が、
静電気を帯びたように天井に吸い上げられていく。
ヤバい、俺は悟った。
小2の時、母さんの財布から1000円抜き取って、
バレたときと見事にシンクロしている。
つまり俺の中で死を過ぎるくらいの出来事だ。
「なんなら今すぐ成仏させてあげましょう。
無論、礼はいりません」
「ユウくん、なんとかして?」
あわわわわわっと唇を震わせて、
りぼんは俺の背後にまわる。
ピキッ、ピキッ。
これはラップ音か?
それにしても甲高い。
ふと根源を辿ってみると、
窓ガラスに毛細血管のようなヒビが走っていた。
悲鳴を上げていたのは、窓ガラスだけではない。
足元のタイルや柱や壁にも、みしみしと亀裂が伸びていた。
「待って、落ち着いて、話し合おう。
暴力はまた次の暴力しか生まれない。
ね? だから怒りを鎮めて」
説得を試みているつもりだが、
自分でもなにを喋っているのかわからない。
「……」
だが宮原さんは聞く耳を持たずに、強く一歩踏み出した。
「逃げろ!」
殺される。
俺は手足をもがくように走った。
階段を下り、昇降口で靴を履き飛び出した。
「はあ、はあ、はあ」
校門を出て後ろを振り向く。
彼女の姿はない。
うまく捲いたようだ。
「ひどいよ、女の子を置いて先に逃げるなんて。減点100!」
りぼんも俺の横で息を切らしている。
「元を辿れば、りぼんが悪いんだぞ」
「ユウくんも悪い」
「いや、りぼんが悪い」
俺たちは歯を食いしばっていがみ合う。
ハッと気づく。
また同じことの繰り返しだ。
「ぷっ、ふふふふふふ」
口元を押さえてりぼんが笑った。
俺も自然と笑みがこぼれる。
「ユウくん帰ろ」
「でも宮原さんが……」
「話が通じる相手じゃないって」
「ほとぼりが冷めるまで待つか」
結局俺たちは、宮原さんを置き去りにしたまま帰ることに。
再びりぼんとの生活が始まるのだった。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、3月17日21時の予定です。