第十二話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。園芸部。おとなしい。
放課後になり、俺たちは部室に集まった。
「顧問が来るって本当なの?」
頬杖を付いて妃織は退屈そうに欠伸を漏らす。
珍しくケータイをいじってない。
「もちろんさ、だからこうして千羽鶴を折っているんだよ」
どこから調達してきたのかわからないが、
佐俣の左手側にはジェンガのようにカラフルの折り紙が積まれている。
だが1羽も完成されていない。
折り方もわからないくせに準備だけはちゃっかりしている。
「……あのう、千羽鶴ってお見舞いとかで折ると思いますが」
自信なさげに喜多見が言った。
「今のうちに折っておけば、
誰かが入院したときにでも代用が出来るからだよ」
不吉なことを言うんじゃない。
「いいじゃん、千羽鶴なんて。
それより遅くない?
本当は今日部費集めて買い物行くはずなのに」
妃織の言うとおり、
俺たちが集合して30分は経つ。
ガラス越しの夕日が徐々に面積を削って闇に犯されていく。
この流れだと、帰りはイブニングラシュアワー出くわしそうだ。
この前ひどい目に遭ったからな。
このメンツで満員電車に乗り込んだとき電車が大きく揺れて、
「あたしのお尻触ったでしょ!」
って妃織から俺たち3人顔面平手打ち。
どこをどう見ても事故ではないか! 納得いかん!
「おまたせー。あれ、まだ帰れないの?」
ドアをすり抜けて能天気なりぼんが入ってきた。
長引くと思って他の部活を見学するって言ってたな。
「ペ二……じゃなくてテニス部見てきたよ。
女子なんてスカートひるがえってパンツがモロ見え。
若いって素晴らしいよね。
ユウくんも終わってから見学に行ったら?
目のリフレッシュになるよ。
あっ、ダメダメ!
ユウくんは私だけを見ていてほしいの。
エロ本、DVD以外の浮気は絶対に許さないんだから!」
うっとうしくも俺の耳元で独り言を始めやがって。
でも女テニがユニホーム姿で練習なんて珍しいな。
普段はジャージ一色なのに。
大会とか近いから、本番と同じ服装でモチベーションを上げているのだろうか?
「メガネ以外気が抜けてるね。
あのチリチリ頭のヤンキーなんか半目開いてキモい!
シャッターミスじゃないんだから」
その辺にしておけ。妃織に伝わっていたら泣くぞ。
「見て見て、ここにカバがイビキ掻いて寝てるよ。
このジャガイモ、食うか寝るしか能がないのね。
このまま檻に入れて動物園に発送しちゃおうよ」
敢えて触れなかったが、
安嶋はずっと机に伏せて眠っている。
しかしよく喋るな、りぼんのヤツは。
「喜多見くん、鶴折れるかね?」
佐俣が遂に助けを求めた。
「子供の頃に折った記憶がありますから、なんとなく」
「喋った、喋ったよユウくん。
あのモブ子、人形だと思っていたけど。
これは世紀の大発見。
名付けて喋るモブ子。
我ながらナイスネーミング」
ちっとも面白くないものの、
りぼんは自分で言ったことに腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
今更ではないが、セリフにそれとなく毒が盛られていた。
そういえば喜多見には、
りぼんのことを聞いていないな。
喜多見にとって、どれくらいの存在のなのだろうか?
下手すれば毛嫌いしていることもあり得る。
いや、りぼんのことが嫌いな人物に出会ってもおかしくない。
あっ、宮原さんがいたか。
「ねえ、もう帰らなーい?
このパターン絶対忘れ去られてるって」
もはや妃織の声に魂は宿っていなかった。
「ぼやいているヒマがあったら、君も手伝ってくれたまえ」
「はあ?」
返事にドスが効いている。
「ボリくん、君に言ったはずなのに、
無視するとはなんてこったい」
妃織の反応が冷たかったので、
佐俣が俺になすりつけて来やがった。
「鶴なんて折ったことないぞ」
仕方なく手を伸ばして折り紙を1枚頂いた。
「亀でも構わないよ」
「そういう問題じゃねえだろ。
むしろ亀のほうが珍しいわ」
「やだぁー、亀だなんて。ユウくんエローい。
オチンチンじゃないんだから」
とりぼん。
だから無理やりエロと結びつけるの止めてくれねえかな。
「亀を見たことないのかね?」
「言っておくけど、
折り紙の亀だからな。動物のはあるから」
「どーでもいいけどさぁ、5時には引き上げようよ?」
妃織は机に顔を付けたまま、
だらーんと手を下げてこっちを見ている。
ピッチピッチの女子高生が取る行動ではない。
恥の2文字はないのか?
「後20分弱。ノルマはひとり3羽で計10羽を目標にしよう」
「つーか、佐俣呼んで来いよ。
あんたが生徒会に伝達もらったんでしょ」
「部長の僕がこの席を離れるのはどうかと。
うーん、ここはボリくんに行ってもらおう」
「俺?」
「1番ヒマそうだから」
隣でぐーすかぴー、寝ているヤツが1番ヒマだろうに。
「いいけど、生徒会室ってどこにあるの?」
「そこから説明しないといけないのかね」
佐俣は疲れ果てたように肩を落とした。
「北校舎1階の1番奥だよ」
「ちょっと行ってくる」
部室を出て少し歩き出すと、
「ユウくーん」と声と共に後ろからりぼんが追いかけて来た。
廊下には生徒の気配もないので、
足を止めてガツンと言ってやることに。
「こっちが喋れないことを棚に上げやがって」
「もしかして、ご機嫌ナナメ?」
頭に血が昇っているほど怒ってはいないが、
返事を無視してみた。
「機嫌直してよ、おっぱい触らせてあげるからさ」
「あほ! 場所をわきまえろ」
「ユウくんと私の愛の空間」
「……」
この性格どうしたものか。
「それよりも、人のことずけずけと悪く言うなよ」
「何のこと?」
「安嶋と佐俣はしょうがないとして、
妃織と喜多見は、りぼんの友達だったんだぞ」
「本当に? あのヤンキーとモブ子が?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべたりぼんだったが、
すぐに考え込んでしまった。
「ユウくんのことだからガセじゃないの?
私と出会ってからウソを重ねているし」
「ウソをついてどうするんだって。
りぼんの部屋にあった写真見せなかったか?
この顔に見覚えねえかって」
「あったような、ないような。
ないような、あったような」
くねくねと上半身と下半身を駆動させて迷っている。
正直に言うと俺も憶えていない。
「ボリさーん」
すると俺たちの会話を裂くように、
喜多見が走りかけてきた。
そして前屈みになって息を整えようとする。
「伝言か?」
「いいえ、ご一緒させていただこうかと」
珍しいな。いつもは妃織とワンセットで動いているのに。
これはこれでラッキーかも。
喜多見と2人っきりになれるなんて滅多にないからな。
短時間だが、りぼんの情報を引き出せる。
「なーに鼻の下伸ばしてんのよ。
モブ子の息づかいに興奮しちゃって」
りぼんがジト目で流してきた。
「別に伸ばしてねえよ」
しまった、ついりぼんの言動に反応して。
喜多見は俺との会話に繋がりを感じず、
?マークを浮かべている。
「いや、ただの独り言。それよりどうして?」
「佐俣くんが迷子になるといけないから、
保護役で付き添ってやってくれって」
「ははは」
腑に落ちないが、笑って濁すことにした。
「助かるよ、
だって生徒会室って職員室を同じくらいに空気が重たそうだから」
そして喜多見と肩を並べて歩くことにした。
ここからが問題だ。
どうやってりぼんことを聞き出すか?
やはり人間関係から徐々に広げていくのが無難だな。
「喜多見って妃織と仲良しなんだね」
「中学時代からの友達で」
よし、第1段階成功。
心の中でガッツポーズをした。
「ふーん、恋人同士みたくて楽しそうね」
ジト目を継続してるヤツがいた。
こっちはお前のためにやっているのに関わらずに。
「でも私、田宝村には中1の時に引っ越してきたの」
「妃織と佐俣からにも聞いている。
俺は高校入学と同時に引っ越してきたから」
初耳だったらしく、目を丸くして驚いている。
そろそろ本題に入るとするか。
「でも友達出来なくて不安だったんだ。
ところで喜多見は妃織以外に仲の良い女友達っているの?」
「えっ?」
ピクッと声を弾ませると、
口を閉じて黙りこくってしまった。
唐突すぎたか。
沈黙はカップラーメンが出来るくらい長く感じた。
俺も悩んでいた。
こっちから更に一歩踏み出すか、
喜多見の返事を待つか。
妃織や安嶋、それに佐俣や灯やりぼんと違って、
喜多見はおとなしい系のタイプの女子だから、
些細なことで傷ついてしまいそうで。
「モブ子喋らないね。電池切れ?」
こともあろうに、
りぼんがずけずけと無神経に言ってきた。
本人に聞こえないのが救いだが。
「あそこでいいんだよね、生徒会室って?」
踏み込むことは止めて話題を変えることに徹した。
まあ徹したというより、既に生徒会室前まで来ていたんだが。
「俺、聞いてくるから喜多見はここで待ってて」
「うん」
小さく頷いた。
ついでにりぼんも睨みつける。
「行かないって。
だって視察してきたとき、
重ったるい空気でつまんなかったもん」
これはこれで一安心。
「失礼しまーす」
コンコンとドアをノックする。
そして俺が生徒会室を出たのは5分もかからなかった。
「どうでしたか?」
反対側の壁に寄り添っていた喜多見が駆けてきた。
「実は古溝先生に決まっていたらしいんだけど、
本人に誰も伝達していなかったらしくて、
後日引き受けてくれるか確認するって」
「そうでしたか」
ホッと胸を撫で下ろす。
まるでオペを終えた患者の身内のような反応。
「とにかく戻ろっか」
「はい」
足並みを揃えて歩き出すものの、
喜多見は俺と並んで歩くのが慣れていないらしく、
それとなくぎこちない。
「ちょっとユウくん、
モブ子に歩幅合わせないとダメだって」
後ろから付いてくるりぼんが珍しく指摘する。
気づかないうちに喜多見との間には、
2歩くらいのすき間が出来ていた。
歩幅を調整して肩を並べる。
「……」
りぼんのことを切り出す以外話題がなかった。
喜多見から話しかけてくると助かるんだが。
りぼんの声が耳に障るけど、これはこれで新鮮だった。
結局その後は5時差しかかっていたので、
安嶋を起こして解散。
家に帰ってきた俺は、
夕食まで部屋で集めてきた情報を整理することにした。
これまでの経緯を確認すると、
妃織と喜多見は、りぼんの友達。
安嶋と佐俣も同級生でありながら、りぼんとの接点はあった。
だが、りぼんの消息の情報は掴めていない。
忘れないように新調したノートに書き込むことにした。
「字、ヘタクソだね」
りぼんが首を伸ばして背後から話しかける。
「大きなお世話だよ。
誰のためにやっていると思っているんだ」
「もちろんユウくんと私の愛溢れる未来のため。
きゃっ、言っちゃった。
今のは誰にも口にしちゃダメだからね。
もし誰かに言ったら末代まで呪ってやるんだから」
「言うわけねえだろ、そんな自殺行為なこと」
「なんで言いふらさないの?
それはそれで大問題だって」
あーいえば、こーいうってことだな。
「それよりも今日のユウくん私に対して冷たくない?
一生懸命話しかけてるのにずっとシカトしちゃって。
もっと愛情が欲しい年頃なんだってば」
こっちの気も知らずに不満をぶちまけやがって。
「確かに今日の俺はりぼんに対して無視が多かった。すまない」
「うんうん。肝に銘じて、以後気をつけるように」
「だがりぼん、俺との約束破って学校に来ただろうが!」
「なんで説教なの?
その話は屋上の踊り場で丸く収まったじゃない。
それにユウくんを1日観察してたけどさぁ、
女の子のおっぱいとか太ももばっか、
凝視してて目つきがオヤジくさーい」
「ふざけんじゃねえよ!
人の気も知らないでエロジジイ扱いすんじゃねえ。
りぼんのセリフのほうがよっぽど下品じゃねえか」
「私のはユーモアと愛情がたっぷり籠もってるの!
鼻の下だらーりと伸ばしてる、
どっかの誰かさんと一緒にしないでよ」
「ユーモア? 愛情? 笑わせんじゃねえよ。
俺だけならともかく他のメンバーもコケにしやがって、
自分がどんだけ偉いんだよ!
みんなコンプレックスを抱いて必死で生きているんだよ。
りぼんみたいに人生終わってるヤツに、
罵しる権利なんて米粒ほどもないんだよ」
「ユウくんのバカ! アホ! 知らない!」
最後の言葉が胸に刺さったのか、
歯をむき出しにして叫び、
窓をすり抜けて消えてしまった。
ちくしょう、こっちは1日中取り憑かれて迷惑してるのに。
やり場のない怒りに机の上のノートを思いっきり叩きつけた。
「くそっ!」
勢いに任せて椅子に座り込む。
もうその日は何も手に付かなかった。
次の日の放課後、
俺たち園芸部メンバーは部費を集めてホームセンターに出向き、
スコップや軍手、じょうろ、ホース、
そして種など必需品を購入して部室で広げていた。
「まずは、こんなもんか」
小さいスコップを持って、
切れ味を確認するように安嶋が言った。
「よし、明日からは花壇の手入れをして種まきをしよう」
佐俣も張り切ってる。
「結局、顧問の話はどうなっちゃの?」
妃織が佐俣に言った。
「生徒会では古溝先生に話を持っていったけれども、
拒否されて保留のままだよ」
「それって、あたしたちに不服ってこと?」
「いやそうじゃなくて、
今年いっぱいで定年らしくて、
顧問を担当すると別れるのがつらいとか……」
個人的な事情だった。
俺としては顧問不在でも構わないだろう。
「まいいっか。でもあたし1つだけ思ったんだけど……」
妃織の声が尻つぼみになっていく。
「下痢か?」
「ヤスってデリカシーないね。んなわけあるか!」
妃織チョップが安嶋の額を割った。
「種まいたら毎日水まきしないといけないでしょ?
どうするのよ?」
鼻で笑いながら佐俣が、
「ローテーションで担当を決めるのが常識だよ。
これだから田舎者は……」
「あほんだら! あたしが言ってるのは、
土日とか休みに入ったら、
どーすんだって聞いてんだだよ。この節穴」
確かに一理ある。
休みにしても植物に水まきは必要だ。
そういえば小1の時、
クラスで金魚を飼っていて、
夏休みに飼育係が持ち帰らずに放置していたら、
全滅していたってことがあったな。
「休みは若槻くんがやってもらおう。
平日は僕たちで回すから」
「ふざけんじぇねえって!」
さすがに堪忍袋の緒がブチンと切れた。
「なんであたしが、
わざわざ電車に乗って水やり来なきゃ行けねえんだよ」
「園芸部だから」
「みんな部員だろうが!」
「君が言いだしたことなんだよ。
言動に責任を持たないと」
「言い出したからって、
押しつけて解決するんじゃねえよ」
妃織は歯を食いしばって威嚇するものの、
佐俣は冷静に受け流す。
もう答えは出ているはずだ。
土日も含めてローテーションで回すしかないだろ。
「あのう、休み関係なく全員で回した方がいいと思います」
申し訳なさそうに喜多見がゆっくり手を挙げる。
「やっぱ、そうなるのか……」
身を乗り出していた妃織は、
疲れ切ったように椅子に座り込んだ。
「いいんじゃね、枯れるよりマシだろ」
この件については安嶋はマイペース。
「どうやら喜多見くんの意見に賛成のようだね。
まあ水まきの当番は後日決めるとしよう」
佐俣が俺の意見も聞かずに可決させてしまった。
喜多見が気の毒そうに俺を見る。
無言で頷いて答えた。
結局この日はこれで解散することになった。
家に帰って部屋に入る。
当然ながらりぼんの姿はない。
窓が開いていないのに、
どことなく冷たい風が吹いているようだった。
いつもの生活に戻ったんだ。
バッグを机の上に置いて椅子に座り天井を眺める。
やった、これで俺は自由だ。
発情したりぼんのトークに、
邪魔されることもなくなったんだ。
止めどなく笑みがこぼれた。
ふと立ち上がり窓の外を見つめる。
田植えの時期が近づいているらしく、
田んぼには薄く水が張ってある。
もうすぐゴールデンウィークか。
それだけで胸が踊りだした。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、3月10日21時の予定です。





