第十一話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。園芸部。おとなしい。
次の日の朝。
教室に着いた俺はバッグの中から机の中へと、
教科書とノートを移動させていた。
教室内は2、3人程度。
同じクラスの安嶋と妃織の姿は見当たらない。
俺よりも1本後の電車で来るのだろう。
ブレザーの内ポケットからケータイを出して、
ディスプレイ画面を確認する。
メールも着信もなしか。
すぐさま電源を落とす。
ケータイが授業中に鳴ると、
教科の先生によっては没収されるケースがあるからだ。
以前、電源を落とし忘れて古典の坂月先生の時に着信が鳴り、
取り上げられたことがあったからだ。
妃織なんかしょっちゅう鳴らしてるのにも関わらず、
俺なんか1回で没収。
しかも相手は灯。
向こうが休み時間で連絡交換をしていたときに、
誤って俺の番号を鳴らしたらしい。
どこをどう間違えれば俺にかかってくるのか理解不能。
もう二の舞を演じるのはごめんなので、
朝から落としておくことに決めていたのだ。
ディスプレイ画面がブラックアウトしたのを確認して、
再び懐に収めた。
「ユウくん、おはよう」
「ああ、おはよう」
りぼんが俺に挨拶をする。
……りぼん?
「だあああああ! なんで学校に来てるんだよ!」
身の毛もよだつ絶叫に、クラスメイトは俺の方を向いた。
「だって私たち、身体と身体の関係だし」
まずい、非常にまずい。
お約束通りに、りぼんの姿は他の人に見えないから、
俺がひとりでぶつぶつ言ってる、
おかしなヤツだつ思われてしまう。
どこか人気のない場所に。
口を手で塞いでりぼんを手招きした。
「ここなら大丈夫か」
誘導してきた場所は、
屋上に繋がるドア手前。
念のためにチェックをしたが、
人の気配は感じ取れない。
「どうしたの?
こんな人気のないところで2人っきりで。
や、やだぁ、ユウくん恥ずかしいよ。
でもユウくんが望むなら私……」
ゆっくりと両目を閉じて、
唇を45度くらいに上に傾けた。
正しくキス顔。
「それ、この前もやらなかったか?
ほら確か駅の裏で」
「嬉しい、私とのファーストキス憶えていてくれたんだ。
あの時は唇と唇が触れ合うくらいだったけど、
今日は舌と舌が絡み合うようなディープキスでもいいよ」
「……いや、シチュエーションの話で実行はしていない」
肩に鉄アレイでも乗っているくらい重かった。
「とにかく、なんで学校に来ているんだよ!」
「平日だから」
「違う、それは俺に当てはまることで……」
「受験して合格したから」
「だからそうじゃなくて、
りぼんには自宅警備員を頼んでいたはずだ」
「だって退屈なんだもーん」
昨日、あっさりと諦めたのはこの為か。
詰めが甘かった。
「私と一緒じゃイヤなの?」
「うん」
「そ、そんな……。
ユウくんと少しでも一緒にいたかったのに……」
りぼんは俺に背を向けて両手で顔を隠す。
そして鼻をすするようにしゃくり上げた。
ちょっと可哀想なことをしたな。
りぼんも平日は俺の部屋にいて、
ずっと寂しかったんだろう。
それなのに自宅警備員という言葉で束縛させてしまい……。
なんて最低なヤツなんだ。
自分で自分がイヤになってきた。
「ごめん、俺が悪かった」
「ううん、私がいけないの。許可なく学校に来たから」
「いや、今日は俺のほうが悪かった」
「本当に? 反省している?」
「ああ、反省している」
「じゃあ、一緒にいていいの?」
「仕方ないな、今日だけだぞ」
「……」
返事がない。
「わかったよ。学校に来ていいから」
「本当に?」
顔を上げたりぼんは、
ニンマリと不気味な笑みをこぼして振り向いた。
ウソ泣きだったのかよ。
「本当に本当に本当に本当に、学校に来ていいの?」
「ああいいとも。
けどセーラー服じゃダメだな、
規定の服装じゃないと。
中学校だったら毎日通ってもいいぞ」
「ひどーい、何それ。ユウくんのウソつき」
「そっちこそ、ウソ泣きだったくせに」
すると俺の耳にチャイムが響いてきた。
「もう予鈴か。
とにかく今日1日は相手してやんねえからな。
それに授業中も話しかけるなよ」
「うん、学校散策してくるね」
りぼんは壁をすり抜けて、煙のように姿を消した。
どうやら授業妨害はされずに済みそうだ。
だが、俺の考えは甘かった。
2時間目、古典の授業が始まると、
俺の後ろにりぼんが無言で待機していた。
10分は経っているだろうか、
今のところ口を動かしてはいない。
約束を守っているみたいだが、
こちらとしては背筋が凍るようなプレッシャーが、
じわりじわりと押し寄せてくる。
はっきり言って邪魔のひと言。
俺はノートに
「どこか行ってくれ」と書いてりぼんに見せる。
幸い俺の席は真ん中の1番後ろなので、
りぼんにしか見えない。
だがりぼんは、ぶるぶると左右に激しく首を振って拒否。
こいつー。ここまで来たら我慢くらべだ。
りぼんは授業中、喋らない約束を守っている。
そして20分が経過。
事件は起きた。
「くしゅん!」
りぼんが突然くしゃみをしたのだ。
「うわあああああ!」
あまりの唐突さに俺は、
情けない悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
「どうした登木?」
先生は黒板に書くのを止めて、きょとんとしている。
「いえ、何でもありません」
起き上がって椅子に座り直す。
「寝ていたのか?
そんなに先生の授業が子守歌に聞こえていたのか?」
周りからクスクスと笑い声が弾んできた。
「本当に何でもないです。
寝てないです。勘弁してください」
頭に血が昇ったように熱かった。
「ここ、試験に出ないけど、ちゃんと聞いてろよ」
先生は開き直り、俺たちに背を向けて黒板に書き始める。
りぼんのヤツ。
首だけ後ろを向くが、
姿を掴むことはできなかった。
どこか行ったのか?
昼休み。俺はバッグから2段積みの弁当を出す。
「ユウくん、お昼、お昼」
4時限目が終了すると同時に、
りぼんが俺の元へ戻って騒ぎ立てる。
もちろん無視。怒っているわけではない。
教室中にクラスメイトがいるだけだ。
「ボリ、一緒に行くか?」
安嶋が寄ってきた。
持っているものは白いビニール袋。
今日はパンを買ってきたらしい。
「ごめん、先行ってて」
そう言うと安嶋は手を振って教室を出た。
「何よ、あのジャガイモ。
ユウくんのことボリだって」
どこがおかしいのかわからないが、
笑い声も入れていた。
俺はりぼんが付いてくることを期待して、
弁当を持ったまま席を離れた。
「ユウくーん、待ってよー」
腰を曲げたまま、りぼんが追いかけて来た。
そして俺が立ち止まったところは、
今朝と同様に屋上に繋がるドアの手前だった。
「ところで収穫はあったか?」
人がいないことを確認してりぼんに尋ねる。
「私がくしゃみしたらユウくんがビックリしてさぁ、
椅子から転げ落ちるんだもん」
白い歯を光らせて自慢げに口を広げる。
敢えて触れなかった話題なのに。
「それは置いといて、
りぼんの記憶が戻る手がかりとかさぁ」
「別にないよ。至ってふつう」
「だよな、一目見ればわかるもんな」
聞くだけ時間のムダだった。
「色々と校舎内を見学してきただろ?
気になることあったか?」
「んっとねぇ……」
あごに手を添えて、探偵みたいに考え込むと、
「理科室の人体模型と等身大のガイコツって、
いつ授業に使われるかなぁって」
「学校あるあるは、いらないから」
「二宮金次郎の銅像ないね」
「あるのは小学校くらいだろ。他には?」
「校長がカツラ」
「何しに学校に来てんだよ」
「遊びに決まってるでしょ。
日頃のストレスを開放するための」
「逆ギレしてんじゃねえよ」
「ユウくんの方がキレてるんじゃない。
カルシウムが足りない証拠」
空腹が便乗して苛立ちを隠せなかった。
妃織と安嶋の姿を見ても無反応だし。
この様子だと喜多見と会っても変わらないだろう。
佐俣は置いといて。
「俺は昼食に行くから」
園芸部の部室が出来てから、
昼食は安嶋と佐俣の3人で摂るようにしていた。
「私の除け者にして別の女と?」
りぼんは急にドロドロな展開を持ちかけてきた。
「違うって。さっきのジャガイモ頭ともうひとりのヤツと」
「もうひとりって女?」
「男だよ、男。眼鏡かけてる変人」
「社交辞令として挨拶しておかないとね。
いつも主人がお世話になってますって」
「来るの?」
俺は敢えて「主人が……」の部分を無視して聞いた。
「反応が冷たい。
ユウくんと私は身も心も一心同体なんだから」
りぼんが言うと2倍増しに卑猥に聞こえる。
出来れは佐俣と顔合わせはしない方がいいと思っていたからだ。
つまり混ぜるな危険。
「飯くらいさざ波が立たずに、
落ち着いて食べたいなって」
「迷惑かけないから、行こ」
悪い予感しかしなかった。
「ボリ、遅えよ」
園芸部の部室に入ると、安嶋がパンをかぶりついていた。
「佐俣は?」
「知らねえよ」
食べるのに夢中らしく、
返事がちょっと投げやりに聞こえる。
「見て見て、
ジャガイモがポテトサラダパン食べてる。
共食いだって指摘してあげないと」
もちろんりぼんの言動は無視。
俺は安嶋の右横に座り弁当を広げた。
プチトマトが2つ、キャベツのサラダ、
レタスのじゅうたんの上には、
赤ウインナー3つとミートボール2つ。
そして粗挽きハンバーグ。
もうひとつの弁当箱を開けると、
白ごはんに、のりたまがまぶしてあった。
案の定、蓋の裏には残骸がこびりついている。
「うーん」りぼんは考え込むように俺の弁当箱を覗いている。
この時連れてきたことを後悔している。
なぜなら気になって食が進まないから。
「やあ、お待たせ。佐俣だよーん」
ヤツが弁当箱を持って自己紹介をしながら入ってきた。
俺も安嶋も日常的なことなので反応はしなかった。
「今のは『お待たせと佐俣』をかけたちょっとしたギャグで……」
本人はウケが悪かったらしく、坦々と説明に入る。
いいから座って飯食えよ。
りぼんも佐俣の存在を無視。
「ところで安嶋くん、僕が遅れた理由、聞きたくないかい?」
「別に」
ポテトサラダパンの最後の一口を放りつつ、
次のコロッケパンの袋を開けようとしている。
ジャガイモが見事に繋がっている。
食べているときの安嶋は基本的に口数が少ない。
俺よりも付き合いが長い佐俣は読めないのか?
「相変わらず釣れないね、君は」
一瞬だけ落胆した佐俣はターゲットを俺に定めた。
「ボリくんも納得だよね?」
そして俺の左横の椅子を引いて座る。
一応佐俣も俺にとって数少ない友人。
うっとうしいが無視するわけにはいかない。
「安嶋も食べるのに集中しているみたいだし、
俺たちもいただくか?」
「君はなんて素晴らしい男なんだね。
箸も付けずに、僕の来るのを待っていたなんて」
変な解釈をされてしまった。
「ところで、なぜ遅れてきたのかわかるかい?」
「日直で黒板消すのに、時間がかかったとか?」
「ふっ、違うね。ヒーローは常に遅れてやってくるものなんだよ」
またその答えかよ。
と、同時にりぼんが、
「あっ、このウインナー、
ユウくんのオチンチンと同じ大きさだ。
ミートボールはタマタマで……」
「ぶっ!」
口に何も入れてないものの吹き出してしまった。
「そんなに僕の答えが面白かったかい?
実はこの答えを考えるのに一晩中寝ていないのさ」
「あほんだら、その解答はこの前も耳にしたぞ」
「やはりボリくんにはウケがよさそうだ。
今朝電車に乗り遅れて遅刻してきたんだが、
教室に入ってその答えを言ったらシラけてしまって……。
先生なんか頭を抱えて、
もういいから席に着くように、だってさ」
自慢げに話す佐俣に対して、
相づちを打ちつつミートボールを口に入れた。
「あっ、タマタマ」
りぼんはうるさかった。
「ところで今日の園芸部の活動なんだが、
なんと生徒会で顧問になってくれる先生を派遣してくれたそうで……」
佐俣は箸を付けずに喋り続けている。
「おい、誰だよ」
コロッケパンを半分ほど制覇した安嶋が珍しく食いついてきた。
「さあね、名前まで聞いてないよ。
放課後に部室に来てもらうとしか」
「肝心なとこ聞いておけよ」
「安嶋くんは、どんな先生が好みなの?」
「決まってんだろ。
美人で優しくてスリーサイズがボン、キュ、ボン、でさぁ」
オヤジくせえ例えだな。
「男の先生にスタイルを求めるのも気が引けるね」
「美人っていた時点で性別は女なの。
おまえよくそんな思考で高校受かったな」
「どうやら褒め言葉ではなさそうだね」
「けなしていることに気づいたか」
そう吐いて安嶋は紙パックコーヒー牛乳にストローを刺した。
佐俣は未だに箸を付けていない。
「ボリくんはどうかね?」
「顧問の先生だったら温厚だったらいいな。
さすがに文化系でスパルタはちょっと……」
「話がズレてるよ。君の好みの女性を聞いているんだよ」
「はあ?」
ズレているのは俺じゃない。
全財産賭けてもいい。
「ユウくんの好みは、
美人で可愛くて優しくてスタイル抜群で、
家庭的なりぼんちゃんでーす」
はいはい、無視無視。
「ボリ、ひょっとして誰か好きな人いるのか?」
わずかな沈黙が災いと化して、
安嶋が俺に椅子ごと寄せてきた。
質問内容が微妙に変化しているんだが。
「特には……」
「その反応は、絶対妃織だな」
「いやむしろ、妃織と仲が良いのは安嶋のほうだろ?」
「そんなことねえって。
小学校からの付き合いだけど、
あいつ、性格荒れてたんだぜ。
いじめたりいじめられたりして。
まあ結構今はまともになったけど、
恋愛対象にはならねえな」
同意を求めるように佐俣を見る安嶋。
本人から少しかじったことのある話だ。
「僕も若槻くんはないね。
友達としては付き合うけど、
もう口が悪くて。
喋らなければ太鼓判を押すよ」
似合わずに本音を語ってきた。
妃織はどっちかと付き合ってると思っていたんだが。
「おっ、考えてるな。これは脈アリだなって」
「そんなこと頭にないって」
必死で手を振った。
「ユウくんは私と付き合ってるから法律的に無理なの。ねぇー?」
りぼんの問いなど、もちろん無視。
「無視ってことは、その通りの解釈取るからね」
無邪気な子供のようにぴょんぴょんと跳ね回る。
今の状況を逆手に取りやがって。
「それとも喜多見くんを狙っているのかね?」
俺の返事に待てなくなったのか、
佐俣が揺さぶってきた。
まあ喜多見は宮原さん同様に口数は多いほうではないが、
表情は変えてくるので感情は読みやすい。
「安嶋や佐俣も含めて出会ったから、
半月しか経ってないし、今はなんとも……」
その場をはぐらかすことにした。
「ボリってずっと都会に住んでたの?」
安嶋が好奇心旺盛に迫ってきた。
「言ってなかったけ?
幼稚園くらいまでは田宝村に住んでたよ」
「幼稚園通ってたら、俺たちと一緒のクラスじゃね?」
安嶋は佐俣を見る。
「2クラスくらいあったから、
知らない可能性も生えてるよ。
でも喜多見くんは中学の時に転校してきたから顔見知りなはず」
喜多見は転校生……。
妃織の情報に偽りはない。
例えウソでも本人に問えば簡単なんだけどね。
「誰か憶えているヤツいねえか?
俺たちと妃織意外でいいからさぁ」
安嶋は鼻の穴を大きく開けて何かを期待している。
この流れは、りぼんのことを聞くのには絶好のチャンス。
「ジャガイモ頭もキモメガネも存じませーん、
って言ってあげなよ」
懲りずにりぼんが茶々をいれてきた。
お前は少し同級生を思い出す努力をしろよ。
「ひとりだけ幼なじみの女の子がいるんだよね。
名前は確か土筆坂りぼんさんって言ったかな?」
安嶋も佐俣も血の抜けたように青ざめて黙りこくった。
「俺と愛を誓った婚約者の……」
りぼんが言った。
「俺と愛を誓った婚約者の……。
ん? だああああ! 今のなし!」
思わず釣られて口走り、顔から火が出てしまった。
安嶋と佐俣は互いに目線を交わす。
安嶋がお前が言えよ、
言わんばかりにアゴを一瞬だけ突き出した。
「ボリくん、土筆坂さんに会いたいかい?」
佐俣の声は死の宣告を告げるように冷たかった。
きっと俺がりぼんのことを何1つ知らないと把握しているらしい。
正直に言うと毎日顔を合わせているので、
うっとうしいから佐俣にレンタルしてやる。
「佐俣らしくないよ、深刻な顔して。
もしかして付き合ってるの?
全然構わないよ、さっき口走ったのは関係ないから」
目くじらを立ててりぼんが反論する。
「なんで私がキモメガネと付き合わなくちゃいけないの!
私は一途なの! ユウくん一筋なの!」
ヤンデレ気味だった。
「いや違うんだ。
その様子だと土筆坂くんのこと知らないようだね。
ショックを受けるけど話してもいいかい?」
やたらと引っ張り出す佐俣。
こっちは一応知っているので驚きはしない。
妃織にも聞いてることは、
このふたりの耳に入ってきていないらしい。
「うん、いいよ」
妃織の時と同様に、
知らないフリをして佐俣の言葉を待った。
りぼんも空気を読んでくれたらしく、
俺の背後にまわって盾にするように身構える。
「僕たちと土筆坂くんは何度か遊ぶくらいのグループだった。
土筆坂くんもフレンドリーでこんな僕に色々と接してくれて……」
明るい話題に聞こえるが、
どことなく尻つぼみなイントネーションだった。
「あれから1年くらい経つよね?
土筆坂くんが行方不明になったのは。
村中の大人たちや消防団の人で捜索しても見つからなくて」
佐俣は安嶋とアイコンタクトを測りながら語る。
何度も聞いているので、
ここの情報に違いはないだろう。
「ひょっとして知ってた?」
俺が頷いていないことに気づいたらしく、
安嶋が指摘してきた。
「ごめん。それとなく妃織から聞いてた。
別のことかなって思ったんだけど」
ここでシラを切る必要もないので、
正直に話すことにした。
「そっか。交番にも掲示してあるし、目に付くわな」
腕組みをしながら安嶋はうんうんと納得する。
せっかく向こうからりぼんの情報を流してきたんだ、
もう一歩踏み込んでみるか。
「土筆坂さんがいなくなったことに心当たりある?」
3秒ほどの短い沈黙のあと、
佐俣がゆっくり口を開く。
「僕としては見当たらないよ、安嶋くんは?」
「わかんね、ケータイの番号は登録してるけど、
マンツーマンで話す仲程じゃねえし」
「まあ僕の推理としては、
誘拐、殺人、自殺、家出とか、
大きな事件に関連してるとおもうんだが」
神隠しは入っていないものの、
佐俣の路線もその方向に向かっていた。
これ以上突き止めるのも無理かな。
俺は黒板上の円盤時計に目を配ると、12時40分を指していた。
予鈴まであと10分。
弁当も減っていない。
「ごめん引き留めちゃって。ごはん食べちゃおうよ」
「なんだよ、もうそんな時間か。俺先に行ってるから」
紙袋を持った安嶋はいそいそと部室を出て行く。
「なんてこった、
ボリくん君という人は僕の食事を妨げるなんて。
そんなに僕とマンツーマンで語りたいのかい?
性別の垣根を越えて」
いつもの佐俣に戻って、
箸を片手に弁当をハイスピードでかきこんだ。
「ふーん、結局ふたりの情報も当てになんなかったね」
りぼんは、『使えねえヤツらだな』オーラを出しながら愚痴をこぼす。
「んー、んー、んー」
佐俣がのどを詰まらせたらしく、
みぞおちの辺りを必死に叩く。
「佐俣!」
俺は未封のペッドボトルのお茶を手渡す。
キャップをひねり、一気に飲み干している。
「ふうー助かったよ。ありがとう」
受け取ったお茶は意外にも軽く、
3分の1くらいしか入っていなかった。
「それ飲むの? ダメだって!
キモメガネと間接キスなんて」
目玉が飛び出るくらいにりぼんが仰天する。
なぜわからないんだ?
返事が出来る状態なのに、やたら話しかけるなんて。
「開栓口をじっと見つめてどうしたんだい?
もしかして僕と間接キスをするのが嬉しいのかい?」
佐俣はズレかけた眼鏡の位置を直しながらハッと息を呑む。
「ちょっと考えごとしていただけ」
面通し向かって言われるとさすがに飲むのに抵抗があった。
取り繕うと敢えて言い訳をする。
「もしかして、土筆坂さんのことが尾を引いているのかい?」
「えっ?」
予想もしていない発言に、
今度はこっちがビックリした。
「彼女は明るくて気さくに誰とでも話しかけてくるし、
人気があったよ。
おまけに上品でちょっと天然が入っていたけれど」
俺の知らないりぼんのことを坦々と語る。
上品というのは納得いかなかったが。
「そう褒めちぎったって、
私はユウくんのものなんだから。
私のものはユウくんのもの、
ユウくんのものは私のもの」
うぬぅ、りぼんのヤツ佐俣にやたら敵対心抱いているな。
おとなしくしてくれねえかな。
傍から見れば部室内は佐俣と2人っきり。
5時限目開始まで時間はないが、
もう一歩踏み込めば有力な情報を引き出せるかもしれない。
繰り返してみることにした。
「なあ、土筆坂さんが消えた理由って知ってるか?」
質問は被るが、意外な返答が返ってくるかもしれない。
佐俣の顔から笑みがスーッと消えた。
「突然のことだったから知らないよ」
答えは変わらなかった。
「何か聞いたことは?」
「うーん、ないね。
僕に聞くよりも若槻くんとか喜多見さんに尋ねたほうがいいと思うよ」
本当に知らないようだ。
たらい回しにしてるし。
「こういう行方不明の事件って過去にあったの?」
「昔は天狐山で神隠しの噂があったらしいよ。
近所のばあちゃんが言ってた。
僕としては、このご時世に神隠しなんて迷信に過ぎないんだが」
この辺にしておくか。
「随分と質問してくるけど、
そんなに土筆坂くんのことが気になるのかい?」
やべぇ、深掘り過ぎたか。
つい後先考えてないで突進しちまった。
「そんなことないよ。実は中2になる妹がいて、
年頃になると狙われるのかなぁって」
「ひどーい、ウソつき!」
りぼんの頭が沸騰寸前だった。
仕方ないだろ、佐俣だってウソをついてるかもしれないんだから。
「田舎の昔話でよく耳にするね。
龍神さまに若い娘を捧げよ、とか」
佐俣は箸を持ったまま、食べることを忘れている。
そんなとき、空しくも5時限目の予鈴が鳴った。
「じゃあボリくん、失礼するよ」
慌てることもなく佐俣は、
食べかけの弁当を畳んで部室を後にした。
俺も行くとするか。
弁当とお茶を閉栓して立ち上がろうとすると、
「手がかり見つからないね」
りぼんが寂しそうに呟いた。
「地道にやっていくしかないな」
ふと頭を過ぎった。
もしりぼんの身体を見つけられたらどうするのだろうと。
そしてりぼんはどうなるのだろうと。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、3月3日21時の予定です。





