第十話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。園芸部。おとなしい。
次の日、月曜日の放課後。
俺は園芸部の部室に来て椅子に腰を下ろしていた。
そう、今日から本格的に活動するのだ。
部室の掃除は一段落したものの、
隅っこには使わない机と椅子が、
ジャングルジムのように山積みにされている。
「うーん」
背もたれに身体を預けて、
ナナメ45度後ろに倒して背伸びする。
りぼんからの開放感に浸っていたのだ。
りぼんは自宅警備中。
不思議なものだ、学校が癒しの場所になるなんて。
普通逆だろ。
「ヤス遅いね」
ケータイをいじりながら妃織が呟く。
ヒマさえあればケータイを触れ合ってるような気がする。
依存していると置き換えた方がいいだろう。
この部屋には俺と妃織の2人っきり。
最初は安嶋と3人で来ていたのだが、
他の2人も呼んでくると、
鉄砲玉のように出ていったまま。
そろそろ15分経つだろう。
「ミイラ取りがミイラになってんだろ」
「何それ、意味わかんないし」
妃織はくすりとも笑わなかった。
ウケを狙ったわけではないので悔しくはない。
退屈だった。
窓の外からは野球部とサッカー部のかけ声が、
ミックスして青春している。
妃織とマンツーマンか。暇つぶしに尋ねてみるか。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「なによ、改まって。お金なら貸さないよ」
「実は土筆坂りぼんって、女の子知らないかな」
妃織の眼がビクンと跳ねた。
巧みに動かしていた指がピタリと止まる。
「知らないよ」
5秒の沈黙のあと、ボソッとつぶやいた。
俺の顔をも見向きもしないで。
こっちは立証済み。
シラを通しているみたいだがバレバレ。
「なんでそんなこと聞くのよ」
「実は俺、幼稚園くらいの頃に田宝村に住んでいたんだよ。
その時、一緒に遊んでいたのが土筆坂って女の子だったから。
戻ってきたら、また逢えるかなって」
「……」
妃織は口を一文字にして黙りこくっている。
ケータイのディスプレイと睨めっこしながら、
微かに俺の反応に身構えているようにも見える。
「あのさ、ボリ」
イントネーションが急降下中の妃織の声。
と同時にドアが開いた。
「おや? これはお二方。
仲睦まじくお邪魔でしかね」
妃織の言葉を遮ったのは佐俣。
「つっかえてないで早く入れよ」
その後ろには探しに旅立っていた、
安嶋と喜多見が足を揃えていた。
「ううん、何でもない」
妃織は俺に向かって否定すると佐俣にも、
「別にあたしらなにもしてないって。
そっちが遅れるのが悪いんだよ」
青ざめていた表情に血が通いはじめた。
「ふっ、この僕が遅れてきたことには理由があるのだよ。
ヒーローは常に遅れて登場しないと話が盛り上がらないからね」
ドアのサッシにもたれて、きらりとメガネを光らせた。
「ぶつぶつほざいてんじゃねぇ、
中に入れって言ってんだろ!」
しびれを切らした安嶋が佐俣の右肩を強く押した。
「と、と、と」必死にバランスを保とうとする佐俣だが、
抵抗空しく黒板前でコケておでこを強打。
「渚、おいでー」
妃織は動物の赤ちゃんを呼ぶような声で、
喜多見を手招く。
ムスッとした安嶋は俺の右横に、
喜多見は机を挟んで俺の対向に座る。
そしてズレた眼鏡を直しつつ、
体勢を整えた佐俣が何故か教壇の前に構える。
「今日から園芸部の活動を本格的に実施したいと思う」
肩書きだけの部長は、
いつもより2倍ほど増して張り切っていた。
「で、なにすんの?」
妃織のテンションは低い。
さっきのことを気にしているのかわからないが。
「一応僕の意見だが、植物を育ててみようかと思う。
先ほど喜多見くんと一緒に生徒会役員の人と話してきたのだが、
中庭の一部を提供してもらったのさ。
そこを花壇にしようかと考えているのだが」
「妃織ちゃんも、お花好きだよね」
喜多見があどけない顔で微笑む。
「俺も賛成なんだ。ワクワクしてこねぇ?」
安嶋も乗り気だった。これは意外。
「うーん、まっいっか。で、なに植えるの?」
「それを今から決めようとしているんだ。
若槻くん、少し先を読んでくれたまえ」
妃織の眉間に太いしわが何本も入った。
佐俣こそ心を読め。
「さあ、みんなで希望の植物を言ってくれたまえ」
佐俣は振り向いて白チョークを手に入れた。
「リンゴ、ナシ、バナナ、ぶどう、桃、栗、柿、さくらんぼ……」
指を折りながら安嶋はスラスラと述べる。
っていうか、全部果物じゃねえか。
果樹園でも経営する気か?
俺たち素人じゃ管理が大変だぞ。
「アウト、全部食べ物じゃん。
桃栗3年柿8年って、ことわざ知らないの?」
妃織が真っ向から否定する。
そうだよな、実が成熟する頃には、
俺たち卒業してるもんな。
佐俣はともかく。
「じゃあメロン、スイカ、ジャガイモ、サツマイモ……」
そっちの路線を突いてきたのかよ。
ジャガイモは安嶋の頭の形だけどね。
佐俣も黒板に書いていく。
候補はいくらあってもいいだろう。
レパートリーが枯れた安嶋が妃織を指した。
「次、挙げてみろよ」
「あたし?」
予期していなく声が高くひっくり返っていた。
「そうねぇ、アサガオとかヒマワリとか……」
「夏休みの観察日記じゃねえんだから、その2つはねえだろ」
「いいじゃん、別に。食い気しかないよりは」
ふたりがいがみ合ってるのにも関わらず、
佐俣はチョークを滑らせていく。
まあ大ゲンカに発展する心配もないし、
止めはしないんだけど。
「あたしは今んとこそんなもん。次は渚」
妃織から喜多見へバトンタッチ。
「えっと、デージー、ヒアシンス、パンジー、フリージア、
アネモネ、アマリリス、ゼラニウム、ナデシコ、
マーガレット、チューリップ、ダリア、アジサイ、
アヤメ、カスミソウ、サルビア、ラベンダー、
コスモス、ローズマリー……」
おい誰か止めろよ。
喜多見がこんなに喋るなんて知らなかったぞ。
「次は?」
佐俣書くの早いな。
黒板の半分は埋まっている。
でも字は汚いけれど。
「じゃあ、ボリくん」
「あ……えっと……」
頭の中がホワイトアウトする。
他の意見に気を取られて考えていなかった。
「好きなの、なんでもいいよ」
佐俣からのご注文。
言い方が気持ち悪かった。
「えっと、タンポポ」
「道ばたに生えてるじゃん。意味ないって」
妃織がズバッと刺してきた。ごもっともです。
「米はアウトだからな」
「わかてるって」
安嶋のダメ出しを返す。
なにか浮かんできたのに邪魔された気分だ。
「ボリさんって優柔不断なんですね」
俺が腕を組んで悩んでいる姿を見て、
喜多見が満足そうに微笑む。
「いや、決断力はあるほうだ」
「もたもたしないで、言ってみなさいよ」
喜多見に言ったはずなのに、
妃織が受け答えしてきた。
「うーん、そうだな」
「ほーら、優柔不断じゃない。考えてる、考えてる」
「うるせえ、妃織が茶々入れてきたから忘れちまったんだよ。
……そうだ、ハーブなんかどうかな?
ミントとかタイムとかパセリとか」
「びっくり、ボリの口からハーブが出てくるなんて……」
妃織はきょとんとしている。
「どういう意味だよ」
「外見と言動がミスマッチしているってこと」
生意気にも舌をべぇーと出しておちょくる。
「ボリくんいいね、そのずば抜けた案も、君のことも好きだよ」
気持ち悪いことを口にしながら、佐俣は黒板に書き留めた。
「他にないかな?」
「他ねぇ……」
ふと俺は喜多見と妃織の姿が写った。
「百合」
「ちょっとそれ、あたしらのこと言ってんの?」
「違うって、たまたま」
机に手を突いて立ち上がった妃織は、
「ふーん」と納得して腰を下ろした。
「こんなもんかな」
「次は、僕だね」
佐俣がパサッと前髪を上げた。
「バラはどうかね、君たち」
理由はないが、佐俣らしい答えだった。
「それとカーネーション。
ボリくんのことを見てピピピっと来たのさ。
もちろん誕生日には歳の数だけ送るよ」
「気持ちだけでいいわ」
もし実際にやったら、こっちは塩を送ってやる。
「バラとカーネーションってよくね?
だって高値で売れそうじゃん」
食い気から金銭目的に、安嶋の頭の中は移っていた。
「ちょっと待てくれたまえ。
僕のターンは終わってないよ」
「これ以上、なにがあるのよ!」
妃織は片足でコツコツと音を立てている。
苛立ってるようだ。
「君たち、野菜の花って見たことないかね?」
俺たちは豆鉄砲を喰らったように目を大きく開けた。
「その様子だとないようだね」
「あるぞ、菜の花」
「他には?」
「それだけ」
「確かに菜の花は小松菜の花だね。
この際だから野菜を成長させて、
花を咲かせてみるのはどうかな?」
それはそれで面白い。
キャベツとかニンジンの花なんて見たこともない。
食べ頃に育ったら収穫してしまうから。
「面白いね、やろうよ」
無意識に立ち上がっていた。
きっとみんなも同意見だ。
「じゃあ、ボリと佐俣のふたりで野菜やれば?」
あれ? 妃織さん。
賛成じゃないの?
あの佐俣が重大発言をしているのに、
乗っかかってないなんて。
「いや、みんなでやろうよ。ここは一致団結してさぁ」
「佐俣、中庭のスペースってどのくらい提供してくれるの?」
「知らない」
「ちょっと調べてきてよ。
まあとにかく、ここは3等分で。
あたしと渚、ヤス、それと佐俣とボリ」
「いやいや、安嶋は俺たちと野菜の花を……」
「俺、ジャガイモとサツマイモやるわ」
一線を引かれてしまった。
「こっちも根野菜やるから。
大根とかニンジンとか」
「俺はイモを収穫してえから」
何か特別なこだわりがあるらしい。
愕然とする俺の肩に佐俣が手をかける。
「今回は自分の好きな植物を育てるってことでいいじゃないか。
僕はいつだってボリくんの味方だよ」
本人は慰めのつもりで言ってきたらしいが、
こちらとしては不安しか残らなかった。
佐俣には悪いが、
むしろ俺ひとりでやったほうが気楽。
「明日みんなで必需品を買いに、
ホームセンターに買い出しに行くのはどうだい?」
「部費って下りるの?」
佐俣の案に重ねる妃織。
「一応2000円下りるよ」
「ヤッス!」
「呼んだか?」
「安いってことよ、ヤスのことじゃないから」
そこは安いじゃなくて少ないだろうが。
まあ2000円で肥料やら種やらスコップを揃えるのはキツいかも。
「ねえ、ひとり頭1000円カンパしない? 部費として」
妃織は俺たちの顔色を伺った。
意外にも園芸部の活動に気合いが注入されている。
1番ぐーたらしていると思ったのに。
「毎月1000円?」
安嶋が言った。
「ううん、5000円も集まれば道具なんて調達できるっしょ。
余ったらあたしが管理するから」
「納得いきませんね」
佐俣が反論。
「そもそも若槻さんに会計をやらせたら、
隠蔽されるのがオチです」
「聞き捨てならないわね。あたしのどこが不満なのよ!」
「チャラチャラしている外見です。
もっと女子高校生らしく清楚で優しく美しく……」
「第一印象で決めるなんてサイテー。
その眼鏡曇ってんじゃないの」
反発が起きてきたよ。
喜多見は目を泳がせながら、その行方を見守っている。
この場を止められるのは安嶋しかいない。
「あのふたり、なだめてよ?」
「見てて面白そうじゃね」
これはダメだ。現状況を楽しんでいる。
「会計ならボリくんを推薦するよ」
「ダメだって。絶対エロ本で消えるから」
おい待てよ、
俺に対する妃織のイメージってスケベの塊なのかよ。
「ボリくんはどう思うんだい?」
佐俣が振ってきた。
俺のガラスのハートが傷ついているのにも関わらずに。
「喜多見に一票。金銭的にしっかりしているっぽいから」
「喜多見くんか……」
佐俣はトーンを下げる。
「渚ならいっか、あたしも一票」
「えっ、私なの?」
いきなり振られて迷惑している。
「大丈夫だって。あたしもフォローするから」
喜多見の肩を掴み、
自分のところへ寄せて頬ずりをする。
「安嶋くんはどうかね?」と佐俣。
「会計なんてどうでもいいよ、
後は明日にしようぜ」
気持ちは確かにわかる。
俺たちが話し合うと、
なんだかんだ脇道にそれる傾向があるから。
俺たちは一緒の電車で田宝村に着くと解散した。
さすがにりぼんの姿は見えないな。
駅から出て一望する。
どれ、帰るとするか。
今はりぼんよりも、妃織がウソをついたことだ。
これは1枚噛んでいると言っても過言だろう。
さて、どう攻めていくか?
3人まとめて聞いてみるか?
いや、ひとりずつの方がいいかもしれない。
「ボリ、あのさぁ……」
ふと振り向くと、さっき別れたはずの妃織がいた。
憔悴しているまでとはいかないが、
元気がなく目線も垂れ下がっている。
自ら話しかけてきたのに、
まるで避けられているみたいだ。
「どうした? 会計なら妃織でもいいぞ」
「違うって、とにかくこっちに来て」
俺の手を引いて、いそいそと連行された場所は駅の駐輪場。
駐輪場といっても、ママチャリが2台しか止まっておらず、
乗り捨てているように横倒しになっている。
人気のないことを確認した妃織は、
じれったく、もじもじしている。
一向に話してこないので俺は、
「愛の告白ならお断りだぞ。
俺は今、遊び盛りなんだ」
「違うって」
「トイレか?」
「それも違う」
なんとなく予想はしていたが、
ワザと外した質問をぶちまけてみた。
「部室でボリが尋ねた、りぼんのことなんだけど……」
上唇と下唇が接着剤で塗られたように、口調が重くみえた。
「言いたくなければ、言わなくていいぞ」
「りぼん……。1年前から行方不明なんだ」
そのことを知っている俺は別に驚かなかったが、
今、知ったかのように反応した。
「えっ、マジで?」
「うん。正確に言うと3年に進級する春休みのあたり。
あたしとりぼんって小学校からの友達でさぁ、
付き合い長いんだよ。
最初小学1年で同じクラスになったときは、
ヘラヘラして生意気なヤツだなって、
けっこう陰湿なイジメやってたんだ。
机に落書きしたり上履き隠したり……。
その時のあたしって、
クラスのリーダー格みたくて調子に乗っていたと思う。
少しでも口答えとか悪口を耳にしたら、
そいつをイジメの対象にしてた。
理由は多分、人が嫌がる姿を見て快楽を得ていたのかもしれない。
ある日、ひとり、またひとりと、
あたしから離れて遂にイジメの対象があたしになった。
教科書は破られたり、
体操着はトイレの便器の中に入っていたり……」
所々、鼻をすするような音を混ぜて話す。
泣いているのだろうか。
参ったな、これじゃ俺が泣かしているのと変わらない。
「悪かった、もういいよ」
「でも、りぼんだけはあたしに絡んでいた。
嬉しかった。
わけわかんないよね?
普通あたしに関わる?
自分だってターゲットにされるかもしれないのに……。
それからりぼんとあたしが絡むようになって、
イジメがなくなった。
ずっと友達なんだ」
身の上話にオチを付けた妃織は、
ギロリとこちらを見た。
「そっか、りぼんが行方不明になった心当たりとか知らないんだ」
「ひょっとして、りぼんのこと探してるの?」
やべっ、つい口がスベっちまった。
「い、いや、どんな子かなーって」
すると妃織はブレザーのポケットからケータイを取って、
「ほら」と俺に向けた。
その写真は中央に喜多見を挟んで右にりぼん、
左に妃織とセーラー服姿で寄り添っている代物だった。
「どう? 意外に可愛いでしょう」
りぼんの姿など四六時中眺めているから珍しくもない。
ここは仕方なく喜多見との関係を聞くことに。
「あれ? 喜多見と土筆坂さんも仲良しなの?」
「渚はね、中1の時にこの村に引っ越してきたんだ。
ボリも見てわかると思うんだけど、
渚っておとなしい性格でしょ。
転校初日からりぼんのおもちゃにされて。
まあ私も渚って最初っから気が合わないタイプだったんだけど……。
いつの間にか友達になっちゃって。
そういうきっかけってわかんないよね」
なるほど、予想はしていたが、
喜多見は転校してきたのか。
これで小学のアルバムの謎は解けた。
ここは思い切って、
りぼんが行方をくらませた当時のことでも尋ねてみるか。
「あたし帰るね」
すっかり笑顔を取り戻した妃織は、
ケータイを引っ込めて俺に手を振る。
「えっ?」
「まだ聞きたいことあった?」
「いや別に」
「また明日ね」
まっいっかと名残惜しみながら手を振った。
「ユウくんおかえりー。
ねる? やる? それとも私?」
自室に入るなり、
りぼんがどアップで接近してきた。
「3つとも同じ答えだよな」
「ピンポーン、大正解。
だってずーっと寂しかったんだもん」
頭が割れるように痛くなってきた。
妃織、りぼんはお前が思っている以上に変態変人なんだ。
「ねえ、自宅警備員ってつまんないんだけど、
明日からユウくんと一緒に学校いてもいい?」
俺はりぼんの横をすり抜けて、
バッグを机の上に置き椅子に腰を下ろした。
「ダメだ。
りぼんが俺の部屋にいることによって、
世界の平和が保たれるんだ」
「スケールが大きすぎるよ。
こんな田舎だったら米粒程度の出来事に過ぎないんだから」
ぶー、ぶーっと拗ね始める。そして、
「ユウくんのクラスにも、
この村から通ってる人いるでしょ。
私が見たら何かしら思い出すかも知れないし。
これはビッグチャンスよ」
「秤に変えてきやがって。
今までそう言って何1つ記憶が蘇ってなかっただろ」
「やってみなくちゃわかんないじゃない。
なんでやる前から諦めるの?
ユウくんらしくないよ」
正直に申すと、
俺の学校生活にりぼんが入ってくるだけで不安なんだ。
チャンスよりもリスクのほうが上ってこと。
手段としてはやる価値はある。
ひょんなことから妃織と喜多見のことを思い出すか持って。
そこから数珠つなぎでになって記憶が元に戻って……。
「残り20秒」
「こら待て! なんでタイムリミットあるんだよ」
だがりぼんは、容赦なしにカウントダウンを始める。
「5・4・3・2」
「だめだ、りぼんを学校に行かせない」
「1・ゼロ。ブー、時間切れ」
「判決は下したはずだ」
「ごめん、数えるのに夢中になってた」
「すげえ集中力だな。
さぞかし勉強がはかどるぞ。
でもな、集中力が高すぎるってのも、
生きていく上で命の危険にさらされることもあるんだぞ。
例えば草食動物が草を食べているのに集中して、
ライオンの気配に気づかずに、
ガブリと食われてしまうってことだ」
「あっそ」
俺の熱弁にあまり興味のない返事をするりぼん。
「わかった。我慢するからさぁ、
ユウくんの通ってる学校、
絶対連れて行ってね」
「ああ」
珍しく引き際がいいな。
すると部屋をノックする音が聞こえた。
「あにきー。入っていい?」
正体は灯。
「ああ、いいよ」
「話し声が聞こえたんだけど」
「ちょうど、電話していたところだったんだ」
「あっそ。気でも狂ったのかと思った。
壁を筒抜けて聞こえてくるの多かったから」
灯の眉間のしわが一層深くなった。
クレームを言いに来たのか、こいつは。
「わぁー、灯ちゃん。
私とおそろいのセーラー服。
これからは、りぼんお姉ちゃんって呼んでいいのよ」
無邪気にもりぼんは、
灯の頭をなで回す。
もちろん俺は無視モードに入っているのでツッコミは不介入。
我が妹が悪霊に取り憑かれている瞬間。
元を辿れば、
俺がりぼんと出会ったきっかけを作ったのも、こいつなんだが。
「用件はそれだけか?」
「ううん、実はなんだけど……」
尻つぼみになる灯の声。
「この展開ってもしかして、
赤ちゃんできちゃったってやつじゃない!」
頼むから黙っててくれねえかな。
俺は椅子に座ったまま灯の口が開くのを待った。
「お願い、お金貸して!
1000円でも2000円でも3000円でもいいから」
いきなり手を会わせて拝み始めた。
「こら、なんで金額がステップアップしていくんだよ。
ふつう遠慮して1円でもいいからって言うのが筋だろ」
「1円借りたって消費税も払えないって。
何年人間やってんだよ」
反抗的だな、それが人に金を借りる態度か。
「その前に目的言えよ」
「この前の休みに友達とカラオケ行って、
スッカラカーンになって生活できない」
「自業自得だ。灯に貸す金など1円もない」
「財布見せてよ」
「なんでだよ」
「1円以上入っていたら没収ね」
「アホか。ただ単に貸す金がないってことだよ」
「ひどーい。
目の中に入れても痛くない可愛い妹にとる態度じゃないって。
誰もちょうだいなんて言ってないのに。
必ず返すから」
ガキっぽく駄々をこね始める。
見るに見かねたりぼんは、
「これはユウくんが悪い。
兄妹助け合って生きていかなくちゃ」
外野がうっとうしくなってきた。
「ちょっと待ってくれ」
と、灯に言ってバッグからノートとシャーペンを出して、
「黙ってろ」と一言書いて突きだした。
「ちょっと、私がせっかくフォローしてあげているのに、
その言い草はひどいよ」
余計こじれてしまった。
ここで俺は反省しなくてはいけない。
無視するのが最善策だったことを。
「で、いくら持ってるの?」
灯は少しドスの効いた声を鳴らした。
「いくら持っててもいいだろ」
「ここはゲームしない?
あたしがあにきの現時点の財布の中身を当てたら、
半分貸してくれるって」
「嫌だ。俺に得はない。時間のムダだ」
「当たり前じゃない、こっちが不利なんだから」
確かに俺のほうが有利だ。
まあこれで灯が潔く諦めてもくれる話なら。
「乗ってやる」
灯は「ラッキー」っと言ってニンマリと不気味に微笑む。
「これは絶対裏があるよ、勝負に挑んじゃダメ」
横からりぼんが忠告する。
でも男にはやらなくてはいけない時があるんだ。
「見るんじゃないぞ」
俺はポケットから財布を出して、
紙幣と硬貨を机上にばらまいた。
1000円が2枚の500円が1枚、
100円が4枚、50円が1枚、
10円が2枚、5円はなく1円が3枚。
計2973円。
「よし当ててみろ」
自信満々に振り返る。
「んっとねぇ、2983円」
一瞬心臓がビクンと跳ね上がった。
だがすぐさま冷静さを取り戻す。
「残念だったな、正解は2973円だ」
「やったぁ、ニアピンじゃない」
「ニアピン賞などない。灯の負けだ。出ていけ」
「んなの正確に当てられるわけないじゃないのよ!」
「負けは負けだ。
お兄ちゃん悲しいぞ。
今から兄妹同士で金があーだ、こーだって揉めてることが。
遺産相続になったら、
裁判事になるんじゃないのかって?」
「っていうか、3000円近く持ってるんだったら、
1000円くらい貸しても生活できるよね?
もし明日死んじゃったら、
あの世に1円も持って行けないのよ。
お金というものは使って回さないと、
日本経済が成り立たないって知ってる?」
「そのセリフは金のないヤツが口にする言葉だ」
「あーいえば、こーいう。
何度も言ってるけど貸してって言ってるの!
よこせって言ってるんじゃないから」
「都合のいいことほざいて、
俺から踏み倒す気してるんだろ。
よしわかった。
借用書に書くなら貸してやる」
「なんで一筆書かなくちゃいけないのよ。
そんなにあたしのこと信用してないの?」
「そういうヤツに限って返さないからだよ」
「うー!」灯は威嚇するように目を吊り上げている。
一方りぼんは俺の味方になったり灯側に付いたりと大忙し。
「あ、さっきニュースで観たんだけど、
全国に偽札紛れ込んでいるらしいって。
あにきのも怪しいからあたしが確認してあげる」
「そんなバレバレの今作ったウソなんか信用できるか!
金はビタ一文貸さん。出てけ」
「おねがーい、お兄ちゃん」
急に甘い声を出して、灯は俺の右肩にすり寄ってきた。
「はあ、はあ、はあ」と色気ムンムンの息を吐く。
「やらん。出てけ」
所詮、灯の色気落としなどに、俺が落ちるわけがない。
「もーらい!」
すると机上にあった1000円札が灯の手のひらに。
「こら、返せ!」
「べーだ」
俺は灯の頭上に正義のゲンコツを振り落とした。
「いったぁーい!
何すんのよ、このバカ勇太郎。
スケベ、変態、イカ臭い」
涙交じりに逃げて行ってしまった。
「こら、俺の1000円札」
空しくも現金を握ったままに。
「……」
ひとり呆然と立ち尽くす部屋の中。
なぜだ、なぜなんだ。
こっちは公約を果たしたはずなのに。
「お金に困ってるなら良案があるよ」
肩に吹きかけるりぼんの声は優しかった。
「別に困ってない。結果に腑に落ちないだけだ」
「押し入れの天井に隠してある、
エロコレクションを売れば済むことだよ」
「……」
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は、2月24日の21時の予定です。





