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第十話

 登場人物紹介


 登木 勇太郎  ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。

 土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。

 登木  灯   ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。

 宮原 玲羅   ……中学生。霊感少女。

 安嶋 大騎   ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。

 若槻 妃織   ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。

 佐俣 啓悟   ……1年3組。園芸部。ちょっとおかしい。

 喜多見 渚   ……1年4組。園芸部。おとなしい。

 次の日、月曜日の放課後。

 俺は園芸部の部室に来て椅子に腰を下ろしていた。

 そう、今日から本格的に活動するのだ。

 部室の掃除は一段落したものの、

 隅っこには使わない机と椅子が、

 ジャングルジムのように山積みにされている。


「うーん」


 背もたれに身体を預けて、

 ナナメ45度後ろに倒して背伸びする。

 りぼんからの開放感に浸っていたのだ。

 りぼんは自宅警備中。

 不思議なものだ、学校が癒しの場所になるなんて。

 普通逆だろ。


「ヤス遅いね」


 ケータイをいじりながら妃織が呟く。

 ヒマさえあればケータイを触れ合ってるような気がする。

 依存していると置き換えた方がいいだろう。


 この部屋には俺と妃織の2人っきり。

 最初は安嶋と3人で来ていたのだが、

 他の2人も呼んでくると、

 鉄砲玉のように出ていったまま。

 そろそろ15分経つだろう。


「ミイラ取りがミイラになってんだろ」


「何それ、意味わかんないし」


 妃織はくすりとも笑わなかった。

 ウケを狙ったわけではないので悔しくはない。

 退屈だった。

 窓の外からは野球部とサッカー部のかけ声が、

 ミックスして青春している。


 妃織とマンツーマンか。暇つぶしに尋ねてみるか。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」


「なによ、改まって。お金なら貸さないよ」


「実は土筆坂りぼんって、女の子知らないかな」


 妃織の眼がビクンと跳ねた。

 巧みに動かしていた指がピタリと止まる。


「知らないよ」


 5秒の沈黙のあと、ボソッとつぶやいた。

 俺の顔をも見向きもしないで。

 こっちは立証済み。

 シラを通しているみたいだがバレバレ。


「なんでそんなこと聞くのよ」


「実は俺、幼稚園くらいの頃に田宝村に住んでいたんだよ。

 その時、一緒に遊んでいたのが土筆坂って女の子だったから。

 戻ってきたら、また逢えるかなって」


「……」


 妃織は口を一文字にして黙りこくっている。

 ケータイのディスプレイと睨めっこしながら、

 微かに俺の反応に身構えているようにも見える。


「あのさ、ボリ」


 イントネーションが急降下中の妃織の声。

 と同時にドアが開いた。


「おや? これはお二方。

 仲睦なかむつまじくお邪魔でしかね」


 妃織の言葉を遮ったのは佐俣。


「つっかえてないで早く入れよ」


 その後ろには探しに旅立っていた、

 安嶋と喜多見が足を揃えていた。


「ううん、何でもない」

 妃織は俺に向かって否定すると佐俣にも、

「別にあたしらなにもしてないって。

 そっちが遅れるのが悪いんだよ」

 青ざめていた表情に血が通いはじめた。


「ふっ、この僕が遅れてきたことには理由があるのだよ。

 ヒーローは常に遅れて登場しないと話が盛り上がらないからね」


 ドアのサッシにもたれて、きらりとメガネを光らせた。


「ぶつぶつほざいてんじゃねぇ、

 中に入れって言ってんだろ!」


 しびれを切らした安嶋が佐俣の右肩を強く押した。

 「と、と、と」必死にバランスを保とうとする佐俣だが、

 抵抗空しく黒板前でコケておでこを強打。


「渚、おいでー」


 妃織は動物の赤ちゃんを呼ぶような声で、

 喜多見を手招く。

 ムスッとした安嶋は俺の右横に、

 喜多見は机を挟んで俺の対向に座る。

 そしてズレた眼鏡を直しつつ、

 体勢を整えた佐俣が何故か教壇の前に構える。


「今日から園芸部の活動を本格的に実施したいと思う」


 肩書きだけの部長は、

 いつもより2倍ほど増して張り切っていた。


「で、なにすんの?」

 妃織のテンションは低い。

 さっきのことを気にしているのかわからないが。


「一応僕の意見だが、植物を育ててみようかと思う。

 先ほど喜多見くんと一緒に生徒会役員の人と話してきたのだが、

 中庭の一部を提供してもらったのさ。

 そこを花壇にしようかと考えているのだが」


「妃織ちゃんも、お花好きだよね」


 喜多見があどけない顔で微笑む。


「俺も賛成なんだ。ワクワクしてこねぇ?」


 安嶋も乗り気だった。これは意外。


「うーん、まっいっか。で、なに植えるの?」


「それを今から決めようとしているんだ。

 若槻くん、少し先を読んでくれたまえ」


 妃織の眉間に太いしわが何本も入った。

 佐俣こそ心を読め。


「さあ、みんなで希望の植物を言ってくれたまえ」


 佐俣は振り向いて白チョークを手に入れた。


「リンゴ、ナシ、バナナ、ぶどう、桃、栗、柿、さくらんぼ……」


 指を折りながら安嶋はスラスラと述べる。

 っていうか、全部果物じゃねえか。

 果樹園でも経営する気か? 

 俺たち素人じゃ管理が大変だぞ。


「アウト、全部食べ物じゃん。

 桃栗3年柿8年って、ことわざ知らないの?」


 妃織が真っ向から否定する。

 そうだよな、実が成熟する頃には、

 俺たち卒業してるもんな。

 佐俣はともかく。


「じゃあメロン、スイカ、ジャガイモ、サツマイモ……」


 そっちの路線を突いてきたのかよ。

 ジャガイモは安嶋の頭の形だけどね。

 佐俣も黒板に書いていく。

 候補はいくらあってもいいだろう。

 レパートリーが枯れた安嶋が妃織を指した。


「次、挙げてみろよ」


「あたし?」

 予期していなく声が高くひっくり返っていた。

「そうねぇ、アサガオとかヒマワリとか……」


「夏休みの観察日記じゃねえんだから、その2つはねえだろ」


「いいじゃん、別に。食い気しかないよりは」


 ふたりがいがみ合ってるのにも関わらず、

 佐俣はチョークを滑らせていく。

 まあ大ゲンカに発展する心配もないし、

 止めはしないんだけど。


「あたしは今んとこそんなもん。次は渚」


 妃織から喜多見へバトンタッチ。


「えっと、デージー、ヒアシンス、パンジー、フリージア、

 アネモネ、アマリリス、ゼラニウム、ナデシコ、

 マーガレット、チューリップ、ダリア、アジサイ、

 アヤメ、カスミソウ、サルビア、ラベンダー、

 コスモス、ローズマリー……」


 おい誰か止めろよ。

 喜多見がこんなに喋るなんて知らなかったぞ。


「次は?」


 佐俣書くの早いな。

 黒板の半分は埋まっている。

 でも字は汚いけれど。


「じゃあ、ボリくん」


「あ……えっと……」


 頭の中がホワイトアウトする。

 他の意見に気を取られて考えていなかった。


「好きなの、なんでもいいよ」


 佐俣からのご注文。

 言い方が気持ち悪かった。


「えっと、タンポポ」


「道ばたに生えてるじゃん。意味ないって」


 妃織がズバッと刺してきた。ごもっともです。


「米はアウトだからな」


「わかてるって」


 安嶋のダメ出しを返す。

 なにか浮かんできたのに邪魔された気分だ。


「ボリさんって優柔不断なんですね」


 俺が腕を組んで悩んでいる姿を見て、

 喜多見が満足そうに微笑む。


「いや、決断力はあるほうだ」


「もたもたしないで、言ってみなさいよ」


 喜多見に言ったはずなのに、

 妃織が受け答えしてきた。


「うーん、そうだな」


「ほーら、優柔不断じゃない。考えてる、考えてる」


「うるせえ、妃織が茶々入れてきたから忘れちまったんだよ。

 ……そうだ、ハーブなんかどうかな? 

 ミントとかタイムとかパセリとか」


「びっくり、ボリの口からハーブが出てくるなんて……」


 妃織はきょとんとしている。


「どういう意味だよ」


「外見と言動がミスマッチしているってこと」


 生意気にも舌をべぇーと出しておちょくる。


「ボリくんいいね、そのずば抜けた案も、君のことも好きだよ」


 気持ち悪いことを口にしながら、佐俣は黒板に書き留めた。


「他にないかな?」


「他ねぇ……」


 ふと俺は喜多見と妃織の姿が写った。


「百合」


「ちょっとそれ、あたしらのこと言ってんの?」


「違うって、たまたま」


 机に手を突いて立ち上がった妃織は、

「ふーん」と納得して腰を下ろした。


「こんなもんかな」


「次は、僕だね」


 佐俣がパサッと前髪を上げた。


「バラはどうかね、君たち」


 理由はないが、佐俣らしい答えだった。


「それとカーネーション。

 ボリくんのことを見てピピピっと来たのさ。

 もちろん誕生日には歳の数だけ送るよ」


「気持ちだけでいいわ」


 もし実際にやったら、こっちは塩を送ってやる。


「バラとカーネーションってよくね?

 だって高値で売れそうじゃん」


 食い気から金銭目的に、安嶋の頭の中は移っていた。


「ちょっと待てくれたまえ。

 僕のターンは終わってないよ」


「これ以上、なにがあるのよ!」


 妃織は片足でコツコツと音を立てている。

 苛立ってるようだ。


「君たち、野菜の花って見たことないかね?」


 俺たちは豆鉄砲を喰らったように目を大きく開けた。


「その様子だとないようだね」


「あるぞ、菜の花」


「他には?」


「それだけ」


「確かに菜の花は小松菜の花だね。

 この際だから野菜を成長させて、

 花を咲かせてみるのはどうかな?」


 それはそれで面白い。

 キャベツとかニンジンの花なんて見たこともない。

 食べ頃に育ったら収穫してしまうから。


「面白いね、やろうよ」


 無意識に立ち上がっていた。

 きっとみんなも同意見だ。


「じゃあ、ボリと佐俣のふたりで野菜やれば?」


 あれ? 妃織さん。

 賛成じゃないの? 

 あの佐俣が重大発言をしているのに、

 乗っかかってないなんて。


「いや、みんなでやろうよ。ここは一致団結してさぁ」


「佐俣、中庭のスペースってどのくらい提供してくれるの?」


「知らない」


「ちょっと調べてきてよ。

 まあとにかく、ここは3等分で。

 あたしと渚、ヤス、それと佐俣とボリ」


「いやいや、安嶋は俺たちと野菜の花を……」


「俺、ジャガイモとサツマイモやるわ」


 一線を引かれてしまった。


「こっちも根野菜やるから。

 大根とかニンジンとか」


「俺はイモを収穫してえから」


 何か特別なこだわりがあるらしい。

 愕然きょうがくとする俺の肩に佐俣が手をかける。


「今回は自分の好きな植物を育てるってことでいいじゃないか。

 僕はいつだってボリくんの味方だよ」


 本人は慰めのつもりで言ってきたらしいが、

 こちらとしては不安しか残らなかった。

 佐俣には悪いが、

 むしろ俺ひとりでやったほうが気楽。


「明日みんなで必需品を買いに、

 ホームセンターに買い出しに行くのはどうだい?」


「部費って下りるの?」


 佐俣の案に重ねる妃織。


「一応2000円下りるよ」


「ヤッス!」


「呼んだか?」


「安いってことよ、ヤスのことじゃないから」


 そこは安いじゃなくて少ないだろうが。

 まあ2000円で肥料やら種やらスコップを揃えるのはキツいかも。


「ねえ、ひとり頭1000円カンパしない? 部費として」


 妃織は俺たちの顔色を伺った。

 意外にも園芸部の活動に気合いが注入されている。

 1番ぐーたらしていると思ったのに。


「毎月1000円?」

 安嶋が言った。


「ううん、5000円も集まれば道具なんて調達できるっしょ。

 余ったらあたしが管理するから」


「納得いきませんね」

 佐俣が反論。

「そもそも若槻さんに会計をやらせたら、

 隠蔽いんぺいされるのがオチです」


「聞き捨てならないわね。あたしのどこが不満なのよ!」


「チャラチャラしている外見です。

 もっと女子高校生らしく清楚せいそで優しく美しく……」


「第一印象で決めるなんてサイテー。

 その眼鏡曇ってんじゃないの」


 反発が起きてきたよ。

 喜多見は目を泳がせながら、その行方を見守っている。

 この場を止められるのは安嶋しかいない。


「あのふたり、なだめてよ?」


「見てて面白そうじゃね」


 これはダメだ。現状況を楽しんでいる。


「会計ならボリくんを推薦するよ」


「ダメだって。絶対エロ本で消えるから」


 おい待てよ、

 俺に対する妃織のイメージってスケベの塊なのかよ。


「ボリくんはどう思うんだい?」


 佐俣が振ってきた。

 俺のガラスのハートが傷ついているのにも関わらずに。


「喜多見に一票。金銭的にしっかりしているっぽいから」


「喜多見くんか……」


 佐俣はトーンを下げる。


「渚ならいっか、あたしも一票」


「えっ、私なの?」


 いきなり振られて迷惑している。


「大丈夫だって。あたしもフォローするから」


 喜多見の肩を掴み、

 自分のところへ寄せて頬ずりをする。


「安嶋くんはどうかね?」と佐俣。


「会計なんてどうでもいいよ、

 後は明日にしようぜ」


 気持ちは確かにわかる。

 俺たちが話し合うと、

 なんだかんだ脇道にそれる傾向があるから。



 俺たちは一緒の電車で田宝村に着くと解散した。

 さすがにりぼんの姿は見えないな。

 駅から出て一望する。


 どれ、帰るとするか。

 今はりぼんよりも、妃織がウソをついたことだ。

 これは1枚噛んでいると言っても過言だろう。

 さて、どう攻めていくか? 

 3人まとめて聞いてみるか? 

 いや、ひとりずつの方がいいかもしれない。


「ボリ、あのさぁ……」


 ふと振り向くと、さっき別れたはずの妃織がいた。

 憔悴しょうすいしているまでとはいかないが、

 元気がなく目線も垂れ下がっている。

 自ら話しかけてきたのに、

 まるで避けられているみたいだ。


「どうした? 会計なら妃織でもいいぞ」


「違うって、とにかくこっちに来て」


 俺の手を引いて、いそいそと連行された場所は駅の駐輪場。

 駐輪場といっても、ママチャリが2台しか止まっておらず、

 乗り捨てているように横倒しになっている。

 人気のないことを確認した妃織は、

 じれったく、もじもじしている。


 一向に話してこないので俺は、


「愛の告白ならお断りだぞ。

 俺は今、遊び盛りなんだ」


「違うって」


「トイレか?」


「それも違う」


 なんとなく予想はしていたが、

 ワザと外した質問をぶちまけてみた。


「部室でボリが尋ねた、りぼんのことなんだけど……」


 上唇と下唇が接着剤で塗られたように、口調が重くみえた。


「言いたくなければ、言わなくていいぞ」


「りぼん……。1年前から行方不明なんだ」


 そのことを知っている俺は別に驚かなかったが、

 今、知ったかのように反応した。


「えっ、マジで?」


「うん。正確に言うと3年に進級する春休みのあたり。

 あたしとりぼんって小学校からの友達でさぁ、

 付き合い長いんだよ。

 最初小学1年で同じクラスになったときは、

 ヘラヘラして生意気なヤツだなって、

 けっこう陰湿いんしつなイジメやってたんだ。

 机に落書きしたり上履き隠したり……。

 その時のあたしって、

 クラスのリーダー格みたくて調子に乗っていたと思う。

 少しでも口答えとか悪口を耳にしたら、

 そいつをイジメの対象にしてた。

 理由は多分、人が嫌がる姿を見て快楽を得ていたのかもしれない。

 ある日、ひとり、またひとりと、

 あたしから離れて遂にイジメの対象があたしになった。

 教科書は破られたり、

 体操着はトイレの便器の中に入っていたり……」


 所々、鼻をすするような音を混ぜて話す。

 泣いているのだろうか。

 参ったな、これじゃ俺が泣かしているのと変わらない。


「悪かった、もういいよ」


「でも、りぼんだけはあたしに絡んでいた。

 嬉しかった。

 わけわかんないよね? 

 普通あたしに関わる? 

 自分だってターゲットにされるかもしれないのに……。

 それからりぼんとあたしが絡むようになって、

 イジメがなくなった。

 ずっと友達なんだ」


 身の上話にオチを付けた妃織は、

 ギロリとこちらを見た。


「そっか、りぼんが行方不明になった心当たりとか知らないんだ」


「ひょっとして、りぼんのこと探してるの?」


 やべっ、つい口がスベっちまった。


「い、いや、どんな子かなーって」


 すると妃織はブレザーのポケットからケータイを取って、

「ほら」と俺に向けた。

 その写真は中央に喜多見を挟んで右にりぼん、

 左に妃織とセーラー服姿で寄り添っている代物だった。


「どう? 意外に可愛いでしょう」


 りぼんの姿など四六時中眺めているから珍しくもない。

 ここは仕方なく喜多見との関係を聞くことに。


「あれ? 喜多見と土筆坂さんも仲良しなの?」


「渚はね、中1の時にこの村に引っ越してきたんだ。

 ボリも見てわかると思うんだけど、

 渚っておとなしい性格でしょ。

 転校初日からりぼんのおもちゃにされて。

 まあ私も渚って最初っから気が合わないタイプだったんだけど……。

 いつの間にか友達になっちゃって。

 そういうきっかけってわかんないよね」


 なるほど、予想はしていたが、

 喜多見は転校してきたのか。

 これで小学のアルバムの謎は解けた。

 ここは思い切って、

 りぼんが行方をくらませた当時のことでも尋ねてみるか。


「あたし帰るね」


 すっかり笑顔を取り戻した妃織は、

 ケータイを引っ込めて俺に手を振る。


「えっ?」


「まだ聞きたいことあった?」


「いや別に」


「また明日ね」


 まっいっかと名残惜しみながら手を振った。



「ユウくんおかえりー。

 ねる? やる? それとも私?」


 自室に入るなり、

 りぼんがどアップで接近してきた。


「3つとも同じ答えだよな」


「ピンポーン、大正解。

 だってずーっと寂しかったんだもん」


 頭が割れるように痛くなってきた。

 妃織、りぼんはお前が思っている以上に変態変人なんだ。


「ねえ、自宅警備員ってつまんないんだけど、

 明日からユウくんと一緒に学校いてもいい?」


 俺はりぼんの横をすり抜けて、

 バッグを机の上に置き椅子に腰を下ろした。


「ダメだ。

 りぼんが俺の部屋にいることによって、

 世界の平和が保たれるんだ」


「スケールが大きすぎるよ。

 こんな田舎だったら米粒程度の出来事に過ぎないんだから」


 ぶー、ぶーっとね始める。そして、


「ユウくんのクラスにも、

 この村から通ってる人いるでしょ。

 私が見たら何かしら思い出すかも知れないし。

 これはビッグチャンスよ」


はかりに変えてきやがって。

 今までそう言って何1つ記憶が蘇ってなかっただろ」


「やってみなくちゃわかんないじゃない。

 なんでやる前から諦めるの? 

 ユウくんらしくないよ」


 正直に申すと、

 俺の学校生活にりぼんが入ってくるだけで不安なんだ。

 チャンスよりもリスクのほうが上ってこと。

 手段としてはやる価値はある。

 ひょんなことから妃織と喜多見のことを思い出すか持って。

 そこから数珠つなぎでになって記憶が元に戻って……。


「残り20秒」


「こら待て! なんでタイムリミットあるんだよ」


 だがりぼんは、容赦なしにカウントダウンを始める。


「5・4・3・2」


「だめだ、りぼんを学校に行かせない」


「1・ゼロ。ブー、時間切れ」


「判決は下したはずだ」


「ごめん、数えるのに夢中になってた」


「すげえ集中力だな。

 さぞかし勉強がはかどるぞ。

 でもな、集中力が高すぎるってのも、

 生きていく上で命の危険にさらされることもあるんだぞ。

 例えば草食動物が草を食べているのに集中して、

 ライオンの気配に気づかずに、

 ガブリと食われてしまうってことだ」


「あっそ」


 俺の熱弁にあまり興味のない返事をするりぼん。


「わかった。我慢するからさぁ、

 ユウくんの通ってる学校、

 絶対連れて行ってね」


「ああ」


 珍しく引き際がいいな。

 すると部屋をノックする音が聞こえた。


「あにきー。入っていい?」


 正体は灯。


「ああ、いいよ」


「話し声が聞こえたんだけど」


「ちょうど、電話していたところだったんだ」


「あっそ。気でも狂ったのかと思った。

 壁を筒抜けて聞こえてくるの多かったから」


 灯の眉間のしわが一層深くなった。

 クレームを言いに来たのか、こいつは。


「わぁー、灯ちゃん。

 私とおそろいのセーラー服。

 これからは、りぼんお姉ちゃんって呼んでいいのよ」


 無邪気にもりぼんは、

 灯の頭をなで回す。

 もちろん俺は無視モードに入っているのでツッコミは不介入ふかいにゅう

 我が妹が悪霊に取り憑かれている瞬間。

 元を辿れば、

 俺がりぼんと出会ったきっかけを作ったのも、こいつなんだが。


「用件はそれだけか?」


「ううん、実はなんだけど……」


 尻つぼみになる灯の声。


「この展開ってもしかして、

 赤ちゃんできちゃったってやつじゃない!」


 頼むから黙っててくれねえかな。

 俺は椅子に座ったまま灯の口が開くのを待った。


「お願い、お金貸して! 

 1000円でも2000円でも3000円でもいいから」


 いきなり手を会わせて拝み始めた。


「こら、なんで金額がステップアップしていくんだよ。

 ふつう遠慮して1円でもいいからって言うのが筋だろ」


「1円借りたって消費税も払えないって。

 何年人間やってんだよ」


 反抗的だな、それが人に金を借りる態度か。


「その前に目的言えよ」


「この前の休みに友達とカラオケ行って、

 スッカラカーンになって生活できない」


「自業自得だ。灯に貸す金など1円もない」


「財布見せてよ」


「なんでだよ」


「1円以上入っていたら没収ね」


「アホか。ただ単に貸す金がないってことだよ」


「ひどーい。

 目の中に入れても痛くない可愛い妹にとる態度じゃないって。

 誰もちょうだいなんて言ってないのに。

 必ず返すから」


 ガキっぽく駄々をこね始める。

 見るに見かねたりぼんは、


「これはユウくんが悪い。

 兄妹助け合って生きていかなくちゃ」


 外野がうっとうしくなってきた。


「ちょっと待ってくれ」


 と、灯に言ってバッグからノートとシャーペンを出して、

「黙ってろ」と一言書いて突きだした。


「ちょっと、私がせっかくフォローしてあげているのに、

 その言い草はひどいよ」


 余計こじれてしまった。

 ここで俺は反省しなくてはいけない。

 無視するのが最善策だったことを。


「で、いくら持ってるの?」


 灯は少しドスの効いた声を鳴らした。


「いくら持っててもいいだろ」


「ここはゲームしない? 

 あたしがあにきの現時点の財布の中身を当てたら、

 半分貸してくれるって」


「嫌だ。俺に得はない。時間のムダだ」


「当たり前じゃない、こっちが不利なんだから」


 確かに俺のほうが有利だ。

 まあこれで灯が潔く諦めてもくれる話なら。


「乗ってやる」


 灯は「ラッキー」っと言ってニンマリと不気味に微笑む。


「これは絶対裏があるよ、勝負に挑んじゃダメ」


 横からりぼんが忠告する。

 でも男にはやらなくてはいけない時があるんだ。


「見るんじゃないぞ」


 俺はポケットから財布を出して、

 紙幣と硬貨を机上にばらまいた。

 1000円が2枚の500円が1枚、

 100円が4枚、50円が1枚、

 10円が2枚、5円はなく1円が3枚。

 計2973円。


「よし当ててみろ」


 自信満々に振り返る。


「んっとねぇ、2983円」


 一瞬心臓がビクンと跳ね上がった。

 だがすぐさま冷静さを取り戻す。


「残念だったな、正解は2973円だ」


「やったぁ、ニアピンじゃない」


「ニアピン賞などない。灯の負けだ。出ていけ」


「んなの正確に当てられるわけないじゃないのよ!」


「負けは負けだ。

 お兄ちゃん悲しいぞ。

 今から兄妹同士で金があーだ、こーだって揉めてることが。

 遺産相続になったら、

 裁判事になるんじゃないのかって?」


「っていうか、3000円近く持ってるんだったら、

 1000円くらい貸しても生活できるよね? 

 もし明日死んじゃったら、

 あの世に1円も持って行けないのよ。

 お金というものは使って回さないと、

 日本経済が成り立たないって知ってる?」


「そのセリフは金のないヤツが口にする言葉だ」


「あーいえば、こーいう。

 何度も言ってるけど貸してって言ってるの! 

 よこせって言ってるんじゃないから」


「都合のいいことほざいて、

 俺から踏み倒す気してるんだろ。

 よしわかった。

 借用書に書くなら貸してやる」


「なんで一筆書かなくちゃいけないのよ。

 そんなにあたしのこと信用してないの?」


「そういうヤツに限って返さないからだよ」


「うー!」灯は威嚇いかくするように目を吊り上げている。

 一方りぼんは俺の味方になったり灯側に付いたりと大忙し。


「あ、さっきニュースで観たんだけど、

 全国に偽札紛れ込んでいるらしいって。

 あにきのも怪しいからあたしが確認してあげる」


「そんなバレバレの今作ったウソなんか信用できるか! 

 金はビタ一文貸さん。出てけ」


「おねがーい、お兄ちゃん」


 急に甘い声を出して、灯は俺の右肩にすり寄ってきた。

「はあ、はあ、はあ」と色気ムンムンの息を吐く。


「やらん。出てけ」


 所詮、灯の色気落としなどに、俺が落ちるわけがない。


「もーらい!」


 すると机上にあった1000円札が灯の手のひらに。


「こら、返せ!」


「べーだ」


 俺は灯の頭上に正義のゲンコツを振り落とした。


「いったぁーい! 

 何すんのよ、このバカ勇太郎。

 スケベ、変態、イカ臭い」


 涙交じりに逃げて行ってしまった。


「こら、俺の1000円札」


 空しくも現金を握ったままに。


「……」


 ひとり呆然と立ち尽くす部屋の中。

 なぜだ、なぜなんだ。

 こっちは公約を果たしたはずなのに。


「お金に困ってるなら良案があるよ」


 肩に吹きかけるりぼんの声は優しかった。


「別に困ってない。結果に腑に落ちないだけだ」


「押し入れの天井に隠してある、

 エロコレクションを売れば済むことだよ」


「……」


ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

次話投稿の予定は、2月24日の21時の予定です。

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