第九話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
宮原さんと別れた俺たちは、
軽く昼食を済ませて頃合を測ったところで、
りぼんの家近くまで来ていた。
「なんかドキドキするね」
ギラギラに目を輝かせた、りぼんが言った。
「奇遇だな。別の意味で俺もドキドキするわ」
もちろん不安が99パーセント。
降水確率に変換すると傘が手放せないレベル。
そういえばアポ取ってなかったな。
ここまで来て留守だったら時間の無駄だし。
この前の手を使うか。
「おーい、りぼん。
先に行って誰かいるか、様子見てきてくれ」
「イヤ! 私たちの深い愛は誰にも束縛されないの」
俺の左腕にしがみつくように寄り添ってきた。
もちろん体温は感じないので、
美味しくないシチュエーション。
「留守だったら意味ないだろ」
「ううん、意味はあるの。
こうしてただ寄り添っているだけで、
ユウくんの暖かい愛を感じることができるから」
やはりアホみたいな展開になったか。
ここは指向を変えてみるとしよう。
「頼む、俺を愛しているなら見に行ってくれ」
「もう甘えん坊なんだから。逃げちゃダメだよ」
風に流されるように、りぼんは泳いでいく。
つくづく感じることがあるのだが、
なぜりぼんは俺に求愛してくるのかわからない。
ただの幼なじみというだけなのに。
俺よりもナイスな男はいるはずだ。
季節とミスマッチしているが、
女心と秋の空ってことか。
「ユウくーん」
呼び声と共にりぼんが、とんぼ返りをしてきた。
「どうだった?」
「この前のおばさんと一緒に、
白髪交じりのおじさんもいたよ。
なーんか縁側のところで、
ぶつぶつ独り言を語って気持ち悪かった」
「おばさんじゃなくてお母さんだろ。
それにおじさんじゃなくてお父さん。
自分の家族なんだから他人事見たく言うな」
「そうだった、
私の両親はユウくんにとっても両親だもんね」
ちょろっと赤い舌を出してお茶目に照れ笑いするりぼん。
ツッコミどころはあったが、敢えて触れなかった。
これで在宅ってことは把握できた。
にしても、りぼんの親父さんもいるのか。
精神的に会いづらいな。
「足が止まってるよ、早く行こ」
そして俺たちは土筆坂家の玄関前に来ていた。
「ここからは二手に別れよう。
俺はもう一度アルバム見せてもらうから、
りぼんは自分の部屋に行ってくれ」
「なんで?」
「記憶を掘り起こすためだ」
「勝手に覗いたら迷惑だよ」
「今更なに縮こまってんだよ!
俺の風呂もトイレも平気で乱入してきたくせに。
貴重なプライベートを返せ」
「ユウくんのオチンチン、
形が変わってたね」
「いいから早く行け! 気づかれちまうだろ」
下らねえことだけ憶えていやがって。
するとりぼんは「テレ屋さん」と投げ捨てて、
玄関の扉をすり抜けて行った。
俺はインターホンを鳴らす。
しまった!
どう言い訳してアルバムを見せてもらうか練っていなかった。
「はーい」と共に足音が迫ってくる。
しかも声の主は男性。
りぼんの親父さんだ。
「どなたですか?」
「すす、すみません、
あの、自分、土筆坂りぼんさんの幼なじみで、
登木という者ですけど、
もう一度アルバムを拝見させてもらおうかと……」
「君が勇太郎くんか。
家内から聞いているよ。
田宝村に戻ってきてくれたらしいね。どうぞ上がって」
「お邪魔します」
ホッと胸を撫で下ろすと、
身体中から湧き出る汗が引いてひんやりしてきた。
りぼんの情報通り、親父さんの髪はフサフサで白髪交じり。
襟付きのポロシャツに綿のズボン。
休日らしい格好をしている。
「すみません、お手数かけて」
案内されたのはこの前の和室。
「今、何か持って来てくるから楽にして」
優しそうな親父さんだった。
「いえ、お構いなく」
お言葉に甘えて座布団の上に腰を下ろす。
果たしてりぼんはうまくやっているだろうか。
こっちの目的としては、
アルバムの中に安嶋たち園芸部のメンバーが写っていればラッキー。
怪しまれることなく、
りぼんの情報が聞けるから。
「お待たせ、これでいいのかね?」
親父さんが持って来てくれたのは、
この前と同じ家族アルバム。
それとDVDかブルーレイっぽいディスクが1枚。
「お菓子とジュースは頼んでいるから」
「重ね重ねすみません。お構いなく」
徐にアルバムの表紙をめくる。
1枚目は赤ん坊りぼんが湯船に浸っているヌード写真。
そして目で追いながらページをめくる。
「……」
この空気、重いな。
俺の父さんと2人っきりでいるみたいだ。
耐えきれず、りぼんの親父さんをチラ見する。
頬の筋肉を解すように目を細めてこちらを伺っている。
視線が合ったのかすら見分けがつかない。
話題を振ってみるか。
「そのDVDはなんですか?」
「これか!
これはな、憶えているかな?
りぼんが勇太朗くんと庭で水浴びをしていた時に、
ビデオカメラをまわした映像なんだよ。
興味あるかい?」
触れてもらうのを待っていたのか。
一応目を通しておくか。
「是非お願いします」
「そうだろう、そうだろう。
今再生してあげるから」
親父さんはテーブル越しにある、
テレビとDVDデッキに電源を入れてリモコン操作をする。
年の割には手際がよい。
映像が流れる中、こっちのアルバムに集中した。
次のページからは小学校校門前のりぼんの姿が。
ピカピカの赤いランドセルをしょって、
カメラ目線でニッコリ笑う。
乳歯が抜けたところだろうか、
所々白い歯が欠けている。
「ユウくーん、まあだ?」
ビクンと肩が踊った。
左右を見渡すと、
それはテレビからの音声だった。
花柄の水着でビニールプールにホースを入れている幼きりぼん。
「みず、ながれてきたぁ?」
おかっぱで白ブリーフ1丁の男の子が登場。
もしかして俺?
「ちょろちょろ流れてきたよ。その姿でプール入るの?」
「うん、海パンないし」
するとりぼんは、
幼き俺のブリーフを両手で一気に下ろした。
「何すんだよ」
「パンツ濡れちゃうし、裸でも大丈夫。
近所の人こないから。
ねえー、父さん」
これ、俺に対する虐待じゃね。
「この頃のりぼんは、天使のように可愛かったなぁ」
親父さんはというと、涙腺を滲ませて喜んでいた。
ビデオに収めていたらカットしろよ。
なんで俺まで見なくちゃいけないんだよ。
「勇太郎くん、また来てくれてありがとうね」
遅れながらりぼんの母さんが、
トレイに黒いジュースとクッキーを並べて入ってきた。
そして俺の目先にジュースを置く。
シュワシュワと音が聞こえないので、
これはアイスコーヒーだろう。
「また押しかけてすみません。いただきます」
「ごゆっくり。
あらあなた、またご覧になっていましたの?」
「勇太郎くんが観たいらしくて」
「毎晩ご覧になると目の毒ですよ」
日課にしていたのかよ、それに毒って俺の裸?
「今日くらい、2回見てもいいじゃないか」
「そうですか、私は失礼します。
勇太朗くん、ごゆっくりしていってね」
丁寧に一礼するりぼんの母さんは、
出て行ってしまった。
テレビではフルチンの俺と、
りぼんが水遊びをしている映像が、
たんたんと流れている。
それを懐かしむりぼん父。
俺はアルバムのページを進める。
運動会、学芸会、クリスマス、お正月と、りぼんのピンナップばかり。
そして次のページをめくると真っ白。
この前と一緒で見落としてる部分を探してみたが、
安嶋たちの面影を掴むことはできなかった。
やはり小学校の卒アルを見せてもらうしかないのか。
「ユウくーん、終わった?」
「うわぁ、ビックリした」
りぼんが天井に吊されたように俺の正面に現れたので、
心臓が飛び出そうなくらいに悲鳴を上げてしまった。
「?」
りぼんの親父さんは、不思議そうにこちらを向く。
「いえ、何でもないです」
すると再びテレビ画面に釘付けになった。
客間でりぼんと話もできないので、
「すみません、トイレ貸してもらっていいですか?」
「はいぞうぞ」と軽く返事がきた。
場所教えてもらうと助かるんだが。
りぼんと話すための口実だからいっか。
席を外して廊下に出てふと立ち止まる。
「待ってよ」
案の定、りぼんが後ろを追いかけて来た。
左右を確認し小声で話す。
「何か思い出したか?」
「ううん」
りぼんのことなので、期待は薄かった。
質問を変えてみることに。
「アルバムとかはあったか?」
「本棚はあったよ。
もうさっきから質問してばっかり。
気になるんなら、ユウくんも来ればよかったのに」
ご機嫌ナナメにプイッとそっぽを向いてしまった。
「年頃の娘の部屋に入れないだろ」
「買い被りすぎ、私が許す」
「じゃあ許可取ってくるから」
キッチンで洗いものをしていた、
りぼんの母さんに許可を取り俺たちは2階へ。
「奥の部屋は物置だったよ」
りぼんのナビで3つ並んでいる手前のドアを開けた。
ここがりぼんの部屋か。
入って正面はガラス窓になっているが、
ピンクのカーテンで光が遮断されている。
右手側には木製のベッド、
左手奥には机、
その横には俺の身長くらいの本棚が並んでいた。
「ユウくん、ここが私たちの部屋だよ」
「いや、りぼん個人の部屋だ。俺を巻き込むではない」
それにしても、りぼんが失踪して1年が経ったはず。
部屋の片隅には埃が落ちておらず、
天井にも蜘蛛の巣が垂れ下がっていない。
りぼんの母さんが毎日とは言わず、
掃除をして娘の帰りを待っていたのだろう。
この聖域に俺が足を踏み入れてもいいのだろうか?
「ボケーっと魂が抜けたように立って。
もしかして女の子の部屋に入るの初めて?
ユウくんならいいよ、
初めてをアゲる。
もちろんこっちの初めても。
きゃっ、言っちゃった」
赤裸々に照れながら手で顔を隠す。
こいつには親心の微塵も感じないのか。
まあここで立ち止まっても時間のムダ。
まずは本棚を。
「悪いけど本棚見させてもらうから」
「ユウくんだったら、クローゼットも押し入れも見ていいよ」
そんなのあったか?
右側に目を配ると、
壁と一体化しているクローゼット、
その隣が押し入れになっていた。
「止めとく」
「反応が薄い、つまんなーい」
りぼんの服など興味がない。
俺は本棚に向かい、背表紙を追っていく。
上から半分が少女漫画。
徐々に視線を下げると参考書のコーナー。
珍しいな、ボケてるようなりぼんだけど、
記憶が戻ったら宮原さんみたいなガリ勉タイプだったりして。
「お、あった」
1番下の段の左側に田宝小学校卒業アルバムの文字。
ためらいもなく抜き取ると、
灰色のカバーケースに重ね糸の表紙。
「見てもいいか?」
所有者に一応許可を申す。
「私のスカートの中?」
「アホか! アルバムだよ」
「うん、いいよ」
カバーケースを外して机の上に置き、
アルバムを見開いた。
ぺらりぺらりとめくっていく。
組別の集合写真に当たった。
おっ、安嶋は6年のとき1組だったのかよ。
ちょうどセンターに立ってニッコリと笑っている。
トレードマークのいがぐり頭と名前を照らし合わせても、
今とさほど容姿は変わっていない。
他の3人は別クラスか。
次のページをめくる。
すると妃織と佐俣とりぼんを発見。
妃織は左端で黒ショート。
ウェブがかかっているので、パーマをかけているのかもしれない。
佐俣はその列の1番右側でメガネをしていない。
中学になってアホが発覚したから、メガネをかけたのだろうか?
そしてりぼんは、今よりも髪が短くヘアバンドをしていない。
上段の1番右側。妃織の後ろに当たる。
そして3組へ。
やはり見慣れない顔と名前。
この組には喜多見はいなかった。
次のページをめくると、
遠足やら運動会のイベント写真に切り替わっていた。
あれ、いないぞ?
見間違いと悟りページを戻す。
その日に欠席となっても、
左側に丸写真で貼られるはずなんだが。
「え? ユウくん載ってないの?」
「いや、俺は小学校に進級する前に、
転校したからいないのは当たり前だ。
ちょっと知っている女子が見当たらないんだ」
「誰?」
「今のりぼんに言ってもしょうがないだろ」
「念のため聞いておく」
「喜多見だよ。喜多見渚」
「サイテー、
私と付き合ってるのに、他の女に手を出すつもりだったの!」
「俺はりぼんと付き合ってなーい!
何度も言わせるな」
喜多見のことは置いといて、
アルバムのページをめくり始めた。
これといってりぼんの友達になりそうな1枚はなかった。
やはり卒アルで見つけるのは難しいか。
次はクラブ活動の写真。
週一で好きなクラブに入るあれか。
りぼんはっと……。
ジグソーパズル部の写真に入っていた。
これは? 隣には妃織の姿。
ってことは、りぼんと妃織には接点がある。
同クラスと認識して、もしかと感じたが。
ひょっとして佐俣も。
「珍しいのあった?」
右肩越しにりぼんが覗く。
「一応りぼんと接点がある人物に辿り着いたんだ。
ここまで来るのに苦悩の連続だったよ」
「誰?」
「誰でもいいだろ」
どうせ同じことしか言わないくせに。
「私の記憶、復活するかもしれないでしょ」
「ったく、若槻妃織ってやつだよ」
「ユウくんサイテー。
私と付き合ってるのに、
他の女に手を出すつもりだったの!」
「オウムかよ。同じことを繰り返すんじゃない!」
まあさておき、
りぼんの友人に対する情報がもっとほしいな。
もしかしたら妃織とりぼんの関係が、
中学になった途端に崩れてる可能性も高いし。
ぱたんとアルバムを閉じて、
カバーケースをかけて本棚に戻す。
次に自然と目が動いたのは机。
机の上には何も置いていなかった。
「引き出し、開けていいか?」
「いいよ。あ、もしかしてエロDVDとか期待してる?」
「今まで行動を共にしてきて、
その感想はおかしくないか?」
「じゃあ貯金通帳?」
「学生のりぼんが、
コツコツ自己管理してるわけねえだろ」
「愛するユウくんとの再会のために、
お年玉貯めていたかもしれないし。
だって将来結婚とか出産とかで出費が重なるよね。
ユウくんが就職した会社がいきなり倒産して、
私たちが路頭に迷っても、
繋げるくらいのお金は常に管理しておかないと」
「……すげえな、そこまで生活プラン立ててるのか」
「エヘヘ、よくできた妻でしょう」
「褒めてねえよ」
耳にタコができるくらいウザかったので、
1発釘を刺しておいた。
机の引き出しは中央の1箇所だけ。
学習机みたく右下に3段積まれてはない。
スライドさせてもらうと、
ハサミやらホッチキスやら蛍光ペンやらで文房具だらけ。
ケータイは……あるわけないか。
すると写真が2枚裏になって入っていた。
これは? 手に取ってみる。
そこには大きな鳥居の下で、
りぼんと妃織と喜多見のスリーショット。
来たぁ、来たよこれ。
間違いない。妃織と喜多見はりぼんの親友。
きっとこの写真は修学旅行のものらしい。
引率の先生が撮ったものを掲示して、
欲しい番号を生徒が買うやつ。
どれもう1枚は?
「……」
もう1枚は夕食を食べているときの写真。
あずき色のジャージ姿のりぼんが、
カメラ目線でピースサインを送っていた。
なぜだか知らないが、
この写真を見ているだけで、
火にあぶりたくなってしまう感情が芽生えた。
「この写真私だよね?
隣の2人は見覚えないんだけど。
もしかして幽霊とか」
1枚目の写真をりぼんがまじまじと眺める。
幽霊に幽霊って言われたくないわな。
これで目的は果たせた。
後はりぼんの母さんに遊びに来ていた友人関係を尋ねて、
明日妃織と喜多見にそれとなく聞くだけ。
「机の引き出しに本が1冊だけ入ってるよ?」
「ん?」
手にとって表紙を見ると、
ダイアリーと記載されてあった。
「日記か、興味ない」
「一応目を通すべきだよ。
何かの事件が書かれているかもしれないよ」
無造作に入れてあるってことは、
りぼんの失踪後に両親が目を通してあるはずなんだが。
「確認しておくか」
日記の表紙をめくる。
『1月1日。今日から 日記を書きます。
なんとお父さんからお年玉3000円もらったのです。
三箇日が明けたら、
妃織ちゃんと渚ちゃんとショッピングに行きます』
……おい、経済的なりぼんはどこに行ったんだ?
まあ正月だし、
ハイテンションになるのも無理はないか。
次のページはっと。
真っ白だった。
「あのう、りぼんさん。
三日坊主ならず、一日ナマケモノなんですけど」
ハイスピードでページを滑らせるが、
新品のように何も書いていない。
「きっと次の日に事件に巻き込まれたんだね」
うんうんと自分自身の発言に納得するりぼん。
失踪したのは春休み。
俺だけではなく、
この日記に目を通した人は呆れて、さじを投げたんだな。
無言で日記を閉じて元に戻すとりぼんが、
「調べ物はおしまい?」
「まあな」
「もっと探ってみようよ。
思わぬところに手がかりがあるかもしれないよ」
「これ以上ガサ入れすると、
泥棒と勘違いされるし。
収納とか苦手なんだよな」
「私の部屋調べるチャンスなんて滅多にないんだよ。
時間もあるし、この際だから徹底的にやろうよ」
確かに一理ある。
捜査につまずくたびに、
部屋を調べさせてくださいなんて、
申し出ると返って怪しまれる。
「そこまで念を押すなら、目を通しておくか」
あと調べるところは、押し入れとクローゼットの中か。
「りぼん、先に押し入れの中見てきてくれ」
「私開けられないよ」
「顔だけ突っ込むことできるだろ。
その後に開けてみるから」
「んー、わかった」
四つん這いになり、
首だけを押し入れの襖の中に入れる。
実に不気味な光景だった。
「んーとね、下は段ボールがいっぱいあったよ」
恐らく夏物の服の可能性が高いな。
「次、上段」
りぼんはそのまま立ち上がった。
反対側から見ればイリュージョンが見物できたかもしれない。
「扇風機とファンヒーターあるだけ。あとは空洞」
「ご苦労、よし引き上げるか」
「この中は見ないの?」
クローゼットを指差す。
「どうせ当時、着ていた服だろ。参考にもならない」
「開けてみようよ、盲点があるといけないでしょ」
「じゃあ、首を突っ込んでみてくれ」
「ヤダよ、ユウくんが手で開ければ済むことでしょ。
いちいち人のことをアゴでこき使わないの」
生意気に反抗しやがって。
ここで言い争ってもムダなので、
しぶしぶクローゼットを開けた。
案の定、ピンクのワンピースやら、
ひらひらの白スカート、
キャメル色のダッフルコート、
フード付きパーカーなど、
ハンガーで吊されているだけであった。
「ほら、言ったとおりだろ」
「下の引き出しは?」
「引き出しって、
そ、そ、それは靴下とか入ってんじゃねえの」
「呂律が回ってないけど。
とにかく開けてみようよ、これが最後なんだからさぁ」
息がかかるくらいの距離まで、りぼんが迫ってきた。
この流れから予想すれば、
絶対下着が入ってるに決まってんだろ。
「もしかして盗聴器が仕込んであるかもしれないよ」
俺の心臓がバクバクと加速度を上げた。
確かに可能性はゼロではない。
もしあったとしたら俺の声はだだ漏れ。
よしここは、
「りぼん、お前のターンだ。開けろ」
「私は開けられないってば」
「そっか、じゃあ頭を突っ込んで……」
「だから暗くて見にくいの。
命令するよりユウくんが自分でやったほうが早いって」
しぶといヤツめ。
「わかったよ」
俺は引き出しに手を添えてゆっくり引いた。
「きゃっ、これって」
りぼんが子犬のような甲高い悲鳴をこぼす。
予想していた通りのものが出没していた。
りぼんのブラジャー。
色は左から白、白、ピンク。
赤や黒、紫など派手な色はない。
「意外に冷静だね」
「ある程度は予想していた。
ひょっとして俺のことハメたのか?」
「人聞きが悪いって。知らなかったんだもん」
ハッと肩を弾ませて、
俺からの目線をわざとらしく反らした。
「これで気がすんだろ、帰るぞ」
「下の段は確認しないの?」
「見るかボケ、
ブラジャーの下の引き出しって何となく予想つかないか」
「たまごっち」
「なんで、たまごっちなんだよ!」
「私は別に見なくてもいいんだけど」
「俺だっていいよ」
「本当に?」
見上げるような視線でりぼんが迫ってきた。
口角を上げてどことなく誘惑している。
「当たり前だろ。りぼんのパンツに興味がない」
「パンツなんて一言も言ってないよ」
「ぐっ……」
いちいち突っかかってくるヤツだな。
「ユウくんの顔、真っ赤っか。
オマケに変な汗も噴き出ている」
「いい加減にしろ、帰るぞ」
「ぶー」
その時だった。
「勇太郎くん、実はもう1枚秘蔵のがあるけど一緒に……」
開けっ放しのドアから左半身だけ、
りぼんの親父さんが身を乗り出してきた。
「あっ……。これは……」
ブラジャーの引き出しに手を添えて固まる俺。
この状況は実にまずい。
なぜならりぼんの存在は親父さんには見えてない。
かみ砕いて言うと、
俺がひとり部屋でブラジャーを観察しているのと同じ。
最悪は物色している1歩手前。
俺と親父さんは数秒間見つめ合った。
否定しなくてはいけない。
だが言葉が出ない。
代わりに汗が出る。
「ゆ、勇太郎くん?」
親父さんの震える呼び声で俺の金縛りが解けた。
「これはですね、その、あの……。おい、りぼん!」
咄嗟にタブーを口走ってしまった。
口の中はマラソンを完走した後のように、
唾液がカラカラの枯渇状態。
「くー、くー」
りぼんは無反応に目を閉じて、
わざとらしくいびきをかく。
「寝てんじゃねえよ」
「勇太朗くん?」
再び親父さんの呼び声。
目玉が飛び出るほどビックリしている。
「あ、その、俺何も盗んでませんから、失礼します」
部屋を飛び出して1階へ降りて、
玄関で靴を履いてロケットダッシュ。
ワケのわからない方向へ、
100メートルくらい走ったところで息切れをして止まった。
「待ってよー」
後ろからりぼんが悠長に飛んでくる。
「りーぼーん!」
拳を掲げて威嚇する。
「タイムだってば。
ユウくんは悪くないよ。
年頃の娘を部屋にノックなしで入ってくるのが失礼なんだよ。
最近の親は空気読んでくれないから困っちゃうよね」
「なんでたぬき寝入りした?」
「春もうたたかな木漏れ日に誘われし、ついウトウトと……」
「嘘つけこのヤロー。
俺がピンチの状態になるのを楽しんでいたからだろ!」
「ごめーん。だってしっかり者のユウくんが、
動揺する姿ってなかなかお目にかかれなくて」
チョロッとヘビのように舌を出して頭を下げるりぼん。
本来ならゲンコツを喰らわしていたところ。
幽霊ってこういう時に便利だよな。
「どうすんだよ!
聞いておこうとしていたのあったのに、
出禁じゃねえか」
「でめきん?」
「でめきんじゃねえよ、出禁だよ。
出入禁止の略」
「友人関係の目星済んだんでしょ?
他にあるの?」
「写真だけじゃ信憑性が欠けるだろ。
一応りぼんのお母さんに、
家に遊びに来ているヤツとか聞いておきたかったんだよ」
「私のお母さんには、
下着泥棒の件はバレてないよ」
「誰が下着泥棒だ、このヤロー。
あんな貧相なブラジャーには興味ない」
「鼻の下、デレーっと伸ばして、
まじまじと見ていたのだれだっけ?」
一直線に目を細め、
疑いをかけるように横目で流してきた。
「微塵もあるわけないだろ」
「そう? 結構プロポーションに自信あるんだけどな」
残念そうに自分の両胸をしたから掴み、
こねるように回しはじめる。
ヤバい、下半身に血が流血してきた。
「あれれ? 息が荒いよ。それに顔真っ赤」
「走ってきたから息が整わないんだよ」
「ふーん」
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話投稿の予定は2月17日の予定です。





