31日
「やっぱりここにいた。」
20時、町はすっかりハロウィン一色に染まっていた。しかし、広場に出ている人々は例年より多くなっていることだろう。昨日俺がマジシャンF×Mとして発信した動画は一晩でSNSで拡散されたり、急上昇した動画として取り上げられるなどして、再生回数は50万回を超えた。俺はアカウントの通知は切っているので、うるさくはないが、そのコメント欄での議論は様々だ。出来る出来ないにかかわらず、今まではただのボランティアとして町の至る所で簡単なショーをやっていただけに過ぎないマジシャンがいきなり町全体を巻き込むマジックをいきなり発表したのだ。混乱するのも無理はなかった。
そして、そんな意味も無い議論がSNS上で未だに繰り広げられている中、俺は幼い頃に少女と来て以来の公園に来ていた。彼女は月をバックに、フェンスにもたれかかり空に手をかざしながら星を眺めていた。月光に照らされた黒い髪、あれをなんて言うんだっけ。その言い方は濡烏。美しく輝く黒色の象徴。月明かりしかない森の闇の中で確かに、その濡烏の髪はひときわ目立っていた。
「長らく待たせちゃったね、真花流歌。」
「やっと思い出したのね。君はずっと忘れているものかと思っていた。」
彼女はフェンスから飛ぶようにして勢いよく飛び降り、俺の元へ歩いてくる。
「覚えているさ、あんなこと一生で一度あるかないかの体験だからね。」
「あんなことっていうのは昔のこと?それとも今年の今までのこと?」
あんないじらしい表情、出来るのは彼女くらいだ。昔も俺がマジックをやった後、種明かしを見事に披露されて、「凄いでしょ?」と聞いてきた表情も全く同じだった。それを見て、やはり俺が昔ここで会ったのは彼女なんだと実感する。
「両方だよ。本当にしてやられたよ。」
「それで、私に会いに来たってことは分かったの?あのマジックのタネ。」
「ああ、といっても説明は出来ないよ。俺にとっては何が起こってるのか分からないしね。ずっと信じていなかったけど、いい加減認めよう。魔女の力を。あのトランプのマジックは何にも難しいことはなかった。ただ、俺の言ったカードを一番上のカードに幻を見せる魔法で見せただけだろ?君が今年、俺の家に幻の魔術を使って子供になりすまして上がり込んでケーキを食べたように。」
流歌は吹き出しながら笑い、目尻に涙を浮かべながら指でその雫をすくった。
「そんなに何がおかしいんだ?どこか間違っていたか?」
「いや、そんなことないんだけど、変わってないなーと思ってね。いいじゃん、少しくらい騙されてもいいかなと思っていても。それくらいの心を持っていかないとこれからはやっていけないよ、君。昔からそうだけど、本当にタネを知りたがり屋さんだね。私は今の澄ました顔より、タネが分からなくて葛藤しながらも分かろうと足掻いている君の顔の方が好きだったけどね。あと、騙されたときの顔も。」
最初は感慨深そうな声音だった、がやはり流歌は流歌。結局最後、口から出てくるのはからかいの言葉だ。少しカチンと来た。いつもは抑えられるささやかな怒りなのに、つい余計な事を口走ってしまう。それは相手が流歌だから。初恋の相手だから。初めて本音で話し合えた相手だから。
「うるさいな。..........なあ、流歌。俺を騙すのはいいとしても、自分を騙すのはやめないか、流歌の家族のこと。」
言ってしまった。絶対に触れてはいけないと思っていた、分かっていたのに、脳では心では理解しているのに。体が言うことを聞かなかった。
流歌の表情が徐々に曇り、俯く。ちょうど月が雲に隠れ表情が読めなくなるが、どんな表情をしているかなんて誰でも分かる。
「やめて......やめて.......それ以上言わないで。お父さんもお母さんも生きてるの。三人で仲良く暮らすのずっと、ずっと。」
膝から崩れ落ち、顔を手で押さえて肩を大きく揺らしていた。
「なあ、流歌。お前死のうとしてるだろ?あの書斎の本をあらかた読んだ。昔の魔法がよく分からないけど暴発しようとしているんだろ?それでお前はその術式を発動させないといけいないが、そうすればこのご時世誰にだって見つかる。そうすれば国に捕まっ.....
パチンッッッ!
不意に俺の頬に強烈な痛みが走る。彼女の心の痛みが直に伝わってくる。
「もうそれ以上言わないで!私はいいの。もういやなの、一人は。それに生きている理由ももうなくなった。大好きなこの町を救って、早くお母さんとお父さんに会えるならいいと思えたの。だからもうこれ以上やめて!」
彼女に出せる精一杯の絶叫なのだろう。その声は悲しみで溢れ、触れただけでボロボロと崩れ落ちてしまいそうな脆さもはらんでいた。
「何で君が泣いているのよ......。家族を失ってずっと孤独だった私の気持ちが分かる?理解してほしくないし、理解されたくない!」
「ああ、そうだよ。俺は親を亡くしたことなんかないから理解出来ねえよ!でも悲しいもんは悲しいんだよ、泣かせろよ!だって、俺が十数年間、ずっと会えないのに我慢だけして、片思いし続けた奴にようやく再開できたのに、そいつが今ここで死ぬって言ってるんだぞ。これ以上悲しいシナリオってないだろ。」
「なんで?片思い?私達まだ一回しかあってないし、そんな昔のこと忘れているのがほとんどよ。普通はその時に恋しても気持ちだっていくらでも変わるし.....。」
「俺が普通じゃなかったんだろ、きっと。でも、あの時のお前は俺にとってヒーローだった。俺を外の世界に連れ出してくれた。俺のマジックを褒めてくれた。俺に分かり合える人がいることの大切さを教えてくれた。数えたら切りがねえ。昔、俺はお前に救われたんだ。だから、今度は俺がお前を救ってやる。お前が生きる理由がないって言うなら俺がその理由になってやる。」
「生意気、ほんとに生意気!凌二のくせに。最後の言葉なんかすごくくさいし、最悪!」
そう言いながら俺の胸を両手で叩いてくるが、そこには最早、力はこもっていなかった。
「.......でも、少しはかっこよかったかも。
それで、どうやって救ってくれるの?何も策なしに言ったわけじゃないわよね?」
それから限られた時間だったが、作戦会議がはじまった。
23時55分。マジシャンF×Mのアカウントで生配信がいきなり開始される。
南掛市では町中でスマホを片手に動画投稿サイトを見ながらのハロウィンを楽しんでいる人がほとんどだった。
「それでは、南掛市のみなさん。心の準備は出来ましたでしょうか。心臓の弱い方は家の外に出ないことと、外を見ないことををおすすめします。これから起こりますのは、タネも仕掛けもない魔法ですから。これより、マジシャンF×Mのマジックショーの開催でございます。」
一礼の後にパチンッと指を鳴らすと予定通り、町中の電気が消える。やり方は簡単。市の電気会社の職員にお金を渡し、決められた時間に電気を流したり、止めたりして貰うだけだ。
「今宵、みなさまに見ていただくのはこの町のハロウィンの7不思議のうちの4つにございます。まずは4を体験していただきましょう。」
指を鳴らすと、町中の電気が不安定に点いたり、消えたりしていた。そして、ふいにぷつんと町中の電気が消える。
「そして、エキストラのみなさま出番でございます。私が指を鳴らすと同時にお持ちのライトを点け、この町で大きな魔方陣を描きましょう。それがトリガーとなり、七不思議の3と6を引き起こします。同時に起こりますが、気をつけてくださいね。魔女やジャックオーランタンは空に現れます。また、6の時間はこの町の時間が10秒ほど止まりますが、時計台は南掛市にはありますがこの町の魔方陣の中にはぎりぎり入っていません。時計台の鐘が5回しかならないはずです。まあ、この町のシンボルの時計をずらすことは許されないですからね。
ではみなさま、時計台の時間が11時59分になりました。
流歌との作戦会議を思い出す。彼女に出来る魔法は幻を見せることとあの地面に置かれた魔法陣を発動させて時間を止めること。そして、魔方陣がばれないように徹底的に人の目を別の方向にいかせなければならない。視線誘導、マジシャンの十八番だ。
流歌の幻で、いくらでも空に魔女やジャックオーランタンの幻は作れるらしいので、それと時計に注目を一斉に集めれば下の魔方陣を見る人はほとんどいない。また、その瞬間に町の電気を点ければ、下から来る光は目立たなくなるし、上から見る人や中継を見る人も町の明かりとその上に立って魔方陣を描いている人々に紛れて完璧に隠れる。もし、見た人がいたとしても、都市伝説のような話で終わるだろう。
「まさかここまで計画が大がかりだとは思わなかったけど。騙し(マジック)と魔法の融合、何だか素敵だね。」
「絶対にばれないようにしないといけないんだ。そのためには町中を、世界中を騙さないと。」
「ねえ、いきなりなんだけど、マジックと詐欺の違いってなんだと思う?君なりの答えで構わないから。」
「そんなの簡単でしょ。最後に相手が笑っているか、泣いてるかだよ。そもそも、マジックってのは相手を完璧に把握して、誘導して、騙して最後には笑わせなければならない。そのためにはマジシャンは全力で演技しなければならないし、命をかけなければならない。」
「なるほどね。ねえ、この計画が終わったら私のこと教えてあげる。そして君の気持ちが変わらなかったらもう一度私に告白してよ。その時に死ぬ決心が揺らいでいたら君のこと考えてあげてもいいよ。」
「変わらないよ。あと、そこはOKしてくれるんじゃないの?」
「どうかな~。そこは君の頑張り次第じゃないかな。」
昔のように心の奥まで覗き込むような視線。もうそれも嫌じゃない。だって、俺は全てを話したから。今なら逆にその綺麗な紫の瞳を逆に見つめ返すことだって出来る。
「はは、手厳しいね。こりゃ今回はいつも以上に失敗は許されないね。」
ではみなさま、時計台の時間が11時59分になりました。
心や機具の準備をお願いします。....5.......4......3......2.....1......ゼロ。」
指を鳴らす。時計台の針は長針と短針が重なり、町中の電気が一斉に点きすぐに消える。すると、空には至る所に魔女やジャックオーランタンが浮かんでいる。上空からは綺麗な魔方陣が描かれているのが分かり、鐘がすぐに鳴り始める。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
確かに5回。時計台の針が0時1分を差し、花火が打ち上がる。
「みなさん。今宵のハロウィン楽しんでいただけたでしょうか?これにて、私のマジックショーは閉幕となります。ご協力された方本当にありがとうございました。またいずれお会いできること願って。では。」
無事、この町を巻き込んだマジックショーは成功。コメント欄も凄いとか、おめでとうのメッセージでいっぱいだ。
しかし、俺には違和感が拭えなかった。なぜだろう。何かを見落としいる気がする。
「マジックショーの成功おめでとう、凌二君。成功したのにとっても訝しげな顔してるね。ご褒美に君の違和感の正体を教えてあげる。」
公園から配信していた俺の後ろから聞こえるのはもちろん、流歌の声だが妙にさっきまでとは違い落ち着き払った声だ。
「君が感じている違和感はなぜ私達の山のあるところまで時間が止められているのかってことでしょ?魔方陣は町の部分だけで、この山には掠りもしていないのに。答えは単純だよ。そもそもあの時計台は五回しか鳴っていないんだよ。」
「........どういうこと?何言ってるんだよ。」
正直、頭が追いつかなくて流歌の言っていることが全く理解出来なかった。
「君はマジックのタネが分からないままは嫌な人だったよね?だったら、教えてあげる。私達に隠された全てのタネを。
まず、君は私を魔女と思っているらしいけど、私は魔法でトランプのカードを書き換えたり、魔女やジャックオーランタンを飛ばしたりはしてない。」
「君は魔女じゃなかったのか!?だって、それじゃあ、その二つはどうやってやったんだよ?」
俺は矢継ぎ早に質問を返す。依然として流歌は余裕を保っている。
「トランプは昔のことで覚えてるか分からないけど、君の好きなカードを君のお母さんから聞いていたんだ。それで、わざと君の技を失敗させて、カードを床に散らばらせたときにジョーカーのシールをスペードの12に貼ったんだ。それで後は返すときにそのカードが裏で一番上になるようにするだけ。そして、君が夜景に気を取られたときにそのシールを剥がせば、あたかも手に持っていたカードが変わったように見えるわけ。
次は魔女やジャックオーランタン。あれは本当に簡単。大きな建物3カ所から魔女やジャックオーランタンの道具を引っ張ったり緩めたりして動かすだけ。暗いし、時計台とかにも気を取れているから気付かれにくいしね。
後は何だろう?」
指を頬に当てて、考える素振りを見せているが、彼女のことだからきっとそれだって考えなくても分かっているだろう。
「じゃあ、時計台は?」
「あれはちょっとずるしたけど、ハッキングさせて貰っちゃった。」
「はあっっ!?でもあれって確かセキュリティもかなり頑丈に作られていて熟練者がやっても難しいんじゃ。」
「確かに直接じゃ、かじった程度の私には難しいけど市のパソコンからなら話は別。あの時計台は誤作動を起こした時用に市のパソコンからも動かせる。だから、市のパソコンに入り込んでそこから操作するのは簡単なの11月1日になった瞬間に10秒時計を進めることをあらかじめ設定しておけば見事魔法の完成ってわけ。
あと、私の家を出たら近所のおばさんに会わなかった?」
「なんで流歌がそんなことを知ってるの?」
「あれ私のお母さん。」
あの時、あの人はおかあさんと呼べと言っていた。それに彼女が全て計画していたとしたらその家族も知らないなんてことはありえない。全て仕組まれていたのだ。何もかも。
「ということはあの書斎の本も....。」
「そう。おかしいと思わなかった?君の計画は本棚の本ではなく、机の上にある本とあの台座の上にある本だけで立てられたはずよ。それ以外は他の言語の本とか全く関係のない本だしね。あの本とかはそれっぽく見えたでしょ?」
全く下手に凝ってたから、全く気が付かなかったじゃないか。
「全て君の思い通りだったってことか......本当にすごいね。完璧に騙された。」
「マジックってのは相手を完璧に把握して、誘導して、騙して最後には笑わせなければならない。そのためにはマジシャンは全力で演技しなければならないし、命をかけなければならない。私の尊敬するマジシャンがさっき言っていた言葉よ。私はこの日のためにプログラミングも勉強したし、バイトだってたくさんしたわ。全ては.......ううん、なんでもない。」
そう。あの日、私は魔法使いに出会った。彼は巧みな手さばきでトランプを自由に扱って、視線を誘導し、完璧に騙された。私もマジックをやりたかったが、彼のようには出来なかった。そのタネを知っているので、なんとか対抗心でタネを見破っているふりをしたが、それは知っているだけで、真似ることは決して出来ない。その姿は何よりも輝いて見え、私にとっての憧れだった。
それからも一緒にいることは出来た。でも、それはきっと私の方を向いてるのは一瞬できっとすぐどこか別の方向を向いてしまう。だから、彼に見合う努力と一生私に顔を向かせる今回のマジックが必要だった。面倒くさい女だなだとは自分でも思う。でも、そうでもしなければ君に顔を向かせることどころか、振り返って貰うことも出来ないから。
全ては君のため。そんなこと言ってやんない。絶対に告白させて、それで私からいいよって言ってやるんだ。
「私に対する気持ちは変わった?」
「ああ、完璧に変わったよ。」
余裕を保っていた流歌の表情が少し崩れた気がしたが、そんなことはどうでも良くなるほどに俺の心は驚きと興奮に満ちていた。こんなにも騙されて満ち足りた気持ちは流歌とのトランプのマジックぶりだ。それに今回はちゃんと答えが付いている。
「君のことは少し油断ならないなとは思っていたけど、これはかなり油断ならないと見た。ねえ、ちゃんと聞いていてね、流歌。僕と結婚してくれますか?」
「.........ん!?け、結婚!?」
二人の頬が最高に赤くなり、お互い顔が見れなくなる。
「あ!ごめん。なんか一段階早かったみたい。」
「「ぷっはははははははっっっ!」」
同時に二人とも笑いが吹き出してしまった。静かな森の中で二人の笑い声だけが響き渡る。11月の夜。もう寒さで普段は凍え死にそうなのに、今日はなぜだか温かく感じた。
「君、流石にそれは唐突すぎだって。ねえ、ハロウィンは終わっちゃったけど、私達の出会いって覚えてる?」
「「トリック オア トリート!」って言って君が勢いよく家に入ってきたときだろ?」
「そうそう。」
しんみりした雰囲気で会話が途切れてしまう。ついに言うときが来た。相手に告白はさせた。後はずっと言いたかったこの言葉を言うだけ。私達の出会いの最初の言葉、あの時と言葉は一字一句おなじでも意味は違う。果たして彼は分かってくれるだろうか。心配だけがもやもやと心に残る。
「トリック オア トリート。」
乾いた空気の中、しっとりとした流歌の声が凌二に届く。
「いたずらされるのは嫌だね。」
言わなければ、良かったと後悔する。だいたいこんなこと意味なんて決まっていて察してくれる方が少ないだろう。
「ごめん、今のはちがっ「でも!いたずらされるのが嫌だったら、君を幸せにするしかないよね?」
頬を冷たいものがスーッと流れていく。それは止まることを知らず、溢れるようにただひたすら川のように流れてくる。
「ありがとう。分かってくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。この言葉を言わせてくれてありがとう。.........本当にありがとう。」
その後はただひたすら私は泣きじゃくり、ずっとその隣には凌二がいてくれた。
「早くしないと、行っちゃうわよ。凌二ー!」
「ちょっと待って早いよ!流歌。」
森の公園から二人が抜けると、突如ベンチや遊具が消えた。まるで幻だったように。そもそも森の公園と呼ぶのがいけなかったのかも知れない。言い方を変えよう。公園に見えていた空き地が元の姿の空き地に戻った。
「君はいつ私が魔女であることに気がつけるかな?ヒントはまだ残ってるから頑張ってね、凌二君。」
凌二にぎりぎり聞こえないような声量。
二人は暗闇の森の中を下り、ハロウィンの町に解け込んでいった。
お読みいただきありがとうございました。
今回のテーマはタイトル通りですが、ハロウィンです。思いついたのは10月に入るまでですが、全くと言っていいほどシナリオが固まらず、全く途中まで話が固まりませんでした。普段は吞気に書く私ですが、初めて間に合うように焦りながら書きました笑
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こちらの方の小説もよろしくお願いします。