30日
「寒いな。」
凌二は起きると、いつもの朝とは違う見慣れない光景が目の前に広がる。本を決して読まないわけではないが、別に読書好きというわけではないため、これほどの本に囲まれて起きたのは図書委員の仕事中に居眠りして起きたとき以来だろう。
結局、昨日はこの部屋で本を読み漁りながら、寝てしまった。マジック以外にこれほど興味を引かれて本に釘付けにされたことはないだろう。あちこち本を探していては時間がかかってしまうので、本の数が少ない順で、とりあえず読むなと言われた台座の本から机に置かれている本、床に置かれている本、そして本棚の本の順に読もうとしたが、不思議なことに知りたいことは机に置かれている本をあらかた読んだところで事足りた|。というよりは、他は英語ならまだ良いが、多分スペイン語やアラビア語などすぐには読めない本ばかりだったので、どうしようもない。
あの少女が直接魔女の家系に入っているかは本には書かれていなかったが、この屋敷に住んでいるということはそう断定して良いだろう。台座の本に書かれていることは、この町の魔女に関する歴史のことだった。
その歴史はあまりにも皮肉すぎた。不謹慎すぎることは重々承知で。
南掛市には昔はかなりの魔女が住んでいたそうで、静かに暮らしていたそうだが、戦争時に政府は戦争の苦しみを魔女による天候の操作や運の操作によるものだとして、責任を押しつけ、30日に昔で言う魔女狩りを行おうとしていた。だから、魔女達はついに魔法でその圧力に立ち向かった。
その魔法は町全体に巨大な魔方陣を施し、魔女の魔力によって、町を異空間に飛ばしておき、あらかじめ設定した時間になると異空間の町がそのまま戻るというもの。その間に現実世界の町で何が起ころうと関係なく、全ては異空間に飛ばされている町の情報が優先される。それは死や天災、戦争などもっての外。悉くを超越して現実世界の影響を無にする禁忌の術式だった。簡単に言えばその日、全国の魔女のいる集落は全てこの世から姿を消していた。そして、それがたまたま南掛市のアメリカ軍の空襲と重なって有名になってしまった。政府は魔女狩りを行おうとしていたなんていうことは公表できるはずもなく、奇妙な「南掛市の幻のハロウィン」の記録だけが残ってしまったのだという。
そして、あの少女がこの本を読ませたくなかったのは、この事実だけじゃなかった。この町には、巨大な魔方陣が地面に隠されていて、日に日にその魔力を蓄えているが、それが集まりすぎてここ2~3年の内に暴発してしまう可能性があるらしい。しかし、魔方陣の存在がばれれば魔女の存在がばれてしまう。捕まれば、このご時世だ。科学者による人体実験や非人道的な扱いが待っているだろう。
「魔女のことは分かったけど、やっぱり曖昧に書かれていることも多いしあの少女に話して貰うのが一番早いよな。」
分かっていたことではあるが、それが今の最優先だ。スマホで時間を見ると、朝の九時。つまり少女はもう起きてるはずだ。ドアを開け、人を呼んでみるが答える声はない。おかしい。他人の俺を一人置き去りにするのは今の時代防犯上でも色々とありえないし......ふと、昨日の少女の言葉を思い出す。
(...色々と教えてあげる。私と会えたらだけどね。)
あの言葉がそんな意味を持つとは思わなかった。屋敷の中にいれば大丈夫だと思ったが、逆に少女の方から消えてしまうとは。とりあえず、考えが杞憂であることを祈りつつ、大声で誰かを呼んだがやはり、応答はなかった。寝てる......ことはあまり考えられないだろう。
ひとまず少女を探し出すために、屋敷から出ようとすると一人、後ろからいきなり声を掛けられる。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。別に空き巣とかと勘違いしているわけじゃないから。君、流歌ちゃんの彼氏君でしょ?」
その言動や口調から近所のおばさんと言うところだろうか。とりあえず、空き巣に見間違われないのは助かった。
「はい?」
いきなりとんちんかんなことを聞かれるもんだから、素っ頓狂な声を出してしまった。だってそうだろう、あの少女と俺が彼氏と勘違いするのは世の中でもかなりの少数派だろう。というか、いないと思う。
「いやー、流歌ちゃんも美人さんだとは思っていたけど、見合う男を連れてきたじゃない~。」
「えーと、すいません。話について行けないんですが、あの小学生と高校生の俺が付き合っているように思えます?」
「小学生?なんのことかしら?流歌ちゃんは高校生だし、兄弟だけじゃなくて家族は誰もいないわよ。君だって、知っているんでしょ?」
俺は驚きを隠せず、そのままおばさんの肩に手をかける。
「ちょっと待って。今なんて?彼女には家族がいない?父も母も?」
「家に行く仲だから、知っているかと思ったけどごめんなさいね。あまり、私が言うのも良くないけど、話しちゃったししょうがないわよね......。この大きな家には流歌ちゃん一人が住んでいるの。お父さんもお母さんも行方不明でいきなり消息を絶っちゃったらしくてね。」
頭がグチャグチャにこんがらがり、何もかも意味不明に理解が追いつかなくなる。まてまてまて......落ち着け、俺。
あの少女は?___流歌は高校生で魔女だから幻を見せる魔法で小さくなっていた?だから、手を差し伸べたときに拒否したのか。手の大きさの違いがばれてしまうから。そして、一人の寂しさを紛らわすためにいたずらで色々な人の家に魔法で歩き回っていた?
まてよ....彼女は完璧な独り身で魔女の家系の生き残りということは、もう自分以外に失うものが何もないってことだよな。このハロウィン、少女じゃなかった流歌は明らかにあの昔行われた魔法を発動させようとしている?
「すいません。おばさん、ありがとうございます。俺、ちょっと用事があるので行かないといけないんです。」
「そのようだね。あと、私はまだおかあさんな。言葉に気をつけな、特に女にはね。」
おかあさんの言葉を確認するなり、俺はすぐに自宅に駆けだした。
「........頑張れよ、都間凌二。」
その声は凌二には伝わらず、誰の耳にも入らないまま冬を告げる冷たい風にかき消された。
俺が幼い頃、ちょうどマジックを知って色々な技を習得しているときだ。その時の俺は引っ込み思案な性格のせいで周りに溶け込めず、マジックを披露できるのは家族くらいだった。だが、ハロウィンの日、この町特有のハロウィンのイベントで俺の家にも子供達が遊びに来た。別にそれは強制参加のイベントではないため、俺は参加せずに自分の家にいた。今思えばそれだけでも親はたいそう自分のことを心配しただろう。当然だ、他の同い年の子供は外でハロウィンのイベントで友達と楽しんでいるのに、自分の子供は家に籠もってずっとマジックの練習をしたり、やり方を動画で見ているだけなのだから。
そんな時の出会いだった。親にせめて友達のお迎えぐらいはしなさいと言われて、渋々玄関で待っていたときだった。インターホンが鳴って、ドアを開けるとそこには綺麗な黒髪と全てを見通すような透明な紫の瞳を持った女の子と他の数名がいた。実際他の数名は全く覚えていない。その女の子だけが鮮明に俺の脳内に焼き付いていた。その当時は意地でも思いたくなかったが、きっと一目惚れってやつだろう。少女はあまりにも綺麗だった。
「トリック オア トリート!」
少女が僕の何もかもを見透かすように見つめてくる。
「いたずらされるのはいや........はい、お菓子。」
俺は狼狽えながらも、恥ずかしさを押さえ込み必死に答えた。
「ありがと、君大好き!」
「じゃあ、中へどうぞ。」
慌てながら案内しようとすると、ポケットに入れていたトランプを落としてしまった。
「トランプ好きなの?」
「トランプってより......マジック...かな...。」
「へー、君マジック出来るんだ。見せて。見せて!」
「まだ簡単なのしかできないし、恥ずかしいからいや。」
「そんな恥ずかしがってたら何も出来ないよ。それに簡単なやつでも私を驚かせることは出来るかも知れないじゃない?」
「え.....でも.....。」
子供なら尚更無理もないことだが、このときの俺は好奇心はあるものの、他人に見せるときは羞恥心と劣等感でまみれて何をやるにも自信を持てなかった。
しかし、そんな俺を見かねた少女は驚きの行動に出た。「すいません、お母さん今日の夜までこの子を借ります。」と言って、俺の手を引っ張り、無理矢理家から引きずり出し、山まで連れて行かれた。本当に強引だ。
手を無理矢理解くことは出来たが、解いたところでここがどこかも分からないし、結局少女に付いていくことしか出来なかった。
引っ張られるままに連れて行かれた先は町が見渡せる山の中の展望台のような広場だった。その場所にはいくつかベンチなどがあるが、人の気配は全くといってなかった。ハロウィン中にこんな人気の無い不気味で町から離れたところに来る人もそうそういないから普段からこんなものなのだろう。
「ここなら大丈夫よ。絶対に人は来ないし、それにここは町が見渡せるの。特にハロウィンは町の明かりがとても綺麗なのよ。」
「そんな絶対に人が来ないとは限らないだろ。」
「ここは私の秘密の場所だもの。絶対に人は来ないわよ。さあ、ここなら二人だから他の人に見られて恥ずかしい思いもしないから。存分にマジックが出来るわよ。」
少女は大きく手を広げ、ステップを踏み始めた。よほど、お気に入りの場所なのだろう。
それからの時間はとても楽しかった。今まで上手くいかなかった技も少女の前なら成功できたし、それ以前に人の前でマジックをやって楽しんでもらうのがこんなにも楽しいことだとは思わなかった。ただ唯一悔しかったのは全て彼女にタネがばれてしまったこと。知っていたのかもしれないが、それでも悔しかった。
「今日はありがとう。本当に楽しかった。僕決めたよ、まだまだ未熟だけどこれからは色々な人にマジックを見せようと思う。」
「それはよかった。でも、最後にトランプをぶちまけたのはマジシャン失格じゃない?」
「それは君が変なところを取ろうとするから、いけないんじゃないか。おかげで最後のマジックだったのに中断して終わっちゃったし。」
「いいじゃない。それは私の所為だと認めて私が全部片付けたんだから。あっ、もうそろそろお別れの時間。もう夜で遅いしね。」
急に少女の笑顔が曇った。
「ねえ、今度はいつ会えるの?」
「そうねえ、じゃあ私から一つマジックを見せてあげる。トランプを裏向きに出して好きな数字を選んで教えて。」
「ジョーカーは?だめ?」
「ジョーカーは数字じゃないけど、いいわよ。」
少女はパチンッと指を鳴らした。
「1枚目を見てみて。」
そこには今選んだジョーカーのカードがしっかりと手に握らされていた。
「今のマジックのタネが分かったら、もう一度ここへ来て。その時は私達成長しているはずだから、二人で一緒に大規模なマジックショーでもしようか。あと、ほら見て夜景凄く綺麗。」
「本当だ......。」
そこには息をのむような絶景が広がっていた。オレンジ色の光がゆらゆらと揺れながら、不思議と頭の中に残る。所々に見られる紫はまるで彼女の瞳を模したように美しく、オレンジ色の中を漂っていた。
「あ、カード。変わってるね。」
見ると、ずっと持っていたジョーカーがスペードの12になっていた。
「もう冬か。」
「違うわよ。ただ、私の一番のお気に入りのカードなの。」
「パラス・アテナ。知恵の女神様か。まるで君のようだね。」
山を下り、ついに別れの時が来る。
「今まで聞くのが恥ずかしかったけど、君の名前教えてくれないかな?」
「もう、やっと聞いてくれた。その前に君の名前は?」
少女は少し頬を膨らませ、顔を近づけてきた後に額を軽く人差し指で突っついた。
「僕は都間凌二。約束する、将来あのマジックのタネを暴いて、再開したときには君をあっと驚かせられるようなマジシャンになるよ。」
「ふふっ。変わったね。ほんの少しの時間なのに。」
「君にマジックを人に見せる楽しさを教わったから。」
僕はどんな顔をしているだろう。自分では分からないけど、確信を持って言える。今までで最高の笑顔だってことは。今までで最高の気分だって事も。
「それは良かった。じゃあ、今度こそお別れ。私の名前は_________
バンッッッッ!!
思い切り玄関を開け、俺は部屋に戻るなり、明日に向けて準備をすぐに始める。
開いたのは俺のマジシャンとしての専用アカウント、マジシャンF×Mだ。基本的にボランティアのような形や路上でのマジックが基本だったが、今回は違う。完璧なボランティアにして、観客はこの町全員。
動画投稿サイトの画面上にピエロを催した仮面を被った一人の男が、映し出される。
「やあ、みなさん。こんにちは。マジシャンのF×Mだ。普段は南掛市という町で、マジックをこじんまりと披露しているものだ。別に今までの活動が地味でこんなことをしようと思ったわけじゃないからそこは勘違いしないでほしい。どちらかというと、この町を盛り上げるためだ。みんな、南掛市という場所は聞いたことがあるかな?ニュースでハロウィンの日に盛り上がる町として、何回か耳にしたことくらいはあるはずだ。今回のマジックは南掛市全体を舞台にして、ハロウィンをさらに盛り上げようと思うんだ。
土地ネタにはなってしまうが、南掛市には古くからハロウィンに関する
1,南掛の幻のハロウィン
2,路上に魔方陣が出来る
3,ハロウィンの夜、空に数え切れないほどの魔女やジャックオーランタンや精霊などが飛ぶ
4,街中のライトが消えたり、付いたりする
5,本物の魔女を見つけると森の奥へと誘われてしまう
6,12時に一瞬時が止まる
7,家に訪ねてくる子が一人多い。
という七不思議が存在するそうなんだ。そこで、31日の終わる時、2,3,4、6のマジックをしたいと思う。でも、2だけは例外でね。3、4,6の発動させるスイッチみたいなもので地元の人に手伝って貰うから、実質私が行うマジックは三つかな。3や4はとても分かりやすいから、特に空に注目して貰えば分かるかな。6は時間が止まっちゃうけど、電波時計なんかはすぐに修正されちゃうから当てにならない。一番分かりやすいのはこの町の象徴とも言える時計台。その鐘の回数が減っていれば、実際に時間が止まったと分かってもらえるんじゃないかな?あの時計台は時間が狂うことがほぼ絶対の確立であり得ないからね。南掛市のみなさん。是非とも明日は私のマジックとともに過去の「南掛の幻のハロウィン」をもう一度ご体験いただき、楽しんでいただけるよう願っております。では。」
その日全世界にマジシャンF×Mの南掛市を盛大に巻き込むマジックの予告が知れ渡った。




