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トリック オア トリート!  作者: 大川暗弓
1/3

29日

「トリック オア トリート!」


 元気な少女の声が扉を隔てて立っている俺の体の隅から隅まで響いた。お母さんが扉を開くと、そこにはまるで俺の心を見透かすように俺の目をまじまじと見る俺とちょうど同じくらいの年の濡烏の髪を持つ彼女がいた。


 「いたずらされるのはいや........はい、お菓子。」


 「ありがと、君大好き!」


 俺らの出会いはこの言葉から始まった。

 俺がまだ小学生の時、確か7か8の時の時だっただろうか、このハロウィンの日に俺の人生は大きく変わったと言えるだろう。この少女との出会いによって。


 



 下校中、本当に暇で周りに話す友達も見かけられないので、少し自分語りをすることにしよう。別にナルシストってわけじゃない。ただの暇つぶしだ。


 俺は都間凌二、年は17歳の高校生だ。普通っていうと、何かを隠しているようにも聞こえるかも知れないが、本当に普通の青春ってほどには友達との青春を楽しんでる高校生。彼女とかがいれば、少しは自慢できるかも知れないが、生憎と告白するような度胸は持ち合わせていないし(成功するかどうかもまた別の話)、告白されるような完璧な顔も性格も持ち合わせていない、悲しいことに。とはいえ、馬鹿騒ぎ出来る友達には恵まれているし、というかよくよく考えると友達と馬鹿騒ぎしかしていない気がする。まあ、それくらいには高校生楽しめてるって感じで普通に満足してる。勉強は......いいか、そんなこといわなくても。だいたい遊んでる奴が頭良いわけがないののは仕方ないことだ。例外はいくらでもいるけどさ。


 そして、趣味。これが唯一俺が他の人に自慢できるところかも知れない。それはマジック。魔法マジックの方じゃない、トランプとかで人の引いたカードとかを当てるあれだ。鳩を飛ばす奴とかはとてもじゃないけどお金がなくて出来ないけど、トランプ系のやつならあらかた出来るって感じかな。ほんと、人がマジックにやられたと笑った瞬間、あの笑顔が堪らないんだ。だからこそ、マジックってやめられない。まあ、他にもやめられない理由はあるんだけどさ。


 ふと、口角がつり上がり、完全にきもい人になってしまう。


 「おっと、いけない。気を付けないとな。」


 視界は紫とかオレンジとかでいっぱいだ。なにせ、この町は南掛みなみかけ市、日本で一番ハロウィンで盛り上がると有名な町だ。まあ、東京の方がハロウィンで様々なイベントがあって盛り上がるとは思うが、賑わいで言えばこの町が一番だろう。東京への無駄な対抗心はさておいて置くとして、この町はハロウィンで盛り上がるのは理由があるらしく、この町は「魔女の加護」があるらしく、それをハロウィンの日に感謝の気持ちを込めて、盛大に盛り上げるんだとか。「魔女の加護って、何それ?未だにそんなもの信じられてるのw」なんてtwitterなんかのSNSとかで馬鹿にされることもあるらしいが、本当にあるらしい。もちろん、俺も信じてなんかいないが、文献なんかで残ってるらしいから本当なのかもなんて思ってしまうことがあるくらいには信じられてるらしい。


 その奇跡はある日突然起こった。第二次世界大戦中、日本が劣勢に立たされアメリカ軍が日本列島への空襲を行い始めたときだ。南掛市には工場地帯があり、空襲は南掛市を標的にした。その南掛市への空襲が10月30日。結果、その空襲は工場を完璧に焼き切り、甚大な被害を出したはずだった。当時、爆撃を行ったアメリカ兵も目視でその惨状を確認したという。しかし、その1日後、南掛市に駐在してる兵から奇妙な報告が司令部に入った。奇妙なというよりは、あり得ないという方が妥当かも知れない。

 その報告は「何も起きませんでした。」だった。

 すぐに、司令部から南掛市に確認の人員を手配すると、やはりその報告は変わらなかった。そう、本当に何も南掛市には何も起きていなかったのだ。


 その混乱はアメリカでも起こっていた。焼いたはずの森林も、家屋も、工場もまるで()()()()()()()()()()()()()()何も起きていなかったのだ。


 こうして、昔から南掛市には広大な森林の奥に魔女が住まうと噂があり、その魔女が魔女の加護によって南掛市を守ったと噂が流れるに流れ、こう呼ばれるようになった。 



 ____「南掛の幻のハロウィン」と。





 この南掛市は魔女にハロウィンの日の近くに守られたなんていう経緯があるだけに、ハロウィンの日は昔から盛り上げられるだけ盛り上げるんだとか。当の魔女さんはまだ生きてるかすら分からないのに。あ、魔女だから300歳くらいまで生きるんだっけか。本人はどんな風に考えているんだろうな?確かにハロウィンは魔女や骸骨とかに仮装して、お菓子を貰い歩くイベントだろうが、本当のハロウィンってのは出てくる魔女を追い出すためのイベントだ。魔女はたいそう迷惑してるんだろうな。いや、知らんけど。


 色々な学校、市町村、施設にあるだろう七不思議。当然、昔「南掛の幻のハロウィン」なんてものがあったんだから、この町にもある。しかも、ハロウィンだけで7つも。



 1,南掛の幻のハロウィン

 2,路上に魔方陣が出来る

 3,ハロウィンの夜、空に数え切れないほどの魔女やジャックオーランタンや精霊などが飛ぶ

 4,街中のライトが消えたり、付いたりする

 5,本物の魔女を見つけると森の奥へと誘われてしまう

 6,12時に一瞬時が止まる

 7,家に訪ねてくる子が一人多い。



この町では正式にはハロウィンは3日間にかけて行われる。というのも、ハロウィンの品物なんかは10月に入れば、ハロウィン限定メニューなんかが店頭に並び始めるのだが、本腰を入れて始まるのが29日からだ。そして、その29日こそ今日であった。


 ここで7について話そう。29日から仮装をした子供達が「トリック オア トリート」と言って、お菓子をねだるあれが始まる。しかし、南掛市は市が推奨していることもあって、家に子供達を招き入れ、家でごちそうを出すのだ。そこで、最近では地域との交流も含めたイベントになっているため、学校が行く場所や子供達の行き先の管理や班分けをすることで、防犯も含めた対策を行っているそうだが、毎年必ずどこかの家に行く子供の班は一人多くなっているらしい。それは一緒にいた班の子供も招き入れた家の親も全員が確かにいたのを見て、話しすらした人がいるらしいのに顔やその話の内容は全く覚えてないという奇妙なことが起こっているらしい。


 なんともオカルトじみたあり得ない話だ、本当に気味が悪い。5や7なんかは面白い話の部類ではなく、ただの怪談のようにも感じるが、そこはあまり考えちゃいけない。余計なことを考えて、もしそんな目にあったら余計に困るからな。




 俺の家から出てきたであろう6人の小学生が楽しく歩いているのを見て、少し微笑ましくなる。俺もこんな時があったな、というのと、後ろの黒髪の女の子のようにあまり他の友達と馴染めずにいたときもあったなと。少し懐かしさを感じる。あの黒い髪の毛の色って何かもっと、こう、いい言い方があったはずだけど、なんて言うんだっけかな。


 「ただいま。母さん。」


 「あら、お帰りなさい。もう一組目の子供達が帰って行ったわよ。()()()()本当に楽しそうで良かったわ。」


 ......五人?俺はすぐにテーブルに置かれている皿の数を数えた___6枚。次にコップの数を数える____6個。フォークの数____6個。



 「...........。母さん、得意なケーキ今日焼いたよね?」


 「ええ、でもそれがどうかしたの?食べたかった?」


 「あ、まあ久しぶりに食べたいけど、そうじゃなくて!」


 あまり家族の前で感情を出さない俺だからか、母さんは少しばかり困窮していた。


 「ケーキを何等分したか覚えてる?」


 「覚えてるわよ、流石にまだぼける年じゃないし.....子供達が他のお菓子を食べているときにちょうど焼き上がったから、人数分に分けたわよ。」


 「人数分って何等分?」


 「6等分だけど.....あら?5人じゃない.....。」


 「ちょっと、外見てくる!夕飯までには帰るから!」


 人数が違うのを確認した瞬間に走り出したので、母さんに最後の言葉を聞こえたのかは分からないが、ひとまず俺はさっきすれ違った子供達の集団と合った場所を目指した。別に迷信通りで、本当にこんな事があるんだと驚いて、それで終わりでいい。それだけでいい。そんなことは分かっているが、マジシャンの卵である俺自身がそれだけでは納得しなかった。

 物事は全てにタネがある。理由無き現象などなく、そこには絶対的な根源であるタネが存在する。俺、都間凌二という人間はマジックに何にしても騙されて、「あー楽しかった」で終われない人間なのだ。そこに繋がった全ての物語、つまりはタネを知って、初めて「あー騙された」と言って終わりたい人間なのだ。


 久しぶりに走ったせいか、横腹が痛くなり、抑えながらも子供達とすれ違った場所に着いたが、もちろんそこに子供達はいるはずもなく、辺りを見回すが、周りはもうハロウィンの期間に入ったこの町の完璧なお祭りムードに包まれていて、人が多すぎて探すには無理そうだし、何より傍目から見れば俺は子供を探すどころか追っている不審者だ。この期間は子供達に集団とはいえ、夜中に歩かせることもあって警察の目が一年で一番厳しくなる時期だ。流石に、このままだと職務質問されるのは目に見えているし、子供達を探していましたなんて言えるはずもなく、噂のことを話しても信じるほどお巡りさんも暇じゃないだろう。



 ゴーン   ゴーン    ゴーン




 厳格な鐘の音がこの町のシンボルである時計台から聞こてくる。1回の鐘の音の長さがちょうど10秒の計30秒の重低音が町に響き渡り、小中学生の下校時刻を知らせる。この時計台はその歴史ありそうな風貌とはおおよそにそれほど深い歴史はないが、ビッグベンをモチーフとして作られたそうなので、そのインパクトは強烈だ。ロンドンの本物は中にイギリスの国会議事堂があるらしいが、この町の偽ビッグベンの中には役所や展望台、結婚式場なんかもあるんだとか。どこまでも似せているように思えないが、観光地としてはかなり優秀なようで、特にこの場所で結婚式を挙げたい人や、今流行りのインスタ映えもするそうで、常に一定の人気はあるらしい。


 時計台の貫禄は俺も感じているが、わざわざ遠くからここに来て結婚式を挙げようとする人の感覚は理解しかねる。多分その人達とは一生、理解し合えないだろう。なんて、おおげさか。まあ、そこまでこの時計台に固執しなくてもいいと思うのだが。


 ただこの時計台は、この町の時計になっているといっても過言ではない。町にいて、時計台の時計台が見える範囲にいる人はまず腕時計ではなく時計台の時計を見るし、さっきの鐘のように子供達はあの鐘を聞いて家に帰っていくのだ。そして、何より近づいてきているハロウィンの夜だ。31日が終わったその瞬間、あの鐘は1分間鳴り続けるのだ。つまり1回の鐘は10秒なので、鐘は計6回。それがこの町のハロウィンの終わりを告げ、そして11月1日午前0時1分、花火が上がるのだ。それは大晦日もで、この町のお正月の花火は日本全国どこの場所より1分遅れて上がる。

 

 理由はよく分かっていないが、俺の一番信じている説は戦争の爆撃を避けた「南掛市の幻のハロウィン」の空白の時間を表しているんではないかというものだ。俺は「南掛市の幻のハロウィン」には懐疑的な考えの持ち主だが、それを信じた昔の人がそのエピソードにあやかって、空白の時間を設けたのはなんともあり得そうな話だ。他にも色々な説があるが、これが一番有力な説といえるだろう。何にせよ、毎年空白の1分間、計6回の鐘をハロウィンとお正月に聞かされるのだ。そんなの嫌でも注目されるし、象徴にならざるを得ないだろう。そして、この時計のシステムは最新のシステムを導入しているようで、電波を受信するのではなく独立で動き、何十万年に1秒レベルでの誤差しか起こさないようで、今までにその時間が一秒たりとも狂った試しはない。

 この経緯やシステムの話が広まっていき、短い期間でこの時計台はこの町の絶対的な象徴となったわけだ。そりゃ、町の人が信頼しないわけがない。



 余計な思考に思いを馳せていると、軽い物がお腹の辺りにぶつかった。ぶつかったのは綺麗な黒い髪を持つ探していた小さな女の子だった。凌二は大丈夫だったが、女の子の方が飛ばされてしまったらしく、軽くちょこんと尻餅をついていた。生憎と凌二は止まっていたため、女の子もそれほど強く飛ばされていなかったので、大きなけがなどは無さそうだ。


 「ご、ごめんなさい。」


 ぶつかったのを反省しているのか、それともただ単に俺が恐れられているのかは分からないが、その声は今にも消えてしまいそうなほどにか細いものだった。

 

 「こちらこそ、ごめんね。」


 はい、と手を差し出し、女の子を立たせてあげようとすると、手を避けるように女の子は一人で素早く立ち上がった。強がりで自分だけで出来ると言うことを示したかっただけだとは思うが、拒否にも似たそれはただでさえ傷つきやすい凌二の心を傷つける。特に、避けられるようにされたのはかなり来るものだ。 


 この状況で7不思議のことを切り出すのもおかしな話だが、この子を探すためにわざわざ家を飛び出してきたのだ。ここで引き下がるというのは余計にあり得ないだろう。


 「ちょっと、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

 ん、と言いながら少女はこくりと頷く。


 「君は今日俺の家に来たよね?」


 首を傾げながら、困惑した表情を見せる。それもそうだ。少女がもし俺の家に来たとしても、その行った家が俺の家というのは分からないだろう。しかも少女が家に上がっているときは俺はまだ家の中にいなかったわけだし、いきなりそんなことを聞かれるて困らない子供などいないだろう。


 「じゃあ、質問を変えて、今日行った家は一軒だけ?」


 「うん。」


 「その家では何を食べたか教えてもらえないかな?」


 少女は戸惑いながらも思い出すようにして、指を折って小さく食べたものを呟いていた。少し時間を要して全部を思い出したのか、俺の顔を見て話しはじめた。


 「えっとね、キャンディとあめとクッキーと、あとね、あとね一番美味しかったのがチョコぶたさんー!!」


 まあ、キャンディとあめが同じものってことは置いておくとして、チョコぶたさんはきっとチョコブラウニーのことだろう。そう、母さんの得意なお菓子だ。ブの文字しかあっていないが、似てないと言われればあながちそう言えるかも知れない。


 「それって、チョコブラウニーじゃないか?」


 「そんな感じでも言ってたかも。」


 おっと、出たあくまでも私は間違っていませんよアピール。もうこの世代から間違いを認めたくなくなるのか。まだオブラートな感じだからいいが、それが悪化すると俺らや大人のようになるのか。特に大人のそれは権力やお金が絡んでくるから余計にたちが悪いんだが。


 「じゃあ、今日君が訪ねてきたのは俺の家だと思う。少し難しい質問になるかもだけど、いいか?君と他の友達が一緒に俺の家から出てくるのが見えたんだが、その時は六人だった。だけど、母さんは五人しか来ていないと言っていたんだ。君の仕業だよな?」


 「私が何をしたの?」 


 「君は訪ねてくれる子供が一人が多いというこの町にある七不思議のその子供だろ?あまりシラは切ってくれるなよ。」


 正直、そんなの知らないと言われればそれで終わりだ。証拠は俺の母さんの言動と俺の見た子供達の中で一人だけ浮いているかのような感覚。それだけ、周りに示せるものなんて何一つない。


 「ぷははっ!おじさん凄いね。こんな風に私を見つけたのはおじさんが初めてだよ。」


 少女は人が変わったように、冷静そうな硬い表情を緩ませ盛大に笑った。紫色の透き通った瞳にようやく光が灯った。

 

 「おじさんじゃなくて。お兄さんな。流石にまだおじさんの年齢じゃねえ。」


 「いいじゃない。どうせ、おじさんの年齢にすぐになるんだし。そうだ、私の秘密教えてあげよっか?私の家に来てくれれば全てを教えてあげる。」


 どうやら俺が見つけたのが初めてなのは本当らしい。少女の声がこれでもかと朗らかに響く。


 「付いてきて。」


 そう言われて、付いていかないわけがない。

 

  

 


 

 「ここが君の家?」


 目の前にあるのは家と言うよりお屋敷と言うべきかも知れない。豪邸と言うほどではないが明らかに一般庶民の家と言われてこれは想像できないだろう。ただ、夜だからか、それとも商店街や住宅街からは少し離れていて人の気配が周りにないからか、どうしても幽霊居屋敷が想像で浮かんできてしまう。佇まいもそれとなく似通っているし。


 「そう。少し驚いた?ここに君一人で住んでいるの?」


 「そんなわけないよ。お父さんとお母さんも一緒。それよりこっち、こっち。」


 急かせるように少女は大きな門をくぐった。


 家の中は思ったよりと言うと失礼かも知れないが、ずっと明るかった。しかし、やはり静けさだけが奇妙に俺の心を揺さぶっていた。


 「この部屋で待ってて。紅茶とコーヒーどっちがいい?」


 「この部屋の雰囲気的に紅茶で。」


 「今入れておくから大人しくしてね」


 「お前みたいに小学生じゃあるまいし暴れたりしねーよ。」


 案内されたのは書斎だろうか、本が見渡す限り綺麗に並べられている。本が積み重なって置かれている机や三人以上が座れそうなソファなども見受けられるが何よりも気になるのが一つ奇妙な存在感を放っている台座だ。そこには一冊の本が他の本とは違い、丁寧に置かれている。


 その本を手に取ってみる。もし彼女が魔女か何かだったら変な装置か魔法か何かでも発動するものかと思ったが、当然何も起きなかった。どうやら、おれは漫画や小説の読みすぎらしい。きっと疲れているんだろうな。


 その本をパラパラとめくってみると、そこには過去の「南掛市の幻のハロウィン」の真相や魔女の家系の秘密、魔女の魔力過多の自滅についても書かれていた。


 ガシャンッと何かが割れる音が後ろからして、振り返ってみると紅茶が入ってるだろうカップを割れていた。少女は俯いているだけで、その表情までは読めない。


 「それ読んだの?」


 「この本か?ああ、読んだ。」


 「バカ!大人しくしてろって言ったじゃん。」


 少女は怒りというよりは悲しみと言うべきか、悲壮な面持ちに覆われていた。


 「早くその本を戻して!」


 「おい、来んな!」


 俺は本を投げ捨てて、少女を思いっきり突き飛ばそうとするが、間に合わず破片が彼女の足に刺さってしまった。


 「いっっっっつっっっ!!!!!」


 大声というより、痛すぎるのか声になっていなかった。


 「大丈夫か?ちょっと見せてみろ。」


 あいにくというべきか少女の足にはカップの破片は刺さってはいなかった。大きな破片を踏んだが、瞬間的に避けたので、刺さらずに済んでいた。


 「火傷の方は大丈夫か?」

 

 「火傷?そんなのあるわけ......とにかく大丈夫。」


 溢れた紅茶の片付けを手短に済ませ、ようやく本題を切り出せる。


 「あの本に書いてあったこと詳しく教えてくれないか?」


 「いいけど、今日は遅いわ。小学生にはもう起きているのも辛い時間よ。明日教えてあげる。私と会えたらだけどね。」


 言葉は強気で上から目線でもその体は子供なのだろう。そして、それを口実に俺を追い出して秘密を隠すつもりだ。


 「別にその必要はないよ。今日はここに泊めてくれないか?ここら辺の本にも興味あるしね。」

 

 「いいの?魔女の屋敷で寝たら明日には魂だけになっているかもよ?」


 「秘密だらけの中で死ねるなら本能だ。」


 「嘘つき。」


 「そうだね。」


 全くその通りだった。僕は秘密を秘密のままには死んでも出来ない人間だ。

 こうして、俺の長い長いハロウィンが始まろうとしていた。

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