風の王女と黒紫色の傷跡
空から落ちてくる人物の速度は遅く、受け止めるのも安易かと思えた。
(なんだこれ、飛〇石でも持ってんの?)
ペルフェットが女性ということが少し引っかかってしまうが、自分のアニメや漫画に物事を例える悪い癖はどうでもいい。
僕はその人を受け止めようと影の中に入った。しかし、その影に入った瞬間に頭上の女の子の背中から強い風が吹き荒れた。僕はそれに飛ばされ、三メートルほど吹っ飛ばされる。
「あっ、ごめーん! ペル姉待った?」
頭上から低速で落ちてきた人は、どうやら少女のように見えた。僕は倒れたままの状態から起き上がり、既に汚れてしまっている学ランを両手で汚れを祓う。
「人をわけわからないので吹っ飛ばしておいて無視か!」
俺が目の前の少女への不満を素直に叫ぶと、少女の表情が柔らかくなり「ふふふ」という少し上品にも感じれる笑い方をした。
「ごめんなさい。あなたが下にいたものだからつい」
笑い続けるその姿には全くもって謝罪の意を感じられなかった。しかし、そんな軽い苛立ちよりも少女の服装が気になった。
少女は薄い緑色のドレスのようなものを着ており、パッと見だと姫のようなイメージになる。そのドレスには袖がなく、スカートの丈は脛ほどまでだ。スカートや胸元から除く腕や足は細めで華奢な体つきをしている。
横に並ぶペルフェットとは違い、胸はまるで壁のようだった。その胸元には赤い宝石のようなペンダントを付けており、陽の光を集めて真紅の光を放っている。
ペンダントと同じほど輝いているように見える目は緑色で、孔雀色のように少し濁っている色にも見えるが、光を反射することで綺麗な緑色になっている。
赤、緑と並ぶ次に目に入ってくるのは肩ほどまでの長さの金髪だ。この金髪もペンダントや目と同じく、光を反射しているようにも見える。
そんな三色の美しさを持ちながらも、僕に向けられた言葉は決して美しいとは言い難かった。
「見た目に反して悪い性格をしているみたいだな……」
少女を睨みつつ、皮肉を言うと少女は少し眉をひそめた。
「あんたね……少しは――、こほん。口が達者なようで。私はアリシア・ニーヴェアヴェント。アリシアと呼んでくれて構わないわ。ちなみにこのヴェント大国を収める王女ですので、以後お見知りおきを」
いかにもお姫様という口調で淡々と自己紹介を終えたアリシアの発言は、少し聞いてないことまで言っているように感じた。
「あ、僕は三澄柊馬です。よろし――、……もしかして自己紹介で吹っ飛ばした件を有耶無耶にしようとしてません?」
アリシアを睨む表情を変えずに更に眉を顰めた僕を見て、再び上品に笑う。
「あらあら、察しがいいのね。それぐらいの事で怒ってたら寿命が縮むわよ?」
腕を組みながら僕を罵倒するアリシアは微笑を浮かべていて、その表情は僕を嘲笑っていた。
「僕の寿命はどうでもいいですけど、やっぱりその性格どうにかしてから王女ってもんを名乗らないと信憑性に欠けるぞ」
アリシアを睨みつける目を鋭くする僕にアリシアも軽く睨み返してきた。同時に、こいつとは仲良くやっていくことは難しいなと思った。いがみ合う僕達にペルフェットが仲立ちをしようと割り込んできた。
「まぁまぁ、落ち着けって。これから一緒に戦っていく仲間なんだからよ」
「「え?」」
いがみ合っていた僕達はペルフェットの一言で静まり、ペルフェットの方へ息が合ったかと思うぐらいに詰め寄る。
「ちょっとペル姉! 私そんなこと聞いてないんだけど!」
「一緒にってなんですか! 戦うってなんですか!」
「「説明して!」」
僕とアリシアの発言がごちゃごちゃになって混ざり合った後に、最後の一言だけが完全に被ってしまい、再び僕とアリシアは睨み合った。
「わ、分かったよ。説明すっ――」
僕とアリシアに迫られて行き場を無くすペルフェットは説明しようとした口を止め、僕達よりも前の方を見つめていた。
「すまんな、今話す時間は無いらしい。論より証拠ってやつだ。な、アリシア」
そう言ってアイコンタクトを交わした二人は僕の背後へと視線を向けた。その表情はさっきまでの和やかな雰囲気を消し去った。
二人につられた僕は二人の視線と同じ方向を見た。そこには一時間ほど前に見た黒い影に似たシルエットがあった。
「え、ちょっと……」
僕が困惑して目を丸くするが、アリシアとペルフェットはそれに気づかなかった。なにより、そこには真剣に魔法陣を展開する二人の勇ましい姿があったからだ。
真剣な趣の二人に水を指すのは悪いと思い、視線だけは変えずに元いた場所から3メートルほど横に離れた。どうやらまだ影も完全な人型にはなっておらず、僕の存在には気づかなかったらしい。
謎の影はよろよろと左右に上体を揺らしながらこちらに近づいてくる。敵意がないようにも思えたが、歪な形をしている顔の輪郭や、シルエットの不安定さを見る限り、自身の恐怖心を煽られるのは感じれた。
それに、その影の目は薄く赤い色をしていて、その目は真っ直ぐに僕を見ていた。しかし、影相手にアクションを起こそうとしているペルフェットアリシアに敵意を向けたのか、目を細めて彼女らに向き直る。
魔法陣を展開する二人は、各々の魔法を発動していた。ペルフェットの魔法陣は水色の光を発していて、そこから魔法陣と同じ色に光るエネルギー弾のようなものが勢いよく飛び出しており、それエネルギー弾らは黒い影に全て命中している。
しかし、そのエネルギー弾を食らう影は攻撃を食らっている素振りを見せてはいないが、動きは鈍くなっているため軽く足止めのようなものにはなっているようにも見える。
その横では同じくアリシアも魔法陣を展開していた。その魔方陣からはペルフェットのようなエネルギー弾は出ておらず、その魔方陣にアリシアは左手を無造作に突っ込む。
アリシアは突っ込んだ手を引き抜くとその手には金色のナックルガードの付いた軽く湾曲している銀色の刀身の剣が握られていた。その刀身は陽の白い光とペルフェットの魔法陣から放たれる水色のエネルギー弾の光を反射して、青空よりも更に薄く淡い青色に輝いていた。
その青色はすぐさま色を変え、緑の光に包まれる。緑色の刀身が左手で素早く振られる。その勢いに腰も回り、体勢も低くなる。
その刀身はしっかりと影を捉え、人型の胸辺りで右から左へと斜め下に斬られた。緑に輝く斬撃の跡からは暗い紫色の液体が吹き出した。完全に剣を振り切り、影から刀身が離れると斬られた斜めの痕から風が吹き荒れ、黒の影が真っ二つに割れ風に乗り、飛ばされた。
その姿は先程の自分と重なってしまい、敵らしく見えるがなぜか親近感が湧いてしまって僅かに寂しさを感じた。
飛ばされた影は石製の床に叩き付けられ、紫色の気体となって蒸発してしまった。その姿を見届けた二人は各々の後片付けをした。ペルフェットは魔法陣を手のひらで触れると、魔法陣が小さくなって行き、その場から消えた。
一方、アリシアは先程と同じ魔法陣を出現させて剣を取り出した逆の手順で剣を魔法陣へと戻し、視認出来なくなった。
しかし、そんな出来事も現実の時間に置き換えれば一分程度の僅かな時間だった。正直、たった一分で自分にとってかなりの情報量のある光景を目の当たりにしたわけで――、かなり困惑している。
「ひゃ〜」
「だからペル姉、その変な声出さないで」
ペルフェットが上ずった声を出すと、すぐさまアリシアが眉をひそめる。
「どんな声出そうってのは本人の自由だろ? 何がそんな気になるんだよ」
屁理屈を言う子供のようにアリシアに反抗するペルフェットの眼差しは思春期の真っ只中の自分とどこか似ていた。
「そんなことよりも、何にも知らないやつに説明するのが先じゃないか?」
説明を言い訳に逃げた視線を僕に向け、それを追うように自然とアリシアからも視線が向けられる。一方は申し訳なさそうな視線、その次は鋭い視線であった。
「あー、分かった分かった。説明すればいいんでしょ。でもペル姉の方がここにいるのは長いんだから説明はペル姉がやってよね」
説明する相手が僕だったからか、アリシアは呆れた顔でその場から去ろうとした。しかし、僕のいる向きと反対へと進んでいた足は一瞬止まり、そのまま右足がガクッと下がった。立ち膝のようになったと思えば、すぐさまその場に倒れ込む。右足を抱え、息を上げ、うずくまっていた。
「おいおい、なにやって――」
冗談かと思ったペルフェットが近づくも、またもや足が止まり時間が流れる。倒れ込んでいるアリシアにペルフェットは低い声音でボソボソと質問をした。
「お前、それどこで……?」
「……うるさい……こんなのなんてどうにだって――」
ペルフェットに心配されるも、振り払い立ち上がろうとする。しかし、アリシアの足はもう思うままに動いてはいないようだった。立ち上がれるわけでもなく右足のふくらはぎを抑えて倒れているアリシアにペルフェットは右足を抑える手を優しく退かす。
手が退かされた右足にはさっき見た紫色がふくらはぎの中程まで斬られたような跡になっていた。そこから血は出ておらず、黒い蒸気が傷口から僅かに溢れていた。
「やっぱりか。確かお前私のとこ来る時に血黒土がある方を通ってきたよな。そこでもらったのか?」
ペルフェットがアリシアに対して問うも、苦痛に押し殺された声は掠れて何も反応を取れていない。
確かに僕もあの傷口には心当たりはある。丁度よく分からない魔法陣によってこっちの世界に来た時にさっきの敵に似たやつらがいて、そいつらから無理矢理に逃げる時にアリシアが何かを堪えているような声を上げていた覚えがある。
今考えてみれば、あの時に足を斬られていたと思える。
「ペルフェットさん、アリシアがどうしたんですか」
まだ斬られた痕がこっちに来た時のものということしか考えきれていない俺は興味半分、心配半分でアリシアを気に留めていた。
「あぁ、気にすんな。雑魚共に軽く噛まれただけだ。すぐ治すから離れとけ」
事情は特に話さず、離れろという指示だけよこされた僕は先程よりも更に距離を置く。
僕が離れたと共にペルフェットは傷口のある足へと手をかざしてピンク色の魔法陣を浮かび上がらせる。明らかに現実離れしているこの光景にすら驚くこともなくなったのは、ある意味感覚が麻痺しているらしい。
魔法陣が光を放つと、傷口が電球が点滅するかのような眩い光を放つ。チカチカと目に入る光は直視していても痛くもない。しかし、眩しいということは変わらず、ただ目が刺激されるような感覚は一切無い。やはり自分たちの世界にある光とは何か違うらしい。
傷口は光を放ちながら徐々に小さくなり、最終的には跡形もなく消えた。
「全く、なんで何も言わないんだよ。そのまま放置して二日経っちまったらどうすんだよ」
先程とは逆の立場で少し小うるさく言われるアリシアはペルフェットから目線を逸らす。その様子を見てペルフェットは顔をしかめる。
「そういう所だぞ。なんでも一人でやろうとするな」
「いいのよ、別に。それに――私だってこんなの一人で治せるんだから……」
ボソボソと聞き取りづらい言葉運びで、こちらには目もくれずに足元から大きな風を起こしながら飛び去ってしまった。その姿を目で追っていたペルフェットの表情は僕の心に渋みを垂らした。遠ざかるアリシアの姿をしばし見つめ、僕に向き直って苦笑しながら口を緩やかに開く。
そんな姿をどこかで僕はよく見かけていた。それも毎日あるような事で、苦笑だけが僕の何かを縛り付ける。