孤独な着地失敗と創造
ヒールの高い、真っ赤な靴を履き、さっきから見ている黒と紫が混ざったような色のローブを着ていた。
そのローブにあるフードは被っておらず、頭にはハロウィンの仮想でよく見る魔女帽を被っている。
ライトブラウンの髪はうねっていて、胸元まで伸びていて、藤色の目からは、光が放たれているように見えるほど綺麗に見える。
ローブは袖を通し、胸元を開けていてV字になっている。そこから覗く豊満な胸には視線を引き寄せる魔力があるように感じる。
(いやこの人めっちゃでかいな……)
少し鼻の下を伸ばしながらチラチラと胸元を見ていると前からは苦笑、横からは威圧が感じ取れた。
「あんた……さっきから何ペル姉の胸ばっか見てるのよ……」
さっきから聞いていた声と比べて低い声は僕に冷や汗をかかせた。
「あはは、気にすんな。ア――、じゃなくてシアミー。まだまだ思春期真っ盛りなんだから」
苦笑する豊満な胸の持ち主は腕を胸の下で組み、シアミーという名の彼女を宥めた。
「ちょっと、私はシアミーよ」
名前に引っかかった所を逃さずツッコむ彼女に僕は質問する。
「シアミー? それって君の名前?」
「おいおい、シアミー。自己紹介もせずにシューマを連れてきたのか?」
「うっさい! 単にメタが珍しかったし、色々あったせいで忘れてただけよ!」
「はいはい。それはいいとして自己紹介だな。私はペルフェット。こいつにゃ『ペル姉』なんて呼ばれてるがどう呼んでくれたって構わないさ、よろしくな」
そう言い、ペルフェットはすっと、手を差し出してきた。差し出した手にはあえて触れず、答え続ける。
「よ、よろしくです……えっと、ペルフェットさん」
ぎこちなく僕が言うとペル姉は鼻で少しため息を付いた。呆れたような顔を僕に向けてきた。
「さん、ってのはちょっと距離感ありすぎじゃないか? せめてペルフェットにしてくれ。どう呼んでくれと言っといてなんだが」
頬をポリポリと掻きながら言うペルフェットに僕は軽くはにかみ、差し出されている手を握った。
「分かりました。ペルフェット、これからよろしくお願いします」
丁寧な口調で話す僕を見てペルフェットは苦笑した。敬語はおかしいのかとも思うが、流石に初対面の人にタメ口で話せるほどのコミュニケーションの経験はなく、もちろん実行できる能力もなかった。
「じゃあ次は私ね。さっきから聞いていたと思うけど私はシアミー。特にこれと言った特徴は無いし個人情報は教えない主義なんで名前だけ」
無愛想な挨拶でシアミーも手を差し出してきた。
握っていたペルフェットの手を離し、シアミーの手を握る。
「ま、挨拶も終わったことだしこんな殺風景なとこに居てもなんだ。とりあえずヴェント王国の方に行こう。そこでアリシアとも合流出来るはずだ。」
「アリシア? 誰ですか、その人?」
首を傾げる僕に視線も向けずに、ペルフェットはただ、魔法陣を出現させた。
「それもこれも全部あっちに付いてからな」
そう言うと僕とシアミーの手をギュッと強く握り、魔法陣の中へと飛び込んだ。
***
「はい、着い――」
ペルフェットが自慢気に言いながら僕達を掴む手を離したと同時に言葉が詰まった。
その瞬間――僕達は自分の足が地に付いてないことを理解した。その感覚は遅く、三人とも落下した。
僕は見事、体全体を地面に叩きつけられた。大の字で倒れる僕には顔に地面の冷たさが伝わってくる。
どうやらこの地面は石製のようで、大理石によく似ていた。
そしてこんな僕に対し、シアミーとペルフェットはと言うと――魔法を使っていた。
「理不尽だ……」
僕が不貞腐れたかのように呟くと、苦笑と嘲笑が返ってきた。
「すまんな、シューマ。お前にはまだ魔法は使えなかったな」
苦笑しながら慰めようとするペルフェットに少し優しさを感じたが、助けてくれてもよかったのにとも思えた。
「全く、メタなんだから反射的に魔法が使えてもおかしくないでしょうが」
「おっと、それは違うぞシアミー。元々〝あっち〟にいたやつは使えなくても何らおかしくない。まぁその手の奴らが大抵使える――、ということが多いらしいが。とはいえ例は少ないがな」
「理論的には使えるって聞いたわよ。そもそもこいつがドジなのが悪いのよ」
言っていることは所々理解できないが、シアミーに馬鹿にされていることは理解した。
「仕方ないだろ……僕だって魔法なんて見たことも無いし……」
反論したためさっきからの敬語が崩れてしまった。正直、こんな人相手に敬語を保てるわけがなかったのかもしれない。
「おっ、やっと馴染んだか。敬語はやめて普通に話していいぞ」
僕が失言したと気づいたのはペルフェットも同じだったらしい。
「まぁいいわ。とりあえず私は用があるから。魔法のこととかはペル姉に聞いとけば何とかなるわよ。こう見えて魔術師の中でもかなり上位なんだから」
またもや聞いてもないことを……とも思ったが、いい情報を貰えた。
そう言い、シアミーは視線は変えずに手だけ振り魔法陣を出現させどこかへ行ってしまった。
「はあ、すまんな素直じゃない弟子で」
「本当に素直じゃないですね」
シアミーと裏腹に僕は素直にそう言うと、ペルフェットは軽く笑った。
「ふふっ。シューマ、あんたはやっぱり母さん似だな」
「ははは。よく言われ――、えっ? なんで母さんの事を?」
僕は話したこともないし見たこともない、聞いたこともない人に自分の母親のことを言われ驚いた。
「ま、それはまた話すとして。とりあえずは魔法のお勉強だな」
それからペルフェットに魔法について基本的なことを一部だけ教えてもらった。
確かに母さんのことがあげられたのも気になっていたが、大した意味もなさそうだったし、そもそもまだ〝こっち〟と〝あっち〟などという区別があるのかも定かではなかったからだ。
魔法の使い方、魔法の主な種類、言葉の意味、大まかに分けて一言にまとめるとこんな感じだがそれぞれの内容は濃くて、説明を聞くだけでもかなり時間がかかった。説明の中では聞き馴染みのない言葉も多くあり、説明を聞くよりも質問をする方が多かった気がする。
――魔法は何よりも自分の想像力が必要になる。
――魔法は主に属性のようなもので分けられていて火、水、風、闇、光、影の六つに分類される。
――魔法に使われる言葉はこの世界を創ったものたちが考えた。どこだか、自分のやるゲームやアニメに共通するところがあるのが気になるが、そもそも生きてる世界が違う人達にその話をしても意味がないと思い、その場で思考を切り替える。
ここまでされた説明にはほとんど「魔法」という単語が入っており、軽くゲシュタルト崩壊を起こしそうになった。
「んー、まぁざっとこんな感じだ。一気に叩き込めとは言わないが少しは覚えときな」
「はい……なんとなくは理解したんですけど、魔法はいいんでこの世界について教えて欲しいです……」
途中、言っていて申し訳なくなって右手で首元をさすってしまう。
これはいつも人前で無意識に起きてしまう癖だ。自分の言っていることにあまり自信が持てないため声も小さくなってしまう。
自分の情けなさに俯いている僕を見て気を使ってくれたのかペルフェットは気にすんな、と笑う。
「もちろん〝こっち〟についても後々話すつもりではあったんだ。でも魔法は少し覚えておかないとこっちで生きてくのは面倒なんだ。少し我慢してくれ」
そう言いペルフェットは僕の背中を優しく叩いた。少し自分に自信が付いたところでペルフェットに話し始める。
「魔法――、と言われてもあまり馴染みなくてあれなんですけど、覚えておいた方がいいのとかあります?」
魔法の知識なんてあるわけがない僕にとって当然の質問だと思う。平然と自然な質問をした僕に対してペルフェットは顔をしかめた。
「覚えておいた方がいい魔法か……。特にそういうのは無いんだよな。あんたに関しては親も親だし、メタってのもあるからやりたいやつからでもいいと思うぞ?」
(親も親……メタ……全然何言ってるか分かんない……でもやりたいもの、か)
僅かに考え込んだが、すぐやりたいことが見つかった。ここだけは何故か僕も判断力に長けていたらしい。
「えっとですね……弱くてもいいんで火を出せるみたいなのあります? 火って言っても布に着火できる程度でいいので!」
ペルフェットに会ってから一番大きいと思える声で自分の希望を述べた。
「あぁ、あるぞ。それこそ幼少期からでも覚えれる魔法だぞ。そんなのでいいのか?」
「はい。ちょっとやってみたいことがあるので」
我ながら自分の企みをここまで早く実行できるようになるとは思わず、かなり嬉しくつい口元が緩んでしまった。
「そ、その顔はいい事を考えてるとは思えないが……まぁいい。ほんとに簡単だからな」
何故か最後に念押しされたのが気になるが、そんなことはどうでもいい。
「じゃあまず最初に左右どちらでもいいから手を出して」
言われるままに利き手の右手を、手のひらを上にしてペルフェットに向けた。
「よし、次は目を瞑って手の上に火があるのを想像してみろ」
目を瞑って自分の手のひらに小さな火の玉を思い浮かべた。五秒ほど過ぎると、僅かに手のひらに熱を感じた。その熱の正体を確かめるために瞼を持ち上げる。
しかし右の手のひらには何も無かった。
「おいおい、目開けちゃダメだぞ。少し火傷しそうと思うぐらい熱くなってから目を開けるんだよ」
呆れた顔で言うペルフェットに少し嫌気がさした。
「それは先に言ってくださいよ……火傷はしないんですか?」
睨み気味な顔の僕を見てペルフェットは苦笑した。
「火傷はしねぇさ。安心して意識を集中させな」
そう言われ僕は再び目を瞑った。先程より強く、手のひらに火の玉があることを想像して。
今度は三秒程後にほんのりと暖かさを感じた。さっき目を開けた時と近い温度だ。
その温度ではまだ目を開けず、もう少し耐えて強く想像した。
その温度は段々と上がっていき、遂に火傷するんじゃないかと思うほどにまで熱くなった。
丁度、その暑さを感じた時にペルフェットが声をかけてきた。
「よぉし! 目、開けていいぞ」
強めに瞑っていた瞼を震わせながらゆっくり開けると、自分の手のひらには小さな、例えるならば消しゴム程度大きさの火の玉があった。
「おぉ……すげぇ……」
思わず声が出てしまうほど魔法というものに感動した。それ以前に、手のひらに火の玉があっていつものように焼けるような感覚がないことに驚いていたから、というのもある。
「よく出来たな。まぁ、まだまだではあるが」
そう言い優しく微笑むペルフェットに微笑を返した。最後の言葉が余計だと、そんな風にしか思えない。
「想像から創造する――これが魔法の基本だ。詠唱や魔法陣を使わない魔法は多くて、その魔法たちはこんな感じで使えるんだ。まぁ、言葉じゃ簡単だがやるにゃ慣れが必要だがな」
想像から創造――あまり自分の描いていた魔法に対しての理想というものとはかけ離れていると思った。
魔法と言ったら魔法陣とか詠唱、というイメージがあったが偏見だったのかもしれない。
でも、個人的には面倒くさくも感じていたため、少し安心したという所もある。
「じゃあ次は――」
ペルフェットが口を開け、話し出そうとしていたその瞬間、上から何かが大きなものが一つ降ってきた。どうやら人のようであった。またもや、僕の感情は先程とは違う何かに奮い立たされていたのであろう。僕は呆然と空を見上げていたが、その時間は短く終わる。