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ダイランは起き上がり、頭を掻き下げてからアマンダがカルテから顔を上げた。

「お目覚めのようね。」

「ああ。」

思い切り欠伸をし、ぼうっとしたままの頭で水を差し出されて飲んだ。時間は午後2時だった。取調べは昼飯も抜きで1時から始めたから、丸々昼飯の時間をぶっ倒れていて腹が減っているが、すぐに動きたい気分だった。さっさと解決するに限る。

立ち上がって棚の上のネクタイを首に引っ掛けた。

「あなた、あまり予測無しに倒れるようだと、今に馬鹿になってしまうわよ。」

「ああ馬鹿になって能天気になった方が楽だね。」

アマンダは可笑しそうに笑い、カルテから顔を上げてから立ち上がった。

「ね。たまには夜付き合わない?」

そう彼のブロンドに腕を回し、彼はふいと顔を反らし出て行った。アマンダはいつでも彼が素っ気無いから腰に手を当て、上目でドアを見た。

調査書をぺらぺら捲って行き、彼はフィスターを見つけるとホシが自供したのかを聞いた。

「いいえ。まだ。警部。」

ダイランはそちらへ向いドアを開け締めると、もう倒れるかとばかりに老人を睨んだ。

「あんたはリカー・M=レガントからの報酬で覚せい剤を貰っていたわけじゃ無いんだろう。」

「まさか。」

「地主とどういう契約を結んでいる。あの元門地下洞窟の場所を管理し続けてやっているんだ。好きにあの場を使わせてもらっているなりの貢物を逆に捧げているのか?」

「何の契約も結ぶ必要など無い。あの場は自然の成り行きの源の場だ。流れに沿って凌駕される場所。管理も使用も生きて息を吸う事と同じ摂理の一部だ。」

「あの場で何を行って来た。地主は来るのか?」

「リカーの持ち物だからな。来て当たり前だろう。あいつが来たい時に来る。」

「何も無いじゃねえか。」

「あるさ。空気には全てがある。全てを乗せる事ができる。あの神聖な場というものが重要なのだから。」

「崇拝や宗教事を?人員は?」

「ただその場所に突っ立っているだけさ。何を考えているのかはその時は分からないが、ただただ目を閉じている。ジルの事でも思い出しているんだろう。」

「……。そんなしみったれた女じゃねえ。前地主ってのはあんた相当見知った仲だったのか。」

「ああ。幼稚舎から大学院まで同じだったからな。」

「その男は崇拝時に地下洞窟に来ていたのか?もうその時代は門は無かった筈だ。」

「彼が来る必要は無い。」

「じゃあ何でリカー・M=レガントが来てべそかいてる理由があるってんだよ。」

「一つ一つの場に魂が宿ってるからだ。」

「んなわけねえだろうが。覚せい剤はどこから仕入れた。」

「さあな。」

「往生際悪いんだよ。もう上がってんだぜとっとと言わねえと何時までも冷たいコンクリート床の留置所住まいだぞ。刑務所の方が豪華なパイプベッドがあるんだけどなあ。その体にゃあ冷え込む時期の床は辛いと思うぜ。」

「さあな。」

「お前の娘が行なっていた悪魔崇拝には加わっていたのか?」

「若い娘達の戯れ事には興味は無い。」

「そこで麻薬が使われてた以上、放置しておくのもどうかって話じゃねえか。あの薬中共は完全にイカれちまってやがるんだぜ。まともに麻薬の取引なんか出来る状態とも思えねえ。屋敷に他の人間が出入りしていたか、あんたか妻が請合っていたほかねえじゃねえか。あんたが言わねえならあの妻の方に辛い床寝生活させるぞ。」

「……。」

「デスタントが関わっているのか?アジェンに出回る位だ。奴等が勝手な商売好きになせるわけがねえ。もしもあの酒屋地帯以外の買収は決まっていなかったとは言え、噂なんかすぐにあの野郎は掴むんだからな。もうあの野郎は半ば不在の状態だ。今言っておいた方が良い。」

貴族伝いだとしたら、老人は地下へ入らせ無かった筈だ。裏切りが生じる。今はいきなり街を去ったデイズから仕入れていたからだろう。

まさか、覚せい剤の存在を老人が知らなかったというなら、娘か、何かの目を気にする質の妻か、信者。もしくは、信者に潜り込んだユリ。

娘には信者達を全員言わせるべきだ。

「あの地下で覚せい剤造ってたっていうなら罪がもっと重くなるんだが。第一あの馬の死体は何だありゃあ。あんなもん見てべそ掻くばばあの姿もやばいもん感じるな。」

「あれは6年ぐらいに一度の現象さ。山脈や森で雪解け時に半野生の馬達が流れ込んでくる。山脈や森に放流している馬達が5,6年に一度の1月中旬の猛暑時に雪解けに煽られてしまう。」

「半野生?トアルノーラのヴィッタリオ一族が泣くじゃねえか。奴等の馬が被害にあってんのか。何でそれを避けてかき集めねえんだ。4頭もいたぞ。」

「予測不可能な豪雪後の猛暑だ。そうと思えば3月末にいきなり大雪に2,3日見舞われて4月には普通の春日和が始まる年もある。だが山脈に放つ馬は逞しくなる。」

「あんなでかい馬が通れる水路がぽっかり開いてるのか。夏場はお前、あの洞窟は開放されまくりって事じゃねえか。」

「それを知る者はいない。」

「俺の車で走らせろ。トルネード径路で遊」

「警部。」

「ひとまず次に移るぞ。」

ダイランはフィスターと共に出て行った。

「警部。先ほどから全く関係の無い話ばかりして。ばぐらかされ続けているのではありませんか。本当にその洞窟で彼等が何も行なっていないようには到底思えませんし、娘達が遊んでいる下で貴族達は確実に覚せい剤を常用していると思われます。カーチス夫妻の独断だとしても。」

「参加者が割れなければ特定は難しい。あの手のクリスタルを卸しているのはどちらにしろギャング絡みになる。」

「留置所にベッドを運び込む事になっているのですが。」

「ストーブも檻外に設置しろ。口まで凍えて堅くなられたんじゃあ取り調べも迷惑だからな。」

フィスターはくすりと笑い、ダイランは眉を寄せ「何だよ」と振り返った。

「いいえ。しかし、彼は一切口を開こうともしなかったのですが、警部にはああも話し始めた事は驚きです。」

「奴は俺がレガント側の人間だと勘違いしての事だろう。何か情状酌量がどうとか思ってるんだろうがそうはいかねえ。あのまま誤解させつづけて絶対喋らせるぞ。」

フィスターはソーヨーラが言っていた言葉を思い出してまじまじとダイランの顔を見た。エメラルドが射抜くように見て来たが、またふいっと反らして来た。

「何だよ。」

こうやって反らすのは様々な情報を持つ上で秘密主義な性格で、考えや心の内を読まれたくないからなのと、時に好意を示す女性をどついて怒鳴るのは大好きな女性に対する行為を抑えているからなのと、何か隠し事をしているからだ。馬鹿がつくほど素直すぎるので、何処かしらに現れる。

「隔世遺伝というものですね。きっと。」

「あのなあ。お前まで妙な事信じてるんじゃねえよ。今更ばばあの伯父貴の写真なんか残ってねえんだよ。適当言ってはぐらかし続けているが今に吐かせてやる。第一俺はガルドの人間だ。何度も言わせるなよ。」

そう言うとどんどん歩いて行き、妻の方へ来た。

「俺は警部ダイラン・G=ガルドだ。只今からあんたの取調べを行なう。これはフィスター・C=ジェーン。」

「おねがいします。」

フィスターもそう言うと、婦人は一度溜息を尽き顔を向けた。

「地主リカー・M=レガントとは友人か。」

「ええ。社交程度に。」

「あんた、イギリスから嫁いだのか?」

「それが何か?」

「そこの友人もよく屋敷に招待してるんだろう。」

「ええ。」

また脱線し始めた話にフィスターは目玉をくるりんとまわし、意図を探るがつかめない。

「悪魔崇拝の要素はあんたが始めたんじゃねえのか?」

婦人は冷たい目でダイランを見た。

「あなたね。あたくしが英国育ちだからといえ、小馬鹿になさっているのかしら?」

ゆったりとした喋り方を崩す事も無くそう言い、首を振った。

「英国貴族のデスタント一族との交流も英国時代、社交中にあった筈だ。」

「だから?」

「デイズ=デスタントじゃなくても、誰かしらが招かれていた事は。」

「この頃覚えが悪くてね。」

「あんた、レズビアンか?」

「はい?」

「喋り方が違う。初めて会ったときあんたはきつい声音で男口調だった。『どうしたんだい』とな。」

「……。」

「前地主の時代に若い頃あんたもイギリスからの客船でよく古城の宴に参加していたんじゃないのか?(ブラディス屋敷にも加わって?)崇拝にも詳しかったはずだ。そこで元門を管理するカーチスとも出会っていて婚姻を結んで、前地主が消えた後も、地下で秘密裏に崇拝を続けていたんじゃないのか?あんたがレズビアンかどうかは分からないが、少なくともそういう方向に傾向する様な英国的悪魔崇拝をあんたが50年弱前から広めたんだろう。前地主専属の使用人達が追い出された先で形を変え伝承させて行った事と同じでな。」

「だからなんだというんですの?それの何処が悪いというんです。個人の趣向は勝手な事でしょう。」

「麻薬が使われるようになったのはいつからだ。」

「さあ。」

「しらを切るんじゃねえ。日本女の事を知っている筈だ。あんたはその女に贈り物をしたか?」

婦人は黙りきり、他所を向いた。

「……。彼女があたくしを売ったと?かばってやったのに。」

ダイランは腹の底に嫌な感覚が渦巻き、静かに聞いた。本当に彼女が何か手を下したのか?

婦人が本当に真実をいうのか、ユリに塗れ衣を着せるつもりか、まだ分からない。どちらにしろ、ユリの事は元敏腕刑事の寮主人が見ている。

「ダダルの孫は復讐を誓っているのよ。レガント一族が封印した青の悪魔のみの崇拝を復活させる事で、前地主の行なっていた狂気を生む赤の悪魔崇拝も、あたし達が興した邪悪な悪魔崇拝儀式も根絶させようとね。」

「青のなんだって?」

「さあ。あたくしには分からないわ。」

「おいなんだ青の悪魔ってのは。」

「さあ……。」

フィスターと記録士は首を傾げ、第一赤の悪魔だかという者も知らない。この街に続く崇拝は『夕陽の賛美』といわれ、日没と共に精神を夜へと落ち着かせ安静を生む日々の精神安静宗教だ。

鏡の向こうでハノスは眉を潜めた。長年調査を続けている1000年前に滅んだ王朝に関する崇拝事だろうか?

ジルの使用人が独自に調べを続け、その後にもしも独自に行なっていたとしたら、FBIにユリ・ミナツキの身柄を確保させて詳細を聞く必要がある。第一、莫大な遺産を狙った者達から命を狙われる危険性にも繋がる事が今あるのだから。それは正式なる次期後継者かもしれないダイランや正式なレガントの血族を交えた捜査は出来無いFBI長官極秘命令だ。

「言ってみろ。何があったのか。」

だが婦人はそこから一切口を割らなかった。

ダイランは溜息を尽き、部屋から出て行った。


ユリ・ミナツキを引っ張るべきなのだろうが、何某かに彼女が狙われては危険に思える。思った以上にこの街は監視の目が行き届いているのだから。デズタントが去ると、そういった部分で地主が今まで通りに目を光らせ易くなったのだ。変な意味では、デスタントがいた時の方が何某かの事がやりやすくもあったのだ。リカーはデスタントの様子を見ていて行動に移す事を毎回留まって様子を見ていただろう。

ダイランは畜生と言ってから目を閉じ目を軽く抑えた。

デイズ。

デイズ。

デイズ。

デイズ。

頭が痛くなるほど愛していた。あいつを求めるなど愚かだという物を。虜になるべきで無い相手だという物を完全に絡め取られている。考え出すと頭痛がする。

消えてるんじゃねえよ。むかつくんだよお前のそういう所……。好きすぎるから尚。

「警部。」

フィスターが彼の腕に手を当て、彼は白い顔を上げると彼女の肩を軽く叩き歩いて行った。

食堂に歩いて行き、冷蔵庫の『俺のスペース』を見たが、食欲が出ずに外に出た。

「……。」

灰色の空から、粉雪。

降り始めた。

昼間では気温が熱かったものを、また1月の元の気温に戻り始めている……。

ダイランは眩暈でそのまま目を閉じ、ふらりと倒れそうになった。

「ガルド警部!」

警備員が真っ白なダイランの顔を見て支え、目を開けると雪が地面に落ちてはまだ温かい土が溶かしていく。

あいつはよく新緑が風に乗せ流れるところを掴む事が得意だった。

輝く初夏の時期だ。

風が吹き、そして掴む。まるで縁起試しの様に、目を閉じ、風の中流れを読むように、ふと、そのかざした手を握る。

青の空に舞う葉が、掴めていれば幸先が良い。

掴めても逃げて行ったなら、何かを掴み損ねる事になり、掴む事すら出来なければ何かに失敗する予兆と捕らえて尚慎重になっていた。

自然の力を得て、幸先を自然に読み取る癖があった。

その時の姿が、好きだった……。

風を掴み取る手、感覚を研ぎ澄ます閉じた静かな目元、青の空に溶け込みそうな黒い背、風になびく新緑の飛び舞う中の髪、すっと開かれる、あの瞳。

あの大きな手に掴み取られる、新緑になってみたいと思った事もあった。あいつが、何を占って風と新緑の方向を読んでいたのか、知りたかった。

あいつが消えてから、この冬が余りにも寒く思えた。

「大丈夫ですか。ガルド警部。」

警備員が顔をおさえるダイランを見ては、彼はうんうん頷き、横目で警備員を見てから背を伸ばし警備員は口を閉ざした。

一瞬にして吹雪いた灰色と白の街の風景を背に、無表情の中の、あのエメラルドが病的に見えたからだ。

ダイランは吹雪の中を歩いて行き、広い駐車場から、天を見上げた。

目に入る。

閉じて、開き音も無く涙が凍てつく雪を溶かした。

「デイズ……」

ダル

ダイランは瞬きし吹雪の中を見回した。

雪、白、灰色、海、そこに消え行く雪、水温差の水煙、車両の非生物の影、どこにもいない。

デイズ?

空耳?

まさか。

幻聴?

絶対に違う……さっき、確かに聴こえた

「何で消えたんだよ、俺はお前を愛してるのに」

ダイラン

「……。何処だ?」

デイズ?

「デイズ!」

天を仰ぐように見上げた。

瞬間、闇の中に、流れ込んで行った。

意識がゆるゆると。

そして、倒れた。


「デイズ……デイズ……」

ダイランが目を覚ますと自分のあの殺風景な部屋だった。

頭を抑え寝返り、自分は泣いていた。頬が濡れ、顔を歪め泣き目を覚ました。

痛む頭のブロンドをかき混ぜ、枕に顔を付けたまま、毛布を引き寄せて顔を拭いて目を開け室内を見た。

エスリカが背を向け雑誌を読んでいて、振り向くと顔を戻し雑誌を置いてからダイランの頭を撫でた。

「風邪だってよ。」

「風邪は馬鹿だからひかねえよ……。」

「風邪だって。風邪のウイルスが入ってんだってよ。」

ダイランはまた枕に顔をうずめて毛布にくるまった。

「デイズの夢見た……」

「……。」

くぐもった声が聞こえ、エスリカはフィスターが今現在作っているウォトカ入りの蜂蜜レモン煮の背を見た。彼女は振り向く事もせずに火を調節してはかき混ぜつづけていた。

「俺、捨てられたんだ……あいつは俺に自分の事捨てないでくれって言ってきたくせに自分だけとっとと何処かに消えて。」

ダイランは寂しかった。

「夢の中のあいつは一人で俺もみずに踊ってた。暗い中で、手を差し伸べてるから取ってやろうとしても取れない。嫌な夢だ」

俯くフィスターは火を止め、温まったロシアの風邪薬をカップに注ぐと、肩越しに小さくエスリカにはにかみテーブルに置いた。まだ自分の存在に気付いていないから、そのまま彼女は出て行こうと静かに歩いて行った。

ダイランは甘い蜂蜜の香りに顔を上げ、フィスターの背を見て口を一文字に噤んだ。

「フィスター。」

彼女は体を向け小さく微笑み、テーブルの上のカップを指してから「風邪には効きますから、どうぞお飲みください。」と言い、コートを着込んでマフラーと手袋を填めた。

「ごめん、」

そう起き上がり、フィスターが首を振った。

「まだ起き上がらないで下さい。あと、ウォッカを染み込ませて火をつけた温シップも喉と項に張って安静にしていてくださいね。あたしはこれからまだ捜査があるので、行ってきます。」

そう微笑み、ハンドバッグを持ちドアから出ていった。

ダイランが今まで口でデイズへの好意を一度だって言った事など無かった。誰に対してもそうだ。エスリカでさえ初めて聞いたような言葉だ。実際に口に出してデイズと関係があったとか、付き合っていた時期があったとか、そういった事は全てフィスターが彼等2人を見て直感しただけの事だった。だから、実際彼の言葉を今聞いてしまって、彼のデイズへの本当の気持ちの強さに、心が寂しくなった。まだ信じたくない部分があったからだ。本当に彼等が愛し合っていただなんてことは。自分は他の女よりも理解力は確かにある筈だ。だが、寂しさはやはり隠し切れない。恋愛のライバルとしたら、自分がデイズに適うかどうかが本当に分からなかった。彼の心をデイズが持って行ってしまっていないのかが不安だった。

ダイランは走って追いかけ、エスリカが「おい待て!」と止めたがドアを開け、真っ白な世界の中のフィスターの腕を引き抱き寄せた。

「警部、警部はまだデイズさんを忘れられなくても、いいんです。あたし、待ちます。」

涙声で彼女がそう言い、顔をあちらに向けそのまま腕の中から走り階段を降りて行ってしまった。

ダイランはその背を見つめ、動く事も出来ずに、俯いた。


体力の整ったダイランの風邪で寝込む中、まさかの部長まで風邪を移され咳き込んでティニーナに看病されていた。しかも、洞窟に入った警官一人ものた打ち回っていた。

ティニーナもジョセフもぜんっぜん無事だ。ある意味、お馬鹿な程能天気だからなのだろうか……。あとの一人の警官は連日鶏レバーを食べていたからか、何も無い。

咳き込んで薬もコップもこぼして転がした。ティニーナが慌てて拾っては首を振った。

あの体調管理が完全に整えられ精神的にも強靭な父が風邪でやられてしまっているので、しどろもどろになった。

今、麻薬捜査班と共に他の部隊が入っている洞窟内の調査は進められていた。きっと、あの馬が持ち込んだ物かもしれない。それか、ダイランや警官が気付かずに蛇に噛まれていたのかもしれないと、駆け回っている。

あの老人はこれを知っていた為に、今の時期快く警官の手先を入れたんじゃ無いだろうなと痛い頭で思うと頭痛が止まない為に止めた。

義母は風邪を移されてはいけないために、友人宅の屋敷へ行っていて、娘の旦那の屋敷は抗体を打ったティニーナが看病に当たっていた。

確かにいきなり猛暑が2,3日続いていた中で、雪解け水が流れ滝を造る中に入って行き、いきなりの冷え込みに体調管理をしない内にまた駆け回ったのだから風邪は引かないともいえなかった。ティニーナとジョセフはあの後湿度も温度も一定で無菌で整えられている図書室で仲良く調べ物をしていたのだから。

出張帰りにいきなり男などに犯されその上人生初の風邪を移され最悪な気分だ。もしかしたらレガントの歴史が判明するかもしれない時に、特配員ロッソを呼んだが、あまり地下関係をうろつかせるわけにも行かない。

FBI長官バダンデルには何故風邪になどなったのかという理由を報告しなければならなかった為に激しく叱られるわ、あのダイランを倒れさせた様な質悪い風邪のウイルスに頭が働かない事に苛立つ。きっと今のた打ち回っている風を見たらあのロッソの事だ。大いに笑い出すだろう。

「今は治すことだけ考えてよパパ!」

頷きながら頭痛を遠ざける為に薬をようやく飲み込んだ。

ティニーナは一度薬の乗ったお盆を下げに行く前にドアの所で振り返った。

「パパ。今日6番地の人たちの所に事情聴取に行ったんでしょ?ドライバーさんが言ってた。パパはボディーガード一族の所の息子なんだから、無血縁者のダイランに関係崩されてぎくしゃくしてない?大丈夫?あたし、伯父さんに今日言われたよ。いくらパパでも、恩も顧みないでカルドネラ一族を脅して侮辱しに来た無粋な部下を持っているようだと、また地主に追い出されて6番地にいれなくなるって注意しておいて欲しいって。心配でしょうがないよ。でも、あたしはいくら住む場所が変わっても、どんな貧しい所に移ることになっても大丈夫だからね。パパがまた辛い想いさせられるんじゃないかって心配なんだ。捜査のためなのは分かっているけど、6番地の人たちとの関係はどうか上手にしていってもらいたくて……。あたしなんかがこんな事言っちゃってごめんね。でも、心配すぎて胸が張り裂けそうだったから。」

ハノスは起き上がり、ティニーナが小さな体でそう言って来る姿を見た。

「心配させてすまなかった。ティニーナ。」

「ううん。助けになってあげられなくてごめんね。あたしは助け合いたいんだ。せっかく、家族として出逢ったんだもん。ママもいなくなって、寂しくてもパパやお婆ちゃんのこと、絶対不測の事態で失うなんて前に、何か起きたら協力しあおう。これ、ティニーナからのお願いだよ。だからあたし、いくらでも強くなるんだからね。」

そう小さく笑ってから、ドアを静かに閉めて出て行った。素直な子に育ったティニーナだ。あの小さな彼女を護る為にどうにかうまくやっていかなければ。それに、娘を戦時に失わせてしまった深い心の傷を持つ義母の事も。



フィスターは愕然とし、それは誰もがそうだった。

他州に本拠地を構えたデイズだったが、その他州でさえもが……、デイズ=デスタントを取り逃がしたというのだ。

署内は騒然とし、一体これはどういう事だと大騒ぎになった。

消えたのだ。

忽然と、デイズ=デスタントが姿を。

その事で、他州本部の部下達も慌てふためいている……。

「ガルドには知らせられないぞ今は。ただでさえ風邪でのた打ち回っているものを」

だがダイランは部屋のラジオでそれを聞いていて、そのニュースに署に突進してきた。

マイラブフィスターの風邪薬とマイラブラブリーフィスターの愛のシップが効いたのか、元の彼に戻っていた。からコーサーは顔を引きつらせて彼を見上げた。な、何故あんなにこじらせる風邪がいとも簡単に……。

覚せい剤を所持していたカーチス一家は次女以外送検され、次女はリハビリセンター手続きが済んでいる。

いくら調べを進めても、あの洞窟内は正常。逆に清い水の流れで清浄値が高かった。

回収された馬の死体や捕獲された蛇からも、壊死していく上での通常のバクテリアと、蛇からは至死量に至らない軽い毒しか検出されなかったし、風邪ウイルスとは一切関係が無かった。

「いつもあんな薄着だからだぞダイモン。俺の未来のパパさんにまで無理やり出張疲れも押して捜査に引っ張りまわして移して、自分はもうころりと治」

だがダイランは聞いてはいなかった。

デイズが完全に雲隠れした怒りで煮えたぎっていたのだ。

その鬼ノ様な形相にジョセフは顔を引きつらせ、すごすごと歩いて行った。

覚せい剤の出所をこのまま老人や他の信者が言わないとなったら、ユリを引っ張るほか無い。

だが、どうにかFBI本筋の手を借りた取調べを密に出来無いだろうか。

あのFBI長官のじじいに連絡を取るのはなんだか嫌だった。

その為に、ダイランは長官妻ケリーナに連絡をいれて、その旦那にその話を伝えてもらえないかと伝えると、返事が来た。

ジェイビス=ロッソ。

聞いた名だ。

彼が街に極秘で向っていると言う。

そうだ。ラングラー事件の時に警察官僚の宴には現れなかったが、リーデルライゾンに来ていた男。666事件の調査を進めた捜査官でフィスターの元彼だった男シーマ=クリストファー捜査官の仲間だ。

捜査協力で来る事を聞いた。彼がユリから事情を聞くという。ダイランも向かう事を言うと、駄目だといわれた。極秘に進めることに街の警官は関わらせないと言う。いつでもこうだ。ダイランは釈然とせずに頷いた。

ダイランが泡立った様に騒ぐ殺人課へ降りて行くと、マザレロがダイランを見つけて殴りかからん勢いで駆けつけ胸倉を掴んで来た。

「てめえまたデスタントに荷担してるんじゃねえだろうなあ! ああ?! 国外逃亡の手助けでもしたんだろうが! アメリカ中どこ探したって見当たりはしねえんだよ!」

「は、なせ!」

胸倉の手を剥ぎ取り誰もがダイランをねめつけていた。彼は目を引きつらせ、歯の奥を噛み締めてから踵を返した瞬間驚き背後に倒れそうになり、冷たい署長の目を睨んだ。

「自宅謹慎処分を下す。他州の警察署本部から取り逃がした上に荷担したとも見られる為にそう処分が下された」

「馬鹿言ってんじゃねえよ! 今の時期に何言って」

署長が首をしゃくり、警備員2人では無理なので6人掛かりで暴れるダイランを署から蹴り出した。

レオンが驚き署長を見た。

彼はそのまま背後を見ていた顔を振り向かせ、「会議だ」とだけ言い会議室へ進んで行った。フィスターが驚き追いかけようとしたものの、それをサリー警部に止められ歩いていかされた。

「今は従ったほうが良いわ。ね」

「しかし、サリー警部。彼は……」

サリー警部は肩をなだめさせ会議室へ向って行った。サリーは無謀なダイランの消えて行った方向を一度心配そうに見てから、彼女のデスク上の写真立てを見ては小さく微笑み言った。

「今大人しくさせておかなければ、彼が上からどんな処分を受けることになるか。そうでしょ」


ダイランは部屋に閉じ込められ空を切るように睨み、一気に銃が轟いた。

悪魔の様な怒声を上げ雄叫びが上がり轟く銃が唸ってはコンピュータを椅子を机を破壊し転がして壁を殴りつけバチッと鳴って頭を抱えダイニング用の椅子に座りうなだれた。

ダイランは思い当たった。

情報収集の天才、あの正体不明の大富豪、MM。

奴なら何かを掴んでいるはずだ。

ダイランは自宅謹慎処分もそっちのけで部屋から駆け出して行った。


トアルノッテ。

秘密倶楽部。

「ねえどういう事。捕まったんですってよ教祖。」

白髑髏のマドラスキャップ女がボブの黒髪を艶めかせ、黒ボンテージで腰から振り返っては重厚な銀の鎖が首に光っている。

「本当?信じらんない。アディト様も捕まったし、どうなるの?」

魔紫の空間の壁に紫煙が揺れる。

女達は猫の様な目でぐるりとした睫をビューラーでカールさせては、巻き髪を艶に沿って撫で微笑んでは、ピンクのふっくらした唇をちゅっとつけた。

ピンクに黒フリルのランジェリー女が豊満な肉付きを真っ白のファーから起き上がらせ、彼女のピンクダイヤモンドが光るレッグアームから伸びる藤色ラメのパンストが金のヒールに止まる。その足首にダイヤのアンクレットがピンクのスポットライトに光り、頭の上の蝶の飾りが黒リボンと宝石と共に置かれている。

ハートに革ヒダのクッションを抱えてもう一人の女、紫レースのショーツ姿に滑らかな金のストレートの甘い目の女が、ピンクのトーシューズの足を撫でながら上目で言った。

「あたし達、捕まっちゃうの?」

「ゾクゾクしちゃう」

「ダリーが裏切るなんて、信じられない。彼、変わっちゃったのよ」

「警官になってから、恐いわ。クリスタルだって一緒にやってたのに」

「裏切りよね」

「裏切りね」

「そうよね」

「どうなるの?」

「わかんない」

「ねえ苺とって」

「はい」

「あーん」

黒い硝子フルーツ皿に乗った苺を金のスティックに刺し、ピンクの唇の中に入れた。

「あたし、そんな刑務所よりチョコレートの海に浸ってたい」

「チョコレートのバスならあるけど」

彼女は微笑み紫レースを放ってシューズを脱いではパンストを放り、黒の女が微笑し彼女の体を金のシャワーで洗い始めた。

透明クリスタルのバスタブの中は溶けた赤ワインチョコレートが温まり金粉とプラチナ箔を混ぜて入っていて、それに浸かって肩にかけた。

このトアルノッテのとある富豪の屋敷地下には、レズビアン、ゲイ、バイセクション、ニューハーフ、セックスマニア、ミストレス、奴隷、SM、様々な性癖を持った人間達が集まる秘密倶楽部がある。

この紫の部屋に来るレズビアン達の一部も、悪魔崇拝に傾き上質のクリスタルを手に入れていた。

アジェン地区に崇拝に行っていた子達は一目散に子猫たちの様に逃げて行ったけど、まさかあのカーチス屋敷が検挙されるなんて。

これから何処で麻薬を手に入れようかしら。

「デイズもどこか行っちゃって、あたし達見放されるなんて嫌よ。捕まりたくない」

「ダリーが連れ戻してくれるわよ。あの人、デイズの事愛してるから。」

そう微笑み、いつも連れ立っているニ人組みが目を合わせあってウインクした。

「ねえマンマが言っていた日本のボーイッシュな子、あたし達を裏切って消えたままって本当?」

「アジェンを告発したのってその子なんでしょ? 信じらんない。信じてたのに」

「まだ分からないわよ。どうなってんのかなんて。あたしはニ度会っただけだし、あんた達は一度も見た事無いんでしょう?」

黒ボブがそう言い、赤い唇から歯を剥いた。

「まさか騙してたなんて。復讐しちゃわない?」

「わかんない。どうやって復讐って、やるの?」

「さあ……見つけ出して、チョコレート食べさせて、苺まみれにしちゃって、マッサージしちゃって、」

「復讐じゃないじゃない。」

「で、お肌はピカピカ」

「教祖がマンマと刑務所に閉じ込められたら、あたし達のこと、ばらされちゃうかも。」

「平気よ。なんだか、今日街回ってたらさ、『主婦』って言ってた。」

「ふ、主婦?! おかしい!いつの時代の話よ! 教祖がそう言ったの?」

「言えるわけ無いじゃない」

そうマドラスキャップを斜め掛け口端を引き上げ舌を出した。

「誰かが捜査邪魔しようと味方してくれてるんじゃない?」

「あ。本当? それってレズの人? なら見つけ出して可愛がってあげよ」

「ねえ。じゃあ秘密の国のオーナー様はあたし達にクリスタルをもう持って来てくれないの?」

「そんなのやだ」

「ねえダリーに頼む?」

「危険よ。ダリーはデイズしか見えてないから」

「じゃあ崇拝ゴッコは? みんなと今度話す?」

「どこに集まる?」

「ねえほら、ホテルに今集まってるB会メンバーって見たことある? デイズがさっさと蹴散らして「どっか行け」って追い出しちゃった奴等。」

「ああ。あのホモ軍団」

「あ。それ言うとダリーがすねちゃうんだ。ゲイって言ってやんなきゃ可愛そうよ。でも奴等同士では出来て無いんだって」

「なのになんでそんなに釣るんでるのかしらね。やっぱホモよね。本気で崇拝とかやってたのかしら。ノンケ同士の集まりの崇拝?B会教祖っておばさんだったんでしょ?」

「そうよ。エースと付き合ってるクレイシーの叔母さんか伯母さんだもん」

「なんか男って信用出来ないわよね。デイズって女に優しかったけど、男達のこと、追い出して『とっととあの崇拝場所の入り口なんか閉ざしちまったあんな場所』って言ってた」

「言い方可愛い」

「トカゲとか煎じて飲んでたんだって」

「きゃあ!」

「カエルとか、蛇とか、蜘蛛とか」

「いやいやいや! 美しくなくていや!」

「壁に張ってて、乾燥させて、黒の蝋燭はそういう動物の脂でつくった奴で、キモかったって言ってた」

「あはははは!」

「でもデイズって、毒蜘蛛とかあのセクシーなお口によく入れてたわよね」

「だからお腹すぐ壊して吐くのよあいつ」

「なんだか放って置けないわよね」

「訳分からないものね」

「なんでブラディスの後に崇拝続けなかったのかしらね。珍しいわよね。デイズって」

「崇拝より楽しいこと見つけちゃってるんだもの。ダリーとのデートと、ギャング立ち上げて麻薬をみんなに上げること」

「崇拝なんかじゃ一番をほしいままに出来無いものね」

「でも、前地主様の時代の崇拝を唯一続けていたブラディスとリカー様も、彼が亡くなってからリカー様が入り口を閉ざしてしまったんだもの。今となっては、デイズしか知らないわよ。赤の悪魔崇拝の内容」

デイズはどこの地下とも繋がっている。

ルシフェル=ガルドの恩恵を受けつづけてきていきなり四年前に捨て猫にされたハイセントルで遊び続けてきたレズビアンの彼女達が数年前からカーチス屋敷に遊びに来始めデイズから麻薬をもらい、あとはカーチスの社交仲間の貴族達にもその他州の麻薬精製所のクリスタルを卸していた。

それに、デイズはどこの崇拝にも一切興味も無く加わらずにいて、麻薬をカーチスに卸していたのも、彼と繋がるその州の仮面の人間だった為に、いくらカーチスを押さえていようと決定的なデイズに繋がる証拠は取れない。

レズビアン達だけがデイズからだと十分分かっていた。

「ね。リカー様はあたし達のこと、知ってるのかな」

「知らないわよ。レズビアンがやってるアジェンとカーチスの戯れも、ホモ達の不気味な砦も。マンマだって、リカー様はあの地下部屋を教祖のSMルームだって思ってるって言ってたから。だって、デイズが他の地下のこととかブラディスが秘密に崇拝していた姿知っていたって事も知らなかったんだから」

「デイズって何でも知ってるわよね。何でかしら」

「もしかして実は悪魔の化身だから?」

「鷲神?」

「神様って死ぬの?」

「わかんない」

「天にいるのよ。陵駕してるんだもの。宇宙とかあるから大丈夫なのよ。人に望みがありつづけるから」

「大きいよね」

「ダリーって恐がりなのよね」

「そうよね。よく今回の事件逃げ出さないわね」

「もうダリーキャットは逃げ出したかも」

「じゃあ追いかけてく?」

「可愛がってくれる?」

「あたしが可愛がってあげる」

「ねえ崇拝どうなるの?」

「わかんない」

「デイズがいなくなったから、運営資金を出してくれてた崇拝運営誰が出すの?他のパーティーホール地下の崇拝、誰が教祖か知ってる?」

「あそこだけは謎よね」

「あそこだけは確かまともよね」

「前地主様とブラディスの時と同じ五つの力から成る自然崇拝とも違うんですって。

「よくわかんない。

「デイズがそう言ってたの。

「どういうことしてたの? 面白いこと? あたし達と関係なかったら、行けないじゃない」

「じゃあ自分達でどこかで続けちゃう?」

「そうしちゃう?」

「ホモホテルは陰険だし、屋敷下はきっと聖なる力に溶かされちゃうし、アジェンも消えてカーチス屋敷もダリーが見つけちゃったし、謎のオーナー様ももう来てくれないかも」

「あーあ。クリスタル無いなら意味無いじゃない」

「ここで遊んでよ」


レズ達にホモとか名指されたノーマルに他ならない男達は溜息を付き、「仕方ないな」と言い向き直った。

ホテルの窓から見える方向からは真っ白な吹雪が窓にぶつかって来る。

大理石の床に白のチョークで書かれた五ぼう星の五隅に置かれた黒の蝋燭の先の炎がバチバチと鳴っていた。その中央には御山羊が逆さにされ、バチバチと焼かれて食べるときを今か今かと腹を空かせていた。

今日の貢物の男が檻の中で震え、むちゃくちゃな香辛料、蜘蛛だ、カエルだ、トカゲだ、そういった物を適当に乾燥させたものを振りかけているすっぽり頭天辺から爪先まで黒頭巾ローブを被った奴等を見ては逃げ道を探っているが、無い。

「いずれこの場所があの悪魔に知られたらどうする」

「暇つぶしがなくなる」

「教祖はまだ帰らないのか」

「ああ。デズタントに潰されたショックからまだリゾート地の優雅さを離れたくない病に冒されている」

「きっと、俺たちが不気味な事やらかしているから勘違いしたんだろう。デスタントも」

「そうだな。裏で暗殺仕事目的なんて思わないよな」

「バレてはいなかっただろう。入ってこられた時はターゲットはいなかったんだからな。俺たちに乗っ取られた教祖を騙せてるくらいだ。大丈夫さ」

その今回の暗殺依頼をされた男が立ち上がり、檻から男を引っ張り出した。

「今から、お前をこの中に折りたたんで入れる事になる」

そう四十代の男が言った。

恒例の方法だ。

焼き途中の山羊の中は内臓を取り除かれていて、香辛料でまぶされ、その中にボンレスハムが如くぐるぐるにタコ糸で縛られたターゲットが入れられ、山羊の腹を糸で括られ……。

男達は5人ともワインを飲みながら山羊肉が焼きあがるまでを待っていた。幾つもある有角動物の頭蓋骨が黒く勝手に塗りたくられた壁に掛けられている。数時間後にはこれも加わる。

食欲が無い時は、決まって台の上でターゲットは捌かれ、バートスク商店街の主人の所へ持っていかれた。大体は噂だとデスタント兄の黒豹の餌にされていたらしい。五人はこの州の人間で無い為にその兄は見た事は無いが、きっと蹴り出してきたあのドライな弟と同じ顔なのだろう。

この五人組の殺し屋が十六年前にこの街に来ては、丁度いい場所を見つけ暗殺場所を見つけてからは、あの地下オーナーの女も馬鹿らしい宗教を渋々認め、ショバ代の大金を得ていたものを、デスタントに潰されたとあってはやはり邪教を認めるべきで無かったと思っていることだろう。

本当に儀式を行なっていたのは、ブラディスの生前の屋敷地下と、パーティーホール地下だけだった。内容は違ったが。

この街の地主は全ての場所を今後押さえ、崇拝事などに金を投資しようとする地主に反対し土地を買収し続けたデスタントも、リカーが強行を突破して下手に何かデスタントに埋め立てられる前にどうにかそこの権利だけは金を払い保持しては蓋を閉めさせたりして神聖な場の空気を閉じ込めたりしていたものを、ハイセントルの爆破だけは自然の成り行きだった。

地下空洞に上からの悪質なガスが溜まり捲くり、一気に火を噴いたのだった。リカーも呆れ返り、デイズは酷い目に遭い、加えてデスタントの地下屋敷もその事で崩れた。

デイズ去った今、ようやく崇拝を心機一転復興させようとしている。そんなリカーにもしも此処が知られたらまた仕事場を変えなければならない。

地主は崇拝を興す事で貴族達から金を巻き上げようとしているらしかった。

「だが、アジェンの場合はあの刑事が張ってたからばれたようなもんだろう。その上で奴が目印が如く自害したんだからな」

「本当に自害か?」

「不明だ。警察の調べでは、お。焼けた焼けた」

「早くしろ」

「どうやら地下オーナーのマスターが女にたぶらかされたとかで、やっちまったって話だ」

「あのデブ刑事はホモだって噂されてたからな」

「ああ。ありゃ完全にきっとホモだったな」

「なにしろアジェン酒場の若い男とよく路地裏から出てきてたからな」

「きっとそうだな」

「おいたまにはまともなトマトソースで喰おうや」

「そうだな。蜘蛛うまくねえもんな」

「おいそのたぶらかした女って誰だ? 何者だよ。またレズビアンか?」

「女同士ってどういう事だ?」

「さあ。バンド填めるんじゃねえのか? 天国だな。女達の祭典かよ」

「だが奴等は男嫌いだ」

「なんで女のくせに男嫌いになるんだろうな」

「俺等はホモじゃねから一生わからねえ謎さ」

「おい暑苦しいからローブ脱ごうぜ。」

「そうだな。外の吹雪で頭冷やして来い。」

ローブを放って肉を頬張り始めた。

「おいこっちにもケチャップ寄越せよ」

「あち! ああいいね今回の山羊。おい知ってるか。デスタントの奴はユダヤ人だから山羊食えねえらしいぜ」

「だからきっと奴は追い出して来たな」

「嘘だろ。あいつがユダヤ人だって? 大好物はイナゴと鱗がねえサメ肉だって話だぜ」

「……。あいつ、何教だ」

「さあ……」


レズビアン達はトアルノッテのとある屋敷内にホームパーティーの様に集い、そこまでのリムジンはピンク色だったり、クリーム色だったり、ユニコーンクリスタルエンブレムだったり、ストロベリーケーキみたいだったりした。

ハイセントルのレズビアン達は元々、ダイランが十五歳以前までは貧しい暮らしをし続けてきた。娼婦屋敷も取り壊された事で自分のボロ部屋をハレムにしてすずめの涙程の生活費を稼いだり、綺麗な服などはかえなかったり、ノーメイクだったり、盗みをはたらいたりスリをして生きて来た。

女好きなダリーが十三才の時に決心し、徐々に才覚を見せ始めると、レズビアン達もノンケの女達や若い娼婦達も徐々に豪華な生活が出来る様になりはじめ、今までは荒涼として荒んでいただけのスラムハイセントルが、色とりどりの美しき蝶達に彩られる煌びやかな妖しい魅惑の場所へと変わって行った。凶悪な質悪いど派手な危険地帯になり、それにデイズの卸す麻薬が派手に出回り始めると歯止めが利かなくなった。

何でも有りの享楽地帯をダリーは造り、デイズとは別口で麻薬を運んで来ては対抗し、そして女達や仲間達の欲望の全てを潤しつづけた。

その彼がいきなりハイセントルを捨てたものだから、彼女達はデイズに泣きつき、元々ダリーにはらまされた女達の手術代を出してあげていたデイズが仕方なく彼女達に麻薬と自由に出来る金を与えてやっていたが、デイズ自身の部下でも何でも無かった為に、ダリーがいた時代程は豪勢をさせてやるいわれも無く、適当に好きにさせていた。

デイズはいずれ、他の州に移る事になると言って来ていたし、レズビアン達は豪華にさせてもらえる方向を変え、富豪達に目標を変える事にした。

だから三年前から拷問好きのカーチス長女の事を、彼女達が行きつけていた秘密倶楽部内で聞きつけ、彼女を倶楽部内のパーティー会場で説得し、場所を提供してもらったのだ。場所も確保したし、あとは麻薬。その事をデイズに言うと、以前からカーチス屋敷地下ではSM好きの貴族達や周辺主婦達が悪魔崇拝をやっていたらしい事を言って来て、麻薬もそこに卸してやると言ってくれた。

もとから貴族達や主婦達は麻薬はやっていなかったが、精神を狂わせるSM的宗教はマンマが推し進め、娘を教祖として崇めさせていた。

ブラディス屋敷に行きつけていた貴族達はブラディスの死後、元門管理者で前地主の崇拝にも顔なじみだったカーチスを頼ってカーチス屋敷での妻のSM宗教に加わる事を多少嫌がり、あの洞窟で独自に進めつづけた。妻は元々古城での崇拝時代から自分も崇拝を興したい考えがあったので、この国に嫁いでからはマダム仲間達を取り巻き好き放題だったわけだ。元々カーチス屋敷では連日パーティーが行なわれていたために、周囲から怪しまれる事は無かった。貴族達の崇拝を始めの要素から妻が変えさせ、徐々にSM崇拝へと移行させて行った事は容易だった。魔的な力を求め崇拝に来ていたくらいだ。精神がそれ程に片寄っているという事。操り易かった。

途中から麻薬目的で加わったレズビアン達は崇拝には興味も無くクリスタルにパーティー気分で酔っていたのだが。

パーティーの次に地下に下りてくる一部の貴族達信者は可愛い女の子達に綺麗な装飾品やランジェリーなどを買ってやっては、教祖に自らの身を貢いで拷問の喜びを受けていた。貴族達一部は大体がこの街出身では無い他所からの人間の為に、街の秘密倶楽部には紹介されにくい。

その彼等の事を親族のレガント隠密一族から聞きつけ声を掛け始め救ったのが、ユリ・ミナツキだった。

元々グリーンシティーでも精神安定宗教の客を集めて来ていたユリ・ミナツキは、この街に来てからもその客を呼んでは部屋で崇拝を行なわせ、一方では父の親族と秘密裏で交信を取り、貴族達の事を聴きつけ、元門管理を行なっているとして縁のあるカーチスと連絡を取り合うようになり、ライバンに頼み込んで、痛みで救済を求める貴族達の真の救済を徐々に始めていた。

婦人はユリを孫の様に可愛がりはじめ、元々男装癖と男願望があった彼女はレズビアンの子達に何でも買い与えてはユリにもオークションで買ったブレスレットをあげていた。彼女はパーティー会場地下の崇拝場所を確保し、マンションを追い出されてからは秘密裏に6番地から赴き貴族達を精神安定に導きつづけてきた。

彼女がその内淫らなだけのアジェン地下を知って怒りを感じ、加わっては様子を見ていた。

だが、あのラングラーを自害に追い込んだのはユリでは無い。

何も手を下してもいない。むしろ、あの場所をギャングとマダムリカーが取り合っていた事も話で聴く程度だった。

元々街中の噂で、もしかしたらリカーが新しく宗教を開くつもりではないのかと噂されつづけていた為に、ユリは気が気じゃなくリカーの様子も6番地から秘密裏に窺いつづけていた。

街の噂が犯しているのだ。殺意を。

地下に渦巻くそういった物が、狂気へと駆り立て、あのアクアンバーのマスターを脅威に陥らせ、間接的な緊迫を与え、リカーからもデスタントからも板挟みにされる中を、決定的な破滅へ追い込ませた。

そういう事で、リカーとデスタントは何も直接手を下す事無く、囮捜査を続ける邪魔者を排除し、アクアンバーのマスターだけが連れて行かれたのだ。

結局その事で妙な地下崇拝の場所が消えた事は、デスタントもリカーもユリも首を縦に振ったが、それを潰されたマーシャルは薬を捌ける場も奪われ納得行かなかったわけだ。

ユリとマーシャルの間で揺れていたカーチスは、ダイランが言った通り徐々に麻薬常用により酷くなり始めたマーシャルの凶行に閉口し始めていたし、麻薬を呼び寄せた小悪魔達の謎のオーナー、覚せい剤を持ち込む男も現れなくなり、デイズも街を去った事で、あとはユリが言って来る言葉が残った。

恐怖の崇拝を復興させるわけにはいなかい。

レズビアン達は集まりに集まっては、屋敷地下にあるホール上の巨大メリーゴーランドに乗って遊んでいた。

「ねえ。例の子どうする?」

「みつかんないんでしょ?」

「そうみたい。」

「その子か、リカー様、どっちが勝つと思う?」

「ダリーが動いてるんでしょ?」

「ダリーって、リカー様のこと嫌ってるんですって。」

「本当?」

「わからない。」

「ねえキャンディーちょうだい。」

「はい。」

「あーん。」

「素敵。」


ジェイビス=ロッソはユリ・ミナツキを見て、彼女は首を傾げて振り返ると、紳士的で素敵な彼と同じ様な顔で微笑んだ。

「どうもこんにちは。ミスター。」

ハスキーボイスはどこか高さも含み、彼女はそう手を差し出した。

「どうも。始めまして。」

ロッソはそう微笑み手を取り、座るように促した。

「ダイラン=ガルド君に代わり、君に詳細を窺う事になったジェイビス=ロッソと言います。」

彼は好意的に微笑み、ユリは背を伸ばして微笑んだ。

「あたしはユリ・ミナツキ。彼にはお世話になっているわ。」

「今回、地下で行なっている宗教についてを聴く事が出来ると聞いています。君の行なっている父上からの伝来の崇拝を教えて頂きたい。君はレガント専属使用人達のどの一族の人間であるのかは伏せて頂いて構わない。我々は君からの必要を迫られた時以外では、6番地には踏み込まないことにする。」

「配慮いただいて有り難く思います。」

穏やかな風が根付く彼女は芯の強い鹿目をした子で、雰囲気にもオーラが根付いていた。

「君の父上の事を始めに覗ってもいいかな。」

鳶色の瞳をしたロッソはそう優しく促した。

「ええ。あたしの父は前地主様を崇拝する人でした。人徳的にという事だった様です。彼の謎の崇拝を手伝う傍ら、地主様から教えられるあらゆる話に父は虜になったのだと言います。その中で、父が特に魅せられたのは、精神を安静へ導く古来の宗教。」

「それが君が今進めているもの?」

「ええ。」

「そうまでに至った径路を話してくれるかい。」

「はい。前地主様に仕えていた6番地の専属使用人は36名いらっしゃいましたが、その中でも追放を受けた物は4名。マダムリカーもその時代に崇拝に加わっていた事でよく分かっていたのでしょう。執り行うにあたり手を貸していた使用人4名です。彼等は揃っていきなり追放され、他州へ回りました。始めは彼等は共に行動をしては崇拝を地下で行なっていたのですが、あたしが産まれると家族3人で彼等から離れました。あたしは父の宗教行事を克明に覚えていて、人々を安静に導く全てに魅せられていきました。」

ユリは一度俯き黙り、顔を上げた。

「ミスターガルドにも話しましたが、父はあたしが家族の元を離れている時、田舎の村で宣教中に……。母はそこでの事に口を閉ざしつづけ、あたしは聞く事はしませんでした。しかし、その時の事が分かったんです。共に追放された中の仲間に、逆に邪教と言われ、裏切り行為と目されたのだという事。」

「ジェットの娘以外の2人に?」

「はい。ジェットは既に高齢の為に没していましたし、その娘は趣向を変えた事で離れて行きました。結局は熱狂的な少女達に宗教を伝承しては、マサチューセッツの湖で亡くなられたようですが。あとの2人の子供は突如父と母の前に姿を現し、彼等は去って行き、行方は5年前から不明だったんです。でも……」

ロッソは「無理そうなら日を改めようか。」そう言ったが、ユリは首を横に振った。

「その彼等の娘が既に事件を起していたんです。レズビアン達を集めて宗教を行い、一斉に機関銃で乱殺した事件。その名前を後から耳にして、驚きました。」

ロッソは記憶の中にあるその事件を思い出し、その後その模倣犯罪が何件か起こった事を思い出し、顔を上げた。

「あたしは、アジェンの子達がまさかそれを起そうとしているんじゃないかと思って怒りを感じたわ。そうはならなかったけれど……。その事件を引き起こした親には父を。娘は少女達を。娘は命を絶ち、彼女の親は事件後、名前を変えたんでしょうね。あたしは、その親がこの街に戻って着色された悪魔崇拝を広めていると思っていたけれど、それはカーチス婦人の独断でした。彼等はあたし達一族とは無関係だけれど、邪教に傾いた事に変わりは無かったので、説得を続けました。だって、恐ろしい過激な乱射事件が事実起きているんですから。」

膝の上で重ねる手を組み合わせ、目を閉じると開き、言葉を続けた。

吹雪が窓を揺らし、ガタガタと言う。彼女自身が感じる恐怖に繋がっているかのように。

「2名の名前は前地主専属使用人だったサルザン=バライゾンの息子、カギラス=バライゾン。年齢は40代半ばかしら。銃撃事件を起した女性の父親です。もう一人はエーシャルナ=バラミス。生きていれば、79歳でしょうね。彼女の子供は不明です。生涯独身のままに今もバライゾンと共に崇拝事を執り行っているかもしれません。どちらにしろ、6番地にはいないと聞きます。名を変えているのなら、もう顔も分からないわ。カギラスとエーシャルナと父が崇拝を行なっていた記憶の内容は、ごめんなさい。覚えていなくて。」

ロッソは頷き、一度窓側を見た。カーテンの向こうは吹雪だろう。

大地の力を立ち昇る炎で宇宙回転に浸蝕させる……それをロッソは信じていた時代が確かにあった。吹雪などという言葉など知らなかった時代。

今では音を聴くだけでこの異国の地に吹く吹雪が想像できた。ロッソにとって、宗教という物も地も異なっても、それらは精神を変えさせる力があることは分かっていた。この地でもそれら力が氾濫しているようだ。

「何歳くらいに家族は彼等と離れたか分かっているかな。」

「きっと、5,6歳くらいね。普段は彼等は普通だった。崇拝の時だけ、別人になったわ。料理が美味しいし、楽器も上手で、とても楽しかった。特にカギラスと同じ時期に生まれた父は幼馴染という事で、深い話し合いを良くしていたのに……。」

悲しみを霞ませたユリは目を一度閉じ、だからこそ母は辛かったのだろう。仲が良かった2人の姿を見て来たから。それをも崩した宗教への怒りをユリはもっていた。もっと大切なものがあったのでは無いのかと思うのだ。考えや宗教の違い以外に、崩すべきで無い絆というもの。人と人との間に生まれるものを。

「一ついいかい。君は祖父、父親の存在や祖母、母親の存在を共に父や母と?」

「ああ、ごめんなさい。そうよね。総称して呼ぶの。先祖の全ての存在が男性が父、そして女性が母。兄弟か、または姉妹。」

「成る程ね。」

名前は与えられていない一族という事か。ジェットもそういったボディーガード一族だったと聞く。ハノスの話では、彼等には『隠密一族』がいるという話で、彼等は街の監視・情報収集を目的とした名も無い一族だったようだ。どうやらユリ・ミナツキはその隠密一族の子供らしい。

BBB渓谷で自殺したというハノスの父親もその例の名の与えられていないボディーガード一族の人間だったのだから、彼なら少しは聞き出せそうだとも思えたが、彼にも探りきれない事は事実多いようだ。必然的にハノスはジェットとも血縁だという事になるが、何しろ真実が何も分からずにヴェールに包まれていた。ハノスが本当は何者であるのかも分からないのだから。

「今では顔を覚えていなくて。整形という事もあるし、今の世の中は他の国にも幾らでも行けるでしょう?もしも本当はエーシャルナは娘か息子を産んでいて、その孫もいて別に暮らしているとしても、何も分からない。彼等はもういないかもしれないし。子供の年齢も不明だわ。」

ユリはそうカーテンの方向から顔を向けた。

「父が何の着色も行なっていなかったのかは不明だけれど、あたしの行なう崇拝は『安静の光の力』が源だったの。」

「確かに、街に根付く物と似ているように思えるね。」

「ええ。街には、夕陽の没と共に闇に閉ざされ安静を問う。いわば、炎と地と闇ね。」

「夕方。」

「ええ。あたし達は、夜の星の光。海の青の光。空が発する青の光。蝋燭の炎を見つめ精神統一をしながら思い描くわ。宇宙の巡り。星の光を集めて行き、地球を回り、地球の其々の青に、光に静かに落ちて行く。光と水と静。それらは溶け合っている。より緻密な宇宙のめぐりの速度を瞑想の中で辿る事で、集中力が高まって精神は宇宙とリンクして強さを手に出来る。大きな存在という陵駕の強さを。心の中で、宇宙を再生し続け創造し続けるのよ。事実の宇宙で執り行われているたがわぬ全てとリンクする為に。宇宙は最大限に無限だし、有限にもできるし、操れて、ダイナミックでもあって極小さなものでも有る。瞑想は核を抜け海底から気泡で宇宙の幾ら先までも行ける。人生の永旅よ。必ずしも、光が存在してくれる。通った後が闇だろうと、自己の力にしていったから。決して自らの過ちを闇に落とした暗黒じゃ無く、静寂を導く闇。そういうイメージを、続けるの。簡単なことでしょう?何にも難しくなんか無い、極々シンプルな、日常に誰もが行なえる事。これが、精神統一を促す宇宙崇拝の瞑想。自己をしっかり見つめて、反省し、安泰へと心を持って行き、気兼ね無く楽にリラックス出来る心を造る時間。銀河は一種、水の流れのようにも感じる。」

ユリは目を開くと言った。

「パーティーホールの屋敷地下では、夕日の賛美が続けられていたの。街に伝わり続けていた物がね。彼等は、夕陽の時間地下に集まってはそちらの方向に片腕をかざし、祈りを捧げた。そして静かに歌った。一番星が光り、そして夜へと突入する時間まで。手を組みその日の行いを問い、夜に突入すれば目を閉じて静かに歌を捧げていた。それが街に伝わる夕陽時の賛美の時間。きっと、街に伝承するくらいだから、ずっと長い間の宗教事の崇拝行事の一部なのだと思うわ。きっと、あたしが行って来た瞑想行為も、宗教の中の行為の一部なのね。父は前地主から、きっと全ての事を聞いていたのだと思うの。その中の一つが、気に入ったのね。」

「それじゃあ、青の悪魔という崇拝も、夕陽の崇拝も、赤の悪魔の崇拝というものも、一つの彼等独自の宗教の中の一部に過ぎないと?」

「分からないけれど、そうなんじゃないかと思うの。全ては光に繋がるでしょう?だから、あたしは彼等が元来は『光』を崇拝した、勝手に考えて呼んでいるんだけれど『聖光宗教』だと思っているの。確かに、赤の悪魔といういきなり異なった激の崇拝は、前地主独自のものかもしれないけれど。やっぱり、静寂や安静とは無縁な邪悪な印象しかなくて……。」

「その彼等も前地主の崇拝を恐れていた為に地下でひっそりと行なってきていたようだね。」

「ええ。だからこそ、安静を自らが生み出すという崇拝を快く受け入れてくれたの。」

ロッソは、生き残りの2人の血筋がどうも気になった。もしも、海外に渡っているのならば探し出す事は困難だし、彼等が何かを引き連れ一気に狙って来る恐れもあるかもしれない。そんなに忠実に再現し、そして邪教と見なした精神安定宗教を撲滅した様な輩だ。大人しくしているとは思えない。

今、秘密裏では無かったのなら、こうやってユリが崇拝を行なっている事を様子を窺って何かを仕出かそうとしてくるのかもしれないのだから。それか、既に街に戻っていて地下で彼等は邪悪な崇拝を続けていて、いきなり来た精神安定を時を見て命を狙っている。

もしもリカーが本当に前地主の邪悪な崇拝を進めるつもりなら、確実にユリとは対立する物になる。

使用人達の子孫。本当にその後崇拝を自分達で着色していないのかは不明ならばなおの事特定が難しいし、宗教自体を行なってもいないのかもしれない。それに、親は伝来させなかったのかもしれない。第一、自分が子孫だと知らないものもいるかもしれない。バラミスは専属楽器演奏一族だし、バライゾンは厨房を任されるコック・料理長一族だった。

「エーシャルナ=バラミスは何の楽器を演奏して?」

「基本的にはバイオリンでした。いつでもケースを持ち歩いていた様な……。バラミス一族は、元門があった時代は地下での崇拝時に巨大なパイプオルガンを奏でてきた音楽一族です。もしも、エーシャルナが子供を産んでいて、孫もいるならばリカー様と掛け合って宗教を興す際にオルガンを引く事を言って来るのかもしれない。」

「しかし、パイプオルガンを何体も作るとなると、相当の事だね。」

「バラミスは楽器造りも専属的に行なっているわ。設計、素材選び、産地選び、製造の為の職人達も一族で出来上がっていて、誰もが2才から何かの楽器を奏でるか、様々な楽器職人になるかの道で別れるの。オーケストラ、ジャズバンド、東洋楽器バンド、民族的な物、あらゆる物をね。万物に長ける踊り子も。だから、とても人数が多くて、彼等は独自の工場の場所もしっかりとあって、きっとパイプオルガンもそこで。同じ様に、装飾品やドレスを作る一族も彼等が選び抜き、デザインし、彼等一族が作る職人達の場所がある事と同じ。」

彼は頷き、共に、楽器を弾く人間達の多さに加え、隠密という一族も数が多いことだろうと思った。どの一族の人間も。

「みんなは普段、6番地外に?」

「6番地にいるのは、一族其々の本家だけなので、そうですね、大体は5,6人くらいなのでは無いのかしら。他の人達は分家として他の場所にいる。特定は出来無いけれど、それ程に多いのかもしれない。」


魂の解放。

魅惑的なそれは瞑想に浸るのには美し過ぎる誘惑……。

甘美なる全てが、密なる上に花開く様。

誰もが生きる上で、心の中の己と、人と対面する自らを持っている。

ひしめく魂が、己の心と繋がるときに感動に浸れる……。

ロジャーは蝋燭を吹き消し、薔薇の花びらが床に落ち、薔薇も落ちた。

「……。」

闇の中に浮かぶ死んでしまった彼が、この時だけは微笑み掛けて来てくれる。

あなたも魂を解放している時なのね。だから、会えるのよね。魂がリンク、しているのよね……。

寂しいわ。あんなに愛し合っていたのに先に、寂しい思いをさせていてごめんね。こんな暗い中で。

ロジャーはそちらを瞬きもせずに見つめていて、その内銀の燭台に火を灯した。

彼が亡くなった年齢分の祈り。彼が亡くなって7年の徐々に増えて行く蝋燭ずつに、34回の祈りを捧げる毎に徐々に……。

透明になって行く空気が時に辛くて。

どんなに他の人を求めても、戯言にしか思えない愛情に思えるわ。こうやって、いつまでも、語り合っていましょう?透明な闇の中。

ロジャーの水色の瞳から涙が零れ、その場に膝を崩し、口元を押さえて泣きつづけた。


夜の悪夢は耐え難い苦痛だ。

ユリはうなされ、目を覚ました。

この地に来てから、白昼夢までが彼女を襲った。人々は安らかになったと言い、美しく柔らかに微笑む。

美しき人たち。彼等で氾濫したほうが良い。苦痛に歪む顔はもういらないわ。充分よ。解決して行きましょう。


自分が変革しているんじゃないかという恐怖。

どんどん違う自分になって行くというの?

こんな事を言える人じゃ無かったじゃないと、自分を軽蔑しなくては。

本来のあなたは優しい人。

何処に心を置いてきてしまっているの。探して、探して、抱き寄せて。

人といる事が億劫だったのは昔からでしょう?大丈夫。自己の心を保ちつづけて人に接して。

優しく、優しく、心をもって。

波にもまれると善がうもれてしまうけれど、負けないで下さいな。

純粋であり続ける事を、心して。


心が乱れては止まなくなる。

淫らに足掻いては、溺れて崩れ何処かが壊れている。

おかしいのだ。自分は何処までも繰り返し続けては溺れてを繰り返し。

いうことを聞かない頭。いうことを聞かない。

だから、ずっとこうなんだ。


自分という物を表現して生きる上で、大切なことは他の人。


奉仕された以上に奉仕する人になれればいいのに。


人といなければならないものが人間ならば、踏み出さねばならない。

次に進んで、いくらでも、踏み出すまでが億劫でも、自分も自分というものだったから、どうにかやっていこう。

確かに他の人と向き合うのは恐いけれど、楽しい事もきっとあるよ。

それを考えて心をリハビリして行こう。

外に自分が向くことが出来る様に。

向いたら誠意を示さなければ。今まで生きて来た自分の分を、他の人の為に生きなければ。

それを足が踏み出せずに躊躇してては駄目。

踏み出そう。

ずっとそう思っているけど、億劫。

心を外に徐々に向けなければの堂々巡り。

頭を抱える……。


低くなるな。俺は見ているぞ。怒り狂う前に冷静になれないお前を見ている。

惨めになるな。強くいろ。自己を忘れるな。捨てるな。

ここから見ている。

ここまで来い。


多くの感情が取り巻いては回っていた。その夜。一人一人が抱える悩みの糸口を何かに求めている。


「最近、クリスタルやってなくって、どれくらい?」

「ニヶ月」

「そっか。アジェンがいきなりダリーに探られはじめて、カーチス出してくれなくなったものね。捕まるからって」

「もう忘れちゃいそう!」

「あたし、LSDで我慢してる」

「あたしエクスタシー」

「グリーンシティーまで行ってるんでしょ?」

「うん。」

「遠いよね。イベント楽しいけどさ、毎回ってやばいよね。」

「あたしクラブ島。」

「ミラーはいいな。クラブ島に行けるから。あたし、獲って食べられちゃうからこわい。」

「そうよね。こわいものね。」

「ダリーがいた時なら男達から護ってくれたのに。」

「デイズ、どこに行ったのかしら。」

「今度会いにいく?」

「どこの州?」

「わかんない。」

「アメリカのどこか。」

「どこかわかんないとわかんないわよね。」

「わかんないよね。」

「ねえクリスタルとチョコレートって、同じ味だっけ?」

「あれ?苺と同じ味じゃなかったっけ?」

「あれ?クリスタルって味あったっけ?」

「ねえクリスタル打った痕が消えてる程やってないんだよ?」

「すごくない?」

「ああ足りない。」

「エッチしよ。」

「そうしよ。」

「なんでこの世って酔ってちゃ駄目なのかしら。みんなハッピーでいいのに。」

「崇拝なんて必要なくなるよね。」

「本当よね。あれ。なんでみんな宗教やってるんだっけ?」

「それってクリスタルと同じ味?」

「崇拝ってどうやって食べるの?」

「わかんない。」

「幸せだよねあたし達。」

「幸せよね。」


ハノスは深夜に目を覚まし、幾分頭痛が引いていた。体温を測ると多少高い程度で、熱を出した為に身体は軽く感じる。

ここでまた無理をすると酷いだろう事は感覚が分かっている。

起き上がり義足を填め、カーディガンを肩に掛けると廊下に出ては、歩いて行った。キッチンで湯を飲み、驚き咳き込んだ。

「ゴホゴホゴホッ」

「こんばんは。」

窓の外からロッソが手を振り、本気で毎回神出鬼没だ。黒ジャケットとズボンに黒の帽子なので、あの明るい鳶色の目だけが庭に浮いていた。

「風邪ですか。珍しい。」

「結果報告は。」

ロッソは履き出し窓から入るとダイニングチェアに座り頷きながら煙草をとんとん叩いた。

「どこの地下も成りを潜めています。一度パーティー会場地下も潜入されたので動きはありません。きっと、あの地主は夕陽の崇拝を黙認しつづけていたのでしょうが、その後ユリ・ミナツキが塗り替え進行している事は知らないはずです。地主が何しろ動かない。ただ、数人の影が動いているのですが、隠密の連中でしょう。」

「覆面の男を見た事は?」

「いいえ。ありません。隠密は姿を変えられるのでしょう。気付かないうちに横にいたのかもしれない。」

「私も隠密の人員の顔は分からないからな。」

「そのようですね。ただ、少女達が夕方の内に大勢動きましてね。もしかしたらアジェンにいたという少女達かもしれない。しかし、主婦に動きはありません。潜り込むのはなんだか気が引けまして。」

「建物を見張って翌朝に行ってみてくれ。覚せい剤は無いのだろうが、使ってきた者達が捕まるかもしれない。」

「はい。」

ロッソは立ち上がり、最後まできょろついた目が灰皿を見つけられなかったために指に持ったまま立ち上がった。

「そうそう。風邪にはまじないを唱えるといいですよ。」

「私はジプシーの迷信は信じていない。」

「ええ。炎の火影を見て生きて来たわけでは無いのでしょうから。」

「火影か。そうだな。その影すら見つづけていれば真実も暴き易かったのだろうが、幼い頃の記憶には、やはりユリ・ミナツキ同様に恐怖しか残らないのだろう。」

「それ程に、子供にとっては何某かの危険な儀式をジル・D=レガントは行なっていたという事でしょうね。」

「そうだな。」

ロッソは立ち上がり、何らかの薬草を煎じたものが入った麻袋をテーブルに置いた。

「リーデルライゾンは本当に寒い。この身には際どいですね。風邪に効く薬です。水で飲んでみてください。それでは。」

彼はそう言い履き出し窓から出て行き、庭の闇に紛れて行った。

ハノスは好意に感謝していただく事にし、水をコップに出してから、まさか毒じゃないだろうなと思いながらも林の先の真っ白の丘と、山の連なりを見ながら月光が柔らかく広がっている。

一か罰か口に放り、水で流し込んだ。

一応ロッソからは命を狙われている身の為、あまり薬関係は信用したく無いが、何も起きずにコップを洗いまた引き返して行った。


フィスターは消えていたロジャーが戻って来た為にソファーから立ち上がり微笑んだ。

「寝付けませんか?」

「ああ、悪いわね。夜はよくこうなのよ。気にしないで。あなたこそこんな真夜中に起きて。あまりベッドは寝心地がよくなかったかしら?」

「いいえ。とんでもない。」

「ガルド君の事が心配なのね。分かるわ。」

フィスターは頬を染めて頷き、暖炉の炎を見つめた。

「あたし、何も見ていないうちから進もうとしているように思うんです。焦る必要は無い、なのに、必死になってしまう。」

「何か、過去にあったの?」

フィスターは小さく俯きながら頷き、炎を見つめた。彼女の遠くの窓は、既に青の星がたくさん夜空に輝いていて、きっと外は白い。透明度の高いクリスタルにサファイアの粒が散らばり光っているようだった。

美しい艶の夜だ。

フィスターが神聖な美しいものに見える。

彼女は美しいのだ。ガルド君が手を触れられ無かったほど。

「急がなきゃなんて、馬鹿みたいに思うんです。逃したくなくて、つかめなくて、いだきあっていると思ったら、逃げられて……。」

フィスターは群青とゴールドのソファーに座りながら小さく白い顔を微笑ませて顔を上げた。

「臆病になるんですね。恋愛は、ステップなのに。」

フィスターはそう言い、ロジャーも頷いた。

ロジャーは7年間も忘れられない恋人を夜求めては、生き返らせたい望みを持ち続け、夜に密教を行っては、返らないと分かっているのに、心はすすめずにいた。

体がどんなに他の男を求めても、忘れられない。最終的には浮気や不倫で左遷されてしまった。本気でもない相手と、続ける恋愛はままごとよりも質が悪くて……。

時々、男との体の関係を結ぶ闇に、7年前と変わらない彼が闇に立っている。幻想だと分かっているのに悲しくて、切なくて、やるせない。

男の背に揺れる先の彼が闇に消えて行く恐怖が、彼女を、体を結んでいながらも一人にした。

何が大切で、何が必要なのか、求めすぎてしまっているのだ。心が止まってしまっている。完全に止まってしまっている。

自分が暗示を掛けているんだわ。忘れてしまいたくないから、ガルド君の事を聞いて、長年何かに囚われてしまっている気持ちが分かって、あの時バーモラの事を自分すらも殴ってしまいたくなった。大切な心の中にい続ける者を侮辱されると、きっと自分でも何をしでかすか分からないかもしれない。

フィスターは鋭い造りの綺麗なロジャーの目元を見ては、心配そうに首を傾げた。

夜闇の中の彼女だからか、とても不安げで、そして闇を見詰めているように思えた。

いつでもおちゃめでセクシーな言い回しでダイランを誘惑していて、色目を使って微笑んではコーヒーを渡している。いつも美人なロジャーを相手にしないダイランはたまに「いい女なんだよなあ」という目で猫の様に追ってはロジャーが顔を微笑み向けるとぷいっと反らす。いつでもロジャーは年下のダイランを可笑しそうに微笑みデスクに腰掛けコーヒーを傾けた。

ロジャーは麻薬捜査官だったが、捜査一課の警部補と不倫をし、その事で殺人課の事務的な情報処理だけを行なう部署B班に左遷された事を噂で知っていた。その警部は今は他の警察署へ左遷され、離婚した妻は母国へ帰ったという。

「次の恋愛に臆病になる気持ちは分かるわ。特に、あなたの様にガルド君が気になるだなんて、きっと全く性質が異なるんでしょうね。」

フィスターは頷き、遠くを見つめた。

「あたしの彼、1年前の今日殺されたんです。」

「……。」

いつもの高いソプラノに、ロジャーは炎を見つめるフィスターの横顔を見て、瞬きし首を傾げた。

「1月も寒い中、……馬鹿みたいでしょう?他の女の子を連れて、ウィーンへ旅立って、彼は自分の23歳の誕生日に空港ジャックに遭って、撃たれちゃったって」

表情の無い頬は柔らかく、緋色に染められ、その背を青の光がしっと照らしていた。淡い黄緑の瞳が一切揺れる事無く炎を見つめていた。

「あたし、彼の誕生日だからって、いろいろな物用意していて、驚かせようって、内緒でいたんです。とっても張り切っちゃって、その前日の朝に……今からウィーンに行って来るよって……笑顔で言ってる事、彼の声からあたし、すぐに想像出来るんです。いつもそうだから。楽しそうに生きて、楽しそうに喋って、楽しそうに微笑んで、そして優しく愛してくれる。彼が消えて……」

ロジャーはフィスターの表情の無い顔を見ている事が辛くなり、目を反らして向い側のソファーの背に腰をつけた。

「自分を殺したみたいだった」

「フィスター。」

ロジャーは組む腕を見つめ、目を閉じた。

「MMに言われたんです。あたしは醜い女だって。心が冷たくて、酷くて、」

「そんな事無いわ。分かるの。」

ロジャーは首を横に小さく振り俯くフィスターを見て、フィスターは続けた。

「あたし、天使なんかじゃありません。エンジェルなんかじゃ。彼が、警部が思っている様な女じゃ無くて、みんなが思う様な純真な女じゃ無い。リキが死んだ時、悲しみさえ理解できずに、自分の心をカバーしたかった為に葬儀で彼を汚して、そういう、自分の事しか見れない女に、リキに何が出来てきただろうって、最近思うんです。」

炎がパチパチと音を発し、空間に揺れ始めた。くすぶり、揺れ始めた。

「彼を本気で愛してあげていたかしらと、親友止まりだったんじゃないかとか、似たもの同士過ぎて、男女の関係は不釣合いだったんじゃないかとか、なのに、彼の葬儀で自分をかばって……」

「フィスター。こっちを見て。あなたは確かにそのリキという子を愛していたのよ。だから悲し過ぎて、何がなんなのか分からなくなっていたんでしょう?悲しみの意味も理解したくなくて、失った様に体に走った激痛に耐えるためには、愛していた者にしか出来なかった言葉を送ったのよ。あなたを見ていると、割と適当で無神経で行き届かない所も多くて真っ直ぐを見始めると止まらなくて、そんなあなたと、似ていた恋人との間でなければ、通じなかった事だったんでしょう?自分の葬式にきてしまったような、その時の彼だったら、自分の葬儀であなたと同じ事を言って、同じ様に怒りを感じて、同じ様に、自分を責めた。あなたを、独りにしてしまったのは死んでしまった自分自身だったからよ。愛し合うものでなかったら、きっと……。本当の悲しみや深い怒りが隠されているって、気付かなかった。」

フィスターは目を閉じうつむいて、炎の音を聞きつづけた。

「そんなあたしが、本当に次に進んで良いのか分からずにいる内に、あたし、警部の事を愛し始めてしまっているんです。愚かでしょうか……。」

淡い色の瞳が、小さくなって来た炎を映す事無く揺れ、背後の青の光が広がり顔を上げた彼女の瞳を黄緑の透明に透かした。

「警部があんまりに必死で、早くしないと、またどこかに飛んで行ってしまうんじゃないかって恐いんです。彼の強さは殺されたりとか、簡単にどうにかなってしまう事は無くても、不安が先走って手に入れられずにいて。自分がまだ半人前だから認められるまでは絶対に傾かないと言い聞かせ続けても、本当は本気で愛する事が恐くて仕方が無かったから。白に、黒の縁の手紙が送られてきたら、そんな恐怖が……」

体が切り裂かれそうな想いだ。

彼女の手が微かに震え、その手で1年前受けただろう訃報の手紙は、きっと一生受け取りたくなど無かったものの筈だ。これからも。

「人はいずれ、目の前から消えてしまうわ。警部がそうなる時、あたし、横にいてあげたい……何十年先か、彼の事だから何百年先かは分からないけど、お互いの存在の片方を失う時、横に寄り添っていたいわ……。」

フィスターはうな垂れ目を閉じ、震える声で言った。

「そんな事って、許されるのかな」

ロジャーは立ち上がって顔を押さえ泣く彼女の肩を抱き寄せ、蜂蜜色の髪に頬をつけた。

「あなたが幸せにならなくて、誰がリキ君を許すというの。あなた自身が心から彼を許さなければ、あなた自身に幸せが訪れないのよ。」

フィスターは腕を伝う涙が熱くて頷いた。

「ガルド君はまだ頼り無い部分も多いけれど、多くの部下を引っ張ってきた人だもの。優しさも備わっているし、素直な所もあるし、徐々に信頼を築けるタイプだと思うわ。今度は彼を愛する自分を信じてみて。」

フィスターは言葉にならずに頷きつづけ、ロジャーはずっと彼女の髪を優しく抱いて撫でつづけていた。

「何故、あんなに危なっかしい人に心はほれてしまったんだろう。強烈にひきつけあっては、もう止まらないし、心に従うほかは無いんですよね。とにかく愛しくて、だから、あたしは彼の全てを、幸せに行き着くまでを打開しなければ……愛してしまったのだから、二人で歩んでいって、いいんですよね……。」

ロジャーは頷き、消えて行った炎の白い煙を見つめた。

闇に、青の光が安静と共に広がったかのようだった。サファイア色の青が。

必死に進もうとしているこの子を見て、自分もいずれは自分の心を許して上げられる時をもてれば良いのに……。

「ロジャーさん。あたしの話を聞いていただいて、ありがとうございます。こんな事話したのは初めてで、さっきまで寂しくてどうしようもなかったんです。」

「いいのよフィスター。あたし達はあなたの事大好きよ。あなたという仲間にめぐり合えて毎日が新鮮で、あなたという存在に感謝している。それはね、あなたが紛れもなく真っ直ぐに頑固な人だから。あなたは将来、立派な女性になると思うわ。それまでも、様々を学んで行けるのよ。リキ君も分も、同じ体で生き抜かなければ。あの問題児のガルド君と付き合ってるってさっき知ったけど」

フィスターは真赤になって目を丸くして俯き、全身真赤になって小さく頷いた。

「ふふ。本当に可愛らしい人。」

ロジャーは彼女の髪を優しく撫で、ソファーのアームから立ち上がった。

「さあ。もうこんな時間。明日の捜査があるわ。早く眠らなくてはお姫様。」

「ふふ。そうですね。」

フィスターもようやく微笑み、伸びてくる青の光を見つめた。

「ロジャーさん。」

「何か?」

彼女は振り返り、足許横の青の光を見つめるフィスターを見た。

「崇拝は……」

「?」

彼女は顔を上げ、まるでモルフォ蝶のような青にフィスターの横顔が一瞬染まった。

「青の悪魔。青の光が満ちる時に必ず行なわれる筈だわ。そしてその青の悪魔の安静を導く様を良く思わない者達が……、今地下崇拝の知られた中を。」

彼女がいきなり走り出したからロジャーは慌てて追いかけてガルド君がいないから今日は彼女の決め付けを止める人間がいない事と、この頃ガルド君に似てきて無謀さも完全に加わり始めた彼女を追いかけた。

コートもきずにシルクの藤色のパジャマだけで走って行く彼女をロングコートと純白ファーの耳当てを持って追いかけ自分はムートンのコートと毛皮の帽子を被り走って行った。

「待ってフィスター、危険よ!」

「でも間に合わないわ!」

フィスターはロジャーに渡されたコートを着て、唯一運転出来る自転車に乗り込み純白の耳当てを当て、雪の積もる中を走らせて行こうとしたのをロジャーが止めた。

「バイクがあるわ!」

そう言うと倉庫を空けてエンジンが凍って動かなかったから慌ててフィスターの自転車を追いかけた。でもそのまま雪に取られて雪の上に転び、ロジャーが走り出したフィスターを追いかけて行く。

「フィスター!待ちなさい応援を呼ぶから!」

「間に合わないわ!早く行かなければ!」

純白の雪は美しい青に染められていて、まるで初夏に咲くブルーミングブルービューティーの様だった。

走って行くと広い道路に出て、彼女は自分がスリッパなのだと気付いていない。

「やあ。どうしたんだい。」

警察寮のエンジェルフィスターちゃんが必死に走っている所を見かけたパトロールの巡査が声を掛け、彼女はパトカーも目に入らずに走って行ってしまい、ロジャーは追いかけた。また他の道に出た時だった。

青の満月が満ち、それを見上げて一瞬の影が差した。

見上げた。

「え?」

「あああああああ」

真っ白なパラシュートでダイランが落ちてきて、フィスターとロジャーは口を引きつらせながら雪の上にばさりと降り立ったダイランを見た。その上にパラシュートが落ち、彼を押しつぶした。

「ああああ、ああああ、」

「け、警部っっっ」

じたばた暴れ、フィスターとロジャーとようやく駆けつけた先ほどのパトカーが重いパラシュートをどかしていきダイランを引き起こした。

「MMのパラシュート?」

純白にはプラチナでMMと優雅に記されていた。

「おいパトカーに乗り込め。」

ダイランは起き上がりフィスターとロジャーをどつきいれて自分が運転し、2人の巡査も驚き駆け乗った。

「警部!今動いている事が知られたら、」

「いいから黙ってろ!」

「元門に?」

「ああ。きっとパーティー会場地下だ。」

青の光が強く艶めいてきて、反して彼等の心の焦りは強くなり始めていた。まるで真っ青の海のように雪の世界が青く染まっていく。

月の魔力かの様にきらきら輝き、青のヴェールが煌きを伴い駆けてゆき街の人々に安静を呼ぶかの様に。

こんな現象は、初めて見た。

幻想的であって夢の中のクリスタル、いや、サファイアの街のようだった。

「ガルド君何故MMのパラシュートで?」

青の満月と煌く美しい青の星達を見ては、ロジャーはダイランに言った。

「消えたデスタントの事を奴なら何か情報掴んでやがるんじゃねえかと思って向ったが取り逃がしちまった。だからそこにあったMMのジェットを一機拝借して」

「え?」

「戻って来たらこの青の空だったからな。」

「拝借……お前、それって大富豪の持ち物盗んだの間違いじゃねえのかよ。」

「いいんだ!1個位なくなってたって気付くわけが無い気付くわけが無い気付」

「警部……。」



青の光が、澄みわたっては美しく優しげな光を広げるごとに心をかりたたせた。白亜のパーティー会場の屋敷も青に染め尽くし、裏切り者への恨みがぶり返す。

追い出された我々は彼の意思を継ぎつづけてこその我々だ。それをあのダダルの娘は安静などを味方につけ、ジル様の魂を脅かすつもりか。

地。


魔。

火。

天。

それらの力に安静など不要。

ずんずん進んで行き、辺りを見回し突き進んで行った。

途中で目を開き覆面男が現れ攻撃してきたが、銃を向け下がらせた。

「やめろ。前地主様は望んではおられない。」

まさか、隠密の人間か。

「そんな事、分からないでしょうに。」

鋭い目でそう言い、サイレンサーが音も無く唸った。覆面は咄嗟に避けたが筋肉の腕にのめり込み、一瞬出来た隙で女が駆け出して行った。

ユリ・ミナツキの裏切り者が、絶対に血祭りに上げてくれる。

背後から恐ろしい程の音が鳴り響き始めていた。

それでも彼女は突き進み走って行く。何の音かは知らないが、何かが迫って来ていたものを走って行く。

扉を開け突き進んで行き、耳障りな声が聞こえる。祈り。なんてしゃらくさい……

石に包まれた中を松明が激しく揺れ千切れ怒りの豪火が赤の悪魔が乗り移ったが如く彼女の顔を照らし険しくしては、支配人を突き飛ばし開け放たれた観音扉の中のユリ・ミナツキに拳銃を向けた。

車のタイヤが激しく軋る音が鳴り響きガユリという音が轟いてはその瞬間、彼女は手首を持たれて天井に銃が唸った。

彼女はざっと背後を振り返り……

「……ジル様、」

きつい毒の様なエメラルドが炎に闇の中を照らされた。

違う、

「……ガルド君」

フィスターは車から転がり落ちスリッパが飛んでいき、髪を掻き揚げ瞬きした。

「……、サリー警部。」

ロジャーがそう驚いた顔で目を見開き言って、フィスターは信じられないという様に立ち上がった。

ユリ・ミナツキは瞬きして貴族達が驚き立ち上がった前に立っては、彼女の所まで来て、ダイランの顔と、警部と呼ばれていた50代位の初老の綺麗な女性の顔を見上げた。

「……ミズバラミス?目の色が……」

「……。」

彼女は目を反らし、ダイランが掴む手首を見上げてからダイランの顔を肩越しに見上げ、俯いてから向き直り彼の頬を撫でた。

「成長して行く毎に、母の大切に持ち続けた写真の中の亡きジル様に似ていく……。」

そう愛しい者を見つめる様に頬をさすり、ダイランは口を噤みサリー警部を見た。彼女はダイランが行方不明になって署に保護されてきた6歳の時の写真をずっとデスクの上に飾りつづけていた。ダイランは迎えに来てくれたジョスに泣きついて、美人なお姉さん刑事の彼女を見ては甘えようという魂胆で泣きつきに行ったのだ。その時の若い時代の彼女は可笑しそうにチビのダイランの頭を撫で、おじいちゃんに「可愛いお孫さんですね。」と微笑み渡した。

「……エレネット=B=サリー。殺人未遂現行犯で逮捕する。」

ダイランは顔を背けながらそう言い、彼女の腕に巡査に渡された手錠を填めた。

嫌な音が鳴り響いた。

サリー警部は視線だけで俯き、顔を反らすダイランを見上げた。

「あなたは、本当はレガント一族の人間なの?そうなんでしょう?どうか、そうだと言ってもらいたいのガルド君。あたしはそうと信じつづけて、あなたが殺人課の警部になった時は嬉しかった。近くでジル様に似たあなたを見続ける事が出来るからよ。彼は暗殺されてしまい、母の慕う彼にあたしは触れることなど出来無いと思っていたから。死んだ者を慕いつづける事は……。」

ダイランはサリー警部の顔を見て、口を噤んだまま首を縦に振った。

巡査2人は目玉を飛び出させロジャーは目を口を丸く見開き大きく瞬きをし続け、ダイモンの背を見て貴族達はすっごい顔をして目元を引きつらせた。

「俺はそのジルとかいう機関じゃ無いし、あんたの慕いつづける悪魔でも前地主でも無い。だがもし、万が一リカーが耄碌し尽くして俺に街の権利を受け渡してきたら、絶対に前地主と同じ事はしない。崇拝もしないし、貴族を苦しめ無いし、警官できっとありつづけるし、恐れられる存在にはならない。あんたが俺を見て来たなら、分かっている筈だ。」

サリー警部は彼の顔を涙で揺れ始める目元で見上げつづけ、頷いてから背後から来た腕を押さえる覆面刑事を見た。パトカーのボコッ凹になった背後の親族を見たユリは驚き、サリー警部は溜息をついてから頷いた。

さっきの言葉で知った。部下の覆面刑事は宿敵リカー側の隠密の人間だったという事。


ダイランは十分その後貴族達を脅迫し恐怖に陥らせてから解放し、未来のもしかしたらなるかもしれない心優しきとか抜かしたデーモン次期地主をフィスターが目を回して見ては、半年前からようやく麻薬やSM儀式から離れ安静を求めに来た貴族達を恐怖に陥らせる悪者ダイモンを叱りつけ、ロジャーは呆れて首を振った。

「だってリカーのばばあにバレた事が知られるよりはよっぽどなー!」

「ハウス!」

ダイランはブーブーぶーたれてパトカーにハウスし、今度は巡査2人の脅迫に入った。

「おい未来の悪徳若旦那。出世払いでパトカーの修理代は持って行かせるからな。」

「俺の人生で悪徳の名が消える時はあるというのか!」

「警部。」


ロッソは望遠鏡を構え、破壊された屋敷入り口からボコボコになって出てきたパトカーを見ては、女の子達の詰まっている屋敷の方向に向けた。

また会場のある屋敷を見ては、応援に駆けつけたパトカーが青と赤のサイレンを回転させていて、その青のサイレン灯だけが神秘の青の光に溶け込み見えなくなり、そしてあの赤のサイレン灯が、安静の青と混ざり澄み切った紫へと染まっていた。まるで全てがお伽の国かのように。

まるで春のような紫だ。レズビアン達のミステリアスな紫。きっと、春の楽しさは、闇を青が打ち消しては少しの感情を乗せる赤が掠め紫になり、光が感情を織り成す幸せの色にも思えた。何もしらなくていいのだろう。あの春の様な快楽と悦楽を求め続ける小悪魔な彼女達は。魔的で可憐な赤紫色の豪華な蝶の様に。

艶青の澄みわたる中、フィスターはボコボコのパトカーから降りたとき、初めてスリッパに気付いて頬を真赤にし、余りにも寒くて足を凍えさせていた。ダイランが他の巡査や刑事共が寄り集まって来たのを怒鳴り散らしてフィスターを抱え上げて暖房も整い平気なパトカーへ運び入れた。

「サリー警部!あなたも現場に駆けつけ……」

彼女は顔をあちらから向けずに部下の刑事は驚き手錠を見ては、ダイランは刑事の背を叩き行かせてから、彼女の手にマフラーを掛け他のパトカーに促した。

「バライゾンはどうなった。」

「彼は何か出来る状態じゃ無いわ。あたしは15歳で単身、街に来てね。街の事を探る裏側で警官になる事を決めた。リカーを検挙するためだけれど、その内に何も掴めなくて宗教事も途絶えたままデスタントまで現れて、おちびちゃんだったガルド君は派手に悪徳を尽くすし手一杯で、警部にまでのし上ったはいいけど問題は山積み。そんなある日母の死を知ったわ。バライゾンは今、精神病院で3年前から治療を受けている。崇拝の慣れの果てだったのかもしれないわ。」

「赤の悪魔だかの崇拝内容はそんなに精神を来すものだったのか。」

「別に。鶏肉集配の宗教だったから。」

「……。ええ?」

サリー警部はそこで一切の口を閉ざし、窓の外を見た。

怒りが抜け落ちると、青のシンミリとする青の重なりが、心に落ちてくる様だった。モルフォ蝶の鱗粉の様に。月の落とした青の雫みたいだ。青の花が舞ったという。崇拝の闇の中、古城ホールには、芳しくも幻想を抱かせる美しい青の花びらが、美しい彼を、彩ったのだと。炎のくすぶりと共に……。彼の優しい微笑み、彼の温かい手、母は惚れていたと言っていた。畏れ多くも……大地主様に。


署に来て彼女は、今回のカーチス屋敷崇拝発覚で知った証言上の青の悪魔崇拝とそれがまかさ行なわれている事をしった事による暴挙を自供したものの、前地主の行なっていた崇拝内容は最後まで口を割らなかった。彼女は崇拝を続けてはいなかったとも思える。刑事事件で大忙しの日々だったのは確実なのだから。

フィスターは連日デスタント会議の行なわれる中、サリー警部のデスクに来て、フォトを手に取った。

6才の真赤に涙にまみれた男の子と、その子を抱えあやすおじいちゃん。

ガルド警部とジョスさんだ。

毎日、この写真を微笑み見つめながら、孫のいない彼女は仕事を続けていたのだ。

完全なる安静を求める事も、もしかしたら、人によっては重荷になるのでは無いだろうかと思った。

普通が一番なのではないのかと。

日常を生きる中……。

崇拝の必要性は、個人の中にある。

ガルド警部の処分を解こうと署長に駆けつけていこうとしたフィスターを止めた時のサリー警部の顔は、いつものしっかりした風だった。優しく、冷静沈着な風が彼女だった。その彼女をも駆り立てる怒りの影無き心の中の崇拝。ダイランに下手に探られてはいけなかった為に謹慎処分を止めさせなかったのは確かだろうものの、彼女の目にはやはり、鋭い感覚の目の中に消えない温かみがあった。

前地主ジルと、ダイランへの愛情だったのだろう。


リカーは覆面の報告にあきれ果てた。

「何が地下宗教の復興だい。」

覆面を取った筋肉眉なし強面のスキンヘッドスーツ男はガクッとなり、その頭をバシッと叩かれた。

「んな事する必要が何処にあるっていうんだ。そんな金使う事なんかしやしないよ。」

彼女は首を振ってから言った。

「100年に一度決まりで劣化するパイプオルガンは元から設置しなおさなきゃならないんだよ。何カーチスがデイズの小僧に薬掴まされてたかられてたか知らないがね、あの小僧も馬鹿みたいに資金かかる宗教なんか何の特にもならずにどうともおもっちゃいなかった筈さ。贔屓にしてる設計士からは馬鹿垂れ小僧共が来て世間体から警官なんかが来るような事件起こしたんじゃ無いかって目で見られたって言って来たし、危うくこっちの設計話を打ち切られる寸前だったじゃないか。何の為にあんた警察にスパイに入ってんだ。あたしの苦労を軽減する為だろう。なーにをあたしの苦労や苦情を増やすためにいるってんだい。とっとと馬鹿らしい事言って無いでデイズの糞ガキの権利全てかき集めてきな。」

「では、何故元門入り口を閉ざしたりデスタントと権利問題に揺れつづけて?」

「新しいパイプオルガン作るのにガンガン音が煩いんじゃあ地主の所に住民地域共から苦情が殺到するだろうよ。門があった時代は石蓋がされていたが今じゃあ先々代が取り壊して跡形も無いんだ。第一今はもう大部分が完成している場所もあるし残るはせいぜいハイセントルとカーチス屋敷くらいだ。あんた、隠密だってのに港から続く9地点への地下通路も知らないのかい。呆れるねえ。」

「……。いやー、申し訳無い。」

「ブラディスの豪華客船造船工場のある場所が昔から搬入口になってんのさ。何十年も前は工場は無かったがね。」

彼女は腕を組み、横目でスキンヘッドを見た。

「あんたの所にいるとか言うユリ・ミナツキ、あんたあたしに報告しなかったね。」

「……。」

「はん。別に今更何もしやしないよ。地下でやってるだか何だか知らない悪魔崇拝だかも放っておきな。んなもんに構ってたら面倒で仕方が無いんだよ。どうせあのデイズの小僧も消えたんだ。麻薬が出回らなくなってジャンキー共がアホやらかし出した時だけ大人しくさせとけばいいんだ。街の品位乱してくれて迷惑なもんだね。もしも客人がもてなされている時だったら恥だったら無いよ。いいかい。とっとといきな。」

男は礼をし、その場を去って行った。

秘書のミランダは腕を組み凛と立つリカーの背後でどぎまぎしながら聞いていて、リカーは身を颯爽と返して歩いて行った。

広い廊下に出て歩いて行きながら、ミランダは静かに聞いた。

「大奥様?崇拝場所の建設はいよいよカーチス邸洞窟に着工するとの報告を受けました。」

リカーは肩越しに頷き、歩いて行った。

既にブルーミングブルービューティーの覚醒力を欲する貴族需要は再び伸びつづけている。

ジルの時代は大好物の鶏肉をジルが食べたいが為に宗教を興し、ペストの流行った時代に貴族達から安全な鶏肉を貢がせては食べて、ブルーミングブルービューティーに酒にといい気分になっては、炎でジンジャー鳥を焼き大盛大に鶏肉パーティーをやっていたが、今の安全な食の時代は病原菌に抗体の無いライ・ローガルもいないし、別にリカーはそんなに鶏肉好きじゃ無いし、ブルーミングブルービューティーに酔いたいだけ酔う崇拝を再び興す目的だった。

ジルの時代は、てっきりそのブルーミングブルービューティーで幻覚に犯されたカップルが殺し合いを始めたり、共に炎の中に突っ込んでったり、畏れ多くも鶏肉を食べている時のジルに切りかかったりなどして彼に正当防衛でうっかり銃で撃たれたり、炎で焼けあがった者を食べたり、暗殺目的で宴に招待した王族の誰がしかをブルーミングブルービューティーで狂わせ狂死させたり自分の軍配を上げせしめたりなどをちゃっかりしていたりなどしていたのだ。焼いた鶏肉にジルがプラチナの溶けた壺から剣を振り出し掛けては瞬時に固まりプラチナ箔の乗った豪華な鶏肉料理を皆でご馳走になってはジルはパイプオルガンを弾き鳴らし……。

ブルーミングブルービューティーはあの芳香が脳神経を麻痺させる。麻薬ほどの常用性は無いが、ただ幻覚を見る。そして、男女が共に自殺をしたがる危険な死の香りだったが、その香りと幻覚は、どこまでも貴族達を虜にする。ジルの事も、リカーも。

そして、紫の花が全ての悪魔的な青の効力を無化させる。闇の中……。

リカーはまだ来ないブルーミングブルービューティーの生花の時期を、待ち望んだ。


「女神、紫の悪魔崇拝の興りを祝して、みんなグラスは持って?」

ストレートとカールの二人組みがトアルノッテにある富豪レズビアン女の屋敷地下、グラスを掲げて彼女達に呼びかけた。

其々の彼女達のグラスには、ホットチョコレートや、黄金シャンパンや、ワイン、ピンクのカクテル、紫のカクテル、水色とグリーンや黄色グラデーションのジェリーカクテルなどが綺麗に入っていて、それらを黄金シャンデリアの煌くホールで一斉に掲げた。

蝶やきらめきが飛び交い、崇拝とか宗教とは名ばかりの彼女達の新しい楽園になるべく紫の時間の空間は妖しくも愛らしく華やいだ。

「ね。紫の悪魔って、いるの?」

「ううん。いない。」

「青と赤の悪魔と、前のデイズの話だと、何かの文献で闇の悪魔もいるって、話。」

「宇宙に紫ってあるのかな?」

「わかんない。」

「毒蜘蛛星雲は赤でしょ?」

「薔薇星雲はピンクよ。」

「白鳥座って青よね。プラチナ色?」

「じゃあ、紫って人間らしいって事よね。」

「そうよね。」

「女の子の色よね。」

「あたし達にこその幸せ快楽の色よね。」

「レズビアンの色よね。」

「この世の中全部が赤紫色ならいいのに!」

「最高。」

「じゃあやっぱり女神よね。」

「女神役のひと、誰にする?」

「誰がなる?」

「誰でも女神にしない?」

「それって良い。」

「崇拝って何やる?」

「可愛がり合う。」

「お互いを崇拝しよ?」

「それって幸せ。」

「貢物はチョコレートと、苺と、キャンディーと、ミルクと、綺麗な香りの花と」

「きゃあきゃあ」

総勢、数百人の彼女達は其々が甘い彼女達で埋め尽くされていた。

この屋敷の娘であって、レズビアンであり、秘密倶楽部にも行きつけている若々しく美しくも鋭い美貌を誇る女はシャンパングラスを手に、迫力ある肉体をドレスに包ませ、強く微笑した。

「これからはこのホールで自由に遊んでちょうだいよ。愛らしい蝶達。」

「嬉しい。」

「大好き。」

「ありがとう。」

「最高。」

彼女達はうっとり微笑み合い、幸せの紫の中に微笑しあった。


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