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秘密の崇拝 ESOTERIC WORSHIP ~子悪魔達の悪戯~
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アメリカ極北部
リーデルライゾン
ベッドタウン ヒールコンスト
B地区 エケノ
エリッサ警察署殺人課部長ギガ邸
アメリカ。カナダ寄りの何処かに位置する街、リーデルライゾンは、五百年という歴史のある街である。
アメリカ移民時代、イギリス人貴族レガント一族は、一族の専属使用人達や専属職人達を引き連れ、多くの貴族達と共にレガントの所有する遊覧船に揺られてやってきた。
レガント一族は先頭を切って街づくりをしていき、その土地の地主となって街を栄えさせた。自然が溢れ、優美な貴族達と美術、芸術・工芸職人達の優雅な街。それが、リーデルライゾンだった。
時は流れ、徐々に街並は時代と共に変化して行った。
時代の変化と共に貴族達と職人達の街だけでは済まなくなったリーデルライゾンは、二流階級に引き続き、平原への森林移植、隣街作りによる海外移民達の街が出来、労働者階級住宅地が出来、挙句の果てにはスラム街まで出来てしまい、貧富の差が出始めた。
現在でも残る貴族達の末裔は、トアルノーラ、トアルノッテに住み、二流家庭はエケノ。労働者階級はアジェンに住み、職人達はバートスクに。役人達はエリッサに勤務。そして、スラム地区はハイセントルと呼ばれている。
近年、そのスラム地区が街と警察署を騒がせつづけていた。
眼前に優雅な街並を望み、背後に青い海が広がる地区には、役所関係などが集まるエリッサ警察本署がある。
今はそんな騒ぎの原因であった街始まって以来のギャングファミリーが、これもまた勢力拡大という目的のため、ようやくこの街から去ってくれていた時期だった。だが、それを喜んでいない人間が署内にはいた。検挙前に取り逃がしてしまった為に、連日会議を行なわなければならなかった。
警部ダイラン=ガルドは、二十三歳にして、現在本署三階に設けられる殺人課情報処理B班内に設置されている特殊A級犯罪取締り捜査班に務めているチーム主任の警部だ。
彼、ダイランは一年前までの元上司、殺人課部長である警部、オーレッゼ・フォルシー=ギガ邸へ訪れていた。その元上司に久し振りの夕食にと呼ばれていたのだ。丁度、翌日の合同会議を開く内容を検討する必要もあった為に、呼ばれた夕食後、夜遅くまでの話し合いをしていた。だが、この街から既に手出しできなくなってしまったのだが。それがはがゆかった。
ギャングファミリーボス、デイズ・デスタントは、スラム出であるダイランの幼馴染であった。ダイランは街の地主、レガント一族の人間として生まれながらも、スラム地区へ捨てられ生きて来た。デイズはというと、イギリス人貴族の祖父に連れられ、アメリカに渡っては好んでスラム地区へ移り住んだのだ。それも成長すれば、デイズは麻薬と密輸ルートのギャングになり、ダイランは彼を追う警官になったのだった。
「まあ栗ちゃん! 久し振りね!」
ギガの妻マラアが栗を出迎え、大喜びで招き入れた。
「ご無沙汰してます」
「そんなこといいの!さあさあ入って。栗。今日はこの人からあなたが来ると聞いて、料理の腕に寄りをかけたのよ」
マラアは料理が素晴らしくうまい。六歳からこの妻の料理を時々食べてきていたダイランだったが、特にミートローフがうまい。ロールキャベツもうまかった。
この妻は精神を病んでいるので、時々ダイランが息子役で来てやらなければ子供誘拐勝手に養子事件を引き起こさんばかりに狂う。
「さあ。栗。このマロンの甘露煮、新しく作ったんだけれどどうかしら。あとでアイスクリームに乗せてデザートで出しますからね」
「ああ」
「今日のお肉は最高よ。奮発しちゃったの」
「おお。」
十キロの肉が皿に乗った。
サラダは青いタレス。赤のトマト、アスパラ、白アスパラ、他もろもろ。
マッシュポテトの山。
色とりどりの野菜がさいころになったスープ。
そのたもろもろ。
「ここが四年前に権利を押収された栗のストリップバー。ここが処分を免れた鯵とカレイのいた猛獣園」
スープに浮く角切り野菜を適当にその地点で指しながら言っている。
「それでここがあなたが追跡していた白狼がいただろうと推測される山脈レアポルイード」
その山は旦那に抉られマッシュポテトの固まりと化したからマラアは腰に拳を当てくるんと横の旦那を見て、溜息を鼻で付きまた微笑み栗に説明を始めた。
「この肉はその時の被害者に見立てた大腿部風丸焼き」
ゴホゴホゴホッ
旦那と栗は咳き込んでから、また食べ始めマラアは説明を続けた。
「ほら栗ちゃん。これはあなたが追っていて爆破させたデスタントの輸送船よ。こうやってね、こう、こうやって、ふふ、ふふふふふ」
コンソメスープに浮く三体のロールキャベツの中の一体がナイフとフォークで解体されて行き、ダイランはミートローフを食べるフォークをくわえ目を白黒させて横目でそのバラバラにされていくロールキャベツとそうしていく妻の恍惚とした顔を目元を引きつらせ見下ろして、旦那の方の顔を目で見て、「止めろ、止めろ、」と目だけで促した。
テーブルを挟んで胴を前のめらせ腕を構えさせ切っていた妻の背をぽんぽん叩き、マラアは背を伸ばし、ナイフとフォークを持ち横の旦那を見おろし、説明を続けた。
「で、これはあんたがマロンちゃんを取り逃がした地点、これはマロンが我が家に初セッションした屋敷、ここが栗がオイタしてた時期爆破して花火打ち上げたハイセントル、」
「ご、ごめん、マラアごめん、」
そうやって線香の上に火を灯すと、マラアはニッコリ微笑んで手持ち花火が四角いケーキの上でバチバチとなって2人を見た。
「あ、ああ。うん。綺麗だ。な」
ダイランはそう言い、口を引きつらせスプーンをくわえ、グラスを手に取った。
「駄目よ栗ちゃん! それはまだ! 刑事自殺事件本部になったロイヤルホテルの説明までにはまだ行き着いていないんだから!」
ダイランはびくっとしてそのグラスを持った手を固まらせ、おいた。
「ここが囚人達が一斉脱獄した海上刑務所」
普通のミートローフの場所を指していい、ダイランがそうつい口を滑らせそうになったが口を噤み、テーブル上に繰り広げられるリーデルライゾンと隣町アヴァンゾン・ラーティカを見おろしながら、今日は何だか、精神が非情に傾いている妻を見上げた。
「さあ。ケーキを切りましょうね」
そう、四角く白いケーキの中の、一地点だけ赤いチェリーの置かれた場所を切り抜き、微笑んで栗の皿のところに置いた。
「………」
この地点を頭の中の地図で照らし合わせ、口を引きつらせその真赤なチェリーとマラアの顔を交互に見た。
「さあ! このチェリーはなんだったかな~? マロンちゃん分かるかな~?」
「あ、ああ、あ、ア、アーリー、あ、アーリー=レダルの、な、生首が発見された、食人容疑被疑者の美食家ホメスト=レダル、自宅屋敷地点の、な、生首を模した…、さくらんぼのシロップ漬け、」
「わー! パチパチパチ! 偉いぞ~! マロンちゃん! さくらんぼって、よく言えました~!」
く、狂ってやがるのかこいついい加減……、ダイランは失せる食欲であまり口に入らなく、バラバラになり中身のミンチ肉が海に浮くのを掬って食べていたが、マラアが笑顔で腰に拳を当て黙ってそれを見ていた。から、栗はそろそろと上目で見た。
「それはねマロンちゃん。あなたが皆殺しにして海に沈めたデスタントファミリーの、死体の数々の爆破された肉片よ」
「………」
ダイランの口元と目元がふるふる震え目元がぷるぷる震えてスプーンを持つ手がかたかた震え、マラアが言った。
「それでね、ここはマロンが爆破した港のオークションハウス、ここがマロンが強盗殺人に入った銀行ここがマロンが強盗した宝石店あなたのことママあんなに清く育てたのになんでマロンちゃんこんな悪いおいたし続けるの? なんでなの? ママのマロンちゃ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああ!」
ガタガタ震えながら天に奇声を上げ叫ぶ妻を、旦那はしどろもどろになりながら押さえ両肩を持ち、椅子に座らせた。
「あああああああああああああ!」
「マ、マラア。マラア」
「ああああああああああああああああああああああああああああああさ。食べましょう」
「は、はい……」
『デスタント輸送船爆破』。
それは、ダイランが殺人課内ギャング取締りチームから決定的に蹴り出された要因になった事件だ。
ホワイトスネークという犯罪団体を立ち上げていたリーダー時代のダイランは、裏でアングラ金融操作を行なうZe-nを立ち上げていて、その関係上で得た金をクリーン化するために、造船をさせていた。その船をわざとデスタントに奪わせた理由は、ダイランが気を変えて警察官になり、デスタントに罪を着せまくり検挙し様とした為である。船を謎の権利者から奪ったデスタントファミリーはそれを密輸物資輸送船にし、多くの物を密輸し続けた。ダイランがデスタントギャングファミリー取締り斑をギガ部長の取り仕切る殺人課内で設置し、警部になって二年目、デスタントに痛手を負わせるためと、完全なる船と自己との関りを消すために船を爆破させ、その事で港に大被害をもたらしてしまったので、ダイランはカトマイヤーの監視の下、妙な事件ばかり受け持つ特Aに左遷されたのだった。
『白狼事件』。
それは、トアルノッテの屋敷で未明、美食研究家の妻が、生首で発見されたというもので、当時、食人家でもあると陰で囁かれていた旦那を引っ張ってきていたものだ。その内にも、岬の先のペンションでオーナー夫婦の変死体が発見される。そのオーナーの妻の腿からは、美食研究家妻の肉片が発見されていた。その美食家の食人に関する著書を調べるうちに、ペンションが本部となりその会が行なわれていたのではと見られ、葬儀を張っていた所、参列者の女の変死体が発見された。それは獣に食い荒らされたかのようなものであり、現場を目撃し、その場で気絶した女性を保護した。女性の証言を取ると白い巨大な狼が現れたというが、その足取りは無いままであり、美食家も証拠不十分の為に泳がせる事になった。その内に証言者の女性が黒髪の男と金髪の女と共に病院を抜け出した。警察は追い、その内にも迷子の保護をしたコーサーが行方不明になり、少女が巨大な黒い羽根を持つ女になり食べられそうになったというのだ。その女を取り逃がし、病院から消えた女と二人組みの方は発見され連行された。驚いた事に、狼が参列者を襲ったといった女自身がレアポルイード山脈出身のその巨大な白狼だったようで、彼女は隣街開拓時に発生したペストにより、一族が人間達に滋養強壮の為に狩られて来た恨みを持っていた。ペンション夫婦と美食家妻を食べたとして厳重に檻の中に入れられたが、狼女は自分は参列者の女しか食べていないといいつづけていた。その内にも、隣街でも変死体が発見される。少女と共に歩いて行った男を最後に見た人間の証言も取れていた。狼を見たと言い残し逃亡した実は狼女、誘い込んだコーサーを食べようとした黒い羽を持つ女になった少女、病院から女を連れ去った二人組みの関係は不明だが、ペンション夫婦と親交のあった美食家は署に再び事情聴取の為に連行されていた。隣街の遺体発見にともない、狼女を連れ出した方の男が署から逃亡し、狼女も金髪の女により脱獄した。隣街を狼と女が疾走し、謎の多く、ペンション夫婦や美食家妻を殺害したとみられる少女の姿をした黒羽の女と接触すると見られていた。狼がその少女を発見した直後、狼が少女を連れて山脈に逃げ、少女は鴉になって飛んでいき、現れた逃亡中の男も鴉になって共に飛んでいった。美食家は取り調べの最中、小窓から発砲された。そういう事件だ。
『海上刑務所脱獄事件』。
ダイランの仲間達が海上刑務所から釈放される予定時、ダイランは同マンションに住む老人のサンタマルタの実家でその老人の息子の葬儀に参加していた。同時にコロンビアで仲間を集い武器を集め、釈放した仲間達と共に合同し、デスタントファミリーに襲撃を掛ける計画だった。前夜、ダイランは連れの恋人クレイシーがデスタントにバートスク上にある父のレコード屋の権利を奪われ父がその過労のため倒れた事で相談を受けていたのだが、ダイランがその夜にバートスクを張っていたデスタントの要人を発見し、殺害した。その翌日、仲間達の釈放日でもあった為に国外逃亡していた中での事だ。刑務所にいた組織犯罪グループが脱獄の為に刑務所を爆破し、その内に犯罪者達が街に氾濫し、警察が抑え、そしてダイランの仲間達さえも姿を消した。デスタントを潰す計画も崩され、ダイランのチームを検挙したカトマイヤー警部への復讐も手をつけられないままに終っていた。加えて、そのカトマイヤーにはダイラン不在の中、彼の仲間であった三人のパフォーマンサー達も連れて行かれてしまったし、デスタントには、チームの元仲間でスパイに行かせていた男達も殺されてしまった。そういう、ダイランにとっては第二の壊滅をさせられた事件だった。
『刑事自殺事件』。
それは、警察上層やFBIなど、政府関係者がグランドホテルに集まったパーティーの晩、ギャングデスタントを張っていた港市場捜査の刑事ドルク・ラングラーが、場末のバーで自殺した事件でああった。元よりデスタントが地主である街の権利者から権利を奪った場末を張っていたラングラーは、件離婚台を探る一方で、裏で何かをしているのではと囁かれていた。FBIは捜査本部を立ち上げ、捜査官がラングラーの過去の足取りを追う最中に、マサチューセッツで起きた666事件を掴む。666事件は少女達6人が恋人だった6人を時計に見立て殺害したという何らかの儀式的殺人事件の事で、その中の何人かがその町のホテルの占い部屋で関りを持ち儀式をしていたらしい。そのホテルの従業員であった女学生は後にこの町の巡査になっていて、彼女も以前自殺をしていた。その巡査がホテル従業員時代にラングラーと同期だった古株警部もホテルを訪れた形跡があり、その時にもしかしたらその妻ロータスはその宗教に勧誘されていたとみられる。調べると、ラングラーの自殺したバーの地下には何らかの怪しい空間があり、ラングラーはそれを調べていたと思われ、自殺に見せかけバーオーナーに殺されたのではと思われていた。マサチューセッツのホテル占い師というのは既に少女達に儀式の至りで殺されていた。その占い師と言うのが、調べてみればこの街の前地主の悪魔崇拝に手を貸していた専属使用人、通称ジェットの末裔だったというのだ。だが、その悪魔崇拝と、少女達の行った妙な宗教とのかかわりは一切無かった。
街の裏宗教関係がからみ、刑事達が自殺しているのではと街に不審を持たせた事件だった。
ダイランは余り食指の進まなかった内に2階リビングに来ては溜息を付き煙草を深く吸い込んだ。
ギガがブランデーのグラスを渡し、「どうも」と受け取ってから呷った。
マラアが扉を開け、ニ人はギクッと振り返り、栗の甘露煮の乗ったアイスクリームを見おろしてから頷きソファーに座った。
「あなた、その後はどうなの? デスタントが他州に行って、その場所がニュースで報道されたけれど、その州も大変ね。これから強行的に体制を変えられるだなんて」
「どうにかこちらも最善の手を尽くして捜査協力をしていくつもりだ」
「そうね。あたしも健闘を祈っているわ。あまり詳しくは分からないから助言してやれないけど」
「ああ。気持ちだけでも感謝してる」
マラアは微笑み、レコードのボリュームを下げた。
「やはり、彼等はエルサレムという温暖生まれでこの街の様な北部育ちのユダヤ人となると、やはり南部寄りの州に移転したな。性質は北部ギャングに特有の残酷さがあり、ユダヤ人の神経質さから来る用心深さと、強行的に推し進める質の南部を本部に置くとは、多少意外だったのだが、北部から徐々に南下していき全米の地下権力を剥奪していったこの四年間は、この本部を中心に、もしかしたらコロンビアから始めて南アメリカにまで一気に勢力を伸ばすだろうと思われる。北アメリカのルートも改正されて買収して吸収してきたギャングを引き連れて一気にあの残酷な質のデスタントが地下を占めるとしたら、警戒が強くて剣呑とした南部の奴等が飛び起きる。酷い事になるか、領分をわきまえて南部と北部間の麻薬ルートを押さえるに留めるのか、囮に思わせて全く他に手を伸ばすつもりなのか」
「デスタントは着実にゆっくり進んで、確実に手にするタイプだ。手に掴んで手ごたえが充分ある物しか手にしない。だから、南アメリカの気質ややり方には手を出さない筈だ。手を伸ばすとしても、そこで製造される麻薬工場を押さえる程度に納めて北部に大量に流す。それをきっと気質が合う北部の国に流していく事も考えられる。バイパス爆破によって痛手は負ったが、そんな事を痛手に思わない男だ。ちょっとやそっと何かされたからって足を絶対に止めないどころか、それ毎に大きく進んで行って手の届かせない場所まで飛んでいく。海外に今に手を伸ばすかもしれない」
「どの国を?」
「まだ分からない。推測だけだから。あいつの恐いところは、絶対に無理な駒進めも絶対に成功させる悪魔的実行力だ。あいつには運も回ってる」
だから困難なのだ。地下で確実に、徐々に進んで行くその底力が。
「イギリスにいる貴族のデスタント一族は彼の行動を制限出来ないのかい」
「あいつを制限出来た人間なんかいなかった。奴の祖父さんのブラディスでさえ手を焼いていたからな。デスタント一族の中でもあいつは異質だ。むしろ、外面が良くて普段は寡黙で不敵に微笑むどんと構えたあいつを快く受け入れている。地下の顔も知らないからな。勢力の事も親族達は仕方無いなと笑って呆れるばかりの連中だ。あいつはある意味世渡り上手で、裏の顔を何も悟らせない。性格も一面はラフだ。掴み所も無い。貴族の親族達なんかはまんまと騙し続ける事が出来る」
栗を食べてアイスクリームを食べてぼうっと天井を瞼を半開きに見ていた。2メートルの長身の重量、鍛えられた身体、あの足で走る速度、あの黄金掛かる焦げ茶色の鷲目、あの微笑、あのきつく睨んで来る険しい顔、殴って来る時の強烈な激痛。
ダイランはハッとして甘いマロンアイスを食べ終えると最後に栗を掬って食べた。
「それ、あなたよマロンちゃん。甘いでしょう?」
旦那も妻もそれを掬い食べていて、微笑んだ。
ブフッ
ダイランからその栗が丸まる噴出され、彼は「もう嫌だ、」とソファー背もたれに泣き付いた。
ダイランはスラックスとシャツ姿でダイニングで庭を見ながら歯を磨き、朝陽にドロドロに溶かされていた。
口をゆすぎに行き、グランドピアノの上に座りドロドロにとけたダイランはその上にごろんと転がり猫2匹と遊んでいた。
「ミャン」
「ナー、ナーアー」
「ミャオン、ミャン」
ごろごろ転がって猫パンチし合ってはダイランがグランドピアノから落ち、背の上に猫が乗り髪を舐めていた。
「やあ。マロン。おはよう」
完全に頭がぶっ飛んでいるマロンを放っておき猫と遊ばせておいてバスルームに入って行った。いつもの様に体を洗うとシャワーで冷水を浴びつづけ、熱湯のしかも唐辛子をふんだんに入れた風呂に入りながら汗を十分に掻き、体を温めると暖かい服を着込んで出てきた。妻が起きてきてマロンの髪を撫でてから微笑みキッチンへ歩いて行った。
トーストにバターを置き、コーヒー、牛乳、ベーコンとスクランブルエッグとゆで卵、サラダ、ジャガイモとミンチ肉とアスパラのチーズオーブン焼き。
夫婦はそれを食べ、ダイランはサラダを頂き、ライスと肉とミネラルウォーターを流し込み、サラダを食べた。
「ごちでした。」
「ああ。今日は十時だからな。マロンちゃん」
「はい」
「いってらっしゃいマロン」
「ええ」
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リーデルライゾン
ヒールコンスト
エケノ
ギガ邸前道路
ダイランが殺人課警部だった一年前までの上司、ギガ部長の屋敷へ泊まりに来ていた。
そのダイランは朝方、朝食を頂くと早々に、勤務のため車両ワイルドオーズッドに乗り込み発進させた。
だが……
「………」
道路上に何かを見つけた彼はハンドルを止め、顔を険しく道路隅にオーズッドを寄せハザードを出した。
いきなり門の外で停まったダイランの車両を妻はギガに知らせ、彼は屋敷から出て来た。
ダイランは道上で倒れた女の横に駆けつけた。
「おい。目を覚ませ」
その彼女の肩を叩き、髪で見え無い顔を覗き込むと真っ青だ。
こけた頬で、白い腕や伸びる足は細かった。歩きなれた足には思えない。
ギガが横に来ては、ダイランは彼を見上げた。
「横の住人だ。行って来るので、救急車の手配を」
「ああ」
ダイランは走って行き、ギガはダイランの車から無線で連絡を渡した。
女は意識不明で外傷は無く、身体が夜露で濡れていた。ネグリジェが裸体をすかして、鉄枷の痣まで足首と手首に、そして背にも鞭打たれた後が酷く異常に長い髪から覗いていた。不気味であり、落ちくぼんだ閉じられた瞳は朝陽を浴びると血管も浮き青く透けて見える。
ダイランは鳴らされたドアから出てきた背の高い女を見上げた。黒髪が二十センチヒールを越え床にうねっていた。
「………」
やつれきった体と顔は目が異様に巨大で、爪がうねりスクリューを描ききっと二十センチ以上長い。
「彼女はあんたの娘さんか、妹さん?」
「………」
玄関は、人形が並べられていた。この分だと、室内もこうだ。
「どうしたんだい。マーシャル」
奥から老婆が出てきて、彼女はしゃんとした綺麗な格好をしていて、品の良い老婆だった。金の髪をセットさせ、流し睫とルージュとファンデーションも綺麗に乗せ、杖を尽き歩いては、レースの服にブローチがついていた。
「あらあら。早い時間からどなたかしら」
「エリッサ警察署から来た警部のダイラン=ガルドだが、路上で意識不明で倒れている女性の身元確認をしたい」
「路上で?」
老婆は背後に声を掛けると、執事が歩いて来て確認に行かせた。不気味な女は人工的に染められたのだろう妙に黒い髪を引きずり奥へ歩いて行った。
「奥様。ビリエラお嬢様です」
老婆はやって来た救急車を見ては、頷き運ばせる事を言った。
「彼女は何故ああいった状況で?」
「精神病ですわ。極度の対人恐怖症で、部屋に閉じこもりきりで心を閉ざしていますのよ。拘束をしておかなければ、暴れて本当に危険でしてね。リーイン精神病院は信用ならないし、窓際を自棄に好んでいるようでね」
疑わしかった。あの風袋の黒髪女、異常なチョコレートブラウンの立て巻きロールに黒ビロードの人形の数、鞭痕のあの酷い体罰。老婆かあの黒髪かここの主が打ったのだろう。
「いつから症状が出て?」
「生まれた時からよ。物心ついた頃から外に出ると発狂して、部屋に入れておき始めたのよ」
ダイランは頷き、背後に来たギガとパトカーを見た。
「中を拝見しても?」
隣家のギガがそう言い、老婆は頷いた。
歩きながら聞いた。
「今朝はご主人のライバンさんは」
「まだ眠っております」
「娘さんが外に出られた気配は一切?」
「ええ。我々はみな、九時に就寝につきますので、夜抜け出したとなると一切」
「あの体罰はご主人が?」
「いいえ。姉のマーシャルですわ。ああ見えて、双子なんですのよ。自ら鞭打たれたがっては、全てを姉と同じがいいらしくてね」
ダイランは顔をゆがめ、うんざりして進んで行った。この一帯は変人が多いのかよと。
妹の部屋に行くと、細長いあの窓が有り、横に椅子があり、その背もたれと脚には鉄枷が付いていて、天井には照明器具さえ剥ぎ取られた以外に、壁紙すらない何も無い四角い箱だった。ギガは天を仰いでから向き直り、老婆に聞いた。
「寝起きもこの椅子で?」
「いいえ。午後の一時から夕方の七時まで眠りに就く時は床で丸まって」
「ベッドは?」
「必要無いそうで、用意しても床に丸まるので、その内ベッドも武器になるし運ばせました」
「ご主人はなんと?」
「もう放っておいてますわ。彼は社交に忙しくって、構わないんですの」
「彼女が逃げ出した事は今までは?」
「まさか。ありません。絶対に恐がって部屋からも出たがらないんですもの」
「食事は?」
「ええ。我々と同じものを同じ量、マーシャルが与えておりました」
「お姉さんの部屋を拝見しても?」
「どうぞ」
廊下を出て行き、そこにはその不気味な姉がいて、彼等は見上げてから歩いて行き、突き当たりドアを開けた。
やはりだ。人形。人形。人形。人形に囲まれている。同じ顔の同じ服、同じ髪型のフランス人形。
その中に立つ黒の髪と服、赤の唇と爪の女が、馴染んで思えた。黒レースの大きな下腕からのフリンジ袖と襟で、腰は絞られ赤の細いリボンが首から掛かり、黒の短パンに、膝上までの黒ソックスと黒ブーツの女。壁に鞭がかかり、鉄の装飾がされたシャンデリアには鉄枷、それに鍵。
「体罰はこのお姉さんの部屋で?」
マーシャルを振り返ると、やはり喋らなかった。
「その子は舌が切られていて、喋りません。」
「え?誰が?」
「自らです。拷問部屋でやったらしくて、この子だけ食事は流動食ですわ」
「彼女も精神を病んで?」
「ええ」
「他の大きな病院の精神科に入れ様とは?」
「まさか。一族の恥じなどさらせませんからね」
「ここまで追い込んでんだぞ! 面子が何だ!」
「ガルドくん」
老婆は目を大きくしては潜め、屋敷中に響いた声は主人を起した。
「彼女達はこれで幸せなんです。この生活が」
「じゃあ何で逃げ出した」
「まだ逃げ出しただなんて分かりませんわ」
老婆はそう身を返し、ダイランはマーシャルを一度見てから身を返しギガと共に歩いて行った。ギガに言う。
「あんたは今まで気付かなかったんですか。異常さに」
老婆の背後を歩きながら声を潜めた。
「妻の異常さで手一杯だったんだ」
「た、確かに……。おいあんた。彼女は我々が保護する。もしよければ、姉の方も病院に入れさせるが」
「いけません!」
老婆は肩越しに振り返り、そう言った。
「だが辛いだろう。見ているほうも」
「………」
「リーインが信用ならない場合は警察側が紹介する病院に秘密裏に搬送させる事も出来るんだが」
ダイランがそう言い、気が強そうな老人がローブ姿で現れた。
「ミスターギガ。早朝から何やら騒々しいですな」
「おはようございます。娘さんを先ほど救急車で搬送させて頂きました」
「マーシャルか」
「いいえ。ビリエラさんを」
「ビリエラが? 何故だ」
「路上に倒れていたのですが、昨日変った様子は見られましたか?」
「いいや。マーシャルがいつもの様に七時に食事を与え、メイド達が身体を拭き、我々は九時には床についた」
「鍵は?」
「掛ける必要は無いだろう。椅子に拘束されていて動けないんだ。自分からは絶対に動けない」
「移動は?」
「メイドが運ぶ」
リビングに来ると、人形だった。また。ダイランは見回し、首を振ってから老婆を見た。
「あんたもこういった精神の細かさや、人形収集に趣味が?」
「いいえ。あの子は移動する場所に人形が無いと落ち着かないんです。人形というよりは、目ですわね」
「目」
「壁を目で埋め尽くされていないと落ち着かないんです」
ダイランとギガは不気味がって見回し、顔を戻して黒に茶色の毛足の長いソファーに座った。
「マラアが可愛く思えてならないな」
「そうですね」
そう声を潜めて言い合い、目の前の黒いマントルピースの上の赤いキャンドルと、中央の茶色い金属に飾られた赤い薔薇と、マントルピースの金の柵を見た。そして、埋め尽くす人形は、顔の白、目の青、ドレスの黒、髪のチョコレートブラウンで、空間を黒、焦げ茶にしていては、マーシャルが居れば、ここもあの赤の唇と爪でマッチしそうに思えてそこはかとなく不気味な視線を感じる。
「姉妹同士での体罰は控えていただかなければ。今回、万が一を考えて彼女が精魂を込めて逃げ出したのかもしれない事が判明される事もあるのですから」
「妹さんは喋れますか? 事情を直接覗いたいのですが」
「ええ。喋れますわ。それはもう普通に」
「それは意外です。それでは、目覚め次第事情をうかがわせて頂きます」
リーデルライゾン警察
エリッサ本署
殺人ではないので、また特Aに渡され、今回は会議用のファイルを全てギガに任せて昨日の要点と付け加えてファイル上のまとめたものを渡し、フィスターと共に病院に向う事になった。
「人形の目に囲まれた屋敷ですか……。すごいですね」
病院の通路を歩きながら要点を話して行き、ドアを開けた。
ビリエラは目を覚ましていなく、フィスターが一度呼びかけてみると、目を開けた。
彼女は驚く様な大きな目を開き、フィスターと、背後のダイランを見ては、顔を戻した。
ダイランはスツールに座った。
「あんた、自分の名前を言えるか?」
「ビリエラ=カーチス」
「年齢は」
「四十八歳」
「え?」
瞬きし、あの老人夫婦を思い出し、また見た。
「四十八? 姉のマーシャルは」
「四十八歳」
どうみても、二十代後半にしか見え無い。あの姉もだ。大体、初めて見かけた十七年前も、十代後半もしくは、二十代前半にも見えたのだ。それは後から役所にフィスターに確認に行かせる。
「あんたは何故路上で倒れて?」
「あなたが助けを呼んでいたし、この所は雪も無く暑い日も続いて夜も温かかったから、いけると思って」
「警部? 助けを?」
ダイランを見上げだ。
フィスターはビリエラに聞いた。
「今、あなたはベッドの上でここは病院ですが、怖くは無いんですか?」
「怖い? 注射が?」
ダイランはフィスターと顔を見合わせ、確かによく喋るし、やはりドンと構えているビリエラの何処が対人恐怖症なのかが分からなかった。
「あなたは誰に拘束されて?」
「自分で」
「ご自分で? 自分で拘束を解けるのですか?」
彼女は口の中に手を突っ込み、唇と歯茎の間から鍵を出したからニ人は顔を引きつらせた。
「では、背の体罰は?」
「姉から」
「何故ですか?」
「彼女があたしを拘束したがって、自分と同じ様に髪を伸ばさせたくて、自分の人形にしたがるものだから、従ってやってるだけよ。反抗してものを投げつければ狂暴と見なされて部屋のものを取って行かれて、まあ、床で寝るのは元々好きなだけだけど、それを両親は誤解していて」
「あんたの証言次第では、姉は問題があるとして病院に収容するが、彼女は喋れないから証言が取れない。あんたも普通に生活が出来るまでにリハビリセンターに通いたいか?」
「両親がいうなら」
「そうか。分かった。請合ってみよう」
一次、外の警官に監視を任せてから廊下を歩いて行った。
「………」
自動扉が開きパトカーの前で待っていた警官通称ハゲのチャーリーは病院でいきなり署のエンジェル刑事フィスターちゃんにキスをして唇を奪ったガルドをなぎ倒し背後で手錠を填め他警官と共に蹴りこみギャーギャー騒ぐダイランを署に連行して行った。
フィスターはころりと助手席に乗り込み全身真赤になって硬直していた。
ダイランはチャーリーともう一人の警官に囲まれ頭に腕を回し脚を組んで窓外を見て憮然としていて、フィスターは肩越しにちらちらと見て、前に向き直った。
彼は元アングラ出の刑事に他ならない。幾らでも疑いを掛けられ安い。彼の心が揺らぐ事が心配だった。正義心の揺らぎや、仇と愛情の間に揺れる矛盾。
署に着くとガルド警部は制服警官2人に蹴り出され、ガーガーがなってフィスターが苦笑し引っ張って連れて行った。
任意でハリスとコーサーが老婆と長女を引っ張り、家宅捜査にはソーヨーラとロジャーが向っていた。
ダイランはソーヨーラに連絡を入れた。
「すぐにこれる?」
「一度取り調べで一、ニ確認してからになるんだが」
「ええ。その後でもすぐにお願い」
「分かった」
ダイランは階段を駆け上がって行き、ドアを開けた。
老婆と、そして純白のマント着きコートを着てはあの髪を美しく個性的に纏め上げた女がいて、びびった。すっげえ美人だ。
昔ダイランのチームにGBWというリーインの拒食症精神病患者の拷問女がいたが、それにも通じる繊細な危うい美しさがあった。だからまさかこいつGBWなんじゃねえだろうなとも思ってまじまじと眉を潜め見つめた。十七年間一度も見た事が無い。彼女がこの美しい態で外出していて、あの長い髪もまるで黒いリボンの様に綺麗にアレンジされ、リムジンの中でドアからドアに行動していたら分からなかっただろうが、何しろ身体自体が撃痩せだ。
マーシャルは下目で横斜め下から眺め見て来る獣の様な険しい顔の青年を見て、また顔を前に戻した。
「あんたの年齢は四十八歳か? そうなら頷いてくれ。違うなら首を横に振ってくれ。」
彼女は普通に一度頷いた。外れ頷き続ける事は無かった。
「あんたは妹の鞭打ちを彼女に強制して?」
「………」
「妹がそう言っていた」
「………」
頷いた。
「母親に聞くが、もしかしたら娘さんニ人を精神病院やリハビリセンターに行かせる事になるんだが、問題は?」
「……。ありませんわよ。極秘でなら」
「そうか。まだそれは後の話になるかもしれないから、一時待機してもらわなければならない。引き続き、調書取りを続けてくれ」
★
ニ人に彼女等を任せてからトアルノーラ5番地寄りで、エケノにしてはわりと裕福で落ち着き払った一帯にある例の貴族の屋敷に向った。
「ああ。ガルド君」
ロジャーが出迎え、警官が張っている中に促し廊下を進みながら説明した。
「地下への怪しい扉があってね。降りて行くと、鎧戸があったの。鍵を主人に用意させたら、中は悪魔崇拝の儀式に使われる儀式台と祭壇があったわ。祭壇前には短刀、サーベル、ブルーミングブルービューティー、壺、松明用の棒、斧、アイマスク、棍棒、鞭」
「自宅用SM館かっての」
「聞いて。縄、蝋燭、鎖、鉄球、檻」
「マゾ心がゾクゾクするな」
「シャラプ! 有角動物の頭蓋骨、蛇の抜け殻、百もの毒薬の瓶、小動物の骨の山、覚せい剤百グラムが百二十詰まった箱、血痕で文字の掛かれたラム皮の巻物」
「わんさか出て来るな」
「とにかく来て」
ダイランは階段を降りて行き、随分自宅でいろいろお楽しみのその地下に来た。
「うわ血生ぐせ」
「え?」
ダイランの嗅覚は普通じゃ無い。彼は顔を歪めて大人しく地下への鍵を渡してきた老人を睨み見て、彼は毒虫を噛み潰した顔で一瞬白目を剥いたからダイランは顔を引きつらせ、部屋中央に鎮座する大理石の台を見下ろした。
その周辺の石ブロック床の継ぎ目を見ては、辺りを見回し、祭壇のビロードの裏側や、垂れ幕の裏側、部屋後部の鉄格子一本一本を動かしたりして、台を力ずくで動かそうとしては、首を傾げ台にのり、鉄のシャンデリアを引っ張った。
「うお」
シャンデリアの位置から台が離れて行き、カラクリが作動し始め老人を確保していた警官とソーヨーラ、それとロジャーは驚き辺りを見回した。
ダイランはシャンデリアからぶら下がっていたのを降り立ち、あのマーシャルの二十センチヒールを履いた長身と、女の腕の長さと、自分の身長を考えて、普段履きじゃなかったのなら寸前まで朝から何某かをしていたのだろうと思った。さっきビロード背後の柱に立てかけてあった鍵爪付きの鉄の棒で他の人間がシャンデリアを引っ張るらしいと行き着いた。
部屋中の岩壁が移動して行き、空間の半分が大きな地下への入り口となって驚いた。
なんだか、不気味な音と風が奥から響いていて、地下水脈でもあるのか、水の滴る音が澄む事無くくぐもり聞こえる。
洞窟入り口だ。
「おい、何だこの状態は。お前等は本気で揃って蝙蝠の生まれ変わりか。それとも欠陥住宅と気付いた後の補整工事か」
老人は喋ろうとはしなかった。
「入るぞ。入るからな。いいんだな。いくぞ。いっちゃうからな」
「ちょっとガルド君! あなた男の子でしょ! なんであたしが先なのよ!」
「おい応援を呼べ」
ダイランはそう言ってソーヨーラが応援隊を呼び、署から警官三人と凸凹コンビが来た。
「おっしゃー! まかせろってんだ!」
元々トアルノーラ六番地に住むティニーナは自宅近隣では尚の事はしゃぐ。彼女はヘルメットのライトをつけ、ジョセフとダイランと共に入って行った。
「おい押すなよケツ触るなファッキンルシフェルいやらしいぞ。」
「っるせえ! 野郎のケツなんか触るか!」
「じゃああたしのケツ触ってよー!」
「ふざけてねえでさっさと進め!」
「ティナ。絶対怖いからだぜこいつ」
「ダイランは怖がり猫ちゃんだね」
2人はダイランに拳骨され、進んで行った。
既に床下は水がたまっているので最悪な気分だった。
「をあ!」
ジョセフが叫び、足許を蛇が泳いで行ったのだ。
「飛びつくな気色悪いんだよファッキンモデル!」
「ちょっと怒鳴らないでよあんたの声ただでさえ煩いんだから!」
「ガルド警部! こちらに来て下さい!」
着いてきていた2人の警官が声を上げ、そちらに向った。
「白骨か」
壁を照らすと、窪み毎に鉄格子がはまり、十個にニ体ずつ収まっていた。古い貴族服の形態で、この水は何処かへ流れて行く道があるのか、浸蝕される事は無いようだ。きっと方向から行って、マウントレアポルイードの水が地下層から染み出し流れ出て、そのまま地下を流れて行くのだろう。近くのトアルノーラ背後は森などが多く、水源もある。
奥へ進んで行くと、二十人は乗れる舟が付けられていた。
「今更かよ……」
付けられていたというよりは、流れ着いている。もしかしたら、この先を考えると渓谷側だから、水はそちらに流れているのかもしれない。
それに今更ながら乗り、捲り上げていた裾を降ろしてオールでこいで行った。
「おらおら漕げ漕げ男共ー!」
ティニーナがそう四人の男達に言い、進めさせて行くと、彼等は瞬きした。
「………」
円形に広がったその地下空洞は、水が下に滝のように落ちて行き、その底は真っ暗だ。
舟が落ちないようにその際に鉄格子がめぐらされ、岩を切り出されたぐるりと巡るボックス席、搭乗用の階段、扇の滝下降部中央に鉄格子が途切れた部分があり、階段が続いている。
その先には、掘り込まれたステージのような場所がある。
そして、そのステージの壁全体が、何かがあった形跡だけが残されていた。何が設置されていたのかは不明だが、不自然な程に人工的に綺麗に切り抜かれた部分がある。
「おいなんだここ。奴等ここで貴族でも集めて秘密のオペラでもやってやがったってのか」
「こんな所で喜劇なんかやったら笑い転げて水に落ちて蛇に噛まれて狂死しちゃうぞ」
「あの二百年も前っぽい格好の貴族の服着た白骨の身元は怪しいもんだな。悪魔崇拝か何かの場所としか考えられねえ」
「ちょっとー。不気味だし怖いから早く引き下がろうよ! 寒いし!」
「ここの構造、おかしいぞ。この滝穴の大きさで入り口のあの緩やかな水の流れは、あの牢屋が浸らなかったわけが分からねえ。他に水の抜ける道を故意に作ったはずだ。こんな怪しい場所で何かする為だなんて、街の権利者の力無しじゃあ進められない」
「きっと、それならもう何十代も前の地主だろうね」
「だが今も屋敷に仕掛けがある位だ。使用され続けている。あの爺さんと、今も関わり続けているかは不明な地主もな」
「おいおいダイラン。あのミズが果たしてこんな不気味な場所に来たがるかなあ」
「そうでないとしても、少なくとも爺さんとあのマーシャルは使用している筈だ。上の地下の部屋も合わせて聴く事が多いな。死体は見つけたか?」
「いいえ」
「生臭かった」
「ダイランいつも太陽みたいな良いにおいするもんね」
「一度帰るぞ。ここの入り口に見張りかけておいてくれ」
警官ニ人にそう言い、舟を引き返させて行った。
「………」
その時だった。ゴトンと舟に何ががひっかかり、皆が湖面を見下ろした……。
「をあー!」
暗くて一切分からなく、この滝への風で吹き消されていたのか、死体の山が湖面に沈み、岩壁の影と思った一部は血だった。
「や、山羊か?」
「いや、馬だな……」
「最悪……動物愛護協会に訴えてやろうよ!」
巨体なので檻を通ったり、水流に流されること無くそのまま溜まっていたのだ。
「だが、これってもしかしてただの血抜きなんじゃないのか?馬の肉食べるための」
「こんなに水にさらしてたら旨味まで逃げて、悪ければ何か悪いもんに感染するだろうが。蛇まで泳いでたんだぞ。入り口には」
「あの蛇、きっと森林から来た蛇だな」
「そうかもな。入り口周辺を調べるぞ。他への水の出口見つけてからさっさとこのオバケの洞窟から出るぞ」
「そうしようそうしよう」
「エケノが出来る前の街の地図、資料図書館で五百年分調べろ。」
「ええー! めんどくさい!」
「ならあの女地主に話を聴」
「おいティナ図書カード持ってる?」
「持ってる持ってる~!」
入り口まで戻って行き、老人の職業が何だったのか確認しなくては。少なくともパーティー客が被害に遭う事は今のところ見ていて無いようだ。まあ、ここに呼ばれる事はあったのだろうが、だからといえ、上で兎、下で馬を貢ぎ物にしていただけとも思えない雰囲気だ。
「ああ腹減った……」
「ダイラン! あんな肉でも食欲出るわけ?! しんじらんない!」
昨夜の妙な食欲低減が今に来たのか、自分にうんざりして寝ころがった。ティニーナが抱きついて来たから拳骨して彼氏のジョセフに叩き返し、ジョセフはティニーナを自分の後ろにやってから入り口を見回した。
「下の方を見ろ。きっと細い出口がある。何箇所か」
水と壁の間際を照らして行き、ティニーナが手をぶんぶん振ってジョセフの腕を叩き、指し示した。
「見てあれ!」
そちらを見ると、レリーフがあった。しかも頭部だけだ。
ダイランは深くなる境目にライトを当て、目を細めた。
「階段だ。この水、時期によって引くらしい。それかいきなり熱くなったから雪溶け水が大量に発生したんだろう。だから時期による一時的な物の長い年月があの滝口にしては狭い洞窟内の浸蝕を生んだ筈だ。別に事件性は無いな。でるぞ」
レガントに関わる妙な崇拝事じゃねえだろうなとダイランはさっさと引き下がりたがった。
だが、自分でいっていて、自分でも正体不明な身内事を探られない為に引き下がるのでは、何処かしらのあのFBIと同じじゃないかと思い当たり、目をくるんと回して考えた。
身内事でまずい探られ事? やっぱりバイパス爆破はFBI側は逃げ腰に思える。それか、極秘に任務が進められて?ハノスの野郎は打ち切ったとだけ言った。
あの爆破にはFBIが長年追っている例の闇組織が絡んでいたのでは無いだろうかと疑念が渦巻いた。だから何も知らない普通の警官をさっさと捜査からお払い箱にしたのだと。危険だからだ。自分には知らせずに。きっと相手側FBIが捜査内容の情報を渡すにはまだちんぴら上がりの自分を怪しんでいるのだろう。
舟を降り、眩しさに包まれるとロジャーが聴いた。
「どうだったの? 中は蝙蝠の住処に?」
「妙だった。儀式を行なうような岩壁のオペラ劇場に、水びたしのギャラリーは馬の大量の死体の観客しかいなかった」
「あと蛇」
「わおう」
ロジャーは老人を振り返り、ソーヨーラは老人を見上げた。
「警官に屋敷を張らせておけ。ソーヨーラとロジャーはこの屋敷周辺とこの爺さん達の貴族仲間にパーティー時の事聞き込みに行ってくれ」
ダイランはふと何かに気付き、祭壇を見おろした。
大輪の薔薇の花、それをのたうつ蛇の絵柄……。
「何?」
マラアの腿のタトゥーだ。若い頃に入れたと言う……。
彼女の場合は、大輪の薔薇がローズピンクで蛇が緑色だった。
既にロジャーとソーヨーラは屋敷周辺屋敷の聞き込みに回り、警官2人が洞窟入り口を、地下への階段と屋敷入り口も2人ずつが固め、ジョセフとティニーナは今しがた老人を署に連れて行く所で、そのまま資料集めに向うところだった。
「早く早くダイラン!」
「ああ」
ダイランも階段を上がっていった。一度あの深淵へのぱっくり口を開けた黒いひずみを見て、口を引きつらせ駆け上がっていった。
「ぎゃー! 何なのよダイランー!」
「をお! 怖いだろダイランいきなり走るなー! 何があったんだー!」
ジョセフは老人を持ち上げ怖がって走って行き、そういった強迫観念に囚われたニ人はダイランに「落ち着けねえのかてめえ等は!!」と拳骨されてニ人はダイランをボコボコにした。
老人を車両に乗せ、走らせていく。
一度、ギガの屋敷を見た。
マラアがダイニングの吐き出し窓から、心配そうに頬に手を当て様子を見ていた。
ダイランはハンドルを回して昨夜のあのギガの2時間の舌の感覚を思い出して足を動かし耳が熱くなり、煙草を引っ張り出し煙が線を引いて窓の外に目を反らした。
ギガのあの優しく温かい目元や、落ち着き払ったよく通る低めのテノールや、好意的にバランス良く引きあがる口元、ユーゴスラビアンな眉の形、運動は一切駄目だが整っていないわけではない体、どんどん自分よりは小さくなっていったがしっかりした手の平、どんなに気にするなと命じても確実に求めてしまう気持ちがあった。だから呼び掛けにも反する事もせずに、ずっと来てしまうのかもしれない。彼自身の熱を求め、駄目だと分かって助けを求めても、求めてしまっているのだろう。
時々酷い方法で攻めて来る事も、体罰の様にして来る事も、妙な物持ち出して来る事も、完全に頭が倒錯しちまってるんじゃないかと思える行為も、稀に本気で嫌になるが、そういう事をしてくる、だが小さな頃からの馴れ合いで刃向かえない何かがある苦手な人物だけで留まるよりも、求めてしまっている。
マラアが普段何をやってるのかは知らないが、九時に寝る口実で夜は本当は屋敷の奴等も、マラアも秘密裏に集って地下で怪しい儀式に没頭しているのかもしれないのだから、あの精神状態も頷ける。まあ、マラアのあの部分は元からかもしれないが……。
「ねえダイラン。もう青だよ信号」
「え? ああ」
ダイランは進めて行き、蛇?と思いついた。
蛇といえば、署長も彫っていた。全く形態は違う蛇だが、あの具合からすると、相当若い頃に入れた物のようだった。きっと10代か。
だが、署長の祖父さんは貴族で社交の古株だ。リカーよりも古株。
もしかしたら、リカーとの関わり、イコール、街の崇拝の事も知っているのかもしれない。第一、あの祖父さんは恋人を殺す事で苦痛を与えるとかいう責め苦を署長に与えたぐらいだ。しかも、まるで儀式か何かは分からないが、署長に死体を食わせ続けたのだから。
何某かの崇拝事に傾向しない性格ともいえない。
署に到着した。
フィスターが彼の所に来た。
「どうでしたか?」
「ああ。妙な物が見つかったから任意で屋敷主人にも同行してもらった」
「人形の目以外にですか」
「ああ。今度はなあ……」
「悪魔の住まう岩窟だぞお!」
「こら怖がらせんじゃねえ! って、マラア!」
ダイランはぶっ飛び、マラアを見てフィスターは口を引きつらせていた。
「ギ、ギガ婦人お久し振りです」
フィスターは政府官僚の宴で夫婦で同席する彼女に微笑み、マラアも微笑んで「ええ」と言った。彼女は白のスカートスーツに黒の薔薇ボタン、白のヒールに、手には胸元にグレーの皮ハンドバッグを上品に持っていた。その爪はサワーピンクで、ショートの金髪の髪は優雅に流されている。シルバーのリングが光った。
「婦人が何故署に?」
「トランクに慌てて駆け乗ったから……」
フィスターは首を傾げた。
「え? 駆け乗って?」
ダイランは口を引きつらせ、彼女なら死に物狂いで鬼の如く駆け乗る事を分かっているからマラアの腕を引き落ち着かせた。この気の違っているマラアを、今は会議中のギガに任せるわけにも行かないし、留置所に閉じ込めたい気分だが、一先ず例の事を聞かなければならないし、フィスターに要点を話してから話を聞くことにし、老人を連れて行かせた。
今日部長がいないから大変だ。いれば事情を聞いてもらいたいのだが。
ダイマ=ルジクから何か一つでも聞いているとしても、きいてい無いとしても、確認だけでもしてくる事にした。
ダイランは署長室に上がっていき、秘書が迎え入れた。
ドアが開けられ入って行き、閉ざされると進んで行った。
「何だ」
書類から目を一度上げ署長はダイランにいつもの冷めた声で言い、ダイランは切り出した。
「今、エケノ上のカーチス屋敷で長女が体罰により搬送され、その家族を任意で事情聴取の為引っ張ったんだが」
「そうだな」
「そのカーチス屋敷の地下から儀式の為の部屋と、覚せい剤、更に、隠し扉の中に地下洞窟を見つけた」
「儀式部屋と洞窟?」
書類から顔を上げ万年筆を止め、片眉を上げダイランを上目で見た。
「その祭壇には主婦の入墨と同じ絵柄が着いていて、周辺の人間達を集わせて儀式を行なっていたらしい。動物の遺体や骨が大量に発見されていて、その洞窟はどうやら何百年もの歴史があるらしい。中に崇拝場所があった」
「それで、街の権利者に事情聴取する紙を貰いたいと?」
「ああ」
「任意でも無理な相手だ。そんな昔の事は知らぬ存ぜんで通すだろう」
「あんた自身に聴きたいんだが、ダイマ=ルジクはリカーとは社交仲間か?」
「ああ。どちらも古狸だからな。前地主の時代からダイマ=ルジクは親交がある位だ」
「崇拝事は?」
署長は肘を着き口元に手を当て白の壁を見ていたのを、ダイランを横目で見て立ち上がった。
「何を聴きたいんだ。はっきり言え」
「もしも、現在もその地下で屋敷の宴毎に集団儀式を行なっているとすれば、そいつらの精神を冒しているとしか思えない。その証拠にカーチス姉妹は精神病に冒されている。事情を聴く必要がある筈だ。以前も街の崇拝事に関したり、元門周辺の事件が発生した時もばばあにしっかりとした事を聞けなかった」
署長はダイランの目を見据え、目を細めた。
カトマイヤーはFBIからの関係なのか、地主への接触に待ったをかけたがる。だが今はダイマ=ルジクの事をおさめにFBIに戻っていて留守だ。だが身内事をやりに行ってもらっている以上、こちらが勝手にやる事は裏切り行為になる。それでも捜査上で今蠢いている何かを一つでもつかめるのかもしれない。だが、そんなに長く続いて来たのなら、今すぐにゴーサインを出す必要は無いかもしれないし、危険かもしれない。
一度連絡をする必要はどちらにしろあるだろう。どうせ待ったをかけて来るはずだ。止むを得ない大きな事件が起きたわけではないから。
「その洞窟が決定的に街の権利者に繋がる条件はあるのか」
「分からない。だが、学校で習った……街の歴史で言うと、監視門の地下にはパイプオルガンがあったって言うから、それかもしれない。その洞窟には壁に切り抜かれて何かを外された形跡があった。まだしっかり調べたわけじゃないから分からないが」
「それだけじゃあ不十分だ。あの女は動かない」
「俺が掛け合う」
「今お前が動いて関係を知られたいのか?」
「………」
「キャリライ・S=レガントを使え」
「あの男は今事情聴取をさせている」
ダイランはあのコーサーを信用していなかった。何かきな臭い。
署長は溜息を着き床を見てから、革靴をニ度鳴らした。
「地主自身に聴くことはまだ駄目だ。だが、貴族連中の古株に崇拝事を聞き出す事は許可を出そう。だが、相手を考えて慎重にやれ。お前以外の部下を向わせろ」
「何で俺じゃ駄目なんだよ」
「何ででもだ。当たりの柔らかいものを向わせろ」
「……分かりました」
ダイランは憮然として唇をつぐみ、釈然としなかった。きっと老人達が自分の顔を見て顔を青くする事も理由だろう。
「大人しく従ってくれ。慎重にうまく運べるときは冷静に運ぶ。鉄則だ」
「………」
ダイランは頷き、俯いた。
「警部、マラア・ルージャ=ギガ婦人の証言結果の報告に。署長室にいらっしゃると覗って、丁度いいかと……」
フィスターは一歩一歩近づいてきていた。
「口頭報告をしろ。」
常に冷静沈着な署長がレザーに座りそう促し、フィスターは咳払いしてから進み言った。
「ミズマラア・ルージャ=ギガが隣家であるカーチス家の家宅捜査によって発見された地下の事について、手助けになる情報を与えられるのであらばと。彼女は17の頃友人伝いで地下での崇拝事を知ったらしく、その頃から悪魔崇拝にはまっていたそうです。以前、他州の666事件時の崇拝内容と似通って思えたので詳しく聞きますと、多くの主婦達が関与している事を証言なさいました」
「何? おい。まさかそれはあのロータス婦人もその関係なんじゃあないだろうな」
「その崇拝場所は其々違うようで、人員も他の人間に広がらないために各地の何処にあるかは不明だと。マラア婦人の場合は、元々エケノの方だったので、その時代からカーチス屋敷に出入りし小動物を捧げる悪魔崇拝をしていたようです。それが運良く、結婚後真横の屋敷に引っ越したとおっしゃっていましたが、その後は旦那に知られる事を恐れて、行く事は無くなったとおっしゃっていました。ロータス婦人がアジェン地下の崇拝に加わっていた事を知らないのも時期の違いからも頷けます」
「何故ギガ婦人がいきなり自供を始めて?」
「ええ。それが……」
ダイランを一度見てから、ダイランは瞬きしてフィスターを見てから署長を見てフィスターを見た。
「栗ちゃんが捜査で困っていたからと」
「………」
アラディスは眉を潜め怪訝そうにダイランを見て、ダイランは目を泳がせた。
「わけはわからんが、その自供に沿ってリストを上げて聞き込みに回れ」
「はい」
ニ人は署長室を出て行き、秘書室を抜け、コーヒーを出そうとした秘書はポットとカップの乗った盆を手に首を傾げた。
「署長。コーヒーをお入れしましたが……」
「置いておけ」
彼は秘書が出て行ったのを海側から体を向けた。
女に邪魔された事に目元をきつくし、ポットの蓋を開け自棄飲みした暴挙で喉と口を火傷させポットを盆にガツンと置き、シュガーポットを持って顔を覗かせた秘書が顔を引きつらせ目が合い、彼は何事も無かった様に座り仕事を再開させた。必要なかった砂糖の器を持って秘書はすごすご引き下がって行った。
2人はエレベータが上がってくるまでを待っていて、秘書はコーヒーを進めて気を落ち着かせた。
「じゃあ、いただきます」
「俺はいらねえ」
秘書はテンパッてコーヒーをドドッと入れてしまいフィスターがはにかみ、秘書は肩越しにはにかんで入れなおそうとしたが、フィスターが「いいんです。」そう言って超苦いブラックコーヒーを一気に飲んだらその場に倒れたからダイランがフィスターを慌てて抱え起した。
気を取り直し、ニ人はエレベータに乗り込んだ。
「指令を出してください」
「お前はソーヨーラと共に貴族や主婦達に聞き込みに向ってもらいたい。お前等は2人共貴族の出だから何かと面子の事考えると頼み辛いが、いきなり俺達が乗り込むよりは心の準備もできるだろう。まあ、話す人間自体が少ないだろうが、行って来てくれ。何故か今更になって屋敷主も隣りのギガ夫人も大人しく好き勝手やらせてくるぐらいだから、何かの変革が既に起きた後なのかもしれないけどな」
「といいますと?」
「例えば、崇拝を取り仕切る表だった大きな同一の存在がいなくなって、地下宗教があまり執り行いにくくなったとかな。とにかく、洞窟内の岩窟ドームはリカーに聞かない限り分からないんだろうが、悪魔崇拝の方は地主の崇拝から派生しただけの物で地主は直接関係が無い物とみて間違い無しだとは刑事自殺事件と666事件の捜査で分かっているから、今は貴族、主婦間の聞き込みだけで充分だと思う。そのもしかしたら消えたのかもしれない代表格は誰かは知らないし、いるのかも、消えていないのかもまだ不明だから、慎重にな。地主とは関係が無かったが、例の使用人の子供の件が残ってる」
「はい」
ダイランは昨日の夕食のときの事で、何か頭に引っ掛かった。
そういえば、マラアはあの食人事件の事を言って来たのに、同じ様に不気味だった夕方鳥事件の事については触れて来なかった。あの街の権利者が何か権利の事で関わっていたんじゃないかと見られた迷宮入りの変死体続出事件。なぜだ。同じ仲間の刑事、オスカーが被害にあって殉死した事件は、他の事件よりも警官の妻である彼女は敏感だった筈だ。
主婦が崇拝? もしかして、あの時のニ人の主婦、クレシーダやドアン婦人も? まさか。
何であの事件を料理の中に盛り込まなかったんだ。つうか、どの事件も盛り込むなって感じだったが……、全ての事件が今回頭にめぐりやすくもあった。彼女があれこれ言って来たから。
そして逆に浮き彫りになった。何故あの夕方鳥事件は? 同じく、地主が関わっているのでは無いかというあの地下が出てきた。わざと? マラアの野性的鋭い感覚?
分からない。
『夕方鳥事件』。
それは、フィスターが街にやってきた以前に起きた事件であり、ダイランが殺人課から左遷された直後に、コーサーと二人だけで受け持つ事になった特A、初の事件捜査だった。結局は未解決に終っているのだが。内容は、エケノの一般家庭で女児童の変死体が発見された。その前夜にその児童が風邪の見舞いに訪れていた幼馴染の男子児童に事情聴取した翌朝、その男子児童の自宅ドアン家で主婦の変死体が発見され、家族を取り調べる事になった。小学生の長男の証言で、夕方に巨大な鳥の影を見たと聴き、その少年の周辺を調べ始めると同時に、第一容疑者である旦那ドアンと、変死した妻ドアン夫人とは親友であった女児童の母親クレシーダを張っていた。不倫関係により、ドアンとクレシーダがクレシーダの子供と、ドアンの妻に手を掛けたと考えていたからだ。ドアンは鳥の幻を見せ捜査攪拌をさせるために風邪の息子にクスリと思わせ、麻薬錠剤を飲ませていた可能性もあった。同時に、ドアンの息子の保護のために小学校で監視をしていた刑事が変死した。現場に居合わせた少女の証言では、刑事が何か巨大な物に追われる様子で走って来たという事だ。殺された刑事はギャングファミリーに弱味をつけこまれ、土地権利関係に裏で関らされていたと見られ、ダイランは、エケノの変死体発見に紛れて、何らかの街の権利者との関りが刑事の変死にはあるのではと思い始めていた。だが捜査途中で、主婦の変死体が発見されたドアン家の自宅が夕方時、巨大な鳥の影をはためかせ、火事に見舞われ、事件は闇行きとなった。それが夕方鳥事件だ。
麻薬捜査官がダイランのところに来た。今から屋敷捜査に向う事を言いに来た。
「屋敷内のほかの麻薬を調べた後は、きっとカーチスが地下で信者共に密売していただろうから、ジェーン刑事が後から上げるリストを元に顧客捜査を進めてくれ。出所はまだ不明だが、あの結晶だ。街で手に入れた可能性よりも他の州から仕入れた可能性の方が大きい。密輸に関してカーチスの交友以外にも裏があるはずだから周辺を洗ってみてくれ」
「半月前に他州へ行ったデスタントファミリーとの関わりも調べますか」
「ああ」
娘ニ人を引き渡してきたり、地下に入らせたり、何故なんだ。リカーの目を気にしていないのだろうか。無関係とは行かないはずだ。確かに、主婦や666事件の少女達を虜にした悪魔崇拝はりカーに関与は無いとしても……。
ダイランは部署に入ると受話器を渡された。
「何だ。」
「ダイランダイラン。あのカーチス屋敷の場所、わかったよ。エケノがまだレゼブっていう街だった時代に、元門があった所」
いつから悪魔崇拝をあの個室で行なっていたんだ。
マサチューセッツで起きた666事件の前には既にこの街で始まっていた。きっとジェットの死後、後継者達が脚色し、この街地下に根付かせたのだろう。女警官がリーデルライゾンに来た時にその発祥の地での仲間を見つけ出し、ロータス婦人の事も再び誘って共にアジェン地下で行なっていた。警察側は進行者が分からずに特定できないままだ。
レガントの使用人、ジェットの娘だった占い師がマサチューセッツに広げた悪魔崇拝。その後継者。女が中心となった崇拝事……。
ジェットは街に伝わる精神宗教の裏で貴族達を集め本堂で悪魔崇拝を行なっていたと噂されている前地主の直属の使用人だったから、その男自身も彼の死後にリカーにまとめて追い出され、他の地に移り地下で推し進めていた事が、どうやら娘が違う要素に変えて広めたらしいが、女性的な風が強い崇拝には、男性的な物が入る予知が無くなって行く。だから、前地主の時代のものや、ジェットが忠実に再現していたものとは、一切内容は異なっていた筈だ。
女達を狂わせているのは、その謎の後継者なのか? ジェットのほかに、実在したはずだ。前地主の使用人であって、崇拝事に関与し続け、その後ジェットと共にそれを再現し続けた男の子供が、今も。もしかしたら、その時代の使用人だった人間がリカーに追い出された後に秘密裏にこの街の地下にもいつづけて?
「………」
ダイランは座りもせずに立ち上がったまま、デスクの上のペンを見ていた。
『父が……』
「………」
『父が田舎町の宣教師で』
ダイランは瞬きも忘れ、じっとみいっていた。
『怖いの……この街は、呪われているの?』
なんだって?
「やあガルド。帰って来たのか」
ユリ・ミナツキ……
「嘘だ」
「え?」
ダイランは顔を上げ、キーを取って走って行った。
「おい!」
頭の中で整理する。
ユリ・ミナツキが来た時期。そして最近の刑事自殺事件の時。半年のZe-n活動後、彼女は既にマンション203号室からは引っ越していた。
この街には来たがっていた風があの嬉しそうな顔からは見て取れた。綺麗だったユリ・ミナツキ。美しい日系人の血が入っていて、何も気にしていなかった。何の街自体とのつながりも。
車がエジプシャンが営業するホテルに来ていて、オーナールームに駆け込み開けるとオーナーはポルノビデオで忙しそうだったからそのケースで頭を打っ叩いてコードを引き抜いた。
「てめえ何しやがる!」
「おい半年前に入居していたユリ・ミナツキって日系女がいただろ」
「ああ、お前が逃亡して警官が煩く立ち回っていたのが迷惑で立ち退いた女か。お前のせいで客失って迷惑したぜ。今も俺の邪魔しやがって!」
「その後何処に移ったか知らないか?」
「さあ。女にはきかねえ様にしてんのさ。話すわけがねえだろう。こんなアジェンで一人暮らしする様な子だぜ」
「お前、他の男とか連れこむ女には目敏いよな。出入りはあったか?」
「あってもんなもん、すぐに帰って行った。毎回顔ぶれ違うし、中年男ばっかだわ、金もってそうな男もいたしな。あの見かけで、ありゃまさかの娼婦じゃねえだろうなって不振には思ってたんだ」
まさか、あの部屋で悪魔崇拝を? その客寄せの部屋にしていたのか? ユリの雰囲気からは、父親がキリシタンの宣教師で、封鎖的な田舎町の裏の宗教団体に父親が迫害にあったのだとばかり思っていた。だが、実際は妙な闇的崇拝をユリの父親が広めようとしていた事から恐怖を持った村の人間にやられたのだとしたら?幼かった時代はよく娘も見つづけてきたはずだ。その崇拝を。そして大学の為にグリーンシティーに来て、リーデルライゾンでの職を求めて憧れの街にやって来た。
父親が宣教の為に移動し続けた中に、マサチューセッツが含まれていた、もしくは、ユリの大学生時代にその父親が教会で殺害されたのがマサチューセッツだったのなら、確実にユリの父親は……前地主の元使用人だった可能性が高い。ジェットも当初その近くにいた筈だ。娘はジェットの娘が脚色した悪魔崇拝とは異なり、大学に進学した事によってその脚色とは無関係に、父の行なっていた何某かの宗教を、殺された父の意志を継いで忠実に進めていたのだとしたら、わざわざアジェンや他のエケノなどの脚色された地下宗教には関わらずに、彼女単体で進めつづけた筈。直接彼女自身が顧客を取りながら。
彼女はダイランが美術館の物を盗品した闇オークション出品物、ブレスレットを腕に填めていた。富豪が落札したものだった。あの時期に街に来た元グリーンシティーにいた女。
だが、彼女は魔的な物を恐れていた。彼女には二重人格的なものは覗えなかった。
街に渦巻く何かを恐れていた。一体何処に行ったんだ。ユリのやつ。
まさか、彼女は街に脚色され広がった悪魔崇拝を信仰する人間達に既に? それとも、彼女自身がその間違ったものを正させるために足を踏み入れ崩そうとしたのか? ユリ・ミナツキが妙な物にとって変えられた悪魔崇拝を邪道として改めさせたなら、徐々に主婦達の悪魔崇拝はなりを潜めて行った筈だ。
だが、それだと主婦達を虜にしていたものの目的がユリによって崩される事になる。例えば、あの覚せい剤。主婦にあんな純度の高いものを? もっと違った顧客、貴族の筈だ。だが、もしも彼女が半年前に現れた事により様子を確実に変え始めたのだとしたら、他州から仕入れたに間違い無い覚せい剤が出回りし始めたのは、ユリが関わってから? 男性的な宗教の裏に隠れる麻薬? 前地主はどんな宗教を地下で行なっていたんだ? ユリは部屋で、まさか貴族や富豪相手に崇拝の裏でグリーンシティーなどから仕入れる純度の高い覚せい剤を捌いて? 父の行なっていた崇拝を食い物にそういった事を行なっていたために、心の呵責で悪夢のような物に怯えて?
あの時、妙な組織がグリーンシティーのボス宅を爆破したり殺し屋が現れて、一切そんな事気にとめる暇など無かった。
ユリはあの時代、マフィアに殺されたヘドロの事を共に悲しんでくれた女だ。あいつの最後のフライトを、輝いた顔で最高だと言った女。
純粋に思えた。女神に見えた。心が透明に思えた。あんなに心が綺麗な女は、珍しく思えた。何かに怯えるなら、精一杯元気付けてやりたくて連れまわした。
いや待てよ。もしかして、カーチス達が観念して正統派である宗教者、ユリ・ミナツキを護っているのか?
覚せい剤はカーチスの独断?
ユリ・ミナツキはそれを邪道だと判断した本人?
抜けられなくなって行き双子の娘まで浸蝕させた覚せい剤?針痕は無かったし、血中の麻薬はまだ検査中だ。
ユリ・ミナツキは何処なんだ。
まだ全くの憶測に過ぎない。ユリ・ミナツキは普通の子かもしれないし、部屋に金持ちの恋人を呼んでいただけの子かもしれないし、宗教だとか無関係かもしれないし、第一、レガント使用人の娘などでも無いのかもしれないし、今頃またどこかの街で普通の女の子として暮らしているのかもしれない。
半年間も自分はこの街から離れていた。
「おい101」
ガチャ
「あんだよ」
「ユリと連絡取ってるか?」
「いいや。なんだよ。仕事中か?」
「ああ」
「何の捜査だ」
「分からねえ。行方は知ってるか」
「この街から離れるって言ってたぜ」
そうは思えなかった。どこかにまだいる筈だ。この街には隠れられる場所など多い。あんなにこの街にいつきたがっていて、すぐに移るなんて思えなかった。
ああ、嫌な気分だ。
どうか無事でいてくれ。
嫌なものが頭に浮かぶ。あの洞窟内。変わり果てた姿……。眩暈がする。そんなの幻覚に過ぎない。
「おい白いじゃねえか。なんだよ」
「いや。何でも無い。わりいな」
「いや。俺はいいが。お前、最近大丈夫か?デスタントが消えてから覇気がねえよ。まあ、俺はそれで安心してるけどな」
ダイランは相槌を打ち、今デスタントの名前を出された事で凹みそうだった。
「今日、久し振りに奢るから飲もうぜエース。仕事が押したら無しになるけどな」
「おう。分かった」
彼はダイランの肩を叩いた。ダイランは手を上げ車に乗り込み走らせて行った。
今から向うのは、気が重くなる場所だ。完全に気が重い。だが確かめられる事もある筈だ。直接リカーに話が行く事になって、捜査打ち切りを言い渡されると困るが、どうにかうまく言えないだろうか。
それまでの時間稼ぎをしたかった。ティニーナが言っていた元門の場所の地図をパソコンに送るように言う。フィスターが貴族達や主婦達に聞き込みに行っている事とあわせて、奴等の中の血中麻薬濃度も早く麻薬捜査官達に調べさせたかった。
悪魔崇拝の裏に蔓延する覚せい剤が、本当にカーチスの屋敷だけに限るのか、それともカーチスが全くの別関係で地下に一時的に隠しただけか。預り屋なだけか、今、ロジャー達が覚せい剤の出所を本人に聞いている所だ。あの地下や洞窟で麻薬を作っていた形跡は無かった。水鉄砲に毎回証拠を流させていたのなら別なのだが。
ダイランは見上げては見回し、進む事を嫌がって勝手にハノスの屋敷の車が並ぶ間に入り込み顔を覗かせた。
「ミスターガルド?」
ダイランはビクッとして背を伸ばし、ハノスの所の運転手が顔を覗かせた。
「何をなさっておいででしょうか。ご主人様は現在、出張中ですが、お仕事関係で?」
「いや。そうじゃ無い。悪いな」
ダイランはそう言って回れ左して回れ右し、そのまま勾配を歩いて行った。
「ミスターガルド。そちらは……」
ダイランはそのまま歩いて行った。
左右に立ち並ぶ屋敷を見回し、顔を戻し、ぽつんと寂しい中立っていた。
ブロンド髪の背の高い男がこのトアルノーラ六番地にいる事を窓から見下ろしていた男は、円卓にカップソーサーを置き、中へ引こうとしたものの、しばらくは様子を見ていた。背後に目配せし、何者かがいる事を知らせる。
路上のブロンドの男は白シャツに黒スラックスで、品のいい色の紫色のネクタイをして、いきなり顔をこちらに向けた。
窓の中の男は目を細め開き、その男を見据えた。
ダイラン・ガブリエル様だ。
ミランダ=白鳥が殿方専属スパリゾート島へお連れし、粗野なごろつき風情に成り果ててしまっていた未来の主様を一年弱前に更正させた。
彼等専属使用人達は、ダイランの出生時を知っていた。出産時はメイド五人を残すのみで使用人達全員が城から追い出されていたのだが、彼は十日間古城にいたのだと聞く。その後、城から赤子の彼は消えたのだと。
誰もが大奥様の凶行の内に幼王子は殺されたのだと信じつづけていた。この何年間も。そうしたら、あの街を騒がせる凶悪な悪漢で有名だったまさかのスラムの派手な悪魔ルシフェル=ガルドが、その時の赤子だったのだと知らされたのは、一年前だった。
あのルシフェル=ガルドはいきなり警官になって四年後キャリライ様の部署に来て共に捜査をする様になり、話では、キャリライ様を脅迫して警官になったというのだ。
とんでも無いガキだと思っていたら、いきなり姿が変貌し、そのニヵ月後に知らされた。
アレは未来の街の権威者だと。
キャリライ様がいい顔をしなかったのはいなめない。彼がそれまでは将来の地主になると決められていた事だった。兄レイブル様も死去され、彼が後継人になるのだと。彼自身もその意気だったものを、大奥様が意見をいきなり翻したのだから。
四年に一度だけ、使用人達は大奥様の屋敷から完全に締め出される事があったのだが、まさかそれがあの悪ガキを迎え入れていた時だったとは、当然の事知らされる事は無かったのだ。
「おう。お前!」
未来の旦那様がよく通るでかい声で窓の中の男に呼びかけ、その声は一帯の屋敷中全てに響き渡った。なんて大きな声だ。
どこの屋敷も珍客に眉を上げ見ては、呼びかけられたライジャー=カルドネラを見た。彼は現在25歳であり、将来、躾・マナー・教養を専属的にレガント一族の人間に叩き込む一族カルドネラ家の長になる人間だ。
カルドネラは背後に手を上げた。
「丁重にお通ししろ」
ダイランが待っていると、扉が開いた。
「聞きたいことがあるんだが」
「どうぞうお上がりくださいませ。若」
「………」
ダイランは獣の様な顔をし、出迎えた者は目元を引きつらせ無視して踵を返し歩いて行った。
「おい!俺はガルドの人間だ! てめえ等が何聞かされてるのかは知らねえが」
ダイランは奥の階段から現れた窓際にいた背の高い男を見て、促された応接間に入って行った。見回し、男の顔を見て、眉を潜めていたのを怪訝なものにしてからふかふかのソファーに座った。使用人もこんな良い暮らししてやがるのか。品と歴史のある調度品の数々、落ち着き払った気品ある空気、茶の色もカップもセットも何のセットも素晴らしい。
「はん。なんだかすっげー所に住んでるんだなお前等」
規律ある鋭い目をした男は、あのハノスの空気が掠めてダイランは憮然として室内を見回した。
「お話をお伺いいたします。」
煙草を振り出そうとしたダイランはいちいち行動を目を細め見据えて来る男を睨め付けてから「なんだよ。禁煙かよ」と言った。
「品が無い」
「うるせえよ」
灰皿が何処にも無い事に気付き、ダイランは目をくるんと回して引っ込めた。
「ばばあが行なってる宗教を手伝ってんのは誰だ?」
「存じ上げません」
「誰だ?」
「宗教などの関係は現在行なわれていません。街の中でもそれは同様の事とお分かりでしょう」
「やってるはずだ。今でも。リカーの前の地主がやってたらしいってこの前聞いた。一ヶ月前の刑事ラングラー自殺事件の時、お前等も警戒していたんじゃねえのか? 街に関わる地下宗教事が関わっていたらしかったんだからな。前地主直属の使用人だったジェットっていう男の屋敷は何処だ。そこでいろいろ聴かなければならない事がある」
「存じ上げません。使用人にジェットという名のものも歴代におりません」
「ここは何の専属使用人の屋敷だ」
「躾・マナー・規則・規律・教養・社交を」
「こらー! お前未来の主を慈しむ教育を受けなかったのかー!」
「あなた様はガルドの人間だ」
「当然だ」
彼はまだ年齢が若いために、前地主の時代の事は詳細を知らされてはいない。長にならなければ、全てを知らされる事は許されなかった。
ジェットは専属ボディーガード一族の人間で、彼等には苗字も名前も無い。ジェットはその後つけられた名だ。
「困ったな……。人命が掛かってるんだ。なあ。教えてくれ。協力を煽ぎたいんだ」
「どういった関係であなた様はこちらに赴いて? キャリライ様からは何も覗ってはおりませんが」
「人を探してる。
「どなたを。
「お前が前地主の時代の使用人を言わなければ無駄だ。
前地主が行なっていた崇拝に荷担していた使用人の子供を匿っているんじゃないのか? なんて言えない。もしかしたら、奴等を追い出したリカーにも内緒でどこかに匿っているのかもしれないのだ。
下手に言えば、一生無理だ。ここの一族がリカーに忠実な一族であって、他の一族がユリを匿っているかもしれない事を知らなかったとしたら、まずい事だった。
ダイランはあからさまに困りきった顔をし、一瞬を置いて走り出した為にカルドネラは花瓶横の壺から鋭く切りつけ、その刹那強烈にカルドネラのサーベルがシャンデリア横の天井に突き刺され、ダイランの持ったサーベルがカルドネラの喉元に突きつけられた。
「お前もフェンシングやってたのか。俺も中学時代やってた」
「……。噂は存じ上げております」
カルドネラは目を細め自分よりは五センチは低いダイランを冷静に見据えてから彼がまた壺にサーベルを戻し、シャンデリア横を見上げて肩をすくめてソファーにどかっと座った。ダイランのあの一瞬の殺気は強烈だった。強行的なレガントに仕える彼等への殺気だろう。
「あなた様が未来の若旦那様であられるとしても、今現在の身分の内にはいきなりの行動は不審な行動と捕らえます」
「………」
ダイランは上目でカルドネラを睨み、立ち上がって間近で見た。彼は一歩下がり、ダイランに瞬時に腕を掴まれると瞳孔が開きダイランの目を見た。
「言え。お前が知らないなら知っている使用人の古株を呼んで来い」
「その時代の使用人は既に存命では無い」
「そんな筈が無いだろう。前地主だかが死んだのは約五十年前。噂じゃあ三十代も前半の年齢だ。充分使用人も生きてる年齢だろう。80代周辺か、若くてまだ六十代後半の筈だ。隠し事は止めろ」
「何故現在その者の存在が必要なのですか。誰を捜索なさっておいでかは分からないが」
ニメートルの長身を返させ背腰で腕を捻った。
「………」
「話せ」
「警察を呼びますよ」
「警官嫌いが言ってくれるじゃねえか。馬鹿にしやがって俺は警部でキャリライより給料いいんだからなこのやろうめが」
背後からスーツの整った背を睨み見ては、ダイランは脅迫に入る事にした。
窓の所へ行かせ、窓を開けてから見回した。
「古株を用意させろ。突き落とすぞ」
「狂っていらっしゃるようですが、我々は」
背を押し、あちらの正面窓から綺麗な顔をした女が見ていて、彼女はダイランと目が合うと、静かに見据えて来た。
「……。」
「あなた様が本目的をおっしゃらなければ、我々も協力をしかねます」
「おいこらそこのバリクソ危なっかしいボーイ!」
「るせー!」
あの覆面刑事が路上から声を上げ、ダイランは早々と無謀な行動を警察に聞きつけられた事にカルドネラを中に蹴り入れ、その瞬間背後からがっしり腕を取られた。
「………」
肩越しに見ると一年前ミランダと共にマンション201に現れダイランを拉致ったニ人の筋肉マンだったからまた強行的に連れて行かれる前にするりと抜け出し、立ち上がり蹴られた胸部をさっさと払うカルドネラと、男ニ人を見た。
覆面刑事は応接間に駆け込んで来て、彼等を見てからダイランの所に来ては、その首根っこを持ってギャーギャー騒ぐのを連れて行ったから三人は一瞬瞬きし、その後窓の外を見た。
「っだよあんたは!」
「何故お前はこの場所にいる。レガントが警察嫌いっぽいファミリー一族だと知っての狼藉か?」
ダイランは見回し、口元を隠して小声で言った。
「カーチス屋敷捜査の一貫だ」
「何故トアルノーラ六番地に関係がある」
「あんたも協力してくれ。あんたの上司のギガ部長も今回の件を分かっている」
「一体何を協力させるつもりだ。」
「精神と肉体を脅かす悪魔崇拝の教祖探しだ」
「はに?」
「はにじゃねえよ。その覆面喰い散らかすぞ。デスタント事には一年前まで協力してたじゃねえか」
「それはお前が殺人課内の捜査リーダーだったからだ。問題を起して左遷された単独行動刑事に単独で協力すると思うな」
「すうはにには、こらー! てめえの言葉移っただろうがー!」
「アメリカ語をしっかり話せ」
「あんたが言うな。崇拝による精神崩壊には覚せい剤が絡んでいるかもしれない。それを街に蔓延らせているなんて許す警官がいるわけが無いだろう。主婦も関わっているんだ」
「それが何故レガントに関係する」
「派生がレガントに間違い無いからだ。ここの女地主ももしかしたら知らないのかもしれない。独自に地下に根付いている宗教事をな」
「………」
覆面刑事はただでさえミスターカトマイヤーが調べ回っている事を怪しんでいる中で、この小僧まで捜査をし始めるとなると、裏から行動を取る性質は全く、どこまでも似ていると思った。カトマイヤーもこの危なっかしいダイランもよく似ている。街の地主に刃向かっては目を付けられているのだから。それでも一切気にせずに止めようとしない。カトマイヤーの場合は元からこの使用人一族の一帯で少年時代を生きてきた分元の性格もあって冷静沈着だが、こいつは違う。無謀なだけだ。
「話してみろ」
またダイランが来た為にハノスの所の運転手は首を傾げ、ダイランは覆面刑事も車の間にしゃがませてから
「何をやっているんだ君は」
「うおっ」
ベンツから降りたハノスが冷めた目でダイランを見おろし、ダイランは立ち上がってからハノスを見た。
「捜査中だ」
「報告は受けたが、何故今の忙しい時期に捜査主任の君が我が屋敷前の車の間にいるんだ。不法侵」
ハノスの腕を引っ張り屋敷の中に押し入れ、覆面はエントランスホールを見回した。
「聞いてくれ。ドルク=ラングラーの事件で上がった宗教事と今回上がった宗教事の関係を探る必要がありそうだ。未解決で終った鳥の幻影事件も何か絡んでいるかもしれない。その事で今一人の女を捜してる。ユリ・ミナツキっていう女だ。推測に過ぎないが、前地主時代のレガント一族使用人の娘かもしれない。年齢的には孫かもしれないんだが。ジェットの娘が占い師の傍ら少女達に悪魔崇拝を広めていた様にな。ユリの父親も宣教師で教会で既に殺されてる」
「彼女が何故、レガント使用人の娘だと分かるんだ。もしもそれが事実ならば、宗教に関わっている可能性はおおいにあるのだろうが、女性が一人で起せるものでは無い」
「だからレガントの使用人共が匿ってるんじゃねえかって張ってるんじゃねえか。だがどこで匿ってるのか不明だし、本当にいるとしたら事情を聞ける。ユリの行方はわからないんだ」
「彼女は君が逃亡時にマンションの部屋を去った」
「FBIで追わなかったのか?」
「追う必要は無い。君との関係は無いに等しかったからな」
「捜査許可を出してくれ。あの屋敷一軒一軒探って行けばいるかもしれない。あんたは奴等と交流が深いんだろう。奴等は俺を胡散臭そうに見るだけで何も答える気さらさら無しだ」
ハノスは溜息を付き、しばらくして頷いた。
「重要な要点を話してみなさい」
「リカーが関わっているかは不明だが、カーチスはきっと地下の宗教事に歯止めをいつかは利かせようと思っていた筈だ。ユリが現れた半年前からなのかは不明だし、不純な裏目的の覚せい剤をあんなに持ち続けていた理由もあやしい。あんなに持ってたら、とっとと捌く方が安全だ。持ち続けていたわ、地下を探らせたわ、娘を安全な病院送りにして護ろうとしたのは、もしものリカーから護る為だと思う。カーチス婦人は娘の様態を明らかに不憫に思ってた。屋敷でまさかの怪しい宗教が行なわれていると変にリカーだけに知られれば、何をされるか分からない。だが八方塞で助けを出せるところもなくなりかけた。そんな時に地下宗教を聴きつけて、リカーとも繋がらずに正統を問わせようとしたユリが現れたのなら、これ以上危なっかしい麻薬目的に信仰してくる貴族や主婦に麻薬を捌く事を止めて、ユリを心の拠り所にできる。だが実際は密教に他ならないためにユリは警察に知られるわけにも、追い出してきたリカーに知られるわけにもいかない。だから追い出された使用人のどこかの一族がユリを匿っているかもしれない。共に、地下洞窟の存在だが、あんたは何か知っている筈だ。前地主の時代を多少は生きているんだからな。前地主が行なっていたとかいう宗教について。カーチスはリカーに反抗している貴族の内の一人かもしれない。門の地下の古来のパイプオルガンはなくなっているが、リカーに何かを知らしめたかったがために解放したとか、リカーが何か条件を出して来たことが気に食わなかったとか。それと、デスタントも去って麻薬関係を規制してくる人間もいなくなったが、逆に他所から無秩序に入って来る物からも護られなくなった。ルートが成り立っていたら、勝手をさせなかった為にある意味安全でもあったが、今はそうもいかない。不安定な中の麻薬密輸は危険だ。ルートが張られていた中を通り抜けていた網で裏を掻いて安全を確保していた時代と違って。顧客達から要望がきても、それを放棄したかったのかもしれない」
「もしも彼女がいた場合はどうするつもりだね。何の役に立つ。無駄な危険にさらす事になるのかもしれないだろう」
「俺達は街の地下から妙な悪魔崇拝を根絶やしにさせる。精神崩壊に導く物だからだ。一斉に検挙して麻薬も蔓延しているようなら取り締まり、再興を予防する。その崇拝撲滅反対者達に狙われているかもしれないユリの身を確保する」
「本当に狙われている為に街から姿を消したとはまだ言い切れない」
「屋敷を捜索させてくれ」
「掛け合うだけだ」
「ああ。どこが怪しいと思う。隠し事は無しだ。一応は俺もレガントの人間なんだ。知っておくべき事は多い筈だぜ」
「都合のいいときだけ名を利用するな。君が脅迫物件に加えようと」
「今は真実を追いたいだけだ。」
ハノスはトレンチコートの身を返し、歩いて行った。
「どこが怪しいと思う」
「全ての一族の名と役目は伏せる。余計な詮索はせずに着いて来るだけで良い」
★
トアルノーラ六番地。
レガント一族専属使用人屋敷。
「あら。何やってるのよガルド。」
ダイランはココアを飲んでいるユリにずっこけ、彼女は揺り椅子から立ち上がって彼の所に来た。横のハノスに微笑み手を差し伸べ、ダイランがその手を取ってから自分の背後に行かせ両腕を持った。
「無事だったか?」
「え?何とも無いわ。」
「お前、ここの一族の人間か?」
「父の実家なの。」
「何故わざわざ一人暮らしを。宗教のためか?」
「……。」
ユリはココアを持つ両手を見おろしてから、ハノスを見た。
「あなたがお話をなさったの?」
「いいや。」
「ユリ。あの地主の女にはきっとまだ知られていない。だから話してくれ。」
「無関係者には……。」
「俺もレガントの人間だ。」
「え?」
ユリは驚き瞬きし、ダイランを見てからハノスを見ると、彼は無言で頷いた。
「本当?何故わざわざあなたも一人暮らしを?おかしな人ね。」
「その事は今はいいんだ。」
「だから太陽の光りの様に思えたのね……。あたしは父の意志から離れた邪教を正したかっただけだわ。彼女達はレズビアンの団体で、地下で狂行を続けては麻薬を使用していたし、既になんの精神宗教的要素を欠いて侮辱していた。あのドルク=ラングラーはそれを追って取り締まろうとしていたけれど、いきなり死んでしまったし、きっと彼女達に手に掛けられたんだと思ったわ。666事件で彼女達に男達が殺された様にね。」
マラアは確実にギガを見下していた。それは男を見下していたからだろうか。子供を作れないからだけでは無く。
「全員レズなのか?」
「そうとは限らないみたいだわ。」
「お前は何を行なって?」
「精神統一よ。貴族の人たちは特に神経を張り詰める事があるし、精神を崩す人も多い。父はマダムリカーに追い出された後、お仕えしていた主様の崇拝を行なおうとするミスターからは距離を置いて家族を連れて別行動を取ったの。崇拝の内容を変えて、精神を安定に導く事だけに集中させた。だから、完全に前主様が行なっていた崇拝や、この街で正規に行なわれていた宗教とも違った。街の宗教から派生させたものだけれど、それだとマダムに存在を知られてしまうでしょう?」
「ミスターっていうのはジェットだな?」
「そうだと思うわ。」
「幼い頃の記憶に残っているんじゃないのか?まだお前の父親がジェットと釣るんでいた時代に、ジェットが行ないつづけていた前地主の邪悪な悪魔崇拝を見ていて、それが悪夢になって現れてたのかもしれない。怖がる娘を見てお前の父親は目を覚ましたのかもしれない。」
「そうかもしれないわ。小さな頃のことはそんなに覚えて無いの。父の宣教は覚えていたけれど。あたし達はね……」
小声になった。
「マダムの事を気にしているわ。絶対的であった前地主様の時代をいきなり終らせた強行には、正直快く思って無い。」
ダイランはハノスを振り返り、彼は言った。
「君はその裏の崇拝の内容を知って?」
「いいえ。ただ、見る悪夢は怖くて不気味な物。薄暗くて、闇が占領していて、具体的なことが全く分からないの。破滅に導く目的で闇のそんな物を崇拝していたのかは本当に分からないけど。」
「ここの人間は分かって?」
「いいえ。その時代の人間全てが追い出されたから、残ったのは崇拝自体には関わってはいなかったレガント全体の者達で。」
ハノスは頷いた。
「お前が知っている地下宗教の場所は?」
「アジェン地区よ。」
「他には。」
「あるの?信じられない。もうあそこは警察のあなた達が立ち入ってなくなったと思ったのに。」
「なんだって?」
ユリの目を見て、じっと目の色を確認した。彼女は目を反らさずにいた。隠している。
きっとリカーの目を危惧しているのだろう。
それか、何か隠している。
それとも、本当にあと一人誰かがいるのだろうか? 麻薬を撲滅しようとする救世主が。そんなもの疑わしい。
ダイランはユリをつれて歩いて行き、一応2人だけになった。
「話してくれ。隠さずに。」
「……。」
ユリは絨毯の向こうを見ていて、ダイランは促した。
「マダムは……前地主の邪悪な崇拝を再び興そうとしているらしいの。」
「何だって?」
「デスタントファミリーが徐々に街の権威を奪って行っては、門地下の存在を余所者に知られるわけにも行かずにいたんだと思うわ。その地点の権力を取り戻さなければ、怪しい行動はすぐにデスタントに知られてしまう。だから土地主人の買収を行なってデスタントとの距離感を置く様にしていたようね。」
ラングラーが自害したバー、青く澄み渡ったアクアンジェルのしきつけられた地下にあった崇拝場所、カーチスの屋敷地下の洞窟、他には、もしかしたら鳥事件のドアン家にも、更地を再調査をすれば地下があるのかもしれない。
ダイランは車両の中のパソコンを持ってきたかった為に、ハノスに頼んだ。彼は目をくるんと回してキーを受け取り歩いて行った。ここの使用人がハノスに手出ししないらしいことは分かっていた。
ハノスはノートパソコンを持って来ると渡し、覆面男も覗き込んだ。
「何が分かるの?」
「まだ今からのお楽しみだ。」
起動させ送られた箱を開き、それを画面に広げさせた。
「……。」
ハノスは片眉を上げ、ダイランは口をOにし、ユリは首を傾げ、覆面は微動打にしなかった。
「元ブラディス屋敷の更地。トアルノッテとエケノ間パーティーホール。市長屋敷。教会。民家。カーチス屋敷。元ドアン家。ハイセントル広場。アジェン酒場。その9地点だ。ブラディスは無神論者で、宗教には入っていなかった。」
「崇拝は別物だろう。あのゴシック様式の悪魔的屋敷は、如実にそれを表している。」
「よく知ってるじゃねえか。」
「この街には長くいる。」
「リカーが屋敷を売り払って更地にしたり、ハイセントルセンターの工場を執拗にさっさと強制的に撤去させたり、アクアンバーのオーナー買収していたりしてたくらいだ。確信は出来無いが、デスタントと繋がる刑事を邪魔に思ったのもあの女かもしれない。ドアンの家の権利だってきっと奪い合っていた筈だ。リカーはこの場所を死守するためにドアンを買収して立ち退くように言っていたがドアンが条件を飲まずにいて、リカーがルイールとの不倫を聞きつけ邪魔者を消す計画を持ちかけてやって、権利をドアンとデスタントから取り戻す為に必死になる。何やら焦ってるリカーに気付いたデスタントは臓器提供をちらつかせて刑事にリカーを探らせて、リカーは探られる事を恐れて刑事を始末させ、ドアン家に放火させ、まんまと更地にさせたんだと考えられる。」
「危険な考えよ。」
「あのばばあが直接誰にそれを依頼したかは分からないが、充分ありうる性格だ。」
「何故家族なのに目の敵に?」
「……。家族じゃない!!」
ユリは驚き見上げ、ハノスが肩を持ったのを座った。
「怒鳴って悪かった。」
「いいの……。」
彼女は小さくはにかみ、ダイランは感情的になった自分を罵った。
「カーチスの屋敷も買収を進めていた筈だ。教会の場合は既に使い物にならなくなってるから買収の必要は無い。あのイカレた変態司祭もすでに廃人だ。市長も元からリカーを恐れていて管下内だろうし、残るはこの民家。」
そこをズームアップして行った。
アディトとメイズンの実家、レナーザ一族であるトアルノーラ4番地寄りのエケノ地区の屋敷で、住人は建築家、シャルビア・ペレンドン=ビブカ。
「建築家か。なんだか怪しいもんだな。もしも将来リカーが再び宗教か崇拝を興すために更地にしていて、何かを建設する予定なんだとしたら、きっとビブカに遙任する筈だ。きっと経歴やワークスを調べれば建築様式の向きも沿うものなのかもしれない。この前の広場の豪炎も、もしかしたらあのリカーの仕業かもしれない。もっと深く掘り下げたら地下があった筈だ。カーチスの屋敷を買収していたとなると、今娘達がやっている妙な悪魔崇拝を知られたらまずかったわけだ。」
「だが、君の報告では肝心のパイプオルガンは消えていたそうじゃないか。既に買収後、ミズリカーにオルガンは解体され運び込まれているからなんじゃないのか?」
「じゃあ、何かよ。まさかリカーも女達の悪魔崇拝に加わってるって?リカーは覚せい剤を嫌う女だ。コスメ会社の社長だし、肌の質を第一に考えてるからな。俺の事も軽蔑してた。それなら何故カーチスが観念したのか分からない。リカーから甘い蜜を吸っていた筈だ。」
「もしも、デイズ=デスタントが屋敷が取り壊される前の少年時代に地下へ通じる秘密の通路を発見していたのだとしたら。」
「あいつが?確かにあいつはブラディスと同じ無神論者だし、デカダンな悪魔的装飾を好むが、まさか他の場所にも同じような物があるなんて思いも寄らないはずだ。」
「だが、もしも知っていたとすればミズリカーに買収されていた後にデスタントがリカーの固執に気付いて調べまわって、怪しい地下の噂を手に入れればカーチスを倍以上の高値で買収し、覚せい剤も流用させてミズリカーを脅迫し続ける物件に出来ていたはずだ。その彼がいきなりカーチスを見切って他州へ行き、デズタントとの間で板挟みになっていた状態をミズリカーに攻められる前に、観念したとも考えられる。」
「どうします。それが本当だとしたら、くわせもののじいさん匿う事になりますが。」
「自供してもらわない事には。それに、確実に地下で崇拝が行なわれていたという証拠と、証言をする信仰者達が口を割らなければ何もならない。デスタントが移住した今、彼にも買収の真意を聞けない。」
「あのリカーが口を割る様な女でも無いしな。この建築家ビブカに事情を聞くべきだ。脅迫してでも吐かせれば、もしかしたらあるかもしれない建築資料も拝める。ドルク=ラングラーの自害に関してだが、権利事でギャングと癒着する事を知られるために始末したのか、万一リカーがカモフラージュの為に女達の悪魔崇拝をのさばらせておいて本目的の更に地下を知られない為に動いている事を探られたく無かったのか、他の理由か。」
ユリの鹿目を見た。ユリはダイランを見て、瞬きして両手と首をぶんぶん振った。
「あたしじゃ無いわ。」
「長年放置されているパイプオルガンは使い物にはならなくなっていたはずだ。新しく設置する為に古いものは撤去したんだろう。デイズのあのパイプオルガン好きは潜在的なものも確かにあるかもしれない。奴が作る屋敷には必ずパイプオルガンを作らせていた。ハイセントルの地下屋敷にも、デスタントがリカーから奪った島の屋敷にもあった。」
ハノスはダイランのブロンドを白い目で見おろした。
「どうやらやはり半年前の逃亡にはデスタントが荷担していたようだな。」
「……。」
ダイランは罰が悪くなって咳払いした。
「年代物で価値があるはずの魅惑付きパイプオルガンをただ壊したとも思えない……。もしかしたら、戦時の混乱にあわせて工場改革に乗っ取りカーチス屋敷のオルガンを運び込んだのかもしれない。それに、ブラディスの屋敷もヨーロッパへの移築にあわせてオルガンを解体して、共に運び込んだとなれば地下を知られる事もない。見つけ出していたなら、デイズ以外には。あと残るは他の地点のオルガンだ。きっとハイセントル地下のオルガンは、地質が凶悪すぎて完全に悪い物に浸蝕されていたから爆破の火種にしたのかもな。今は地下への入り口は更地にされて土に埋まっているとは思うが、他の地下はその上に悪魔崇拝の部屋があるかもしれない。レズビアンだなんだの溜まり場所にされてるような。アジェンは麻薬は手に入り易かったと思うが、他のところはカーチス同様、仕入れには危険がある。もしかしたら、場所によって麻薬に有無があったり、信仰者の内容も違うかもしれない。その地点と、ビブカ屋敷、市長屋敷に向う方がいい。デスタントの去って既に権利が戻った今は、早急にもしかしたら悪魔崇拝の証拠を消して一気に地下堂創りに取り掛かるかもしれない。妙な悪魔崇拝に彼女が関わっているとは思えないが、前地主時代の復興を完全に望みたい女だとしたら、崇拝の方も完全に興そうとするはずだ。」
「今更。」
「……。」
ハノスがそう吐き捨てるように言った。ダイランは瞬きし、初めて何某かを覗かせた彼を振り返った。既に常の雰囲気だった。
「まあ、とにかく、急いだほうが良い。ユリ。お前はここが安全なのかが俺には分からない。俺の言う場所に行こう。」
「どこへ?」
「警察寮か、俺の実家。いや……あの女が勝手に出入りする以上危険か実家も。そうだ。ジェーンの屋敷だ。部長。」
「大丈夫とは言えない。径路によって警察寮の方が安全だ。署に向かい、他の者がパトカーで彼女を運ぶ。」
「そうしましょう。俺の後輩が部屋を借りている。そこに入っていてくれ。」
「分かったわ。」
ユリは立ち上がり。ダイランとハノスを見た。
「ありがとう。ガルド。ミスターカトマイヤー。あたし、前地主様や父を追い出した彼女には……、捨てきれない思いがあったから。父の意志もどうにか護りたかったし、父の敬愛していた方だったけれど、恐ろしい時代は繰り返されるべきじゃ無いって思っていたから。確実に貴族達はその時代の前地主を恐れていたわ。悪夢は本当に怖くて、きっと何か大きく魔的な物や闇に傾向していた筈だから。」
ユリはダイランを見上げ、まるで使用人が主にキスをするかの様に、彼の手を取り唇を寄せた。
「ユリ。俺なんかにこんな事するな。分かったか?」
彼女の両肩を持ちそう言い、彼女は上目で微笑んでからもう一度礼をした。
「光に思えた方を敬愛する。あたし、父が大好きだった。同じ様に、あなたの事や、今にマダムの事も尊敬できる者になりたいわ。」
彼女の誇りの備わった強い目を見て、ダイランは自分が気圧されて口を一文字に噤んだ。ユリはいつでも潔い格好良い女に思える。
「行きましょう。」
「代々受け継ぐ場と言われていたらしい。」
「その古いレコード屋がかね。」
「ああ。デスタントに最終的に土地を奪われて、バートスクの店は取り壊されてその上に違う建物を建設されたんだが。俺がタルクをコーヒー畑に送っていた時期だったから詳細を探れなかった。」
「街中も脱獄犯を取り押さえる事に忙しかったからな。君の仲間も取り押さえる必要があってね。」
ダイランは整った顔を怪獣の様な険しい顔にし、ハンドルを回し、門の中へ入り私道を進んだ。
車両から降り、3人は歩いて行くとダイランが声を整えるためにゴホゴホ言ってから扉を叩いた。
「警察です。シャルビア・ペレンドン=ビブカさんはご在宅で?」
「……。警察の方が、私に何の御用でしょうか。」
女性。
美しい金髪に、サファイアの瞳の、女性。柔らかく白い肌に、ピンクの唇、白のインナーに黒の薄いカーディガン、柔らかく広がった皮スカートとヘマタイトのついたベルト。豊満な体は腰が縊れ、落ち着き払った声は空間とマッチしていた。年齢は44,5だろうか。50も行っていそうだが、肉付きも顔つきも綺麗だ。この美しさが整形かは不明なのだが。見方によって30代前半で通る。あのカーチスの双子姉妹も整形などがありうると思った。
「あなたは職業を建築家でいらっしゃいますね。」
「ええ。」
「あなたの屋敷地下を拝見したいのですが。」
「ございませんが。」
「あるはずです。」
「この屋敷は12年前に建て替えましてね。」
「戦時に得た金で?」
「何が一体?」
「お邪魔します。」
横目で男3人を見てビブカは身を返し歩いた。
FBIの名を出せればまだ行動し易かったのだろうが、特Aの調査書全てFBI行きだろうともどちらにしろ極秘捜査で名は出せない。
一応、そこまで自信があるのか、女主人は屋敷に招き入れてきた。完全に屋敷で入り口を塞いだのだろうが、きっと掘り起こして入り口を作れるような設計になっている筈だ。それか、既に仕掛けがあって入り口では建設が行なわれているのかもしれない。第一、デスタントがあらゆるルートを規制していたこの4年間は難しかったかもしれないのだが。怪しい行動や怪しい物資は即刻奴等に調べられることになる。
「地下などございません。いくらお調べになっても。」
「それではこの現在の屋敷と以前の屋敷の設計図を拝見しても?」
きっと設計図の読み方などこの素人にわかるはずも無いだろうという顔をしたが、首を縦に振らなかった。
「警察の方といえど、これは我が家のセキュリティーの問題ですわ。見せるものですか。」
「信用されていないものですね、警官も。あんたの所に泥棒には入りませんよ。」
「へえ?6年前にグリーンシティーのギャング屋敷になら入って爆破をしても。あたくしの友人の隣家だったから迷惑してましたよ。屋敷の側面白亜がただれてしまって、庭園のプールには大きな瓦礫が幾つも飛び散って庭師に入って頂いたばかりの木はなぎ倒されるわ、大理石の塀は崩れるわ、被害に遭ったけれどあなたを恐ろしくて訴えられないとね。損害賠償などや精神的慰謝料を求めて訴え様ものなら、この美しい魔王ルシフェルに何をされるか分かったもんじゃ無かったですから。」
皮肉を存分に含まれてダイランは大きな瞼を半分閉じてから寝ぼけたライオンの様な顔で項をがしがし擦った。
「それは実に申し訳なかった。きっと爆薬調整に誤りが……。」
「あなたの頭の回線にも緻密な誤りがあったようね。生んだ親の顔が見てみたいわ。あたくしが既に完全に屋敷を元の状態に戻しましたわよ。」
ダイランは困ってハノスを振り返り、彼は冷たい目をするだけだったから向き直って言った。
「今は事件捜査中です。」
「あたしくは殺しもやっていなければ無い地下に隠してもおりません。」
「建築家として建築を極めているにしては、地下が無いなんて珍しいな。」
「珍しくなどありませんわ。逆に、平面の家の美しささえ求める建築家は多い。いかにその中に収め、形を美しく、そして土地の広さを物語れ、庭とのバランスを保てるのか。地域との一体化を計れるのか。」
「殺人事件の捜査では無いですから。以前の屋敷に地下は?」
「ございません。」
「単刀直入に聞きますが。」
「なんですか?」
「リカー・M=レガントに何か依頼されて?」
ハノスがダイランの足を蹴り、ダイランは蛇の様な目をしてハノスを睨んだ。
「何かの建築をですか?」
「まあ、他に何かあるのかは不明ですが。」
「我々は地主様との契約は多々ございますが。贔屓になさっていただいているのでね。」
「内容をお伺いできます?」
「アヴァンゾン=ラーティカの百貨店ホーステイル。猛獣園。マンション群などから始まりますわ。」
「あなた、失礼ですがお年は?」
「何ですの?父の時代から引き継いだものですから、46です。」
「あなた自身の新規に依頼されたお仕事は?」
「お施主様の情報はお渡しできません。」
「ではまだ着工途中なんですね。それは9つの建築物なのではないのですか?」
「何の捜査です。」
「あなたの屋敷地下にある元門跡の地下についてです。前地主の時代まで、既に130年前に門は取り払われていたとしても、地下は夕方宗教の崇拝時に使用されていた事は学校で習っていたでしょう。その地点がこの屋敷の下ですから。なおの事歴史を誰よりも分かっている筈です。街の大学院の歴史研究家でなければ、わざわざ門の元あった場所までは授業内容に含まれてもいませんでしたからね。」
「何故今更そんな昔の産物に。」
「本当に関わりが無いとは思えません。」
ハノスがダイランの言葉をそこで止め、意志を変えようとしないビブカの目を見てから立ち上がった。
「今回は引き下がります。」
ダイランはそう言い、ハノスと覆面と共に屋敷から出た。
「彼女の言葉を信じ過ぎるのはどうかと思う。履き違えると攪拌される。」
「そうだな。地下への」
「ユリ・ミナツキという女性の方だ。」
「……。」
ダイランは考え込み、頷いた。
「確かに。冷静になる。」
「彼女の証言は纏まっているが、要点が抜けている様に思う。とにかく、パーティーホールに向いなさい。入り口がある可能性が高い。同じ様に悪魔崇拝が行なわれていた可能性も高い。」
ダイランは頷き、走らせて行った。
ハイセントルを横断して真っ直ぐの所にあるので、そのまま建物を避けながらジグザグに進んで行った。ハイセントルはデスタントが去った今でも警察官の車両を見るとライフルを向けてくるが、ダイランの車両だと分かると鋭い目でねめつけるだけだった。
「9つの地点は地下で道が繋がっていると思うか。」
ハノスがそう言い、ダイランは一度ハノスの横顔を見てから顔を戻した。
「確かにあるとしたら、一ヶ所のみの搬送口で9つの地下を人知れず建築を進めて行けるだろうが、考えられるとしたらデスタントのバイパスしか無い。だがリカーとは敵対していたんだ。」
「どこまで敵対していたのかは我々には不明だ。協力をしていた部分も多かった筈だ。譲歩しあう事で互いが利益を得て事を薦めやすく出来る。ルート規制にもミズリカーが手助けをしていたとなれば、物資を運び易い。それを容認していたかもしれないミズビブカが今彼女に報告をしても、一千一夜の事をすぐに中止にも出来無いだろう。本当にあの女性の証言通りに地下建設が秘密裏で行なわれ、それを市長も分かっているならばな。」
パーティーホールのある屋敷に到着すると、車両を停車し純白の屋敷へ入って行った。会場女スタッフが笑顔で出迎え、警察手帳を見せると彼等を見た、
スタッフが逃げたり余計な行動を取らないように覆面に残るように言ってから尋ねた。
「屋敷内を調べても?」
「どういった用件での事でしょうか。」
「失礼します。」
「お待ちください。現在は会場は宴が催されておりますので困ります。」
「静かに調べます。それが嫌ならば、地下への入り口へ案内していただきたい。」
「……。」
「行きましょう。」
ダイランが無理やりそう言い、スタッフは「支配人を呼ぶのでお待ちください。」と言った。
何やらエントランスラウンジで騒ぐ声の大きい男を見て他スタッフが支配人を呼び、男が現れた。
「地下への入り口を調べたい。」
「地下。でございますか。」
「ああ。」
ダイランは歩いて行き、支配人は彼の前に歩き立ち止まらせた。
「警察の方が、勝手な捜査はおやめいただきたい。」
「いいから見せろ。」
支配人はダイランの目を見てから反らし、「こちらへ。」と言った。
「言っておくが、普通の地下に通しても仕掛けなんか見つけるからな。往生際悪い事するなよ。」
男は何も言わずに歩いて行き、背後のあの元悪漢に何をされるかわかったものでは無く口を噤み歩いた。港輸送船の様に爆破されてはたまったものでは無い。
しばらく歩き、個室のパーティー会場の扉を開けると歩いて行き、2つ扉を抜けた先に一風空気の変った個室に出た。今までは豪華絢爛で煌びやかな個室の会場が続いたが、そこはエポック様式の室内で、その奥の木の扉の鍵を開けると、進んで行った。
通路だ。突き当たりの鍵を開け、地下への石造の螺旋階段が出てきた。降りて行き、石で囲まれた3,5メートル程の低い天井の広い場所に出る。松明が各所にあり、奥は鎧戸の観音扉があった。そのサイドのかがり火も灯っていない為に、ペンライトのみの明りだが、空気が重い。
施錠を解き、木の棒が外され開けられると、2人は入って行き岩窟のホールの中のそれを見上げた。
「……すっげえな。」
荘厳なパイプオルガンが10メートルの幅で並んでいる。2メートルの長さの鍵盤が2段並んでいた。
よく手入れされているのか、古いながらもレリーフの施されるパイプは鈍い光を受けていた。相当の代物だバタンッ
「………。」
ダイランとハノスは振り返り、瞬きして不気味な音が鳴り響いたのをダイランは裏側が鉄で覆い尽くされた分厚い観音扉をガンガン叩いてハノスは空間に響く音を神経質そうに煩わしがり、そこまで来るとダイランを止めさせ呼びかけた。
「覆面。開けなさい。」
「あの男かよ、」
相手は答えなかった。音も探れない。
「おい何であの覆面野郎が。わかってたのか?」
「背後からずっと殺気を感じていたからな。」
「マジかよ。まさかばばあ側のスパイか?」
「ユリ・ミナツキという女性の味方の筈だ。彼女は彼には握手を求めなかった。」
「母親はメイドでもあんたが専属ボディーガード一族の所の息子だから敬意を示しての事だろう。」
「それだけとは思えない。にじみ出る慣れ親しんだ空気はその場にいるほど根強く隠し切れ無い。」
「あの男、一族の人間だっていうのか?」
「わからないが、閉じ込めてきた位だ。」
「うわ最悪。俺あんたの事大ッ嫌いなんだけど。なんであんたと閉じ込められなきゃならねえんだよ息苦しい。」
ハノスは無視して空間を見回し、パイプオルガンがある以外は特に何も見当たらない。何かを置く台の一つすらない。
ダイランは不貞腐れていて完全に機嫌を損ねていたし、携帯電話は通じない。
「俺、パイプオルガンがんがんに弾き鳴らしてでも街中に音鳴らして抜け出しますんで。」
そう言い腕をまくって進もうとした腕を止めた。
「触るな!」
ダイランは怒鳴っていた。
ハノスは溜息を付き、手を離してから言った。
「開けられない事は無い筈だ。車両が外にはある。門に入った場面を見た人間も多い。どちらにしろ、今は街中を捜査中で警官が走り回っている頃だ。娘も元門の場所であるこの場所を分かっているからな。」
ダイランはハノスを睨め付けてから反吐を吐きかけて踵を返し、一度肩越しに見てから顔を戻し、口をきゅっと噤んで床だけ大理石のブロックは闇の海のように何も跳ね返さない。耳が熱くなるのをブロンドで隠してからきょろついた。
「鳴るのか? これ。」
「不明だが、メンテナンスには弾く必要がある。」
ダイランは気を紛らわせるためにそこまで行き、ハノスの横を歩いて行くと人差し指で一つだけ押した。
空間に音が満ちた。
「鳴るんだな。使われていたかは不明だが、ここも管理がよくされている。場所が良くてメンテナンスが続けられていたからこの場所は変えずにいた筈だ。カーチス屋敷の方は、滝の水場がすぐそこだったしな。劣化が早かった筈だ。」
「そのようだな。銅のパイプに、木製の鍵盤と本体だ。」
横に来てダイランはパイプを見上げる横顔を見て顔を戻し、ハノスは眉を潜め怪訝そうな顔でダイランを見た。
ダイランは鍵盤を見おろして見回したりして項が熱くなるのを髪を無意味に掻きつづけ、ハノスは首を傾げて背後に歩いて行きもう一度全体を見上げた。
ダイランは落ち着かない猫の様にうろちょろしだした。
「何だ。手洗いでも我慢しているのか。」
「別に。」
「気が散るから大人しくしていなさい。」
ダイランは憮然としてオルガンの、横に長いベンチ椅子に座り、きっと3、4人が並んでパート毎を弾いていたのだろう。
逆に腹が減ってきて、ダイランは元気がなくなり始めていた。
「畜生23歳の昼食時間を阻みやがって……許せねえ。」
そう言って腹を抑え本体に頬を付けぼんみゃり奥の闇を見ていた。
「食べなさい。」
ミントガムを出されてダイランをそれを手にとって肩越しに目が合った。ダイランは目が離せなくなり、ガムを持つ手が固まった。
ハノスは目を顔毎反らし俯いては身を返し背後に歩いて行った。
「何だよ。あんたの目、殺気が含まれてるぜ。」
ハノスは何も言わずにいた。
闇の中のパイプオルガンとエメラルドの瞳は、ユリ・ミナツキの言う闇色の悪夢の不気味さを充分にめぐらせようとして来る。あの時代貴族達から恐れられていた前地主の行って来た崇拝事を探らなければならないが、リカーがハノスに何も言わない事は分かっている。
ハノスが怖い顔している為にダイランはガムを噛みながら向き直りまた本体に頬をつけた。腹減った。
煙草を探ってジッポーで火を着けると、ハノスにもすすめたが「禁煙中だ。」と言われてダイランは引っ込めた。
「だが苛立ってるぜ。」
いつもと変わらない風だが、どこか空気が切りつけられるような思いだった。
ダイランは煙の方向をふと見て、それが上へ上へ上がって行った。パイプにそって、吸い込まれる様に。
「俺が蟻ならここにあんただけ閉じ込めてあの口に向ってここから抜け出せるのによお。」
ハノスは無視してからパイプの河に背を付け、扉を見た。開く気配は無い。無様な物だ。あのリカーの蜘蛛の巣にわざわざはまりに来たなど。
フィスターは恐る恐る扉を開けた。
フィスターは安心し、大きく扉を開けた。
「よく分かったなここが。」
「はい。貴族の方々の話で、崇拝の宴はこのパーティー会場も使うという情報を得たので。」
「怪しさは無い崇拝か?」
「崇拝自体は検挙されるべきではない一宗教で、どうやら4箇所で崇拝が行なわれていた全てが顧客が微妙に異なったと。この場所を言って下さった貴族の方には血中の麻薬は検出されませんでした。地下の話は伺いましたが、オルガンの前で崇拝を捧げるだけだと。地主との直接の関わりは不明です。ここに入られた話はされていまして、屋敷中にはいないし、通された場所には鍵が掛けられているし、振り向いたら支配人は消えていて、なので、あの申し訳無いのですが……」
フィスターは壊れた錠を恐る恐る差し出した。
「銃で打ち壊してしまいました……」
「まず何処の誰がお前を器物破損で訴えるのかが見ものだな。リカーだとしたらいい獲物を掴んだぞジェーンよくやった。」
「器物破損の前に不可抗力だ。」
ハノスがそう言い、ダイランを横目で鋭く睨んで颯爽と歩いて行った。ダイランは舌をべーっと出して歩いて行った。
「ジェーン。もう一つの崇拝場所は何処の地下だ。」
「はい。カーチス家。アジェンのバー。この会場。元レコード店地下から移ったバートスクにあるホテルの一室です。」
「レコード屋は元門の跡地じゃ無い。」
「門は無かったらしいのですが、力が集まり行き来する場所だったということです。魂の興信所と呼ばれ、地下への入り口になる建物が以前はあったのみで、崇拝時はその場が街全体の地下夕陽崇拝の要の場になっていたと。だから、オルガンのある場には崇拝に必要な物は必要なく、音楽を奏でるためのポイントだったようです。」
レコード屋がデスタントに奪われ、刑務所の脱獄事件が勃発した時期にはまだユリはこの街にはいなかった。あの時、バートスクを張っていたデスタントファミリーの要人ドレンを殺しダイランはメイシス達釈放を待ちコーヒー畑に国外逃亡していた。裏でデスタント一網打尽の武器を調達しながら。
あの時代バートスクでデスタントはリカーを探っていたのか。レコード屋のオーナーの裏にいた人間の動向を。リカー側は神聖な場所を護る為に必死になり、随分デスタントに各土地権利書を死守するための金を出した筈だ。
「もう一度ユリにも聴く事が多いな。4つの地下も9つの門も知っていたに違いない。それに、アジェンの地下を邪道と捕らえていたなら自らが正しく進行させる場が残りの3つのうちにあった筈だ。明らかにカーチス屋敷地下も不純な脚色宗教に入る。会場地下か、レコード店地下だろうが、その頃には既にホテルに移っていた時期だからな。何の由緒正しくも無い場所を敬虔なユリが崇拝の本拠地に好むとも思えない。覆面刑事を見たか。」
「いいえ。」
ダイラン達は走り、既に覆面はいなかった。支配人に聞いても気絶させられたとだけ言い、目覚めたときには会場の個室にい、また呼ばれたので向かい、フィスターが扉の前へ鬼神が如く走っていった為に何かあの魔王に痛めつけられる前に逃げていたという。
覆面は怪しい。ユリを連れ出した可能性が高い。
寮に連絡をすると、彼女はしっかりとフィスターの部屋にいるし、覆面は来ていないと言う。
「ばばあに連絡に行ったのかもしれない。分からないが。」
「可能性はある。隠密かもしれない。」
フィスターは首を傾げ後部座席のハノスを見て、ダイランを見た。
「警部のおばあさまが関わって?コーサーは何も言っていなかったわ。」
「……?コーサーの奴そういえば……。」
ダイランはフィスターの横顔を見てから、バックミラーの中の会場を見た。
「半年前にユリが現れた翌日、あの会場で宴が行なわれた事覚えてるか?」
「はい。仮装パーティーですね。嫌だわ。あたしったら、ロジャーさんの言葉を忘れていたなんて、彼女はこの会場は元門の跡だといっていたんです。今回の宴の意味を分からないでしょうと。麻薬に傾向する事なのかと尋ねた所、精神的内面の解放の事だと言っていました。」
「あいつは元々オカルトチックな所があるからな。信心深い。会場にもユリが現れた。引越した翌日にあんな怪しいパーティーにいるなんて、何で不思議に思わなかったんだ俺は。きっと、金持ちの恋人か顧客がユリに知らせたんだよ。会場地下の存在を。宗教後継者の娘としてユリは受け入れられたはずだ。ユリの本拠地はあの会場地下。怪しさは一切無い貴族も麻薬無しで推し進める宗派。」
「その場を何故黙っていたんだ。」
「神聖な場を護る為だろう。きっと、元からリカーはあの場を管理し続けていた筈だ。離婚後もブラディスの屋敷をリカーが管理し続けていた事と同様に。それでも、リカー自身はユリの身分を一切知らないはずだ。まさか、逆に街の地下で既に宗教が起こされていたことをリカーは一切知らない。独自にカーチス達SM、アジェンのレズビアン共、レコード屋オーナーの娘クレイシーの姉と叔母、会場地下の支配人で進めていて、リカーは地下に眠る物をただただまだ掘り起こしたりだとか取替えや権利を護る事に必死で。」
「元の統治者は其々が別々で、リカーから隠れるユリ・ミナツキが今後納めようと好機を狙い身を潜めている時期だと?」
「変に探ってくる刑事がいては、リカーに知られかねないからあの覆面に俺たちを閉じ込めさせたんだろう。」
「ユリ・ミナツキは何かを隠している。」
ダイランは頷き、嫌な疑念が渦巻いた。
ユリがドルク=ラングラーを殺させたのか?
その事で彼女を匿わなければならなかった。だとしたら、犯人を匿った殺人教唆の罪でトアルノーラ6番地に礼状を叩きつけに行かなければならなくなる。
だが、もしユリが殺害したとしたら何故だ。逆に彼女はレズビアン宗教を突き止めようとしていたドルク=ラングラーを倦厭したい筈。どちらかといえば、刑事だし味方と考える。だが、あの刑事がその宗教に加わっているのだとユリが勘違いしていて、不良警官を彼女が許せずに殺害させるに及んだのなら?
それか、リカーの事を追っていたラングラーを、リカーの手先と考え、自分の身分を知られる事を恐れてバーマスターに殺害依頼を?マスターにはうまいように幾らでも言える。レズビアン達に一次は加わり、リカーが権利を買収するためにマスターの所に来ている様子を見ては、ドルク=ラングラーの動きを監視し、どちらも邪魔な為にマスターにリカーの邪魔者マスターを殺すようにうまく仕向けさせ、地下は警察が入る事でリカーも遠のきあの不純な信者達も消え、宗教は形を無くさせる事に成功する。自らは会場ホール地下で精神統一の崇拝を続けていて、きっと彼女にはもう一人宗教を進める上での協力者がいた筈だ。それが6番地の一族の人間とも言える。ユリの父親とも懇意だった人間。
もしも、ユリが大それた殺人などの行動に移す考えを持っていない子だとしたら、その協力者がマスターに依頼したんだろう。女の子の言葉よりも、長年いる大人の言葉の方が聞く。その協力者がきっと、ユリにブレスレットを渡した男……。宗教を進行し続けていた貴族。
闇オークションは身分を隠して参加してくる。それが条件だった。シルクハットを深く被っていたり、スカーフを巻く婦人、サングラスやアイマスク、仮面、誰もが身分を隠している。
ユリに聞く事は多い。本当に推測が当たっているなんて思えないのだが。そんな憶測にユリが可笑しそうに笑ってくれればいいのだが。
前地主が行なっていた物を再び起こそうとしているらしい宗教?
そんな話、誰から聞いたんだ?やはり、そのブレスレットの貴族から?誰だそれは一体。リカーを敵視しているに決まっている貴族。
あれはパリュールだった。ブレスレットは装飾品の揃う中の一部だ。
ユリも何者かに操られていると考えるのは行きすぎだろうか。リカーを滅し様としている貴族に。だが事実多いはずだ。そう思っている人間は。
デイズ? いやまさか。デイズはあの時、NYで子守りをさせていた最中だ。あいつがもしもブラディス別荘地下の存在を知っていて、そういう正統の悪魔崇拝に傾向していたとして、影から地下の崇拝を少年時代に見ていたとしたら?きっとそれにはリカーが加わっていた筈だ。
そしてブラディスの死後、デイズはギャングを立ち上げ、リカーの脅迫物件を示しながら土地を買収して行き、リカーは守り、言う事を聞かないリカーを邪魔に思って隠し種であるユリ・ミナツキを見つけ、彼女には好きに崇拝の場と権力を与えてあげては自分はカーチスを脅迫し覚せい剤を売りさばかせて尚且つリカーを裏切れとも言って板挟みにしていた?悪魔のデイズが去ったし、リカーの脅迫を恐れていたカーチスは地下をすんなり明け渡して?
そんなこと、ただ単に当てつけに過ぎない。
だが、ユリがいた会場にはデイズもいた。初対面のデイズに微笑み、彼がダイランを見ていると彼女はおちゃめに言って来ていた。2人の間柄に既に一瞬で気付いているかのように。デイズがダイランに向けてくるセクシーな目元の意味を。
だしかにデイズが関わっていたとすれば、いきなりレコード店を壊した理由は分かる。地下にリカーの持ち物があったからだ。それを手にしてリカーを更に強請るため。
デイズもよくあのレコード屋には少年時代から行っていたし、地下の事を噂で聴いていたのかもしれない。
だが、あいつにはその時代、既に結婚していた女、あのミアードルがいた。最近デイズよりも先に他州へ行っていたのか、見かけないのだが。
だから、デイズは考えずらい。性格的にも。違うな。
なら誰だ? リカーに恨みを持ってあの会場にいた人間。え? ていうか俺? 俺二重人格じゃ無いし。
ダイランはハノスを見た。金持ってるし、リカーに追い出された物同士でユリと通じる所がある。だが闇オークションに関わらない人間だ。違うな。
使用人一族の人間か?奴等もはっきり言って貴族のような物に変わりは無い。だがオークション会場には主のリカーがいた。同じ様な場に自らが来る危険を冒すわけが無い。違う。
一体誰なんだ。
崇拝の裏に隠れる人間は。純粋なユリは何を隠して?本当に何か知っているのか?
署に戻り、ソーヨーラのところに来た。
「カーチスは覚せい剤の出所を吐いたか。」
「いいえ。口を割らないわ。あんなにすぐに明け渡してきたと思えば、つれてきても一切口を割らない。」
「任意だからな。再逮捕の形を取る。」
「確固たる余罪が見つかって?」
「権利者との癒着があるかもしれない。」
ソーヨーラは肩を縮め、眉を上げた。
ハンスがダイランが帰って来た事を聞きつけてやってきた。
「何か吐いたか。」
「何しろ喋れないから、仕方なく文面に書かせたよ。」
「書いたのか。見せろ。」
気が狂うほどびっしり細かい字で書かれ、黒く見える。気が滅入った。
「こういう書き方しかしないんだ。あの爪でよく書いてくれたものだと思って諦めてくれ。」
コピー機に掛けて拡大し、読んで行った。
「アジェンとも関わりがあったのか。梯子して?レズビアン達を調教してきては、麻薬をカーチス屋敷から女達に流して来た。その麻薬をアジェンの娼婦達に捌いて男達に買わせ、その利益をカーチス屋敷に持ち帰っていた……仕方がねえ女だな。その麻薬は屋敷では貴族達にパーティー時に純度の高いものとして売りさばき、崇拝時には主婦達に売りさばいていた。忠誠心を誓わせるために麻薬で麻痺させあの地下部屋で同じ入墨を彫らせていた。覚せい剤の出所は書かれてねえじゃねえか。」
「ああ。」
ダイランはカーチスのいる取調室に入り、老人はダイランに一度顔を上げた。
「俺は今からあんたの取調べを行なう警部ダイラン・G=ガルドだ。こいつは補佐のソランド・ヨハネス・ラムセイ。」
「……。レガントの人間じゃ無いのかお前は。前地主のジル・D=レガントと見事に瓜二つなものだな。」
ジル?
「………。」
ソーヨーラが「ええ?!」という顔でダイランを見て、ダイランは瞬きして巨大に目を見開き、口をアングリと開け、老人を見た。
「最も、あの男はそんな顔もせんなら210の大男だったがな。」
ダイランはそのままパイプ椅子毎背後に卒倒し、気絶した。
「ガルドくん?!」
ダイランが目を覚ますとフィスターが心配そうに見ていた。
ソーヨーラもダイランの眠った顔がかんっぺきに意外だったのだがすっごく安らかで穏やかで綺麗で可愛く美しく整った少年の様な顔をまじまじとずっと見つづけていて、すうっと目を覚ました時の険しくない顔を見て、あまりの男らしい美しさに目が巨大なハートになった。あの老人の言っていた事が耄碌かどうかは不明だが、確かに前地主と同じ顔なのなら、自分も宗教に加わっていたかもと思った。
だがその顔が一気に険しいライオンの様になり、起き上がって辺りを見回した。
「また倒れたんです。」
「また?!」
ソーヨーラはあの言葉は、なんだか地主が怖くて口外を避けた。
「ガルドくん。あなた、平気なの?」
「何とも無い。あの爺さんが妙な事聞かせるからだ。捜査攪拌目的に俺をこてんぱにしやがって。」
「まあ、それはそうよね。ガルドくんがさまかの貴族レガント一族の人間だったり、ましてや悪魔と恐れられて名前さえも封印された前地主と似てるだなんて!」
そう彼女は笑い、フィスターは驚いてダイランを見て、ダイランは枕に顔を沈めて布団を被って顔を隠した。
「23歳の繊細な心が崩れた。」
「はいはい。ガルド君の何が繊細かはわからないけど」
といいながらも、半年前のダイランが映像を見て発狂した姿を思い出しては、ロジャーが言っていたバーモラ証言の妹の名を聞いた時の激しい怒り様を耳に入れていた為に、彼の背を撫でようとしたら、フィスターが彼の胴の横に座り、優しい声で宥めた為に、ソーヨーラは「ハハ~ンなる程ねー」と思った。これはきっと出来てる。
ダイランはまさか、自分が前地主に似ているだなんて思いも寄らなかった為に本気で気分がダウンしていた。
前地主は恐れられていたし、悪魔的で、一族からも最大に恐れられ、恐れられる余り、そして巨万の恐ろしい程の権力を手にしていた為に遂には暗殺されたと噂のこの街の帝王、悪の化身だ。邪な悪魔を崇拝していてその時代の貴族達も恐れていた。
自分の顔を見て身なりの良い老人達が真っ青になったのも、この顔のせいだったんだ!!
ダイランは完全に落ち込んでいた。
「整形してえ、整形してえよ、」
「勿体無いわよそんなの!あなたこんなに色男なのよ?!類稀な良い男の顔を貰い受けてるのよ?!何をどう間違ってそんないい顔に生まれながら性格が馬鹿なのかは知らないけど、恵まれてる顔なんだから!いつもの自信はどうしたのよガルドくーん!」
「うるせえ嫌われもんと同じ顔なんか嫌だ!!」
「充分署内でも馬鹿ぶりを発揮しすぎで嫌われてるじゃない……。」
ジョスはダイランが気絶した事を聞きつけ、半年前は交通事故だったときに自分は他州で駆けつけられなかったために駆けつけたのだが、足を止めた。
嫌われもんと同じ顔なんか嫌だ。
ジョスはショックを受けてノブを回そうとした手を戻したが、やはり心配でドアを開けた。
「ようダイラン。お前大丈夫か。またぶっ倒れちまったそうじゃねえか。」
「あ、ジジイ!」
ダイランは顔色を戻してジョスを見上げ、ジョスは微笑んでソーヨーラが進めたスツールに感謝して座った。
ソーヨーラはフィスターの肩を持ちドアから出て行った。
「顔色もいいようだな。良かった。」
ダイランは顔を真赤に歪め目からぼろんぼろん涙を流してエメラルドが涙で零れそうな程泣き出した。
「お、おいおい。」
「俺整形したい、ジジイと同じ顔に整形したい!」
「に、23にもなって子供みてえに泣くな署内に響き渡ってるんじゃないのか?そろそろ24だろう。な?」
「俺前地主にそっくりだってんだぜそんな話あるかよなんだよ『ジル』ってどっかの機関じゃねえのかよ!」
ジョスはブロンドを撫でてやってハンカチを差し出しダイランは顔を拭いてから顔を枕にうずめた。
「……ごめんなダイラン。俺に似て生まれて来ちまったばっかりに嫌な想いさせちまってな」
「? ジジイがわりいんじゃねえよ俺この顔好きだから謝るなよ」
そう泣きながら言い、うううう言って枕を涙まみれにした。そのまま疲れて眠ってしまった。
ジョスは彼の背を撫で、布団を掛けてやってからドアから出た。
「息子さんが大変ですね」
ソーヨーラが苦笑し、ジョスもドアを振りかえって苦笑した。
「我が侭で甘えん坊でいつまでも変わらない。いろいろと迷惑掛けて申し訳なかった」
「いえ。こちらは大丈夫ですわ。」
ジョスはこの前ダイランがようやく連れて来た恋人のフィスターを見てから言った。
「悪いな。すねて眠っちまった。」
彼女は微笑み、頷いてからドアを開け入って行った。
フィスターが入って行くとライオンは捜査中だが眠っていて、彼女は微笑みブロンドを撫でた。
彼がおじいちゃん子だと言う事はジョスに初めて会った時からわかっていたから、きっと相当のショックだったのだろう。ジジイに似たんだ。嬉しそうな声音で言っていた事を思い出す。
彼は冷静だと思ったらいきなりガラリと子供っぽくなったり、恐ろしいと思ったら次の日には半ば適当な雰囲気が流れる人で、喋り方や仕草、煙草の種類まで違う。恐くて挑発的できつい彼の時はキャメル。口調もきついし口も悪い。仕草もてきぱきして背筋が針金で颯爽とし怒鳴り散らしてばかりいる。だがこの所の彼はどこか適当で喋り方も蛇の様に静かに話しては女の子っぽい口調だし男性を色っぽい目で見るし、煙草もキャメルライトで、煙も嫌がるようにあまり吸いたがらない。姿勢も猫のよう軽快になる甘え上手な風だ。
まさか彼、二重人格?
一度ジョスが顔を見せてくれて、彼は帰って行った。玄関までフィスターは見送り、その時に言った。
「ああ、あいつは時々人格が変わるんだ。親が揃って無かったからか、自己の情緒のバランスを取るために何某かの分裂症でまかなっているらしい。」
「そうなんですね。じっくり観察していきます。今日はいきなり急がせてしまってごめんなさい。彼はいろいろ気にしていたようですが、何とかこちらでフォローしますので、ご安心なさってください。」
「本当に行き届かなくてすまない。」
「いいえ。彼はあなたの顔を見るといつも嬉しそうに元気になるので、今は安心して眠気が来たんだと感じました。彼にとっては、とっても大きな存在なんです。」
フィスターはそう嬉しそうに微笑み言い、ジョスも微笑んだ。