状況
マリーは一人、活気のある街を歩いて行く。元気ある呼び込みの声、往来を縫うように駆け回る子供たち。皆笑顔で、この街での生活を楽しんでいるように見える。
「お嬢さん?そんな落ち込んでどうしたんだい?」
店先で果物を打っている女性が、マリーに声をかけた。
「あ、いえ、なんでもないんです」
「この街でそんな辛気くさい顔しなさんな。ほらこれ、とれたてだからおいしいよ!持ってって食べな!」
渡された果物を、マリーはじっと眺める。
「絶対おいしいからさ!」
女性が快活に笑って、マリーの背を撫でようとした。
「ありがとうございます」
マリーは、深くお辞儀をしてその場を離れた。大通りをそれて、小さな路地に入る。先ほどの明るい大通りから、一転して薄暗い路地を進んでいく。開けた場所に出ると、そこは牛舎のある家屋だった。小屋の方は綺麗だが、牛舎の方はボロボロで屋根も壁もはがれているところが見受けられた。もちろん、牛の姿もない。マリーは家屋の方の扉をノックする。
「兄さん!マリーです!」
扉がひとりでに開くと、中は牧歌的な雰囲気の家具が並び、日の光が暖かく差し込んでいる。
「ようこそ!マリーちゃん!」
扉が閉まる音と共に、後ろから聞きなれた鈴のような声が聞えてくる。
「リルイちゃん!来てたのね」
「うん!一応ね!」
リルイがマリーとハイタッチのような挨拶を交わすと、奥から青いつなぎを来た老人が現れた。
「これはこれはマリーお嬢さま。お出迎えもできず、申し訳ございません」
「セド爺!屋敷にいないと思ったらここにいたのね!」
マリーは、老人に飛びつき抱きしめる。老人はそんなマリーを優しく抱きとめる。
「フフフ大きくなりましたね」
「えぇ!セド爺がスイートホームの担当なの?」
陽だまりのような笑顔でマリーの頭を一撫ですると、セドは首を振った。
「いえ……スイートホームの件をトム坊ちゃまより聞きまして、こちらへ参りました」
「セド爺は、スイートホームに思い入れがあるの?」
「私の親友が、この島で暮らしていたんですよ。その倅が少しダンジョンにかかわっていまして」
マリーは少し悲し気にセドを見つめる。
「相変わらずお嬢様はお優しい。気にすることはないのです。終わりは必ず来る。スイートホームはそれを強引に引き延ばしてきた。ようやく終われるのですよ」
「そうですね」
セドは、マリーの目線に合わせるようにかがむ。
「終わりは悲しいことばかりではありません。続く苦痛を終わらせるために、一時の苦痛を受け入れることもまた、必要なのです」
マリーの頭を優しくなでる。リルイもセドに習い、マリーの頭を懸命に撫でる。
「来たかマリー」
部屋の奥からトムが現れる。トムは部屋の状況を見て、マリーに優しく笑いかける。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「全然大丈夫に見えないな。ちょっと待ってろ」
そう言って、トムは奥に消えた。しばらくして戻ってくると、手には湯気が立っている紅茶を持っている。マリーを座らせると、その前に紅茶を置く。
「少し落ち着いてから状況を話そう。それとこれは預かるな」
トムはマリーの持っていた果物を取り上げた。
「ありがとうございます兄さん」
マリーは、紅茶に口をつける。程よい暖かさが、喉を通って体に染みわたっていく。ここに来るまでの重かった気持ちが少しだけ溶けだした気がした。
「もう本当に大丈夫です」
マリーの表情を見て、トムも頷いた。
「よし、じゃあ説明するぞ。まず、スイートホームがどういうダンジョンかはマリーも知ってるから省略するな。今このダンジョンで起こっているのは、ダンジョンの衰弱だ。ダンジョンを維持する力が弱まりつつある。このままいくと、ダンジョンは制御を失って【最後の発散】を起こす可能性が高い。そうなると島外にも影響が出かねない。それを阻止するために明後日、ダンジョンを閉じに行く」
「衰弱が早まった原因は何なんでしょう。確か予定では、まだ半年以上余裕があるはずでしたよね」
「それは分からん。単純に限界が来たのか、心変わりしたか……」
トムは、窓の外に見える小高い丘を見上げる。均一に並んだ樹木が、人工的に作られた場所であることを
主張している。
「すでに、島の住人が何人か姿を消し、街中に魔物が出るそうだ」
トムが見つめる先の丘に、入道雲が広がり始めていた。
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