兄妹の会話
トムが目を覚ますと、横にはリルイがいた。
「あ、起きたー」
「どれくらい寝てた?」
「半刻くらい!はいこれ」
リルイは質問に答えながら、水の入ったコップを持ってくる。トムはコップを受け取って水を一気に飲んだ。乾いたのどを冷たい水が通過する感覚が心地良い。
「マリーたちは?」
「下にいるよー」
「そうか」
「もう大丈夫―?」
「治癒してくれたんだろ?」
「うん呪いはレーラーが取ってくれたから、かけといたー」
「ありがとう」
トムはリルイを撫で、部屋を出る。階段を降りるとレーラーの声が聞こえてくる。
「トムのやり方をなぞったって、君がトムを越えられるわけがないだろう。君とトムでは方向性が違いすぎる。強さにもいろいろあるのだから。魔法という点で見れば君はトムを優に超えているではないか?」
「そういうことではなく……その、総合力というか」
レーラーの体面に座るマリーは、背筋を伸ばして目を泳がせている。
「総合力?なら、今聞いた鍛え方ではいけないでしょう?もっと実戦を経験しなくては。というかその歯切れの悪さは何ですか?まさか自分でもよくわかっていないのではないでしょうね?」
「いや……そんなことは……」
伸びていた背筋が縮んでいき、みるみる小さくなっていく。
「そもそも……」
「それくらいにしてやってくれ」
「にいさん!」
マリーが顔を上げこちらに走り寄り、勢いよく抱き着く。
「よかった……!本当に良かった!」
トムは、マリーを優しく抱きしめてその頭をなでる。そして、マリーの体が自分の思ったよりも大きいことに気づく。
「兄さんごめんなさい!私……兄さんに認めてもらおうと……」
「大きくなったんだな」
「へ?」
マリーは、自分の謝罪とは全く関係のないトムの言葉に気の抜けた声をだす。
「いや、何でもない。レーラーありがとう。少し二人だけにしてくれ」
レーラーはトムの顔を見ると微笑みを浮かべ、うなずいた。
「では、姫様。行きましょう」
「えー、はーい」
レーラーは不服そうなリルイを連れて上に行った。バタンと扉が閉まる音が聞こえた。トムはマリーを座らせると、自分は対面に座った。
「兄さん本当にすみませんでした!」
口火を切ったのはマリーだった。
「生徒会の方々が妙な計画を立てているところを偶然聞いてしまって、そこで【苦痛なき世界の会】の名前が出たので、少しでも情報を引き出して、兄さんの役に立とうと……本当にすみませんでした」
マリーは涙をこぼしながら俯く。
「今回の計画はどこまで知っていたんだ?」
「私は生徒会メンバーによる兄さんの妨害と副理事長が【講義室】のダンジョンコアが破壊するところまでです」
「天使型ゴーレムは?」
「ゴーレムですか?いえ知りません」
「学園は突如襲来したゴーレムの大群で大混乱だ」
「そんな!みんなは無事ですか!?」
「アカデミーの講師陣はみんな強いから大丈夫だろあれくらい」
「そうですか……でも、万が一があるかもしれません!早く戻らないと!」
立ち上がろうとするマリーを落ち着かせて再度座れせる。
「召喚主は副理事長だろ?術者が死んだ以上もう動くことは無い」
「そ……そうですね」
マリーは、慌てた自分が恥ずかしく黙ってしまう。しばらくの間沈黙が落ちる。
「マリー。俺はお前に自由に生きてほしい。ヘイカー家は俺が継ぐし、お前は類まれな魔法の才能も
ある。探索者でなくても、魔法使いとして宮仕えすることもできる。ほかの道がいくらでもあるんだ。お前をダンジョン探索から外したのは、これ以上俺についてきたら、お前が流れのまま探索者になるんじゃないかと思ったからなんだ。アカデミーで多くを学んで、視野を広げてほしいと思った。お前は俺の後を追うんじゃない。お前の道を探してほしい」
トムは正面を真っすぐ見つめる。目の前にいるマリーは俯いて体を震わせていた。次の瞬間バンという大きな音がした。マリーが力強く机を叩いたのだ。トムが驚いていると、マリーが顔を上げる。その顔は真っ赤で目には涙が流れている。その瞳には明確な怒りが込められていた。
「兄さん!私は!確かに、にいさんに探索から外されて、ショックを受けて認めてほしくて空回っていたことは認めます!しかし!探索者になるというのは!ヘイカー家も兄さんも関係ありません!確かに、兄さんも父さんもダンジョンダンジョンでかまってくれないし!ダンジョンのことは嫌いです!でも!それを上回るくらい!ダンジョンの残酷な美しさも神秘的な光景も大好きなんです!探索が楽しいんです!いけませんか?!同じ探索者として兄さんを尊敬して!超えたいと思っちゃいけませんか!自由に生きろというのなら!探索者でもいいですよね!」
一気にまくし立てたマリーは肩で息をしている。さらに大きく息を吸い込んだ。
「私は兄さんと肩を並べたい。でもそれは、兄さんと一緒に潜りたいだけじゃないんです!私も兄さんと同じくらい高難度ダンジョンを自由に探索できる実力が欲しいんです!私自身がそうしたいんです!いつまでも兄さんの後ろをついていくだけだと思わないでください!」
マリーは、赤くなった目で、真っすぐとトムを見る。トムはマリーの気迫に押され、口を開けて唖然としていた。少しして、トムは声を出して笑い出した。
「なんで笑うんですか!」
「いやーすまん。マリーもそうやって怒るんだな。いや、昔もそうやって怒ってたよな。こっちに来てから良い子してるから忘れてた」
「にいさん!」
今度は怒りとは違う感情が湧き、顔が赤くなる。
「お前が本当にそう決めたなら良いんだ。だから、もうこんな無茶するな。お前は十分強くなった。お世辞じゃなく、上級ダンジョンの攻略に連れていけるくらいに強くなった」
トムはマリーの頭を優しくなでる。
「よく頑張ったな」
トムの言葉がマリーの心に響く。ずっと欲しかった言葉がしみわたっていく。
「はい!頑張りました!」
花が咲くような笑顔でマリーはトムに返事した。
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