討伐
聖獣は、神の使徒とも呼ばれる神聖な存在である。それを害するということは、神への反逆を意味し、天罰が下るという。教会では、【聖獣位階の義】に失敗したとき、その聖獣を罪人に処理させる。聖獣を倒した後、罪人はみな天罰により死んでしまう。
「私が聖獣になった時点で!お前に勝つすべはない!」
副理事長は、膝を屈しているトムを見下ろして高笑いしている。
「勝つ?」
トムは、鉛のように重い体を引きずるように持ち上げる。その口から血が零れ落ちる。
「勝つか負けるかなんかで戦ってねぇよ」
刀を構える。
「甘いこと言ってんじゃねぇ」
上げた顔には呪いの証が広がっている。
「こっちは最初から殺す気だ」
まっすぐ副理事長を見る。その眼には確かな闘志が宿っていた。思わず副理事長は後ずさりする。すぐに自分が恐怖したことを自覚し、その事実に怒りをにじませた。
「強がりを言うな!」
叫ぶと同時に魔法陣が現れる。無数の十字架がトムに迫った。
「【◆▪▽▲゜●◇■■▪●】」
トムが聞きなれない言語で何かをつぶやく。すると、迫っていた十字架が急に静止した。
「なっ!」
異様な光景に、副理事長は混乱する。トムは止まった十字架の間をゆうゆうと歩いていく。
「なぜ人は闇を恐怖すると思う?」
「何を言っている。なにをしているんだ」
副理事長は歩いてくるトムから逃げようした。しかし、何故か体が動かない。
「人が闇を恐れるのは、わからないからだ。そこに、何がいるのか、何があるのか、なにが起こっているのか闇の中ではわからない。もしかしたら急に襲われて命を落とすかもしれない。一歩踏み出した先は崖の下かもしれない。そういう危機を察知することもできない。わからないことは死に直結する。だから人は何もわからなくなる闇を恐れる」
ついに、トムは副理事長の腹に刀をゆっくりと刺していく。
「アアアアアァアアアアアァア」
確かな激痛が体に奔る。のたうち回りたいのに体は依然動かない。
「聖獣になってもお前は人だ、言葉も理性も捨てられていない。当たり前だ。人は獣に落ちることは
無い。お前の歩いてきた人生がそれをさせない。お前の記憶がそれを許さない。人は痛みを背負って生きていく、そういう生き物なんだよ」
「なにがぁ!お前にわかる!お前に私の痛みがわかるものか!」
「わかるわけないだろ。お前の痛みはお前にしかわからん。その痛みはお前がお前であることの証明だ。それを消すには、その痛みの原因すべてをお前の人生から無かったことにしなきゃならない」
副理事長は、トムの言葉に目を丸くする。
「無かった……ことに……」
「本当に痛みだけだったのか?それが痛みに変わるまで、そらはお前にとって何だったんだ?」
気づけば、腹から刀は抜かれ痛みもなくなっていた。
「もうお前は戻れないところまで進んでしまった。ここからどうする?まだやるか?」
副理事長はトムを見る。
「消すしかないのか?戻ってきたとしても?」
「たとえ戻ってきたものが本物だったとしても、お前が失ったと覚えているなら、待っているのは罪悪感に押しつぶされる日々だ。元の日常など戻ってこない」
「そうか……」
副理事長はそう呟くと、自分の持っている槍を一瞥する。そのあと決意したかのように槍を掲げた。そして自分の胸に突き立てた。
「付き合わせて悪かった」
副理事長は、風にさらわれる砂のように消え始める。たったひとことの謝罪を残し、消えていくその顔は、遠い日に思いをはせるように目を閉じていた。
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